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Saiyan killer



第121話


顎に悟空のアッパーを受け、槍投げの槍のような放物線を描いて吹き飛んで
行くマーリン。だが、少女はインパクトの瞬間、とっさに自らジャンプして威力を
半減させていた。手応えからそれを悟った悟空ではあったが、自らも空中に
飛ぶ事はせず、地上からただマーリンを凝視する。

自ら飛んで衝撃を減らしたものの、それでも強い痛みと衝撃がマーリンを
襲っていた。朦朧とする意識の中、ヤムチャの声が聞こえたような気がした。

『おまえは俺から何を学んだんだ…!』

はっと意識が覚醒する。また自分が力に溺れていた事に気づく。ベジータを
圧倒し、ねじ伏せた事で生まれた慢心が、超化すらせずに戦おうとする悟空
への苛立ちと相まって、あれほどヤムチャから学んだはずの事をすっかり置き
去りにしてしまっていた事に気が付いた。

『いいか? 前にも言ったが、精神と肉体をバランスさせ、統一しなけりゃ
 大きなパワーは引き出せない。無理にパワーだけを引き出したとしても
 精神がそれをコントロールできなければ意味が無いんだ。
 常に協調し、2つをひとつにするんだ。今のお前になら…それが出来る』

「はぁッ……!!」
くるりと空中で身体を捻る。そしてそのまま空中に留まり、悟空の方へ向き
直る。そんなマーリンを悟空がじっと見つめていた。まるでそうなるのを待っ
ていたかのように。
すぅっ、と悟空の身体も宙に浮かんでいく。ゆっくりとマーリンのいる高度に
達し、再び構えなおす。
「…ふぅぅぅぅ……」
小さく息を吐き、マーリンも構える。目的はあくまで超サイヤ人の悟空を
倒す事だ。だが、今の悟空をも倒せない者が、それを口にしていいはずが
無い。超サイヤ人は究極のサイヤ人なのだから。

ボゥッ…!!
再びマーリンが赤いオーラをまとう。だがあえてパワーは先ほどとほぼ同じ
に抑えてあった。それを敏感に感じた悟空が眉をひそめる。
「…どういうつもりだ? 今のはそれほど効いちゃいねぇはずだ…」

先ほどの結果を考えれば、無理やりにでもパワーをさらに上げるならともかく、
ほとんど変化させないなど考えられない。ダメージでパワーが落ちたのなら
それもあり得るが、それも無いはずだった。怪訝そうな表情で、それでも油
断はせずに少女を悟空は見つめていた。
「ふ……今のお前などに全力は必要ない。当然だろう?」
マーリンの精一杯の強がりだった。だがそれを聞いて悟空の表情がさらに
険しくなる。
「……オラの買いかぶりだったみてぇだな…前みてぇにガムシャラな戦いの
 おめぇは嫌いじゃなかったが…。
 もういい。終わりにすっぞ!!」



第122話

余力を残しての敗北。それは敗北には違いないが、一方では自身が認めな
ければ敗北ではない。
「全力なら負けなかった」
そう言い訳が出来る。例え出していたとしても覆らない可能性があっても
それを信じて自分を慰める事は出来る。
もはやマーリンは勝負を捨てたと悟空は感じた。そのつまらない言い訳に
すがるために、全力を出さずに負ける事を選んだのだと。

バンッッッ!!
今度は悟空がマーリンに襲い掛かる。一刻も早くこんな茶番に堕した戦いを
終わらせたい。そんな悟空の思いを乗せた拳が、何の遠慮もなく少女を襲う。
ドズッ! バキィッ!! ズガァッ!!
立ち尽くし、身体を丸めてただひたすらマーリンはガードに徹する。だがそれ
が破られるのも時間の問題だった。パワーだけならいまだ少女の方が上回って
いるが、それでも悟空のこの連撃をいつまでも受け続ける事など出来ない。
ブゥゥンンッッ!!!  ドガァッッ!!!
悟空のハンマーパンチが振り下ろされる。そのまま地上に叩きつけられそうに
なる少女だったが、かろうじて体勢を整える。しかし悟空の追撃は止まない。

真上からの急降下蹴り。それを何とか回避したマーリンに着地と同時にかめ
はめ波を撃つ。
それも何とかガードしたものの、もはやマーリンの手は攻撃する事を忘れたか
のように、ただただがっちりと身を守るだけに使われていた。
半ばうんざりしながらも悟空の手が止まる事は無かった。ガードの上から
執拗に拳を叩きつける。

そして…ついにマーリンのガードがわずかに下がった。ここぞとばかりに渾身の
一撃をそこへ滑り込ませようとする悟空。だが、わずかに開いたガードの隙間
から見えたマーリンの目は、勝負を捨てた者の目ではなかった。

ブンッ!!!!
悟空の鉄拳がマーリンの顔面に迫る。だが。
…バキィッッ!!!
「ぐっ……はぁァッ!!??」
次の瞬間、悟空はそれをかわしつつ放たれたカウンターを少女から叩き込ま
れていた。
体重の乗った、タイミングも完璧なカウンターだった。悟空の鼻からポタポタ
と血が滴り落ちる。
「な…にぃ……!?」
すっかり勝負を諦めたとばかり考えていただけに、マーリンの反撃は全くの
予想外だった。だが、状況にほとんど変わりはない。ならばもう一度繰り返
せばいいだけの事である。

再び慎重にマーリンに近づく。先ほどのは勝利を確信し、それで生まれた隙を
たまたま突かれただけの事。引き締めてかかれば何の問題も無い。
「…おりゃあァァっ!!」
もう一度マーリンにパンチを打ち込む。フルパワーではない、むしろ
スピードに重点を置いたジャブのようなパンチだった。パワーこそ少女に
劣るが、無駄なく洗練された、まさにお手本のようなジャブだった。



第123話

『よし、いいぞマーリン! 相手の攻撃を目で見るんじゃない。そうやって
 気を感じるんだ!』

頭にヤムチャの声が響く。精神と時の部屋で過ごした4ヶ月にも及ぶ修行の
中で、ヤムチャが口を酸っぱくしてマーリンに説いてきた言葉が。
「…気で感じる。気で…かわす…」
ぶつぶつとうわごとの様にそれを繰り返すマーリン。目の前にはすでに悟空の
拳が迫っている。だが。

ブゥゥゥンンッッ!!

凄まじい音を立てて、それはマーリンの顔すれすれのところを通り過ぎて
いった。
「!!??」
悟空が信じられない、という表情で、自身の拳を凝視していた。外すつもり
など毛頭なかった。少女のかわす気配も感知できなかったのだ。
「ちぇぇぇいぃッッ!! りゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁーーッ!!」
もう一度拳を振り上げる。いや、一度ではなくダース単位で必倒の連打を
叩き込む。
「…気の流れ…強さ…そしてバランス…協調……」
ぼそぼそとつぶやく少女。驚いた事にその目は塞がれていた。だがその状態で
マーリンは次々と襲い掛かる悟空の拳をことごとく避けてみせる。

「…な…っ……!…」
避けられ続けた連打の最後の一撃。しかし避けるのではなく、あえてそれを
マーリンは払いのけた。バランスを崩しかけた一瞬、そこへマーリンの反撃が
襲い掛かる。
「…っちぃィッ…!」
バババッ!!
しかしさすがは歴戦の兵の悟空である。難なくそれをかわし、さらに反撃に
移る。攻守が目まぐるしく入れ替わっていく。
すでにマーリンの目は開いている。しかしその目はひとつひとつの攻撃を
追うのではなく、ただ悟空本人をしっかりと捉えていた。

状況は拮抗していた。両者ともに一歩も引かず、その場に立ち止まったまま
拳だけが交錯する異様な光景。お互いに直撃は無く、永遠に続くかのように
思われたこの状態だったが、徐々に変化が現れ始めた。
「ぐぐっ……くっ!」
じりじりと悟空の足元が土を引っかき始めた。1センチ、また1センチ後ろに
悟空の身体が押し出されていく。悟空の表情に混乱と焦りと驚きが浮かぶ。
そしてそれは見物しているピッコロたちにしてもそうだった。



第124話

「バっ……バカな!! 孫が押されているだとッ!? なぜだ!!
 パワーはさっきとは変わっていないのに……
 ……あの女の技…腕が急に上がったとでも言うのかっ!!??」

これ以上無いという驚きの表情でピッコロが叫ぶ。それは当然の事だろう。
悟空の戦闘・格闘技術の高さはピッコロが一番良く知っていると言っても
過言ではない。生死をかけて戦った天下一武道会、そして共に戦ったラディ
ッツとの戦い、フリーザとの死闘、そしてどういう因果か、今は何故か組み
手の修行を一緒に行っているが、その分、誰よりも悟空の技術の高さを肌身を
持って知っているのだ。その悟空が、パワーが少々上だけの相手に遅れをとる
など考えられない。ならば、今悟空と鎬を削りあっている少女は、戦いながら
腕を上げているとしか考えられないのだ。
悟飯も同様に、半ば呆然としながら眼前で繰り広げられる、超ハイレベルな
死闘に息を呑んで見入っていた。

それとは対照的に、ヤムチャはほっと安堵の表情を浮かべていた。
『…冷や冷やさせやがる……追い込まれてやっとスイッチが入ったみたい
 だな…。超サイヤ人が相手じゃなかったのが幸いだったかもな…』
やれやれと嘆息するヤムチャだったが、悟空と互角以上に打ち合うマーリン
を見て、本音の所では少し驚きもしていた。修行していた時とは桁違いに集
中できている。ピッコロが言った事もあながち間違いでは無かったのだ。
戦いの最中に、なおもマーリンは進化を続けていた。

クレーターの中心で激しい戦いが続いていた。先ほどまでは手に取るように
判った少女の攻撃が、一転して悟空にはまるで掴めなくなっていた。無駄な
パワーを使わない、洗練された技は非常に見切る事が困難である。ましてや
元々パワーは悟空の方が低いのだ。
スピードとパワーが上ならば、技のレベルが近づきつつある今では悟空の
不利は当然と言えた。

ドガッ!! ズンッ!! ベキィッ!!

「くっ…こ…このままじゃ……!!」
すでに完全に状況は逆転している。マーリンの攻撃を亀のように丸くして
凌ぐしか悟空には出来なかった。先のマーリンのように隙をついて反撃する
しか道は無い。腕の間から覗いて見える少女の隙を必死で探す。

「……!! そこだぁぁぁっっ!!」
わずかに見えた少女の隙。そこに悟空は拳を繰り出す。だがそれを読んで
いたのか、しゃがんで回避すると同時に、さっきのお返しといわんばかりに
飛び上がってのボディアッパーをお見舞いした。
ド…ズゥッッッッンッッ!!
「お…ぐ……っあ……!!……」
身体に大穴が空いたような錯覚すら覚えるほどの一撃。血と胃液を地面に
振りまきながら悟空の足がたたらを踏む。しかし少女は追撃の手を全く
緩めない。さらに激しくなっていく嵐のような攻撃に、もはや悟空の敗北は
時間の問題に思えた。だが。

「……ッッ…!…か…界…王…拳………、20倍だぁぁぁぁぁっっっっ!!!」



第125話

ズァゴオォォォッッッ!!!!
途轍もない気が悟空の身体から放たれた。そのオーラはバリヤーにすらなり、
殴りつけたマーリンをも弾き返した。
「ハァッ…ハァッ……ハァッ………」
だがそこまでだった。悟空は20倍どころか界王拳そのものを止め、急速に
気がしぼんでいった。戦いは終わったとばかりに。

「…ハァッ…ハァ……おめぇ…おめぇはやっぱスゲェヤツだ……バカに
 したような事言っちまって…悪かったな…ハァ…ハァ…ッ」
しゃべりかけながら、必死で乱れた呼吸を元に戻す。起き上がりながら
マーリンもそれに答える。
「わたしもだ…超サイヤ人でなくとも、お前は超一流の戦士だった…
 甘く見た発言は撤回する。さすがだと言わせてもらおうか。ソン・ゴクウ」
少し息を切らせながら、マーリンも悟空にそう言って賛辞を送る。まるで
戦いが終わった後のような、そんな空気すら流れていた。

さぁぁぁぁぁ……
二人の間に風が流れていった。静かな、つかの間の穏やかな時間を押し流す
ように。すっかり息を整えた悟空が、穏やかにマーリンに声を掛ける。
「……ここで終わりにする……ってのは無理なんだよな……?」
「もちろんだ…」
そっか、とだけ悟空はつぶやいた。少女の力はよく理解できた。だがそれ
故にここからの戦いがどうなってしまうのかも悟空には予測できてしまう。

「…わかった……。それがおめぇの望みなら……仕方ねぇ…」
すっ、と悟空が目を閉じる。そして次の瞬間。
「はぁぁぁぁぁっっっッッ……!!!」
ズゥアオオォォォッッッ!!!!
目もくらむような金色のオーラが噴き放たれる。その中心にいる悟空も
金色に染まっていた。サイヤ人の特徴の黒髪も金色に染まり、青く輝く
瞳はどこか神々しさすら感じさせていた。

「………ッッ……!」
以前にもこれを見た事はあったはずだが、あの時は意識も朦朧としており、
はっきりとは覚えていない。ましてやあの時の自分は未熟で、スカウター
無しでは相手の力すら測れなかった。だが今、眼前の男から感じられる力は、
文字通り桁が違う。マーリンの持つスカウターであっても、測ろうものなら
瞬時に爆発してしまうだろう。
『たぶん500万はあるな』
そんな風に言っていたヤムチャの言葉を思い出す。まったく冗談ではない。

「…何が勝ちをもらうだけ、だ…」
思わずマーリンの顔に苦笑いと冷や汗が浮かぶ。だがその目は相変わらず
勝負を捨ててなどいなかった。



第126話

「…言っておく…やめるなら今のうちだぞ……」
悟空が今までとは少し違う口調で声を掛ける。どれだけ激しい戦いであっても
どこか余裕すら感じさせていた丸い口調ではなく、迸るような低い声と突き
刺さるような口調だった。

悟空は自分の感情が乱れている事を自覚していた。激しく突き動かされる
ような戦いへの欲望と、それとは全く逆に、少女への気遣いが心の中で混沌
としていた。超サイヤ人になるといつもそうだ。得体の知れないどす黒い
感情がぐるぐるととぐろを巻いて心の中に居座り始める。まるで遠い日に
失った、本来のサイヤ人としての感情がこの時だけ蘇ったかのように。

上手くそれを抑えられればいい。だが、いつかそのタガが外れそうな予感は
常にある。戦いが激しければ激しいほどに。そうなった時、自分はいったい
何をしてしまうのか…?
目の前の少女は強い。おそらくはフリーザに匹敵するほどだろう。いや、
フリーザが持たなかった武術の技をも習得している事を考えれば、総合的
な実力はフリーザ以上だ。そんな実力者と戦って、最後まで冷静でいられる
自信など悟空にはない。気が付いた時、自分は少女をバラバラに引き裂いて
その血で全身を染め上げ、狂気の笑みを浮かべているかもしれない。

以前はそんなサイヤ人の性格など、まるで想像も出来なかったし、理解も
出来なかった。だが、超サイヤ人に目覚めてから、自分もまぎれもなくサイヤ
人なのだと強く実感するようになったのだ。失った訳ではなく、単に心の奥底
に普段は眠っているだけで、サイヤ人としての本質は依然悟空の内にしっかり
と存在しているのだと。
だから出来れば界王拳で倒しておきたかった。自分が自分でいられる限界の
力で。だがそれは適わなかった。

ならば。たとえどうなろうと真の力で相手をする他は無い。少女もそれを
望んでいるのだ。五体満足で終われるなど、そもそもマーリンは考えてすら
ないだろう。自分を見失うなど、それに比べれば些細な恐れでしかない。
ましてやこの少女を殺したくない、などという考えは傲慢であり侮辱である。
ただ全力を持って倒す。それだけが戦士として、武道家としてマーリンに
応える唯一の手段なのだから。

ボゥッッッ!!
これが返事だ、と言わんばかりに、マーリンの身体からも再び赤いオーラが
噴き上がる。それを見て悟空がふぅ、とため息をもらしながらつぶやいた。
「いいんだな……。さっきのお前の言葉じゃないが…死ぬんじゃないぞ…」
ギュアッッ!!!
「!!??」
マーリンの視界から一瞬にして悟空が消えた。金色のオーラをたなびかせて。



第127話

ぞくり、とマーリンは背中に気配を感じた。
「な…」
何だと、そう言おうとした少女だったが、その言葉は最後まで発する事は
出来なかった。
ズギャッッッ!!!!
超サイヤ人と化した悟空の拳がマーリンを襲う。振り向こうとする少女の
横っ面に直撃だった。

「が…ぎゃっ……!!!」
無様な叫び声を残してマーリンが吹っ飛んでいく。地面と平行に数十メー
トル、そしてそのまま水面を跳ねる石ころのように、何度もバウンドして
さらに数十メートル。地面を削りながらようやく止まったところに、さらに
悟空が飛ぶ。

たったの一撃でマーリンの意識は完全に刈り取られていた。痛みなどは無く、
ただ突然麻酔でもかけられたように意識が断ち切られたのだ。全身をボロ
クズのようにされて、ようやく意識が戻り始めた。しかし身体がいう事を
まるで聞かない。
ごう、と風を巻く音が耳鳴りのように聞こえる。気を感じるまでもない、
悟空だ。この追撃をかわせなければ……再び少女は暗黒の世界に戻される
だろう。あるいは再び目覚める事の無い暗黒の世界に。

「ぐっ……あぁぁぁぁぁっ!!!!」
かろうじて繋がれている精神と肉体を必死に再統合する。ようやく身体に
力が戻り始める。そしてばね仕掛けの人形のように跳ね起きた。そのほんの
わずかな後、先ほどまで自分が倒れていた場所に悟空が降り立つ。その充
分な威力を込められた拳が大地を激しく穿ちながら。

「…へぇ……、よく起き上がれたな…
 もう終わりかとガッカリしかけたんだがな……」
拳を戻しながら悟空がそうつぶやく。だが、その表情はまるで変わっていない。
しかし、はぁはぁと荒い息をつきながらマーリンがふらふらと立ち上がると、
わずかに嬉しそうな笑みをこぼす。

かろうじて立ち上がれたものの、少女はただの一撃で甚大なダメージを負って
いた。それは肉体だけではなく、むしろ精神へのダメージだった。
「く……そ……っ。…」
折れた奥歯を何本か吐き出し、口元の血をぬぐいながら弱弱しくそれをつぶやく
のが精一杯だった。目で捉える、気で捉えるなどというレベルの話ではない。
今の悟空のスピードは、もはやそういう次元の問題ではないのだ。
初動を気で感知できたとしても、それに対応した行動を取る前に悟空は自身の
攻撃を完了させてしまう。つまり、仮に悟空の動きが全て読めたとしても、防
御や反撃でマーリンが腕を動かす速度より、悟空の全ての速度が単純に上回って
いるのだ。

…真正面からぶつかる限り、少女には一片の可能性も残されてはいない事を
思い知った。全く予想以上…しかし…「予想外」ではない!



第128話

「…くくくくくっ……あはは……ははははっ……!!」
「………??……」

突如大声で笑い声をあげ始めたマーリンに、思わず悟空が呆気に取られる。
ちらりとそんな悟空を見やり、なおも声を上げて笑い続ける。その嘲笑に
徐々に悟空の神経が苛立ち始めた。
「…何を笑ってる……さっきので頭でも打ったのか…?」
にわかに眉間に寄せる皺が濃くなる。明らかに不快を感じている悟空に
マーリンは無遠慮に嘲笑の声を浴びせ続けた。

「貴様…どういうつもりだ…ふざけてい……」
「…ふざけてなどいないさ、ソン・ゴクウ。
 なに、伝説の超サイヤ人とやらの力がこんな程度だったとは……と
 思ってな。笑うな、と言う方が無理ではないかな? 
 くっくっく………」

ぴしり、と今度は悟空のこめかみに血管が走る。たった今、その超サイヤ
人に為すすべも無く倒し伏され、今もまだ足元がおぼつかない者が口にして
許される言葉ではない。
しかしそんな事など意に介さないように、マーリンがさらに畳み掛ける。

「確かになかなかのパンチだったが…一撃でわたしを仕留められない
 ようでは……ずいぶんと伝説とやらも誇張されたもののようだな…。
 それとも、お前が超サイヤ人にしては弱い方なのかな……?」
ひとつ、またひとつ悟空の額に血管が顕わになる。だがそれも当然の事と
言えよう。フリーザとの死闘を制し、宇宙最強となった悟空をここまでコケ
にしたものなど居るはずが無い。悟空の心に残されていた自制心が少しづつ
闇に溶けていく。

ズゴアァァァッッ!!!!
悟空の身体から再び先ほど以上の金色のオーラが噴き上がる。離れた場所の
ピッコロたちですら恐怖を感じるほどの。
「この期に及んでたいした減らず口だ…そいつもヤムチャから習ったのか?」
淡々とした口調。しかしそこには先ほどには無かった、かすかな殺意が確かに
込められていた。

「…ふっ…、これは生まれつきでね。それにヤムチャから学んだものは…
 こんな程度じゃない。すぐに判るさ…すぐにな……!!」
ズゥオゥッッッ!!!
マーリンの身体からも再び赤いオーラが巻き起こる。界王拳の理論限界点
である10倍だ。

戦力比は甘く見積もっても2倍以上。到底まともにやりあえるレベルではない。
だがマーリンには勝算があった。そして漠然としていたその勝算は確信に
変わろうとしていた。先ほどの太刀合わせと、今の悟空から感じられる気の
質に。


第129話

「いくぞっッッ!!!!」
一際大きくオーラをスパークさせるマーリン。だが、次の瞬間、少女は
驚くべき行動に出た。
「はぁぁぁぁぁぁっッ!!!」
ズババババババッッ!!
「なにっ!!」

最大限にまで高めた気を、何を思ったのかマーリンは、そのまま周囲に
めくら撃ちに放つ。あっという間にクレーターの中が濛々たる砂塵に包ま
れ、一瞬度肝を抜かれた悟空だったが、即座に意図を理解する。

「…こんな小細工がオレに通用すると思ってるのか!!」
たとえ視界が失われたとしても、そもそも悟空ほどの武道家にとっては
さほどのマイナスにはなり得ない。それはさっきの戦いで証明済みである。
しかし。

「……っ!? なんだっ……、気…気を感じねぇ…!!」
渦巻く砂塵の中で悟空が狼狽する。マーリンの気が完全に消えうせていた。
時折大きく膨れ上がったかと思うと、次の瞬間にはまた完全にゼロになる。
まるで動きが読めない。空中に現れたかと思えば地中からも。

「ちぃッ…!!」
咄嗟に感知したところへ気功波を放つ。しかしまるで手応えなど無い。何発
かを放ったところで、ただ砂塵を余計にかき混ぜるだけに過ぎなかった。
それならば、と自分自身もと考えた瞬間、悟空は衝撃的な事実に気が付いた。

「まずい…このままじゃ…オレは気が消せない……!」
そう、超サイヤ人となった悟空は、その桁外れな戦闘力を完全にコントロール
する事ができないのだ。気を最大限に抑えれば、それは自動的に超サイヤ人
の状態を解除する事になる。そんな状態を狙われればひとたまりもない。
つまり、この状況では悟空にはマーリンの位置は判らないが、マーリンからは
悟空の位置は丸見えである事を余儀なくされたのだ。
焦る悟空にさらなる驚きが待ち受けていた。

いつの間にか、悟空の回りから感じられる気が増えていた。移動しながら
時折大きくなるマーリンの気が、そのままそこへ残像のように置かれたまま
次の場所に移動し、そしてまた気だけが置き去られていっているかのように。
「くっ…なんだ…どういう事だ……っ」
動揺する悟空。そしてそんな悟空に、今まで置き去りにされていたマーリンの
残像…幻影が……一気に襲い掛かった。



第130話

ゆらり、と砂のベールの向こうからマーリンの影が迫る。
「ちっ……いぃぃぃぃっッッ!!」
ヴァウッッ!!
混乱しながらも悟空は渾身の一撃をそれに見舞う。しかし。
パァァッンンンッッ…!!
「…手応えがっ……! コイツは偽者か……ッ!?」
悟空の一撃を受け、それが木っ端微塵に弾け飛ぶが、それは小さな人型の
気の塊に過ぎなかった。ふと気づくと、辺り一面に何らかの気の塊が自分を
包囲している事に悟空は息を呑む。

「くそっ!! そんな子供だまし…オレには通用しないぞっ…!!」
そう言いながらも、内心悟空は動揺していた。普段の自分ならば確かに
こんなものは子供だましに過ぎない。しかし、どういう訳か、今の悟空
にはマーリンの影であるこれらの塊の微妙な違いが捉えられないのだ。
「気」を感知する事は出来る。しかし、それがマーリン本人なのか、ただの
気の塊なのか、その差までを感じ取る事が出来なくなっていた。

また一つ悟空に影が迫る。半ばキレ気味に拳を振るうが、やはり手応えは
ない。その苛立った背中にもう一つ影が迫る。
バキィィィッッ!!!
「ぐっ…あぁぁぁっ!!」
それは影ではなく、マーリン本人だった。あわてて振り向くが、すでに
マーリンは気を消し、幾多の影に紛れていく。そしてまた影が迫る。
混乱は深まり、動揺が焦りを呼び、散々嘲笑を浴びせかけた事と相まって、
悟空の心からますます冷静さが奪われていく。

クレーターの中に立ちこめる砂煙で、状況を上手く掴めないのは悟空だけ
ではなかった。ピッコロたちも同様に混乱していた。ただし、悟空とは違う
意味でだが。
「な…何をしてる……孫のヤツは…! こんな目くらましなど、オレたち
 には無意味のはずだろうが!!」
彼らにはよく状況が「見えて」いる。それだけに悟空が何故こんな愚にも
つかない作戦に引っかかっているのが理解出来ない。次々と襲い掛かる
気の塊に翻弄される、まるで素人のような無様な戦いぶり。

「ヤムチャ…! どういう事だ、これは! キサマ…あの女に何をさせた!?」
「え…? い…いや、俺にも実はよく判らないのかなー…なんて…」
いきなりピッコロに話を振られたものの、ヤムチャはそれへの答えなど持ち
合わせてはいなかった。思い当たる節は無いではないが、はっきりと断言できる
ものではない。今起きている現象は、彼にとっても不可解なものだったのだ。

だが、そのとき悟飯が口を開いた。
「…お…おとうさん…、もしかしてあの人の気が判らないんじゃ……!?」



第131話

まず驚き、次に平静を装ってピッコロが嗤う。
「フ……フフ…な…何をバカな……。孫に限ってそんな事があるはずが無い!
 ヤツの腕は悔しいがオレ以上だ…いくら冷静さを欠いたとしても、相手の
 気が読めなくなるなど……有り得ん…!!」
そう言って、きっ、と悟飯を睨みつける。だが、悟飯はそんなピッコロの
視線を真っ直ぐに受け止める。それに気圧された訳では無かろうが、少し
づつピッコロも先ほどの己の言葉への自信が揺らいでいく。

「…何だ…何か気づいたというのか…悟飯?」
渋々、と言った風情でピッコロがようやく悟飯に続きを促す。
「……ピッコロさんなら判ると思いますけど…ボクはカッとなったり
 自分で自分を抑えられなくなった時…力がどんどんと膨れ上がるんです…」
修行の最中やナッパ、そしてフリーザとの戦いをピッコロが回想する。

「確かにそうだったな…だが、それと今の悟空と何の関係が……」
「…ボクがそのパワーでメチャクチャな戦いをしてしまうのは…ボクが
 その大き過ぎる力を…まるでコントロールできないからなんです。
 今のおとうさんも…もしかしたら超サイヤ人の力を上手く操れなくて
 そのせいでいつもより上手に戦えないんじゃ…」

悟飯の恐るべき推測に息を呑むピッコロ。そしてその推測は当たっていた。
超サイヤ人に変身すれば、確かに桁外れのパワーを得る事が出来る。だが
それを操る悟空本人のスキルまでが上がる訳では無いのだ。
もともと悟空の戦闘力は30万ほどで、彼のスキル、技術はそれをフルに
使いこなせるレベルであって、10倍界王拳までならまだしも、それを
軽く上回る超サイヤ人状態の超絶パワーまでも完全に制御できる訳ではない。

また、超化する事で、心には得体の知れないサイヤ人本来の性格が現れる。
普段は穏やかな悟空であるがゆえに、そのギャップは計り知れないほどの
ざわざわと常に落ち着かない心理状態になってしまう。こんな状態では
パワーの数値を除いては、むしろ戦力はダウンしていると言っても過言
ではない。

マーリンの挑発により、すでに武道家としてもっとも大切な平常心すら失い
かけた今の状態では、まともに気を読み取る事すら困難に違いない。かろ
うじて気を感知できるだけでも悟空のセンスが卓抜したものの証左なのだ。

もっとも、本来ならばそれを差し引いても余りあるだけのパワーアップ
ではある。だがすでにマーリンはただのパワー自慢の戦士では無くなって
いる。フリーザのような相手ならいざしらず、機転も利き、武術の腕前も
すでにかなりのものである少女は、想像以上に危険な相手だった。
あるいは超化などせず、無理にでも界王拳で戦っていた方がまだいい勝負に
なっていたかもしれない。ちらりとそんな考えが悟空の頭をよぎるが
伝説とまで称えられた超サイヤ人としては、それは到底受け入れられない。
少しづつ削られていく体力と精神に、悟空のストレスが底なしに大きく
なっていく。



第132話

ドガァッ!!
「ぐっ…はァ…!」
バキィッ!
「がっ…!!」
ゆらり、またゆらりと現れては消えるマーリンに、悟空の苛立ちが最高潮に
達する。

「い…いい加減にしやがれ…! それでも戦士かお前ッ……!!!」
そう吠えながら気功波を影に撃ち込んでいく。しかし相変わらず手応えは
感じられない。それどころか、影をいくら消しても全く数が減る事が無い。
むしろ分裂し、数が増えているかのように感じられていた。そしてその事
がようやく少し悟空に冷静さを取り戻させる。
「…へっ…よく考えてみりゃ…簡単な事じゃねぇか…」
そう言って悟空が大きく息を吸い込む。にやりとその顔が歪んだ。

「ハァッッッ!!!」
ズヴォォォッッッ!!!
悟空の身体をまとうオーラが一際大きく輝く。そして全方位に放たれた
気が、さながら大爆発を起こしたかのように、みるみる内にクレーターの
中に充満していた砂塵を吹き飛ばしていく。
「………」
完全に視界がクリアになる。そしてそこで悟空が目にしたものは…ふわ
ふわと浮かぶ気の塊だけだった。
「…な…に…、ヤツは…どこだ……!?」

きょろきょろと辺りを伺い、一応気も探ってみる。しかし全く気配がない。
「くそッ…どこに行きやがった……!?」
そんな悟空をあざ笑うかのように、ふわふわと気の塊が彼の周りで愉快
そうに踊る。
「きっ…消えろッッ!!」

ボウッ!
悟空の手からエネルギーが撃ち出される。しかし。
ギュルッ!
「何ッッ…!!??」
その気の塊が、悟空から放たれたエネルギーを浴びる寸前に形を変えた。
ふわふわとしたものではなく、小さく丸い形状に。それによって外れた悟空
の気功波が大地を激しく揺らす。

ふと回りを見渡せば、全てのふわふわが同じく小さく変形していた。数に
しておよそ10はくだらない。
この形…どこかで見た記憶があった。もう何年前だったかも定かではないが、
生まれて初めて自分が強敵と感じた男が、かつての師の一人を敗北寸前にまで
追い込んだ時に使った技…。

「……操気弾か…ッ!!!!」



第133話

悟空がその言葉を発するのを待っていたのか、それともただの偶然なのか、
同時に気の塊…操気弾が動き始める。
マーリンの姿は相変わらず見えない。どこかに隠れているのか、それとも
宇宙人としての特殊能力で姿を見えなくしているのか、ヤードラット星人の
事もあって悟空は結論を下せないでいた。何より今の脅威はマーリン本人
では無い。目の前の操気弾たちだ。
ヴゥゥゥゥン……ッ…
悟空の回りを取り囲むように、ゆっくりと距離を縮めてくるそれらからは
相応の力を感じる。正確には測れないが、かなりの気量を圧縮しているようだ。

慎重にそれらを見渡す悟空。そしてじりじりと包囲を狭める気弾たちが…
…弾かれたように一斉に襲い掛かった。
ヴァゥウッッッ!! ヴォッッッ!!!
「……くっ!! ちぃぃっっ!!」

避ける。ひたすら避ける。手の動きである程度気弾のコントロールが読める
ヤムチャの操気弾とは違って、この操気弾は単純に気弾の動きそのものを
見切らねばならない。それは今の悟空にとって非常に困難な作業だった。
だが、それでも長年の経験からか、身体が勝手に動いてくれる。いかに超
サイヤ人とはいえ直撃してなお無傷とはいかない威力を秘めているのだ。
ほとんど無意識でかわしつつ、後手後手に回ってしまう己のうかつさを悟空は
呪っていた。

「く…っ!! またあんな見え見えの罠にかかるとは…孫め…! いくら
 なんでも相手を舐めすぎだ……バカがっ!!」

ピッコロもその様子を見ながら毒づいていた。しかし。
「…しょうがないさ。悟空は今まで、そんな戦い方なんかほとんどした事
 なんか無いんだからな…そこが言わばあいつの隙だったという訳さ」
ぽつりとヤムチャが言う。そう、悟空の今までの激戦は、全て相手が互角、
あるいは格上だった。マーリンのような、自分よりも一回り以上も実力が
下の相手との「死闘」など経験がないのだ。

格上が相手ならば油断など出来るはずもない。互角でも同じ事だ。だが、
「本気で戦えばいつでも倒せる」レベルが相手の戦いでは、そこまで油断
なく相対する必要など無い。そこにマーリンはまんまと付け入ったのだ。
そしてそれはヤムチャの入れ知恵でもあった。慢心とまでは言わないが、
今の時点で宇宙最強を誇る悟空が、そこまで謙虚になるような男ではない
事は明らかである。

一撃で倒れる事を恐れていたのは悟空だけではなかった。マーリンもヤム
チャもそうだった。
それはつまり、そこを乗り越えさえすれば、いかに戦闘力に開きがあったと
しても、勝ち目は出てくるとの確信によるものだった。
身を削りながら、少女は少しづつ積み重ねていた。勝利への道筋とその可能性を。



第134話

ブゥゥゥンンッッ!! ヴァオッッ!! 
次々に悟空に気弾たちが襲い掛かる。しかし、最初こそ何発かは食らった
ものの、すでに目が慣れてきたのか、もはや余裕すらもってそれらを回避
し続ける悟空。
だが彼は気が付いていなかった。回避しつつ、少しづつ少しづつ自分がある
方向へ歩かされている事を。

「…いい加減にあきらめろ!! もうこの技はオレには通用しねぇ!」
そう高らかに宣告する。しかし、相変わらずぶんぶんとまとわり付く小虫の
ように、気弾は悟空の回りを飛び回る。

ぴしっ…

唐突に悟空の背後の地面がかすかな音を立てる。
「!!!」
とっさに振り向く悟空。そしてその悟空に向かって、大地を砕きながら地中
から特大の気弾が撃ち上がって来た。にやり、と余裕の笑みを浮かべながら
悟空はその攻撃をあっけなくかわす。だが振り返った悟空の耳に、さらにもう
ひとつ地面が立てる音が飛び込んできた。
「…今度はこっちか…!!」
もう一度振り返る。だが。

ガッゴォォォォッッッ!!!!

「な………っがッ……ッッ…!!!!」

振り向いた先の地面は、わずかなひび割れを見せただけで、何も昇ってくる
気配など無かった。そして、先ほどの一発目に開いた大穴から、もう一つ
現れた気弾が、がら空きの悟空の後頭部を直撃した。2回目の地面の音はその
ためのトラップだったのだ。

まったくの予想外の攻撃に、さすがの超サイヤ人も一瞬意識が途切れそうに
なった。そして朦朧とする意識のなか、もう一度悟空は地面の音を聞いた。
「せいーーーーーーーーーっッッ!!!」
地の底から聞こえる雄叫びと、大地が砕ける音。混ざり合い、耳鳴りのよう
になって悟空の耳朶を打つ。そして。

メギィッッッ!!!
2発目の音の場所から、今度こそ飛び出したものがあった。だがそれは気弾
ではなく、マーリン本人だった。
後頭部に直撃を受け、よろよろと下を向く悟空の顔に強烈なヒザを叩き込む。
しかし。
「ヘ…へへ…ようやく姿を現したな…?」
少女のヒザは悟空の顔面を捉えてはいなかった。インパクトの瞬間、とっさに
掌を滑り込ませ、直撃するのを避けていたのだ。むろん掌一枚でダメージが
ゼロになる訳は無く、悟空の鼻や口からは再び血が滴り落ちていた。

みしり、と音を立てて掴まれたヒザに力が込められていく。マーリンの顔
にも苦痛の色が浮かんでいく。ぺろりと鼻からの出血を舌ですくう悟空。
その目にはかすかに狂気が宿っていた。



第135話

「ぎ……ッ…! く…くそっ……!!」
思わずマーリンの口から呪詛の言葉が漏れる。がっちりと万力のようにヒザ
を掴まれ、完全に動きを封じられてしまった。
「さて…それじゃ今度はオレの番だな…お返しはきっちりさせてもらう…!」
そう言って拳を握りこむと、大きくマーリンの頭上に振りかざす。ぞくりと
少女の顔に恐怖が走る。こんな状態でまともにパンチをもらえば…。

咄嗟にマーリンの指が空中で踊る。まるで見えない楽器を操るがごとき優美
な仕草だが、それに反応したのは架空のピアノでもオルガンでもなく、気弾
の数々だった。
ヴァウゥゥッッッ!! ヴォッ!!
マーリンの指使いに従って、次々と気弾が悟空めがけて飛んでいく。
「…ちっ!!」
やむを得ずマーリンから手を離し、襲い掛かる気弾から両手でガードする。
すかさず後ろに飛び、距離を置くマーリン。ずきんと右ヒザに痛みが走るが
壊れた訳では無さそうだ。まだだ、まだいける…必死にそう自分に言い聞か
せて、さらに操る指に力を込める。

だが状況は決して楽観できるものではなかった。確実にさっきの攻撃で
悟空のパワーは消耗し、低下してきているが、それでもまだマーリンとの
差は絶望的なままだ。しかもこの操気弾もすでに見切られ始めている。
「…さっきも言ったが…もうこの程度の技はオレには通用しない…!」
その言葉を裏付けるように、すでにガードするまでもなく悟空は悠々と気弾
たちを避け続けていた。それを悟ったのか、ついにマーリンが気弾たちを
全て戻す。

「やっと判ったみたいだな…数が少々増えた所で、所詮はヤムチャの技…
 くだらん技だ…!!」
吐き捨てるように、そう悟空が辛辣な言葉を少女にぶつける。

「へっ…言ってくれるじゃねぇか…悟空のヤツ。その割には結構苦戦してた
 くせに…」
耳ざとくそれを聞きつけ毒づくヤムチャだったが、内心はやっぱりショック
だった。見物している3人の間にイヤな空気が流れるが、それを妙に敏感に
捉えた悟飯がとっさにフォローに入る。
「い…いえ…すごい技だと思いますよ! ヤムチャさん…! ボクは見る
 のは初めてだったですし……」
何だか苦い顔のまま、一応ピッコロもそれに賛同する。
「…ふん…まぁヤツが言うほど下らなくはないな。以前の武道会で見た
 ものより、はるかに洗練はされているようだ…あれも貴様が教えたのか」

思っても見なかった二人からの賞賛の声に、思わずヤムチャの顔がにやける。
「え?……そ…そう? やっぱすごい? へへへ…」
そして聞かれてもいないのに、突然ヤムチャは解説を始めた…。



第136話

「…ピッコロは知ってると思うけど、元々の操気弾は一発だけだったんだ。
 しかもそれのコントロールには右腕を丸々使わなくちゃいけなかったし、
 それに気を取られて武道会では間抜けな負け方をしちまった訳だけど…
 あれからこつこつと改良に取り組んでたと言う訳さ」
割と真剣な態度でヤムチャのご高説を聞く悟飯と、うざそうにしている
ピッコロだったが、とりあえず無視してヤムチャはマイペースで説明を
続ける。そして一瞬気を入れたかと思うと、以前とは比較にならない速度で
気の塊を5つ、一気に掌から練成してみせた。

「それがこれ。操気連弾。コントロールには指先だけを使うから、今まで
 みたいな隙は少なくなってる」
そう言ってくいくいっと指を動かすと、それに気弾が呼応して空中を自在に
飛び回る。それを目の当たりにして、ようやくピッコロも少し関心を示す。
「なるほどな…それで地中に潜って気配を消し、地上の孫を気だけで捉えて、
 両指のコントロールの限界である10個の気弾を、同時に操作していたと
 言う訳か…」
「ああ、実を言えば俺には10個同時に操るなんてのは無理なんだけど、
 あいつはそれをやってのけた。たいしたもんだろ?」
自分の事では無いのに、どこか誇らしげにヤムチャが語る。
「それに…まだまだこんなもんじゃないぜ…? あいつと俺が磨き上げた
 究極の操気弾は…。へへっ…まぁ期待して見ててくれよ」
先ほど出した気弾たちを消しながら、真剣な眼差しを再びマーリンに戻す。

『…そうだ…見せてやってくれ…。おまえの…そして俺たち二人の力を!』

そして舞台が再び悟空とマーリンのいる場所へと戻る。
「今……くだらん技だと言ったか? この操気弾を…」
「ああ…さっきまでならともかく、お前が姿を見せた今、そいつはハッタリ
 以下の技に過ぎん。こんなものは無視して、お前自身を攻撃すれば良い
 だけなんだからな……」

確かにそれでヤムチャは天下一武道会でシェン…神様に敗北した。術者が
気弾の制御に掛かりきりになるのが操気弾最大の弱点であり、当然それは
舞台の袖で見ていた悟空も良く知っている。ましてや10個の同時制御など、
よほどの集中力が無ければ不可能である。術者が完全に無防備になる事は
容易に想像できた。

「ふっふっ……なるほど…。確かにそうかもしれないな…」
悟空の操気弾に対する辛辣な評価など気にする風でもなく、あくまで
マーリンは冷静だ。それはその評価が誤っているからなのか、それとも
絶対的な自信によるものなのか。
「…言っても判らねぇみたいだな…だったらはっきり教えてやる…!!」
ダァッッンンンッッッ!!!
悟空がマーリンに突っ込む。その全身に凶悪なまでのオーラをまとって。



第137話

『……見える…!』

最初の一撃とは違って、今度はマーリンにも悟空の動きを捉える事が
できた。悟空のパワーが低下したせいか、あるいは地中で息を潜めて
ずっと悟空の気を捉え続けたせいで、より正確に気を読めるようになった
のか、あるいはその両方なのか。ともかくすかさず操気弾で迎撃体勢を
取り、命令を受けた無数の気弾が迫る悟空に降り注ぐ。だが。

「うりゃりゃりゃりゃーーーーーーッッ!!」
それらの気弾をことごとく悟空が弾き返す。殴りつけられ、木っ端微塵に
破裂する気弾すらあった。そしてついにマーリンの眼前にまで迫る。
最後の操気弾をかわしつつ、少女の顔面に回し蹴りを放つ。それは完全に
不可避のタイミングの攻撃に思われた。

ガギイィィッッッ!!
壮絶な打撃音が荒野に響いた。勝利を確信し、悟空の口元が軽く歪むが
次の瞬間、その表情が一変する。

ギッ……ギギッ…
悟空の放った蹴りは、マーリンの顔面を捉えてなどいなかった。少女の
細い腕によって、それは呆気なく阻まれていた。
「な…バカな……っ」
「……そんな腰の入っていない蹴りなど…いくら貴様が超サイヤ人で
 あっても受けるぐらいは出来るさ…」

違う。そんな事を言っているのではない。確かに操気弾をかわしつつ
放った蹴りは充分な威力とは言い難いものだったが、それ以前の問題だ。
なぜ操気弾を操りながらガードが出来たのか、だ。
思わず悟空はそのガードされたマーリンの腕を凝視する。そして見た。
少女の指がいまだかすかに動いている事を。
「チィっっ!!」
とっさに飛び退き、マーリンから距離を取る。次の瞬間、さっきまで自分が
居た場所に、凄まじい速度で気弾が通過していった。

…まぐれか? と悟空は思った。しかし目の前でゆっくりと構え始める
マーリンの姿を見て、その考えが間違いである事に気づかされた。
突き出された腕から見えるのは、まるで肉食獣の鋭い牙に見立てたように
指を開く独特の拳。見覚えのあるようでいて、どこか違うその構えを少女が
取っていた。

「…見せてやろう……狼牙操気拳を…!!!」



第138話

「狼牙……操気…拳………!!??」
そう悟空が声を発すると同時に、マーリンの周囲を飛んでいた気弾が一斉に
見えない戒めの鎖から解き放たれたように悟空に襲い掛かる。
しかし数はたったの4つ。こんな程度の数では何の役にも立たない。そう
判断し、明らかな余裕をもってそれを迎え撃つつもりの悟空だったが、次
の瞬間、その余裕は粉々に打ち砕かれる事になった。

ヴァオッッッ!!
なんと気弾からわずかに遅れて、マーリン自身も悟空に向かって突っ込んで
きた。そして着弾寸前の気弾は突然コースを変え、悟空から遠ざかっていく。
思わず気弾を目で追ってしまう悟空だったが、一直線に迫るもう一つの巨大
な気を感知し、あわてて視界をそちらに戻す。そこにいたのは…マーリン
本人だった。

ヴォッ!! バババババッッッ!!!
矢継ぎ早に繰り出される少女の拳。3本の指に気を集中する事で、拳全体を
強化するよりも、少ない気でより威力を高めている。まともに食らえば今の
悟空と言えど肉を裂かれかねない。
「はいはいはいはいはい〜〜〜〜ッッ!!!」
ほんの少しだけ、以前からこの掛け声はどうかと少女も思っていた。しかし
それを言うとヤムチャが不機嫌になるので、いやいや従っていたのだが、い
つのまにかそれほど気にはならなくなっていた。
…それはともかくとして。
マーリンの連撃、疾風のような牙拳が次々と悟空に襲い掛かる。しかし力の
差はいまだ歴然としている。それほど焦る事も無く、易々とそれらをかわし
続ける悟空。

「…大層な名前の割にはつまらん技だ……今更そんな程度の攻撃が……」
「…通用するかしないかは…こいつを見てから言うんだな!!!」
そう言って。連撃を続けるマーリンの牙が…再びかすかに動いた。

はっきりとそれが悟空に見えた訳ではなかった。しかし武道家としての
勘、というよりはむしろ動物的な直感で危険を予知する。
「…やべぇッッ!!」
とっさに顔を逸らす。その刹那、鼻先を白い塊がその空間を引き裂いて
いった。しかし。

ズバァッッッ!!!
マーリンの白い牙と化した拳が悟空の道着を引き裂いた。顔を逸らした
瞬間、わずかに身体も反れた事が幸いし、かろうじて直撃は免れたのだが、
それでも悟空の胸からは鮮血が迸っていた。
「ほぅ…よく避けたな…。超サイヤ人…さすがだ……」
油断無く構えを直しながら、そうマーリンが賞賛する。運も実力のうち。
戦士としてのキャリアの長い少女はそれを良く知っている。いくら強くても
それだけでは生き残る事など出来ないのだから。
じわりと道着に染み出す血を押さえる悟空。その今までに無く強張った表情
を見て、マーリンはヤムチャの言葉を思い出していた。



第139話

「…そろそろ作戦とかも考えないとまずいかもなぁ…」
そんな風に突然ヤムチャが言い出したのは、精神と時の部屋に入ってから
2ヶ月が過ぎようとしていた時だった。
あの一件以来、ますます戦闘力を伸ばしていたマーリンではあったが、まだ
まだ悟空には遠く及ばないのは確かだった。ヤムチャの不安ももっともである。
「…作戦…? つまり、ただ戦うだけではなく、何か卑劣な策を講じると
 言う訳か!? ふざけるな!! そんなものは戦いじゃない!」
いつもの反復練習の途中だったが、たまらずマーリンが大声で反対する。
「誇りある戦士の戦いはひとつだけだ! まっすぐに挑み、まっすぐに
 叩き伏せる! それしかない!!」

だが、そんなマーリンにヤムチャは冷ややかな視線を送る。
「…勇ましいのは結構だがな、負けたら何にもならないだろ? お前は
 悟空と戦いたいのか? それとも勝ちたいのか?」
その言葉に思わず黙り込んでしまう。そうだ、戦うだけでは意味が無い。
勝ってはじめて自分は本当の意味での自分になれるのだから。
「まぁ、今のこのままのペースが続けば、そんなものも必要ないとは思う
 けどな…。念には念を、と言いたいのさ」
ぱちり、とヤムチャがウィンクしてみせる。ふっ、とようやく少女の顔にも
笑顔が戻る。
「わかった…。で、具体的な案はなにかあるのか? ヤムチャ…」

しばらく考え込んでいたヤムチャだったが、ややあってゆっくりと口を開く。
「…そうだな…、案って程じゃないけど、いくつか思いつく事はある。
 例えば悟空の性格やら戦法だな。敵を知り、己を知れば何とやら、とも
 あるし」
「ん…。確かにそれはもっともだ。相手の事が判れば作戦とやらも立て
 易くはあるだろう。…で?」
先を促されたものの、そこまではまだ考えていなかったヤムチャが再び
腕組みをしながら唸る。今度はマーリンがヤムチャに冷ややかな視線を
送るのだった。

「…えーと、俺の知る限り、悟空は業師的な相手との対戦は少ない、と
 思う。たぶん」
何やら頼りない物言いに、ますます冷ややかな視線をぶつけるマーリン。
「……つまり、そう言う戦いをすれば、悟空も勝手が違ってやりにくい、
 かもしれないな。うん」
「………………」
「………そ…それと! 悟空のヤツはああ見えてもオリジナルの技を
 ほとんど持ってないんだ。そこがもしかしたら突破口かもしれない…!」



第140話

ほとんど苦し紛れに口を突いて出た言葉だったが、意外なほどマーリンが
それに反応した。
「……それは確かに意外だな…。ふむ…どういう事だ……?」
それを見て、ここぞとばかりにヤムチャの頭と口がフル回転を始める。

「だろ? 誰だって自分なりの必殺技の一つや二つは持ってるもんだ。
 でも俺の知る限り、あいつにそんなのは無い。全部誰かから…武天老師
 さまや界王様から伝授されたものばかりなんだ。強いて言えば超サイヤ人
 への変身ぐらいがそうなのかもな…」
「…確かにそれなりに名の通った戦士ならば、固有の技ぐらいは誰でも
 持っているな…わたしのファイナル・グランスピアードにしても、
 おまえの操気弾にしても。
 それが当たり前だと思っていたが…ヤツが違うとして、それはつまり
 どういう意味があると言うんだ?」

「…悟空は決してバカじゃない。事、戦いにおいては特にな。それどころか
 センスはピカイチだ。なのにオリジナルの技が無いって事は…つまり…」
ごくり、とマーリンが唾を飲み込む。いったいどんな衝撃的な結論がヤムチャ
の口から語られるのか…期待と不安に満ちた表情でその先の言葉を待つ。
「…つまり……?」
「つまり……ど…どういう事だろ?」

ズザザザザァァァァッッ!!!!
戦闘力40万以上による、凄まじいド迫力のズッコケをマーリンが披露した…。

「おぉ! すごいぞマーリン!! おまえもずいぶんと芸達者になってきたな!!」
ヤムチャとこの部屋で過ごすようになってから、マーリンもかなり毒されて
きたようだった。いろいろな意味で…。
「だが、まだまだ突っ込み方が甘いな…その程度じゃ俺の隣には立たせられ
 ないぜ……ふっ…」
「……訳の判らない事を……。そんな事はどうでもいい! さっきの結論は
 どうした!!!」
「どうでもいいとは何だ!! 大事な事なんだぞ!!」

逆ギレするヤムチャを見て、ずいぶんと伸びた髪に隠れて見えにくいが少女の
こめかみにぴくぴくと血管が浮く。
あ、ちょっとヤバイかも。そんな風に思った瞬間、一気に膨れ上がったマーリン
の気に、ヤムチャは軽やかに吹き飛ばされていくのだった…。



第141話

「…それで…結論は出たのか?」
いまだ不機嫌そうな態度のまま、マーリンが落下地点でぴくぴくしている
ヤムチャをつつきながら再び問う。
「……いてて…ムチャしやがる……。
 ま…まぁさっきのは冗談として、つまりはだな……悟空にはオリジナリ
 ティってのが欠けてるんじゃないかな…」
「…オリジナリティ…独創性……創造力か… ……って、当たり前じゃないか!

!」
結論とは到底言えないような言葉遊びを投げ掛けられ、またも激昂しそうに
なるマーリンにあわててヤムチャが補足を入れる。

「ま…待て待て! 最後まで聞け!
 ……俺の見たところ、悟空は元々技に対するこだわりは無いっぽい。技を
 開発するヒマがあったら力を鍛えるってタイプだ」
「……それで?」
「創造力ってのは想像力でもある。要するに悟空には想像力というか、発想
 力が弱いんじゃないかって事。やっぱり意外性のある攻撃が有効と見るな。
 俺は」
むむむ…、と腕を組んでマーリンも難しい顔をしている。一応は納得したよう
だが、いまひとつピンと来ない様子だ。

やれやれと言った表情でヤムチャが助け舟を出す。
「…例えば、あいつは俺のこの操気弾の事は知ってるはずだ。でも、知って
 いるがゆえに想像の幅が狭められるとも考えられるのさ。ならそれを逆手に
 とって、一見同じでも突飛な発想の技を編み出せば…」
「…普通の操気弾だと思って油断して、上手く食らってくれるかもしれない、
 そういう事か……」
ようやく納得できたのか、うんうんと首を振ってマーリンが感心していた。

「まぁ、実際にその通りになるかどうかは判らんけどな。ただ作戦と言うか
 そういう戦略はアリだと思うぜ?」
「…なるほど…ではさっそく今日から新しい操気弾の開発を頼む。わたしは
 忙しいからな」
「…は…?」
まさかそう返されるとは思っていなかったヤムチャが、思わず抗議の声を
上げる。しかしマーリンは取り合わない。

「…フルパワーのわたしと組み手の修行をするか、新しい技を編み出すか、
 どっちがいい?」
にっこりと微笑みながらマーリンが問う。余計な事いうんじゃなかった…
そう密かに後悔するヤムチャだった…。



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