【1話】
――ここは惑星キカリーマ。
いや、正確にはキカリーマという名になった惑星と言うべきか。
元の名は惑星タッバと言う。
役10年ほど前にキカリマ星人による侵略を受け、元々住んでいたタッバ星人は全滅し、星は支配された。
キカリマ星人は戦闘力こそ平均300前後と大したことはないのだが、ものすごい群れをなすため、戦闘系の文明が発達してなかったタッバ星人では太刀打ちのしようがなかった。
だが、そのキカリマ星人の運命も今終わろうとしていた。
「クソ…!クソ!たった一人に…たった一人の女に我々キカリマ星人が――!」
ズドオォォォオオォンッ!!
「ぐわああああ!!」
ここはその都心部。
つい数時間前まで建物が建ち並んでいたとは思えないほどの荒野がそこには広がっていた。
生き残っている最後のキカリマ星人が何者かの巨大エネルギー波によって吹っ飛ばされたのだ。
「ふう…今回の任務は少々手間取ったな。予定より2日も遅れてしまった」
ほぼ無傷の一人の女性が、そこには立っていた。
プラチナブロンドの長い髪に、美しい顔立ち。
戦闘服の上からではっきりとは分からないが、全体的にしなやかな筋肉で、体のラインのバランスも良い。
そして、その美貌からは想像できないほどの強さが彼女にはあった。
「どうなってやがる…戦闘力は1000ほどしかないのになんだあの破壊力は……」
彼は見ていた。
数万人のキカリマ星人相手に、たった一人で立ち向かうこの女性の姿を…。
数十分後、そこに立っているのはこの女性だけだった。
戦闘力1000前後ならば、差があるとはいえ戦闘力平均300のキカリマ星人いっせいに襲われて生きていけるわけがない。
しかも、あくまで平均が1000なだけであって、優秀な戦士は3000を越える者もいるのだ。
彼自身も戦闘力は2000以上あり、この星ではかなりのエリート戦士だった。
それだけに、にわかに信じられない現実に混乱していた彼だったが、そんな暇さえ彼女は与えなかった。
「スカウターか。それはわたしにとっては余り意味がない…この歴然たる差を見ていただろう?」
女性はそう言うと、額から流れる汗を軽く腕で拭い、自ら吹っ飛ばしたキカリマ星人に歩きながら近づいていった。
「クソ…なめやがって……だりゃあぁあ!」
キカリマ星人は最後の力を振り絞り、彼女の顔面めがけて殴打のラッシュを浴びせるが、軽く片手でガードされてしまう。
バキィ!
何かの衝撃音が聞こえたと思うと、次の瞬間キカリマ星人の視界には地面があった。
「ギャアアアア!足が…足が…!」
そしてコンマ数秒後に、彼の足に激痛が走る。
どうやら彼女に足を蹴られたようだが、動きが早すぎてキカリマ星人は何が起こったか気づいていないようだ。
「すまんな、足元がお留守になっていたものでつい」
かつて、自分の師匠から言われたことのある名台詞を得意気に言い放つ彼女。
キカリマ星人はほとんど感覚すらない足をもう片方の足でかばいながらフラフラと立ち上がる。
「てめえは…一体何者なんだ…」
キカリマ星人は観念したのか、逃げ出す様子もなく女性に尋ねた。
「…世間では“銀光のマーリン”で通っている。弱者だけを襲い続け、強者との戦いは避けていた貴様らには縁のない名だったか…ふふっ」
彼女の名はマーリン。
女性でスーパーサイヤ人孫悟空に勝ったことのある唯一の戦士だ。
頭が上がらないという意味では孫悟空の妻であるチチも、悟空に負けることはないと思われるが…。
【2話】
それにしても、ニヤリと自慢気に自らの異名を語るところは、宇宙最強クラスの戦士にしては意外とかわいい一面を見せる。
「な…なんだと…!お前が帝王フリーザをも凌ぐ戦闘力をもったと噂される…あのマーリンなのか…!」
一見お花摘みでもしてそうな、気品高そうなこんな女性が全宇宙でもトップクラスの戦闘力を誇る、あのマーリンだとは、姿を見たことのないキカリマ星人が想像できないのも当たり前だった。
適う筈がない。
彼はこの状況をどうにかしたかったが、それを考えることすら無駄なのではないかと思い始めた。
「名前だけは知っていてくれたようだな。嬉しく思うぞ」
そう言い放つマーリンだったが、顔は全く嬉しそうではない。
「さて…おしゃべりが過ぎたな。次の予定がつまっている。悪いが手短に終わらせてもらうぞ」
彼女は悪びれる様子もなく淡々と話すと、再び戦闘態勢の構えをとった。
「ひ…た、助けてくれ…。お願いだ、殺さないでくれ!」
星に残っている最後のキカリマ星人が必死に彼女に命乞いをする。
既に放っておいても治療しなければ死にそうな体力しか残っていなそうなものだったが、それでも最後の力で必死に女性に頼み込んでいた。
「…利己的なことを言うな。元々この星に住んでいたタッバ星人はどうした?お前らが全員殺したのだろう?同じことだと思え」
女性は冷酷な言葉を吐き捨てると、既に死にそうなキカリマ星人にトドメを刺そうと手にエネルギーを溜めていた。
「終わりだ」
そして女性は手からエネルギー波を放つポーズを取った。
「お、おい!待ってくれ!話を聞いてくれ!」
キカリマ星人は後ずさりをしながら両手を上げ、お手上げ状態といった形相で女性に同情をねだる。
「この期に及んで…くどいぞ…」
女性の手のひらはすでにキカリマ星人の目の前にあった。
その手には往生際の悪い宇宙の無法者に対しての怒りなのか、若干最初より膨れ上がったエネルギーが充満しているのがわかる。
「俺には別の惑星に住んでいる家族がいるんだ…腹をすかせたガキが3人に病に侵された女房…それに歩くのもままならない母親が!」
「!!…」
“家族がいる”…その言葉に彼女は一瞬ピクリと反応した。
「な!わかるだろ…?頼む、見逃してくれ!俺は心を入れ換えてこれからひっそりと暮らす!二度と悪さはしねえ!」
それに気づいたのか、気づかないのかわからないが、キカリマ星人はつけ込むように彼女に話す。
「…それが分かるなら、何故タッバ星人をほろぼした…彼らにも家族はいた」
女性は躊躇ったのか、手に貯めていたエネルギーを少し弱めながら言った。
「仕方ねえんだ…何か特別な技術もない我々は、創造力もなく生まれたときから星を侵略して生きることしか許されなかった…別に好きでやったわけじゃない!」
「…ならば、貴様の存在自体が罪だな」
「そ、そう言うなよ…頼む!この通りだ!」
キカリマ星人は死の恐怖に耐えかねたのか、半ば発狂気味に叫び続けた。
「…ッ…不快だ…黙れ!」
ズドーン!
その女性の叫びと同時に、女性の手からエネルギー波が放たれた。
だが、その矛先はキカリマ星人ではなく、1キロほど離れた直径50メートルほどの岩の固まりだった。
岩は大爆発を起こし、すぐ近くまで岩の破片が飛んできた。
「あ…あああ……」
キカリマ星人は一瞬死を覚悟したのか、放心気味だ。
そして爆発してから数秒後に、ショックのあまりか膝からがっくりと倒れ込み、意識を失った。
「……チッ」
女性は軽く舌打ちして、後ろに振り向きその場を去ろうとする。
「次、わたしの目の前に現れたら確実に殺す…いいな」
そして、ボソリとそう呟くと、宇宙船に戻るためか、武空術で素早く空へと飛んでいった。
【3話】
既にこの星にはあのキカリマ星人しか残っていない。
この女性一人に全員倒されたのだ。
「まったく…あの男に出会ってからどうも慈悲深くなってしまったようだ…」
女性は軽くそう呟くと、何かを思い返したのか、少し微笑んだ。
「でも…お前ならこうしたはずだ。そうだろう?…ヤムチャ」
“ヤムチャ”…それは彼女から取って切り離せない名前。
一緒に過ごした期間こそ生涯時間から言えば短いものだったが、彼女にとってもっとも濃いと言える時間はこのヤムチャと過ごした数ヶ月なのだ。
しかし、笑顔だった表情にはどことなく悲しさも含んでいるように見えた。
スタッ!
数分もするとマーリンは宇宙船の前へと降り立った。
丸い形をした型で、どうやら一人乗りのようだ。
だが、その狭い宇宙船にはすでに誰か入っていた。
しかしマーリンは驚く様子もなく、宇宙船に乗っていた誰かに近づいていった。
プシュウー…
マーリンが宇宙船の目の前きた時、自転車のタイヤから空気が抜けるような独特の音をたてながら、宇宙船のハッチが開いた。
「遅れてすまんな、シルフ。今戻ったぞ」
「お母さんっっ!おかえり!ねぇ、お母さんが一人でここの奴らみんなやっつけてきたの?」
宇宙船の中には子供がいた。
マーリンが小さくコクリとうなずくと、“シルフ”と呼ばたマーリンをお母さんと呼ぶ小さな子供は、目をキラキラと輝かせながら、キャッキャッとマーリンに抱きつく。
そんな子供に一切迷惑そうな顔をせず、優しく頭をなでるマーリン。
「ところでシルフ…一応目立たない所に宇宙船をとめてはおいたが…キカマリ星人に襲われたりしなかったか?」
「あ!さっき5人ぐらいでここにやってきたんだよ!でもね、スカウターがあったから、そいつらにばれる前にぼくが隠れて、逆に後ろから“ロウガフウフウケン”をくらわせてやったんだよ!そしたらあの雑魚ども遠くへ逃げていきやがったんだ!」
「ほう…一人で撃退出来たのか」
「そのすぐあとに、そいつらの逃げた方で大爆発が起きてたから、多分全員お母さんにやられたんだよね!」
そういうとシルフは少しマーリンから離れ、“ロウガフウフウケン”の真似をする。
楽しそうに敵をやっつけたことを語る様は、幼いながらにもやはり彼は戦士の血を引いているなとマーリンは思った。
「お母さん、ぼくの“ロウガフウフウケン”どうかな?」
ブンブンブンと手が空を切る。
少年は必死に練習中のロウガフウフウケンをマーリンの前で披露し、評価を請った。
「ふ…そうだな…中々いいのではないか…?もしかしたら、シルフはヤムチャ…父さんよりもう強いかもな…ふふふ…」
ただ単に手を振り回しているだけにしか見えなかったマーリンだが、冗談混じりにシルフに言う。
すると、ヤムチャと言う単語に反応し、少年の目は更に輝いた。
「お父さんより!?でも父さんのロウガフウフウケンは手が見えないぐらい速かったんでしょ?ねぇねぇ、もっとお父さんの話聞かせてよ!」
「わかったわかった。ふふ…仕方のないヤツだな…。とりあえず宇宙船にのるぞ、シルフ。続きは中でだ。一人乗り用で狭いが、我慢するんだぞ」
「うん、わかった!ぼくサイバイマンの話もう一回聞きたい!」
「サイバイマン?…ああ…確かヤムチャが死にそうな仲間を庇い、自分の命と引き換えに仲間の命を助け、結果的に地球は救われた話だったな。宇宙船を起動したらたっぷりとしてやろう…ふふ」
サイバイマンの話は、実際こんなかっこいいものではなかったが、ヤムチャが誇大表現してマーリンに話したため、彼女はそのままそれをシルフに語り継いでいた。
ピピピ…
「ハッシャジュンビデキマシタ…」
宇宙船のオペレーターが発射の準備ができたことを伝える。
宇宙船のスイッチを操作しながら彼女は続けた。
「わたしは…わたしは…まだ最後の言葉を信じているぞ…ヤムチャ…」
彼女は静かにそう言い放つと、何もない空を見上げた。
まるで、視線の遥か何万光年も先にいる、地球にいるはずのヤムチャに訴えかけるように…。
【4話】
一方…ここは地球。
孫悟空による特大元気玉で最強の敵、魔人ブウが消滅してから1年が経っていた。
世間ではミスターサタンが魔人ブウ(正確には魔人ブウの記憶はドラゴンボールで世界から消されたため、人々の記憶には残っていない)を倒したことになっている。
何はともあれ、地球に平和な日々が続いていた。
しかし、そんな平和な日々が続いているのにも関わらず、激しい修行に励む武道家がいた。
「狼牙風風拳…!ハイハイハイハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイヤーッ!」
一人の男が、砂漠と岩壁しか見当たらない灼熱の荒野で掛け声と共に勢いよく素振りをしていた。
凛々しい男前の顔立ちに、鍛えぬかれた全身筋肉質な鋼のような肉体。
激しい運動のせいか、その顎や肘からは大量の汗が滴り落ちている。
素振りを行っている彼の手の動きは、恐らく常人の胴体視力では間違いなく捉えることはできない速さだろう。
ビュオーン!
男が素振りを終えると、その素振りによる風の影響で、前方に突風が吹き荒れた。
「今日の調子はまずまずだな……よし!」
男は独り言を呟くと、すーっと一度全身の力を抜き、次の一瞬で全身の気を一気に高めた。
「んぐぐぐぐッ…ががあああああ!」
そして真っ赤な気のオーラのようのものが彼を纏う。
空にかかっていた雲は一気に消え、立っているところはクレーターのようにへこみ、回りの砂や腐って折れた木などは遥か遠くへと飛んでいった。
「んぐぐ…くッ…このままを……あと1分維持しつつ…はあっ!」
掛け声と共に男はそこから消えた。
ビュオーーーン!!
そして何もないはずの空間で再び突風が吹き荒れた。
先ほどとは、比べ物にならないほど大きな突風が…。
そして一分後。
スタッ
ボフゥゥウウ!!
そこに、先ほど素振りをしていた男が再び何もないところからパッと激しい砂煙と共に現れた。
しかし、男は消えていたわけでもなく、何もないところでいきなり突風が吹いたわけでもない。
不可解にも思えるこの一連の怪奇現象は、男が超高速で動き回っているため、消えたように見えただけだった。
まるでハリケーンのような突風も、彼の動作によって引き起こされたものである。
「く…は…ああぁああーーーーーーーいてえーー!!」
すると男は動きまくっていた今までとは対照的に、今度は激しく息を切らしながら地面に寝転がった。
「はあはあ…………はあ…なんとか20倍は…はあ…使えるようになったけど…はあはあ…………はあ…さすがに30倍はいてえな…チクショウ!…………いてッ!」
叫べば叫ぶほど男の肉体は悲鳴をあげるが、どうやら叫ばずにはいられない性格のようだ。
男は周りを見渡した。
一昔前まで岩や枯れ木でデコボコだったこの荒野も、男の放った凄まじい気によって全てが吹き飛んだため、今は地平線が広がるのみだった。
【5話】
「ロンリーウルフ…砂漠のヤムチャ…か。ははっ…寂しいもんだぜ。こんな修行を都会のど真ん中でやったら、町が吹っ飛んじまうからな…思い切り気を高めて行う修行には、ここしかないってわけだ」
この男の名はヤムチャ。
幾度も地球の危機に直面し、そのたびにヤムチャは戦ってきた。
役に立ったのか…と聞かれたら、大きく頷くことはできないが、時には勇敢に戦い自らの命を落としたり、セルジュニアから弱った悟空を援護したり、陰ながら活躍をしていた。
だが、ヤムチャの表情は煮えきらない様子だ。
ヤムチャが未だに修行を続ける真意はそこにあった。
「こんな俺が…またあの子に会う資格があるってのかよ」
男は寝転がりながら、仰向けになると、自分が気で吹き飛ばした雲一つない青空を見つめた。
「……マーリン…」
男は漏らすように一言だけ、こう呟くと悲しげな表情を浮かべた。
遥か彼方の惑星キカリーマで、空を見上げたとある女性と同じように…。
“マーリン”…それはヤムチャにとって忘れられない名前だ。
最初は、純粋に彼女の飽くなき向上心や強さに強欲な精神に惹かれただけだけだと思っていた。
しかし、精神と時の部屋で死にそうな彼女を目の当たりにし、自分の気持ちに素直になってみると、ヤムチャは彼女を愛していたことに気づいた。
そして別れ際、最後にあの約束を交わしたことだってもちろん忘れてはいない。
「………」
それからはしばらく無言になっていたヤムチャだったが、しばらくすると立ち上がり何かを目指し空高く飛び上がった。
ヤムチャはいよいよ決心がついたようだ。
約束を果たそうという決心が…。
【6話】
「ピ…ピッコロさん、ヤムチャさんがこちらに向かってきています」
ここは天界。
世界一高いカリン塔の更に上にある、地球の神の家のようなものだ。
地球の神、デンデはそばにいたピッコロに話しかける。
戦闘タイプではないデンデだったが、ヤムチャのいつもとは異なるただならぬ気配を感じたのか、若干不安そうにしていた。
「そのようだな。まあ大体何しに来るかは予想はつくが…」
ピッコロは宙に浮き、精神統一をはかりながら答えた。
そして数分もしないうちに天界にヤムチャが姿を表した。
「よう、デンデ、神コロ。久しぶり」
いつもと変わらないお調子者といった雰囲気のヤムチャが軽く挨拶を交わす。
「お久しぶりです、ヤムチャさん」
「ピッコロと言え」
表情一つ変えずにボソっと言ったピッコロだったが、その声に不機嫌さがにじみ出ていた。
意外と執念深い性格のようだ。
「あっはっはっ…、すまんすまん…今の神様はデンデだしな」
「そういう問題でもないが。で、ヤムチャ…ここへ何しに来た?」
ピッコロは宙から地面に降り、やっと目を開いてヤムチャに視線を向けた。
「またまた…分かっているくせに一々聞いてくるところは変わってないよなー、本当に!ははっ」
ヤムチャはピッコロの肩をポンポンと叩きながら笑い飛ばした。
だがピッコロは険しい表情をしながらじっとヤムチャを見つめていた。
その表情に気づいたヤムチャだったが、きっと最近悟飯に構ってもらえなくて不機嫌なんだろうなと勝手に解釈し、話を続けた。
「あるんだろ?ドラゴンボール。使いたいんだ」
ヤムチャは天界に来てから初めて真面目な表情になる。
数秒ほど沈黙が流れたが、やがてピッコロが口を開いた。
「…たしかに、いざという時の為に集めてはおいたが…ヤムチャ…マーリンとやらに会うつもりなのか?」
「ああ、約束したからな。世界が平和になったらまた会おうと。魔人ブウも消えた今、この世は平和そのものだろ?」
同意を求めるヤムチャだが、ピッコロは何も答えない。
すると今まで黙っていたデンデが重い空気に耐えかねたのか、会話に入ってきた。
「私も悟飯さんからその話を聞いたことがあります。会わせてあげたらどうでしょうか…確かにこの世に平和は戻りましたし、ヤムチャさんは今までずっと地球のために戦ってきた…
特に悪巧みを企んでそうな願いでもありませんし、それぐらいの願いは叶えてあげていいと思います」
なんだか上から目線だな…と一瞬思ったヤムチャだったが、デンデは地球の神だ。
まだ幼さが若干残るデンデだが、神が背中を押してくれてヤムチャはなんとなく心強かった。
「私利私欲のために使うのはあんまり好ましくないのは俺も分かっているさ。でも今回だけは見逃してくれ、頼む!」
ヤムチャは申し訳なさそうにピッコロに頼み込む。
「…嫌な予感がするんだ。かつて孫を殺そうとしたほどの奴だぞ…?そしてその孫にヤツは勝利した。あれから何年か経ったが…ヤツが危険じゃないという保証はあるのか?
考えにくいことだが、万一に俺たちの力を凌ぐ力を持っていて、俺たちに襲いかかってきたら…ヤムチャ、責任は取れるのだろうな」
ピッコロは真顔でヤムチャに確認をとる。
ピッコロがあまりにも真剣な顔で訪ねてきたので、少し返答に困ったヤムチャだったが、すぐに口を開いた。
「初対面の悟空を殺そうとしたという点は、俺も神コ…いやピッコロもベジータも同じだろ。しかもマーリンの場合は悪気があって襲った訳じゃない。
それに、いくらあいつが強くなっていたとしても、俺の言うことを聞かないということはないと思うんだ」
「…」
納得がいかないのか、ピッコロは表情を変えずヤムチャを睨むように見つめ続けているだけだった。
「そ、それに、悟空は今やスーパーサイヤ人3になれるんだぜ?更に悟飯は悟空より強いわけだし、心配することはないさ」
ヤムチャの執拗な説得に対し、ピッコロは少し眉を潜めるものの、やがて諦めたのか重い足取りでしぶしぶと宮殿の奥にあるドラゴンボールを運んできた。
「願い事は3つまでだ、この神龍は。さっさと始めろ」
「サンキュー、神コロ!よし……いでよ、神龍!」
ヤムチャの掛け声と共に、空が真っ暗となり、ドラゴンボールが激しく光を放ち始めた。
そして、次の瞬間ボールからまるで滝登りをする鯉のように、はるか上空へと向かいボールの中から神龍が現れた。
「うお…!いつ見ても神秘的だよなあ、神龍って!」
幾度となく神龍を見てきたヤムチャだが、何度見てもその姿は神秘的で美しいみたいだ。
「どんな願いでも3つだけ願いを叶えてやろう…さあ願いを言え」
ヤムチャは少し考え込むと、大きな声で叫んだ。
「神龍、今回の願いは2つだけでいい。まず1つ目の願いだ。…7年前、宇宙船で地球にやってきたマーリンという女性がいる。その女性と5分ほど会話をさせてほしい」
「ちょっと待てヤムチャ。ヤツと会うのが目的ではないのか?」
ヤムチャの会話をさせて欲しい、という願いに思わずピッコロが横から口を出した。
「まあ焦るなよピッコロ。もし何か取り込み中だったら急にこの星に移動させるのも悪いだろ。まずは確認をとる」
「フン…好きにしろ」
恋愛経験豊富なヤムチャは意外と女性に対してデリカシーのある男だった。
「いいだろう…願いをかなえてやる。目を閉じて、マーリンとやらに話しかけるがよい。もう会話は出来る」
「ああ…やってみる」
ヤムチャは戸惑いながらも目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
『マーリン…聞こえるか?』
ヤムチャは声が届いているのか不安になりながらもマーリンに向かって話しかけた。
【7話】
すると、どこからともなく返事が帰ってくる。
『ま……ま、まさか!…ありえるわけがない。その声は………ヤムチャ…!』
マーリンは狭い宇宙船で思わず立ち上が…れなかったが、中腰になり、キョロキョロと周りを確認する。
声が聞こえたのは夢かと思ったが、はっきりと意識があるのは自分でも分かる。夢ではない。
とすると、これは現実なのだろうか?
俄かに信じられないことではあるが、確かに自分の耳にはヤムチャの声が聞こえたのだ。
一秒たりとも忘れたことのない、この安心できる声。
聞き間違えるはずがない。
マーリンはヤムチャが一言話しかけただけで、声の主はヤムチャであると確信していた。
『ああ、ヤムチャだ』
ヤムチャは目をつぶりながら、落ち着いてマーリンの問いに答える。
どうやらしっかり声は行き届いているようだ。
『ヤ…ムチャ……どうやら本当にヤムチャのようだな…。今どこにいる!何故わたしの声が聞こえているんだ!そもそも、わたしは宇宙船の中なのだがどうやって話しかけているんだ!答えろ!』
『そう一辺に質問されてもな…何から答えりゃいいのか』
マーリンは惑星キカリーマを後にし、宇宙船内で体を休めじっとしていたところだった。
そんな中、突然のヤムチャからの呼びかけ。
こんな宇宙の果てで、ヤムチャの声がいきなり聞こえるなど…一体何がどうなっているのか、当然ながら理解できるわけがない。
マーリンは急な出来事に焦ったのか、既にもう必要ないはずのスカウターをカチカチと操作し、ヤムチャの位置を探ろうとする。
当然ながらスカウターはシルフの微々たる戦闘力と、気を抑えた状態の自分の戦闘力しか感知せず、マーリンは軽く舌打ちをした。
一方、驚きを隠せない様子のマーリンの声が耳に入り、ヤムチャの顔には自然と笑みがこぼれていた。
『お前が地球にきた時は“ありえるわけがない”事ばかり起こっていただろ。いくら探してもそこには俺はいない、なんせ俺はその地球から話しかけてるからな。
それにしてもマジで久しぶりだなあ、マーリン!約束通り、ドラゴンボールを使って連絡したぞ!もう地球は平和なんだ!』
『……!…そうか、ドラゴンボール…!』
マーリンはハッとした。
ドラゴンボールという不思議な球があり、何でも願いをかなえてくれるという話をヤムチャから聞いたことがある。
そして、その球を使って連絡をくれるという約束も忘れたことがなかった。
だが、まさかこんな急に、何の前触れもなく連絡がくるとは思っても見なかったのだ。
『…ドラゴンボールとは、本当になんでも出来るのか…。それにしても…ふふ、ヤムチャ、久しいな…待たせすぎだぞ』
宇宙には不思議な出来事が多々転がっているが、無線機も何も使用していない状態で、ここから遥か彼方にある地球に住んでいる人間と会話できるという現象を中々受け入れられないマーリン。
しかし、どういった原理で会話が出来ているのかは分からないが、ヤムチャから話しかけられている事実は事実だし、マーリンにとっては嬉しい誤算であることは間違いない。
声の謎が解けた上に、ヤムチャから話しかけられているという事実を再確認すると、機嫌が良くなり思わずマーリンから笑みがこぼれた。
しかし、すぐに彼女は暗い表情になる。
『最初に…謝らなければならないことがあるんだ。…すまない、ヤムチャ……。残念なことに前の宇宙船はあれから故障してしまい、今のところこの辺りの宇宙で最先端のこの宇宙船でも、地球に向かうのに281年かかってしまう……。せっかく連絡をくれて嬉しいのだが……』
マーリンは一瞬だけ子供のように喜んでいたが、次第に声のトーンが落ちていった。
マーリンと地球は距離が遠すぎるのだ。
いくら強くなっても、決して手が届かないものだってある。
例えそれが宇宙最強クラスの戦士だったとしても。
マーリンが10年近く地球に出向かなかったわけは、ここにあった。
正解に言うと“出向けなかった”のだ。
孫悟空が取得している瞬間移動という技があれば別の話かもしれないが、そんな技術を身につけていないし、どこで身につければいいかも分からないマーリンはどうしようもなかった。
それでもいつか、何かしらの方法を使って地球に出向こうとは思っていたのは言うまでもないが。
だがそんなことはお構いなしにヤムチャは続ける。
『まあそんなことは気にするな。それよりマーリン…今暇か?暇なのか?』
『?…まあ、船内だし暇と言えば暇だが…一応1週間後に仕事が入っている。わたしがいなくてもどうにかなりそうな星だがな…。しかし先ほども言ったようにこの宇宙船では……』
その言葉を聞いた瞬間、ヤムチャの表情が思わずにやける。
『なるほど…なるほど…281年ねえ…はははッ!そいつは好都合だぜっ!じゃあ決まりだな!』
『??…決まり?』
『そう、決まり』
『…ヤムチャ…前から思っていたが、わたしは常人より語学に関する知識は卓越している訳ではないので、分かりやすく言ってくれないと…。お前の言うこと
はたまにほとんど伝わらないときがあるぞ…まあ、その直後にいつもそれを無理矢理に理解させるあっと驚くことが起きるのだがな…ふふ』
昔のヤムチャの思い出を振りかえり、思わず笑いがこぼれるマーリン。
ヤムチャはそれを小バカにしたように軽く笑い飛ばすと、マーリンがムッとなってそれに突っかかる。
自然と“昔と変わらない”やりとりを取っていた二人は同時にそれに気づくと、再び大笑いするのだった。
そして自分はこの人を愛しているんだな、と心の中で静かに思う二人。
結局、マーリンはヤムチャがこれからしようとしていることはわからずじまいだったが、会話が一段落すするとヤムチャは目を見開いて、再び神龍に向き直った。
「神龍、2つ目の願いだ!今…今話していたマーリンが乗っている宇宙船を、宇宙船ごと地球に移動させてくれッッ!」
ヤムチャは2つ目の願いを大声で言いはなった。
「いいだろう…それではマーリンが乗っている宇宙船を地球に移動させる。中に乗っている人間も移動させることになる」
「ああ、頼む。間違えて宇宙船だけ移動させてマーリンを宇宙に忘れたりしないでくれよ!」
ヤムチャはよく分からないギャグを言ったが、神龍に無視されていた。
一方…目を開いている間は、ヤムチャの声はマーリンには届かないようで、彼女は宇宙船で突然途切れたヤムチャからの連絡にあたふたしていた。
「ヤムチャ……?どうしたのだ…黙らないでくれ…頼む……うう…」
たった1分ちょっと通信がとれなくなっただけで、マーリンの精神状態はここ数年で一番不安定になった。
泣きそうな小さな声でヤムチャと連絡が取れなくなることを怯え、恐れていた。
そもそもこんな離れた所で会話ができること自体細い細い糸をつかむようなものであって、いつ途切れるかも分からない…いや、もしかしたら今途切れてしまったかもしれないその糸を必死に彼女は探し求め、掴もうとしていた。
スヤスヤと眠る我が子の手を強く握りながら、マーリンは強く念じ続ける。
…その時、マーリンの乗っていた宇宙船が何かオーラのようなものに覆われ、ピカピカと光り始めた。
そして視界が次第に薄くなり、見えていた宇宙空間も一瞬で白い靄(モヤ)のようなものしか見えなくなった。
「!?…まずいな…故障か?それとも宇宙嵐にでも巻き込まれたか…どちらにせよさすがにこんな所で宇宙船が壊れたら死んでしまうな…」
マーリンは額に汗を浮かべながら緊急再作動ボタンの操作をし始めたが、ほんの数秒後に白い靄は消え、再び視界が戻った。
何がなんだか分からないマーリンは呆然としていたが、故障ではないのなら幸いだと思い、ほっと胸をなでおろした。
しかし…戻った視界に映し出されたものは、先ほどまで見ていた青く暗い宇宙空間ではなく…緑が生い茂る森の真上だった。
「…ッッ!…墜落する!」
ドゴオォォォォォォオン!!
【8話】
そのマーリンの声とほぼ同時か、少し早くか、宇宙船は森の中へと音を立てて墜落し、そこには直径100メートルほどのクレーターができた。
宇宙船が着陸体勢に入っていなかったため、マーリンの宇宙船は無造作に地面に墜落する形となったのだ。
「…いったあ…」
マーリンは無意識に我が子を抱きこむようにして庇ったため、墜落の際に頭を打ってしまった。
そのおかげか、シルフはいまだにスヤスヤと眠っている。
こんな衝撃だったのになんと無神経なんだと思いながらも、その寝起きの悪さは自分に似たことに気付いていなかった。
シルフに怪我もなさそうでほっとするマーリンだったが…異様な事態に気づく。
「ここは…どこだ?わたしが宇宙船で行き先を設定するときに、星を間違えたのか…?」
マーリンが拠点とする星は文明が発達し、自然など無縁の星だったため、こんな森などなかったのだ。
自分が拠点としている星ではないと即座に気づいたマーリンだったが、もう一つの異様な事態に気付く。
そしてそれは目に見える結果として現れた。
ピーッ ピーッ!!
スカウターが危険信号を発している。
ある一定以上の戦闘力を感知すると、自動的に音を立てるようになっているのだ。
マーリンは嫌な予感がしつつも、シルフをそっとシートに寝かせると、宇宙船から降り、スカウターを装着してボタンを操作し始めた。
「な…なんなんだ、この星は……」
戦闘力が10万を越す反応が一つや二つじゃない。
「1…2…3…5………10人以上…だと…!!」
マーリンはスカウターで正確にその数を数え始める。
どう考えてもこの星は異常だ。
「まさかここは地球…?いや、そんなはずはない…」
マーリンは首を振り、一瞬頭を過ぎった考えをすぐに引っ込めた。
ここ数年で宇宙で一番強かった敵を思い出しても、精々戦闘力2万前後がやっとだった。
戦闘力10万を越す反応が今ざっと確認しただけで10人はいるこの星が、どれだけ異常な星かは誰が見ても明らかだということになる。
かと言って、10万程度の戦闘力ではマーリンには遠く及ばないのだが、戦闘力10万クラスと言えばあのギニュー隊長レベルの猛者が何人もいるのと同じことだと思うと、少しぞっとしたが、すぐにニヤリと表情が変わった。
“こんな奴らと戦ってみたい”…自分では気付かなかったのかもしれないが、彼女の中のサイヤ人の本能はそう叫んでいた。
長く宇宙で戦いを続けてきた彼女だが、10万を越す反応にはほとんど出会ったことがない…ある一つの星を除いては。
そしてマーリンは無意識に気を高めてしまう。
まるでこの星にいる誰かに、自分に襲い掛かってこいと挑発するかのように…。
「はああああああ………!」
マーリンは自らの潜在パワーを体のエネルギーへと変えていく。
見る見るうちに彼女の気が上がっていった。
まだまだ本気じゃないにしろ、戦闘力に直したら100万は軽く超えている。
相手が戦闘力10万程度なら、ここまで力を引き上げる必要はないのだが…マーリンはこの戦闘力10万の集団に不気味さを感じていた。
普通、相手が気を込めれば戦闘力が1000だろうと2000だろうと、離れていてもその力を込めた気の“気迫”が伝わってくる。
だが…こいつらからそれは感じられなかった。
むしろナチュラルな気…まるで、最低限に抑えて行動しているかのような気のように感じたのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォオオオ…
大地が激しく揺れる。
地球全体で地震が起きたかのような揺れだ。
しかし、その揺れは突然収まった。
それは、あまりにも衝撃的であまりにも懐かしく、そして…あまりにも信じられない出来事が彼女の目の前で起こったからだ。
スタッ!
彼女の目の前に、突然男が降り立った。
「…よっ!探したぜ。分かりやすく気を上げてくれて助かった」
黒髪に、頬の傷…見覚えのある胴着にこのどこか柔らかく、優しい声…。
もう戦闘力10万前後の集団のことなんてどうでもよくなっていた。
そして…彼女の全身の力が抜けた…。
「ヤ…ヤ…ヤム…チャ…………なのか……?」
マーリンの目には、既にあふれんばかりの涙が浮かんでいた。
男は一歩、また一歩とゆっくりマーリンに近づく。
「ああ…そうだ。顔も忘れちまったか?悲しいもんだな…ははっ…ってうわ!」
ドンッ!
ヤムチャの体にずっしりと重い衝撃が走る。
彼女はヤムチャが全て言い終わる前に、ヤムチャに向かって全力で走り、体にギュッと抱きついたのだ。
さすがにマーリンの全速力を受け止めるのがなかなかの力がいるようで、ヤムチャも足にグッと力を込め、抱きついてきたマーリンをしっかりと受け止めた。
顔を見られないようにか、マーリンはヤムチャの胸に顔を押し付けるようにして決して離さなかった。
「マーリン…久しぶりだな……」
そんなマーリンを強く抱きしめ返し、優しく声をかけるヤムチャ。
いつしか、マーリンの涙は…止まらなくなっていた。
「ヤム…ううう……チャ……わ…わたしが…どれだけ待ったと…うう…思っているのだ…う…ヒック…」
マーリンはバンバンとヤムチャの胸を叩きながら、長年自分を待たせた事に対する不服を訴える。
それに対し、ヤムチャは申し訳なさそうに自分の頭に手をやる。
「いやあ…ははは…これには色々と訳があってだな…」
「??…その訳とやら…あとで詳しく聞かせてもらうぞヤムチャ…」
マーリンにこう言われると、少しギクリとしたヤムチャだったが、マーリンは何かに気付いたように再度口を開いた。
「そういえばヤムチャ…ここはどこなのだ…?地球なのか…?」
マーリンのぼけた質問に、ヤムチャは耳を疑った。
「何言ってんだ、ここは地球…俺とお前が数ヶ月過ごした星に決まっているじゃないか。宇宙船が着陸する際に頭でも打ったのか?」
確かに頭を打ったマーリンだが、こればかりは別にマーリンがぼけていた訳ではなく、むしろマーリンの記憶力を褒めるべきところであった。
「いや、そんなはずはない。ヤムチャ…ドラゴンボールとは1つだけ願いを叶えてくれるのだよな?先ほどわたしと会話をしたことによって、願い事を1つ叶えたのではないのか…?だとしたら、わたしがここに居るのはおかしいという事になる…」
ヤムチャはマーリンの言っていることが最初はよく分からなかったが、ようやく意味を理解した。
「あー、そういうことか…。今神龍で叶えられる願いは1つじゃなくて、3つに増えたんだ。だから最初の願いでお前に話しかけ、次の願いでお前の宇宙船ごと地球にワープさせた。それだけのことだ」
はぁぁと大きなため息をつくと、深刻そうな顔をしていたマーリンは再び笑顔に戻り、またヤムチャに抱きついた。
「そういうことは…早く言えッ!一度連絡が遮断され…もう話せないかと…思ったんだぞ…」
マーリンがむすっとした顔を見せたが、ヤムチャはそれを笑い飛ばす。
ヤムチャに笑われたマーリンだが、このやり取りに不快感はなかった。
それどころか、マーリンは既に昔ともに洞窟で過ごしたときのような感覚を思い出し、自分の胸が熱くなるのを感じていた。
戦闘力10万前後の反応の謎も、ヤムチャがいるこの星…地球ならそんなに驚くことでもない。
【9話】
「それよりマーリン…お前…ずいぶんとまあ……」
ヤムチャはそう言いかけて上から下までマーリンを見直した。
顔からは幼さが消え、体つきもよくなり、出るところは出て、髪の毛もしっかりと手入れが施してある。
最後に見た時より、全然女らしくなっているマーリンにヤムチャは正直驚いていた。
(こんな良い女になっているとは……にしてもなかなかのボディだ…)
ヤムチャの顔は自然とにやけていた。
そのヤムチャの何かやらしそうな顔を、マーリンは大きな目で不思議そうに見つめていた。
「??…なんだ?そんなにじろじろ見て…わたしの体に何かついているか?ふふ…それともわたしにパフパフとやらでもしてほしいのか?ふふふ…」
「ばっ…そんなんじゃねーよ!前より…ちょっと…あれだ。お前、背、伸びたよな?はは…」
マーリンは冗談交じりにヤムチャをからかうと、ヤムチャは顔を真っ赤にした。
その様子がよほどおかしかったのか、マーリンは腹を抱えて笑う。
(本当はちょっとしてほしいけど…)
ヤムチャは心の中でそう思っていたが、さすがに口には出せなかった。
「と、とりあえずどこか移動しないか?こんな森でいつまでも話し込むのもなんだしな」
照れ隠しにヤムチャはマーリンに移動するよう促した。
「そうか。わたしはどこでも構わないのだが、ヤムチャがそうしたいならそうしよう。それで、どこに行くのだ?」
「うーん、そうだな…都の喫茶店なんてどうだ?コーヒーが美味い店を知っているんだ」
得意げに語るヤムチャだったが、マーリンの顔には「?」マークが浮かぶ。
「キッサテン?こーひー?なんなんだ、それは」
マーリンはよく分からないことを言われ、話についていけないようだった。
宇宙ではあの不味いブロック状の食べ物と水しか口にしないマーリンにとって、ヤムチャの言っていることが理解できないのは無理もない話だ。
「ま…まあ、説明はその場でする。とりあえず案内するから俺についてきてくれないか?」
未知の世界への案内に、半分不安で半分楽しみなマーリンだったが、ヤムチャの言うことだしついていく事にした。
2人が30キロほど離れた所まで飛んでいくと、やがて街が見えた。
「よし、そろそろ降りるぞ。飛んでいると怪しまれるからな」
そういうとヤムチャは地面へと降り立った。
飛んでいるところを見られるだけで不都合がある事が不思議だったマーリンだが、あえて何も言わずに共に降りていった。
ここは西の都。
建物充実具合や人の量からして、世界一の都会と言っても過言ではないかもしれない。
かの有名な、カプセルコーポレーションがあるのもこの西の都なのだ。
まあ、ヤムチャにとっては余り良い思いがしない場所ではあるだろうが…。
「さて…と、とりあえずマーリン………喫茶店の前に服を何とかしようぜ」
ヤムチャはマーリンの戦闘服を見ながら言った。
「何故服を変える必要がある?この戦闘服は2週間前に変えたばかりで新しいのだが…」
…やっぱり何も分かっちゃいないな…とヤムチャは思った。
「戦闘服が新しいとか、古いとか、そういう問題じゃないんだ。お前の服は地球では余り適していない。周りを見渡してみろ」
マーリンはムッとしたがおとなしく周りの人だかりを見渡してみた。
…たしかに、自分と同じような服を着た人がいない。
しかし、マーリンには地球人の服装が理解できなかった。
ヒラヒラしたスカートを履いたり、生地の薄いノースリーブだったり、と…
自らの体の防御力を多少なりとあげるために服を着ていた彼女にとって、そんな服を着ても意味がないとしか思えなかったのだ。
「…地球人とはずいぶんと情けない服装をしているのだな。いや…もしかしたらあの服装は薄そうに見えて実はかなりの強度を誇っていたりするのか…?」
マーリンは興味ありげにヤムチャに質問する。
「なんつーか…服に対する概念がずれてるのかもな。地球人は基本的に服に強度なんて求めちゃいないよ。
いかにお洒落な服装でいられるかを念頭に置いているんだ。地球はもともと平和な星だしな…」
そのヤムチャの説明に対し、ふーんと軽くうなずくマーリンは、まだまだこの星の環境に慣れるには時間がかかりそうだと思いながらも、
地球の文化に興味を示していた。
それにしても、地球とは実に不思議な星だ、と彼女は思った。
孫悟空をはじめとする宇宙全体から見てもトップに君臨するであろう強さの人類が存在するのにも関わらず、
他の地球人の戦闘レベルが極端に低過ぎる。
マーリンが仕事を請け負った星に比べても、比べ物にならないほど地球人のパワーは弱い。
これは、マーリンが元々「余所者に侵略された星」を奪い返す依頼しか引き受けていなかったため、
必然的に気性が荒く力の強い民族ばかりが相手だったからとも言える事だが。
しかし、ここまでレベルの低い戦闘力で、よく平和にぬくぬくと暮らせたものだ。
いつどこから突然やってくるかも分からない侵略者に、恐怖心はないのだろうか?
ヤムチャたちがいなかったらとっくに地球人の文明など滅びていただろう。
マーリンはそんなことを考えているうちに、一人で段々と腹が立ってきた。
「ど、どうした…?そんな怖い顔して、具合でも悪いのか?」
ヤムチャはマーリンの顔を覗き込むと、恐る恐る額に自分の手を当てた。
どうやら熱はないようだ、と一人で悟る。
ヤムチャの手が額に触れ、マーリンはハッとわれに返る。
「…ヤムチャ、質問がある!」
「い、いきなりだな…なんだよ」
マーリンは我に返ると、いきなりヤムチャにつかみかかる様に攻寄りながら言った。
「今こうやって地球人がヌクヌクと暮らせているのは、お前たち…ヤムチャたちの活躍があったからなのだろう?」
「…うーん、俺はあんまり活躍してないけど、まあそうなるな」
「お前は…お前にはプライドはないのか?地球人はもっとヤムチャたちを慕い、尊重すべきだ。それなのに、なんだこの有様は…」
「ありさま…?」
「誰一人として、お前に挨拶しようとしない。それどころかもはや他人同然だ。命をかけ、地球の運命を救ってきたのに…」
「まあ…言いたいことは分かった。とりあえず落ち着けよ。な?」
ヤムチャはマーリンの肩をポンポンと優しく叩く。
だが、彼女の勢いはそれでは治まらなかった。
「いいや、言わせて貰う!では訊こう…何故、感謝もされず、称えられもせず、誰からも知られもせず、それでもなお、お前は命をかけて戦い続けた?この恩知らずな地球人どものために、お前は…ヤムチャは――」
「もうよせ!分かったから!!」
【10話】
ヤムチャは辺り全体に響くような大声で怒鳴った。
ピキッ
ヤムチャの気合の影響で、近くにあったビルにちょっとしたヒビが入る。
だが、その怒鳴り声は怒りとは違うものだったのかもしれない。
周りにいた地球人はある者は立ち止まり、ある者は腰を抜かし、いっせいにヤムチャの方を見つめた。
「す…すまない。わたしはお前がこうも評価されていなかったのが悔しくて…つい」
「…分かってる。ありがとな。ささ、それよりとっとと服を買おうぜ」
するとマーリンは微妙な表情を浮かべる。
「別に要らないのだけど…戦闘服のほうが動きやすいし…」
確かに、防御力、耐熱性、柔軟性どれをとっても戦闘服のほうが優れた服と言えるだろう。
だが、その特性のほとんどは、平和な今の地球じゃ意味がないものなのだ。
「ダメ」
ヤムチャはニヤリと歯を見せながら断固否定した。
「…どうしても?」
「うん、どうしても」
「うう…」
「ほらほら、この店なんていいんじゃないか?」
するとヤムチャはある方向を指差してマーリンの背中を押し始めた。
軽く抵抗し、踏ん張ろうとするが、マーリンはずるずると店の前まで運ばれてしまう。
それからもしばらく渋っていたマーリンだが、結局再びヤムチャに引き摺られるように連れられ、服屋に入ることになった。