ドラゴンボール最後の願い
第35話 兆し
地球が暗雲に包まれていた。
もう何日もだ。
争奪戦を終えた皆は,天候のせいなのか,皆で争った争奪戦のせいなのか
どうも心が晴れずに悶々とした日々を送っていた。
カプセルコーポレーション。
昼下がりだというのに,夕方のような薄暗さ。
どす黒い雲がまるで蓋のように西の都に覆い被さっている。
ブルマ「……ったく。あたしったらどうかしてたのかしら。」
ジャージ姿のブルマ。研究室の机で頭をくしゃくしゃにしてうなだれている。
ベジータも椅子に座ってコーヒーを飲んでブルマを見つめている。
ベジータ「ぺっ……まずいコーヒーだ……。
……気にするな。最後だからと皆,欲が出たんだろう。それだけだ」
ブルマ「そうだけどさ……。だってプーアルの命がかかっているのよ…。ホント,バカだったわ……」
ベジータ「…ヤムチャの方はどうした?」
眉をひそめてベジータが問う。
ブルマ「わかんない。自宅の電話にも出ないしさ。携帯も切られてる。」
ブルマは痛々しい声でうめくように言った。胸が痛む。
その一日後…
悟空の家にいつもの顔ぶれが集まった。
居間には悟空,悟飯,ブルマ,ベジータ,クリリン,18号,パン,トランクス,サタン,ブウ,ウーブ,ビーデル,チチ,そしてピッコロであった。
悟天は見あたらない。ベジータに顔を会わせるのが気まずかったのだろう。
皆,出されたお茶にも手をつけずに神妙な顔をしてテーブルを囲んでいる。
悟空「どうしたってんだ?ピッコロ」
悟空がいつもの明るい調子で口を開いた。
ピッコロ「……孫。お前も感じているだろう。どす黒い邪悪な気がこの地球でうねっている。静かに。着実に大きくなりながらな」
悟空「ああ。気づいている……。こりゃあかつてないでけぇ気だ。あのとんでもねぇブウ以上に…」
悟空も気づいていた。巨大な何かが確かに地球上に存在し,次第に力をつけていることに。しかし実体がない以上,どう行動をとっていいのかわからない。
ピッコロ「お前らも気づいているはずだ。その原因は…」
ベジータ「デンデだな…」
ベジータが吐き捨てるように呟く。
しかしその顔にはタブーに触れた罪悪感がにじみ出ている。
その名を聞き皆が押し黙ってしまう。
デンデが叶えた願いによって神に対する暴言は許されなくなってしまったのだ。
悟空「……何者かがデンデを操っている……」
ピッコロ「そうだ。デンデはまだ神としての日が浅い。……心の隙をつかれたんだ。
自らが支配すべきものに…」
クリリン「ドラゴンボール……か!?」
ピッコロ「そうだ。何もかもドラゴンボールに住み着いた邪悪なモノの筋書きだったということだ……」
ピッコロが苦々しげに漏らした。
悟飯「どういうことです!?」
ピッコロ「お前たちも気づいていたはずだ。妙な違和感に。
本来,我々の絆の象徴であったはずのドラゴンボールを争うという矛盾に……」
悟飯「ボクも思っていました。」
ブルマは何も言わなかったが,自分の心理を言い当てられたと思いぎょっとした。
やはりみんなオカシイと思っていたのだ。
自分たちの行動,自分たちの精神状態に……。
ピッコロ「『ヤツ』は自らが完全に誕生するために,オレたちの精神に介入し競争心を煽った。『ヤツ』が誕生する条件はあと一回ドラゴンボールを使わせることだったのだ…。」
クリリン「ヤツって何なんだよ!?」
悟飯「まさか……神様が言っていたドラゴンボールに蓄積していた『負のエネルギー』というやつですか?」
ピッコロ「その通りだ。ヤツはデンデの心も操り,言葉巧みにドラゴンボール最後の願いを巡っての争奪戦を開くようにし向けた。あらかじめオレたちの欲望を顕わにさせておいてな……。」
ブルマははっとした。
はめられたのだ。ピッコロの言う『ヤツ』に。
皆の欲望を利用し,意地でもドラゴンボールを集めさせようと。
確かに願いたいことは山ほどあった。だが,別にドラゴンボールでなくてもよかった。
叶えなくてもいいこともあった。
でも叶えられるものなら叶えてみたいというほんの小さな欲。
そんな思いを膨らまされまんまと利用されたのだ。
悔しい…胸がさけそうになる。
心の中をすべてそいつに見透かされた感じがして吐き気がした。
ヤムチャ――。ごめんね。
いろいろ助けてもらったこともあったのに――。
力になってやれなくて―――。
ブルマの目からポロポロと涙がこぼれた。
小さく震える肩にベジータだけが気づいた。
クリリン「やられたな……。欲を利用されるなんて」
腹の底から押し出すようにクリリンが言った。
ピッコロ「最後の願いを叶えるものは誰でもよかった。あと一度の願いで負のエネルギーが容量をオーバーし,この世に完全に具現できるのだからな。
そこで『ヤツ』にとっても嬉しい誤算のできごとがおこった」
ベジータ「デンデ自身が願いを叶えるということか」
ピッコロ「そうだ。神を敬うという願いによってオレはデンデ自身を問いただしたり,疑ったりできなかったわけだ。
オレは元神であるから,何とかその支配から逃れることはできたのだが……。
ドラゴンボールの願いが叶えられ,世界中に飛び散ったドラゴンボールはひび割れ,中から少しずつ少しずつ負のエネルギーが漏れだした。」
悟飯「それがちょっとずつ集まって……地球を覆う黒雲に……」
ピッコロ「そうだ。」
悟空「神様は今どうなっちまってんだ?」
ピッコロ「罪の意識にさいなまれている……。
とんでもないことをしでかしてしまったってな。本来ならばこんなことはデンデ自身が言うべきだろうが…お前たちに会わせる顔がないと言ってな。」
ビーデル「じゃあ。神様の中にはもうその負のエネルギーはとりついてないってことですか」
ピッコロ「そうだ。………だが。あるはずなのだ。この地球上のどこかにヤツの苗床が。
今まさに負のエネルギーが注がれている宿主がな…!ヤツは実体がない…何かにとりついて完全に具現する必要がある…。界王神さまから聞いた。」
クリリン「何だって!?」
悟空「それをみつけねぇとダメだってことだな」
ピッコロ「そうだ。一刻も早くな」
本来ならば「デンデのやろう!」と愚痴をこぼす者もいるだろうが,今は願いによってそのように罵る者はいない。しかし誰もが恐怖を覚え暗い表情をしている。
ベジータ「ふん。くだらん。じゃあ。早く手分けしてブッ壊そうぜ。」
ピッコロ「ベジータ……!? フッ。そうだな。」
いつもなら,「そんなやつさっさと完全にさせて倒してしまえばいい」というベジータだが,度重なる過去の痛い想い出のせいか,今日の彼は違っていた。
悟空「よーし!みんな!!
元はといえばオラたちがドラゴンボールを使いまくってしまったせいだ。デンデのせいじゃねぇ。
オラたちが蒔いた種はオラたちが枯らそうぜっ!」
悟空がテーブル中央へ手を差し出す。
他の皆も悟空の手に自分の手を重ねる。
「フュージョンは勘弁だからな……」とベジータも照れながら手を重ねた。
ピッコロ「ヤツは狡猾だ。気の流れを追っていっても辿り着けんだろう。
しかし……注意して邪悪な気が密集している場所を探せばあるいは見つけられるかもしれん!!」
ピッコロがアドバイスする。戦士たちが次々に世界へと散っていく。1人1人にブルマから特製の携帯を渡されている。連絡用だ。
パンから携帯の使い方を教え込まれているピッコロ。
パンから「爪切りなさいよー」と叱られているピッコロを見て悟飯とビーデルはクスリと笑った。緊張感が走るこの場がほんのわずかだけ空気が緩んだ。
ブルマも研究室に戻り,気の流れを装置でさぐる。
ブルマ「絶対許さない……」
ブルマは怒りに打ちふるえていたのだ。
―――皆,元に戻った。いつもの清々しい彼らに!
地球を守るために,明日の平穏な生活を守るために,
家族のために,自分のために,プライドのために,皆再び一丸となった。
トランクス「くっそー。悟天のヤツは何をやっているんだよ〜!!」
愚痴を言いながら庭から飛び立とうとするトランクス。
それを聞いて顔をしかめるベジータ。
そこへ…家の陰から悟天がぬっと現れた。下をむき,ひどく暗い顔をして。
ぎょっとする二人。どうやら裏で皆の話を聞いていたようだ。
トランクス「おい!悟天!何してたんだよ!ほら。一緒に行くぞ!」
トランクスが陽気に声をかけ悟天の袖をひっぱる。うつむいたままの悟天。
ちらっとベジータの方に目をやる。
ベジータの方も少々気まずいらしく,脇の方へ目をそらしている。そして悟天の方を見ないまま飛び立とうとした。
悟天「あっ…,あの…ベジータさん…」
ベジータの動きが止まる。ぎこちなく振り向くと…
悟天「あの……
こないだは……
……ありがとうございました…」
それを聞きベジータは…わずかに口元を緩ませると
ベジータ「ほら。さっさと行ってこい!ガキども」
と檄を飛ばした。
悟天「オレたちはガキじゃないよ!!」
トランクス「そうだ!そうだ!」
二人はにこっと微笑みながら空へと舞い上がっていった。
ベジータはそんな二人の姿を見て,彼らのこれからの期待に胸を膨らませるのであった……。