">remove
powerd by nog twitter


Saiyan Killer




第142話

『確かに…ヤムチャの言う通りだった。ソン・ゴクウ…この男の技術や
 パワーは凄まじいが……完全無欠という訳ではない…!!』
2ヶ月前の記憶が走馬灯のように蘇る。あの日以来、(主にヤムチャが)
苦心して編み出した狼牙操気拳が悟空にヒットしたのだ。
先ほどまでのように不意打ちではない。正面から向かっていってダメージを
与えた事の意味は大きい。もちろんいまだに力の差は歴然だが。

「はぁぁぁぁぁっっ!!!」
ボゥッッッ!!
さらに赤い赤い火柱が立ち昇る。真っ赤なそれは、あるいはマーリン自身の
心の炎なのかもしれない。そして少女は大きく大地を蹴る。赤き炎を纏って。
「……ちっ…ィィっッ……!!」
べったりと手についた血を振り払い、悟空が攻撃中心の構えを取る。流れを
変えるには守勢に回ってはいけない事は承知している。今のこのマーリンの
勢いを止めなければならない。絶対に。
「つぁららららーーッッ!!」
マーリンの牙が鋭く疾る。そして気弾がその動きにシンクロし、5方向から
悟空を容赦なく襲う。
拳をかわしたところを気弾が狙い、またその気弾をかわせばもう一つの
気弾や拳が降り注ぐ。悟空の攻撃は気弾たちに阻まれ、手を出したとしても
弱い手打ちにしかならなかった。

「はいはいはい〜〜!!! つあぁぁぁぁーーーッッ!!」
バキィッ!! ズバアァッッ!! ガギィッッッ!!!
もはや滅多打ちだった。いくら悟空と言えども、上下左右、あらゆる方向
から繰り出される攻撃から、完全に身を守る事など不可能だった。
とんとんとマーリンが軽くバックステップし、そこから一気に悟空の懐へ
飛び込む。その身体ごとの拳が悟空の顔面に狙いを定めて。
「…ずぁりゃあああッッッ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
そのマーリンのパンチに、悟空が渾身のカウンターを合わせる。
だが。
ヴォゥアッッッ!!!
突っ込むマーリンの身体がギリギリで沈み込み、プラチナブロンドの髪を掠め
ながら悟空の恐るべき拳が虚空を引き裂いていく。そして視界から消え行く
少女の頭の代わりに目に飛び込んできたものは…操気弾だった。

「な…っ…頭を盾に……!!??」
そう、マーリンは自らの身体を囮として、悟空からは見えない位置…つまり
自らの頭のすぐ後ろに気弾を置いていたのだ。カウンターを誘い、それのさら
なるカウンターを取るために。
ベギィィィィッッッ!!!!!
それを理解した瞬間、カウンターのカウンターによる、凄まじい威力の気弾が
悟空の顔面を激しく襲う。あまりの衝撃に耐え切れず、数瞬の後に気弾そのもの
が木っ端微塵に破裂する。
「…操気弾…影狼(かげろう)……」

「が…は………っ」
ぶすぶすと顔面から煙を上げながら、よろ、よろ、と悟空の足が二歩三歩を
踏む。
そして…ゆっくりと悟空のヒザが、地面に吸い込まれるように落ちていった…。



第143話

ザシャッ……
悟空のヒザがゆっくりと地面に落ちる。うつむき、腕は力無くだらりと
垂れ下げられていた。ぽたり。ぽたりとその腕から血が滴り落ち、小さな
血溜まりを地面に作る。
『…や…やった…のか………!?』
そんな悟空の様子に、マーリンが思わず声を上げそうになる。だがすぐに
気づく。いまだ彼の身体からは、恐ろしいほどの戦闘力を感じられる事に。

一方、悟空はこれまでの戦いを振り返り、半ば呆然としていた。明らかに
自分が力では上回りながら劣勢を強いられている事実に。なぜこんな少女に
…しかも一度目の戦いでは、勝負にすらなり得なかった程度の相手なのだ。
認めたくはないが、自分の心に慢心があったのは確かだ。その上、少女を
舐めていた事も。それゆえ常に先手を取られてきた。マーリンの、そして
ヤムチャの筋書き通りにまんまと乗せられてきた自分に、怒りで最後の理性
さえ吹き飛びそうになる。
だがそれは何としても抑えねばならない。ここで狂えばそれこそ相手の思う
ツボだ。認めねばならない。このマーリンという少女が、かつてない『強敵』
である事を。

「………なっ……!」
すっ、と悟空が立ち上がる。まるで何事も無かったかのように。思わず目を
疑うマーリンだったが、あわてて気持ちを戻す。
べっとりと手についた血を振り払い、悟空が大きく深呼吸をする。静かに
見開かれた目からは、もはや一切の迷いも気負いも見られなかった。
「波ァァァァァッッ!!!」
大きく息を吐くと同時に、悟空の必殺のかめはめ波が放たれた。


「……!!??」
突然のかめはめ波に、さすがのマーリンも一瞬怯む。まともに食らえば大
ダメージ、悪くすれば一撃で終わりかねない。とっさに空中へジャンプして
逃れる。だが。
瞬間的に飛び上がった先、その自分のすぐ傍に悟空の気配。おかしい。
いくら何でも速過ぎる。有り得ない。
まとまらない思考が瞬間的に頭を走る。そうしている内に悟空の姿を目の端に
捉えた。堅く硬く握り込まれた拳が自分に迫っていた。
「…瞬間…移動…!!!???」

ガッッッッツツ!!!!
「ぐあぁっっ…ああッッ!!」
かろうじてガードが間に合った。しかし、ガードしてもなおその衝撃はマーリン
の胸部に大きなダメージを刻む。
痛みで涙がこぼれそうになるが、そんなヒマなど悟空は与えない。畳み掛ける
ように更に拳を繰り出す。
「うりゃあぁぁぁぁぁッ!!!」
「くっ……うッ……!!」
痛む胸を押さえながら、必死に意識を回避に集中する。一発一発が身体を掠る
たび、マーリンの身体が総毛立つ。もしもう一発でも悟空の渾身の一撃を
食らえば、それだけで全ては終わってしまうのだ。



第144話

必死で悟空の攻撃を避け続けるマーリン。時折り、そのパンチをもらって
しまう事もあるが、かろうじて直撃だけは防いでいた。しかし圧倒的な戦
闘力の差は例えガードの上からでも、決して小さくないダメージを少女に刻み
込んでいく。
「だだだだだだーーーーーーっッッ!!!」
「ちぃぃッッ!! ちぇりゃーーーーッッ!!!」
だが悟空も無傷と言う訳にはいかなかった。わずかな隙を突いて繰り出さ
れるマーリンの狼牙操気拳も、悟空の身体の至る所に確かな傷跡を残していく。

「たぁりゃーーーーーーッ!!」
悟空の渾身のサイドキックがマーリンの細いウェストを襲う。とっさに
それを回り込んで避け、そのままバックブローをお見舞いする。紙一重で
悟空もそれを避けたものの、さらに気弾が追い討ちをかけ、空中で体勢の
崩れた悟空に2発の気弾が命中する。しかし直撃にもかかわらず大して効いた
素振りも見せず、一瞬大きくよろめいた次の瞬間には、開いた距離を再び瞬間
移動で詰める。

一見互角のような攻防ではあるが、実際にはマーリンが押されている事に
間違いはなかった。内容としてはマーリンの方が上回っているが、ただの
一撃でもまともに食らえば終わってしまいかねない少女と、何発もの攻撃を
受けてなお致命傷にには至らない悟空とでは、そもそも条件が違いすぎる。
このままの状況が続けば、いずれその天秤が悟空に傾くのは火を見るより
明らかだった。

『ち…まずいな…。悟空のヤツ…まるで隙を見せなくなりやがったか…』
ヤムチャの顔にかすかに焦りの色が浮かぶ。
先ほどまでとは違い、悟空はマーリンに決してペースを握らせない。絶対的な
インファイトに持ち込み、少女に操気弾を操るヒマを与えないのだ。そして
距離が開けば瞬間移動で即座に詰める。少々ダメージを受けたとしても、半ば
それを無視するかのような戦い。

悟空にしてみれば『肉を切らせて骨を絶つ』作戦で、相当パワーも低下して
いるのだが、それでもその戦い方を続けていけば、先に潰れるのは間違いなく
マーリンだという事を悟空はとっくにお見通しなのだ。
ピッコロもようやく安堵の表情を浮かべている。悟飯は少し微妙な感じでは
あるが、それでも父親の勝利を確信しているようだった。

やがて、二人の戦場が再び地上に戻る。はぁはぁと荒い息をつく両者だったが、
すでに勝負は決したかのように見えた。ようやく悟空にもかすかな笑みが浮かぶ。
「…どうやらここまでのようだな…だがオレをここまで追い込むとは…
 たいした女だ…おまえは……」
そう言いながらも悟空は油断無く体勢を整える。マーリンはと言えば、すでに
戦闘力は最初の3分の2近くにまで落ち込み、限界がもうすぐそこに来ている
事を感じさせていた。

だが。その目はいまだ揺ぎ無い勝利への確信に満ちていた。



第145話

ざっ、と悟空が足元の砂を軽く蹴る。そして大きく構える。終わらせる気
なのだろう。
もはやマーリンに敗北を宣言させるつもりなど悟空には無かった。そんな
半端なもので終わらせたくは無い。どちらかが動かなくなる事だけが、こ
の戦いを完結させられる。そう感じていた。例えそれがどちらかの命が失
われる結果になったとしても。

すでにマーリンの身体からは赤いオーラが失われていた。界王拳を解き、
構えすら取らずにただじっと悟空を見つめる。その目の色からは怒りも
憎しみも感じられない。
さすがにそれには悟空も面食らったが、あくまで油断せずに様子を伺う。
この少女が大人しく倒されるのを待つだけなどとは夢にも思わない。今
までの戦いで、それは十二分に理解している。
「…何か…まだ手でもあるのか…?」
静かに、どこか押し殺したような口調でマーリンに問う。
「あぁ……わたしも傷ついたが、お前のダメージはそれ以上だ…ずっと
 この時を待っていた……」

「…どういう事だ…? 確かにオレのダメージは大きいが、それでも
 今のお前を倒す事ぐらいはたやすいぞ…?」
にわかにはマーリンの言葉の意味が掴めず、不審げに悟空が言葉を返す。
「…さっきまでの戦いは全て、お前を削るための戦いだったのさ…
 ようやく届くようになった…ようやくな…!!」

「………???」


悟空にはマーリンが何を言っているのかまるで理解できない。確かに少女の
ダメージや体力は、自分に比べればずいぶんと余裕があるのは事実だ。それに
よって差は格段に縮まったとはいえ、まだまだ開きは大きいのだ。

「…っ…!」
その時、ぐらり、と大地が揺れた。その揺れが徐々に大きくなる。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ…!!

「な…じ……地震かっ…?……い…いや…違うっ!!」
ピッコロが驚いて叫ぶ。地球そのものが恐怖に震えているかのような凄まじい
振動が外にいる3人をも襲う。振動は地響きとなり、大地を、そしてクレーター
を大きく崩していく。もはや外も内も存在しなくなるのは時間の問題だった。
その震源に気づいたピッコロがわなわなと震えながら、それを凝視している。
「ば…バカなっ…なんだ……このパワーはッッ!!!」
その視線の先。
そこには。

マーリンがいた。ようやくその意図を見て取ったヤムチャが両手を口に添えて
大きく叫ぶ。
「よーーーーーしッ!!! 今こそ見せてやれマーリン!! 
 カイオウケンをーーーーーッッ!!!」



第146話

「か…界王拳だと!!?? どういう事だそれは!! 今まで使っていた
 のでは無いのか!?」
目を剥いてピッコロがヤムチャに詰問する。しかしますます激しさを増す
揺れに、もはや3人はそれどころでは無くなっていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ…………ッッ!!」
マーリンのこめかみ、腕や足にいくつも血管が走る。そしてその横を滝の
ような汗が幾筋にも流れ、足元には幾何学的な裂け目が無数に生まれては
それが大きく広がっていった。
「な……どうなってる……んだ…、こいつのパワーは……っ!」
眼前の少女から感じられ始めた途轍もない力に、さすがの悟空も驚きを隠せ
ない。すでに戦いが始まった直後のフルパワーすら軽く超えているのだ。
やがてマーリンの咆哮が止んだ。そして一呼吸置いて。

「海!!! 皇!!! 拳ーーーーーーッッ!!!!」

カッ……… ゴゥアァァァァァァァァーーーーーーッッ!!!
一瞬マーリンの身体が目も眩む閃光を放つ。そしてわずかに遅れて衝撃波
が疾る。危うく吹き飛ばされそうになった3人だったが、かろうじてそれを
堪え、再びマーリンに視線を戻す。
すでに大地の震動は、まるで何事も無かったかのように止まっていた。そして
ゆっくりと巻き上がる砂塵の中から少女が姿を現す。その身体に、ほの青き
白銀の炎を纏って。

「ち……違う…、界…王拳じゃないぞ…。なんだ…あの気は……」
呆然としながらピッコロがつぶやく。界王拳の特徴的な赤いオーラではなく、
今マーリンの身体から噴き上がっているのは、かすかに青みがかった銀色の
オーラである。その中心の少女もまた、金色に輝く悟空と対照的に全身を
まばゆい銀色に染め上げられていた。
「…あれは界王拳じゃない…。『海皇拳』さ。
 あいつ自身が生死の狭間で…って言うか、マジで一度死んだんだけど…
 その時の事をヒントに編み出した、界王拳を超える界王拳…超界王拳っ
 てとこだな」
複雑な表情で一応ピッコロにヤムチャが解説を送る。そしてその表情が
意味するもの。それは。

「ただし、あれは界王拳なんか比較にならないぐらい神経を使う技だ。
 なんせ一歩間違えたら…暴走して自分がバラバラに吹っ飛んじまう
 危険さえあるんだからな…。
 それに何より…パワーに身体が持たない。せいぜい1分が限界なのさ…」
想像を絶するヤムチャの言葉に、ピッコロと、そして悟飯の顔が色を失う。
もう誰もこの戦いの結末を予想する事はできなかった。いや、予想する
事すら許されない気がしていた。ただじっと目を逸らさず見続ける。それ
だけがこの場にいる者の出来る全てだった。

「残り……1分……。ここに全てをかける…!! 行くぞっ!!
 ソン・ゴクウーーーーーッッ!!!」



第147話

それは冷たい炎と形容するしかない、不思議なオーラだった。熱など
感じさせず、それでいて温度は赤く燃え盛る火などとは比べ物にならない
熱さの炎。燃焼の極限とも言える、バーナーを思わせるそれをまといながら、
マーリンが一直線に悟空に迫る。
ヴォウッッッ!!!
少女の拳が唸る。咄嗟にそれをガードした悟空の表情が驚きに変わった。
ミシィ……ッッ!!
『な……なんて重い…パンチだ……ッッ…!!!』
マーリンの体格からは想像もできない重い重い拳。それがガードした悟空
の腕に、くっきりとした跡を残す。

さらにもう一撃。再び悟空の腕に衝撃が走る。芯にまで響くその威力に
悟空の認識がはっきりと切り替わる。
『こ…いつのパワーは本物だ…ッ!! 今のオレ並みか…それ以上…!!』
まだこれほどの力を隠していたのかと驚嘆する一方、さっきまでの心理的な
優位さはどこかへ消えてしまっていた。マーリンの背水の拳の勢いに飲み
込まれそうな自分を必死につなぎとめる。

そしてさらに一撃が放たれる。だが今度はそれを悟空は上空に飛んで
避けてみせる。狙いは空振りの後の一瞬。
ブゥゥンンンッッ!!!
案の定、大きな空振りの後にバランスを崩すマーリン。そこへ今度は悟空の
気功波が放たれた。
ヴァッッッ!!!
回避できるタイミングではなかった。だが、それはそもそもマーリンの動き
を止め、その後に機先を制するためのつなぎだったのだから、ガードさせ
られればそれで良かった。悟空はそのつもりだった。しかし。

「うぉぁあああああああッッ!!!」
その気功波を少女は…崩れた体勢のままで跳ね返した。そしてお返しと
言わんばかりに、体勢を崩すであろうと予測し、それに対する攻撃の態勢に
入ろうとしていた空中の悟空に、連射で気功波を放つ。
「くっ……!! やばい……ッッッ!!??」
何とか初弾をギリギリでかわし、すかさず瞬間移動で地上のマーリンの
背後に移動する。マーリンも気がついたものの、さすがにどうしようも
なかった。
ドギャアッッッ!!!!
悟空の剛拳をしたたかに食らい、ダウンしそうになったが、かろうじて
それをこらえる。そして間を置かずに更に反撃に出る。
状況はまったくの五分だった。



第148話

「うぉぉぉおおおりゃあああッッッ!!!!!」

「てぃりゃあああああああーーーーーーッッ!!」

紛れも無く、宇宙で最強の力がぶつかりあっていた。伝説の超サイヤの
力と、ひたすらに練り上げた珠玉の力が。それはまるでお互いにぶつかり
あう事で、さらに強く結びつこうとする何かの意思すら感じさせた。
「おおおおおぉぉっ!!」
「はぁあああああぁぁっっ!!」
クレーターの中央…と言っても、すでにそれは崩れて形を成しては
いないのだが、かつてクレーターであった場所、その中央の位置からは
離れた場所で死闘は続いていた。

それはまさに死闘と呼ぶにふさわしい、極限の戦い。
もはや悟空も、そしてマーリンさえもそれまで見せていたテクニックなど
関係ないとばかりに、ただただ持てる力を振り絞っていた。
ズガァッ!! ドズゥッ!! ベギャッッ!!!
吹き荒れるその拳のひとつひとつさえが、一撃で星をも砕くエネルギーを
秘めている。それらをまるでキャッチボールのようにやり取りする二人。
想像を絶するレベルの戦いに、呼吸する事も忘れたようにヤムチャたちは
魅入られていた。

「…っりゃああッッ!!」
マーリンのボディフックが悟空のわき腹に突き刺さる。身体をくの字に
曲げて、その顔に苦痛の色が浮かぶ。だが、歯を食いしばってすかさず
反撃に移る。ほぼ密着した形のマーリン、その隙だらけの頭が誘うように
揺れる。かすかに迷いながらもそこ目掛けて悟空は拳を振るう。
メギャッッ!!
まるでよける素振りも見せず、易々とそれはマーリンの顔面を捉える。
確かな感触をその拳から受け取った悟空だったが、マーリンは意に介した
様子も無く、再び悟空のボディを激しく穿つ。
「ぐ…くっ…!! な……ばかなッ……!!」

この時点での二人の戦闘力は、わずかにマーリンの方が上だった。だが、
それはほんのわずかに過ぎず、ほとんど互角と言える。しかもナチュラルな
悟空に対して、マーリンは半ばドーピングのような海皇拳での結果である。
たとえ数字の上では同じでも、実際の差は決して少ないものではなかった。
しかしそんな事をまるで感じさせない。

執拗なマーリンのボディ攻撃が続く。右へ左へ容赦なく叩き込む。悟空の
表情が苦痛から苦悶へと変化していく。浴び続けたパンチが横隔膜を痙攣
させ、呼吸困難すら引き起こしかけていた。
「くっ…そぉぉっッ!!」
それはもしかしたら、悟空の人生の中で初めての事だったのかもしれない。
敵を倒すためではなく、敵から逃げるためにこの技を使うのは。

「……ッ!!!」
マーリンの拳が空を切る。狙いを違えた訳ではない。悟空の姿はもうそこ
には無かった。



第149話

「ハァッ…ハァッ……… くっ……」
そこはヤムチャたちのいる、クレーターの外周のすぐそばだった。マーリン
からおよそ数十メートル離れた場所に、とっさに瞬間移動で逃れたのだった。
ややあって、ようやく事態を理解した少女が顔を上げる。それを見て思わず
悟空、いや、ヤムチャたちでさえ息を呑んだ。

悟空からは位置的に見えなかった。だから気がつかなかったのだが、先ほど
の悟空のパンチは間違いなく少女にヒットし、ダメージを与えていたのだ。
顔を上げたマーリンの顔面は、ぞっとするほど赤く赤く染まっていた。
ぽたり、ぽたりと地面に赤い花を咲かせていく。
よく見れば鮮血に塗れているのは顔だけではない。腕も足もボロボロの
状態だ。すでに立っている事すら苦痛に感じるレベルに違いなかった。
「ッ…… オ……オレは……っ……」
己の無様な行為に一瞬、我を忘れそうになる。思わず呆然としながらヤムチャへ
振り向く悟空だった。

「……………」
ヤムチャは何も言わなかった。だが、その目が全てを悟空に悟らせる。
少女に残された時間、そしてこの戦いそのものが、あとわずかである事を。
ぎり、とヤムチャたちにさえ聞こえそうな大きな歯噛みをひとつすると、
再びその両の目がマーリンを真っ直ぐに捉える。
マーリンにもそれが伝わったのか、その両腕をゆっくりと天に掲げていく。

残された時間は少ない。しかし、闇雲に突撃など出来るはずも無かった。
この一撃でおそらくは全てが決する。それは悟空とマーリンの二人だけ
ではなく、ヤムチャたちもそう感じていた。
間合いは数十メートル。だが悟空たちにとってそれは、瞬きするほどの
距離ですらない。

言うまでも無くマーリンの狙いはカウンターだ。充分にスピードと体重を
乗せた悟空の突撃を完璧に見切り、必殺の技を叩き込む。そのためには
悟空の動き、特に初動を完全に見切らなければならない。対する悟空は
いかに虚を突き、マーリンの想像を超えるスピードで迫らねばならない。
まるでガンマン同士の早撃ち勝負のような緊迫感が漂う。相手の一挙手
一投足の全てが見逃せない。焦った方が負ける…この場にいる誰もがそう
感じていた。

ぽたりと悟空の顔から汗が滴り落ちる。マーリンの顔からも血と汗の入り
混じったものがひとつ、またひとつ零れ落ちる。ほんの数秒しか経って
いないはずなのに、数時間が経過しているような濃密な時間が流れていく。
このまま対峙を続けていれば、早晩マーリンは力尽きる。そうすれば勝利は
悟空に転がり込むのは明らかだ。だが、そんなものを悟空が望むはずなど
なかった。



第150話

ダァッンッッ!!!
そしてついに前触れ無く、悟空の身体が引き絞られた弓から放たれる矢の
ように疾った。大きく地面を蹴り、その反動で一気に加速を掛け、そのまま
舞空術のギアをトップに叩き込む。
マーリンの腕にも急速に気が集中し始める。肉体の限界を超えて。

「ずありゃあああああーーーーーッッ!!!」
何の小細工もない、ただただ全力の拳。宇宙最強と伝説にまで称えられた
超サイヤ人の意地とプライドを乗せた、「力」そのもの。
そしてそれを迎え撃つは、マーリンの全てを込めたこれだった。


「…ファイナル……メガスピアード!!!」


カッ………!!!!

やや日の落ちかけてきた荒野に閃光が走る。悟空の拳とマーリンの
ファイナル・メガスピアードがぶつかりあうスパークが荒野を淡く
照らし出していた。
「ぎぎぎぎぎッッ……!!!!」
「お……ぉおおおおおッッ!!!」
一点集中による驚異的な威力を誇るマーリンのファイナル・グランスピ
アード、それをさらに改良したメガスピアードだったが、悟空の拳もまた
限界まで気を集中し、その威力を受け止めていた。
状況はほぼ互角。だが、ただの拳と気功技とでは持続させられる時間が
違う。それでなくとも海皇拳を使っているマーリンの疲労は精神的な
ものも含め、今でも限界ギリギリなのだ。

「ぐぐっ……ッッ……」
徐々に均衡が破られつつあった。当然押しているのは悟空である。技を
形成する腕はぶるぶると震え、少しづつ身体も後ろに押されていた。
いける。そう確信をする悟空がさらに拳に力を込める。ここを超えれば
少女に残る手立てはもはやゼロである事は疑う余地も無い。自分の余力
など考える必要も無い。全身から残された気の全てを拳に送り込む。
そしてついに。

ッヴァァァァンンンンッッッ!!!!
少女のファイナル・メガスピアードが…木っ端微塵に吹き飛んだ。いや、
悟空の、超サイヤ人の凄まじい力にかき消された。
「……ッッッ!!!???」
その光景に目を疑うマーリン。それとは対照的に、悟空の口元に薄く笑み
が浮かぶ。
勝った。そう確信する。あとはこのままこの拳を少女に叩き込めば、それで
全てが終わる。最後の力を振り絞り、一気にマーリンに肉薄する。
少女の拳もそれを迎え撃つ。残された力など無い。ただ、このまま倒される
のを待つだけなど耐えられなかった。



第151話

まるで水の中のように、マーリンの意識と視界全てのものがゆっくりと
動いていくように見えた。
悟空の拳もゆっくりと、しかし確実に自身に迫る。むろん自分の拳も
悟空に迫っている。だが届かないのは判っていた。悟空の方はそれを
見も意識もしていない。ただ己の一撃に全てを集中していた。

しかし。
「ッ………!!!??」
不意に悟空のセンサーが信じられないものを感知する。
『気が…2つ……!!??』
目の前の少女から、突然気を二つを感じた。だがそんな事は有り得ない。
咄嗟に脳裏に浮かぶのは、さっきまでの操気弾トラップの数々だ。この
土壇場でまた罠を仕掛けてきたのかと悟空は思った。
だがそのもう一つの気は、マーリンに比べれば途方も無く弱く、か細い気
だった。混乱し、その拳が一瞬迷う。その刹那。

…バァキィィッッ!!!!

当たるはずなど無かった、マーリンの拳が悟空の顔面を捉えた。

「〜〜〜〜〜ッッ……!!!???」
まるで注意など払っていなかったマーリンのパンチを受け、吹き飛んでいく
悟空。凄まじい己自身のパンチの威力を乗せたカウンターに、一瞬何が
起きたのかすら理解できなかった。
本来ならば決して当たるはずのないパンチ。それが悟空に出来た一瞬の隙と
意識の空白が足りなかった時間を埋めた。

ドガァァァァッッ!!!!
マーリンの起こした地割れによって出来た岩山に、激しく悟空が叩きつけられる。
粉々に崩れ、それに悟空が埋もれていく。
「そ……孫ッ!!!」
「お父さんーーーっっ!!!」
思わず駆け寄るピッコロたちだったが、ヤムチャは動かなかった。

わずかな間を置いて、ゆっくりと悟空が瓦礫の下から顔を出す。すでに
その身体からは金色のオーラは失われていた。
じゃりっ、と再び大地に立つ。その視線はマーリンに注がれていた。が、
くるりと向きを変え、ヤムチャの方に歩き出す。
「……お…おい、孫! どうした! まだ戦いは終わって……」

「この勝負…オラの負けだ…」



第152話

「な…何を…。貴様もヤツもまだ……」
目を白黒させてピッコロが問う。それも当然の疑問だった。超化は解けた
と言っても、まだ続行不可能なほどのダメージは悟空には無い。むしろ
マーリンの方こそ海皇拳も解け、体力の低下もダメージも大きいはずなのだ。
「…ピッコロ…おめぇ、気がつかなかったか? オラがさっきぶつかった
 場所を見てみろ…」
「……???」
悟空の言っている事がよく掴めないピッコロだが、言われるままに辺りを
見回す。そしてその表情が段々と驚きに変わっていく。

クレーターはすでに痕跡をかすかに残す程度でしか存在していなかったが、
それでも悟空の言わんとするところは理解できた。
「ま…まさか……このクレーターが…武舞台だったというのか…!?」
「そうだ。それでオラがぶつかったところはその外……つまり、オラの
 場外負けだ」
「なっ…何をバカな!! これは試合じゃないぞ!? そんなものは
 貴様が勝手に思っているだけじゃないのか!?」
あまりにあっけなく負けを認める悟空に、何故か怒りを見せるピッコロ。
ライバルと認める男の不甲斐ない姿に、我慢がならないのかも知れない。

「…さっきの戦いを思い出してみろよ。オラもあいつも、一度もそこから
 出なかった。
 それにオラは戦う前…武道家としてこの戦いを受けるって言ったろ? 
 だったらなおさらだ」

呆然とするピッコロを置き去りにして、さくさくと悟空は歩を進める。
そしてヤムチャの傍らに静かに立った。
「ヤムチャ…オラの負けだ。おめぇもあいつも…めちゃくちゃスゲェ奴
 だったな」
振り向きもせず、ヤムチャが軽く笑う。気づくのが遅いんだよ、と。
「…じゃあオラは帰ぇるぞ。あいつが目を覚ます前にな」
「あぁ。次に会うのはしばらく後だな…」
「…あいつはどうすんだ? このまま地球にいるのか?」
「さぁな……」
「そっか。ま、よろしく言っといてくれ。それと、これで一勝一敗だから
 次はオラが勝つってな」
にやりと不敵な笑みを悟空が浮かべる。それを受けて、ようやく振り向いて
ヤムチャも笑う。

そしてゆっくりとヤムチャと、最後のパンチを放ったままの姿勢で気を失い、
それでもなお武舞台の中に立ち続けるマーリンに背を向けて歩き出す。
それに遅れまいと悟飯がぴったりと寄り添う。
「…お父さん…大丈夫……?」
心配そうに顔を覗き込む悟飯に笑顔を見せる悟空だったが、実の所は
それほど余裕がある訳でもなかった。
「へへ…ちょっと腹が減っちまった…やっぱ…エアカーで来た方が…
 良かったかも…な…。
 早く帰ってチチのメシを腹一杯食いたいや……」
悟飯が父の強がりと痛んだ身体を笑顔で受け止めながら、ふわりと浮き上がり、
帰路に着く。この戦いは彼にとっては一生忘れられない記憶となるだろう。

『ボクもいつか…あの人みたいに強くなる。だってあの人は……』



第153話

「……ん……っ」
「…やれやれ、ようやくお目覚めか? まったく最後の最後までお前
 らしいと言えばらしいよ…」
ゆっくりとマーリンの瞼が開かれていく。いまだ定かではない目に写る
のは、すぐ隣にいるヤムチャと、その大きな腕だった。
「……ここ…は…?……」
身体を起こしながら誰ともなくつぶやく。案の定、記憶が途切れている
ようだった。まるで出会った時の様だと苦笑しながらヤムチャも身体を
起こす。

そして段々と少女の意識がはっきりと覚醒していく。とっさに気を高め、
思わず悟空を探す。
「…落ち着けよ。もう戦いは終わったんだ」
そんなマーリンに柔らかく声を掛けるヤムチャ。その声はこれ以上無い
ほどに穏やかだった。

「お…わった…? ソン・ゴクウ…との戦いが……?」
呆然としながらマーリンが問いかける。当然だろう。彼女の記憶は
ファイナル・メガスピアードを破られた辺りで飛んでいる。後はほとんど
無意識で動いていたのだから。
「ああ…いい戦いだった。さすがは俺の一番弟子の事はあるぜ。悟空も
 認めてた。お前はすごい奴だってってな」
「…でも……勝てなかったんだな……わたしは……」
残念そうな、それでいてどこかさばさばとした表情でマーリンが一人ごちる。
「……やれやれ、そんな事も覚えてないのかよ…お前は勝ったんだよ! あの
 悟空に、超サイヤ人にな…!!」
にいっと歯を見せてヤムチャが笑う。ぽかんとした表情を浮かべるマーリンに
途切れている部分を話す。最後の最後に起きた、奇跡的な幕切れを。
「勝った……? わたしが…ソン・ゴクウに……?」
「そうさ。立派な勝利だった。もっとも、おまえもその時点で立ったまま
 気を失ってたけどな…。でもくやしそうだったぜ? 悟空のやつ!
 あははははっ!!」

にわかには信じられなかったが、言われてみれば確かに拳には最後の
パンチの感触がかすかに残っていた。あの最後の、半ばヤケクソのパンチが
どうやってかは判らないが当たったらしい。偶然だとしても、運も実力の
内と常々考えているマーリンには、紛う事なき勝利に違いなかった。
少しづつ、少しづつ勝利の喜びが少女の身体を満たしていく。

ふと周りを見ると、辺りはすっかり闇に包まれていた。やや辛そうにして
マーリンがようやく立ち上がる。
「…悪いな…もう仙豆は無いんだ……」
そんなマーリンを見て、すまなさそうにヤムチャが詫びる。あれほどの激闘
の後である。少し寝ていた程度で回復するはずなどなかった。だが。

「…仙豆なら、あるぞ」



第154話

突然響いた声に、咄嗟に緊張する二人だったが、静かに近づいてくる
覚えのある気にようやく安堵する。
「…なんだ…神様とミスターポポか…。どうしたんです? 急に」
ふわふわと絨毯に乗って舞い降りてくる神様とその付き人に、ほっと
しながら声を掛けるヤムチャだった。
「ふっふっ……驚かせたようだな。だが許せ。この仙豆に免じてな……」
そう言いながらヤムチャに小さな欠片のようなものを投げる。

「え!? で…でもそれは無理って言ってたんじゃ……」
そう言いながらも喜びを隠せないヤムチャだったが、手の中のモノを見て呆気
に取られる。
「こ…これ……」
それは仙豆とは名ばかりの破片だった。
「…そんな顔をするでない。私にも立場と言うものがあるのでな……」
苦笑いをしながら神様も地面に降り立つ。そして改めて仙豆の破片を
飲むように促す。
半信半疑のまま、それをマーリンの口に含ませるヤムチャだったが、
破片とはいえさすがは仙豆だった。みるみる内に傷がふさがっていく。
もっとも、体力まで完全には回復はしなかったが。

「…すべて見させてもらっておったよ。見事な戦いだった…これは私からの
 せめてものプレゼントだ。最後まで望みを捨てず、勝利を掴んだ真の戦士
 へのな……」
しわにおおわれた顔からはよく判らないが、神様は笑みを浮かべている
ようだった。
「実に素晴らしい戦いだった……正直なところ、お主が勝つ見込みは
 一割も無いと思っておった。だが、お主はその予想を見事に覆した…
 本当に……大した娘だ…お主は」

目を細めながらマーリンを賞賛する神様に、思わずマーリンが疑問を口に
する。
「…どうしてだ…? ソン・ゴクウはあなたの弟子なのだろう? そして
 今はこの星の守護者でもある。しかも自分の予想が外れてもなお、何故、
 わたしの勝利を祝ってくれる……?」

突然投げ掛けられた問い掛けに、一瞬言葉を失う神様だったが、再び破顔
すると大きく声を上げて笑い始めた。
「………?…」
「…ふはっはっはっ…そうだな……。ま、いずれ判るだろう…いずれな」
狐につままれたようにぽかんとするヤムチャたちだったが、所詮神ならぬ
身には判るはずも無いと諦めるのだった。
そして。
ピピピピッ! ピピピピッ!
あの死闘の際にも奇跡的に無事だったスカウターが突如鳴り始めた。



第155話

静かに少女の指がスカウターの通話ボタンを押す。耳に飛び込んでくるのは
例のノイズまみれの切羽詰った声だった。
しばらく状況を聞き、いくつか言葉を交わす。そして。
「…ああ、問題はクリアした。これからそちらに向かう。それまで何とか
 持ちこたえておいてくれ」
かすかに漏れ聞こえる音声からは、言葉は判らなくとも歓喜に溢れている
風にヤムチャにも感じ取れた。

「…宇宙へ…戻るか………」
「ああ…。この地球での…わたしの戦いは終わった。なら、また新しい
 戦いへ赴くだけだ。わたしは…戦士なのだから……」
神様の問い掛けに明確に答えるマーリン。その表情は言葉ほどは明確では
なかったが。
「では服は元に戻すとしよう…そのままでは不便であろうからな」
そう言うと神様の指が光を放つ。一瞬の後、マーリンの身体は最初と
同じ戦闘服をまとっていた。
「何から何まで…あなたには世話になったな……」
苦笑しながら神様にそう謝辞を述べる。ふと見ればミスターポポが傍に
立っていた。その手につい先ほどまで自分の着ていた道着を持って。


相変わらず読みにくい表情のポポだったが、どことなく別れを惜しむような
顔だった。
「え……これは…くれるのか……?」
無言のまま頷くポポの差し出す道着を受け取り、改めて二人に礼を言う。
そして、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「……ここまでされては、わたしも何もしない訳にはいかないな……
 ぱふぱふとやら…してやってもいいぞ?」
驚くべき提案を口にするマーリン。だが。
「ポポ、今日はあきらめると言った。だからまた今度。
 …いつでもいい。だから絶対にまた地球に来い。その時まで取っておく」
にこりともせずに、そう言い放った。感情を感じさせない口調だったが、
その声色には明らかな優しさを含んでいた。

下を向き、何かを必死にこらえるマーリンの肩に、そっとヤムチャの手が
乗せられる。
「…そろそろ行こう。もう時間が無いんだろ……?」
その言葉にはっとするマーリンだった。もう一度ふたりに礼をし、ゆっくりと
その場所を後にする。何度も振り返りながら。

「…あの娘は…勝ったのだな…。ふたつの血と宿命に……」
「……? 神様…?」
「私も……いや、私たちもいつか…、…それを受け入れねばならん…
 なぁ…ピッコロよ……」
誰に聞かせる訳でもなく、神様が一人ごちる。だがもう一つの半神にも
それは届いていると信じたかった。




第156話

先ほどまでの荒野から、しばらく行ったところにそれはあった。半年
近くの月日を感じさせるように、それは自らが穿った大穴に半ば埋没
さえしていた。
「へぇ…こいつが宇宙船か……思ったよりも小さいんだな」
そのすぐ傍に降り立ちながら、ヤムチャが感心したのか呆れたのか
判らないつぶやきを漏らす。
「基本的に一人乗りだからな…それに乗っている間はほとんど寝てる
 訳だから、別に問題はないぞ?」
リモコンを操作しながらヤムチャに応じる。しばらくするとかすかな
音を立てて宇宙船がゆっくりと浮かび上がり、その姿を完全に現した。

プシュッ…
静まり返った夜のしじまに、やけに響く音を立ててハッチが開く。中を
覗き込み、何やらマーリンがあれこれと操作を始める。半年近くも放置
していた割には、何の問題も無いようだった。もっとも、そんな程度で
どうにかなる代物では、怖くてこんな用途には使えないのだろうが。
「うん……各機関に問題なし。エネルギーレベルも充分だ。これなら
 7日…いや、6日もあれば着く」
手早くチェックを終え、ほっとしたようにマーリンがつぶやく。その様子を
ヤムチャが優しげな、それでいて少し寂しそうな眼差しで見つめていた。



「…これで…いよいよお別れか…。俺もようやく自分の修行に専念できる
 ってもんだ。なんせ後1年半しか無いんだからなぁ…」
ヤムチャがまるで独り言を言うかのように、背を向けたままのマーリンに
声を掛ける。
「………」
「ま、いくら何でも俺じゃ主役にはなれそうもないからな。死なないように
 修行するって感じだけどな。はははっ……」
自虐めいた笑いを口にする。それでも笑いは笑いだ。湿っぽいサヨナラ
よりはずっとマシだとヤムチャは思った。そんな風に思いながらも、脳裏
にはこれまで過ごしてきたマーリンとの5ヶ月が浮かぶ。

出会いは最悪だった。いきなり戦いを挑んできて、しかもそれは勘違い
ときた。その後も隠れ家を消滅させられ、虎の子の仙豆も使われた。
そして引き受けた修行の日々。にわか仕立ての露天風呂。精神と時の
部屋での自分の逆ギレとマーリンの死、そして復活と覚醒……。
思い出すだけで暖かく、そして胸が締め付けられるような思い出に満ちた
5ヶ月だった。
何もかもが今となってはいい思い出だ。ただひとつを除いては。



第157話

その時、突然マーリンが背を向けたままヤムチャに声を掛けた。
「なぁ…ヤムチャ……前にわたしが言った事…覚えてる……?」
あまりに漠然とした、そして唐突な言葉にとっさにヤムチャは答える事が
できなかった。
「前に…言った事………? な…なんだっけ?」
女のこういう所だけは相変わらず苦手だとヤムチャは思う。ブルマもそう
だったが、とかく男からすれば些細な事を、ねちねちといつまでも覚えて
いては、事あるごとにそれを持ち出すのだから。
だが、マーリンの口ぶりはまるで非難の色など感じさせない。いまだ背を
向けたままで少女が続ける。

「……おまえは…この地球では弱いのかもしれないが、それ以外の世界
 では…ほとんど無敵と言われるレベルなんだ…」
そう言えば来て間もない頃、そんな風な事をマーリンが言っていたのを
何となく思い出す。だが、それが一体、今と何の関係があるというのか?
「この宇宙船は一人乗りだ…でも、それはあくまで基本的にであって…
 二人は絶対に乗れないという…訳じゃ…ないの……」
背中越しの声はかすかに震えていた。

少しの間、沈黙が流れる。ヤムチャにもさすがにマーリンの言わんとする
ところがようやく理解できた。そしてうつむき加減のままでゆっくりと少女が
振り向く。その目に一杯の涙を湛えて。
「…わたしと…いっしょに来て…欲しい。その方が…おまえにとっても……
 きっと…いい……! 
 人造…人間とやらは…ソン・ゴクウに任せればいいじゃないか!!
 奴が勝てないのなら、おまえにだって勝てっこない!! おまえが戦う
 必要も……この星に留まる理由もないじゃないか……!!!」
ずっとずっと心に押し殺してきた感情が一気にはじける。もう涙はすでに
とめどなく零れ落ちていた。

「だったら…!! わたしといっしょに星々を巡ろう…! その力をこの
 地球で腐らせるだけなんて……駄目だっ……! 宇宙には…おまえが
 必要なんだ……!!!」
突然のスカウト。だが、それは以前からマーリンが胸に秘めてきた想いでも
あった。
確かに今のマーリンには遠く及ばないとはいえ、それでもヤムチャの戦闘力
もフルパワーで50万近くに達するのだ。かつての宇宙の帝王、フリーザの第
一形態に匹敵するほどの力は、どこの勢力にとっても魅力的に違いない。
それはもしかしたら、侵略者への抑止力にもなり、宇宙全体の平和をも左右
するちからにもなり得る。
熱のこもった勧誘に、面映い心地のヤムチャだったが、答えは考えるまでも
なかった。



第158話

「…ありがたい申し出だけど…遠慮しとくよ。俺はそんな……正義の
 味方ってガラじゃないからな。はははっ…」
冗談っぽく流そうとするヤムチャに、かすかに少女の目に怒りが灯る。
「……だったらはっきり言ってやろう…地球にいる限り……おまえは
 何の役にも立たない…。ソン・ゴクウたちの引き立て役のままだ!!
 戦う機会すら与えられず!! もし機会が訪れるとすれば……それは
 おまえの死ぬ時なんだぞ!!」
かすかだった怒りが、放たれる言葉と共に激しさを増していく。まるで
駄々っ子のように首を振りながら、ついにはそれが絶叫へと変っていった。

そして、目を閉じ、マーリンの訴えをじっと聞いていたヤムチャの胸に
どん、とぶつかるものがあった。
「頼む……わたしと…一緒に来て…。わたしは…わたしはおまえに……
 死んで欲しくないんだ……っ!」
マーリンがその小さな拳でヤムチャの胸を叩いていた。何度も何度も。
そしてそっと頭を押し付ける。まるで涙でぐちゃぐちゃの顔を見られる
のを隠すように。
「……ありがとよ…でも、やっぱり俺は行けない。お前にやる事があった
 ように、俺にもまだここでやらなきゃいけない事があるんだ…」
そんなマーリンの頭を、優しくなでるように大きな掌で包み込む。だが、
その言葉ははっきりとした拒絶だった。
「…前に俺は、ある戦士にこんな事を言われたんだ。『終わってみるまで
 判らない戦いを無駄と決め付けるやつは戦士じゃない』ってな…」
びくりと少女の肩が震える。
「その戦士は、誰もが無理だと思っていた戦いに…最後の最後まであきら
 めずに立ち向かって…とうとう勝っちまった。俺は心底すごいと思った
 んだ。そして…俺もそうなりたいと思った。なれるんじゃないかって
 勇気ももらった」

静かに、だがきっぱりとした口調でヤムチャが淡々と続ける。
「俺は確かに悟空たちに比べれば弱っちい。でも、それは才能だとか
 地球人だからじゃない。自分自身と…本気で戦ってなかったからだ。
 だから今度こそ戦う。だから……お前とは行けない…。
 それに…力だけが戦いじゃないって事はお前も判っただろ? あいつらが
 きちんと戦えるようにフォローするのだって戦いさ」
 
ぴったりとヤムチャに抱きついたまま、マーリンの動きが完全に止まる。
ヤムチャの決心が揺ぎ無いものである事が、自分を包む腕から、いや、
全身から伝わるのを感じていた。
「…ヤムチャ…ひとつだけ聞かせて…。おまえは…その戦士の事……
 どう思ってた…?」
顔を押し付けたまま、少女がくぐもった声でぽそりとつぶやいた。



第159話

しん、とした静寂が闇を包み込んでいた。マーリンの発した問いかけが、
それをより一層に強く感じさせていた。
しばらくしてからようやくヤムチャが口を開いた。ゆっくりと選ぶように。
「…その戦士の事は…最初の印象は最悪だったな…はは。
 でも、今は…そいつの事が…好きだったと思う。俺にとって…かけがえ
 のない人だ…たぶん…これからもずっと……
 ま、向こうがどう思ってるかは判らんけどな! あっはっは!」
そう言って。まるで他人事のように笑うヤムチャだったが、その表情は
言葉ほどに明るくは無い。むしろ悲痛さを必死に押し殺しているようにも
見えた。

「…ふ…そんな心配などいらない…。きっとその戦士は……おまえの事を
 嫌いになど思ってはいない。それどころか…おまえの何十倍も好きだと
 思う…」
あの夜の事は一夜限りの夢、幻だと自分に言い聞かせてきた。だが、ヤム
チャにとってはどうなのか。それはずっと少女の心に重く圧し掛かっていた。
そしてそれはヤムチャも同じだった。
だが今、想いは重なっていた。それはきっと、ずっとずっと以前から。

ようやく顔を上げ、ずずっ、とすすり上げながらマーリンがヤムチャから
身体をはなす。もう涙は止まっていた。
そして一歩、また一歩ずつ後ろ向きで後ずさる。しっかりと視線はヤムチャ
から離さずに、宇宙船に戻っていく。
開いたままのハッチが少女を呼ぶ。急げ、早くしろ、と。


未練を断ち切るように、無言で乗り込み、手早く準備を進める。もうヤム
チャの決心は翻る事はないのだ。これが今生の別れとまでは言わないが、
次に会えるのがいつになるかはまるで判らない。ぼかしたカタチではあったが
お互いの気持ちを告白しあったふたり…特に知りたかったヤムチャの想いを
知ったマーリンにとって、それはあまりに辛い現実だった。

準備はすべて終わった。あとはハッチを閉じ、エンジンを始動するだけで
自動的に目的の星にたどり着く。大気圏を離れればコールドスリープも
始まる。次に目が覚める時、それは新たな戦いの始まり。
だがどうしてもその最後のスイッチが押せない。宇宙でも屈指の力を誇る
少女の指であっても、それは途轍もなく重く、固く感じられた。
その時、月明かりに照らされた宇宙船の中に影が差し込んだ。

「………?」
思わず顔を上げたその先に、ヤムチャがいた。

「……ャ…ヤム…」
驚いて名を呼ぼうとするくちびるを、そっとヤムチャが塞ぐ。ぽろり、と
もう一度だけ涙が頬を伝う。そしてヤムチャの手が、スイッチにかかった
マーリンの手に重なった。
カチッ……
小さな音をたててスイッチが入った。同時に、宇宙船から聞こえる低い
唸り声のような音が徐々に大きくなる。顔を離し、お互いを見つめる二人。
「…俺は死なないよ…何があっても生き残る。そして約束する……もし
 地球が本当に平和になったら…もう地球で戦う必要がなくなったら…
 連絡する。絶対にな」

「…そんな事は不可能だ…でも…うれしい…ありがとう、ヤムチャ…」
首を振りながらも冷酷な事実をに口にするマーリンだったが、ふと心に何か
が引っかかる。なにせヤムチャにはいつも驚くような発想で、自分の想像を
何度もいい意味で裏切られてきた。そういえばヤムチャから聞かされた物語に
登場する、数々の奇跡と、それをかなえる魔法のごとき玉の存在が無かったか…?

「「ドラゴン…ボール……!」」



第160話

二人の声がきれいに重なる。にやっと笑うヤムチャに、マーリンも精一杯の
笑顔で応えた。無論それで全ての不安が無くなる訳ではないが、生きてさえ
いれば可能性はある。それは細い細い、蜘蛛の糸ほどの可能性ではあるが。
そして、ゆっくりとハッチが閉じようとしていた。思わずこのままヤムチャを
拘束してしまえば…とも考えたマーリンだったが、するりと滑るように身体
を離して、あっという間にヤムチャは外に出る。

そして。
プシュッ……
ハッチが完全に閉まった。

「ヤムチャ!! 絶対だぞ!! わたしも…必ずもう一度……地球に
 来る!! どんな事をしても!! いつか…必ず!!!」
再びマーリンの目からは大粒の涙が溢れだしていた。小さな窓に張り付き、
どんどんと叩きながら必死に叫ぶ。その声が届いているかは疑問だったが、
それでも叫ぶ。そうする事が、今の少女に出来る全てだったのだから。
赤い窓越しに見えるヤムチャの口も、何事かを叫んでいるようだった。
それはマーリンには聞こえない。だが感じていた。ヤムチャの想いの全てを。

ふわり、とゆっくり宇宙船が地を離れる。それを涙に塗れながらヤムチャ
が見送る。ギリギリまでついていく事も出来たが、それはしたくなかった。
少しづつ宇宙船が小さくなっていく。それに向かって声を張り上げる。
完全に見えなくなるまで。必死に。声を枯らして。
「マーリーンーっ!!! がんばれよーーーっ!!! 俺も…がんばる
 からなーーーーーっ!!!」

ぐんぐんと宇宙船は高度を増していき、すでに大気圏を突破しようとしていた。
中にいるマーリンもようやく少し落ち着きを取り戻していた。ぺたんとシートに
身体を預けると、うっすらと眠気を感じ始めた。コールドスリープの準備が始
まったのだろう。
「……ヤムチャ…絶対に…もう一度……わた…しは……」
段々とその眠気が激しくなってくる。意識が深い深い底を沈み込んでいくのを
感じながら、遠ざかる地球を目に焼き付ける。必ず再びそれを目にする事を
誓いながら。


「ありがとう…ヤムチャ……」

あっという間に地球は、その他の星と同じ点となっていく。そして宇宙船も
また、小さな光の点となって星々の海へと帰っていった。


エピローグへ
インデックスへ
トップへ