Saiyan
Killer
第41話
それから2週間が過ぎた。ヤムチャの課す修行の内容はどんどんと苛烈を
極めていったが、驚くべきことにマーリンはそれに日々順応していった。
元々、肉体のポテンシャルそのものも類まれな素質を持っていたのだろう。
このわずかの間に、腕も足も、相変わらず細身ではあるものの、少女の
身体は以前よりも確実に力強さを増していた。
「299…300…よーし、そこまでにしとこう」
背中に乗せた岩を軽く払いのけ、平然とした表情で立ち上がるマーリンに
ヤムチャは軽く心の中で舌を巻いていた。そして、そろそろ次の段階に移る
べきかどうかを考える。
「この程度の負荷ではもう物足りないな。次はもう少し大きな岩を頼む」
などとマーリンがのたまう。最初は20回ほどでハァハァ言ってたくせに
いけしゃあしゃあとよく言うよ…と心の中で更にツッコむヤムチャだった。
「よし…それじゃ今日からは筋トレと平行して、次の段階に進むぞ。と、
その前に…久しぶりに気を全開放してみろ」
これまでの修行はひたすら肉体を強化するものだったので、気はほとんど
この2週間使ってはいない。いきなりそんな事を言われたので、少しとまどう
マーリン。
「判った…しかし久しぶりだからな…うまく出せるか分からないが…」
そう言いながら、ぐっと力を込める。そして大きく息を吸い込み…
「はぁっっっ!!!」
ズオォォォッ!!!!!!
すさまじいエネルギーの放出に大地が揺れる。いや、揺れるどころではない。
地球の自転にすら影響を及ぼすほどの、とてつもないエネルギーが少女の
身体から溢れ出す。
「な………っ…」
しかし、その中心にいる少女本人も、今の状況が掴めないでいる。これほど
のエネルギーが自らの身体から放たれている現実が理解できない。
あやうく吹き飛ばされそうになったヤムチャだったが、かろうじて踏みとど
まり、マーリンに声をかける。
「よし…もういいぞ。そのスカウターってヤツをちょっと貸してくれ」
修行の最中でも手放さなかったスカウターを渡すよう言われ、少し躊躇
するマーリンだったが、ヤムチャの意図に気づいたのか、ややあって
それを渡す。
「…壊さないでくれよ…それは特注で高価なものなんだ」
「判った判った…で、どこを操作するんだ?」
「そこにスイッチがあるだろう? それを一度押して起動、2回押すと
測定が始まる」
「なるほど…こうかな…?」
ピピピ………
スカウターがマーリンの戦闘力を測定していく…。
第42話
ピーッ、ピーッ
測定が完了したようだ。ヤムチャがその測定された数値を見てうなっている。
「………ヤ…ヤムチャ…どうだ?」
恐る恐るたずねるマーリン。
「…って言うか、なんて書いてるか読めねぇよ…」
がくっと力が抜けそうになるマーリンだったが、スカウターをヤムチャから
奪うように取り返し、自分でその数値を確かめる。
「……!! せ…戦闘力………81374……!!!???」
信じられない己の戦闘力に、驚きを隠せないマーリン。わずか2週間の訓練で
これほどの成果があるとは思っても見なかった。なかば嫌々従っていただけで
そもそも成果がある事すら不安に思っていただけに、2倍以上のパワーアップ
とは、にわかには信じられないほどだ。
「こんな…こんな事があるなんて……あんな訓練が…」
「…だから言っただろ。俺も悟空もこうやって強くなってきたってさ」
ある程度は予想していたが、想像以上のパワーアップを果たした少女を
前に、少し得意げなヤムチャだった。
「これも前に言ったことだけど、要するにお前は身体と精神のバランスが
極めて悪かったんだ。それが少し良くなったから、これだけの力が引き
出せるようになったのさ。逆に言えば、これぐらいの力は元々あったと
言えるな」
「…わたしにこれほどの力があったなんて…」
圧倒的な力を身につけ、少女は完全に舞い上がっていた。戦闘力8万以上
など、広い宇宙でもそうはいない。地球を例外とするならば、おそらく
フリーザ、ギニュー亡き今、宇宙最強を名乗っても許されるほどだろう。
「いや、俺の見たところ、まだまだこんなもんでも無い。お前はまだまだ
強くなる。俺よりも…悟空よりもな…!」
悟空の名を耳にして、はっと少女が我に返る。
確かに飛躍的に力は増したものの、それでも500万以上と言う超サイヤ人
に比べたら虫けらと恐竜以上の差だ。その隔たりを想像するだけで、高ぶっ
ていた心が冷えていく。
「…それで…次の段階とは、どういう事をするんだ…?」
冷静になったマーリンがヤムチャに問う。少なくともこの2週間でパワーが
2倍以上になった事だけは事実だ。一歩一歩、着実にその差を埋める事は
出来るはず。わずかに残っていたヤムチャへの不信感も、これだけの成果
をもたらせてくれた事で完全に消えた。今まで以上に修行に、そしてヤム
チャに期待しているマーリンだった。
第43話
「次の修行は組み手だ。いよいよお待ちかねの実戦形式でな…!」
そう言ってヤムチャがシュッ、シュッっとパンチを繰り出しながら
笑う。
マーリンもにやりと笑う。確かに超サイヤ人との差はあるが、それでも
以前とは比較にならないほどのパワーアップを果たした自分の力を早く
試して見たくてウズウズしている様子だ。
先日マーリンが開けたクレーターに移動し、10Mほど距離を置いて対峙する。
いわばこの直径200Mほどのクレーターの内側がリングだ。
一応スカウターをセットし、ヤムチャの戦闘力を測定するマーリン。ヤムチャ
自身の修行の成果もあるのか、数値は以前より少し上の、40000弱を表示して
いる。しかしそれでもマーリンとは2倍以上の差である。
「…そのままでいいのか? わたしを鍛えてくれるんじゃないのか?」
少し拍子抜けした少女が問う。それを軽々と受け流すヤムチャ。
「お前なんか、今のままでも充分さ。ま、やってみりゃ判る」
軽く挑発気味の言葉を投げかけるヤムチャ。それを聞いて、少女の心に
しばらく置き去りにしていた黒い炎が再びくすぶる。
「…後悔するなよ…」
ズゴゴゴゴゴ………
再び大地が震えだす。マーリンの身体から、すさまじいエネルギーが放たれる。
そして…震えが収まると同時に、少女の身体が跳ねた。
瞬時にヤムチャとの距離をゼロに詰め、その至近距離からエネルギー波を放つ。
が、それはむなしく空を切る。
「なっ……」
一瞬、孫悟空との戦いが頭をよぎる。
「…悟空も言ってたけど、そんな攻撃じゃ俺たちは捉えられないぜ」
濛濛たる砂塵の中、どこからかヤムチャの声だけが響く。あわててスカウター
を操作するマーリン。
「…上かッ……!」
すかさずそこに向けてエネルギー波を放つ。スカウターの反応は消えたが
手応えは無い。
「くっ……」
この星の戦士はヤムチャが言っていたように、戦闘力をコントロールして
スカウターに捉えられない。それのせいで少女は痛い目にあっているはず
だが、染み付いた習性が何度も何度もスカウターを操作させる。
「だめだ…とりあえずこの砂塵が消えるのを待つか…」
反応が消えたままのスカウターにため息を漏らし、マーリンは目視で戦う
事にする。そのためには砂塵が収まるまで待ち、その後の戦い方も少し
考えなければいけない。大きな範囲のエネルギー波ではまずい。細く細く
絞ったレーザーのような速いエネルギー波でなければ、ヤムチャは捉え
られないだろう。
そして砂塵が収まり始める。ヤムチャはクレーターの端で、ごろりと横に
なっていた。
第44話
「く……ふざけているのか……っ」
マーリンの心の黒い炎がめらめらと燃える。ここまでバカにされてはタダでは
済ませられない。殺意に満ちた力がじわりと身体の芯から湧き上がる。
そしてすっと手を伸ばし、その指から…フリーザも使っていた、細く引き
絞ったエネルギー波を放つ。
水鉄砲は、同じ量なら穴が小さいほうが良く飛ぶ。それと同じ原理で、細く
収束されたエネルギーはスピードも速く、貫通力に優れている。いちおう
死なない程度には抑えておいたが、それでも直撃すれば大変なことになり
かねない、危険な光の矢がヤムチャを襲う。
しかし、
「おっ、これはなかなかの攻撃だな」
そう言って、ヤムチャは事も無げにその光の矢を軽々かわす。
「……っ!!??」
信じられない、と言ったマーリンをよそに、ヤムチャは相変わらず寝転がった
まま、ほんのわずかに体をずらし、光の矢をかわしていく。
「ッッ………!!」
続けざまに何度もそのエネルギー波を放つが、そのたびにかわされ続ける。
呆然とするマーリンにヤムチャが声をかける。
「どうした? もう終わりか?」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
次の瞬間、マーリンのすぐ隣にヤムチャがいた。まさに目にもとまらない
神速。そして軽くその頭を小突かれ、マーリンはへなへなとその場にしゃがみ
こんでしまった。
「どうして…そんな馬鹿な………」
そう声を絞り出すのがやっとだった。孫悟空というサイヤ人と戦った時と
同じく、まったく攻撃が通用しない。どれだけパワーが増しても、当たら
なければ意味はないのだ。あの時の恐怖の記憶が少女の脳裏に蘇る。
「…だから言っただろ? そんな程度の力じゃ、この半分の力でも多すぎる
ぐらいさ。俺がもし本気でお前を倒すつもりだったら、さっきのでお前の
頭は吹っ飛んでるぞ」
そうヤムチャが静かに語りかける。
怒りか屈辱か、身体を振るわせる少女にヤムチャが静かに続ける。
「だいたい、どうして気功波ばかりに頼る? もっと立体的に攻撃を
組み立てないと簡単に読まれちまうぞ?」
しばらく黙って下を向いていたマーリンだったが、ややあってようやく
顔を上げ、驚くべき告白をするのだった。
第45話
「……わたしは…接近戦…と言うか、いわゆる格闘は苦手なんだ………
今までにそういう戦いをした事は…ほとんど無い……」
「…は…?」
さすがにこれにはヤムチャも驚いた。しかし、確かにマーリンの戦いを思い
出してみると、肉弾戦はほぼ皆無だったように思える。
「苦手って…どうしてだよ…」
混乱しながらヤムチャがマーリンに答えを求める。ヤムチャにしてみれば
無理もない話だ。あれだけの戦闘力を持ちながら、格闘戦が苦手で、その
経験がほとんどないなど、あまりに彼ら地球の武道家の常識から外れている。
それともおかしいのは自分たちで、宇宙ではそういうスタイルが普通なの
だろうか…。
うーんと唸りながら考えるヤムチャに、しょんぼりとしながらマーリンが
ぼそぼそと口を開く。
「…前にも言ったと思うが…わたしは身体に触れられる事が苦手なんだ…
だから…そういう距離で戦う事をしてこなかった…する必要もあまり
無かったし…」
唖然とするヤムチャ。確かに以前、それで突き飛ばされた事を思い出す。
そして、それならば少女の身体が戦士とは思えないほどの細身であった
事も納得がいく。肉体を鍛える事に無関心だったのもうなずける話だ。
「じゃあ…今までずっとお前は気功波だけで戦ってきたってのか…」
「…そうだ…それに例え拳でもサイヤ人などに触れるなど、わたしにとっては
不快以外の何ものでも無かったから……」
言われてみればなるほどと思う部分もあるが、それでもこれは問題だ。
悟空でなくとも地球の戦士には、そんな戦い方では到底誰にも勝てない。
しばらく沈黙が両者の間に横たわるが、マーリンが唐突にそれを破る。
「それよりも…お前は嘘をついたな、ヤムチャ。謝罪してもらおうか」
本当に唐突で意味不明のマーリンのこの言葉に、またもヤムチャが呆然と
する。
「は…? なんで……?」
「お前はそのままでわたしの相手をすると言ったにも関わらず、密かに
戦闘力を上げてわたしを翻弄しただろう。お前はずるい男だ…」
恨みがましい視線でヤムチャを射るマーリン。あわててそれをヤムチャが
否定する。
「…おいおい、変なこと言うなよ。俺はそんな事してないぞ」
「とぼけても無駄だ…お前たちが自在に戦闘力を操れる事を教えてくれた
のは、ヤムチャ、お前だ。あのソン・ゴクウという男のように、スカウター
では捉えられない一瞬一瞬で戦闘力を跳ね上げ、わたしの攻撃をかわして
いたのだろう!」
一気にそうまくし立てる。40000と81000と言う2倍以上の差があるにも
関わらず、さっきの結果を理解するには、それしか少女は思いつかなかった。
第46話
ぼりぼりと頭をかきながら、やれやれと言った風情でヤムチャが口を開く。
「…ほんとに判ってねぇな…ま、そこんところも重ねて教えてやるか…」
そう言ってマーリンから5Mほど離れ、彼女に命令する。
「そこから俺にさっきの技を撃ってみろ。加減なんかしなくていいからな!」
「なっ……」
そう言われても、とっさにためらうマーリンだった。この距離で直撃すれば
本当に命を落としかねない。ましてや彼女の心の炎はすでに収まっている。
マーリンにとってヤムチャはすでにかけがえの無い存在になりつつある。その
ヤムチャを殺しかねない攻撃を当の本人から要求され、少女は激しく動揺
する。
「………っ」
ヤムチャの腕は戦った自分がよく知っている。相変わらずスカウターが示す
ヤムチャの戦闘力に変化はないが、おそらくは避けてくれるだろう。
しかし…万一という事もある。どうするべきか答えが見出せないマーリンに
ヤムチャが早く撃てと急かす。
「くっ………」
意を決し、指をヤムチャに向けエネルギーを集中する。…狙いは腕だ。万一
当たっても、ここなら命に別状は無い。
キュ…ヴアッ…!!
マーリンの指先から、光の矢がほとばしる。しかし、心の震えが手にも伝
わったのか、わずかに狙いがそれ、ヤムチャのわき腹をかすめていく。だが
ヤムチャは微動だにしていなかった。
当たらなかった事に安堵するマーリンだったが、まったくかわす気配すら
無かったヤムチャに不安が増していく。やはりこの距離でかわす事は、いくら
ヤムチャでも無理なのでは…と。
「ヤ…ヤムチャ…本当に大丈夫なのか…?」
そう言って、暗にこの訓練の中止を求めるマーリン。しかし、ヤムチャの
答えは少女の予想を完全に超えていた。
「ん? あぁ、今のは避けるまでも無かったからな。撃つ前から外れる
事は判ってた」
「な………に……………?」
確かに予知能力の存在はマーリンも聞いた事がある。しかし、まさかこの
星の戦士は、そんなものまで使えるのかと少女は驚いた。だが、続く
ヤムチャの言葉に、さらにそれ以上の衝撃を受ける。
「と言っても、別に超能力の類じゃないぜ。単にお前の攻撃がわかり易い
ってだけの事だ」
第47話
その言葉に驚くと同時に、軽くカチンとも来る少女だった。この技は
モーションも少なく、撃つタイミングを盗まれる事など、そうは無い。
ヤムチャの言っている事はめちゃくちゃだ。憤慨し、それをぶつける
マーリン。
「馬鹿な…そんな事はありえない!」
「そう思うんなら何度でも試してみな。ただし、今度はちゃんと本気で
当てるつもりでな…!」
自分の心の中まで見透かされたようなヤムチャの言葉に、思わずマーリンの
顔が赤く染まる。そしてそこまで言われた以上は後に引けない。次は当てる…
そう決意して狙いを定める。マーリンの指の先にはヤムチャの心臓があった。
ギュ…ヴァッッ…………!!!
再びヤムチャを襲う光の矢。しかし、彼はほんの少し身体をずらして、軽々と
それを避けてしまった。
「くぅっ…………ッ!!」
あせる少女が矢継ぎ早に光の矢を放つ。だが、ヤムチャはそれらの全てを
ほんの少しの動作でかわし続けていく。
20発ほど撃ったところで、ようやくマーリンが腕を下ろす。これ以上はいくら
やっても無駄だと理解したのだろう。ぎりぎりと歯軋りしながら、ヤムチャに
食って掛かる。
「どういう事だ…早く説明しろ!!」
半ば逆ギレ気味に少女が叫ぶ。予知能力か、あるいは未知の力なのか、
いずれにせよ、自分の攻撃が完璧に避けられ続けたのだ。憤懣やる方
ないと言った表情だ。
「まったく…それが人に教えを請う態度かよ…」
ヤムチャも半ばあきれながら、それでも説明を始めた。
「いいか? 何度も言ってるように、俺たちは相手の気を捉える事が出来る。
これはつまり、相手の状態も判るってことだ。気の高まりがどこに集中
しているかで、次の行動もある程度予測できる。離れた場所で腕に気を
集中してれば、気功波を撃つつもりだってってのは子供でも判る話だろ?」
「…う…な…なるほど……しかし、あの技は今のお前の戦闘力では、それが
判ってても避けられるレベルでは無いはずだ…!」
「確かにな。見て避けてたんじゃ間に合わないさ。だから、俺はお前の撃つ
瞬間の気を読んで、事前に避けてたって事」
事も無げにそう語るヤムチャ。しかし、マーリンには何を言っているのかよく
判らない様子だ。
頭の中で?マークが乱舞してそうな少女に、ヤムチャはもはや何度目だったか
覚えていない大きなため息を、またひとつ重ねるのだった。
第48話
「……要するにだ、お前はその技はスキが少ないと思ってるかもしれないが、
俺たちから見たらバレバレなんだよ。撃つ瞬間は指先に気が集中するから
すぐわかるし、どこを狙ってるのかもその指が教えてくれる」
「……そんな事が…戦いの最中にそこまで冷静に相手を見れると言うのか…」
「それをするのが武術だ。力任せの戦いじゃ、いくらパワーがアップしても
悟空はおろか、俺すら倒せやしないぜ」
改めて武術の奥深さを実感し、ただそれに圧倒されるだけのマーリンに軽い
調子でヤムチャが話を続ける。
「ま、そういう訳で、今日からの修行はその辺も踏まえて俺と組み手だ。
気は全開でも構わないけど、気功波の類は一切禁止な。自分の五体のみで
俺にぶつかってこい!」
さすがにそれにはマーリンがあわてて異議を唱える。
「え…ちょ…ちょっと待ってくれヤムチャ…。だからわたしは格闘など
した事は無いし…その…身体に触れたり…触れられたりは…」
それを聞いてにやりとヤムチャが哂う。
「…つまらない心配するな。お前が俺に触れるなんて当分は無理!それに、
俺に触られたくないなら、必死に避ける練習にもなって一石二鳥だしな!
はははははっ!」
そう言ってヤムチャは馬鹿笑いする。はじめの方こそしおらしく聞いていた
マーリンだったが、段々と腹が立ってきた。ヤムチャもだいぶマーリンの
扱い方を心得てきたようだ。この少女をやる気にさせるには、怒らせるのが
一番だと判った上で、挑発めいた言葉を口にしている。
「……いいだろう…だが、今の言葉…すぐに後悔させてやる……!」
そう言って。マーリンはぎゅっと拳を握り締める。確かに格闘の経験は
ほとんど無いが、そうやって戦う戦士の姿は何度も見ている。それに
相手はヤムチャでサイヤ人ではないし、拳程度が一瞬触れるぐらいなら
どうと言う事は無い。大丈夫…いける…マーリンはそう自分に言い聞かせ
ていた。
ズゴゴゴゴゴ……
三度、荒野に激震が走る。フルパワーを開放し、そのエネルギーが激しく
大地と大気を震わせる。
ぐっとマーリンが腰を落とす。今まさに獲物に飛び掛らんとする獣の
ように、静かに力をためている。そして、一瞬の間をおいてそれが弾ける。
空気を切り裂き、少女の身体がまっすぐにヤムチャに迫る。そしてそのまま
ヤムチャの顔面に拳を振り抜いた。
ガッ……!!!!
第49話
不慣れながらも、戦闘力の全てを集約させて放ったマーリンのパンチ
だった。ダッシュの速度によって倍化されたその拳の威力は、今の
ヤムチャ程度なら粉々になってもおかしくないレベルだ。しかし、
その一撃はヤムチャには届いていなかった。
またしても信じられないものを見ていると言う風に、マーリンが目を
大きく見開いている。自らが放った拳の先にあったのは、鼻の折れた
ヤムチャの顔面でも、誰もいない空間でもなく、その拳を受け止めて
いるヤムチャの片手だった。
「…さすがにいてぇな…思ったよりはやるじゃないか」
苦笑いしながらヤムチャがそう少女に声をかける。その言葉ではっと
我に返るマーリン。
「くっ…………!!」
あわてて手を引っ込める。そしてまた少し距離を置き、じり、じり、と
機会をうかがう。
この手の戦いはヤムチャの方が自分よりも格段に慣れている。そんな事は
判っていた事だ。今更いちいち驚く事ではない…例えそれが倍以上の戦闘
力を誇る、自分の渾身の一撃であっても…。
さすがに同じような状況が何度も続いたせいで、マーリンの混乱や焦りは
以前より少なかった。当然と言えば当然なのだが。そして冷静に戦術を
考える少女に、ヤムチャがアドバイスを送る。
「今の一撃も悪くは無いけど、格下相手には通じても俺たちには無駄だ。
そんなに最初から拳に気を集中してたら、突撃しますって言ってるよう
なもんだからな」
右手をさすりながらヤムチャが続ける。
「それと、お前の動きは直線過ぎる。何度も言うが、パワーだけで俺たち
に勝つのは無理だぜ。まぁ、10倍ぐらい違えば話は別だけど、お前の
今の力程度じゃあな…」
ヤムチャのアドバイスに軽くムカつきながらも、それでもそれを心に留める。
確かにパワーは今の自分の方が上であっても、技術はヤムチャの方がずっと
ずっと上なのだ。慢心は捨ててかからねば、再び無様な姿をさらす事になる。
そしてマーリンは方針を変える事にした。ヤムチャを倒すのではなく、まず
一撃を加える事に。
たったその程度でも、始めからマーリンに攻撃を当てられるなどとは思って
もいないだろうし、また、それだけの実力もあるヤムチャからすれば、それは
相当にくやしいはず。ぎりぎりと歯噛みするヤムチャの顔を一瞬想像すると
思わず顔がにやける。だが、次の瞬間、そんな少女の願望を打ち砕くように
マーリンの身体に衝撃が走ったのだった。
第50話
バッシーンッッ………!!!
一瞬何が起きたのか判らないマーリンだった。気づくと自分が地面に転がっ
ている。
「っっ!!!???」
あわてて飛び起きる。そして起き上がったところに……ヤムチャがいた。
「…修行の最中に、何にやにやしてる。足元がお留守だぜ」
顔は怒っているが、何故か少し嬉しそうなヤムチャ。まさか自分がこの
セリフを言う日が来るとは…複雑な心境のまま、じろりとマーリンを見やり、
さらに言葉を続ける。
「これは組み手だ。俺の方からもいつでも攻撃できるって事を忘れてるん
じゃないだろうな?」
そう言われ、起き上がったマーリンは、足がびりびりと痺れている事に気づく。
どうやら蹴りで足を払われたようだ。そしてその痛みが、彼女に更に重要な
ことを気づかせる。確かに今日からは実戦形式だとヤムチャは言っていた。
それはつまり、自らも傷つき、場合によっては命すら落としかねない、危険で
過酷な訓練である事を今更ながら思い知らされた。
少女のふくらはぎがじんじんとする。たったの一撃で立つ事もままならない
ほどのダメージ。それでもなおファイティングポーズを取り、ヤムチャに
対峙する。
「いいぞ。そうこなくっちゃな……」
マーリンの闘志を称えるヤムチャ。そう言って自分も構える。お互いに
手を伸ばせば触れられる距離だ。二人の間の空気が、陽炎のように揺らめく。
シュバッッ!!
一瞬の間をおいて少女が動く。例えヤムチャと言えど、肉眼では追い切れ
ない速さだったが、すかさず気を捉え、位置を認識する。
「そこっ!!」
わずかに足を使い、何も無い空間に、ぶん、と腕を振る。しかし、何も
無いはずの空間は実はそうではなかった。次の瞬間、かろうじてそれを
ガードした少女が姿を現す。
「くっ…」
痛む足に喝を入れ、すさまじい速度でヤムチャの視界から消えたマーリン
だったが、横に回りこんで一撃を加えようとした事を読まれたのだ。移動
から攻撃に移ろうとした瞬間に、彼女の攻撃しようとしたポジションに腕を
振り下ろされ、あわてて防御に切り替えたのだった。
…今のは確実にヤムチャには見えていなかったはず。それをこうまで
正確に読むとは、改めて彼の実力と武術はすさまじいものだとマーリンは
感じていた。そして、何としてもこの力を手に入れたいとも。
第51話
それにしても、とマーリンは思う。先ほどの足への攻撃にしても、今の振り
下ろした腕にしても、ちょっと常識では考えられない威力だ。自分の方が
戦闘力は圧倒的に上にも関わらず、その差を無視しているかのように理不尽な
ダメージを受けている手足の痛みを抱えながら考えていた。
「ふふん…何か気になってるみたいだな。言ってみな」
そうヤムチャに言われ、率直に先ほどからの異常をぶつけてみるマーリン。
「…いいところに気がついたな。それで、お前自身はそれをどう考えてる?」
質問を質問で返され、少しかちんと来るマーリンだったが、ともかく頭を
フル活動させ、何とか答えをひねり出す。
「おそらくだが……お前が戦闘力を変化させていないとするなら、攻撃の
際の一瞬にエネルギーを一点に…集中しているのではないのか…?」
ヒュウ、とヤムチャが口笛を鳴らす。
「なかなかいい答えだ。でも100点はやれないな。いいとこ50点って所か」
ヤムチャの評価にまたまたむっとするマーリン。当たらずとも遠からず、
という結論に納得がいかないようだ。
「…どうしてだ…それ以外にどういう理由があるというんだ」
「お前の言うとおり、確かに俺は気を集中させてはいるけど、それだけじゃ
ない。俺はお前の気の弱いところを狙ってるのさ」
そうしてヤムチャが詳しく説明を始める。どんな戦士も全身に気を張り
巡らせ、敵からの攻撃の力を軽減しているが、全身をくまなく、隅々に
まで完全に覆う事は難しい。気のバリヤーの薄いところや、あるいは
無い場所も存在する。少女の気は確かにすごいが、それでもヤムチャから
見れば穴だらけのバリヤーであって、その薄い部分を狙えば、例え倍以上
の戦闘力の差があっても有効打足りえるのだという。
「…ま、そう言う訳だ。要するに『集中と拡散』だな。俺の集中は正解
だったけど、お前自身の拡散にまで考えが及ばなかったッて事で50点」
ふぅぅぅ、と、マーリンが感心とも放心ともつかない大きなため息をつく。
さらにヤムチャが説明を続ける。
「お前は持ち前のパワーはすごいけど、てんで使い方がなってないんだ。
…まぁ、我流じゃ仕方ないとは思うけど、もっと効率のいい、有効な
気の使い方をマスターする必要がある。昨日までの修行で覚えた身体の
感覚を思い出して、しっかりと精神と肉体をバランスさせるんだ」
仕方なくヤムチャの指示通り、マーリンは目を閉じて身体を意識する。
爪の先まで意識を集中させ、全身を統一する事に集中する。少女の身体を
覆う気が一瞬消えうせ、再び激しく全身を覆う。
「ぉ……こ…こりゃすごいな……!」
さすがにヤムチャもあっけにとられていた。今、マーリンの身体を覆う
気は、ほとんど隙なく全身を包んでいたのだ。あまりに優秀すぎる弟子の
上達ぶりに、ほんの少し嫉妬心を感じずにはいられないヤムチャだった。
第52話
荒野に再び夜が訪れようとしていた。すでにヤムチャとマーリンの二人は
修行を終え、洞窟に戻って食事を取っていた。
「……ヤムチャ…いくらなんでももう少し手加減してもらわなければ
訓練を続けられないぞ……」
そう言ってマーリンが手をぶるぶるさせながらスプーンを口に運ぶ。腕も
足も、戦闘服に隠れて見えないが、おそらくはアザだらけなのだろう。
あれでも一応してたんだけど…と思いつつ、それは口にせずに悪い悪いと
謝るヤムチャだった。
結局、マーリンはほぼ完璧なバリヤーを体得したものの、さすがにそれを
戦いの最中においてまで完全に維持する事は出来ず、その隙を幾度と無く
ヤムチャに突かれては手痛いダメージを受け、おまけにとうとう今日は
一度もヤムチャに触れる事も出来なかったのだった。
「まぁ、それにしたって大した進歩だぜ。たったの2週間でここまで来た
んだからな。俺がここまでになるのに何年かかったかを思えばさ…」
そう言ってヤムチャは改めて昼間の修行に感じた、この少女の潜在能力に
感嘆していた。戦闘中の気の移動や、スムーズな集中と拡散こそまだまだ
だが、それもすぐに慣れるだろう。もともと気を扱うセンスには長けて
いるとは判っていたが、自分がかめはめ波ひとつ撃つのに費やした歳月と
苦労を思うと、何だか空しさすら感じるヤムチャだった。
食事が終わり、しばらくした後にヤムチャが自分の修行をするために
洞窟を後にする。マーリンの驚異的なレベルアップに触発されたのか、
いつに無くやる気満々である。
人に物を教えると言う事は、教える方にも勉強になる事が多い。何となく
判っている事も、それを教えるためには理論的に頭の中で組み立て直す、
つまり完全に理解している事が必要だからだ。マーリンに教えながら、
そこで初めてちゃんと意識した事も多い。それを改めて心に留め、初心に
戻ったつもりで修行に励む。
一時間ほどのわずかな修行ではあったが、何かをつかんだように意気揚々と
洞窟にヤムチャが戻ってきた。マーリンはといえば、その間は実にヒマ
だったらしく、ぼーっと壁を見ているだけだったようだ。
「なんだ…ヒマなんだったらまた心身統一の修行でもしてればいいだろ…」
帰るなり、そうマーリンにお説教するヤムチャ。しかし、少女がそれに
ぽつりと反論する。
「…ここに帰ってきてまで訓練するのは…何か嫌だ………」
マーリンの心に芽生え始めた戦士らしからぬ想いを、ふぅん、とヤムチャ
はただ受け流すだけであった。
第53話
ややあって、唐突にマーリンがまた風呂に行くと言い出した。しかも
今日はヤムチャも一緒にと誘う。
必死でそれを固辞するヤムチャだったが、考えてみれば確かにしばらく
風呂には入っていない。こっそり自分の匂いを嗅いでみれば、それなりに
汗の匂いが少々鼻をつく。仕方なく同意し、二人でオアシスに向かう。
オアシスに着くと、まずは池の水を気功波で温める。さすがにマーリンは
手馴れたもので、絶妙の温度に仕立て上げたのだが、同じ池に入るのを
何とか回避しようとするヤムチャが別の池に加えた気功波は少々加減を
間違えたようで、完全に沸騰してしまった。やむを得ず、またしても
混浴してしまう二人だった。
首まで湯につかり、マーリンはうっとりとした表情を浮かべている。それに
対してヤムチャは相変わらず少女を直視しないよう、上を見たり横を見たりで
実に落ち着き無くしていた。うっとりとしたまま、マーリンがつぶやく。
「…この星は…地球はほんとうにいい星だな…」
マーリンのこれまでの人生はうかがい知れないが、こんな荒野での生活すら
幸せを感じるような環境だった事はヤムチャにでも想像できる。意を決して
それを少女にぶつける。
「マーリン…お前、地球に来る前は何をしてたんだ? ずっとサイヤ人を
追っかけてた訳じゃないんだろ?」
ヤムチャの疑問ももっともだ。マーリンは星から星へ略奪を繰り返して
生きる、宇宙のならず者どもとは違う。サイヤ人を殺しているだけで生活が
成り立つ訳は無い。
少し真剣な表情になり、マーリンがそれに答える。
「…わたしは…いわば傭兵だ。あちこちの星で戦争が起きる度、そこへ
呼ばれたりして戦っていた。何度かフリーザ軍とも戦った事もある…」
おそらくはつい一月ほどの事でもあるだろうに、まるで遠い記憶をたぐり
寄せるように話すマーリン。
「本当に戦いだけの毎日だった……お前たちからすれば滑稽だろうが、
それでもわたしの戦闘力はクライアントからすれば魅力だったのだろう…
仕事が途切れる事はほとんど無かった…。それだけの結果も残して
いたしな…」
ほんの一瞬、マーリンが誇らしげな戦士の顔に戻る。
「サイヤ人を倒すのは、そのわずかな仕事と仕事の合間だった……あるいは
クライアントの敵がサイヤ人だった事もある。名を騙った偽者だった
事も多かったが…」
…何か違和感を感じつつ、それでも黙ってヤムチャはそれに聞き入る。
第54話
「まぁ、ソン・ゴクウがフリーザを倒してくれたせいで、フリーザ軍は
すっかりガタガタだ。おかげでわたしもこうしてのんびり出来ると
言うのは皮肉な話なんだが……ふふふっ」
そう言って、ぱしゃっと楽しげに水音をたてる。漠然とした違和感を
頭の隅に追いやり、でもそれじゃ稼ぎが減って大変なんじゃないのか?
などと軽口を飛ばすヤムチャ。オアシスに二人の笑い声がしばらく響いて
いた。
その後、いつものように食料を探す。相変わらずよく食べるマーリンも
はりきってそれに協力していた。まだまだ戦士の体には程遠いものの、
それでも以前よりは格段に体つきが良くなっていたのは、連日の修行
だけではなく、この旺盛な食欲にも拠るのだろう。力強さを増しただけ
ではなく、どことなくふっくらと丸みを帯びつつもあった。
魚を捕まえ、果物や草を適当に袋に詰め終え、オアシスを後にする。
洞窟に戻ると、二人は取れたての果物をかじりながら色々な事を話す。
平和な時間が流れる。マーリンもヤムチャも、ふと自分が何故ここに
いるのか忘れてしまいそうな、そんな平和で安らかな時間だった。
「…それで、あの時の天津飯の顔と言ったら…もう傑作だったんだぜ?」
ヤムチャの話をにこにこしながら少女は聞いている。内容はあまり関係
なかった。ただ、ヤムチャの楽しそうな顔を見るだけで、それだけで
マーリンも何故か楽しく、幸せな気持ちになるのだった。
「っと…すっかり長話になっちまったな。それじゃ今日はそろそろ寝るか」
そう言ってごそごそと毛布に包まろうとするヤムチャだったが、ふと
何かを思い出して立ち上がり、隅にある箱をかき回す。
「……?」
マーリンが何事かと思ってそれを見つめている。やがて、何かを手に持った
ヤムチャが戻ってきた。
「一応持っておいて良かったぜ。ほら、腕を出せよ。こいつはなかなかの
効き目なんだ」
そう言って箱から取り出した、丸いケースを見せる。
「…? それは何だ?」
いぶかしげにそれを見つめるマーリン。別に不信感がある訳ではないようだ。
腰を下ろし、ヤムチャがそれに答える。
「こいつは打ち身とかによく効く塗り薬さ。仙豆とまではいかないが、それ
でも塗って一晩寝れば、たいていの打撲とかは直っちまう、天界特製の
スーパー塗り薬ってとこ」
そう言いながらくるくるとケースを開ける。つん、とした匂いが鼻につく。
「…いや、わたしなら大丈夫だ。それは必要ない…」
顔をしかめながら、やんわりとそれをマーリンが拒否する。ヤムチャの言う
事を疑うわけではないが、そんなものを身体に塗りたくるのは遠慮したいと
思うマーリンだった。思わず両腕を後ろで組む。
意に介さず、ヤムチャがなおも腕を出すことを要求する。
「だめだ。そのまま放置して、明日の修行に影響が出ても困るのはお前
なんだぞ? ぐだぐだ言ってないでさっさと出せ」
第55話
しばしの逡巡の後、観念したかのようにマーリンは両腕を前に出した。
「オッケー。子供はそうやって素直なのが一番だ。はははっ」
「…わたしは子供じゃない…。わたしから見れば、よほどお前の方が
子供に見えるぞ…」
何かくやしそうにぶつぶつと少女が文句を言っているが、それはヤムチャ
には聞こえていないようだ。
軟膏状のものを掬い取り、差し出された少女の腕にそれを塗ろうとする
ヤムチャだったが、ふっとある事を思い出す。
「あ…そっか…そう言えば触られるのは苦手だったっけな。…悪い」
修行の時ならともかく、こんな風にべったりと触られるのは、さすがに
マーリンには耐え難い事だろう。自分のデリカシーの無さにほとほと嫌気
がさすヤムチャだった。
「…じゃあ、自分でそれを塗っとくんだぞ。もう俺は寝るから…」
そう言って寝場所に戻ろうとするヤムチャをマーリンが呼び止める。
「…待て…。自分から言い出しておいてそれは無責任だろう。わたしだけ
では塗りきれないところもあるんだぞ…」
非難するような口ぶりではあるが、顔は不思議と怒っている感じではなく、
むしろ照れたような、はにかんだ表情のようにも見える。
「え…でも…お前……触られるのは嫌なんじゃないのか?」
「…確かにそうだ。でも、これも訓練の一環と思えばいい……と思う…」
何だか狐につままれたような気のするヤムチャだったが、ま、いいかと
気持ちを切り替え、少女の腕に薬らしき何かをぺたぺたと塗っていく。
腕も足も塗り終え、残すは身体になったのだが、さすがにそれはヤムチャ
も遠慮しようとした。しかし、背中には腕が届かない事もあって、止むを
得ず背中だけはヤムチャの手に委ねられる事になってしまった。
ゆらゆらと揺れる焚き火の炎が、マーリンの白い肌を赤く染める。それを
直視しまいと、こちらも顔が赤く染まったヤムチャが必死で薄目で作業を
続ける。もちろんヤムチャの顔が赤いのは、焚き火に照らされただけで
無いのは言うまでも無いが。
『…あぁもう!! 何考えてるんだよ俺は! こんなガキにドキドキなんか
してるんじゃねーーっ!! ていうかドキドキなんかしてないっ!!
だいたいブルマに比べたら、こんなメリハリのないお子様ボディなんか
魅力ゼロじゃねーか…あ…でも、最初のころよりはずいぶん身体つきは
女らしくはなってきたよな…前はほんとに鉛筆みたいな身体だったけど
今はこう、それなりに出るトコも出てきたし…って!! 違う違う!!
俺は断じてロリコンじゃないぞーーーーーーっ!!!!』
何か得体の知れない事をぶつぶつとつぶやきながら薬を塗るヤムチャに
少し気味悪さを感じつつ、それでも妙な高揚感と安心を感じるマーリン
だった…。
第56話
「よしっ!! これで終わりっ!!」
そう言って、ぱんっと背中を叩く。照れ隠しのつもりなのか、ヤムチャの
その攻撃は案外効いたようで、思わず涙目になったマーリンは無言で睨む
のだった。
「んじゃ後は自分で出来るだろ。さっさと塗ってさっさと寝ちまえ。明日も
また早いんだからな」
そう言って寝床に戻り、マーリンに背中を向けたかと思うと、すぐにいびき
をかきだすヤムチャ。もちろん狸寝入りなのだが、こうでもしないとまた
マーリンに何かしら付き纏われると思っての事だ。
別に鬱陶しい訳ではない。多少問題はあるが弟子としては優秀で、人間的
にもマーリンは決して悪い人間ではない。だが、やはりマーリンは女の子
なのだと、ああいう時につい感じてしまう。それはヤムチャにとっては
どうにも平常心をかき乱される事なのだった。
「ヤムチャ…? もう寝てしまったのか…?」
自分を放ってさっさと寝てしまったヤムチャに、そう小さく声を掛ける。
だが帰ってくるのはいびきだけ。つまらなさそうに手渡された薬に手を
やり、仕方なく自分で残った場所に塗り込んでいく。わき腹や胸の辺りに
軽くついた青あざを見ながら、それでもやはり相当ヤムチャは手加減して
くれていた事に気づく。
そして、それと同時に気づく事もあった。前々から何となく感じてはいた
が、地球に来てから、というか、ここでヤムチャと修行し始めてから
確実に自分の身体が変化しているのだ。連日のハードなトレーニングの
せいもあるのだろう、以前より体つきが、ぐっと大きくなっている。
腕も足も、枯れ木のようだった以前とは比べ物にならないほどの力強さを
感じさせるようになっているのだが、それ以上に何故か胸が変化している
のだ。もちろん他の部分も全体的に丸みを帯びてきてはいるが、胸は
特にそれが顕著だった。
「…やっかいだな…パワーが上がったのはいいけど、体重が増えては
今までのようなスピードは維持できないかも…」
そうぽつりとため息混じりにつぶやく。胸の肉も問題だ。ここにこれだけの
重量物があっては、戦闘に必要なボディバランスに問題が生じかねない。
「…明日、ヤムチャに聞いてみよう。パワーを落とさずに脂肪を落とす
方法ぐらい、ヤムチャなら知ってるはず…」
膏薬を塗り終わり、手を洗ってマーリンも床に就く。横になるとすぐに
睡魔が訪れる。まどろむ意識の中で、ふと昔見た母の姿が頭をよぎった。
記憶の中の母は、不思議なほど今の自分によく似ていた。
第57話
ズガァッ!! ガガガッッ……! ドォォォンンンンッッ!!!
太陽が容赦なく照りつける荒野で、二つの影が激しくぶつかり合っている。
「もらったァッ…!! くらえっ! ヤムチャ!!!」
「まだだ! 甘いっ!!」
マーリンの渾身の一撃を残像拳でかわし、その一撃の後の隙にヤムチャが
至近距離からかめはめ波は放つ。しかし、マーリンもそれをある程度は
読んでいたのか、右手に集中していた気をとっさに展開し、かめはめ波に
ぶつけて相殺する。一瞬の隙も見逃さない両者の攻防は永遠に続くかに
思えたが、幕切れはあっけなく訪れる。
「な…に…っ!!」
かめはめ波の相殺は完璧だった。しかし、ヤムチャはさらにその先を
読んでおり、撃つと同時に自分もマーリンに突進し、相殺の爆光を
目くらましとして利用したのだった。
光の中からヤムチャの拳が少女に向かって伸びる。もはや防御も回避も
不可能な状況。死に際の集中力で無駄にはっきりと拳の軌道が判るのが
うっとおしいとマーリンは思う。そして次の瞬間、意識が前触れ無く
落ちた。
あれから2週間が過ぎ、ヤムチャとマーリンの少し奇妙な師弟関係は
一ヶ月に及んでいた。抜群のセンスで見る見るうちに戦闘力も伸び、
それ以外の戦術、格闘技術の向上も目をみはるものがあったマーリン
だったが、やはりまだまだヤムチャには及ばないようだ。もっとも、
いまやマーリンの戦闘力は13万を超えており、その上、日に日に技術も
進歩しているので、さすがのヤムチャも素のままでは苦しいらしい。
2倍界王拳でほぼ互角の戦いになるまで、マーリンの戦闘能力は向上
しているのだった。もちろん互角といっても、ヤムチャがまだ界王拳の
倍率に余裕を持っているところから判るように、完全に本気ではない。
その上で、この実戦形式の組み手で毎回最後に勝つのはヤムチャなのだ。
桁違いに実力が増したとはいえ、まだ少女はヤムチャには遠く及ばないと
言わざるを得なかった。
バシャッ…!
気付けの水を顔に掛けられ、ようやくマーリンが意識を取り戻す。
「ようやくお目覚めか。そんな暢気な事じゃ、俺に勝つのも当分先の
話だな…」
やれやれと言った風情で、まだ少しぼんやりしている少女を冷ややかに
見つめながらヤムチャがそうつぶやく。マーリンも目覚めてすぐに
そんな言葉を投げかけられると思っていなかったのだろう。ショックが
彼女を急速に現実へと引き戻す。
「寝てたいんなら好きにしていいぜ。でも、それならもう悟空と戦う
のはあきらめるんだな」
「……っ!!」
第58話
あまりに厳しい言葉を投げかけるヤムチャ。もちろん本気ではないが
完全にうそと言うわけでもない。
確かにマーリンの力は以前よりも格段に増してきてはいるものの、それ
でも悟空…超サイヤ人には程遠い事に変わりは無い。わずか一ヶ月で
これほどの成果ではあるが、目指す領域を考えれば、「この程度の成果」
でもあるのだ。
わずか一ヶ月で4倍以上のパワーアップ。普通に考えれば凄まじい成長
ではあるが、そもそも相手は普通ではない。何せ宇宙最強の生ける伝説
である。普通がどうとかなど意味は無い。あえて言えば、修行してパワー
アップするのではなく、超サイヤ人のような、何か「違う存在」に変化
するしか可能性は無いのかもしれないとヤムチャは考えていた。
マーリンはよくついて来てはいる。言われた事はきっちりこなすし、それ
以上の結果を出す事も多い。いまや気を探る事も、割と高度な気のコント
ロールも、軽い戦闘力の調節すらも出来るようになっている。その技術は
すでに自分と近いレベルにまで達しようとしていた。しかし、それでは
自分が絶対に悟空にかなわないのと同じで、彼女もまた、当然のように
悟空には絶対にかなわないのだ。
そんな現実への苛立ちと、何か得体の知れないマーリンへの不満が、つい
態度に出てしまうヤムチャだった。
「………」
のろのろとマーリンが起き上がる。確かにショックではあったものの、
彼女もまた、ここまで一度もヤムチャに勝てない現実に、半ば諦めに
近い感情があった。
むろん何度と無く一撃程度は浴びせられるようにはなっている。だが、
所詮それ止まり。しかも、それとてヤムチャが手加減しての事だと言う
事はマーリンも判っている。
このまま修行を続ければいつかは……。そう考える事で、かろうじて
希望は残されていると思うしかなかった。
そして今日の修行が終わった。口数も少なく、洞窟に引き上げる二人。
そしてそのまま食事を取りながら、とりとめない会話をする。しかし、
これからの事には触れない。二人ともそれに触れるのが怖かったのだ。
ただ修行を続けてさえいれば、その不安からは逃れられる。しかし、それが
永遠に続けられるものではない事も判っている。とりわけヤムチャの
焦りは深刻だ。2年後に控えた人造人間との戦いに備えての、自らの
修行を棚上げしてマーリンに付き合っている訳で、このままの状況が
長く続くのは、自分にも、そしてマーリンにとっても決していいものでは
ないと感じていた。
何か突破口は無いのか…そんな風に口には出さずとも、共通する意識の
二人の間に流れる空気を、マーリンのスカウターが発する音が突然打ち
破った。
第59話
ピピピピッ…ピピピピッ……!
それほど大きな音では無いが、静まり返った洞窟内ではむやみに大きく
響く。突然の事に驚くヤムチャだったが、マーリンの様子を見ると、どうも
誰かが近づいてきた訳では無さそうだ。カチカチとスカウターを操作する
マーリン。ヤムチャには判らないが、それは宇宙からの通信だった。
「…誰だ。どこでこのコールサインを知った…?」
どこか不機嫌そうに、マーリンは通信に応じる。どうやら相手は既知の人間
では無いようだ。
「ザザッ…お…おぉ…よかった…ザ…ッ…あなたがマーリンさん…ですね……。
突然のご無礼、どうかお許し…ザ…いただきたい…」
「…そんな事はどうでもいい。わたしに何の用かと聞いている…」
あまり明瞭でない通信と相手に、少しいらつきながらマーリンが静かに問い
かける。
「これは…ザザ…申し訳ない…。私は惑星ドーバのヂギンと申します。
惑星テンマウンのジーフさんはご存知でしょう? 彼からの紹介でご連絡
させて頂いた…ザッ…のです」
「ジーフか…確かに知っているが、それで一体何の用だと言うんだ。
わたしは今、少しやっかいな案件に関わっている。仕事ならまた今度にして
もらおう」
淡々と、しかしはっきりと拒絶の意思を伝える。当然だろう。彼女はまだ、
ここでするべき事が残っているのだ。それを置いて宇宙に戻るなど出来る事
では無かった。
「ザッ…それをおしてお願いしたいのです…どうか…我々を助けて頂けない
でしょうか……ザ…報酬はいくらでも構いません…何卒…」
「くどい…! だいたいジーフがいるのだろう? ヤツの力なら大抵の事は
どうにでもなるはずだ!」
あまりにしつこい相手の懇願に、いいかげん少女は苛立ちを隠そうともせずに
声を荒げる。どういった仕事かは聞くまでもない。この世界ではマーリンは
ちょっとした有名人ではある。その少女を頼るとなると、ほとんどが侵略者に
対する反撃だ。マーリンは個人でありながら、ちょっとした、一つの星の軍事
力に匹敵する戦闘力の持ち主である。
かつて、幾度と無くそうやって、宇宙を又にかける荒くれ者や罪人、あるいは
フリーザ軍のような私兵集団から、マーリンは星星を救ってきた。むろん報酬
はきっちりと頂くが。
そしてそんな戦いの中で、他の傭兵戦士とも知り合う事もあった。ジーフも
その一人だ。マーリンには及ばないが、それでも戦闘力は2万を軽く超える
実力者で、この世界では知らない人間はいないとまで言われる、傭兵界のトップ
だった男である。さらに人間的にも好ましい人物で、他の傭兵たちが奇異の目を
向ける中、小娘のような自分にも、その力を認めて、戦士として扱ってくれた
のだ。
…そのジーフがいるのなら大丈夫だ。彼と彼の指揮による用兵ならば例え
ギニュー特戦隊のメンバークラスが来たとしても、おいそれと負ける事はあり
得ない。
マーリンの強い拒絶の裏には、ジーフに対する信頼があった。しかし、何万光
年も離れた場所からの言葉は、少女のその思いを粉々に打ち砕くものだった。
第60話
「その……ジーフさんは…すでに奴らに…ザッ…殺されてしまったの
です…」
「な……に…………?」
思わず言葉を失うマーリン。あのジーフが倒されるなど、尋常の事では
ない。確かに以前より衰えはしているだろうが、それでも依然実力は
トップクラスのはずなのに…ショックが大きすぎて頭がうまく働かない。
しばらく茫然自失となっていたが、我に返るとあわてて詳しい状況を聞く。
「ジーフが倒されて…他の奴らはどうなんだ。ジーフの部下の…アー
カギーやミョウッコは……」
「…皆さん、すでに…敵の手によって…ザザ…もはや我々にはほとんど
戦力と呼べるものは残ってはいないのです…。ジーフさんは出撃の前、
万が一、自分に何かあれば…ザ…ここへコールしろ、とメモを残して
いかれて…。あなたが我々の最後の希望なのです…どうか力を……」
マーリンはその場では決断できず、しばらく考えさせてほしいとだけ告げた。
どう考えても事態は急を要する。即決をしてもらわない余裕など彼らには
無いだろうが、マーリンの力を借りる以外に状況を脱する方法も無い。
それではまた明日、この時間に連絡するとだけ言って、再びスカウターは
沈黙した。
何がどうなったのか、完全に蚊帳の外だったヤムチャにはさっぱり判らない
が、とにかく少女の表情から、何か深刻な事態が発生した事だけは理解できた。
「…なるほど…そりゃヤバいな。で、どうするんだ?」
事の経緯をかいつまんでヤムチャに説明すると、マーリンはそうぽつりと
問い掛けられた。
「…どうすればいいか…わたしにも判らないんだ……。
確かに敵は強大なようだが、今のわたしなら勝てると思う…でも…」
そう言葉を濁す。
マーリンの懸念は、この依頼を受ければ、それはすなわちヤムチャとの
生活も、修行も、そして悟空との再戦も諦めなければならない事だった。
しかし、こうしている間にも、その星で何人もの命が軽々と踏み潰されて
いってもいるのだ。戦友と呼べる男の仇も取りたくないと言ったら嘘に
なる。誰がどう考えても、優先順位は明らかだろう。
かたやサイヤ人への復讐という、あまりに利己的な動機と、一つの星の
生き死にが掛かった依頼。しかも自分が戦おうとしているサイヤ人は
まるで世界の脅威にはなり得ない、むしろ英雄のような存在だ。それと
戦い、倒したいなどと考えるのは完全にエゴである。それは何万、何億と
いう人間の生と引き換えて良いものなのか。
だが、一方で彼らは他人でもある。こうしている間に、どこかで自分に助けを
求める事すら出来ずに滅んでいく民族や星も、絶対に存在はしている。
そうやって滅んだ人々と、今回たまたま連絡をする事が出来た彼らと、何が
違うと言うのか。惑星ドーバを救いたいと思うのなら、それ以外の星をも
救わなければいけない。そうでなければ、それは性質の悪い偽善に過ぎない。
ジーフの事にしてもそうだ。運よくそんな事にはならなかったが、傭兵
という仕事柄、いつか、どこかで敵同士として戦う可能性はあった。
そして、もしそうなったら自分はジーフを倒していただろうと思う。
情けをかければ自分がジーフに倒されるだろう。向こうは筋金入りのプロ
なのだ。自分とジーフとの関係もそんな程度だ。そんな男の仇を討つ事が
どれほどの意味があると言うのか。
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