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Saiyan Killer


第一話

キィィィィン…!
真っ赤な隕石にも見えるそれが地球の大気を引き裂いていく。なるべく人気の少ないところを
選ぶように微調整しながら落ちていく。
ドォォン!!!!
「着陸」とは言えないような乱暴な到着だ。真新しいクレーターの中から少女が姿を現す。

「…ここが地球か…」
最後のサイヤ人と思って追い詰めた戦士の最後の言葉からたどり着いた、銀河の外れの辺境の
惑星。しかしどうにも違和感がぬぐえない。
「おかしい…本当にここにいるのだろうか…。あまりにもこの星はきれい過ぎる…」
サイヤ人は破壊と殺戮を好む戦闘民族だ。当然、送り込まれた星は徹底的に蹂躙され、街も自然も
破壊し尽くされる。伝説の超サイヤ人などという話は信じていないが、それにしてもサイヤ人が
いる星とは思えない。



「…わたしが来る前に、この星の住人が駆逐したのだろうか? とりあえず調べてみるか…」
そう言って耳に掛けてある機械に指を伸ばす。フリーザ軍のものとは少し形が違うが、どうやら
スカウターらしい。
「目立った戦闘力の持ち主はいない…サイヤ人に対抗できそうなレベルでは到底ない…」
しかし次の瞬間、けたたましい警報音がスカウターから発せられる。
「…!! 戦闘力38000!? バカな…!!…」
少女が驚くのも無理は無い。こんな戦闘力は通常のサイヤ人のレベルからはあり得ない数値
だからだ。いや、宇宙全体からしても、30000を超える戦闘力の持ち主はそうはいない。
「そんな…まさか本当に超サイヤ人なのか………」
少女の顔が色を失っていく。宇宙中に散らばったはぐれサイヤ人をことごとく倒してきた、この
少女の戦闘力でさえ3万を少し超える程度なのだ。おおよその目安として、戦闘力が3割違えば
まず勝てないレベルで、2割違ってもほとんど勝ち目は無い。つまり、今スカウターが捉えている
相手に、少女はほとんどの確率で勝てない。先日の戦士は3000ほどで、サイヤ人としては平均クラス
だったが、今回の相手は明らかに異常なパワーである。

「…でも…行かなきゃ…」
サイヤ人たちの蛮行は何度も見てきた。負ければどうなるのか…振り払えない光景が脳裏を幾度も
かすめるが、少女はそれでも立ち上がった。
「これが最後の戦い…母さん…わたしを……守って…」




第2話

「この辺りのはず…」
スカウターの捉えたポイントに近づくにつれ高まる恐怖を押し殺し、警戒しながら接近する。
ありがたい事に見渡す限りの荒野だ。これならばこの星の住人に掛ける迷惑も、最低限ですむ。
数秒後、目視距離にまで達した事をスカウターが知らせる。地上を見ると一人の男が何やら
動いていた。少女には判らなかったが、いわゆる独闘の最中らしい。

どうやらスカウターは装備していないようだ。もしあるのなら、とっくに少女の接近に気が
ついているはず。気付かれないように、そっと少女も地上に降りる。
「はいはいはい〜〜〜っ!!はいッ!!はいッ!!!」
荒野に男の掛け声がこだましていた。上空からでは判らなかったが、間近で見るその動きは
確かにすさまじいものがあった。少女の身体がぶるっと震える。
「戦闘力38142……間違い無い。この星の平均値を大きく超える戦闘力とサイヤ人の特徴の黒髪、
…尻尾が見当たらないが…服に隠しているのか…?」
すこし違和感はあるが、ほぼサイヤ人に間違い無いと判断する。あとはどう戦うかだ。

しばらく考えた後、やはり奇襲しかないと少女は思った。真正面から仕掛けても、これだけレベルが
違えば勝負にはならない。スカウターも装備していないなら目くらましも有効だろう。
「…よし…行こう…!」
意を決し、大きく息を吸い込む。そして、持てる戦闘力の全てを解放する。
「はぁぁぁぁぁっ!!!!!」
次の瞬間、少女を中心に半径500Mが蒸発した…!
エネルギーを放出しながらスカウターで敵の動向を探る。どうやら動かずに耐えているようだ。
いくらレベルが上の相手でも、この攻撃をまともに食らってはしばらくは動けないはず。そう
読んだ少女は次の行動に移る。

「はッ!!はッ!」
不意打ちの次は舞台作りだ。相手に接近しながらエネルギー弾で地面を撃ち、砂塵を巻き上げる。
スカウターを持たない相手は、これで目視で戦う事も出来なくなる。強大なパワーも、めくら撃ち
ではさほど怖くは無い。
50Mまで近づくと、ようやく相手が動いた。何が起きたのか理解できず、しきりに周りをきょろ
きょろしている。残念ながらダメージはほとんど無いようだ。
「さすが…でもこれで…!!」
そう言いながら両手に力を込める。距離は10Mほど。必殺技の有効射程に入り、それを放とうと
した瞬間、少女は信じられないものを見た。




第3話

それは白い、ボールのようなエネルギーの塊だった。それが視界ゼロの中、少女の顔面すれすれに
砂塵を切り裂いて飛んでいったのだ。
「今のは警告だ。誰だか知らないが、死にたくないなら今の内に帰るんだな」
「な……」
少女は一瞬パニックに陥ってしまった。スカウターも無しに居場所を当てられ、しかもサイヤ人が
敵を見逃すと言う、あまりにあり得ない状況に。

「ふ…ふざけるなーーーーっ! お前を殺すまで帰れるものか−−ッ!」
もはや作戦の事など、少女の頭からは消し飛んでしまった。叫びながら声の方向へ突撃する。
「…やれやれ…そんな恨みを買うような事は記憶にないんだが…」
声の主はそうつぶやきながら、少女の突撃を難なくかわす。しかしかわされた少女も、着地を狙った
男の攻撃を読み、タイミングをずらす。
お互いを視認する事も出来ない朦々たる砂塵の中、激しい戦いが続く。

「はぁはぁ…くそ…なんて強さだ…」
戦いは明らかに少女が劣勢だった。スカウターよりも正確に相手の位置を知りえる相手に、めくらまし
の砂塵はむしろ少女にとってマイナスになっていた。しかも元々少女の方が戦闘力は低い。疲労と
絶望に押し潰されそうになる少女を、気力だけが支えていた。


「…お前、宇宙人か? 地球を征服に来たってんなら諦めた方がいい。その程度の腕じゃな…」
「何を抜けぬけと…それはお前の方だろうが! 貴様らサイヤ人を根絶やしにするまで…わたしは
死ねないんだ!」

「…は? サイヤ人? お前…何か勘違いしてないか? 俺は地球人だぞ…」
男がぽかんとした表情を浮かべる。しかし少女は取り合わない。
「見え透いたウソを…。この星の人間がそこまでの戦闘力を持てるものかっ!」
「そりゃあ、俺も結構修行したから…」
どうやらこの戦いが誤解によるものと気がついた男は、少女にやめるように説得を始めた。だが
冷静さを著しく欠いている少女には、その言葉は一向に届かない。

「貴様の口車には付き合えない…これが最後だ…」
少女の手から再び閃光が溢れ出す。全身のエネルギーを集中させ、かつてない輝きを見せるそれを
見て、男も息を呑む。
「覚悟はいいか…いかに貴様でも、これを食らえばタダでは済まん。もちろん、これを放てばわたしも
無事では済まないがな…」
その言葉どおり、少女の腕は集中し過ぎたエネルギーに耐え切れない様子だ。見る見るうちに皮膚が裂け
いくつもの血管から血が噴きだす。恐らくそのエネルギーを解放した瞬間、彼女の腕は千切れ飛ぶだろう。

「食らえ!! ファイナル・グランスピアード!!」




第4話

そう叫ぶと少女は腕を高々と振り上げる。そしてとてつもないエネルギーが放たれ……なかった。
ぐらり、と少女の身体が揺れる。
「な…ど…どこか…ら…?」
攻撃を受けたのだろう。技の瞬間に後頭部に強い衝撃を受けた。しかし判るのはそれだけ。何による
どんな攻撃なのか、考えるまもなく、少女の意識は闇に沈んでいった。
「危ない危ない…さっきの操気弾をキープしておいて助かったぜ。…しかし…何者だ?って、女の子
かよ!!」




…夢を見ていた。遠い遠い記憶の夢。
幼い自分を連れ、街から街を、星から星を渡る母親。何かから逃れようとしていたのか、いつも怯えて
いた母親。そして…。





「っ!!」


「ん、気がついたか?」
目が覚めると、そこは先ほどの荒野の洞窟だった。そしてさっきまで死闘を繰り広げた男もいる。
慌てて飛び起きると、さっきの謎の攻撃のダメージが抜けきらないのか、ずきずきと後頭部が痛む。
「無理しない方がいいぞ。一応加減はしたけど直撃だったからな」
「貴様…どう言うつもりだ…」
ふと腕を見ると、どうやら手当てしてくれたらしい。包帯が巻かれてある。戦闘服が脱がされている
のはそこだけで、他に何かされた形跡は無かった。

「…どう言うつもりか聞きたいのはこっちだぜ。いきなり襲い掛かってきて、人の話も聞かずに
自滅覚悟の攻撃までしようとしやがって」
…段々と記憶が蘇る。確かこの男は自分はサイヤ人ではないと言っていた。痛む頭をさすりながら
先ほどの会話を思い出す。
「お前…本当にサイヤ人じゃないのか…?」
「だから何度も言っただろ。俺は地球生まれの地球育ち、生粋の地球人さ」
確かにこの男はサイヤ人にしては不自然すぎる。戦いを止めようとした事、戦った相手を介抱する
サイヤ人など聞いた事もない。少女はようやく自分がとんでもない勘違いをしていた事に気がついた。

「あの…その…す…すまなかった…」




第5話

照れたような、苦虫を噛み潰したような表情で謝罪の言葉を口にする少女。
「まぁいいけど。とりあえずメシでも食うか?」
必死の思いで絞り出した謝罪を軽く流され、微妙にショックを受けた少女だったが、言われて確かに
空腹である事に気がついた。

「いや、いい。自分の分は自分で用意してある」
そう言って、小さなブロックのようなものを取り出す。
「…それがメシ? 女の子は小食だっていうけど、それは小さすぎるんじゃないか?」
得体の知れないモノがぐつぐつ煮込まれて、あやしい匂いを放つ鍋をかき混ぜながら男がつぶやく。
「…問題無い。1日2回食べれば、必要なエネルギーは全て得られる」
ふと見ると、ブロックをかじる自分を男が見つめている。と言うか、ブロックを見つめている。
「な…なんだ」
「…それ、俺にもくれない?」
「何を言ってる…。お前にはその食料があるだろう」
「けち臭い事いうなよ。命の恩人に向かって」
「む……」
仕方がないと諦めたのか、もう一つブロックを取り出す。
「いいか、わたしもそんなに多くは持って来ていないんだ。だから一つだけだ。そもそもこれは…」
「能書きはいいって。宇宙食ってどんなのか味見したいだけだから」
「…………」
あきれたように少女はブロックを投げてよこす。全く意に介していないのか、男は興味深そうに匂いを
かいだり、つついたりしている。そして…丸ごと口に放り込んだ。

「まず〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
洞窟内に男の絶叫が響き渡る。目を白黒させ、口は魚のようにぱくぱくしている。その様子に少女が目を
丸くする。
「まずー? あぁ、確かに味は良くないな。これでもマシな方だが」
ようやく落ち着いたのか、男ははぁはぁと荒い息をしながら鍋に向かい、器に中身をよそい始めた。




第6話

器を両手に持って男が戻ってきた。そして一つを少女に差し出す。
「…食えよ」
半分ほど食べ終えたブロックを握りながら、ぽかんとする少女に器を押し付ける。親指が少し
漬かっているが、熱くないのだろうか。
「…必要無いと言った筈だが。それに他人からの食料は信用できない」
「いいから食えってんだ!! ガタガタ言うともう一回気絶させて、その間に口に突っ込むぞ!!」
「………」
とっさに懐にある解毒剤を確認する。どんな毒物も瞬時に無効化する、惑星戦士の必須アイテムだ。
この男が何を考えているかは判らないが、仮に毒を盛ろうとしていても、これさえあれば心配ない。
しかし、実力で勝るこの男が、そんな姑息な手段を使うとも思えないし、する意味も無い。少女の
頭に?マークが満ちていく。

しばらく考え、少女は器を受け取った。とりあえず匂いをかぐ。毒物の類いは感じられない。
男はその少女をじっと見つめている。口には出さないものの、早く食べろと訴えているようだ。
「……」

意を決してスプーンを口に運ぶ。その次の瞬間……少女の身体が揺れた。
「…………ッ…!?」
今までに経験した事の無い、恐ろしいほどの甘美な感覚だった。舌の先から身体がとろけるような、
圧倒的な快感……一瞬意識が無くなったような錯覚さえ覚えるほどの。
弛緩し、倒れそうになる身体をすんでのところで制御し、意識を集中して状況を分析する。だが答えは
出てこない。

「どうだ? 結構イケるだろ? 俺も荒野暮らしが長かったから、料理にはちょいと自身があるんだ」
ぐらぐらと揺れる少女を見ながら、満足そうに男が笑いながら話し掛ける。
「…いけ…る……?」
「美味いだろって事さ」
自分を支配している、生まれて初めての感覚の正体。

「これが…美味い…おいしい……」




第7話

結局、その後少女はおかわりを繰り返し、その小さい身体のどこに入ったのか、鍋をからっぽにして
しまった。
「いくらなんでも食べ過ぎじゃないのか…」
あきれたように男が言う。
「…確かにそうだ…お前の分の事をすっかり失念してしまった…すまない」
少女も少々バツが悪そうに、うつむきながら答える。そしておずおずとブロックを差し出す。
「あの…これで良ければ食べてくれ…」
先ほどまで少女がかじっていたブロックを差し出されるが、男は顔を真っ赤にして受け取らない。
「ばっ…! そんなマズイ食いかけなんて要るか!」
確かに先ほどの鍋に比べれば、このブロックは餌以下だろう。さっきの味を知ってしまった自分が
今後もこのブロックと付き合っていけるかを考えると、少女は少し気が重くなった。

「…なぜだ?」
しばしの沈黙の後、不意に少女が口を開く。

「…?」
「なぜわたしに、さっきの食料を食べさせようとした?」
男にとって、少女に鍋を食べさせても何の得にもならない。むしろ、自分の量が減る分、損だと言える。
事実、鍋はからっぽにされてしまった訳で、男にとってこれは、本来許しがたい行為だろう。なのに
男は本気で怒る風でもなく、どちらかと言えばうれしそうだ。少女にとって、それは到底理解出来ない。

「…さっきの宇宙食、お前いつもアレばっかり食ってるんだろ」
「そうだ。高純度のエネルギーと必要な栄養、宇宙放射線からの影響も抑えられる、言わば完全食だ。
あれ以外を口にした事はほとんど無い」
男は少しだけ悲しそうな顔をして、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「お前がどんな生活をしてきたかは知らないが…なんだか腹が立っちまったんだよ」

「…腹が立つ? それはつまり怒りを覚えたと? どうしてだ。なぜお前が怒りを感じるのだ」
「知るか! お前みたいな女の子が、あんなクソ不味いものしか食った事ないって考えたら……
どうしようもなく腹が立ったんだ! だからせめて、あんなものでも食わせてやりたくなったんだよ!」
「…わからない。お前の言う事は何も理解出来ない。翻訳機が故障したのか…」
「壊れてねぇよ!! 俺だって自分が何言ってるか、よく判らねぇんだ!」

再び沈黙が続く。先ほどよりも長く、重い沈黙が…。




第8話

「…そう言えばまだ自己紹介してなかったな。俺はヤムチャ。で、そもそも
お前は何なんだよ。宇宙人なんだろ? 何しに地球に来やがったんだ」
今度は男が沈黙を破って話し掛ける。
「…わたしの名はマーリン……宇宙中に散らばったサイヤ人を見つけ、始末
している」
「…? サイヤ人は数人を残して、全員死んだんじゃなかったのか?」
「確かにフリーザの攻撃で、惑星ベジータは消滅した…。でも、フリーザ
 軍に所属せず、独自の行動を取っていたサイヤ人もいる…いわば、はぐれ
 サイヤ人だ。そいつらは登録もされておらず、元から数に入っていない。
 だから、民族としてのサイヤ人は滅びたが、個人として生き残っている者は
 少ないが存在していた。その多くをわたしは駆逐してきたのだが…」

そこまで話すと、急に少女…マーリンは何か思いついたように黙り、考え
始めた。そしてしばらく後、これまでに無く真剣な顔をして男…ヤムチャに
向き合うと、そのまま口を開いた。
「そう言えば改めて礼を言わせて欲しい。この星のサイヤ人を駆逐して
 くれたのは、ヤムチャ、お前なのだろう?」
「……………………は?」

「この星に着いた時から、サイヤ人が居るにしてはきれい過ぎると思って
 いたが、とうの昔に倒されていたならば不思議は無い。まさかこんな辺境の
 星に、お前ほどの実力者がいるとは思ってもいなかったのだろう。おそらく
 下級戦士だったのだろうが、哀れな事だ…」
そう言いながらも、口元には先日のサイヤ人を倒した時のように冷たい笑みが
浮かぶ。
「いや…あの…」
「ここへ来る前に倒したサイヤ人が、地球にいるのは超サイヤ人だ、などと
 下らない事を言っていて、少し不安もあったのだが…取り越し苦労だった
 ようだ。…まぁ、出来ればわたしの手で倒したかったのだが…ふふ」
嬉しげに、まるで歌うようにしゃべるマーリンだが、ヤムチャの表情はどんどんとこわばっていく。
「なぁ…マーリン…その事なんだけど…実は…」

その時、洞窟にのほほんとした声が響いた。
「なんだ? おめぇ、サイヤ人を探してるのか? オラになんか用か?」




第9話

「!?」
とっさに身構えるマーリン。声の主がどんどんと近づいてくる。スカウター
もセットし、戦闘体制を整える。5000ほどの戦闘力の持ち主のようだ
「ごっ…悟空!? なんでここへ…!」
「…何時間か前、ここらでヤムチャ、おめぇ、誰かと戦ってただろ? オラ
 たちの誰とも違う気だったけど、てんで弱い気だったし、ヤムチャも気の
 乱れが無かったから大した事はないと思ってたんだけど、なんとなく気に
 なってな」
そう言うと悟空は、ヤムチャのそばで身構えている少女を見やった。
「おめぇか? さっきのヤムチャの相手は」

急に声を掛けられ、マーリンの身体がビクッとこわばる。おだやかで、
温かみもある、しかし不思議な強さをも感じられる声に、少女の心が乱され
ていく。
「…貴様…本当にサイヤ人…なのか…?」
「ああ、オラは地球育ちのサイヤ人だ。なんか本当はカカロットとかいう
 名前らしいけど、今の名前は孫悟空だ。……それで、そのサイヤ人のオラに
 何の用だ?」
目の前の男が、マーリンの緊迫した表情などどこ吹く風の、極めて軽い調子
で答える。必死に落ち着きを取り戻し、状況を理解しようとする少女。ふと
横のヤムチャを見ると、実に困った顔をしていた。
「…本当なのかヤムチャ…本当にあの男はサイヤ人なのか……?」

出来れば違うと言って欲しかった。サイヤ人は存在そのものが悪だと信じる
少女にとって、ヤムチャほどの男がそれを放置する事はあり得ない。ならば
答えは一つしかない。ヤムチャはサイヤ人ではなくとも、その仲間…共犯者
なのだ。
その気になれば簡単に自分を倒せたはずなのに、それをしなかっただけで
なく、自業自得で傷ついた自分を介抱し、さらには生まれて初めて「おいしい」
という感覚を教えてくれたこの男が、サイヤ人の仲間であるなどとは信じられ
ない、いや、信じたくなかった。
マーリンがすがるような目でヤムチャに迫る。

「…………」

ヤムチャは答えない。彼の脳裏には先ほどの、サイヤ人への憎悪に満ち溢れた
彼女の戦いぶりが蘇る。何があったかは判らないが、少女のサイヤ人への
憎しみは尋常ではない。
本来ならうまく言いくるめて、そのままお引き取り願おうと考えていたのに、
当の悟空本人が出てきてはぶち壊しだ。何とか穏便に済ます方法を必死で
考えていた。

再び、長い沈黙が訪れる…。




第10話

長い、重苦しい沈黙が続く。ただ悟空だけは不思議そうに二人を見つめ、
首をかしげている。
そしてマーリンがようやく口を開く。長い長い沈黙は、暗黙の肯定と受け
取ったのだ。
「…そうか…そうなんだな…」
ヤムチャもいくら考えても解決案が浮かばない。口で否定する事は簡単
だが、当の本人が目の前に居る状況では、いくらヤムチャでも上手くいく
とは思えなかった。何せ悟空なのだ。実はさっきから必死にパチパチ
目配せしていたのだが、全く気がついていない。

「…お前も後で必ず殺す…」
そうつぶやくと、マーリンはヤムチャのそばからゆっくりと離れる。
サイヤ人は確かにクズだが、それはある意味、戦闘民族としての宿命の
ようなもので、仕方無い部分もある。しかし、虎の威を借る狐のように、
その力を利用したり徒党を組んで星星を荒らすような連中は、完全な己の
自由意思で行動してる分、余計に許せなかった。そしてヤムチャもその
一人なのだ。

だまされた、信じていたのに裏切られた、そしてそんな男に一瞬でも気を
許しかけた自分、サイヤ人への憎しみが渾然一体となって、少女の心をどす
黒く染め上げていく。

「ちょ…ッ、ま、まて…」
ヤムチャもあわてて引き止めようとするが、少女のまとう気がそれを許さない。
燃え盛る漆黒の炎。そう形容するしかない異常な気の緊張に、触れる事もそれ
以上近づく事も出来なかった。

そして向かい合う悟空とマーリン。
「もう一度だけ聞く…貴様は本当にサイヤ人なんだな………?」
「しつっけぇなぁ。だからさっきからそう言ってるじゃねえか。早く用件を言…」
ズアォォォッッ………!!!!!
悟空が言い終わる前に、再び荒野に閃光が走る。すっかり日が落ち、暗く
なった分、より美しく見える閃光のドーム。しかし、そこは普通の生物では
1秒たりとも生存を許されない、美しくも恐ろしい、死のドームでもある。

「ふふ…終わった…」
勝利を確信し、小さく息を吐きながらマーリンがつぶやく。口元にあの笑みが
浮かぶ。しかし、


「おいおい、他所の星だと思って無茶すんじゃねぇぞ。形が変わっちまうじゃねぇか」



第11話

夜の荒野にのほほんとした声が響いた。
「!!??」
確かに仕留めたと思った瞬間だっただけに、一瞬我を忘れかけたマーリン
だったが、すかさずスカウターで位置を探る。敵は空中に逃れたようだ。
…思ったよりも速い。
全くの意外な事だったが、それはむしろ彼女を冷静にしていった。
マーリンも空中へ飛び、再び相対する。スカウターの数値は先ほどと変わらず、
5000少々を表示している。サイヤ人にしては中々の戦闘力だ。もちろんそれ
でも少女に敵うレベルではない。
「ふん…スピードはなかなかだな。だがその程度の戦闘力ではわたしには勝て
ない」
「…なんだ、おめぇもナントカって相手の強さが判る機械つけてんのか。それ、
オラたちにはあんま意味ねぇぞ。それに…おめぇにオラは倒せねぇ」
相変わらず、戦いの最中とは思えない飄々とした声。スカウターを持っていない
ため、マーリンの戦闘力が判らず、外見で判断しているゆえの余裕なのか。

「まぁいい…すぐに判る…判らせてやる!」
あまりに常識はずれな発言に再びキレそうになる少女だった。発言だけではない、
その声、話し方、立ち居振舞いの全てが、彼女の知るサイヤ人とは違い過ぎる。
その違和感が彼女をさらに苛立たせる。
そしてその苛立ちを乗せ、渾身のエネルギー波が悟空を襲う。だが、それは虚空
をむなしく切り裂くのみだった。

「なっ…………!」

動きが見えなかった。いや、それ以前に今の攻撃をかわされる事など有り得なか
った。
パワー、スピード、共に申し分ないエネルギー波だ。戦闘力5000程度の人間には、
受ける事もかわす事も不可能なレベル。
呆然とするマーリンにさらに追い討ちがかかる。スカウターから反応が消失して
いるのだ。
「なに・・・なんなんだ……いったい……」

この星は訳の判らない事が多すぎる。もしかして、今自分は夢を見ているのでは
ないかとすら思った。それとも、先ほどヤムチャに食べさせられた食料に、
やはり何かしらの薬物が盛られていたのかとも。
混乱する一方のマーリンをスカウターが現実に引き戻す。消えていた反応が再び
現れる。しかしその場所は…なんと彼女の後方1Mだった。
「くっ………!!!」

振り向きざま、エネルギー波を放つ。しかしこれも当たらない。悟空の動きを
まったく捉えられない。
本来、当然の事ながら戦闘力5000程度の動きが見切れないマーリンではない。
やはり何かしらの要因で、大きく力を落としてしまったのか、それとも、この
サイヤ人が何か得体の知れない、スカウターでは捉えられない能力を持っている
のか。いずれにせよ、予想外の戦況に少女の心の乱れは激しさを増していく。



第12話

「うわぁぁぁぁぁああッッ!!!!!」

不安を振り払うためか、今まで以上の気合なのか、絶叫しながらエネルギー
波を撃ち続ける。目にはうっすらとだが涙すら浮かんでいる。しかし一向に
悟空は捉えられない。そんな彼女をあざ笑うかのように、かわしながら悟空が
声をかける。

「なぁ、そんな攻撃じゃいつまでたってもオラは倒せねぇぞ」
「………ッ! だまれだまれーーーーーッ!!」
さらに狂ったように攻撃を続けるマーリン。相当消耗し始めているのか、呼吸が
大きく乱れている。
「「パワーはそれなりにあるみてぇだけど、てんで使い方がなっちゃいねぇ」
「ーーーーーーーーーッッ!!」
「気功波はそんな風に使うもんじゃねぇ。それじゃ体力が減るだけだ」
まるで組み手でもしているかのように、悟空はマーリンを批評しながら攻撃を
かわし続けていく。

「はぁ…はぁ…はぁ………ッ…」
さすがに撃ち疲れたのか、マーリンの両手がだらりと下がる。ヤムチャに巻いて
もらった包帯はとうに消し飛び、先ほどの戦いで自らつけた傷が開いていた。
あちこちで内出血もしているのだろう、ヒジから下はどす黒い斑点がいくつも
浮かんでいる。

「どうした? もう終わりか?」
悟空が軽い調子で再び声を掛ける。緊張感の無い、自分を殺そうとしている相手に
掛けるようにはとても聞こえない声。焼けるような腕の痛みをこらえながら、
憎しみと怒りと、絶望がない交ぜになった目でそれに答えるマーリン。

やがて、観念したのか、マーリンがするすると地上へ降り立つ。悟空もそれを
追って、つい先ほど出来たてのクレーターに降りる。20Mほどの距離をおいて
相対するふたり。
「…もうわかっただろ? おめぇはオラに勝てねぇ。オラを倒して何がしてぇのか
知らねぇけど、あきらめてとっとと自分の星に帰ぇれ」

「……星へ…帰れ………だと……」


それは禁断の言葉だった。



第13話

「ふふ…ふ………ふっ……星へ帰れ…か……。貴様らサイヤ人が…
それを言うのか…」
地の底から響くような、真っ黒な言葉を絞り出しながら少女が嘲う。
長い前髪の隙間から、こめかみに浮かぶ血管が幾筋も見え、身体は
小刻みにぶるぶると震えている。
「貴様らがそれを言うのかぁぁぁーーーーーーーーーッッ!!!!!!」

完全にキレた。先ほどまでとは比べ物にならない力が身体に満ち溢れる。
さっきまで骨のかわりに焼けた鉄棒が埋め込まれていたかに思えた腕にも
力が戻る。あるいはそれは錯覚なのかもしれないが。
「殺してやる…殺してやる…殺してやる…殺してやる…………!」
ただの人間ならば、聞いただけで本当に絶命しそうな呪詛を吐きながら
じりじりと進む。手からはその言葉をつぶやくたびに閃光が大きく、
激しく溢れ出していた。

距離およそ10Mまで近づく。マーリンの両腕は崩壊寸前の状態だった。
あちこち炭化し、内出血と相まって、ほとんどの部分が少女の心の色を
表すかのようにどす黒く染まっていた。指の何本かは、すでに存在すら
していない。
さすがに悟空もそれを見ると、表情に険しさが浮かぶ。
「…おい、もういい加減にしろ! おめぇのやってる事はメチャクチャだぞ!!」
それでもなお閃光は激しさを増していく。すでに痛みも感じないのか、目を
血走らせながら狂気じみた笑みを浮かべている。そしてようやく幽鬼のような
歩みを止め、ゆっくりと腕を振り上げ…
……叫んだ。

「ファイナル・グランスピアード!!!!!!」


マーリンの最大最強の必殺技が炸裂した。射程距離は10M以内と短いが、
圧倒的な威力を誇る技だ。
通常のエネルギー波は、威力と射程が反比例する。ある程度密度を高めた
エネルギーも、距離を進めばどうしても拡散してしまうからだ。
だが、彼女のファイナル・グランスピアードは、射程を限定し、エネルギーを
放出するのではなく、いわばフィールドを作り出す。両腕の間にエネルギーを
収束させ、槍状のフィールドを形成、そしてその形成精度は先端部分がわずか
1mm以下。

どんな戦士も身体の表面にエネルギーを張り巡らせ、敵の攻撃を軽減している。
単位面積あたりの攻撃力が、身体を覆う防御力より低ければダメージを受けずに
済むが、逆の場合はダメージを受ける。
つまり同じ威力ならば、より接触する面積を小さくした攻撃の方が効くと言う
事だ。面より線、線よりも点の攻撃が有効といえる。そしてこの技は1mm以下の
まさに一点に、30000以上の戦闘力が生み出す、とてつもないエネルギーが加わる。

まともに食らえば、かつてのフリーザ軍が誇るあの超エリート集団、ギニュー
特戦隊のメンバーといえど、タダでは済まないほどの威力である。ただし、
その絶大な威力は、エネルギーの強度の集中とフィールド形成に、両腕に甚大な
負荷が掛かり、最悪の場合はその負荷に耐え切れず、両腕が消し飛んでしまう
というリスクと引き換えによって得られている。



第14話

カッ…………!!!
閃光が走る。一瞬遅れて爆音が轟いた。
ズッ………ゴォァアアアアアッッッ!!!!!

ヤムチャの時とは違い、今度は間違いなくマーリンの必殺技が発動した。
フィールド形成の余波の高熱で周囲の砂がガラス化し、きらきらとした
砂塵を巻き上げている。死闘の後とは思えない、幻想的な風景だ。そして
その中に立つ少女は…やはり腕はヒジから下が無い。わずかに欠けた月の
光の下、どこか呆けたような表情で、長い髪を風と砂に遊ばれながら荒野に
たたずむ。
異様だが、しかしまるで絵画のような光景。

どさり、と少女が崩れ落ちる。もはや立つ事もままならない程に消耗し、その
上、両腕は機能していない。だがその表情は満足そうだ。
「…今のはやばかったかもな。変身するのが遅れたら、痛いじゃ済まなかった
かもしれねぇ」

マーリンは幻聴だと思った。じわじわと襲ってくる腕の痛みと、エネルギーを
使いすぎたせいか、吐き気すら感じる体調が、ありえない声を聞かせている
のだと。
確実に手応えはあった。間違いなく避けられてはいなかった。ただ、そう
言えばインパクトの瞬間、自分のものではない、金色の光を見た気もする。
あれはなんだったのか…?


かすむ目に必死で意識を集中し、誰か知らない人間の身体を操るように、
ぎこちなく首を声の聞こえた方に向ける。果たしてそこに居たものは、
金色の光に包まれた男だった。
きれいだ、と少女はぼんやりと思う。誰なのかは判らないが、さっきまでの
サイヤ人ではなさそうだ。
サイヤ人は全員黒髪のはず。金髪のサイヤ人など聞いた事が無い。
「さっきの言葉は取り消す。お前は立派な戦士だ。もっと腕を磨いてから
また来い……楽しみにしてるぞ」

何を言っているのか、マーリンにはよく理解できなかった。さっきまで
戦っていたのはサイヤ人で、この男ではないはずなのに。思考がぐるぐると
頭の中を回るが、答えなど見つからなかった。そうしているうちに、
ゆっくりと意識が途切れ始める。深い深い闇に、どこまでも落ち込んでいく
感覚。
遠くでまた別の声が聞こえたような気がした。自分の名を呼ぶ声が…。

「おいっ!! マーリン! しっかりしろマーリン!! そうだ仙豆!! 
仙豆どこだっけ!?」



第15話

1時間後…
「………」
ボロボロのマーリンを別の洞窟のアジトに運び、隠しておいた仙豆の
ありかを思い出す。しかし結局思い出せなかったので、ブルマの家に
置いてきたプーアルに電話して聞く。テレビのチャンネルを外した
ところに2個発見。なんで俺はこんな所に隠したんだろうと思いつつ、
少女の口にそれを無理やり押し込む。
「ふぅ…これで一安心だな」

ごくり、とマーリンの喉が鳴った。何とか飲み込めたようだ。ゆっくりと
目が開かれていく。
「………ここは………」
のろのろと身体を起こす。辺りを伺うが、見覚えの無い場所に怪訝そうな
顔をする少女。ふと気付くと傍らには男が立っていた。やはり見覚えが
無いらしい。

「……だれだ………?」

あまりに少女にとって異常な一日だったせいか、どうやら記憶が混乱して
いるらしい。目もうつろで焦点がまるで合っていない。

「荒野のヒーローにしてお前の命の恩人、ヤムチャ様だ。判ったら大地に
額をこすりつけ、この俺を拝め」
さらっとトンデモない事を言っているが、それについてはマーリンは
触れず、何やらぶつぶつとつぶやいている。
「ヤムチャ…ヤムチャ…ヤムチャ…………ヤムチャ!? ヤムチャ!殺す!!」

一気に何かが繋がったのか、少女の目の光に力が戻った。そして
立ち上がり、傍らの男に一撃を加えようとした瞬間…洞窟内に
乾いた音が弾ける。


……ッパァァァン……!


第16話

「………ッ!」
マーリンの身体がバランスを崩しかける。何が起きたのか良く判らない。
ややあって左頬に走る痛み…どうやら顔に攻撃を受けたらしい。しかし
それはダメージを与える事を目的としたものではなかった。平手で頬を
張られたのだ。

「おまえ…いい加減にしろよ! 話も聞かず、人の家をぶっ壊した
あげくに、勝手な思い込みで誰彼かまわずケンカ売って、その上、自爆
までしやがって!! さっきだって相手が悟空だったから良かった
ものの、これがベジータだったら間違いなく殺されてたんだぞ!!」
ヤムチャの怒声が洞窟内を揺らす。張られた頬にそれがぴりぴりとする。
戦闘力38000以上のパワーによる、本気の怒りのすさまじい迫力に、
少女はへなへなと地面にへたり込んでしまった。

じんわりと熱さを増していく頬に手を当てながら、マーリンはまたも
考え込んでいた。なぜこの男は怒っているのだろうと。さっきもそうだ。
自分がどうなろうと男には関係ないはずなのに、どうしていちいち
怒るのか。それにわたしは、改めてこの男を殺すと言った。さっき
殺されていれば、この男にとっても面倒事が無くなるだけの事で、
わざわざ助ける理由などどこにもないはずなのに。本当にこの星は
おかしな事が多すぎる…。

そしてしばらくぼんやりしていると、少女はある事に気がついた。
腕がある。しかも2本とも。どんなハイテク医療を施されたのか、
完全に元通りだ。
「…………?」
まだはっきりと思い出せないが、確か自分はファイナル・グラン
スピアードを放った。あれを使って腕は半分消し飛んだはずなのに、
なぜか両腕が存在する。やはりさっきの戦いは夢だったのだろうか。

いまだ怒りが収まらないような面持ちで厳しい視線を向けている
ヤムチャに、少女が小さな声で尋ねる。
「この腕……お前が…治してくれたのか…?」
「ああ…と言っても、別に俺の手柄じゃない。俺は仙豆を食わせた
だけだからな」

何の事かよく判らないが、否定はされなかったようだ。張られた
頬よりも、なぜか一瞬胸が熱くなった。しかし、それはつまり
さっきの戦いが夢では無かった事でもある。
霞が掛かったような先刻の戦いの記憶…いや、あれは戦いなどでは
無かったように思える…それが少しづつはっきりと蘇ってきた。


第17話

そう、あれは戦いと呼べるものでは無かった。冷静さを著しく欠いて
いたあの時は判らなかったが、今思い出すとよく判る。
ただ一方的にマーリンは攻撃するものの、サイヤ人は結局、明らかな
余裕を持ってそれを避けるだけで、一度も攻撃らしい攻撃を仕掛けては
来なかった。下を向き、少女は情けなさに唇をかむ。

だがしかし、最後のファイナル・グランスピアードは確実に決まった
ように覚えている。その前後の記憶が少し欠けてはいるが、それだけは
間違い無い。顔を上げ、ヤムチャに恐る恐る尋ねる。
「…さっきの戦い…あれは結局どうなったんだ………?」
「戦いね…ま、そう言う事にしておこうか。どうもこうも無ぇよ。
自分でも判ってるだろ? 」
確かにその通りなのだが、改めて他人に指摘されるのは気分が悪い。
不機嫌そうな表情で再び尋ねる。
「……だから、あのサイヤ人はどうなったと聞いている……!」


あきれたようにヤムチャが答える。
「だから言ってるだろ。どうもこうも無いって。あいつは傷一つ無く
ピンピンして帰っちまったよ」
この答えにマーリンは唖然となる。そして猛烈な勢いでヤムチャに
食って掛かった。
「そんな筈があるか!! あれはわたしの最大の技なんだぞ! たかが
戦闘力5000ぽっちのサイヤ人に耐えられる訳がない!! 当たりさえ
すればお前だって……!!」

ッパァァァン…

再び乾いた音が響く。今度は右頬にビンタが飛んだ。
「ッッ………!」
痛い。涙が出るほど痛い。今まで敵から受けたどんな攻撃よりも痛か
った。必死に涙をこらえるものの、たまらずに一粒、また一粒が少女の
頬をつたう。その様子を見ながら、静かに男が声をかける。
「わめくな……今から教えてやる…」



第18話

そう言ってヤムチャは立ち上がると、マーリンにスカウターの起動を
うながした。
「…さっき悟空も言ってたように、その機械は俺たちにはあんまり意味が
 無いんだ。今の俺の数字はいくつになってる?」
ピピピ…しばらくして、スカウターは38000を表示する。少し落ち着いた
ものの、まだ目は真っ赤なままのマーリンがそれを告げる。
「よし、じゃあよーく見てろよ」
そう言うとヤムチャは…見るからにだるそうなポーズで、壁に寄りかかった。

「…………!!??」
スカウターの数値がどんどん減少していく。30000…25000…10000…
信じられない、と言う風なマーリンの表情。
「ふぅ…今の俺の数字はいくらだ?」
「せ……戦闘力…たったの177……?」
「まぁ、限界まで下げればほとんどゼロにも出来ると思うけど、これでも
充分だろ。判ったか? 俺たちはその戦闘力ってヤツをコントロール
出来るんだ」
呆然としながらマーリンがつぶやく。
「信じられない…確かに戦闘力をコントロールできる種族がいる事は
 聞いた事があったけど、ここまで変化させられるなんて…」
「それでも事実は事実だ。つまり、お前が見ていた悟空の数字はまるで
 デタラメだったって事さ」
「…でも、あいつはサイヤ人だ。地球人のお前がコントロール出来る
 のは判ったけど、サイヤ人にそんな事ができるのはおかしい!」
「別におかしくはないさ。これは武術の技だからな…学べば誰だって
 出来るようになる」
「………ブジュツ……? なんだそれは」
また良く判らない単語が出てきたとマーリンは思った。自分のつけている
翻訳機は、そうとう高度なもののはずなのだが。

「どう言ったらいいかな…精神と肉体を研磨・鍛錬し、宇宙との合一を
 目指す…ってな話もあるが、ぶっちゃけケンカのやり方、だな。俺と
 悟空はもともとそこの同門だったって訳さ。だから俺に出来る事は、
 ほとんどあいつにだって出来る」
ヤムチャの説明が続く。
「…もっとも、それは昔の話だ。今のあいつは、もうそう言う次元じゃ
 ないからな。お前も見ただろ?」


第19話

何を…と言いかけたマーリンの脳裏に、霞む視界の中で見えた、まばゆい
金色の戦士が浮かぶ。

「今の悟空は伝説の超サイヤ人なんだ。勝てるヤツなんてこの世には
 存在しねぇよ…」
あれが超サイヤ人…野蛮で知性の欠片も無いようなサイヤ人の変身とは
にわかには信じがたい美しさだった。だが、それでもサイヤ人を一瞬でも
美しいなどと感じた自分に腹が立つ。その上ヤツは自分を見逃したのだ。
サイヤ人に情けを掛けられるなど、少女にとっては最大級の侮辱である。

唇をかみ締めるマーリンに構わず、ヤムチャが話を続ける。
「…なにせ、あのフリーザすら倒しちまったんだ。俺やお前程度にどう
 にか出来る相手じゃない。判ったらあきらめて地球から出て行くんだな」
「…今なんと言った!? フリーザを倒しただと!!??」

惑星戦士でフリーザの名を知らぬものなど存在しない。むろん少女も
知っている。それどころか、ほんのわずかな間だが、フリーザ軍に所属
していた事もあった。それゆえフリーザの力がどれほどのものか、いやと
言うほど知らされていたのだ。


「そんなバカな…確かフリーザは……ナメコ星だかナマコ星に出かけ、
 そこで星の爆発に巻き込まれて瀕死の重傷を負ったと聞いていたが…」
「…ナメック星な…。確かに星は爆発したが、その前に悟空にボコボコに
 されちまってたんだよ。ちなみにフリーザもその父親も、両方もう死ん
 でる」
ややこしい事になりそうだったので、ヤムチャはトランクスの事は黙って
結果だけを伝えた。

…マーリンの視界がぐにゃりと歪む。フリーザの戦闘力が53万と言うのは
有名な話だ。それを倒したとなると、超サイヤ人の戦闘力はそれ以上…事
によると100万以上かもしれない。そう思うと、自分がなんと無謀な戦いを
仕掛けたのか、思い出すだけでも冷や汗が出る。確かにそれだけの差が
あれば、あの技を受けても無傷に違いない。恐竜に蚊が刺した程度の結果と
変わらないだろう。

体中からイヤな汗が止まらない。かたかたとわずかに身体も震えている。
だが、聞かずにはいられない。意を決し、ヤムチャに問う。


第20話

「…お前は…その超サイヤ人が戦う姿を見た事があるのか…?」
「ん…まぁ一応はな」
「だったら判るだろう…その超サイヤ人は一体いくらぐらいの
 戦闘力なんだ……!?」
突拍子も無いことを聞かれ、ヤムチャは困った。
「と言われてもなぁ…その戦闘力ってのもよく判らないし…」
「だいたいでいい! お前の何倍強いのかで考えろ!」
そう言われて、ヤムチャは何やらぶつぶつと言いながら考え込む。

しばらくして、
「…はっきりとは言えないけど…」
「判ったのか!? で、いくらだ!?」
「たぶん500万はあるな。少なくとも」
想像以上の現実離れした数字を挙げられると、そのまま少女は何も
言わず………ばたりと倒れた。
「またか…こいつ、気絶癖でもあるのか? まぁいいや。もう遅いし、
 このまま放っておこ」
念のため、小汚い毛布をマーリンにかけると、ヤムチャもごそごそと
寝袋に入る。明日も修行だ。人造人間とやらの戦いまであと2年もない。
「まったく…やっかいな事に巻きこまれちまった…」

また夢を見ていた。少女の遠い記憶の夢。
誰かの声が聞こえる…母親と男の声。
「…わざわざ休暇まで使って探しに来てやったんだぜ? いいかげんに
 あきらめて、俺と一緒に来るんだな。もちろんガキはどっかの星にでも
 捨てるけどな…くっくっくっ」

「…触らないで!無礼な…っ!」

「おいおい、お前まだ自分の事をお姫様と思ってんのか? まったく
 おめでたい女だが……そうでなくちゃ面白くねぇ……!!」

ビリ、ビリ、ビリ

目の前で母親の服がただの布切れになっていく。そしてあらわになる。
白い白い肌が。
赤銅色に焼けた男の肌が、余計にその白さを際立たせる。その白さが
まぶしくて、思わず目をつぶった。再び世界が音だけになる。
母親の何かのうわごとと、男の獣じみた呼吸音だけが響く。怖い。怖い。
だから耳も塞いだ。そして世界からは…何もなくなった。


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