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Saiyan Killer



第102話

翌朝、と言っても、昼も夜もないこの空間では意味の無い概念ではあるが、
とにかく夕べの一件以来、いろいろと消耗し切った体力を回復させたヤム
チャの目がようやく覚めた。
隣にいるはずの少女の姿が見えない事に一瞬まさかと思ったものの、部屋の
外から感じる気にヤムチャはほっとする。
のろのろとベッドを這い出るように後にし、彼も外に出る。無限とも思える
広大なただ白い世界。その入り口に少女はひとり佇んでいた。

「…遅いぞ…。お前はわたしの師なんだろう? そんな事ではこの先が
 思いやられるな……ふふふっ……」
背を向けたまま、それでもヤムチャの接近を感知したマーリンが、あいさつ
代わりと言わんばかりに非難の言葉を口にする。しかし、表情こそ見えない
が、それはむしろ楽しそうな口ぶりですらあった。
何も言わずにそれをヤムチャは受け止める。いや、むしろ唖然としていたと
言っていいだろう。昨日の臨死状態からの復活後でもあきれるほどのパワー
アップを果たしたと思っていたのに、今はそれをさらに上回る力を感じさせ
ていた。


別に気を入れている訳ではない。そんな静かな状態でなお、以前とは比較に
ならない力をヤムチャはマーリンから感じていた。もはや界王拳を自滅覚悟
の倍率で使っても届かない。それほどの差がたった一日で生まれていた。
「…わるい。でも、もう俺じゃお前の師匠は務まらないかもな……」

自嘲気味に率直な感想を思わず口にしてしまうヤムチャ。だが、それには
触れず、相変わらず背を向けたままのマーリンが、やけに晴れ晴れとした
声で歌うように続ける。
「……なぁ…ヤムチャ……。わたしは…昨日……はじめて生まれて
 よかったと思ったんだ……。それも女として生まれてよかったと…」
ヤムチャからは見えないが、ほんの少しマーリンの頬が赤く染まる。
「わたしは…ずっと自分が嫌いだった…。サイヤ人の血を引く自分が
 許せなかった。でも、昨日……はじめて…そうじゃないって風に…
 思えたんだ…」

「だってそうだろう? もしわたしが生まれていなければ、わたしは
 おまえに会う事は出来なかった。もしわたしがサイヤ人の血を引いて
 いなければ、やはり地球には来られず、おまえと出会う事も無かった。
 …わたしはわたしだから、おまえに出会えたんだ。そう考えたら…
 今はむしろ感謝しているぐらいだ……」
少しづつマーリンの気が高まり始める。以前とは比較にならない大きさ
となった器が、少しづつ気で満たされていく。ゆっくりと、たゆたうように。



第103話

戦ってもいないのに、マーリンから感じられ始めた気にびりびりとした
衝撃を受けるヤムチャ。だが、少女の独白は続いていた。黙ってヤムチャ
はそれに聞き入る。
「…以前…おまえはわたしに教えてくれただろう? 精神と肉体、その
 両方を一致させ、協調させなければだめだと。
 …それは…わたしに取っては…2つの血の事だったんだな。父の……
 サイヤ人の血をねじ伏せたり、無視したりするのではなく、受け入れ、
 そして協調する事が……はじめて出来るようになったんだ。おまえの
 おかげで…」

なるほど、とヤムチャは感じていた。修行を始めてからはずいぶん良くは
なったものの、以前からマーリンの精神と肉体のバランスが悪いのは判っ
ていた。それはこうした理由によるものだった訳だが、今の自分を肯定
できるようになって、同時に今まで心の中で否定し続けてきたサイヤ人の
血を受け入れられるようになったのだろう。それがこの急激なパワーアップ
の理由だったのか、と合点がいった。
…それならば。あの目的など、もはやどうでも良い事なのではないのか?

「…そっか…。よかったな、マーリン…。でも、それならもうサイヤ人を
 追いかける…と言うか、悟空と戦う必要は無いんじゃないのか?」
今のマーリンには、もうサイヤ人に対する憎しみは無いはず。それならば
戦いを取り止めて、すぐに宇宙に戻るべきだ、そう思わなくは無い。いや、
そうするべきだと思う。少なくとも理性では。
だが。少女はようやく振り向いたかと思うと、真剣な表情を浮かべて言い
放った。

「…いや、ソン・ゴクウとは戦う。彼は……最強であり、究極のサイヤ人
 だ…。その彼と戦い、そして勝つ事で、わたしは完全に2つの血を1つ
 に出来る気がするんだ…。
 それに何より……負けっぱなしでは腹の虫が収まらないだろう? ふふっ…」
そう言ってくすりと少女が笑う。つられてヤムチャも笑う。そうだ、まだ
何も終わっちゃいない。始まってすらいない。
「…だから、そのためにヤムチャ…もう少しだけわたしに力を貸してくれ。
 力だけじゃない。おまえはわたしに取って…必要な…ひとだから…」
マーリンがはにかむような笑顔をヤムチャに向ける。気はすでに少女の身体を
一杯に満たしていた。戦闘力にして、おそらくは30万をはるかに超える圧倒
的な力…。

「……よーし!! それじゃ今日もバリバリ行くぞっ! 覚悟はいいなっ!?」
「あぁ!! 望むところだ! ヤムチャ!!」
再び二人の関係が元に戻る。一夜だけの夢。だが、誰もそれを後悔などしては
いなかった。



第104話

「それじゃ忘れ物は無いな? そうそう来れる場所じゃないからな。
 ちゃんとチェックしろよ」
「大丈夫だ。おまえの方こそどうなんだ? いろいろ持って来ていた
 みたいだが……」
あれから3ヶ月が過ぎた。つまり合計で約4ヶ月間の修行だった。外界の
時間にしておよそ8時間。午前6時過ぎに入ったので、今は昼の2時過ぎ
のはずである。

「よーし! やるべき事は全てやった! 後は勝ちをもらいに行くだけ
 って事だ!」
「…おまえが戦う訳じゃないんだぞ…気楽に言ってくれる……」
「ふふん…でも自信が無い訳じゃないんだろ?」
その言葉に、やや緊張の面持ちだったマーリンに笑みが浮かぶ。
「……まぁ…な…。ふふっ…」
そして4ヶ月ぶりに、精神と時の部屋の重い扉がゆっくりと開かれた。

扉の向こうには、驚いた事にミスターポポと、神様までが待っていたかの
ように佇んでいた。
「あ…神様…どうもご無沙汰してます」
到底「神」に対する挨拶とは思えない、あまりに普通の挨拶。しかしそれを
気にするでもなく、神様がうんうんと頷いていた。
「ふむ…そうとう腕を上げたようだな、ヤムチャ」
これはヤムチャにしても意外というか、マーリンの修行の副次効果だった。
圧倒的に力をつけたマーリンと修行を続けるうち、ヤムチャ自身のパワー
も大きく上がっていたのだ。おそらくは界王拳全開で50万近くはあるだろう。

そして、次にじろりと傍らの少女を見やる。
「…異星の娘……マーリン…だったかな? お主の目的が何であるかは
 知っておるが…いい目をしておるな…。フフ…」
それを聞いて思わずヤムチャが神様に尋ねてしまう。
「あの…いいんですか…? 止めたりしないんで…?」
「…ふん…今の私の力では止めたくても無理だろう。それに……神としては
 不謹慎極まりないが、実のところ、少しこの戦いに興味があるのでな」
神様が何に興味を引かれているのかは判らない。だが、少なくとも邪魔は
されないようだった。それだけでも充分である。

「じゃあ、まずは俺が悟空の家に行って、果たし状を叩きつけてくるぜ。
 お前はその間に例の場所に行ってろ」
そう言ってヤムチャが神殿を後にしようとする。しかし、それを神様が
突然呼び止める。
「…待つがいい、ヤムチャ」



第105話

「え?」
さっきはあんな風に言っていたものの、急に神様が不安にでもなったのかと
ヤムチャは思った。だが、ここまで来て止めるなどは出来ない。焦る心を
抑えてしぶしぶ振り向いたが、そんなヤムチャの心を知ってか知らずか、
まったく意外な事を神様が申し出た。
「まぁ待て。その格好で行くのは余りに無作法というもの。んッ……!」
確かにあまり気にはしていなかったが、この数ヶ月に及ぶ修行で二人とも
服はボロボロだった。だが、そのボロ服が神様の気合と共に、あっという
間に新品同様になってしまった。奇跡を目の当たりにしたマーリンも目を
丸くして驚く。

「さて…。娘、お主もそのままではな。本来ならば戦いに赴く戦士に、仙
 豆の一つでも渡したいところだが…地球の神としてはそれは出来んのだ。
 だが、せめてこれぐらいはさせてくれ」
そう言って再び気合を込める。みるみる内に少女の戦闘服の破れや破損が
修復されていく。
「…あなたは…すごい力を持っているんだな。さすがに神と言われるだけ
 の事はある…」
あっけに取られつつ、修復された服の感触を確かめるマーリン。だが。
「…せっかく直してくれた事には感謝する。だが、その力を見込んでもう
 一つだけわがままを聞いてはくれないか? わたしも…ヤムチャと同じ
 服にして欲しいんだ」

ふむ、とだけ神様がつぶやいた。そして一呼吸置いて。
「…いいだろう。飛びっきりのをプレゼントして差し上げよう」
再び神様の指が光る。次の瞬間、少女がまとう服はヤムチャの着る道着
そっくりのものになっていた。
「ふふ…少しデザインは違うがな…」
その背中には、大きく染め抜かれた『狼』の文字があった。

「よし! それじゃ今度こそ行くぜ!」
少し時間は取られたものの、これで準備は万端。いざ決戦へ!……と
思いきや、今度はミスターポポがヤムチャを呼び止める。
「っ……、何なんだよ。こっちは急いでるんだけど…」
「ヤムチャ、約束忘れてないか?」
「…約束って……、…もしかして…ぱふぱふの事…かぁ!?」
ほんの少し無表情なポポの口元がニヤついたような気がした。すっかり
忘れていたが、確かにそんな約束をしたような気はする。



第106話

「……? どうかしたのかヤムチャ?」
思わず固まってしまったヤムチャにマーリンが声を掛ける。
「え…いや…その………ちょ…ちょっとこっちに来い!」
マーリンの腕を掴んで、少し神様たちから離れた場所でひそひそと経緯を
説明する。ヤムチャとお揃いと言うかペアルックの道着に、妙にご機嫌
だったマーリンの表情が段々と険しくなっていく。
「……お前は…わたしを丸一日放置しておいて……そんなくだらない
 約束をしてたのかっ……!!!」
「い…いや、だから…それは外じゃ5分ほどだったって言っただろ…」
「そっちには5分でもわたしには一日だ!! 絶対に断る!!!!!
 …ましてや…あんな変な奴に…」

怒り心頭、といった風情のマーリンを必死になだめるヤムチャ。確かに約束
とも言えない様なものではあったが無視はできない。なぜならあの手の奴は
絶対に根に持つタイプだからだ。これを反故にしてしまったら、この先のヤム
チャの人生に大きなトラブルをもたらす事になりかねない。自分の分の仙豆
だけ渡さないとか忘れるぐらいは平気でやりそうだ。

だがマーリンにしてみても、あんな得体の知れない男に身体に触れられる
など願い下げだった。ヤムチャにならそれぐらいは構わない…というか、
むしろしてあげたいが、あの真っ黒の顔を胸で挟むなど、考えただけで寒気
がする。

ふたりの白熱したバトルは永遠に続くかのように思われた。しかしついに
マーリンが折れた。こうしている間の時間の無駄に嫌気がさしたのだろう。
ほっと胸をなでおろして、足取りの重いマーリンを引きずるようにしてポポ
の前に戻る。
「…よっ、待たせたな! それじゃ気の済むまでぱふぱふしてくれ!」
相変わらず無表情で無言のままのポポだったが、心なしか嬉しそうだ。
だが、マーリンの前に立った瞬間、その表情にあきらかな動揺が浮かぶ。

…ゴゴゴゴゴゴゴ………!

両の手で胸を掴み、空ぱふぱふをしながらポポを待ち受けるマーリン。
その全身からすさまじい気を放ちながら。
「…さぁ…いつでもいいぞ? 遠慮なくかかってこい…!!」
ごくり、とポポの喉が鳴ったような気がした。あの胸に挟まれては、いかに
ポポと言えど頭蓋をぺしゃんこにされる戦慄を覚えた。いや、実際にマーリン
はそのつもりなのかもしれない。明らかにシャレにならないパワーを感じるのだ。

「……ポポ…今日は遠慮しておく……」
それだけを言い残し、すごすごとミスターポポが神殿の奥に戻っていく。
その様子を不思議そうに眺めていた神様だったが、彼も後を追うように神殿の
中へと消えていった。
相変わらず射るような視線でヤムチャを非難し続けるマーリンだったが、それ
には気づかないふりのヤムチャが、不自然なテンションで逃げるように叫び
ながら飛び去った。
「よしっ!! それじゃ改めて行くぜ!! じゃまた後でなー!!」



第107話

神殿からかなり離れてもなお、ちくちくと背中に突き刺さるマーリンの気を
感じながら、ヤムチャは悟空の家を目指して飛んでいた。
悟空の家には何度か行った事がある。別段迷う事無く、ものの数十分ほどで
到着する。
「おーい! 悟空ー! いるかーー?」

あの悟空の事だ、家の中にいるとは限らない。そう思ってとりあえず大声で
呼びかけてみる。しかし意外な事に、家の玄関がかちゃりと開いて悟空が姿を
現した。続いてもう一人。
「よう! 悟空、久しぶりだな!…っと……え? ピ…ピッコロ?」
そこには今まで見た事の無い、ありえない格好のピッコロがいた。Tシャツ
にジーパン、帽子もかぶっている。
「オッス、ヤムチャ! でも久しぶりって程じゃねぇだろ。一月前に
 会ったばっかじゃねぇか」

そういえばヤムチャに取っては5ヶ月ぶりでも、外界にいた悟空にはまだ
一月前に過ぎなかった事を思い出す。だがそんな事よりそのピッコロは
いったい…?
「あ…あぁ…そうだったな…。ところでピッコロの奴…どうしたんだ?」
思わず悟空にヒソヒソ声でこっそり聞いてみる。むろんピッコロの耳には
きっちり聞こえているのだが。
「ん? ああ、オラたち免許取りに行ってたんだ。チチのやつがうるさくってよ。
 で、ピッコロもいっしょに行ってたんだ。いつものカッコじゃ目立つだろ?
 ちょうどさっき帰ってきたばっかでさ」

…あまりの緊張感の無さに、意気込んでやって来たのがバカらしく感じる
が、とにもかくにも伝える事を伝えねば話が進まない。悟空はともかくと
して、ピッコロも免許が取れたのかが気になるが、とりあえず決闘と言うか
果し合いと言うか、マーリンが戦いを望んでいる事を手短に伝える。

「…ふーん。まぁいいけど」
これまたヤムチャがひっくり返りそうなほどあっけなく悟空が承諾する。
超サイヤ人になってから、軽さに磨きがかかってるんじゃないのかとさえ
思える。と言うより、それだけの自信があるのだろう。フリーザさえ倒した
ほどの力…そして以前見たマーリンの実力を考えれば、負ける事などこれっ
ぽっちも考えていないに違いない。心の中でそっとだけヤムチャが吠える。
「後で吠え面かくなよ…!」と。

「んじゃあ、さっそく行くかぁ! …そうだ! せっかくだし、このエア
 カーでみんなで行くか! おーい! 悟飯ー! チチー! 出かける
 ぞーーー! ピッコロも行こうぜーー!」
「…行くのは構わんが、もうこの服はゴメンだ…」
「えー、結構にあってると思うんだけどなぁ……」
ぶつぶつ言いながらピッコロが着替えに戻る。入れ違いにチチと悟飯が
出てきたが、ピッコロが行くと聞いてチチは露骨に嫌そうな顔をして辞退
した。水しか飲まないとは言え、夫の友人(?)で、しかも居候に対する
妻の反応は得てしてこんなものだ。あまり好意を持っていないのは明白で
あった。だが、チチが行かないならエアカーで行くのはただの時間の無駄
である。結局いつも通り、4人で飛んでいく事になった。



第108話

タッ……!
まずヤムチャが見慣れた荒野に降り立つ。続いて悟空、ピッコロ、悟飯の
三人が並んで降りる。
そう、ここはマーリンとヤムチャが1ヶ月ほど修行をしていた、そして初めて
ふたりが出会った場所でもある。マーリンと悟空の初戦もここだった。
最初に悟空と戦った時に出来た、直径200メートルほどのクレーターの中。
その中心に少女はいた。静かに目を閉じ、その秘められた力を解放する時を
待っているかのように。

そこからほんの数十メートルの所に悟空たち三人が降り立った。
「へぇ…ちょっと見ない間に、ずいぶんと腕を上げたみてぇだな…」
気はほとんど入っていないにも関わらず、少女の力を見て取った悟空が感心
する。
「…今のあいつなら…悟飯、おめぇとならいい勝負かもな」
そう言われた悟飯にも、確かにあの年上の少女からは並々ならぬ力を感じる。
しかしそれだけでも無い。どこか近しい……姉のような匂いを感じていた。

「ふん…確かにな…。あの程度ならば今の貴様とでは勝負にならん…
 それが判らんヤムチャではあるまい…何を企んでいる…?」
半神としての直感か、ピッコロはこの戦いに何かを感じていた。不安では
ない。ただ、何か言い知れぬ運命のようなものを感じるのだ。だが当の本人
の悟空は相変わらず飄々としているだけだった。

「よっし! じゃあ、いっちょやってみっか!」
そう悟空が声を上げ、ぶんぶんと腕を振り回しながらマーリンに近づこうと
した瞬間、間に割って入るように一人の男が姿を現した。少し遅れて近くに
着陸した小型ヘリからも女性が降りる。
その男がマーリンに問う。
「貴様…何者だ。この星の者じゃ無いだろう。言え!」
ゆっくりとマーリンが目を開ける。別に無視しても良かったのだが、考えて
みれば前回の戦いの時も名乗りを上げていない。この無礼な男に対してでは
なく、戦士・孫悟空に向けて朗々と名乗りを上げる。

「わたしは…戦士・マーリンだ! 惑星マリーンの生き残りにして、最後の
 王家の血を引くものでもある!
 超サイヤ人・ソン・ゴクウに、戦士として尋常なる勝負を申し込む!」

「……何っ……!! マーリン…だとッ!? 貴様が…あのマーリンだと?」
目を剥いて驚く男。そこへすたすたと近づいてきた悟空が声を掛ける。
「なんだベジータ。知り合いか?」
それには答えず、ただベジータと呼ばれた男はじっと少女を睨み、ぼそりと
つぶやいた。

「カカロット……あの女はオレがやる…貴様は下がってろ…!!」



第109話

「え? お、おめぇ何いってんだよ。あいつはオラとやりてぇって……」
さすがの悟空も、何の理由も無く目の前の戦いを取り上げられそうに
なっては納得がいかない。憮然としてベジータに詰め寄る。
「…どういう事だよ。おめぇとあいつは何か関係あるのか?」
「フン…地球でぬくぬくと暮らしてきた貴様は知らんだろうがな…
 あのマーリンという女は、オレたちサイヤ人を付け狙って…これまでに
 何人ものサイヤ人を殺してきたんだ! サイヤ人の王子たる、このオレ
 自らがヤツに制裁を下す! 貴様はそこで引っ込んでいろ!!」

しばらく見せた事の無かった、激しいベジータの怒りを目の当たりにして
やれやれといった風情で来た道を戻る。だが、不思議とその表情にそれ
ほどの残念さは見られなかった。悟飯たちの所まで戻ると、ピッコロが声
を掛けた。
「どうした…? 獲物を横取りされたにしては、それほど不満では無さそうだな…」
「……まぁ、ベジータがやりたいってんなら、しょうがないさ。
 でも…オラのカンが当たってりゃ…もしかしたら…」
「…貴様らしくない物言いだな…どういう事だ?」
「まぁ見てりゃ判るさ…たぶんな…」
そう言って悟空は黙って二人を見つめる。クレーターの中心には早くも陽炎
のような気のゆらめきが生まれ始めていた。

「…わたしはソン・ゴクウとの対戦を希望したのだが……?」
「黙れ…。ヤツの出番は無い。ここで貴様はオレに殺されるんだからな…
 この惑星ベジータの王子、ベジータ様の手によってな!!」
ベジータ。確かにその名前には聞き覚えがあった。そう、サイヤ人たちの母星。
その名を頂くこの男はつまり…サイヤ人の王という事か。
そう言えば段々と記憶が蘇ってきた。確か以前にも一度会った事があったはずだ。
惑星フリーザのトレーニングルームですれ違った後、ザーボンに教えてもらった
事があった。あれがベジータ王子だ。と。
その時は思わず飛び掛りそうになり、ザーボンがあわてて自分を押しとどめた事を
思い出す。自分とさほど変わらない歳のようだったが、すでに何者をも寄せ付け
ないオーラを漂わせていた。それは今も変わっていない様子だ。

もっとも、向こうはそんな事などまるで覚えていないようだった。すでに臨戦態
勢に入ってる。ふと思い出せば、ヤムチャの語ってくれた地球の物語にもベジータは
登場していた。ヤムチャは死んだと話していたが、どうやらそれはウソだったようだ。
ちらりとヤムチャの方を見てみると、知らない女性と並んで頭を抱えていた。
……おそらく彼女がブルマ…なのだと判った。ちくり、と胸の奥が痛む。
こちらの視線に気づくと、バツの悪そうな顔をしてヤムチャが必死に首を横に振り
始めた。殺すな、という事だろう。
ブルマも心配そうな顔をしてベジータを見つめていた。なぜ彼女がこの男の心配
をするのかは判らないが、まぁいい。ウォーミングアップ代わりにはなるだろう。

「ふ…仕方ないな…では少しだけ遊んでやろう」
「ッッ!!! なめるなァァァァッ!!!!」



第110話

「はぁぁぁぁッッ………!!!!!」
ベジータの周囲の空気が一変する。とてつもないエネルギーが彼から
放たれていく。揺らいでいた空気は吹き飛び、舞い上がる砂塵が身体を
覆うオーラに触れる度、ばちっと音を立てて燃え尽きていく。
「……ほう…凄まじい戦闘力だ。約150万か…サイヤ人のレベルをはるかに
 超えている…が…、超サイヤ人ではないようだな」
スカウターを操作しながらも、ベジータからは油断無く視線を逸らさない。
マーリンの持つスカウターは最大で500万までは計測できる特注品で、同じ
性能のものは惑星フリーザにある大型のスカウターしか無い。それをこの
サイズに収めているのだから、値段は同じ重さの貴金属の軽く数百倍である。
「なるほど…サイヤ人の王…いや、王子だったか…。さすがにそれを
 名乗るだけの事はある…」
「…フッ……今更怖気づいたのか? だが容赦はせん…覚悟しやがれ!!」

ボッ!!!!
ベジータが神速のスピードでマーリンに迫る。そして宣言どおり、全く容赦の
無いパンチが少女の顔に襲い掛かる。だが。
…バチィッ!!
「な……ッ!!」
顔面を捉えられたのはベジータの方だった。ダメージこそ少ないが、先にパンチ
を放った自分が何故攻撃を受けるのか。呆然とするベジータ。
そしてそんなベジータに更なる攻撃が襲い掛かる。顔、腹、足、ありとあらゆる
箇所に降り注ぐ疾風のごとき連撃。

「ぐはァッ………ッ!!!!こ…こんな…バカなッ……!!!」
吹き飛びながらベジータが叫ぶ。かろうじて体勢を整え、くるりと回転し
ながら着地する。ほんの数秒の間に、彼の服はすでにボロ切れのように
なっていた。

「…ハァ…ハァ…ッ…、…そ…そんなバカな……」
信じられないものを見るような目でマーリンを射るベジータ。まるで攻撃に
反応出来なかったのだ。しかも、その攻撃はどれもまるで本気ではない事が
明らかに感じられた。ベジータの皮一枚だけを傷つけるだけが目的のような。
ぴくぴくと眉間に血管が浮き出る。サイヤ人の敵、それも女にここまでバカに
されたのだ。実力の差を思い知れ、と言わんばかりに。
「ゆ…許さん……許さんぞォォォォッッ!!!!」
ベジータの身体から再びエネルギーが溢れる。そしてマーリンに向けて
特大の気功波を放つ。

ドゴォォォォォォッッッッ!!!!!

「ハァッ…ハァッ……ど…どうだ…!! て…手応えあったぜ……!」



第111話

ザァァァァァ…ッッ…
ゆっくりとベジータが砂塵が巻き上げた砂塵が収まっていく。半ば勝利を確
信しつつも、一応警戒は怠らない。だが、歴戦の戦士だけが持てるその細心
さは、しかし時として信じられないものを見せる。

「あ……ぁあ………っ……」
消滅しているべきものは、変わらぬ姿でそこに先ほどと同じように佇んで
いた。伸ばした腕からはわずかに煙がくすぶっている。
「…この服は気に入ってるんだ…そんなもので埃まみれにして欲しくは
 ないんだがな……」
さすがに少し腹が立ったのだろうか。ぱんぱんと砂埃を払いながら、やや
殺気をはらんだ声でベジータに話しかけるマーリン。だが、すでにクレーター
の外側に避難していたヤムチャを見ると、やはり猛烈な勢いで首を振っている。

ブルマは何か祈るようにさえしてベジータを見つめていた。

「…なるほど…そういう事か…」
そんなブルマを見て、唐突にマーリンは二人の関係を直感する。げに恐ろし
きは女の勘なり…なのかもしれない。
多少ブルマに罪悪感があったマーリンだが、とどのつまりはお互い様という
事だ。そして、それならなおの事、この男…ベジータには今後も居てもらわ
ねばならない。
「…もういいだろう? お前では話にならない。早くソン・ゴクウと
 代わるんだな。その方がお前のためだ」
そう言って。マーリンが露骨にベジータに交代を要求する。こんな程度では
疲労などしないが、うっかり加減を間違えて、いつか取り返しのつかない攻
撃をしてしまうのが怖い。

ベジータの肩が震えていた。怒りか、屈辱か、それとも自分自身への情けなさか。
うつむいたまま立ち上がると、そのまますぅっ…と空中に飛んでいく。
「……?…」
ベジータがどんどんと高度を上げていく。悟空の方へ向かうでもなく、ただ
真っ直ぐに上昇していく。怪訝そうな表情でそれを見つめるマーリン。

「…オレは…戦闘民族サイヤ人の王子だ……。オレが…最強なんだ………
 オレこそがァッ…!! 最強であるべきなんだあっッッ!!!!!!」

ズオゥッッ!!!

かつて無いパワーがベジータの身体を包み込む。それまでとは比較にならない
戦闘力が、彼の身体から生み出されていく。
ピピピピピッ……!
瞬間、少女のスカウターが自動で起動する。
「……戦闘力…250万…か。たいしたものだ…超サイヤ人以外にここまでの
 力を持つ者が居るとはな……」
素直にマーリンがベジータの力を賞賛する。だが、ここにきてその表情が真剣
なものになった。そう、彼を初めて「敵」と認識したように。



第112話

「…とうに滅び去った星の王子を誇るのか…お前も」
静かな声でマーリンがベジータに語りかける。
「そうだ…!! オレはそうやって生まれた! 星が砕けようが滅びよう
 が関係ない!! その誇りは…誰にも奪えはしない!!!」
ほんの少しマーリンはこの王子を羨ましく思う。異常とも思えるプライド
こそが、彼をここまでにしたのだろう。だが、少女の結論に変更はない。

「……クククククッ…!!! 消し…飛んでしまえぇぇぇぇッ!!!!!
 …喰らえ…ハイパー・ギャリックーーーーーーーーーッ!!!!!!」
ヴァオッッ…………!!!
ベジータの気が両腕に集中する。限界以上に高められたそのエネルギーが
周囲の空気すら消滅させながら迸る。破壊の真髄。まさにサイヤ人の王子が
まとうにふさわしい、高純度の死の匂いをあたりに撒き散らす。

「お…お父さん! た…大変だよ! ベジータさん…地球ごとあの人を
 撃つつもりです! は…早く止めないと……!!」
あまりの凄まじいエネルギーに、悟飯があわてて悟空にベジータの制止を
求める。だが悟空は動かない。その揺ぎ無い視線はただマーリンにのみ
注がれていた。
「……この星ごとわたしを消す気か…。どうしてだ…なぜこんな男を
 ヤムチャたちはかばう……?」
膨れ上がる光を見上げながら、マーリンがそうひとりごちる。この男は
どう考えても悪そのものだ。サイヤ人への憎しみはもうあまり無いが、
それを抜きにしてもこの男は許せないと感じた。

「死ねェェェェェェッッッッ…………!!!!!!」
ベジータのハイパー・ギャリックが天空からマーリンに降り注ぐ。圧倒的な
パワーはマーリンを飲み込み、そのまま地球すら貫いていくだろう。
だが。
「…貴様はクズだ……。殺すつもりは無かったが気が変わった……死ね」
ブルマとの今後を考えると少し残念だし、あとでヤムチャに死ぬほど叱られる
かもしれないが、それでもこの男は生かしておけないとマーリンは思う。
ナメック星からこの地球に来たのなら、もうずいぶんと経つはずだ。なのに
この男…ベジータは何も変わっていない。剥き出しのサイヤ人そのものだ。
放っておけばいずれ大きな災厄をこの地球に招くだろう。その前に処理しなけ
れば。

ボゥッ…!!!
少女の全身を真っ赤な気が包む。赤い、燃盛る紅蓮の炎のようなオーラ。
「…!! あ…あれは! おい! 孫! あれは……まさか!!」
ピッコロが目を剥いて驚きながら、同じように驚く悟空に振り向く。悟飯も
唖然としていた。



第113話

「……あぁ…間違いねぇ…ありゃ界王拳……だ」
半ば呆然としながら悟空がつぶやく。だが、考えてみれば、あの少女の後ろ
にはどうやらヤムチャが付いているのだ。何を考えて手を貸しているのかは
判らないが、それなら界王拳を教えられていても不思議は無い。
「どうやらさっきからもずっと使ってたみてぇだけど…すげぇ自然に
 使いこなしてたから気づかなかった…。
 …とんでもねぇ使い手になってるぞ……あいつは」

マーリンの気が一気に膨れ上がった。ベジータの250万をはるかに上回る、
凄まじい力。頭上から迫るハイパー・ギャリックを、なんと片手で受け止めて
みせた。
「な…んだと……ッッ!!!」
信じがたい光景に、必死に技を維持しながらもベジータは動揺を隠せない。
まぎれもなくフルパワーだ。本気で地球もブルマの事すらも頭には無い、無心
のフルパワー。だがそれが事もあろうに片手で遮られていた。
それでもマーリンの周囲が余波でぼろぼろと崩れていく。少しづつ、少しづつ
マーリンの足も地面にめり込んでいく。
それを見て、ベジータが鬼神の形相で持てる力の全てをハイパー・ギャリック
に回す。ここで押し切らなければ死が待っている。戦い続けてきた一流の戦士
だけが持つ直感だった。

だが。
「はぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
左手で受けつつ、残った右手をそのハイパー・ギャリックに渾身の力で打ち
つける。
ギャウ………ッンン……
一瞬、光弾そのものが静止したかのように見えた。が、次の瞬間、大滝が
逆流するかのように、ベジータのハイパー・ギャリックが、使い手である
ベジータ本人に襲い掛かる。
「なにぃィィッッ!! バカなッ……こ…こんな………ッッッ!!!」
ぐんぐんと逆流しながら迫る自らの必殺技に呆然とする。もはや回避する
時間さえ無かった。瞬きする暇も無く、あっという間に飲み込まれて蒸発
するだろう。一瞬のうちにベジータはそれを悟る。

しかし奇跡が起きた。いや、奇跡などではなく、まるでそれを予想していた
かのようなタイミング。
「ベジータぁぁ!!! 掴まれぇぇッッ!!!」
着弾のほんの一瞬前に、瞬間移動でベジータの横に悟空が姿を現す。そして
強引に腕を掴んで再び瞬間移動でピッコロたちのところへ戻る。まさに刹那
の救出劇だった。

「…危なかったな…もうちょっとでおめえが消えちまうとこだった」
地面にベジータを下ろし、悟空がそう声を掛ける。しかしベジータは硬直した
まま何も答えない。いや、答えられなかったのだろう。目を見開いたまま、全
身からはおびただしい汗をかいてわずかに震えている。今、自分がどうやって
助かったかすら理解していない様子だ。
「あ…ぁ……カ…カ…カロット……?」
「…おめぇはそこで休んどけ。後はオラがやる……!」



第114話

「……ぐぐっ……くそっッ…くそぉぉぉッッ………!!!」
ようやく状況を受け入れる事が出来たベジータが、くやしそうに地面を
叩いていた。目にうっすらと涙さえ浮かべて。
「オ…オレが…このオレがあんな小娘などに……ッ…!! ちくしょうッ
 ちくしょぉぉぉぉぉお………!!!」
そんなベジータをブルマがほっとした表情で見つめていた。何はともあれ
命が助かっただけでも良かった。そう思っていたが、ベジータの戦線離脱に
よって少し心に余裕が出来たのか、思わずヤムチャに食って掛かる。

「…ちょっと、ヤムチャ? 何なのよあの娘は! ベジータを殺す気!?」
「え…いやだからさっき言っただろ? あいつは宇宙から来たマーリン
 って名前で……」
「……へぇ、あいつ、ね。ずいぶんと親密な感じじゃない。…あの娘と
 いったい何してたのよ! この一ヶ月ほとんど連絡もしないで!!」

ほんとは5ヶ月なんだけど…とは口が裂けても言えなかった。いくら何でも
半年近くも、それこそ寝食を共にしてきた…などとブルマに知られては
何を言われるか判ったものではない。だがヤムチャも、耳元で延々と文句
を言い続けるブルマにだんだんと腹が立ってきた。
「…お前こそ何なんだよ! …さっきからベジータの事ばっかり言いや
 がって! そんなにあいつが心配なのかよ!!」


図星を指されたのか、一瞬答えに詰まるブルマだったが、そんな素振りは
見せずにさらにヤムチャに詰め寄る。
「そ…そんな事関係ないでしょ!! 何よ! 今時ペアルックなんか着て
 恥ずかしい! 何考えてんの!?」
「ペ…ペアルックって…お前、これはただの道着だろ! 悟空だってクリ
 リンだって同じじゃねーか!!」
「いーえ、違います!! そんな胸元をあらわにした服なんかを、あの
 娘に着させて…いやらしい!! ヘンタイ!! どうせ自分じゃ勝て
 ないから、あの娘にベジータをやっつけてもらうつもりだったんでしょ!
 この卑怯者!!」

聞くに堪えない暴言の数々を、さながらマシンガンのようにぶつけまくる。
思わず耐えかねて手が出そうになるが、いくら何でもヤムチャが一般人の
ブルマを叩けば大怪我をさせかねない。おまけに疚しい部分も無いではない
ので、ぐっと我慢するしかないヤムチャだった。

だが、それ幸いとばかりに、ブルマの執拗な攻撃は止まらない。ロリコン
だの浮気者だの、やはり若い娘の方がいいのかなどと、もはや支離滅裂の
言葉をひたすらヤムチャに叩きつける。
「何よ!! あんなおかしな娘、孫くんにボコボコにされちゃえばいいのよっ!」
「……っ!!」
その言葉を聞いて、ヤムチャは一瞬、我を忘れかける。拳を振り上げ、それを
ブルマ…の足元に叩き付けた。
ドガッ……!
「きゃあっ!!」
「…頼むから…それ以上はもう言わないでくれ……。俺の事ならともかく、
 マーリンの事は言うな……!!」



第115話

ブルマがぺたんとその場に尻餅をつく。ぼこり、と陥没した穴はまるで自分
の心に空いた穴のようだった。
「……う…うぐっ…。なんなのよぉぉ…何考えてるのよヤムチャ……
 あ…あんたが…あんたがそんなんだから…わたしは…わたしはぁぁぁ……!!

 …あ……あぁぁぁぁ………っ!!」
必死に心の中で支えてきたものが、何かぷっつりと切れてしまったように
ブルマの感情が迸る。年甲斐も無く大泣きを始めてしまうブルマに、ヤム
チャはかける言葉など一つも見つけられなかった。
そこへ。
「…それはオレたちにも聞かせてもらいたいな…ヤムチャ」

「…ピッコロ……」
ピッコロと悟飯、そしてベジータの三人が、ヤムチャたちの方へ移動して
きた。さっきまでの場所では戦いの邪魔になると思ったのだろう。もっとも
ベジータだけは目を伏せてぶつぶつと何事か呪詛を口にしているだけで、心
ここにあらずといった様子だったが。
「…ヤムチャ…貴様…いったい何を考えている…? あの女は何者だ…?
 貴様とて判っている筈だ。2年後に戦いを控えた今、孫にもしもの事が
 あれば…」
そうピッコロがヤムチャを問い詰める。だが、そんなピッコロにわざと大げさ
にヤムチャは驚いて見せる。
「へぇ…ピッコロ大魔王もずいぶんと甘くなったもんだな。地球と…悟空の
 心配とはねぇ…」

「ふっ…ふざけるなッ!! オ…オレはただ……」
「…まぁ、別にいいさ。それに…言ったって判りゃしないぜ…」
ピッコロの言葉をさえぎり、そう言って視線をクレーターの中心に戻す。
そうだ。話したところで彼らにマーリンの事など何も判るはずなどない。
自分自身でもマーリンの全てを理解している訳ではないのだ。そんな自
分が語ったところで、あの少女の何が理解出来るというのか。

しばらく黙ってヤムチャを睨みつけていたピッコロだったが、やがてあきら
めたのか、彼もまた視線を戻す。ベジータとブルマは、泣きながらヘリに
戻っていった。
『ブルマさんたち…何しに来たんだろ…』
それを見ながら悟飯が子供らしい、純粋で素朴な悪意に満ち溢れたツッコミ
を心の中で入れていた。

クレーターの中心で、一連のやり取りをマーリンも見ていた。声までは聞き
取れなかったが、何かケンカをしている様子だった。もし自分が原因でのもの
なら申し訳ないと思うが、二人肩を寄せ合うようにして歩くブルマとベジータ
を見て、ほんの少し口元が意地悪く歪む。まぁ、これはこれでいいか、と。
だがそんな感傷からはあっという間に引き戻された。ざく、ざくと砂を蹴る
ように近づく足音。その振り向いた先には…孫悟空が立っていた。
「…待たせちまったかな…。……すまねぇ」



第116話

「…伝説の超サイヤ人ともあろう男が…ずいぶんと慎重だな。あの男を
 ぶつけてわたしの力を見るつもりだったのなら…とんだ節穴だな。
 貴様の目は…」
にやり、と笑いながら近づいてきた男に挑発の言葉をぶつける。しかしそんな
言葉をするりと悟空はかわす。
「そんなつもりは無かったんだけど…まぁしょうがねぇかな。そう思われても」
へっへっへっ、と悟空が笑う。だが視線はマーリンを捉えて離さないままだ。
「…だが、わたしも見せてもらった。瞬間移動…話には聞いていたが、
 実際に見るのは初めてだった。これは…おあいこという事…かな?」
マーリンもふふふ、と笑う。これだけを見れば親しい二人が談笑している
ようにも見える光景だろう。だが、わずかに亀裂の走っていく地面が、この
二人の関係を雄弁に物語る。

「…でも、やっぱその程度じゃ…オラには勝てねぇぞ。こんな短ぇ間で、
 そこまで強くなったのはたいしたもんだけどな」
やや間を置いて、きっ、と急に悟空が真顔でマーリンに言う。
「おめぇがまだ力を出し切ってねぇのは知ってる。でも、そいつを計算
 に入れても…本気のオラにはまるで届かねぇ。おめぇにだってホントは
 判ってるんじゃねぇのか?」
まるでこの戦いをやめさせようと言わんばかりの悟空の態度に、マーリンが
冷ややかな表情を浮かべながら返す。
「…それはどうかな…? だいたい、お前が本当にそう思っているとは
 思えないがな……ふふっ」

にやり、と悟空も再び笑う。確かにその通りだ。さっきまでならともかく、
垣間見ただけとはいえ、この少女の力はベジータやピッコロをはるかに
凌いでいる。
ナメック星以来、本気の戦いから遠ざかって久しい悟空は、手に入れた宇
宙最強の力を持て余す毎日だった。超サイヤ人にならなくとも、悟空の力は
いまだピッコロたちの及ぶ所では無い。
時折悟空は夢を見ていた。ナメック星での、フリーザとのまさに命をかけた
ギリギリの戦いの夢を。あの時は必死で、とてもそんな事を感じている余裕
など無かったが、今思い返せば、間違いなく自分はあの時、かつてない興奮を
感じていた。魂そのものを削りあうような、そんな戦いの喜びに打ち震えて
いたのだ。

それから遠ざかってもうずいぶんになる。フリーザ親子をトランクスに
倒された事は、正直に言えば少し不満だった。もう一度フリーザとあの
戦いの再現ができるかと思っていたところを、突然見知らぬ誰かにその
チャンスを奪われたのだ。丸い宇宙船の暗闇の中で、密かに悟空は歯噛み
していた。
だが、それから一年が過ぎ、突然自分の目の前に現れた少女は、それには
及ばないまでも、格別の力の持ち主だ。後2年たてば人造人間との決戦が
待っているとはいえ、戦いに飢えている悟空にとって、少女…マーリンは
格別のご馳走のようにも見えた。

「へへっ…オラの事…サイヤ人の事をよーく判ってるみてぇだな…。
 ならもう何も言わねぇ…武道家としてこの勝負…受けた!!」



第117話

ズォウッッ!!!
悟空の全身から気が立ち昇る。こちらも赤い紅蓮のオーラが。
「……どういうつもりだ…? なぜ超サイヤ人にならない……?」
少し怒気をはらんだ声をマーリンがぶつける。
「へへっ…そう焦るなよ…。オラ、こんな戦いは久しぶりなんだ……
 おめぇと超サイヤ人になったオラじゃ、あっという間に終わっちまう
 かもしれねぇからな…!」

界王拳による激しい戦闘力の上昇を行いながら、なお穏やかな口調のままに
マーリンに語りかける。
「それに…おめぇの界王拳とオラの界王拳…どちらが上か勝負してぇ
 じゃねぇか。武道家としてはよ?」
確かにそれもあるだろう。しかし悟空の本音はやはりそこには無い。一瞬で
この戦いが終わってしまう事への不安。そしてもう一つの不安も。
この少女の力は確かに凄まじい。自分の読みが正しければ、例え超サイヤ人に
なったとしても、楽々と手を抜いて倒せる相手ではない。その危ういバランスは、
運が悪ければ本当に一瞬で終わってしまいかねない。戦いに飢えていた悟空に
とって、それが到底受け入れられる事ではないのも紛れも無い事実ではある。

「フン…まぁいいだろう……だがすぐに後悔する事になる…あの時に
 超サイヤ人になっておけばとな…!」
マーリンの身体からも再び赤いオーラが噴き出す。そしてゆっくりと構える。
しなやかな肉食獣が今まさに獲物に飛びかからんとするかのように。
じり、じり、と両者が近づく。噴き上がるその二人のオーラも少しづつ、
少しづつ近づいていく。

…パァンッ……!!!

それが触れ、スパークが起きた瞬間、悟空とマーリン、その二人も閃光の
ように弾けた。
悟空の左拳が唸りを上げてマーリンに襲い掛かる。それを軽くかわして
カウンターの蹴りを打ち込むマーリン。すかさずガードし、受けた右足を
払いのけるように腕を振るう。だがその反動を生かし、今度は回転しながら
マーリンの左足が悟空の顔面を襲う。これにはさすがに反応し切れず、悟空
はもろにそれを食らってしまった。
ぐらり、と悟空の身体が揺れる。だがその両足はしっかりと地面を捕らえ、
それ以上のマーリンの追撃を許さなかった。

「なるほど…ホントにたいしたもんだ…。前とは別人みてぇだ……」
蹴りを受けた頬をさすりながら、そう悟空が賞賛の声をあげる。実際、
以前に戦った時とは何もかもが違う。闇雲にパワーだけで気功波を撃って
いた、あの稚拙な戦い方をしていた少女と同一人物とはにわかには信じ
がたいほどだ。
「でも…まだキレが足りねぇみてぇだな…。付け焼刃じゃオラは倒せねぇ…!」



第118話

「…強がりはそれぐらいにしておくんだな…今のお前ではわたしには
 勝てない。絶対にな……」
そう言いながらも、す…っと再びマーリンが構えを戻す。やはり超サイヤ人
にならなくとも、この男、孫悟空はただならぬ強さだと感じていた。体捌き
や判断力、どれをとっても今まで戦った相手とは桁が違う。むろんヤムチャ
とも。マーリンもまた、前回の戦いでは感じる事すらできなかった悟空の本当
の実力に舌を巻いていた。たまたまうまく一撃を入れる事は出来たが、格闘
技術はいまだ悟空の方がはるかに高い。純粋な格闘では、いまだヤムチャに
さえ及ばなかったマーリンなので、仕方ないとは言えるのだが。
わずかな太刀合わせで瞬時にそこまでを認識する。ならば方法は一つしかない。

ピ…ピ…ピ…
スカウターの数値は305万を表示している。これが彼の限界なのかは判ら
ないが、少なくとも半分以下である事は無さそうだ。もしそうならヤムチャ
から聞いた500万以上という超サイヤ人の戦闘力を超えてしまい、超化が
無意味なものになってしまう。
マーリンの目的はあくまで超サイヤ人に勝つ事だ。そのためにはこんな所で
遊びに付き合っている余裕などない。
「……遊びは終わりだ…。次は少し本気で行く。…死ぬんじゃないぞ…」
そう言って大きく息を吸い、それを裂帛の気合と共に吐き出す。同時に、
少女の身体から、さらなる巨大なオーラの嵐が巻き起こる。

ズゥアォォォ!!!!

「……ッ…! こ…こりゃ…とんでもねぇ気だ…っ!!」
さしもの悟空も、目の前の少女から放たれる想像以上の力に圧倒される。
「こ…ここまで力を隠してたのかよ…。へへ…ホントに後悔するかも…な」
だがそう言いながらも悟空の顔は笑っていた。いつもいつもそうだった。
圧倒的な力を誇る相手の、針の先ほどの隙をついて逆転し、勝つ。それが
当たり前だった悟空にとって、むしろそれは嬉しい誤算だったのかもしれない。

「いくぞッッ!!!」
ヴァオッッッ!!!
マーリンが大地を大きく蹴り、悟空との距離を一瞬にしてゼロにする。蹴ら
れた大地は大きく陥没し、クレーターの中にさらにもう一つクレーターを
作る。
「……!!!!????…」
悟空の目にはマーリンの姿は消えたようにしか写らなかった。先ほどまで少女
がいた場所が大きな砂煙を上げ、べこり、と陥没する瞬間を捉えた時、同時に
身体に強い衝撃を感じた。
「ぐっ……はあああぁぁぁぁッッ!!!」



第119話

悟空がたまらず叫んだ。消えたように見えたマーリンは目の前にいた。
その小さな拳が自分のわき腹に突き刺さっている。みしり、と音を立てて。
「ぐ…くあぁぁっッ!!!」
痛みをこらえてマーリンに反撃する。焦りのためか、やや大振りなパンチを
マーリンに向けて送り込む。
だが、少女はそのパンチをさらにかわすと、今度は回転しながらの肘を悟空の
腹に潜り込むようにして叩き込む。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
声にならないうめき声を上げつつ、よろよろと悟空が後ずさる。だがマーリンは
いたって涼しい顔のまま、そんな悟空を見つめていた。

「…さすがにタフだな…だがもういいだろう? さっさと超サイヤ人に
 なるんだ。今のお前ではわたしには勝て…っ!?」
今度はマーリンが絶句する番だった。かなりのダメージを受けたはずなのに
それを意に介さないように再びマーリンに悟空が迫る。先ほどの攻撃を受けて、
これほどすぐに反撃に出られるとは思ってもいなかったのだ。
「まだまだぁァァ……!!!!」
口から血を流し、それでも顔は笑っていた。何か鬼気迫るものを感じつつ
マーリンは悟空の放つ攻撃を易々とかわしていく。だが。

ぴッ…

「な…にッ…!?」
悟空のパンチがかすかにマーリンの頬を捉えた。掠っただけに過ぎなかったが、
それでもマーリンは驚きを隠せない。そしてまた一つが掠る。今度は先ほど
よりも深く。
「ば……バカな…ッ。こんな程度の攻撃が…完全にかわせないだと…ッ!?」
徐々に悟空の攻撃が鋭さを増していく。パワーやスピードが決定的に増した
訳ではない。それなのに何故かかわしきれない。少女の表情にかすかに焦り
の色が浮かぶ。
「ちぃっ……ッ!!」
一瞬攻撃がやんだ瞬間、マーリンが反撃に出る。受けに回るだけではまずい。
劣勢を挽回しなければ。そんな思いで放った蹴りを悟空はたやすく避け、お
返しとばかりに蹴りを打ち返してきた。

ガツッ!!
何とかガードが間に合ったものの、受けた腕にびりびりと痛みが走る。
「………っ……!!!」
「…へへっ…言っただろ? 付け焼刃じゃオラには通じねぇって…。
 おめぇの動きはもう見切っちまったからな……!」



第120話

「…見切った…だと…?」
ぴくりとマーリンの眉が上がる。ふざけるな、と喉まで言葉が出掛かるが、
何とかそれを飲み込み、その代わりに悟空を強く睨みつける。そして再び
じりじりと間合いを詰め、もう一度飛び掛った。

ヴァオッッ!!!
今度は真正面ではない。横っ飛びで一度悟空の視界から消え、そのまま
後ろに回りこんで、がら空きの背中に渾身のパンチを放つ。しかしそれを
読んでいたのか、あるいは本当に見切っているのか、振り向きすらせずに
そのマーリンの攻撃をジャンプしてかわし、流れのままに蹴りを繰り出す。
ブンッッッ……!!
少女の延髄に迫る悟空の背面蹴り。直撃すれば例え戦闘力にここまでの差が
あったとしても、ダメージは避けられない。

ぞくりとマーリンの全身が総毛立つ。見えてはいないが、何か危険な物が
自分の身体に迫っている事を直感する。だが回避は間に合わない。
「ちぃぃぃっっっ!!!」
とっさに少女は驚くべき手段でそれをかわした。いや、かわしたのでは
なく、自分からそれに当たりに行ったのだ。
後頭部を狙う蹴り、それにとっさに頭を動かし、延髄ではなく頭頂部を
ぶつけたのだ。強引に身体をのけぞらせてヒットポイントをずらし、狙い
通りの場所ではなく、堅い部位であえて受ける事で、悟空の追撃をも回避
しようとする、まさに肉を切らせて骨を絶つギリギリの選択。

ゴロゴロゴロ……ッ!!
だがそれでも悟空の蹴りが狙い通りの場所では無いにせよ、ヒットしたのは
確かだった。つんのめるように前に倒れこみ、2度3度地面を転がってようやく
立ち上がる。

「…ハァ…ハァ…く………ッ……!!」
ダメージはさほど無い。疲労も思ったほどではないが、予想外の苦戦に
少女の精神が少しづつ削られていく。
「…なぜだ……わたしの戦闘力は確実に奴を超えているのに…」
ぼそりとつぶやいたマーリンの言葉を悟空は聞き逃さなかった。
「おめぇ、まだそんな事言ってんのか。それじゃオラに勝つなんて10年
 かかっても無理だぞ!!」
そう言うが早いか、悟空がさらに少女に迫る。矢継ぎ早に繰り出される
拳にただ翻弄されるがままのマーリン。避け、そして受けるが、するりと
そのガードをすり抜けるように、悟空のパンチがマーリンの顎を捉えた。

ガギィィィッッッ!!
「…おめぇの力はそんなもんかぁぁぁッ!! 今までヤムチャから何を
 教わったんだーーーーッ!!!」
吹き飛ばされるマーリンに、悟空が吐き捨てるように絶叫した。


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