【191話】
「まあ…勝ったっていっても、場外に落としただけなんだけどさ」
そう言ってヤムチャは苦笑いするも、誰も笑いもせず、何も言わなかった。
というより、何も言えなかった。
試合の勝敗よりも、飽く迄本気同士の勝負に拘り、そして結果を残したヤムチャの武道家としての大きな心構えに。
『そろそろ…第二試合を始めたいと思います!!…“腹減った”…孫悟空選手ー!“顔色が悪い”…マジュニア選手!!入場ですッ!』
このヤムチャたちを取り巻く微妙な空気の中、次の試合がアナウンスされる。
「とりあえず、次はオラとピッコロの試合だな。しかし…顔色が悪いって、おめぇおかしなネーミングセンスしてるよなー、ピッコロ」
「…いや、知らんぞ。さっき何か地球人にフレーズを何にするかと質問されたが、それを無視したら勝手に決められたみたいだな」
ピッコロはどうでもよさそうにマントを脱ぎながら答える。
「人のこと言えないだろ…悟空」
ヤムチャは聞こえないように突っ込んだ。
悟空とピッコロが武舞台の中央に向かう。
ヤムチャ対悟飯の時にあがった歓声が治まりきる前に、第二試合として、悟空対ピッコロの試合が行われた。
ピッコロは不意打ちのためか、飛び膝蹴りを繰り出し、速攻で悟空を攻め立てようとする。
が、悟空は試合早々超2化すると、手を触れず、右手の衝撃波だけでピッコロを一瞬で軽く場外へ突き飛ばした。
開始5秒で勝負はついた。
呆気ない決着ではあったが、悟空とピッコロの力の差を考えれば、当然といえば当然の結果のような気もする。
しかし、格下が相手でも、いつも最初は様子見で、相手をすぐには倒すことはほとんどない悟空が、
いきなりピッコロを倒しにかかったところを見ると、次に備えるヤムチャ戦を警戒してか、無駄なエネルギーを使わないようにしたのだろうか。
「わりぃな、ピッコロ。オラは今ダメージを受けるわけにはいかねえんだ」
悟空はそう言いながら超化を解くと、場外のピッコロに歩み寄った。
「ケッ…この俺も、ずいぶんとなめられたものだな。もう、お前との差は到底埋まりそうにないぜ」
ピッコロはそう言いながら苦笑いをし、脱ぎ捨てたマントやターバンを再び体に被せた。
【192話】
そして、ピッコロは悟空の耳元でこそこそと内緒話を始める。
「…分かっているな、孫。武道会に浮かれるのは構わないが、地球の未来のことを忘れたわけじゃあるまい。くれぐれも―」
「ああ、分かってるって。でも考えてもどうにもならねぇだろ?その時がこねぇとさ」
悟空はそう言うと、ピッコロの背中をポンと叩いた。
複雑な表情で、悟空を見つめるピッコロ。
一方、ヤムチャとマーリンも悟空対ピッコロの試合を見ていた。
「強い。衝撃波を見ただけで強さが伝わる。あのナメック星人も相当な実力を積んでいるはずなのに、ここまで圧倒的に捻じ伏せるとは」
マーリンは鋭い目つきで悟空を見ながらそう呟く。
「ああ。あれでも全く全力じゃないけどな、悟空は。第一、スーパーサイヤ人3になってないし」
ヤムチャも口元を緩めながら言った。
「大丈夫なのか、ヤムチャ。ソンゴクウと次に戦うのはお前だぞ」
「問題ない、とは言えないよな、正直」
ヤムチャは冗談半分にそう言い、続ける。
「でも対策は練ってある。もちろん、それが通用するかしないかは、やってみなきゃわからないけどな」
「まあしかし、勝算はあるのだろう?」
「当然」
ヤムチャはマーリンに向かって無邪気にピースをする。
表情を見る限り、自信がないわけでもないようで、マーリンは一安心したようにため息をつく。
「おしゃべりはその辺にしておいたらどうだ」
その横で、ベジータがヤムチャとマーリンたちに横槍を入れる。
「またお前か…。何かと口を挟みたがるな」
マーリンは嫌気が差したような物言いをする。
「あ、そうか。次はベジータとマーリンの試合だったな」
ヤムチャはベジータの姿を目で確認すると、思い出したようにポンと手を打ってそう言った。
「そういう事だ。準備は出来ているんだろうな?言っておくが、俺には試合なんて関係ない。言ってる意味が分かるな?」
【193話】
ベジータは邪悪な闘争心溢れ出る気を、解放し始めていた。
だが、それを感じつつも、マーリンは動揺すらしなかった。
「ベジータ、か。わたしの準備運動ぐらいにはなるのだろうな?」
マーリンはベジータの神経を逆撫でするように、腕を組みながらそう言い放つ。
「ほう、準備運動で済むことを祈るんだな」
ベジータも負けじと言い返すが、マーリンはそれを聞いてかすかに笑う。
「負ける気がしないのだよ、お前を見ていても」
「相変わらず口だけは達者なようだな」
「…口だけ?はて、それはどちらの事を指すのだろうか?教えて欲しいものだな」
マーリンはわざとらしく、首を傾げてみせる。
「口の減らねえ女だ…。前の俺を倒したからと言って、それでいい気になっているようだな」
「なんとでも言え。結果はすぐに出る」
ベジータとマーリンの間に険悪なムードが立ち込めたまま、第三試合が始まろうとしていた。
ヤムチャはあえて口を挟まずに、その様子を見つめる。
マーリンが何年にも渡り、サイヤ人を殺し続けてきた事実は知っているし、ベジータはそのサイヤ人の数少ない生き残りであり、惑星ベジータの王子でもあることも認識している。
当然、ベジータは仲間を殺された遺恨を晴らすために、王子の自分が制裁を加えたいと思っているのだろう。
ある意味因縁の仲であるこの二人の対決に、口を挟むべきではないと思ったのだ。
彼らの中では、もう試合は始まっていた。
ベジータは睨み合いに見切りをつけると、無言でその場からゆっくりと武舞台に向かう。
「…いってくる」
マーリンは言葉少なくヤムチャにそう言って、ベジータの後ろを5メートルほど間隔をあけて続いて歩いた。
「あいつとベジータの試合か。ちょっと激しそうだな」
いつの間にかヤムチャの隣に悟空がきて、暢気そうに話しかける。
「ああ、あいつらは元々地球に住んでなかったし、色々あったみたいだな。俺たちが知らない所でさ」
「みたいだな」
悟空はどこか他人事のように受け答えをする。
【194話】
「…お前はどうも思わないのか?サイヤ人を殺されたってことに関して」
悟空も記憶がないとはいえ、ベジータと同じ純粋なサイヤ人なのだ。
全く気にならないはずがないとヤムチャは思っていた。
その問いに少し悩んだ素振りを見せたが、やがて悟空が答える。
「それが事実だとしても、前のことじゃねぇか。それに、サイヤ人はわりぃ事をたくさんしてきたみてぇだしな。恨まれてもしょうがねぇって面はあると思う」
「いや、まあ確かにそうなんだが…」
「それに、復讐心なんて何も生み出しやしねぇ。ベジータもそれぐらい分かっているはずなんだけどなぁ」
「…ま、俺たちはこの試合を黙ってみてるしかないさ」
「…それもそうだな」
悟空はそう言って、どこか残念そうに、そして、寂しそうにベジータを見つめていた。
『そろそろ…第三試合を始めたいと思います!!……って、あれ、もういますね…』
アナウンスがコールされる前に、二人は既に武舞台にあがっていた。
『ってわけで、ベジータ選手対、マーリン選手試合開始ィィィ!!!』
慌てたように試合開始の合図がかかる。
「どうやったか知らんが、あの頃よりずいぶんと腕を上げたみたいだな」
ベジータがどこか自慢げにマーリンに言う。
あの頃、というのは、以前ベジータとマーリンが戦った時のことを指しているのだろう。
ベジータの台詞は、いかにも、“お前は強くなったが俺の方が上だ”とでも言いたそうな感じだ。
そんなベジータの自惚れが、マーリンはおかしくてしょうがなかった。
「ふふふ……」
何故か笑い出すマーリン。
「何が面白い。気でもふれたのか」
ベジータも薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ふふ…あはははっ!これが笑わずにいられるか?ベジータ」
「なんだと…?」
「以前わたしに手も足も出ずに敗北し、おまけにソンゴクウに命を助けられた者の言葉とは、到底思えなかったものでね…ふふ」
それを聞いた直後、ベジータのこめかみがピクリと動き、我慢していた何かが爆ぜた。
「ッ!貴様…この俺を…なめるなーーーーーッッ!!」
ベジータは勢いよく地面を蹴ると、マーリンに向かって襲い掛かる。
【195話】
バシィィィィィ………!!!!!
「な…に…?」
超化してないとはいえ、ほとんど全力で仕掛けた攻撃を、マーリンは問題なさそうに拳を手の平で受け止めていていた。
「思ったより良いパンチではないか、ベジータ」
マーリンは目を瞑りながらそう言うと、やがて目を開き、ベジータのパンチを受け止めた片手を離す。
それを見て、悟空や悟飯たちの、マーリンを見る目が変わる。
ベジータはいとも簡単に攻撃を受け止められたことに動揺し、わなわなと体を震わせていた。
「どうした?打って来い」
マーリンはベジータとの距離が数メートルもないのに、指でクイクイとやり挑発をする。
「…こんな…ことが…あるものかァアァアァアアアアッ!!!!」
焦ったベジータは、いきなり気を全開まで解放し、スーパーサイヤ人2へと変身する。
ベジータの周囲で、あふれ出るエネルギーがバチバチと音を立てていた。
これに対し、マーリンは珍しそうな表情を見せる。
「ほう…スーパーサイヤ人、か。ソンゴクウ以外では初めて見るな。まんざら、口だけでもなかったようだ」
スーパーサイヤ人へと化したベジータの姿を目の前にすると、やがてマーリンもじわじわと気を解放し始めた。
少しだけ、悪役のような薄ら笑いを浮かべながら。
「ムカつく女だぜ…死ねェ!!!!」
ベジータは再び地面を蹴ると、マーリンに猛攻を仕掛ける。
マーリンの顔面、胸部、腹部、様々な場所に全力でありとあらゆる技を叩き込んでゆく。
それがヒットしているのか、ガードされているのかは分からないが、ベジータは確かな手ごたえを感じていた。
「だだだだだだだだァァァ!!どうだァァア!!!だだだァァァ!!」
ベジータは殺気立ちながら、ほぼ叫び続けるような形で攻撃を一切休めない。
自分が押していることには間違いない、そう思っていた。
が…しかし。
ゴ…ッッ!!
「…………………?……」
次の瞬間、ベジータは仰向けに倒れていた。
【196話】
何が起きたか分からなかったベジータは、とりあえず頬に痛みがあることに気づく。
そして、仰向けの状態で上半身だけを起き上がらせると、ペッと血が混じっている唾を吐き出した。
ここでベジータは、初めて自分がマーリンの一撃によって、仰向けに吹っ飛ばされたのだと理解した。
幸いなことに、倒れた場所はまだ武舞台の上ではあるため、場外負けではなかった。
もっとも、マーリンがわざと場外に落とさないように加減したのかもしれないが…。
「…やめとけ、やはり、お前ではわたしの相手にはならない。今の攻撃でそのダメージならな」
パンパンと服についた汚れを払いながら、マーリンはベジータに言った。
その戦いぶりを見て、悟空をはじめ、驚きを隠せない一同。
ベジータといえば、悟空や悟飯の次に強い戦士であることは、誰もが認めていた。
そのベジータが、いとも簡単に相手している目の前の人物…マーリンの強さを見れば当然とも言える驚きだろう。