3年間
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第11話 雨のち小雨
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次の日、俺とブルマは『これからの事』を話し合った。
こうなった以上、俺はこの家を出て行かねばなるまい。
とはいえ、すぐに家が見つかるわけでもない。
それに、周囲への配慮もある。
俺は、あと1ヶ月だけココに住むことになった。
だからこそ・・・
あと1ヶ月……この一ヶ月を大事に過ごそうと思った。
あの日以降、俺は出来るだけ家に居るようにした。
今さらながら、失った時間を惜しんだ。
まったく・・・
人間って生き物は、いざ無くすとなると
何でも未練が残るもんだな。
それはブルマも同じだった。
恐らくは相当以前に愛想を尽かし、
俺に対して憎しみすら抱いていただろうに・・・
彼女も若干の未練があるようだ。
お互いの未練・・・それがこの1ヶ月を作った。
周囲への配慮というのは、ただの言い訳だった。
ブルマには子供の事は何も聞いてはいない。
そろそろ体型も変わり始めている。
俺が気付いていないと思っているのだろうか?
それとも敢えて口にしないのか…。
ともかく、ブルマが何も言わないのは、
『俺の子では無い』という事は確実だ。
ブルマとはおそらく二度と恋人同士になることは無いだろう。
その事に気付いたとき、俺の中で何かが切れた。
全てがどうでもいいと思っていた俺だったが、
本当に失ってみて初めて気付いたのだ。
ブルマの大切さを。
俺は、初めて『哀しい』という言葉の意味を知った。
本当はどうでも良くなど無かったのだ。
俺は自分がいかにブルマを傷つけて来たか、
どれだけブルマを悲しませてきたか、ようやく気がついた。
どれほど迷惑を掛けただろう。
どれほど泣かせてきたのだろう。
自分には、、、人に愛される資格などない。
俺は、ブルマを愛せてはいなかったのだから。
「――だから、、、すまない。
俺は独りになりたいんだ・・・」
「・・・・・判ったわ。元気でね。
また、気が変わったら何時でも遊びに来ていいからね」
「・・・あぁ。じゃぁ "またな"」
「うん、、、"また"、ね!」
「愛してるわ・・・」
「・・・」
あの後、俺はランファンにも別れを告げた。
彼女は最後までいい子だった。
俺の告げた一方的な別れを、泣きながら、、、
それでも笑って受け入れてくれた。
彼女は俺に『安らぎの場』を与えてくれた。
だが、俺はそれに甘えすぎていた。
大事なものから目をそむけ、面倒なことから逃げていた。
彼女と居れば、また俺は甘えてしまうだろう・・・
俺は現実から逃げるためだけにランファンに会っていたのだ。
別れ際、胸が痛んだ・・・・・が、
恐らく俺にとっても、彼女にとっても良い決断だったはずだ。
彼女ならきっと大丈夫・・・。
「幸せになってくれよ」
最後にその言葉を残して、俺は彼女の部屋を去った。
一度、全てを捨ててやり直そう……
イチから…いやゼロから始めよう。
もう一度、生き直そう。
そう思った。
俺は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
『これまで以上に俺は堕ちていくだろう』
などと悲観的に考えていたのだが・・・・。
俺とブルマは、別れてからというもの良好な関係を築いていた。
付き合ってる時よりも仲が良いくらいだ。
「おかしなもんだな・・」
俺たちの苛立ちの原因は、『恋人』という関係にあったのかもしれない。
ただの『友達』としての俺たちは抜群に相性が良いようだ。
だが、もう一度・・・を望む事は許されない………し、そのつもりも無い。
同じアヤマチが待っているだけだ。
こう言うと聞こえが悪いが、
俺たちは何らかの『呪縛』から解き放たれたようだった。
互いの間にあった、わだかまりのようなものも
いつしかすっかり消えていた。
お陰で、俺も驚くほど落ち着いた精神状態でいられる。
哀しい気持ちと裏腹に、ホッと一息ついたような安心感があった。
そう思うこと自体、哀しいことではあるのだが。
カプセルコーポレーションの中も笑顔が戻った。
部屋の照明さえも、明るくなったように感じる。
あのべジータでさえ、時には声に出して笑う事もあった。
彼も何か吹っ切れたように感じる。
自分の限界を打ち破る『何か』に目覚めたかのように…
それが『超サイヤ人』の覚醒である事を知ったのは、
ずいぶん後の事になるのだが。
そんな生活も、もうすぐ終わりを告げる。
明日の今頃には、俺は郊外のアパートへと引越している。
プーアルとの2人暮らし(1人と1匹?)が始まるのだ。
名残惜しい・・・そう想うのは、身勝手だろうか?
俺はブルマの笑い声を、出来る限り聞き逃さないようにした。
彼女の笑顔を、忘れたくない。
そして彼女の笑顔を見るたびに、
俺の心の中の暗闇が少しずつ晴れていく気がした。
そして別れの朝がやってきた。
俺は家族に挨拶を済ませ、身支度をしていた。
「よぉ・・・」
バツが悪そうに声を掛けてきたのは、何とベジータだった。
「いや、、その、、、、」
「何だ?どうしたー?」
彼も少しばかり"寂しい"という気持ちがあるらしい。
あの孤高のサイヤ人の王子が、わざわざ挨拶にくるとは・・・。
俺ごときに別れの言葉でも送るつもりだったのだろうか?
俺は何だかおかしくて堪らなくなった。
「はははっ、まぁすぐ近くに居るんだし、
暇があったら、また遊びにくるぜ!」
俺に悟られたのが恥ずかしかったのか、彼は
「・・・・・ふん!」
と決まりのせりふ(?)を吐いて、背を向けた。
「お前がもう少し強くなったら、いつでも相手してやるぞ!」
そう言いながら部屋を出て行くベジータ。
彼なりの精一杯の惜別の言葉だったのだろう。
ブルマとは・・・・・特に何も話さなかった。
「じゃあ、、ね」
「あぁ。元気でな・・・」
いつもの朝と同じ会話。それで十分だった。
余計な事を言うと、感傷に浸ってしまう。
この一ヶ月・・・これまでの時間を取り戻すように、
楽しい時間を過ごせた。
・・・『それで満足だ』と言えば嘘になるが、振り向く事は許されない。
哀しいことに、俺は『彼女を失って』から、
ようやく彼女の信頼を得たのかもしれない。
全てを失う事で、得るものもある・・・。
いや、失ってなどいないのかもしれない。
彼女はきっと、いつまでも親友だ。
心から、幸せを願おう。
空は少しばかりの雨模様。
俺の門出に相応しいな……
俺はしっかりとした足取りで、前へと歩き始めた。
『After rain ... Light rain』
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第12話 夏の空
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俺とプーアルは、西の都の郊外で2人暮らしを始めた。
元々、何十年もこうやって2人で生きてきたのだ。
特に不自由はなかった。
ただ今までと決定的に違うのは、俺が修行を再開したことだ。
ブルマと別れ、ランファンとも別れた俺は、
正直、毎日が暇でしょうが無かった。
何もしない時間が長いと、つい色々なことを考えすぎてしまう。
そして身も心も滅入ってしまう。
一瞬が永遠のように感じられるほどの哀しみが俺を襲うのだ。
だから俺はムリにでも修行に出かけた。
体を動かさずにはいられなかったのだ。
そして、無理にでも身体を動かしてるうちに、
他のことは何も考えなくなる。
考える事は・・・どうやったら強くなれるか・・・それだけになる。
俺の中で『何か』が少しずつ変わり始めていた。
2人暮らしに慣れているといっても、荒野での生活とは違い、
食料の調達には手間取った。
今までブルマと一緒だったため、実感が無かったが、
とにかく金を稼がないことには、生きていけないのだ。
結果、俺は昼は修行・夜はバイトといった多忙な日々を送る事となった。
だが、多忙であるという事は、俺にとっては喜ばしい事だった。
日々の忙しさに追われることで、余計な事を考えなくて済むからだ。
それが良い事なのか、悪い事なのか判らない・・・
・・・判らないけれど、
今は目の前のものを一つずつやっていくしかない。
俺の中の『闇』は、この頃、余り顔を出さなくなってきた。
新しい環境、新しい生活・・・
そんな日々が、俺の中に僅かばかり残っていた
『気力』とやらを引き出してくれたようだ。
だが。それほど簡単には、俺の心に棲みついたソレが
消える事はないだろうな・・・
俺は皆のように心から上手に笑える日が来るだろうか?
それから1ヶ月が経った。
最近は修行にも身が入るようになってきた。
限界だと思っていた自分の力が更に上達していくのを感じる。
「まだまだ…なんだな」
俺は笑った。自分の力はもっと先がある。それが嬉しかった。
無論、本当の限界までいったとしても、
やはり俺は足手まといのままだろう。
いつまでたっても、悟空の足元にも及ばないだろう。
だが、そんな事は関係ない。
自分の力がどれ程のものなのか、どれ位、俺は強くなれるのか?
ただそれを知りたくなった。
いや、、、むしろ、その事だけを考えることによって、
他の事 −哀しい事− を
考えないようにしていただけかもしれないが・・・
「もうちょっと待ってな!これが終わったらメシにしようぜ!!」
声を掛ける先には、嬉しそうな顔のプーアルが居る。
「はい、ヤムチャさま!がんばってください〜!!」
プーアルは幸せそうに修行の様子を見守っている。
俺は心の中で天津飯に詫びた。
今なら判る。アイツの修行する理由も同じだろう。
単純に『自分の限界が知りたい』…ただそれだけなのだ。
色々考え出すと、悩みは尽きない・・・
心の葛藤が気力を削いでしまう。
だが、それでも俺たちは進むしかないのだ。
ガムシャラに、無理にでも他の思考を閉じ込めて、
前を向いて歩くしかないのだろう・・・。
まったく、、、人間というのは無器用な生き物だ。
俺はあの時、本気で殴ってくれた2人に感謝した。
(ふっ、いつか仕返ししてやるぞ!)
俺は晴れ晴れとした気持ちであった。
気が付けば、季節は夏を迎えていた。
じりじりと太陽が照りつける。
今まで、夏は嫌いだった。
あの高すぎる太陽と、陽気な雰囲気、明るい季節が、
余計に俺の心の闇を浮き彫りにするような気がしたからだ。
だけど、今なら………ちょっとは好きになれるかもしれないな・・・。
『夏の空とやらよ、、、
どうか俺の心を、もう少し熱くしてくれないか?』
下らないことを考えながら空を見上げる・・・
蝉の悲鳴が聞こえた。
目を閉じていても判るくらい、まぶしすぎる蒼い空。
(俺には、まだこの空は似合わないかもな……)
苦笑いしながら、俺は身体を動かし始めた。
『Summer sky』
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第13話 君を想う
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そんなある日の事だった。
俺は修行に行く途中、偶然にも買い物に出かけるブルマを見かけた。
吹っ切れた・・・とは言いつつも、気にならないわけがない。
俺は修行に行く途中に、わざと遠回りをして、
彼女の家の近くを通る事が度々あった。
この日も無意識のうちに、俺は彼女の家の上空を通っていたのだ。
もっともブルマ本人を見たのは、実に1ヶ月ぶりであった。
俺は、ちょっとだけ後を付けてみる事にした。
西の都の中心にある大きなショッピングモール。
食料品でも買い込んでいるのだろうか・・・
しばらくして店からブルマが出てきた。
いくぶんか身体が重そうだ。
お腹の子も大分大きくなっているのだろう。
ブルマは買物袋を抱えながら自分の車の元へ歩いていった。
そのときだった。猛スピードで車が突っ込んでくる。
駐車場内は視界が狭い。
運転手は柱の影となってブルマが見えていないようだ。
同様にブルマも迫り来る車に気付いていない。
「あぶない!!!」
考える間もなく、俺は瞬時に飛び出した。
だが、飛び出しては見たものの、
今からではブルマを抱えて逃げるような時間はない。
(どうする!?)
考えてるうちに車はドンドンと迫って来る……
(仕方ないな……)
―――俺はブルマを庇い、車と激突した。
衝撃が全身に走る。
「きゃーーーー!!!!!」
背後でブルマの絶叫が響き渡る。
人々のザワめく声が聞こえてきた。
『平和な駐車場で起きた、真昼の惨劇』・・・とでも題付けようか。
俺は呑気に、このニュースの見出しなんか考えていた。
どうやらブルマは無事なようだ………
俺も無防備だったわりに、大した怪我はなさそうだ。
修行してて良かったと久しぶりに思う。
……その代わりに、俺とぶつかった車は大破していた。
まぁ、幸いなことに運転手も無事なようだし、
何とか一件落着と言ったところだな・・・。
だが、一歩間違えば大惨事になるところだった。
「ブルマ!大丈夫か?」
「え、、う・・うん。ありがとう」
「どうしてココに?」
「え?あ、あぁ、、たまたま修行に行く途中で見かけてな。
それにしても無事でよかった」
『たまたま通りかかった』だなんて、ブルマには嘘とバレているだろう。
だけど、今日見かけたのは本当に偶然だ。
だが、彼女は助けてもらった喜びの下で、若干訝しげな表情をしている。
きっと、『俺がストーカーか何かにでもなったのか?』
なんて思ってるのかもしれない。
まぁいい……。
弁明すればするほど、余計に怪しまれるだろう。
俺がどう思われようと、ともかく
彼女を助けることが出来たのには違いない。
……いや、彼女だけじゃないな。
もう一人の命も、俺は助けたのだ。
「お腹の子、、大事にしろよ」
「!?」
「……知って、、、たんだ」
「あぁ……」
「
俺は、そう言って、すぐに立ち去ろうとした。
だが、ふと気になる事があった。
そうだ、そういえば・・・・・・・
「あぁ、、誰の子かは知らないけど、な」
「・・・・・」
そう、俺はこいつの父親を知らない。結局誰なんだ?
しばしの沈黙が流れる。
そしてブルマの口から出た名前は、意外というか、何と言うか・・・。
「…べジータの子なの」
「ぁぁ、、べジータか…ベジ、、い!? ベジータぁーー??!!!!」
さすがに俺は驚きを隠せなかった。
確かに一緒に住んではいるものの、
ヤツは一度は地球侵略を目論んだ宇宙人だ。
とはいえ、ベジータを近くで見てきた俺にとっては、
その気持ちが判らないでも無かった。
悲しいほどに孤高で、プライドが高く、常に自分に厳しい男。
俺とは正反対の魅力に溢れている。
なるほど、、、ね。
ベジータが、あの最後の朝にわざわざ俺の部屋に来たのは、
そういう理由だったのだ・・・
彼にしても他人の恋人を寝取ったのは、若干気が引けたのだろう。
相変わらず鈍感な俺は、今さらながらに理解した。
(ははは、、そういう事かよ・・・)
俺は、自分を納得させると、
「そうか……幸せにな」
とだけ言い残して、その場を去った。
それは俺の本心から出た言葉だった。
………ようやく全てが吹っ切れる気がした。
これで、本当に何もかも終わったのだ。
心に引っかかるものも何も無い。
それでも時々、俺は彼女のことを想うだろう。
忘れることなど出来はしない。
だが、その『想い』は、恋人のそれとはきっと違う。
ただ、彼女がずっと幸せであるように………
ただ、彼女がずっと笑顔で居られるように………
天に祈るような想い…。
もう、俺が彼女にしてやれることは何一つ無い。
明日からは、彼女の家の近くを通ることもないだろう。
長い、長い、、一つの物語が幕を閉じた。
別れた時よりも、さらにハッキリとその事を認識した。
そしてふと、、、もう一つの物語の主人公を思い出す。
「ランファン・・・元気かな?……」
寂しいときは、いつも会いに行っていたランファン。
俺が過去を清算するために、一方的に捨てた女。
まったく俺は自分勝手なヤツだな。
今さら『会いたい』と想うなんて……
自分の都合で独りを選び、
今さらになって、ランファンの優しさを求めるなど、
身勝手にも程がある。
俺はつい顔を覗いた自分の弱さを押し込め、
プーアルと次の修行の計画を練リ始めた。
俺たちは、新しい必殺技について考えて始めていた。
「やっぱり繰気弾の威力を上げるのが一番かな?」
「いえ、、ボクはやっぱりヤムチャさまの狼牙風風拳を
改良するのがいいかな?って想います〜」
「う〜ん、、、狼牙風風拳は足元が最大の弱点だ・・どうしたらいいだろ?」
「そうですね〜・・・」
色々な事があった。
それでも近頃は平穏で、かつ充実した生活を送れている。
プーアルとの2人暮らし。
『こんな日々も悪くないな・・・』
俺はそう思っていた。
そんな時だった・・・・・
あの『ニュース』を耳にしたのは。
「今朝未明、またしても若い女性の失踪事件がおきました」
「失踪したと見られるのは、西の都に住む、
ランファンさん(年齢不詳)です。」
「なお警察では、ここ一連の失踪事件と何か関係があるものとして
捜査を進めているとの事です」
『I Think of "You"』
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第14話 都会の風
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「行くぞ!プーアル!ジェットモモンガを用意しろ!!」
「はい、ヤムチャさま〜」
不穏な噂は聞いていた。
西の都で若い女性の失踪事件が後を絶たない、、、と。
だが、まさか自分に関係する人間が巻き込まれようとは・・・。
(ランファン!待ってろよ。すぐに助けてやる)
事件が起きたのは今朝だ。
急げば間に合うかもしれない。
俺はそのニュースを聞くや否や、
弾かれるように部屋を飛び出していた。
まさか、再びこれに乗る日が来ようとは・・・
舞空術を覚えて以来、使った事のなかったカプセルを取り出す。
俺は哀愁を感じながらソレに乗り込んだ。
普段は、歩いていける範囲で生活している。
また遠くに行くときは飛んでいけば良いので、問題はなかった。
だが、今度ばかりはそうは行かない。
まさか西の都中を飛んで廻る事など出来やしない。
そんなことをすれば、大騒動になるだろう。
とは言え出来る限り急ぐ必要がある。
そんな時、この乗り物は最適だ!!
俺は、我ながら賢明な判断だったと感心する。
西の都の全域を探すのは無理がある。
残念ながらランファン程度の"気"では、見つける事が出来ない。
――謎の失踪事件・・・
俺は警察や住民に聞き込みをしながら、
めぼしい場所を特定して探そう・・・
そう思っていたのだが、事態は何も進展しないままだった。
いくら、最近頻繁に起きてる事件とはいえ、
目撃者や、関係者などにそうそう巡り合えるものではない。
誰に聞いても、知らぬ存じぬ、ばかりだった。
気付けば空は紅みを帯びていた。
「くそっ!」
焦る気持ちを抑え、時計に目をやる。
時刻はもう16時を過ぎていた・・・。
探し始めてから、すでに半日が経っているではないか。
事態は思った以上に深刻なようだ。
さらに嫌なことは続く。
ジェットモモンガの燃料が切れてしまったのだ。
「ちっ!仕方ない。歩いて探すか……」
俺は苛立ちを隠せなくなってきた。
今までの、いわゆる『敵』と呼ばれる相手は、
少なくとも、居場所や強さ、時には戦い方さえも判っていた。
だが、一般人のこうした犯罪はあまりにも情報が少なすぎる。
どこに行けばいいか判らない。
誰が敵かさえも判らない。
俺は今更ながらに考えが甘かった事に気付く。
「えぇ、ですから警察も全力で捜してはいるのですが・・」
「だから、どこを探してる!?
何を調べれば、ランファンの居場所がわかるんだ??」
「はい、ですから、それも調査中でして、、、
民間の方にお教えできるレベルのものじゃありませんので・・」
「なんだと!!」
「そう言われましても…………」
俺は語気を強めて警察に詰め寄った。
向こうの言い分が分からない訳ではない。
だが、事態は急を要する。
急がなければ、ランファンが―――。
俺はそんな気がしていた。
(嫌な風だ……)
都会独特の淀んだ匂いのする風が吹く。
俺は、アノ頃を思い出す。
ランファン………どこに居るんだ?
どうか……無事で居てくれ・・・。
辺りは暗闇と化していた。
結局、何の情報も得られないまま夜を迎えてしまったのだ。
俺は、プーアルに促され、しぶしぶ家へと戻った。
「ヤムチャさま…少し寝られたほうが宜しいですよ・・・」
「あぁ・・・」
明日も朝早くから捜索する予定だ。
早く寝なければならないのは百も承知である。
――寝付けない。
連続多発している失踪事件。
おそらくは同一犯による誘拐だろう。
しかし誘拐ならば身代金などを要求しても良いはずだ。
だが、犯人からの声明などは一切出ていない。
『猟奇』
嫌な言葉が頭をよぎった。
俺はその可能性を頭の隅に追いやり、無理やり目を閉じた。
『urban Wind』
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第15話 光の射すほうへ
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次の日も、その次の日も、
何も判らないまま時間だけが過ぎていった。
まったくもって、もどかしい……
「いい加減、何か判らないのか?」
「あぁ、これはこれはヤムチャさん。
残念ながら、今日も余り進展はありませんねェ……」
「そうか、、、いつもすまないな、ラルフさん」
「いえいえ、こちらとしても貴方の力が借りられるのは
大変にありがたい事ですからね。ほっほっほっ」
そういって、男はタバコをふかした。
事件から4日目、俺は警察と協力しながら探す道を選んだ。
情報収集能力では、警察の右に出るものは居ないだろう。
これを利用しない手はない。
『俺も捜査に協力する。だから警察も俺に協力してくれないか?』
そういって俺は警察に自ら名乗り出た。
さすがに最初は、ほとんどの人間に反対されたのだが、
一人の男だけが、俺の話を真摯に聞きいり、
『この男は捜査に有益な力となる』と言って、
俺の協力を受け入れてくれたのだ。
それが、このラルフという男だった。
『えぇ。いいでしょう。幹部連中に掛け合ってみますよ……』
そう言うと、男はあっという間に警察連中を説得してしまった。
年は50過ぎだろうか?
冷静で、頭が切れそうな男である。
警察の中でもきっと地位は上の方なのだろう。
彼の一声で、俺は警察の持つ情報を得ることが出来るようになった。
ラルフは、俺が天下一武道会に出場していたことを知っていた。
そして『条件』付きで、警察の捜査部隊に入ることを認めてくれたのだ。
『警察はいかなる事態に陥っても、俺を助ける事はしない』
それが条件だった。
ふつう、警察が民間人を見殺しにすることは出来ない。
だが、捜査の協力をする以上、俺はもはや『民間人』ではない。
つまりは、俺の無事を保証することはできない、という事だ。
仮にも戦士として10数年生きてきた俺だ。
そんな条件なら容易い。
おそらくラルフの真意は、犯人との抗争になった場合、
武術の達人である俺を『切り札』として使いたいのだろう。
良ければ犯人たちを捕らえ、悪くても共倒れ……
とでも考えているのだろうか。
中々にしたたかな男だ。
だが、コレを断る理由もない。
まんまと利用されてやろう。
どんな敵が居たとしても、所詮は一般人だ・・。
むしろ正面から争いになったほうが助かる。
「決定的な情報というのは、ありませんねぇ……。
ただ、『事件を見た』という人が一人居ましてね。
今日、お話を伺うことになっているんですよ」
「もしかしたら、何か有益な情報が聞けるかもしれませんねぇ」
ラルフが俺に警察が独自に集めた情報を報告する。
4日目にして、初めての朗報だ。
「目撃者だと!?ぜひ、そいつに会わせてくれないか!?」
「えぇ、いいでしょう。
今日これから話を聞きますので、
ヤムチャさんも、ご一緒下さいな」
今まで、10数人の女性の被害が報告されているが、
どの事件に対しても何一つ情報は無かった。
目撃者が名乗り出たのは良い兆候だ。
俺は一筋の光明が見えた気がした。
(ランファン……)
俺は彼女の事で頭が一杯になっている。
それが事件のせいなのか、別の感情のせいなのか、
今の俺には判らない………。
今は、ただ……彼女に『会いたい』
そう思っている事は間違いない・・・
とにかく無事で居てくれ……
俺が彼女を救い出してやるんだ。
今まで事件は、ずっと闇の中にあった。
ようやく見えた『光』に目が眩んでいたのだろう………
ただ、ただ、光の射すほうへ、誘われるように進む事しか
俺には出来なかった。
例え、それがどんな結果になろうとも………
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第16話 目撃者
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「えぇ、そうですね。
その方を見かけたのは、街外れにあるBARでした」
目撃者とは、ランファンと同じ店で飲んでいたという
女性客だった。
名前はローザと言った。
奇遇な事にその店は、俺とランファンが
初めて出会ったときに一緒に飲んだ店であった。
「あれは、4日前の、、夜更けでした。
たぶん午前2時頃・・・だったと思います」
女は懸命に思い出しながら話している。
俺は、一言一句聞き逃さないつもりで、その話に聞き入る。
「私たちは先に飲んでいました。、
そしたら彼女がお店に入ってきたんです。
あ、そうです、この人です、間違いありません」
そう言ってランファンの写真を指差す。
「だいぶ、酔っているようでした。
何か叫んでいたのを覚えています」
話は続く。
「それで、私は友達と飲んでいたんですが、
友達は先に帰っちゃって・・・。
私もそろそろ帰ろうかな、と店を出たんですよ」
「そしたら、店の外の路地裏で、怪しげな男達とその女性が
言い争ってるのが聞こえてきたんです」
「ほぅ、では、この女性は、
貴方たちより先に店を出ていたのですね?」
ラルフが確認するように口を挟む。
「えぇ多分そうだと思います・・・
ただ、私たちも話に夢中になっていたんで、
いつ出て行ったとかは良く覚えてません・・・」
「はいはい、分かりました。それで?」
「あ、はい。その外で絡んでいた男の人たちは、
見るからに怖そうな人だったんで、
私は反対側へ逃げるように歩いていったんです。
そしてタクシーを捕まえて、ほっとしていたら、、、」
彼女が、その男達に連れていかれるのが横目で見えたんです!
車に無理やり乗せられてるようでした」
「その男たちの特徴とかは覚えていますか?」
ラルフが質問する。
「いえ、、怖かったんで……顔は良く見なかったです。
でも、2人とも、かなりがっしりした体格でした。」
「2人、、、その怪しい男たちとは2人だったですね?」
「えぇ、外で言い争っていたのは2人でした」
「そうですか、、、では、車のNoや車種なんかは?」
「すみません・・そこまでは、、、
覚えてません」
「そうですか、、ありがとうございます」
「ヤムチャさん、何か聞きたい事はありますか?」
そういって、ラルフは俺に話をふッた。
「……え、、、いえ………特に無いです」
疑問は山ほどあったはずだった。
だが、こういう場になれていないのか、
とっさに話をふられて、俺はアタフタしてしまった。
頭にあったはずの疑問も何も思い浮かばなかった。
「そうですか、、、 ではローザさん、
今日は結構ですよ。ご足労さまでした」
「いえ、何かありましたら、また聞いてください」
「はいはい、ご協力ありがとうございます。
では、帰りは署の者に送らせましょう。
あちらへどうぞ・・・・・」
そして、この事件の唯一の目撃者との対談は終わった。
とにかく"あの店"だ。
俺がランファンと会った時も、あの店の近くだった。
長い話だったが、それだけが重要なポイントと思われた。
「さて、ヤムチャさん、、、どう思われます?」
ラルフが突然俺に問いかけた。
「何か、、おかしくはないですか?」
「え?何がですか??」
俺は突然の質問に驚いていた。
だが、続いての発言にもっと驚くこととなる。
「あの子のこと、、、しっかりと監視なさい」
『Witness』
『To the direction which light puts』
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第17話 掴めば零れる砂のように…
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「あの子のこと、、、しっかりと監視なさい」
「はっ!分かっております!」
「頼みましたよ……」
ラルフが指示する。
どういう事だ?監視だと??
あの子が犯人と何らかの繋がりがあるとでも言うのか?
少なくとも、俺にはそうは見えなかったのだが、、、
「どうして・・?」
思わず口をついて出る言葉。
「ほっほっほっ。何が、ですかな?ヤムチャさん」
ラルフは、まるで俺が言うことを判っているかのように笑う。
こういう所は警察の専売特許だろう。
読み合いでは負けそうだな………。
「第一発見者、目撃者、通報者を疑うのは、
警察の常套手段ですぞ」
ラルフが微笑みながら言う。
確かにそれはもっともな意見なのだろう。
だが、それ以上に彼は『他の何か』に気付いているように思える。
「そ、、それはそうですけど、、監視だなんて・・・
ラルフさん、貴方は何か分かったんですか?
先ほどの話しだけで重要な、何か・・・が」
俺は思ったことそのままに疑問を投げかけた。
するとラルフは、俺の推理力を試すかのように問いかけた。
「中々に見事な洞察力ですな。
ですが、判ったことは2つだけですよ」
「そ、、それは何ですか!?」
俺は勢い良くその言葉に食い付いた。
ラルフは、そんな俺を悪戯っぽく笑いながら見ていた。
「ほっほっほっ。お若いですなぁ。
ですがヤムチャさんの期待される、
『答え』なんぞ、まだまだ遠い蜃気楼の向こう側。
あの話しで判ることなど、たかが知れてます」
ラルフは俺を諭すように答えた。
「一つは、、、『犯人が居る』という事ですな」
俺はその返答に感心した。
なるほど、、、失踪という事であれば、
『犯人が存在する事件』とは言い切れない部分もある。
今まで当然のように、犯人が居て、なんらかの事件に巻き込まれたもの・・
と想像していたのだが、単なる事故の場合だってあるのだ。
だが、目撃者が出た以上、犯人は居る。
つまりは、この事件は『犯罪』だと言う事なのだろう。
「そして、もう一つは……」
ゴクリ。
俺は思わず息を呑む。
「もう一つは?」
「……真実は、何一つ判らない、、という事ですな」
思いっきり肩透かしを食らったような答えだった……
「な・・何も判らない事が判ったなんて・・・
どういう事です??」
「そう、真実なぞ、掌に掴んだ砂のようなモノですわ。
見つけた、、判った、、と思って手を伸ばして掴んでも、
その手を広げて見た時には、全て零れ堕ちてしまっているものです・・・。
何かが『判った』と思うのは、時期尚早というものですぞ。
ほっほっほっ」
『The Falling Sand when Holding』
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第18話 真実と現実と
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俺はひとまず家へと戻った。
ラルフに、謎掛けのような話を聞かされ、
どこか煮え切らない気持ちだ。
帰るなり、俺はプーアルに警察で聞いた話を聞かせた。。
「……ってワケだ。
なぁ、プーアル、お前はどう思う?」
「うーん。難しい事件ですねぇ。
でも、これだけ沢山の人が失踪しているわりには
あまりにも目撃者が少ないですよねぇ・・・」
プーアルがふとした疑問を言う。
確かにそうだ。
ランファンの失踪を聞いてから丸4日が過ぎた。
だが、目撃者として名乗り出たのは、あの女一人だけ。
ランファン以前にも10数人の若い女性が同じ事件にあっている。
ざっと2〜3週間は連続して起きている事件だった。
警察では同一事件とみて調べてるようだが、
それにしては情報が少なすぎる。
「う〜ん、街での聞き込みにしても、
全然知らないって人ばかりだったからなぁ。
かなり計画的な犯罪なのは間違いないだろうな」
「う〜ん」
結局 俺とプーアルだけでいくら考えても行き詰ってしまう。
俺たちは明日から、『あの店』の付近を中心に調べる事にして、
遅めの夕飯を取り、眠りについた。
俺は相変わらず、寝付けない夜を過ごす事となった。
次の日から俺は、目撃者の証言の『あの店』に何度も足を運んだ。
無論、警察もとっくにその店は調査済みだったのだが、
危険という事もあり、夜の捜査は控えられていた。
そこで俺は、警察が動かない時間帯に重点的に調査を行っていた。
そもそもそんな犯罪が起きるのは大抵が夜だろう。
俺は、どうにかして事件の手かがリが得られないか、と苦心していた。
だが、事件当日の、その時間に働いていたという店員も、
はたまた常連客の連中も、または通行人も、
誰一人としてその事件を目撃したものは居なかった。
あまつさえ、店員にランファンの写真を見せても、
見た事がないという始末だ・・・。
『ランファンのことを見た』という人物は皆無だったのだ。
そう、あの女を除いて……
ラルフに遅れる事2日、俺はようやく彼の思考に追いついた。
『あの女は何か怪しい』
俺は、彼女を監視させる事にしたラルフに感謝する。
あくまでも念のためだったのかもしれないが、
それでも彼の思慮の深さには感心するばかりだ。
俺は警察へ向かうと、ラルフに一連の経過を報告し、
もう一度、あの女に会うことを打診した。
「と言うわけで、もう一度あの女性に会えませんかね?」
「う〜ん・・」
ラルフはちょっと渋ったが、
「いいでしょう、但し我々警察の人間も同行させてもらいますよ
いいですか?ヤムチャさん」
と言って認めてくれた。
「は、はい。もちろんです。ありがとうございます!」
ラルフの指示により、彼女には内緒で尾行が付いていた。
尾行役の彼らの話を聞く限りでは、特に不審な動きは無かったという。
俺とラルフ、そして若い新米の刑事と3人で彼女の家へと向かう事となった。
今度は警察署ではなく、女性の家での会談だ。
自宅のほうが何かと落ち着けるだろうから、彼女も話しやすいだろうとの配慮だ。
俺は十中八九、彼女は犯人グループの一味だと思い込んでいた・・・
「ラルフさん、、、やっぱりあの女は怪しいですねぇ・・」
と問いかける。
百戦錬磨の刑事であるラルフの同意を得られれば、、、
などと思っていたのだが、結局は、ラルフは俺の想像の
常に一歩先を行っている事を思い知らされる事となった。
「ほっほっほっ」
相変わらず達観したような笑いで返すラルフ。
「いやいや、ヤムチャさん・・
『怪しい』という事は、きっと犯人とは関係ないって事ですよ…」
「いっ!?」
どういう事だ??俺は思わず驚き、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「ど、どういう事です??」
「これほど複雑で、事件の痕跡を残さないような犯人が、
いかにも『怪しい』と思われる行動はしないでしょう?」
あぁ、そうか・・。
ラルフの言うとおりだ・・・
俺は、改めて自分の考えの浅さにウンザリした。
こんな事件を起こすような奴らが、
俺ゴトキに疑われるような怪しい行動を取るはずが無い。
コレは何か裏があっての行動だ・・・
「もし本当に犯人グループの一員だとしたら、
真実を喋る可能性がある・・・
それは向こうにとっても非常にマズイでしょう。
恐らくはあの女性は事件のことなど、何も知りませんよ。
何も・・・ね」
「ですけど、これはチャンスですよ、、、
一般の人が、急に目撃者として名乗りでる事はありません。
犯人側から、何かしらの接触があったのは間違いないでしょう…
それに恐らく彼女は素人ですから、
犯人よりも、脅しとかには弱そうですからな。
ほっほっほっ」
この男、、、さすがに幾多もの事件を解決してきただけあって、
いざという時には頼りになりそうだ……
優しそうな笑顔の裏にある、芯の強さを感じ、
俺はラルフという男を尊敬し始めていた。
彼のお陰で、この所の俺の中での警察への信用度は上がりっぱなしだ。
そうこうしてるうちに、俺たちは彼女の家に辿り着いた。
車から降りて、チャイムを鳴らす。
都会には珍しい一軒家で中々に広い家のようだが、彼女は独り暮らしだろうか?
中々出てこない。
2度ほど鳴らした後、しばらくしてようやく反応が返ってきた。
『True and Fact』
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第19話 窮鼠 猫に噛まれる
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「お茶でもどうぞー」
「あ、ありがとうございます」
俺たちは居間へと通された。
部屋は片付いていて、いかにも女性の一人暮らしといった感じだ。
警察署内で会った時には大人びて見えたが、
自宅でリラックスしてるせいか、実年齢よりも若く見える。
二十歳と言っても通りそうな娘だ。
「それで、ですね、、早速本題に入らせてもらいますが、、、」
「ハイ、何でしょうか?」
「実はですね、あれから警察も色々と調査してるんですが、
一向に捜査が進まないんですよ……」
「はぁ……」
そういってお茶をすするラルフ。
若い刑事は、会話の内容を記録するのに必死になっている。
「で、ですね。貴方が言われたあの店にも何度かお伺いしたんですよ、、、
ところがですねぇ〜、貴女以外に、
その時間に店に居た人たちにも話を聞いたんですが、
誰一人として事件のことを『知らない』と言うんですよ」
ラルフが、ヤムチャから聞いた情報をもとに話を進める。
「奇妙ですよね?貴女だけが見た・・・なんて」
「なっ!私が嘘を付いてるとでも?」
彼女は心外だ!と言わんばかりの表情だ。
明らかに憤慨している様子である。
「いえいえ、そうは言ってませんがね。
貴方がおっしゃっていた時間に、同じ店で
誰一人として知らないのに、
どうして貴方だけが『目撃者』となったのか……」
ラルフが追い詰めるように問いかける。
「・・・」
女は答えない。
「貴方、、、本当はあの店に居なかったんじゃないですか?」
ラルフの追い詰め方は実に厳しい・・・
彼の言うように彼女が犯人と関係の無い『素人』であれば、
口を割るのも時間の問題だろう……。
「ローザさん、、、
貴方は『誰か』に頼まれて、目撃者役を演じてた……
そして見た事もない話を警察に話した……違いますか?」
「ち、違います!」
慌てて反論する女。
ここまで来れば俺にだって、判る。
彼女は明らかにウソを付いている。
「まぁ、答えたくないのであれば構いませんけど、、、ね。
もし、警察に『虚偽』の証言をしたのであれば……
それが嘘と判ったときには、我々は貴女を逮捕しなきゃならんのですよ。
私もねぇ、手荒な真似はしたくないんですけどねぇ・・・」
ラルフのそれは、もはや脅迫に近い・・・
女は相当に狼狽している様子だ。
―そして……
「わ、、、私は頼まれただけです!
何にも知らないんです!!」
ついに口を開いた。
だが俺にとってそれは、唯一の目撃者が消えた、、
という事になるのだ。
事件の手がかりが無くなる………
捜査は、ふりだしに戻ってしまったのだ。
「貴女にソレを頼んだのは誰です??」
「そ、、、それは・・・」
「言ったほうが、身のため・・・ですよ。
もし正直に言ってくだされば、
我々警察も、全力で貴女をお守りすることを近いましょう」
「特に、このヤムチャさんという方は
かの天下一武道会にも出場したことのあるほどの実力者です。
貴女の身の安全は、我々が保証しますよ」
「私は・・・頼まれただけなんです……」
女は半ば泣きそうになっている。
ここまで追い詰めるのも可愛そうだな……
などと俺が思っている間に、
ラルフは必要な話を次々と聞き出していた。
彼女は、ある男に頼まれたという。
『目撃者として名乗り出てくれれば多額の報酬を与える』
そして彼女は引き受けた……
彼女にも、前の夫のギャンブル癖により、多額の借金があったという。
『簡単に巨額の金を得ることが出来る』
その誘惑につられ、いけない事とは判っていながらも、
つい引き受けてしまったのだ。
「そ、そしたら、その男が犯人と関係のある人物?」
俺が口を挟む。
「ほっほっほっ。どうですかな。
これだけ念入りに手がかりを残さなかった犯人が、
なぜ彼女に、『唯一の目撃者』を頼んだのか?」
「捜査を混乱させるためとは言え、リスクが高すぎます。
犯人たちが直接彼女に接したとは、ちょっと考えにくいですな〜。
恐らく、、そこも第3者を通して・・・でしょう。」
「ともかく、その男を捜してみましょう。
それが事件解決への糸口になりそうですな」
俺はラルフの意見に同意した。
その男の特徴などを聞き出してから、俺は家へと戻った。
「『うわぁーー!!!』」
――その夜
俺は久しぶりに あの夢 を見た。
緑の怪物に 殺される夢・・・を。
俺の中の『恐怖』が、目を覚ましたのだろうか……
一体なぜ?
平穏な生活で、俺の心も安定していた。
それに比例して『夢』を見る事もめっきり減っていたのだが……
しばらく考えることも無く、答えはすぐに出た。
きっと、ラルフのせいだ……。
彼の尋問は見事だった。
『窮鼠 猫を噛む』なんていう諺があるが、
きっと彼には当てはまらない。
追い詰めた獲物は、確実に噛み切る……
それだけの迫力と自信が彼にはみなぎっていた。
俺は、ふと自分の事を考えた。
俺には、『自信』と呼べるものがあったのだろうか?
今まで、、、どの戦いにおいても 劣等感を感じ続けてきた。
敵どころか、仲間の誰にだって敵わない……。
強烈な自信を持っているラルフに対して、
俺の心は、無意識のうちに、畏敬の念を抱いていたのだ。
無論、力では俺の比では無いだろう。
それでも、、、戦えば、負けるのではないか?
そう思わせるものをラルフは持っていた。
力・・・だけじゃない。
俺に足りなかったもの……それは 自信 だったんだ。
だが、それが判ったところで、どうしようもない。
結局其れは、長年の修行や、戦いの結果によってしか得られないのだから。
そのどちらとも、俺には無い。
いつだって、追い詰められ、噛み殺される鼠役だった・・・
最近、影を潜めていた 自虐的な想いが蘇る。
「ランファン……助けられなかったら、、、ごめんな」
何より先に、最悪の事態ばかりが頭に浮かぶ。
外はキレイな満月だ。
初めて出会った日を思い出させるよう月夜……
俺は相変わらずダメな男だ……
ランファン・・・君を助ける事が出来たなら、
俺は変われるのだろうか?
―― それとも・・・
『The cornered Rat is killed by the Cat』
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第20話 蜘蛛の意図
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「ヤムチャさん、早く!」
俺とラルフは急いでローザの家へと向かっている。
早く、、、急がなければ!
――今朝、ラルフから、緊急に連絡があった。
要点は2つだ。
一つは、ローザに接触した男が殺されたこと、
そしてもう一つは、ローザを監視させていた刑事の連絡が
突然途絶えてしまったという事・・・
恐らくは、彼女の命が危険にさらされているという事だ。
俺たちの乗った車は猛スピードで駆けていった。
(また、、、また俺は、誰も、何も守れないのか?)
『目撃者として名乗り出るだけで、巨額の金が手に入る』
そう聞けば誰だって飛びついてしまうだろう。
だが、所詮は素人の演技。
『私が目撃者です』などと言っても、
警察にはスグに偽者の証言者だとバレてしまう。
しかし、それこそが犯人たちの狙いだったのだ。
ウソの証言をしてるとわかれば、彼女自身にも疑いが行く。
彼女も犯人の一味ではないか?と。
また、他に本物の目撃者が現れても、そちらも猜疑の目で見てしまう……
そうなったら、現場は混乱してしまう。
――捜査を困難にする――まさに そこに犯人の目的があったのだ。
俺も騙されていた。
だが幸いにも、警察にはラルフが居た。
彼は最初から判っていたのだ。
彼女が利用されているだけだという事を……
犯人の狙いに気付き、彼女と接触したであろう人物を探し始めた。
俺は何度と無くそうしたラルフの先見の明に感心したものだ。
犯人にとっては、自分たちが仕掛けた罠が逆に致命傷となる・・・
ソレに気付き、焦った犯人たちは、
今度は彼らを消しに来たのだ。
すでに彼女と接触したであろう男は消されてしまったという。
しかも、どう見ても『ただの事故』という形で・・・
そして今度はローザも・・・
事件に繋がるわずかな糸が切れていく気がした・・・
ローザの護衛には刑事が付いていたのだが、
連絡が途絶えて久しい。
(こんなことなら、最初から俺が居てやるべきだった)
明日からは俺が監視役をすることになっていたのだ。
悔やみきれない一日の誤差・・・
そう考えてるうちに彼女の家へと到着した。
「ローザ!!居るか??何処に居る???」
チャイムを鳴らす。
返事は無い。
俺たちは家へと踏み込んだ。
何も荒らされた様子は無い。
誰かが侵入した形跡もない。
だが―――
彼女は居なかった。
全てが後手に回っている気がした。
「くそっ!!」
「…間に合わなかった・・・ですか」
ラルフも口惜しそうにつぶやく。
ほんの僅かに見えていた光・・・
地獄の底から天国へと続くはずの蜘蛛の糸。
それを断ち切られてしまった……。
かすかな希望にスガッテいた俺には、
そのショックは大きかった。
(もう、、、ダメ……だな)
諦めの気持ちが俺を支配する。
見上げれば街は黒い雨雲に覆われていた。
――まるで俺を暗闇へと誘うような雲だ
そんなクモのイトに導かれるがままま、
俺の心には闇が拡がっていった。
『The intention of a spider』
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