【11話】
「いらっしゃいませ!本日はどういったお洋服をお探しでしょうか?」
店に入ると早速店員の女性が話しかけてきた。
「どんな服がいいのだろうな…わたしにはよく分からない。とりあえず、
お前が適当にわたしに合いそうな服を選んでくれると嬉しいのだが…なにぶん、地球での買い物は初めてなものでな」
地球での買い物が初めてと言われ、どれだけ田舎物なんだろう…とでも思ったのか、店員はしばらくポカーンとしてたがやがてビジネススマイルになった。
「…か、かしこまりました。それでは、中へどうぞ」
マーリンは店の奥へと案内された。
当然試着をするのだろうし、さすがにヤムチャは中まではついていけなかった。
10分後…店からマーリンは出てきた。
膝上20センチぐらいの、足がほとんど見えるデニムのショートパンツに、体のラインが際立つサイズが小さめのTシャツ。
ラフな服装だが、これがマーリンの体の美しさがもっとも強調されるファッションだろう。
予想以上のマーリンのプロポーションに、ヤムチャは思わずあいた口がふさがらなかった。
いや、戦闘服の上からよく見たのだが、やはりそれでは完全に把握できていなかったようで、
マーリンの胸やクビレのラインは一流モデルに引けをとらないほど素晴らしい。
【12話】
「…やはり、違和感はあるが…意外と動きやすいし特に不快でもないな。どうだ…?ヤムチャ…こんな服装でいいのか…?」
マーリンは恥ずかしそうにヤムチャに尋ねる。
こんな戦士らしくないところを見られるのは、さすがの彼女も恥ずかしいのだろう。
女の子らしい…とは言えたものではないが、ぎこちなくもじもじしていた。
そのぎこちないところがまた、ヤムチャにとってはたまらなくツボなのだが…。
「か、かなりいいんじゃないかな…。よく似合っていると思うぜ」
ヤムチャの顔が再びやらしくニヤニヤするのを感じてか、マーリンは再びクスクスとヤムチャを笑うと同時に、不信そうな目付きになる。
「ところでヤムチャ、わたしの戦闘服はどうすればいい?捨てるわけにはいかないのだが、持ち運ぶのも手間がかかる」
「ああ、そうだろうな。これを使ってみろ」
ヤムチャは懐からカプセルのようなものを取り出し、マーリンに手渡す。
「なんなのだ…これは」
マーリンはそのカプセルをよく見回したが、ヤムチャがなんのためにこれを渡してきたのかが分からなかった。
「その中に戦闘服を入れるんだ」
「……は?」
「一回俺に貸してみろ」
ヤムチャはマーリンから再びカプセルを受け取ると、それのボタン状の部分を押下し、地面へと放り投げた。
するとそこには、砂煙と共に、カプセルではなく、大き目のアタッシュケースが現れたのだ。
【13話】
「な…」
「これに戦闘服入れておけ。そこのボタンを押すともう一度カプセルに戻るから」
「や、やってみる…」
あんなに小さかったカプセルが、ここまで大きなアタッシュケースに化けるとは物理的に不可解な現象だったが、マーリンは驚くのを堪えて戦闘服をアタッシュケースにつめこみ、再びボタンを押下した。
すると、再びアタッシュケースはカプセルへと戻った。
しかも重量はカプセルの重量のみで、アタッシュケースや戦闘服の重みが全く感じられない物理的にも、重力的にもありえないことが起きている。。
「それで持ち運びも便利だろ。さ、いこうぜ」
「…素晴らしい技術力だな…地球とは」
地球が生んだ、カプセルコーポレーションの奇跡の技術に、ただただ感心するしかないマーリンであった。
支払いを済ませると、ヤムチャたちは喫茶店へと向かう。
これで、とりあえず見た目は地球人と全く変わらなくなったマーリン。
道中を歩いていると、やたらと男からの視線を感じて不快になったマーリンだったが、ヤムチャと二人きりで街中を歩けた喜びのほうが断然に大きく、気にしないようにしていた。
当然ヤムチャもその視線に気付いていた。
(やっぱり地球人目線から見ても可愛いのかな…マーリンって)
マーリンの美しさに、段々マーリンと二人で居る自分が気恥ずかしくなってきていたヤムチャであった。
いや、もちろんヤムチャも十分に格好いいと言える容姿なのだが…。
それに、マーリンは容姿以外にも何か惹かれるものがあった。
独特のオーラというか、雰囲気というか、地球人から見れば「宇宙人」であるマーリンは、少し地球人とは違ったものが感じられた。
それがなんなのかはよく分からないが、一言で言うと「不思議な感じ」がするといったところだろうか。
「ヤムチャ、もう少しこっちを見てくれても…いいのではないか」
マーリンはヤムチャが自分の方を余り向いてくれないせいか、不機嫌になりかけてた。
「あ、ああ…すまんな、考え事をしていた。ここが喫茶店だぞ、マーリン」
ヤムチャは喫茶店に着くと立ち止まって、それを指差した。
【14話】
「なるほど…これがキッサテンとやらか」
人ごみが多いせいか、街に入ってからずっと警戒心を張り巡らせていたマーリンは習慣からなのか、スカウターを操作して中の人間の戦闘力を探った。
「…中の人間の戦闘力は最高で4。きっと気を抑えているのだな」
「それから…スカウなんとかは外したほうがいい。ここでは必要ない」
あえてヤムチャは戦闘力の話に突っ込まずに、マーリンに次なる指摘をした。
するとマーリンは再びキョロキョロと周りを見渡す。
「ふむ…スカウターのような物をつけている地球人もたまに見かけるが…あれは違うのか?」
「あれはサングラスって言って、服と同じさ。自分を着飾るためにつけている人がほとんどで、別に機能とかはついていない」
意味のない事が好きだな…地球人は、と思いつつもヤムチャに言われた通りスカウターを外す。
ここ数年で前より少し素直になったようで、ヤムチャは感心した。
「ほら、それ付けてない方が可愛いぜ」
「カワイイ?わたしが?それはバカにしているのか?」
「……一応、褒めてるつもりなんだけど」
話がかみ合わないまま、二人は喫茶店へと入った。
店内に入ると、早速二人は窓際の席へと座る。
この喫茶店は地上から高いところにあり、窓からは色々な景色が見えた。
スカイカーで走り回っている人や、下の方でワイワイと楽しそうに日常生活を送る人たち。
建物が隙無くびっしりと立ち並び、西の都の都会具合が伺える。
そして、更に遠くの待ちの外れには、空気が美味しそうな森が見えた。
ヤムチャたちがさっきまでいた場所だ。
「いい景色だろ。西の都じゃ、一番この景色を見ると落ち着くんだ」
「どう落ち着くんだ?」
「うまく言えないけど…『ああ、俺って地球で生きてるんだな』って感じる」
「やはり、お前は変わっている。地球上で地球人であるお前が生きていても、別に普通というやつではないのか…?」
「ま、わからないならいいさ。いつか分かる時がくると思うぜ」
「ふぅん…」
ヤムチャは窓の外の景色を見ながら、マーリンに言った。
その目は、どこか寂しそうな目のようにもマーリンは感じた。
【15話】
ヤムチャは視線を店内に戻す。
全体的に地味で暗いお店だが、落ち着いた雰囲気があり、心を和ませるクラシック音楽が流れている。
育った文化は違えども、そこはマーリンにとっても悪くない空間であった。
「お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスの若い店員がヤムチャに尋ねる。
「コーヒー2つ。片方はブラックで頼む」
ヤムチャは慣れた口調で頼むと、チラッとマーリンに視線をやる。
それまで店内を興味深そうに見回していたマーリンだったが、ヤムチャの視線に気付くとヤムチャを見つめ返した。
「ここは…いい場所だな。なんだか、心が落ち着く…」
マーリンは感心したように言った。
宇宙で戦いばかりしてきたマーリンにとってこれほどの“癒し”を感じたのは久しぶりなのだろう。
それまで地球人を警戒してきたマーリンだが、いつの間にかその警戒心は消えていた。
「だろー!修行が疲れたらたまにここで心を落ち着かせに着たりするんだ。生きていて楽しいことばかりじゃないからな、少しは精神を休めてあげないと」
「なるほど…」
戦いにおいて、もっとも大事なのは体と心のバランス…かつてヤムチャが言っていた台詞を忠実に守っていたヤムチャ自身に納得したマーリンだった。
【16話】
「失礼します、お待たせ致しました」
ヤムチャが喋り終わるころにコーヒーが届き、先ほどの店員がテーブルにそれを並べる。
ヤムチャはそれをズズズと一口だけ飲む。
マーリンもそれを見て、対抗心からか、負けじと一気に飲み干そうとする。
「…!!っつぅ…!」
マーリンは絶叫すると、ヒリヒリした舌を出しながら飛び上がりそうになった。
「ははっ、そんな一気に口に入れたら熱いに決まっているだろ。これはこうやって少しずつ飲むんだ」
そう言ってヤムチャは二口目のコーヒーを口にする。
「……!」
マーリンは半分涙目になりながら、無言でヤムチャに目で訴える。
「わ、悪い悪い…怒るなよ」
勝手に飲みだしたくせに…と思いつつもヤムチャはマーリンに謝った。
「熱いのが嫌ならお子様向けのアイスコーヒーもあるんだけど、どうする?」
ヤムチャの馬鹿にしたような態度にマーリンはムッときたのか、首をぶんぶんと横に振り、再びコーヒーにチャレンジする。
ズズズ…
そしてやっと一口飲み干したところで、マーリンは神妙な顔をしながらヤムチャに問いかけた。
「……ヤムチャ、…この液体は口の中に痺れるような味が残るというかなんというか…不思議な味がするぞ…」
マーリンは生まれて初めて飲んだコーヒーの不思議な味に、興味津々のようだ。
「ああ、ブラックだしお前にとっては苦いだろうな。俺はその苦味が好きなんだけど…。とりあえずこいつを入れてみろ」
ヤムチャは二つの不思議な液体を差し出した。
マーリンはそれを受けとると、不器用に蓋を開けてコーヒーに入れる。
飲んでみろと促すように、ヤムチャが手でジェスチャーをする。
マーリンは慎重にそれを一口飲む。
するとマーリンは驚いたように目を見開き、ヤムチャを見つめる。
「どうだ…?結構味が変わるだろ。暖まるし。ガムシロとミルクを足しただけだけどな…」
「……これは中々いいな…」
マーリンは目を瞑り首をコクコクと頷かせると、猫舌ながら一口ず一口ずつつコーヒーを口にする。
そして全て飲み干すと、ふう…と至福の溜め息が漏れた。
【17話】
「…地球人が温厚なのが、何故なのかわかった気がする…」
マーリンはヤムチャに聞こえないように呟いた。
そのうっとりとしたマーリンの様子に満足そうな表現を浮かべるヤムチャ。
「気に入ったようだな、良かった良かった。まあ俺が作ったコーヒーのほうが数段美味いんだけどな!」
逆にマーリンも、ヤムチャが楽しそうに話す様子を見て嬉しくなる。
それから――
ヤムチャたちはしばらくこの数年間、何があったかお互いの報告をしあった。
とはいっても、マーリンはほとんど星々を行き来して戦ってばかりの毎日だったため、話のネタとしてはやはりヤムチャのほうが豊富だった。
最初は交互に互いの話をしていた二人だが、いつの間にかヤムチャが話し手、マーリンが聞き手という形になっていた。
「…というわけで、ミスターサタンとか言う地球人が今や2度も地球を救った空前絶後の大ヒーローになってるってわけ。笑えるだろ?」
マーリンはヤムチャの話にすっかり聞き入っていた。
まさに驚きの連続。
ヤムチャが言うには、あのフリーザなんて、もはや比較するのが馬鹿らしいレベルの戦闘の連続だったらしい。
次元が高すぎる話に、マーリンは中々現実を飲み込めないでいたが、次から次へと出てくるヤムチャの話にうんうんと聞き入る。
その話の中で、ヤムチャが一度死んだという話を聞いたときはさすがに驚いたが、
笑いながら話すヤムチャに呆れながらも今ヤムチャが生きている現実に安心したというかなんというか、よく分からない気持ちになった。
【18話】
そして、話は更に遡り、ちょうどセルを倒したあとの話になっていた。
「…で、俺の修行仲間のクリリンがなんとそのおっそろしい人造人間と結婚しちゃうんだぜ!
当時は信じられなかった話だけど、今はあいつも幸せそうで何よりなんだ…って…………そういえば…」
ヤムチャはここまで話すと、マーリンを少し怪しい目で睨み始めた。
「な、なんだ…?」
ヤムチャの声のトーンが急に落ちて、マーリンは何もしてないのに何か悪いことをしてしまったかのような焦りを感じた。
「マーリン…お前この数年の間に…恋人とかは出来たの?…ていうか、結婚とかしてないよな?子供とかいたりしないよな…?」
ヤムチャが疑いの目で問いかけてくる。
最初は中々意味が飲み込めないでいたが、ようやくマーリンがヤムチャの言っている意味を理解する。
そして、元々大きくてキラキラしていた目が更に見開いた。
「……あ」
そして、はっとしたのかマーリンはその場で急に立ち上がった。
「……………忘れていた。ヤムチャ、急いでさっきの宇宙船に戻るぞ!」
「おいおい、ずいぶんと急だな。しかも何焦ってんだ?まさか……」
「いいから来い!」
マーリンはオドオドしているヤムチャの手を引っ張り、店を出ると猛スピードでマーリンは先ほどの宇宙船がある場所へと戻っていった。
かなり飛ばしたため、数分もしないで元の場所についた。
無言でヤムチャを引っ張ってきたマーリンに、ヤムチャはどう反応したらいいか迷っていた。
「なあ…そんな焦ってどうしたんだ。宇宙船に大事な忘れ物でもしたのか?」
「……ヤムチャ、先ほどの話で思い出した。お前に言わなければならないことがある…」
マーリンはヤムチャと顔を合わせないようにして言った。
【19話】
「先ほどの話…?ああ、子供とか結婚とかの話か。……って………え?」
ヤムチャは嫌な予感がした。
これだけは絶対にないと思っていた。
しかし、マーリンの言葉はヤムチャの予感を確信させる。
「あの…その…ヤムチャ…。わたし…さ、実は…子供が、いるんだ」
「………なんだってえええええええええええ?!?!!!!!!」
マーリンは恥ずかしそうに下を向いていた。
森中の野生動物が、ヤムチャの大声に驚いてほとんど逃げ出した。
「そ、そんなに大声をあげなくてもいいじゃないか…」
「………」
さっきまで暖かかった風が少し肌寒く感じられる。
ヤムチャはしばらく硬直し、それに対しマーリンは落ち着かない様子だ。
しかし、ヤムチャはこの言葉の意味を大きく勘違いしていたことにまだ気付いていない。
「……俺はこの数年間、ずっとお前を信じて待っていたんだぜ?女も作らずに、いや、遊んだりぐらいはしたけど…。…それなのにマーリン、お前ってやつは…その辺の男と……」
ヤムチャの気がどんどん上がっている。
どうやらかなり怒っているようだ。
それを見て何に怒っているか分からず、ポカンとしていたマーリンだったが、やっとヤムチャが勘違いしていることに気付いた。
「えっと…ヤムチャ……何か勘違いしていないか?」
「か、勘違い…?勘違いもクソもあるかよ!どう言い訳してくれるか楽しみだぜ、他の男との子供が出来た言い訳をな!」
ヤムチャが大声で怒鳴りつけると、マーリンはやっぱり…と言った表情をし、苦笑いをしながらやれやれと首を横に振る。
「どうやら言い方が悪かったらしい…。ヤムチャ……子供というのは……わたしと、…お前……ヤムチャの子だ」
「…………………………は?」
【20話】
空気が凍りついた。
ヤムチャは、微動だにせず、目の焦点もどこにあっているか分からないような方向を見つめ、そのまま30秒ほどが過ぎた。
「…ヤムチャ?」
全く動かなくなったヤムチャを心配し、マーリンが肩をちょんちょんと指で触ると、ヤムチャの目の焦点が彼女に戻る。
「あ…マーリンか。悪い悪い、今立ちながら寝ていたみたいで夢を見ていたんだ。なんかその夢の話だと俺とマーリンの間に子供がいるとかいう話でよ…あははっ」
ヤムチャはいつもの陽気なヤムチャに戻ったようだ。
「ふふ、信じられないようだな。それは夢ではないぞ。わたしは出産した……お前との子をな」
なかなか現実を受け入れられないヤムチャに、マーリンは笑いながら言った。
「………マジで?」
ヤムチャは耳を疑う。
自分に子供がいるだなんて、実感がまるで沸かないのだろう。
「だって……だってマーリンと俺は…その……一回しか………ねえ?」
「…と、言われてもな……わたしはどう答えたらいいのか……結果こうなってしまったのだから、そういうことなのだろう」
「…本当に、俺の子なのか?」
「間違いないと言って良い。そもそも、わたしの性格上、他の男に体を許すわけがないのはヤムチャが一番よく分かっていそうなものだが…」
確かにヤムチャとマーリンが交わったのは精神と時の部屋での一回のみだ。
しかし…偶然にもマーリンはその一回でヤムチャとの子を胎内に宿していた。
「なんで…そういう大事な事をもっと早く言わないんだよ!」
ヤムチャは半笑い半怒りのような良く分からない表情でマーリンを問い詰める。
「その点はすまない…ヤムチャが急に現れたせいで、すっかり忘れてしまっていたのだ」
マーリンは指で頭をかきながらヤムチャに謝る。
「……で、まさか、お前が宇宙戦に忘れたものって………」
ヤムチャはそっと宇宙船に目をやる。
「ああ、わたしの子…シルフだ。当然ヤムチャ、お前の子でもある」
ヤムチャは目を白黒させながら、恐る恐る宇宙船の中を覗いてみた。
そこには……スヤスヤと眠るかわいらしい男の子が眠っていた。
その顔はマーリンのような気品ある感じもするが、ヤムチャにあるような野心も纏っているように見える。