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操気弾は飛んでゆく


618 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/18 22:48 ID:???
 時は、孫悟空がピッコロ大魔王を倒して一年後の地球。悟空やその仲間の武道家達は、
次の天下一武道会に向け、来る日も来る日も修行に明け暮れていた。

 その中の一人、ヤムチャ。カリン塔を制覇した彼の課題、それは新技の開発であった。
低姿勢で突進しながら連打を浴びせかける強力な必殺技、狼牙風風拳。これだけで次の武
道会で優勝するのは厳しいと考えたのである。
 欲しいのは飛び道具であった。かめはめ波は天津飯には効かないし、悟空やクリリンも
使える。いくら磨いても、他との差は埋まらないであろう。そこで彼が考えたのは、自在
に操る事の出来る小型エネルギー弾だった。ヘタに威力を追求するより、トリッキーさで
勝負する方が良い、と判断したのだ。
 だが、構想するのと実現するのではワケが違う。操作型エネルギー弾の開発は困難を極
めた。生み出したエネルギー弾を指から出す微量の気で操作するわけだが、これが特に難
しい。ラジコンの周波数のように、指とエネルギー弾の波長が合っていなければならない。
そのため、最初の頃はエネルギー弾が勝手に飛んで行ってしまったり、止まったまま動か
ないなどのハプニングが続出した。
 それでも幾多の試行錯誤を繰り返した結果、ついに新技は誕生したのであった。
「や…やった! とうとう完成したぞ!!」
 掌から浮き出たエネルギー球を見て、喜びに打ち震えるヤムチャ。自在に操作出来るそ
の球は、空を舞い、地表を駆け、地中をも潜る。理想通りの飛び道具が遂に完成したのだ。
三時間以上飛ばしてみた後、ヤムチャは消すのが惜しくなっていた。更に何を思ったか、
エネルギー弾を待機させたまま、その場を走り去ってしまった。

 ヤムチャがエネルギー弾の元へ戻ってきたのはそれから一週間後の事であった。両手に
不思議な七つの球を抱えて…。
「よし、まだ残ってたか。お前に最高のプレゼントをしてやる!」

 

619 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/18 22:49 ID:???
 七つの球を地面に並べるヤムチャ。そして、それを眺めながら合言葉を唱える。
「出でよ神龍! そして願いを叶えたまえ!!」
 すると、空が真っ暗になり七つの球から巨大な龍が出現したのだ。その姿は正に圧巻の
一言。初体験では無いのだが、ヤムチャは緊張していた。
「どんな願いでも、一つだけ叶えてやろう…」
 低く厳かな声で語りかける龍。そして、満を持してヤムチャは言った。
「俺の横に浮いているエネルギー弾に、知能と意志を与えてやってくれ!!」
「たやすい事だ………」
 たった一言二言のやり取りであった。程無くして七つの球は上空へ飛び散り、暗かった
空も、元の晴天へと戻っていった。

 こうして、私は誕生した。ただのエネルギーの塊に過ぎぬ私だが、視覚や聴覚といった
生物に必要不可欠な要素は揃っていた。どこから見ても同じ球形であるが、一応前後左右
の区別もあり、背後を見る事は出来ない。
「俺の言葉が分かるか? 俺はヤムチャ、よろしくな!」
 我が主、ヤムチャが私に語りかける。それに応えようと、エネルギーの収縮音を利用し、
私も“会話”をした。
「こんにちは…」
「え…お前、喋れるのか?」
「そのようですね」
 私が言葉によるコミュニケーションをとれると知り、主人は喜んでいる様子であった。
それを見ていた私も、何故か嬉しくなった。
「よし、お前の名前は操気弾だ!」
 ソウキダン、まずまずのネーミングであろう。私は意志と知能に加え、名前まで与えら
れたのだ。もしも涙腺があったならば、私は泣いていたに違いない。

 

620 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/18 22:50 ID:???
「ありがとうございます…」
 生まれつき知っていた、感謝の言葉を返す。だが、私にはまだ主人の目的が分からなかっ
た。一体私を使って、何をするつもりなのであろうか。そして、その疑問は、主人の次の
台詞で明らかとなる。
「意志を持つエネルギー弾なんて、今まで無かったからな…。これならいけるぜ!」
 主人の狙いは、私を戦いで利用したいという事だった。確かに、意志を持つ私を使えば
実質は二対一となる。当然、勝率もぐんとアップするというわけだ。別に異論は無かった。
私は主人の手によって生まれたのだから、主人の為に生きるべきなのだ。もっとも、この
信念は後に崩れ去っていく事になるのだが…。
「じゃあ、操気弾! 早速修行を始めようぜ。武道会まではあと二年、それまでに俺達で
完璧なコンビネーションを作り上げるんだ!!」
「はい!」
 言い忘れていたが、ここは深い森の中。修行には絶好の場所だ。主人と私の厳しい特訓
が、今始まろうとしていた。

 まず、私と主人は正面から向き合った。ちなみに私は常に浮いている状態である。その
状況で、主人が言う。
「よし、俺に全力でぶつかって来い!」
「いいんですか?」
「ああ、お前の威力をまず知っておきたい。いつでもいいぞ」
「では…!」
 私は全速力で、主人の顔面目掛け体当たりした。夥しい鼻血を出しながら、背中から凄
まじい勢いで倒れる主人。少しやりすぎたようであった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…鍛えてあるからな。こ、これくらいなら、ワケないぜ!」


 

652 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/19 23:05 ID:???
>>620
 足をガクガクさせながら、ゆっくりと立ち上がる主人。この程度の傷は慣れている、と
いった感じの手つきで鼻血を拭い去る。だが、心無しかその目には光るものがあった。
「なかなかの威力だったぜ。だが、悟空達のタフさは並じゃないからな…。もっともっと
強くならなければいけないぞ」
「はい!」
 
 その後、私は主人のパートナーとしてひたすら働いた。連携の練習もしたし、目まぐる
しく飛び回り、主人の動体視力を鍛えた時もあった。またある時は、組み手をした事もあっ
た。ただ、組み手をすると私のエネルギーが激しく飛び散るので、主人からのエネルギー
補給が欠かせないのだが。
 そして今日は、主人の作った意志の無い操気弾とのコンビネーションの特訓である。ま
ず私が地面に潜り、もう一つの操気弾が地上を飛び回る。そして機を見て地中から飛び出
し、油断していた相手を一撃ノックアウトするという作戦だ。
「潜れ!」
 すぐさま、私は地面へと潜る。その深さ、およそ一メートル。その後、合図のため主人
が思い切り地面を踏んだ瞬間、私が飛び出る。自分で言うのも何だが、タイミングは完璧
だった。それもあり、主人も褒めてくれたのだ。
「よくやったぞ、操気弾!」
「ありがとうございます」
「だが、優勝までは三試合あるからな。もっと色んなバリエーションを作り上げるぞ!」
「はい!」
 厳しい修行の日々は続いた。と言っても、私は疲れもしないし痛みも無い。エネルギー
弾として都合の良い点は、そのまま残っていたのである。私は主人から、多くの事を学ん
でいった。最初は飛び回るしか能が無かった私も、段々と出来る事が増えてきたのだ。こ
こで、私について詳しく説明したいと思う。

 

653 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/19 23:06 ID:???
 まずは、私の構造。内臓も骨格も無い、純粋なエネルギーの塊だ。五感の内、あるのは
視覚と聴覚で、触覚、嗅覚、味覚は存在しない。そして、舌も喉も持たないが、エネルギー
の収縮音でいわゆる“声”を出す事が出来る。
 次に性質。まず、自在に形を変える事が出来る。普段は球形だが、立方体にも棒状にも、
更には人型にもなれる。そして、半永久的に宙へ浮いていられる。他には、分裂も可能だ。
但し、意志を持てるのは分裂した中の一つだけ。
 後は寿命であるが、消滅させられるまでは無限に生きられる。敵との接触などで、エネ
ルギーが飛び散った際は主人にエネルギーを補給してもらえば回復出来る。その補給量次
第で、私はいくらでもサイズを増やせるのだ。 
 以上が、私のおおまかな特徴だ。宙に浮く粘土と思ってもらえれば、まだ分かりやすい
かもしれない。このように私は修行を通じ、自分自身を理解していったのである。

 時が経つのは早いもので、私が誕生してから半年が過ぎた。この頃になると、私と主人
の連携技は軽く三十を超え、そのタイミング、威力ともに文句のつけようのないものとなっ
ていた。しかし、私はこの主人との日々に疑問を感じ始めていた。私はこのまま主人の武
器となったままでいいのだろうか…そう思ったのである。
 疑問が確信に変わり、決意に到るのは素早かった。私は主人から自立し、自由になる道
を選んだのである。
「主人…僕にエネルギーをもっと分けてくれませんか?」
「なんでだ?」
「主人と同じ体型になって、“ダブル狼牙風風拳”ってのも面白いかと思いまして…」
「確かに強そうだな…よしやろう!」
 主人は単純な人だった。そして、私が巨大化するために、エネルギーを大量に与えてく
れたのである。勿論、ダブル狼牙風風拳などやるつもりは無い。私がパワーアップするた
めのウソだ。

 

654 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/19 23:07 ID:???
 エネルギーを手に入れた私は、早速人型をとる。その身長は主人より大きく、約二メー
トルといったところ。巨大人型蛍光灯、と言えなくも無い外見だっただろう。
「ちょっと俺より大きいな…少しエネルギーを放出した方がいい」
「いやですよ…」
「な、何言ってるんだ!?」
「僕はね、もう主人の道具でいるのはまっぴらなんですよ。僕は自由なるんだ」
 余りに唐突な私の反抗に、主人は焦っていた。身振り手振りをつけながら、必死に私を
説得しようとする。
「確かにお前の言いたい事は分かるぜ…。でも、せめて武道会までは付き合ってくれない
か? そうしたら何をしてもいいからさ」
「一年半も待てる訳ないでしょう? 僕の決意は固いんだ」
 言葉通り、私は意見を曲げるつもりは無かった。エネルギーを大量に手に入れたこの瞬
間が最大のチャンスだったのだ。私の強硬な態度に主人は困り果てていたが、同時に言葉
の節々に余裕も見受けられた。まだ、彼には“手段”があったのだ
「操気弾、忘れてないか? 俺はお前を操作出来るんだぞ」
「…お好きなように」
 むっとした表情で主人が人差し指と中指で、私を操ろうとする。だが、それは不可能。
「あれ…何で…。何で動かないんだ!?」
「簡単な事です、気の波長を変えたんですよ。もう僕は、貴方のラジコンじゃない」
「く…既にそこまでの知能が……!」
「滑稽でしょう? たかがエネルギー弾が自由を求めるなんて…。しかしね、僕だって、
こうして貴方をコケにする事くらい出来るんだ!」
 この時、私の心は快感に満ちていた。この半年間、良き親であると同時に、絶対の支配
者であった主人。その彼を見事に出し抜いたのだから。だが、予想に反し主人は肩を上下
させながら笑っていた。悔しさで気が違ったのか、それとも…。

 

676 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/20 23:23 ID:???
>>654
 表情こそ出ないが、この時の私は不気味がっていた。てっきり悔しがると思っていたの
に、主人は笑っている。理解を超えていた。だが、その理解不能の笑いもやがて収まる。
果たして主人は何を考えているのだろうか。
「操気弾………」
 いつも明るい主人が、低く暗い調子で語りかけてくる。もしも汗腺があったら、私の表
面からは冷や汗が流れ出ていた事だろう。生まれて半年しか経っていない分、心理戦では
私が不利。良い対応策も思いつかず、単純な返事をしてしまった。
「な、何でしょう?」
「さっきも言ったが…お前が俺から自立したがるのは、当然の事だと思うぜ。俺がお前の
立場でも、きっとそうしたろうしな…」
「………」
「それに嬉しいんだ。子の成長を喜ぶ親の心境ってヤツかな…」
「………」
「だがよ、俺にだって生みの親としてのプライドがある。このままお前に逃げられてしま
うワケにはいかない」
「………」
「勝負だ、操気弾! 俺に勝ったら、どこへでも行け。但し俺に負けたら、武道会まで修
行を付き合ってもらうぞ!!」

 狼牙風風拳の構えを取る主人。人型の私も、拙いながらファイティングポーズをとる。
そして、主人は大きく深呼吸した後飛び掛ってきた。
「つおおっ! 新・狼牙風風拳!!」
 毎日のように、私はこの技を見てきた。だが、眼前にするとその速さを何倍にも感じる。
成す術無く、打たれ続けてしまう。痛みは無いが、身体のエネルギーが激しく飛び散る。
地上戦では歯が立たないと悟った私は、上空へと移動した。

 

677 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/20 23:24 ID:???
「ぐぐ………流石ですね主人。ですが、空中ならこっちのもの!!」
「それはどうかな?」
 地上に居る主人の構え、かめはめ波。何度か見せてもらった事のある、亀仙流最強の技
である。同じエネルギー弾としても、私より数段格上だろう。
「波─────ッ!!」
 すぐさま発射。その光線で、私の胸から下は完全に吹き飛ばされてしまった。バランス
が悪くなってしまったため、私は基本に戻り球形をとる。
「操気弾、随分小さくなっちまったな…」
 その言葉通り、この時の私の直径、約三十センチ。そんな私の次なる策は、“モグラ”
であった。私は素早く地上へ降り、地中へと潜る。このまま逃亡するつもりなど毛頭無い。
ここで主人を倒さねば、真の意味での“自立”はあり得ないと知っていたからだ。
「今度は地中か…どこから来る?」
 地上にいる主人の声がよく聞こえる。私に出来る事と言えば、隙を見て飛び出す事くら
い。とは言え、相手は常識を超えた力を持つ男。そう簡単に隙を見せるとは思えない。
 私は閃いた。隙が無いなら作り出す。長期戦になれば、スタミナの概念が無く、食事も
不要な私が有利。だが、そんな消極的な勝利では納得出来ない。積極的に攻めて、主人を
打ち負かす。これが、これこそが自由への第一歩なのだ。
 そして、私の取った行動。地中を縦横無尽に掘りまくる。ここは森なので、土はとても
柔らかい。大した負荷も無く、掘る事が出来たのだ。
「そろそろかな…」
 狙い通りだった。ムチャクチャに掘り進まれた周辺一体の地面が、地盤沈下を起こした
のだ。激しい音を立て足場が陥没し、主人も思わず叫び声を上げる。
「うおっ…!?」
「これを待っていた!!」
 隙は生み出された。私は全速力で地上に飛び出す。

 

678 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/20 23:25 ID:???
 主人は体勢を崩している。今しか無い。私は主人の金的目掛け、猛突進をかけた。しか
し、流石は武道家。主人は瞬時にジャンプして突進をかわす。
「危なかった…」
 しかし、これこそが真の狙い。空を飛べない主人は、空中での自由な動きは不可能。対
する私は空中移動が自在な上、小回りもきく。追撃をかけるため、空中の主人を追う。
「しまった!」
「甘くみましたね! 貴方を倒し、僕は自由となる!!」
 狙いは金的でも、目でも、顎でも無い。それは口。私は紐状に形を変え、主人の口から
食道を通り、胃に侵入を果たした。この際、主人の腹部は妊婦のように膨れ上がっていた
に違いない。胃袋の中でも、主人の慌てぶりは手に取るように分かった。
「うえッ……どうするつもりだ!?」
「このまま腹を突き破るんですよ…」
「な、何だと!?」
「安心して下さい。仙豆で復活出来るでしょうから…」
 直後、私は主人の腹を突き破った。散乱する真っ赤な血液とは対照的に、無限に広がる
青空。あぁ、これが自由なんだな…私は実感した。

 体内から腹を突き破られた主人、見るも無残な格好で地上へと落下した。
「うぅ………ぐはっ! …ガハッ!」
 吐血しながら、もがき苦しむ主人。我ながら見事な作戦だった。勝ちを確信していた。
だが、腹に大穴を空けられた主人、よろよろと立ち上がる。テストで百点を取ったが、実
は千点満点の試験だったという気分。崖から突き落とされたような衝撃が私を襲った。
「甘いのはお前だ…!」
 主人の豪拳が唸る。この距離、避けようも無い。喰らえば、私の体は四散してしまうだ
ろう。短い生涯ながら、私は死への覚悟を決める。だが、拳は寸止めだった。

768 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 01:17 ID:???
>>678
 その直後、主人は懐から仙豆を一粒取り出し、血まみれの手で飲み込んだ。主人の肉体
はみるみる回復していく。胴着が破れている点を除けば、戦闘前に戻ったという事になる。
「ふぅ…死ぬかと思ったぜ」
 主人は仙豆を飲んだ。あらゆる手段を使って勝利せねばならない殺し合いと違い、親し
い者同士の試合では、これは敗北を意味する。すなわち、私は勝ったのだ。だが、全く嬉
しくない。最後の拳、あれがヒットしていれば私は砕け散っていたはずなのだから。
「主人…何故止めたんですか。あれが入っていれば、恐らく…」
「俺が限界だったってのもあるが…。子の成長、しかと見届けたって事だ」
「僕の…成長ですか」
「お前の想いはホンモノだ。俺には止められないよ。まさか、腹をブチ破られるなんて思っ
てなかったしな」
「す、すいません…」
「ハハ、まぁこんな森の中に縛り付けとくのも悪いだろ。世界を見回ってくるのもいいさ。
イヤになったら、また帰ってくればいい。それが“自由”だ」
 一つ一つの言葉が重く響く。そして、完敗だった。私は主人が“自由”を邪魔する者だ
と決め付け、無我夢中で倒そうとしていた。だが、主人は私を思いやってくれていたのだ。
私はこの人の手で生まれた事を、心から感謝した。
「では…私は行きます」
 名残惜しくなる前に、旅立っておきたかった。
「ああ、楽しんで来い」
「はい!」
 こうして、私は飛び立った。まだ見ぬ未知なる世界へと…。期待や興奮もあったが、未
練や不安も同時に存在した。主人をあんな目に合わせてまで、見る価値があるのだろうか。
あのまま武道会で活躍していた方が、良かったのでは無いか。しかし、そんな事を考えて
いても始まらない。見上げると、空は青く澄み切っていた。

 

769 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 01:22 ID:???
 無限に続くかのようなこの世界。どれもこれもが新鮮だった。地の果てまで続く大海原、
天にも届きそうな高層ビル、荒れ果てた山岳地帯、賑やかな繁華街、真っ白な雪で覆われ
た大地…。私は夢中で飛び回った。全てが私を楽しませてくれる、全てが私を歓迎してく
れている。そんな錯覚さえした。
「すごい……これが世界か!」
 既に後悔は無かった。この景色を見てしまったら、あの陰気臭い森で一年半も過ごすな
ど、耐えられるはずも無い。まだ半年しか生きておらず、確固たる信念な執念を持たぬ私
なら、なおさらだったろう。

 それから一週間程経つと、私はもっと低空飛行してみたくなった。強い衝撃を受けると
エネルギーが飛び散ってしまう自分の性質上、障害物の多い地表すれすれを飛ぶのは危険
だったのだ。だが、私も飛行には自信がついてきた。一度やりたくなったら、もう私を止
める者はいない。直径三十センチのエネルギー球は、地上を旅する事にしたのだ。
 場所は人気が全く無い、平原地帯を選んだ。主人以外の人間を知らぬ私は、無意識のう
ちに人間を避けていたのだ。
「上から見るのと、地面近くで見るのは全然違うなぁ〜」
 やはり私は感動した。地面に生えてる雑草や、そこを這う虫などがよく観察出来る。私
はまたも夢中になって、地面観察に熱中した。特にアリの巣は、私を魅了した。
 アリが行列を作り、自分達より大きい虫の死骸を運んでゆく。
「巣のために、一生懸命働いてるんだなぁ」
 ここでふと思った。私はあれだけよくしてくれた主人の期待を裏切り、挙げ句腹に穴を
空け逃げ出したのだ。目の前のアリの集団と、つい対比してしまう。
「僕ってアリ以下…?」
 いや、そうではない。アリにはアリの、操気弾には操気弾なりの生き方があるのだ。そ
う思い込む事で、主人への未練を断ち切った。

 

770 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 01:24 ID:???
 アリの巣観察を止め、再び平原探索に戻る。確かに初めは新鮮だった草や虫だが、一日
も経たぬうちに飽きてしまった。一方的なコミュニケーションはやはりつまらないのだ。
「どうしようかなぁ…」
 そう思った瞬間、地平線の先に小さな村があるのだ。今まではヒトを無意識のうちに避
けていたが、やはり刺激は欲しい。エネルギー弾の私でも、案外歓迎されるのでは無いか。
そんな期待も背負いつつ、私は村へと向かった。

 村は柵で囲まれており、家は十数件程度。人口は百人いないだろう。最初は躊躇したが、
やがて決心し、村へと入る。
「こんにちは…」
 それまで仕事をしていた住民が、一斉にこちらを向く。怯えてる者もあれば、殺気を剥
き出しにしてる者もいる。そんな空気を読めず、私は話しかけてしまう。
「あ、あの…」
 次の瞬間、私に向かって鎌が飛んできた。草刈り用の鎌だろう。慌てて回避する。
「な、何をするんだ!」
「何をほざいてやがる、悪魔めっ! 火の玉に化けて、俺らを食う気だろう!!」
 鎌を投げ付けた農夫は、今度はポケットから銃を取り出すと私に向かって発砲してきた。
六発のうち、当たったのは二発。その二発も、エネルギー体である私を貫通してしまった。
無論、痛くもなければ、何の影響も無い。
「銃が効かねぇ!? やっぱ悪魔だ!」
「僕は悪魔じゃありません…エネルギー弾です!」
「うるさい! この村には手出しさせんぞ!!」
 畑仕事の道具を持って、襲い掛かってくる屈強な男達。勝てない相手では無いが、ここ
で争えばますます誤解はひどくなる。ここは逃げる事にした。
「まさか、こんな事になるなんて…!」

 

808 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 23:17 ID:???
>>770
 平原地帯に夜が来る。昼間の暖かさが嘘のように、冷える大地。この辺りは昼夜の寒暖
差が激しいらしい。私は触覚が無いため、寒さは感じない。だが、その心は冷え切ってい
た。昼間の村人達との騒動を、まだ引きずっていたのだ。
「男の人は話を聞いてくれないだろうな…。女の人は怯えてたみたいだし…。となると、
残るは子供か!」
 どうしても和解したかった私は、子供を仲介に大人達へ歩み寄ろうと考えたのだ。姑息
だが、こんな方法しか思いつかなかった。

 深夜、私はひっそりと村へと向かう。昼間は小規模ながら賑わっていた村だが、ゴース
トタウンのように静まり返っている。電灯が無いため、本当に真っ暗だ。
 常に発光している私は、暗くなるとやたらに目立ってしまう。気の波長を変え、なるべ
く光を抑えて侵入する事にした。
「子供の部屋はどこかな…」
 家々を素早く慎重に探りまわる。そして、何軒目かで子供部屋らしい場所を発見した。
早速、自分を紙状に変化させ窓の隙間から中へと忍び込む。
「こんばんは…」
 すると、布団に入ってた少年が目を覚ました。
「あ、あ、あ………!」
 このままでは叫ばれる。咄嗟に私は自分の姿を変えまくった。蛇のようになったり、グ
ニャグニャさせたり、分裂してみせたりもした。それを見て、少年は笑ってくれた。どう
やら、あやすのに成功したようだ。
「僕は悪い奴では無い…。まあ、君とは姿も形も違うけど」
「うん…分かるよ」
 単純かつ純粋な子供の方が、先入観が無いため私の話を聞いてくれた。このまま少年を
説得し、私が悪魔では無いと両親に話してもらえば万事解決だ。

 

809 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 23:19 ID:???
「僕の名前は操気弾。君の名前は?」
「…僕はポール」
 少年の名前はポール。将来の夢は科学者、年齢は十、好きな食べ物は大根、早く都に出
たいと思っているとの事。私の二番目の話し相手だ。
 私は思った。知能を持ったからには、やはり知能を持った者とのコミュニケーションが
一番楽しい。景色を眺めるのも、虫を観察するのも確かに素晴らしい。だが、対話こそが
最高の娯楽なのだ。しかも、今回は主人の時と違い、お互いに対等の立場。だが会話に夢
中になって、本来の目的を忘れてはならない。早速、話を本題へと切り返す。
「ポール、僕はもっともっと色んな人と話したい。だから、ご両親に僕が悪魔じゃない事
を教えてくれないかな?」
「あぁ、いいよ─────」

 その瞬間、銃声が響いた。続いて二発、三発。ふと横を見るとドアが開いており、ポー
ルの父親らしき人物が猟銃を構えていたのだ。その銃口からは、煙が吹いている。
「ポールを殺そうとするとはな、この悪魔め! ………あっ!」
 視線を戻すと、ポールが血まみれで倒れている。私が発光しているとは言え、夜の薄暗
がりの中、しかも興奮状態の父親が誤射するのも無理はなかった。ポールは肩に被弾して
しまったのだ。
「ポールッ!!」 
 父親がポールに駆け寄る。幸いにも、致命傷には到っていなかったようだ。安堵の吐息
をついた父親は、今度は私を睨み付けてきた。
「お前のせいだ…」
「え………」
「お前が俺を操ったんだ! そうに違いない! 俺が息子を撃つはずが無い! この……
悪魔めがァァァ!!!」

 

810 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/22 23:21 ID:???
 血走った眼光で、猟銃を乱射する父親。もはや、彼の瞳に私は見えていない。天井、壁、
床と撃ちまくり、完全に錯乱してしまっている。しかも、何発もの銃声が鳴り響いたため、
村中の人間が起きてしまった。ポールの家周辺がみるみる騒がしくなってくる。
 もうこの村にはいられないと、私も窓を突き破って夜の闇へと飛んだ。ポールには悪い
事をしてしまった。私が侵入しなければ、銃弾を受ける事も無かったのだから。
「ポール………」
 ただのエネルギー弾には余りに重すぎる罪悪感。それを抱えながら、私は夜空を彷徨っ
た。目的地など、無い。

 適当に飛び回っていたが、やがて朝が来る。眠くもないし、疲れもないが、どんよりと
した気分は残っている。昨日よりもひどくなったかもしれない。
 主人の元へ帰ろうとも思った。だが、そう簡単に戻れる訳が無い。私とて、そのくらい
のプライドはある。しかし、どこへ行けば良いのだ。人間と話そうとしても、昨日のよう
になるのがオチ。文字通りの“迷走”であった。
「さて…どうしようかな」
 楽しさに満ちているが、それと同等の苦難も存在する。それが世界というものなのだと、
私は実感した。ハイリスク・ハイリターン。だが、まだ私は諦めてはいなかった。どうに
かして、人間の世界に溶け込みたかったのだ。
 ここで私は思い出す。主人はよく自分の昔話をしてくれた。それによると、元々主人も
人間社会とは程遠い境遇を生きてきたらしい。だが、そんな主人に岐路が訪れた。ドラゴ
ンボール探しの一行との出会いである。彼らの旅に付き合っていくうち、世間知らずだっ
た主人は“人間”を知った。その後、都に出て見事溶け込む事に成功したのである。
 これしか無い。旅をしている集団を見つけ、強引に同行するのだ。そのうち友情が芽生
えるかもしれない。そして、この浅はかなアイディアにより、私は更に“迷走”する事と
なる…。

 

88 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/29 01:02 ID:aK9SNeWE
前スレ>>810
 選んだ場所は砂漠。理由はいたって単純、主人が孫悟空達と出会ったのは砂漠だと言っ
ていた。それを真似しただけだ。
 そして適当な位置に待機し、旅人を待ち受ける。砂漠なので当然だが、眼前には見渡す
限りの砂が広がっている。岩場やサボテンは点在しているものの、本当に退屈な風景。だ
が、待つのは私の得意分野。旅人が通りがかるまで、何日でも待つ覚悟であった。

 そして通りがかったのは、二頭のラクダを従えた五人の男女。太陽光から身を守るため、
全身に布を纏っている。すかさず、私はその一行の元へ飛んだ。
「こんにちは、僕は操気弾です」
 自己紹介をするも、反応が無い。見ると、全員目を丸くしている。
「な、何だこりゃあ…」
「た、太陽の化身だわ! 私達を焼き殺しに来たのよ!!」
「逃げろォ!」
 一目散に駆け出してしまう旅人達。やはり、私の姿は人間に恐怖を与えてしまうだけな
のだろうか。私も慌てて追いかける。
 やがて、一番最後尾を走っていた女性が、砂に足を取られて転倒する。私は彼女の前方
に回り込み、説得を試みた。
「落ち着いて下さい! 僕はエネルギー弾…」
「焼け死ぬくらいなら…いっそ!」
 すると、彼女は懐から短刀を取り出し、自分の喉元に突き立てた。余りに突然で、止め
る暇も無かった。首からは凄まじい勢いで血が噴き出し、その女性は間もなく息絶えてし
まった。私か、私のせいなのか。私が殺してしまったのか。
「ど、どうしよう………どうしよう!」
 凶器の灰皿を片手に震えている犯人のように、焦る私。その瞳に入ったのは、かなり遠
くまで逃げてしまった残りの旅人達だった。



89 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/29 01:03 ID:aK9SNeWE
「僕はどうすればいいんでしょう!? 教えて下さいよォ!!」
 砂地を走る人間に追い付くなど、造作も無い事だった。怯える旅人達に、私は問い掛け
る。いや、脅迫とも取れるものだったに違いない。
「教えて! 早く! 私はどうすればいいんでしょう!?」
 旅人達が回答してくれる事は無かった。最初の女性のように、拳銃で自殺したり、発狂
したり、気絶したり、その反応は様々であった。私の問いに答える者が無くなった砂漠で、
私は絶叫する。
「私はどうすればいいんでしょうか!?」

 私は叫び続けた。誰も応えてくれない。太陽が東から昇り西から落ちる、砂嵐が起こる、
サボテンが揺れる、この繰り返し。砂漠は私に冷たかった。やがて私が落ち着いた時、私
の周囲には五体の干乾びた死骸が転がっていた。
「ハハ…こんな事なら、主人の所へ残ってるんだった……」
 砂を掘って、五人の死骸を弔う。もっとも、彼らは私に殺されたようなものなのだが。
「もう、ここにはいられないな」
 私は砂漠から出る事を決意する。心はズタズタだった。死のうとも考えたが、それは怖
くて出来なかったのだ。五人も死に至らしめておいて、何と下劣な精神だろうか。私は自
分自身を軽蔑したのだった。
 そして考えたのは次の案。ここまで来れば、もはや意地。何としても、人間社会へ溶け
込まねばならない。“なりたい”が“ならなければならない”に変わっていたのだ。無論、
当時の荒んだ私には、そんな事に気づくはずも無い。
「よし、人助けだ…これだ」
 異邦人が、とあるグループに手っ取り早く入るには恩を売る事が一番。自分の能力を生
かし、人間達に奉仕するのだ。何でもっと早く思いつかなかったのだろう。きっと彼らは
有能な私を認めざるを得なくなるはずだ。そうなるはずだった。



90 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/09/29 01:04 ID:aK9SNeWE
 小さな村や町ではダメだ、と思った私。砂漠を抜け、大きい街を探す。山を越え、谷を
越え、辿り着いたその街の名前は“セロリシティ”。ここで再起を賭ける。
 私の作戦はこうだ。ひっそりと街中をパトロールし、事件を見かけたら解決する。それ
を繰り返していくうち、街では私についての噂が広まるに違いない。そこで名乗り出るの
だ。“事件を解決していたのは僕です”と…。そして、皆は影のヒーローだった私を受け
入れてくれる、という算段である。今考えると、厚顔無恥も甚だしい作戦であった。
「街の人々は喜び、僕も喜べる…まさに一石二鳥! なんて良きアイディア!!」

 まずは上空から街を観察する。清潔な建物が建ち並び、活気がある。それでいて自然も
残されている、なかなかの街であった。ギャングや悪い市長がはこびっている様子も無い。
だが、主人は言っていた。どんな武道家や技にも、必ず付け入る隙はある、と。このセロ
リシティにも、きっと癌とも呼べる問題点があるはず。それを探すのだ。
 すると、とある道端で喧嘩をしている男二人を発見した。周囲には人も無く、止める者
はいない。
「最初だし……あんなもんでいいだろ」
 私は降りていって、その二人に近付く。殴り合いに夢中の彼らは、私の存在に気づきも
しなかった。だが二人の喧嘩は、主人の突きや蹴りに比べれば、スローモーションのよう
な遅さ。セロリシティ影のヒーローとしての初仕事である。
「そこのお二人さん…喧嘩は良くないよ」
「な、何だァ!?」
「ひ、ヒトダマ…? こんな真昼間に…」
「喧嘩両成敗、二人には僕から罰を下させてもらおう!」
 その後、私は男二人に罰を与えた。体当たりして、肋骨を砕いてやったのだ。痛がって
いたが、これも街のため。喧嘩をするような気性の荒い人間は、痛みで反省させなければ
ならない。気分は最高だった。最上の自己満足。

 152 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/03 23:33 ID:hCZrgpeo

 それからというもの、私は正義の仕事に没頭した。空き巣に入ろうとしていた男を叩き
のめした事もあったし、犬のフンを始末しなかった飼い主を病院送りにした事もあった。
またある時は、人の家のガラスを割って、そのまま逃げようとした野球少年達にお灸を据
えてやった事もあった。しかし、自ら名乗り出てはならない。謎のヒーローの噂が街中に
広まるまで、辛抱する必要があったのだ。

 そんな楽しい生活が始まり、一週間が経ったある日。今日は道端に煙草のポイ捨てをし
ている背広の男を発見した。煙草のポイ捨ては、マナー違反なだけで無く、時には火事を
も引き起こしかねない危険な行為。見逃すわけにはいかない。
 速やかにその男に近付き、いつも通り仕事に取り掛かる。
「今……捨てましたね?」
「あ…ああ! お、お前はまさか……!」
 背広の男はやけに怯えている。それに、私の事を知っているかのようだ。ようやく影の
仕置き人の噂が広まり始めたのだろうか。だが、それとこれとは話が別。
「こ、殺さないで……。私には家族がいるんだ! そ、そうだ、金をやろう。手持ちが幾
らかあるから、それで勘弁してくれェ!」
 訳の分からない事をわめき出す男。それにしても、金で解決しようという心構えは許せ
ない。根っこの部分から叩き直す必要があるようだ。そう思った私は、徹底的に男に罰を
下す事にした。
「とことん汚れた罪人め、僕を金で動かせると思うなよッ!!」
 まず、煙草が当分吸えないように両腕を折った。そして、根性を叩き直す意味も込め、
脳天に一撃お見舞いしてやった。勿論、死なない程度に手加減はしてある。背広の男は情
けない格好で、その場にうずくまった。勧善懲悪、悪は滅びるのだ。
「おかしな男だったな…。人間…いや生物っていうのは、どこかで道を踏み外すとああい
う風になってしまうものなのかもしれない。その点、僕は運が良い………」



153 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/03 23:34 ID:hCZrgpeo
 その夜、いつも平和な街が急に騒がしくなった。警棒を持った男達が、街中をうろつい
ているのだ。それも一人や二人では無い。空からざっと見渡しただけでも、数十名は確認
出来た。
「警備……? 妙な胸騒ぎがするな………」
 何が起きているのか気になった。私はこのセロリシティを影で支えているのだ。街の状
況は正確に把握しておかねばならない。すると、夜にもかかわらず放送が流れた。いつも
は朝と夕方に、のん気に挨拶を流すだけの市内放送。しかし、この時は違っていた。
「……最近、私達の街に出没している謎の怪物。今日で、怪物に襲われたという方が五十
名に達し、今晩より街と警察が協力して、市内パトロールを行う事になりました。事態が
改善されるまでは市民の皆様、どうぞご協力をお願いいたします……」
 この明るい街に、似つかわしくない放送だった。どうやら、私の見えない所で“謎の怪
物”とやらが徘徊しているらしい。驚いたが、喜びの方が大きかった。私はこういう難事
件を待っていたのだ。この事件を解決すれば、市民は喜ぶはず。私をヒーローとして受け
入れてくれるはず。
 私は寝る必要も、食べる必要も無い。上空から二十四時間体制で街を見張っていられる。
ちょっとした防犯カメラ、いや守護神気分だった。天から人間を見守る光の玉。そんな神
秘的なフレーズも思い浮かべ、私は酔いしれていた。

 その翌日、まだパトロールは解かれる気配は無い。恐らく、私のように交代で二十四時
間警戒するつもりなのだろう。だが、彼らに怪物を倒される訳にはいかない。すぐそこに
チャンスが転がってきた事もあり、私の人間社会に対する憧れや執着は抑え切れないもの
になっていた。是が非でも、自分の手柄にしなければならないのだ。市民の事など考えて
はいなかった。所詮、私のやっていた事は見返り目的に過ぎなかったのである。
「夜通し街を見下ろしても、怪物らしい奴は発見出来なかった…。怪物って言葉で、大き
いのを想像してたけど、案外小さいのかもしれないな………」



154 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/03 23:34 ID:hCZrgpeo
 いくら考えても仕方ない。昨日の放送によれば、怪物とやらは頻繁に出現するらしい。
下手に動かず待った方が良い。次に出現した時、必ず私が仕留めてみせる。自信はあった。
それどころか、目の前にチャンスが訪れたためか私は夢想するようになっていた。自分が
街の人々から感謝され、慕われ、仲良く過ごす姿を…。真っ白なキャンパスに、次々と描
かれてゆく理想郷。
 怪物退治の報を聞いた市民達は歓喜の声を上げる。瞬く間に、私は英雄の座へと祭り上
げられる。だが、私の欲するのは“名声”では無く“調和”だ。その言葉でパセリシティ
は一つにまとまり、空前の発展を遂げる事となる。そして時は流れ、すっかり街の名物と
なった私は、偶然通りがかった主人と感動の再会を果たす…。
 以上が、私の思い描いたシナリオである。時が経つにつれ、このシナリオがより膨らみ、
より緻密に、より現実味を増していくのだ。夢や希望などと言った大それたものでは無い。
ただの虚像だ。心のどこかでは分かっていたが、ブレーキが壊れた自動車と化した妄想は
もはや止まらない。奇跡的にブレーキが回復するか、何かに激突するまでは止まれないの
である。

 やがて、パトロールが始まってから一週間が経過した。その間、一向に怪物は姿を現さ
なかった。どうやら、かなり賢いらしい。自分が警戒されている事に気づいたようだ。
「これじゃ、埒が明かないな……」
 気が進まないが、街に降りて探すしか無い。なるべく人通りの少ない場所を見つけ、そ
こから地上での捜索を始める事にした。だが、運悪く私が降りたところを、近くの角を曲
がってきた主婦らしき中年女性に見られてしまう。
「きゃああぁぁぁ! で、出たわ…誰か早く来てぇぇぇ!!」
 その声で一斉にパトロール集団が集まってくる。緊張した面持ちで私を取り囲む男達。
私はようやく気づいた、怪物の正体に。
「そうかい、そうかい、そういう事ですか。………そうですか」



160 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/05 02:37 ID:ZubiC/co

 警棒を持った男達は、じりじりと私との間合いを詰める。最初の村と一緒だった。警棒
を構え敵意剥き出しの者、警備という職務にもかかわらず腰が引けている者、私に好奇の
視線を向ける者、私が描いた理想郷とは程遠い現実。
「多くの人を傷つけてくれたが、それもここまでだな。化物め……!」
 その中の一人が私に近付いて来た。凛々しい顔つきで、どことなく主人に似ている青年。
彼は更に言葉を続ける。
「被害者の話によると、言葉を話すらしいじゃないか? だったら俺の言ってる事も分か
るだろう。何で俺の親父を…街を狙った?」
「言ってる事は分かるよ。そして、質問を返そう。何で僕が囲まれなきゃならない?」
 私の言葉に、男は激昂して警棒で殴りかかってきた。無論、簡単に見切れるスピード。
私がひょいと身をかわすと、男はバランスを崩して転倒してしまった。余程殴るのに集中
していたのか、受身も取れず顔面を打っていた。
「く、くそ……化物め!」
 鼻血を出しながら、私を睨みつける。何人かが彼の元へ駆けつける。だが、言われっ放
しでは腑に落ちない。私とて言い分はあったのだ。
「もう一度聞きますよ、何で僕が囲まれなきゃならないんです?」
「何言ってやがる! この一週間、街の人々を次々と襲ったじゃないか! しかも、被害
者はみんな“バスケットボールくらいの光の球に襲われた”って言ってるんだ!!」
 倒れている彼とは、別の方向から声が飛んできた。どうやら、私の好意が街の人々には
伝わっていないようだ。早速、説明してやる事にした。
「あぁ、その事ですか。あれはね、セロリシティをより良くするためにやった事なんです
よ。煙草をポイ捨てしたり、犬のフンを拾わなかったり、ネコババしたり…。そういう人
に罰を与えてやっただけなんですよ。だから、感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなど全
く無いッ!」
 言い切ってやった。私は正しい、絶対に間違っていない。そう信じていたからだ。



161 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/05 02:38 ID:ZubiC/co
 私の主張を聞き、周囲は静まり返った。静かになったと言う事は、反論が出来ない証拠。
やはり、私は正しいのだ。そう思った瞬間、先程の青年が鼻を拭いながら言った。
「どこの世界にポイ捨てやネコババくらいで大怪我を負わす奴がいるんだよ!? お前が
何者かは知らないが、俺たちにとっちゃ、お前は迷惑以外の何者でも無いんだよ!!」
「め、迷惑……?」
「俺の親父は、お前に肋骨と鼻を折られて入院してる。そういやさっき、セロリシティを
より良くしたいって言ってたな? だったら、お前が死ねばいいんだ!」
 青年の言葉に呼応するように、“死ね”コールが始まった。警棒を振り上げ、「早く死
ね、すぐ死ね」と叫んでいる。中には手拍子をつける者までいた。
「どうした、この街をより良くするんじゃなかったのか!?」
「死ねば感謝してやるよ!!」
「くたばれ! くたばれ! くたばれ! くたばれ! くたばれ!」
 皆が一斉に喚くので、各々が何を言っているのかは分からなかった。だが、私に死んで
欲しいと思っている事だけは痛いほど理解出来た。もう彼らを止める術は無い、かと言っ
て死にたくも無い。だとすれば、私の逃げ道は一つしかない。文字通りの“逃走”だ。
 私は逃げた。凄まじいコールの嵐から飛び出したのだ。主人から逃げ、村から逃げ、砂
漠から逃げ、そして今回また逃げた。自由になってから、私は逃げっ放しである。もう、
どうしていいのか分からなかった。失敗まみれ。しかも、失敗するたびに何かしらの犠牲
が出る。もう、私は動かない方がいいのかもしれない。主人以外の人間にとって、所詮私
など悪魔や怪物でしか無いのだから。

 気がつくと、私は洞窟の奥深くにいた。地球上のどこの洞窟かなど分からない。私は人
間に溶け込むのを諦め、ずっとここで過ごす事にした。
「これで、良かったんだ………」
 未練はあった。だが、それ以上の恐怖が私を孤独の道へと歩ませたのだ。



162 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/10/05 02:41 ID:ZubiC/co
 洞窟の中は退屈だった。最深部なので、動物も何もいない。見るべき風景も無い。初め
は思い出に浸る日々だったが、辛くなるだけなので止めた。次に自分の存在意義について
考え始めたが、これも辛くなるだけなので止めた。そのうち、目の前の岩盤を眺めるだけ
の生活になっていった。永遠にここで過ごす。例え洞窟が崩れ生き埋めになったとしても、
それは自分の運命。時間が経つにつれ、私は洞窟と完全に一体化していった。
 何日、何週間、何ヶ月経ったであろうか、静寂が包む洞窟がにわかに騒がしくなった。
人間が入ってきたのだ。足音から察するに、十名前後はいる。だが、もう私は人間に未練
は無い。思った事は、さっさと出て行って欲しい、それだけであった。そして、そんな思
いも空しく、足音はどんどん近付いて来る。私は覚悟を決めた。
「この洞窟も……捨てるしかないか」
 やがて、足音は私へと辿り着いた。やはり、誰もが驚いている。今度は何と罵られるの
かと思うと、気が重くなった。しかし、彼らの反応は意外なものであった。
「何と神々しい……わしの考古学人生最大の発見じゃ!!」
「やりましたね、教授! 目映い光を発する宝玉…人類史上始まって以来の財産です!」
「うむむ、この世のものとは思えない………!」
 あらゆる言葉を使って、私を賞賛する一行。以前の私ならば、きっと喜んだに違いない。
しかし当時の心境としては、とても手放しに喜ぶ気にはなれない。むしろ、怒りが込み上
げてきた。そして、抑える間もなく爆発。
「素晴らしいね……全くもって素晴らしい。過去に俺と出会った奴からは、こう呼ばれた
よ。悪魔に、怪物、化物………。そういや、太陽の化身とか言われた事もあったな。そし
て、今度は宝玉かい? 何なんだよ、自分の都合の良いように、俺を変えやがって………。
俺は操気弾! エネルギー弾なんだよ!! それに、どうせお前らだって、発見そのもの
を喜んでるわけじゃないんだろ? 新発見をした学者として、名を成せる自分の未来の姿
に喜んでるだけだ。俺も昔そういう時期があったから、よ〜く分かるぜ。俺はお前ら如き
の踏み台になるつもりはねェッ! 今度こそ、自由をもぎ取ってやるんだァァ!!」


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