【91話】
一方、マーリンも、空白の時間に修行をしなかったわけではない。
むしろ、かなり過酷なトレーニングをこなしていた。
それにも関わらず、現実は甘くなかった。
当時は悟空互角…いや、むしろ自分は勝負に勝つだけの実力があったはず。
それでも気を抜かず、地球から去った後の空白の時間にマーリンは常に悟空より多く辛い修行をしたつもりだ。
だが、久しぶりに会った悟空に圧倒的な差をつけられていて、自分の考えが浅はかであったことを知る。
何故、あれほどまでに差が開いてしまったのか。
やはり、スーパーサイヤ人に変身できないという事実が大きな要因だろう。
“海皇拳”を使えば、スーパーサイヤ人に匹敵する強さになるが、あれは体への負担も大きすぎるし、長時間持たないという欠点がある。
それに、スーパーサイヤ人は第2形態と第3形態があるらしい。
“海皇拳”はノーマルのスーパーサイヤ人と同等クラスになる変身ではあるが、スーパーサイヤ人2、スーパーサイヤ人3には到底及ばない。
一瞬で決着が付くとは思えないし、長時間持たない“海皇拳”では勝負になりえないだろうとマーリンは睨んでいた。
そう考えると、悟空に勝つにはまず、自分がスーパーサイヤ人になるというのが最低条件になる。
【92話】
「クソッ…時間がないというのに……ッ!!」
ゴゴゴ…
大地が震える。
ヤムチャの話だと、今では子供でもサイヤ人の血さえ引いていれば、スーパーサイヤ人になれるらしい。
しかし、マーリンはなかなかスーパーサイヤ人になれずにいた。
そんな自分に、正直焦りを感じずにはいられない。
いや、“最初”は…焦りだった、といったほうが正しいだろう。
今となってはその焦りはやがて苛立ちに変わりつつあった。
いつまで経っても変身できない、自分に対しての苛立ちに。
時間が経てば経つほど、スーパーサイヤ人になれない苛立ち…即ち、怒りがマーリンに昂じる。
そして、その怒りは今、ピークを迎えた。
「わたしは…ならなければ…っはぁあぁ…!!」
ボワッ!!
マーリンが気合を込めた次の瞬間、自分自身が何かに変化したような感覚が起きた。
長い髪の毛が、重力を無視したかのように逆立ち、興奮状態のような落ち着かない気分になる。
マーリンはそのままの状態を維持すると、手の平を開いたり閉じたりし、それをジッと見つめていた。
【93話】
そして、腕に軽く力を込めると、手の平の上にエネルギーを集中し始める。
「繰気弾…」
小さくそう言うと、マーリンの直径1センチ…ほんのビー球サイズほどの小さな気弾が現れた。
「この近くには、誰もいないはずだな…」
念のため、辺りの気を探るが人が居る気配はない。
戦闘力を0にまでコントロールしている者がいる可能性も0ではないが、幸い辺りは地平線のため、目で見ただけでも人がいないのは一目瞭然であった。
マーリンは確認を終えると、その気弾を思い切り前方に投げつける。
ギュゥゥウン!!
風を切るような音と共に、気弾はグングンと前に進んでいく。
予想以上にスピードが速かったのか、マーリンは慌てて気弾を止めた。
既に1キロほど先に気弾は進んでいた。
マーリンは目が良いため、気弾がフワフワと空中で静止しているのが見える。
「この星の形を変えることになるかもしれないが、お試しに威力を見せてもらうぞ…それ!」
その気弾をマーリンが手で操作すると、真下に向かって急降下を始めた。
そして、気弾が地面に当たった刹那…
ドゴォォォーンン!!!!!!
白い光が一瞬だけ見えたと思うと、凄まじい爆発が起こり、鳴り響いた爆音が聞こえ、数秒遅れて突風が吹いた。
爆発の半径500メートルほどが蒸発する。
「……ふふふ…あはははは!!これだ…!」
思わず笑いがこぼれるマーリン。
そうでもないのかもしれないが、笑ったのはとても久々な気がする。
【94話】
今の繰気弾は、まるで本気ではなかった。
それでいて、あの破壊力、あのスピード…全てが想像以上だ。
「1割の力でこれか…。素晴らしい…素晴らしすぎるぞ、スーパーサイヤ人の力…!」
マーリンはスーパーサイヤ人にになれたことに、歓喜していた。
そして、安心したせいか、急に体にどっと疲れが出る。
マーリンは修行を始めてから、今に至るまで、何も口にせず、ひたすら神経を集中し続けていたのだ。
とりあえず、喉が渇いたので、近くのオアシスで水を飲むことにした。
スーパーサイヤ人の状態を維持したまま、マーリンはオアシスへと向かう。
毒物の匂いがしないことを確認すると、ゴクゴクと勢いよく水を飲むマーリン。
鉄分が多いのか地球の水より若干苦いが、乾いた喉をオアシスの水が潤してくれた。
ふと自分の容姿が、水に映っていることに気が付く。
髪の色は完全に金色に変わって逆立ち、目はサファイアのような輝きを帯びていて、自分で言うのもなんだが神秘的だと感じた。
だが、顔付き…というより、目付きが若干悪者っぽい顔になっている。
「少し髪が長すぎるな…戦闘に影響が出るかもしれない。あとで切っておくか…」
長い髪の毛に人差し指をクルクルと絡ませながらマーリンは独り言を呟くと、スーパーサイヤ人を解いた。
それから10分ほど休憩すると、マーリンは先ほどプーアルから渡されたカプセルを取り出す。
疲れはほとんど取れていないが、勝つためには休むわけにいかない。
「スーパーサイヤ人になれてからが、本当の修行だ…」
ボタンを押下し、カプセルを放り投げると、重力発生装置が姿を現す。
ハッチを開け、装置の中に入ると、中心部にある重力メーターは5Gを指していた。
それは、この星の重力をそのまま指していた。
「なるほど…とりあえず、300倍の重力程度から徐々に慣れていくか…」
マーリンがボタンを操作すると、メーターは300Gを指す。
そして、腕立て伏せや腹筋などの基礎トレーニングを始めた。
今は徹底的に体そのものを鍛えて、実戦練習はヤムチャと組み手で鍛えれば良い。
体にかなり無理がきていたが、マーリンは苦痛で唸りながらも決して修行の手は休めなかった…。
【95話】
「…パワーアップは終わりじゃ、ヤムチャ」
その大界王神の呼びかけで、ヤムチャは静かに目を開ける。
目を開けると、目の前にマーリンを除いた全員揃っていた。
シルフとプーアルが心配そうにこちらを見つめている。
「大丈夫…?お父さん…」
こくりと一度頷くと、ヤムチャはゆっくりと立ち上がった。
「これが…今の俺なのか……?」
ヤムチャは自分の体をすみからすみまで見ながら言った。
少し動かしただけでも分かる、今までとは明らかに違う体全身の感覚。
「どうじゃ?気分は」
大界王神はニヤニヤしながらヤムチャに話しかけた。
「…不思議な感じです。まるで俺が俺じゃないかのような…よく分からない気分だ…」
ヤムチャは真剣な表情で大界王神に言葉を返す。
「じゃろうな。今のお主は以前のお主とははっきり言って別人じゃ。もしかしたら、あのベジータぐらいならなんとかなるかもしれん」
「…え?ベジ……!?」
ベジータならなんとかなるかもしれない…その言葉に思わずヤムチャは声が詰まってしまう。
そして、ヤムチャは言い直すように改めて口を開いた。
「ベジータなら…なんとなかるかもしれない?…この俺が、ですか?」
「そうじゃ。しかし、何をそんなに驚いておるんじゃ?」
大界王神は不思議そうにヤムチャを見つめていた。
「そりゃ驚きますよ…自分がベジータに勝てるかもしれないだなんていきなり言われたら…」
「おかしいのう…お主たちは悟空を倒すつもりじゃなかったのかね?ベジータを倒せずに悟空が倒せるのか?」
「……!」
ヤムチャはハッとした。
【96話】
大界王神は続ける。
「それに…かもしれない、というだけじゃぞ。ベジータは天才じゃ、そう簡単に勝たせてはくれまい」
確かに、大界王神の言うとおりだ。
自分たちはあくまで悟空を倒すつもりだったはずである。
ならば、悟空より弱いベジータを倒せる程度の実力は、最低限なければならない。
そのベジータも、悟空には敵わないが、かなりの実力者であることはヤムチャもよく知っている。
「…まあええわい。とりあえず、ヤムチャ、気を入れてみろ」
大界王神は少しヤムチャから離れると、ヤムチャに向かって言った。
「…はい!」
ヤムチャは厳しい目付きになると、全身の筋肉に力を入れ、気を練り始めた。
「んぐぐ……ッ!」
界王拳は使わずに、自分の発揮できる最大限の気を解放する。
「はッッ……!」
ボンッッ!!
爆発音のような凄まじい音をたてて、ヤムチャの周りに衝撃波のようなものが巻き起こる。
平らだった地面はへこみ、所々ヒビが入って歪な地形に変わっていく。
大界王神たちは吹っ飛びそうになるが、界王神が気のバリアのようなものを作り、どうにか踏ん張った。
【97話】
「スゴイ…!元から凄かったお父さんの力が、更に上がっている……」
気を完全に読めないシルフでさえ、ヤムチャの飛躍的なパワーアップは感じ取ることが出来た。
「……な、なんなんだ…この、溢れんばかりの力は…」
ヤムチャは予想以上に膨れ上がっている自分の力を疑った。
大界王神は巻き上がった砂埃でゴホゴホと咳き込んでいたが、どこか満足げな表情を浮かべながら言う。
「そんなもんじゃないぞい。その状態で、界王から習った体の力を倍化させる技を併用してみるんじゃ」
「界王拳のことですね?…いきなり30倍試してみるか」
ボウッ、とヤムチャの体を赤いオーラが包む。
しかし、ここでヤムチャにとって予想外のことが起きた。
「…ん……あれ?これ、30倍だよな…?」
いつもなら苦労するはずの30倍界王拳なのだが、体の負担が予想以上に軽い。
「これなら40倍はいける……いや、50倍…!」
そう独り言を呟いて、ヤムチャは未体験ゾーンの50倍まで界王拳を引き上げる。
以前の自分だったら体全身の筋肉繊維がボロボロになるぐらいの負担があるはずだが、今のヤムチャには大した負担にならなかった。
50倍まで界王拳を上げても、まだちょっときつい程度だ。
「本当にかなり力があがっている…。いいのか、こんなことがあって…」
極端なまでにパワーアップした現実を、ヤムチャは受け入れるのを躊躇っていた。
【98話】
「ヤムチャよ…一つ言っておくぞ。お主の仲間たちの潜在能力を、同じように引き出しても、ここまでパワーアップはせん」
大界王神が改まったようにヤムチャに向かって言った。
「それは一体…?」
「ずっと修行を続けておったろ、お主。その時に力は解放されず、体内に潜在パワーとして蓄積されていたんじゃ。それを今わしが引き出したんじゃよ」
「…そ、そうなんですか」
「つまりじゃな…それだけのパワーアップを果たしたのは、お主の努力の賜物であって、それ以外の何ものでもないんじゃ。分かるか?わしはキッカケを与えたに過ぎん」
「俺の…努力…」
いくら修行しても、悟空たちのようにヤムチャの力は伸びなかった。
修行すること自体、無駄なんじゃないかと何度も思ったことがある。
しかし、それでもヤムチャは修行をずっと続けていた。
その努力が今…長い月日を経て、ようやく今報われたのだ。
もちろん、ヤムチャの努力があったからこその話なのだが。
「はは…ははははっ!!こりゃいいぜ!!」
ヤムチャは50倍界王拳の状態で地面を蹴って高く跳躍すると、高速でビュンビュンと空を飛び始めた。
「軽いッ!今までの何倍も何十倍も体が軽い!しかもまだ余裕があるッ!」
ヤムチャはそう言って、力を持て余すかのようにはしゃぎ出した。
そんなヤムチャを見て、半ば呆れながらも笑みを浮かべる大界王神。
どうやら想像以上に力が伸びたようだ。
【99話】
ヤムチャのパワーアップが完了して一段落すると、界王神は何かを思い出したかのように口を開く。
「あ、それでは…私はマーリンさんを迎えに行ってきます。カイカイ!」
その場から界王神が消えたが、1分もしないうちに戻ってきた。
その肩にマーリンを連れて。
「お母さん、おかえりー!ねぇねぇ、お父さんがスゴイパワーアップしたんだよ!」
シルフは駆けつけるようにマーリンに近づいていった。
そのシルフの言葉を聞き、マーリンの視線はヤムチャをとらえる。
「よう、マーリン。久しぶりだな…いや、そうでもないか」
ヤムチャは修行が長く感じたのか、マーリンと会うのが久々なような気がしてならない。
そんなヤムチャをジッと見つめていたマーリンだが、その口元が緩む。
「…ふふ、どうやら成功したようだな。気質自体が前とは違うものになっている」
「ああ。やっぱり、分かるか?まだまだこんな程度じゃないけどな」
ヤムチャはニヤリと笑う。
マーリンもそれを見て不敵にも笑い返す。
「わたしもお前にいいものを見せてやれそうなのだよ……ハッ!」
高い掛け声と共に、マーリンの髪の毛が逆立ち、長いプラチナブロンドの髪が一瞬で金髪へと変わる。
金色に輝くマーリンからは、傍に立っているだけで尻餅をつきそうな気迫さえ感じられた。
一同はその変貌に驚く。
「これ…さっきの男と同じ変身だ……!」
シルフは超化したマーリンを見て、悟空の変身と同じものだと瞬時に悟った。
「…!……こいつは驚いた。こんな短期間でスーパーサイヤ人になれるなんて…。しかも、お前それ――」
ヤムチャの次の一言で、更に驚くべきことが発覚した。
【100話】
「…スーパーサイヤ人2じゃないか!?」
マーリンの体の周りにはビリビリと電流のようなものが流れている。
これは、スーパーサイヤ人2以上になると起こる特有の現象だというのを、ヤムチャは知っていた。
「なるほど…これがスーパーサイヤ人2、か。1と2の違いすらわたしにはよく分からないが…特に問題はないだろう」
マーリンは自分自身の体を見つめながら言った。
スーパーサイヤ人になったばかりの頃は、かなりの興奮状態で理性がほとんどぶっ飛ぶという話を1年前に行われたバーベキューの時に悟空から聞いたことがあった。
しかし、驚いたことに、マーリンはスーパーサイヤ人になった状態でかなり冷静に意識を保っている。
悟空たちのように、長い間スーパーサイヤ人を経験しているのならそれも頷けるのだが、たった数時間前にスーパーサイヤ人…しかも1を飛ばして2になった者が、そこまで自身をコントロールすることが可能なのだろうか。
サイヤ人ではないヤムチャには未知の領域で分からないことだったが、目の前に居る愛しき女性…マーリンは只者ではないという現実を再確認した。
(ていうか、一応“穏やかな心”の持ち主なんだな、マーリンって…)
マーリンには失礼だったが、心の中でヤムチャはそっとそう思う。
「さ、さすがは俺の弟子、ってところかな…」
強がっているヤムチャだったが、若干顔が引きつっているようにも見える。
「ふふ、よく言う…」
マーリンは軽くそれを受け流すと、超化を解いて普通の状態に戻る。
「さて…次はわたしの番か」
大界王神の元へとゆっくり歩みだすマーリン。
しかし、大界王神はマーリンの接近に気付いているのにも関わらず、何故かそっぽを向いていた。