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ヤム隠し

 

 

太陽が照りつけるある日の午後…。
木々は太陽の光を反射し美しくきらめき、心地よい風がその葉を揺らした。
一台の黄色いワゴン車が住宅の密集した細い道を走っている。
乗っているのは3人。運転席と助手席に座る二人は、生来の物か剃ったのかは分からないが、ツルツルの頭を日光に反射させ光らせていた。それぞれ長身の男と背の低い男、そして後部座席に寝転んでいる美しい黒髪をした長髪の男だ。

「結構遠いんですね。まだ着かないんですか?」
助手席に座る背の低い男が運転をしている男に話しかけた。
「まあな。なにせ、秘境というくらいだからな。ゆっくり待っていろ、クリリン。」
天津飯と呼ばれた長身の男はハンドルをきりながら答えた。彼の名は天津飯。修行僧のような印象を持たせる顔つきで、「朴念仁」という言葉がよく似合いそうだった。
ゴトゴトと揺れる車内の後部座席には、いくつものトランクケースや荷物が積まれており、その脇で長髪の男がふてくされた表情で寝転がっている。
交差点に差し掛かり信号が赤に変わり車が止まると、天津飯が背もたれから首だけ出して、その長髪の男に声をかけた。
「おい、ヤムチャ。今回の旅行は、オマエが主役なんだぞ。オマエが失恋して鬱になっていたから、この旅行を計画してやったんじゃないか。もう少し楽しい顔しろよな。」
「うるせえなあ…大きなお世話だ…。」
ヤムチャと呼ばれた男はやる気無く答え、ゴロリと寝返りをうった。



そう、今回の旅行は失恋旅行なのだ。
ヤムチャという男は顔はいいのだが少々浮気癖があり、ブルマという昔からの恋人が居るにも関わらず、暇があると街へナンパに出かけるのが日課だった。そしてある日浮気がバレ、ついに恋人と大喧嘩をし、
喧嘩別れをしてしまったのだ。ヤムチャはそれ以来何もやる気がおきず、格闘技の稽古に来なくなってしまった。それを心配した仲間のクリリンと天津飯はヤムチャを無理矢理家から連れ出し、この旅行計画を立てたのだった。

ヤムチャはポケットから一枚の写真を取り出した。写真の中では、ヤムチャと例のブルマという元・恋人が二人で楽しそうに笑っている。
「ブルマ…」
ヤムチャが感傷に浸っているうちに信号が変わり、車は急発進した。不意に動き出した車にバランスを崩したヤムチャと脇の荷物は座席から豪快に転げ落ち、手から離れた写真を荷物が押し潰してしまった。

「ああーっ!」
思わず大声で叫ぶヤムチャ。急いで荷物を横に押しのけ写真を救出するものの、写真はくしゃくしゃになって、所々擦り切れてしまっていた。
「ああ…なんてこった…。」
「そんなのテープで止めときゃ直るって。」
情けない声を出して落ち込むヤムチャに呆れた天津飯が声をかけた。
「大切なブルマとの写真なのに…」
ふくれっ面でブーたれるヤムチャを尻目に、車はどんどん先に進んでいった。

「あっ!あれだ、あれ!」
クリリンは天津飯に一旦ブレーキを踏むよう頼み、それから窓の外を指差した。クリリンの指差した先に、いくつもの坂を上った頂上に大きなホテルらしき建物が立っている。見た目からすると、典型的なリゾートホテルのようだ。
「ああ、あれがそうなのか。でも、まだ少しかかりそうだな。」
天津飯が残念そうに呟いた。
「そうですね。けど、こういうのは行くまでの過程も結構いいんじゃないですか?」
「まあな。とりあえず先に進もうぜ。」
アクセルを踏もうとした天津飯がふと何かに気が付いた。

 

「ん…なんだ、この道?」
声に釣られ、ヤムチャやクリリンが窓の外を見ると、車は森林道の入口のようなところにさしかかっていた。
青々とした緑が美しかったが、周りが住宅地ということもあり少し異質に見えた。
「へえ〜。ここだけ自然が残ってるなんて珍しいですね。」
「まあ、観光地だからな。自主的に緑を残しているんだろう。ところで、森林の中をドライブなんてのはどうだ?」
「おっ!いいですね〜!」
天津飯が森の道に入ってみる事を促す。クリリンはそれに賛同のようだったが、後ろで聞いていたヤムチャが後部座席から身を乗り出し、二人に抗議した。
「おいおい、さっさと行こうぜ?かったるいし、ホテルの人にも悪いだろ?」
「まあ、そう言うなって。あとで連絡すりゃ大丈夫だよ。」
「あ、おい!」
ヤムチャの制止を聞かず、天津飯はハンドルを切った。車は車道から方向を変え、ゆっくりと森の中に入っていった…。

続く

 

第二話『トンネルの中へ』

木々で覆われた森の中は少し暗かったが、葉の隙間から太陽の光が差し込まれ、地面がところどころ美しく光っていた。さっきまで森に入る事を反対していたヤムチャも、思わず見とれてしまっていた。
「きれいですねー。」
「ああ。それにしても、まだこんな場所が残ってたなんて驚いたな。」
天津飯とクリリンの話し声を聞きながら、ヤムチャは窓に映る森を眺めていた。

ヤムチャがしばらく外を眺めていると、木々の間に気味の悪い小さな石像らしきものが立っているのが見えた。地蔵か何かのようだったが、ぎょろぎょろとした目や薄気味悪く微笑む大きな口が印象的で背筋が寒くなるのを感じた。
―あまり深く考えるのはよそう
ヤムチャはそう自分に言い聞かせ、また座席に寝転び目を閉じた。

車はどんどん森の中を進んでいき、段々地形と視界が悪くなってきた。かなりの凸凹道で車体が何度も揺れ、その度にヤムチャは荷物が落ちないよう必死で荷物を手足や身体全体を使って守るハメになった。
「て、天津飯さん。大丈夫なんですか?」
「ああ、なんとかなるさ。俺のドライビングテクニックを甘く見るな!」
天津飯は意地を張り、更にアクセルを強く踏みつけた。車はスピードを上げ、更に悪路を突き進んだ。
先ほどよりも大きく車体が揺れ、寝ているヤムチャの身体が何度も宙に浮く。助手席に座るクリリンが何度も天津飯に呼びかけたが聞く耳を持たず、天津飯は前方を食い入るように見つめ、力いっぱいアクセルを踏み続けていた。

不意に辺りが明るくなり、悪路から開放されたと思った矢先、道のど真ん中に佇む地蔵らしき物体が視界に飛び込んできた!
「うわっ!!」
思わず急ブレーキをかけ、地蔵との激突を回避しようとする天津飯。その衝撃でシートベルトをしてないヤムチャと荷物たちは勢いよく座席から投げ出され、助手席と運転席の背もたれに叩きつけられたが、前に座っていた天津飯とクリリンは
地蔵にぶつかるかぶつからないかでそれどころではなかった。
結局、何とかブレーキと天津飯のドライビングテクニックで地蔵との激突は避けられたようで、前の席に座っていた二人は大きく息を吐き出し、安堵の表情を浮かべた。

 

3人は一旦車から降りて、辺りを見回してみた。
ここだけ森が開けており周りが明るく、地蔵の更に奥には大きな建物がトンネルのように口を開けているようだ。建物自体はかなり大きかったが、
入口自体は小さく、仮に道を塞ぐ地蔵を取り除いても車で入るのは無理のようだ。
「ったく、本当に危なかったな、この地蔵。道路の真ん中に立ちやがって。」
そう言いながら天津飯は地蔵に軽く蹴りを入れた。ひどく狼狽したようで、未だに冷や汗が滴り落ちていた。
「このトンネル…一体どこに続いているんでしょうね…?」
クリリンが興味津々で二人に尋ねる。トンネルの中は薄暗いようで、まったく出口が見えない。
「そうだなあ。どうする?入ってみるか?」
「おっ、おい!待ってくれよ!!本当に入る気か!?気味悪いし、やめとこうぜ!!」
またもヤムチャが抗議するが、やはり天津飯たちは聞き入れない。
「ちょっと、待てよ!これは俺の旅行なんだろ!?だったら俺の好きなようにしてくれたっていいじゃねえかよ!!」
「ああ、うるさいな。解ったよ。俺たちだけで行ってくるからおまえは車ン中で待ってろ。」
半切れのヤムチャがギャーギャー喚き散らすのに嫌気が差したのか、天津飯とクリリンは二人でトンネルに入っていった。
「おい!…ったく、しょうがねえなあ!!」
どうしようも無くなったヤムチャは仕方なくトンネルに駆け込み、天津飯たちの後を追った…。


 


第三話『トンネルのむこうは不思議な街でした』

暗闇の中を進む天津飯一行。歩くたびに3人の足音がこだまし、トンネル内に響き渡った。
天津飯とクリリンはずんずんと先に進んでいき、ヤムチャは辺りをキョロキョロと見回しながら、その後を追った。
しばらく歩いていると、ホールのようなところに出たヤムチャたち。窓からはうっすらと光が差し込んでいるようでトンネル内よりも大分明るかった。
「なんなんだ…ここ?」
ヤムチャが辺りを見回しながら呟く。
「ねえ、ヤムチャさん…何か聞こえませんか?」
クリリンがヤムチャに問いかける。耳を澄ませてみると水の滴り落ちる音、そして、電車が揺れる音が聞こえてきた。
「電車の音が聞こえるな。」
「案外、近くに駅があるのかもしれませんね。」
電車の走る音に人心地が付いたヤムチャとクリリンは安心したような顔を見合わせた。
「おーい。出口が見えてきたぞ〜。」
先に進んでいた天津飯がヤムチャたちに声をかけた。奥の通路から光が差している。
二人はトンネルを駆け抜け外に出ると、その光景に3人は息を呑んだ。

「うわぁ〜…!」
「おお〜、すげえな…」
眼前に広がる緑一色の草原。誰もがその景色に息を呑んだだろう。
風が吹くたびに、心地よい草擦れの音と共にその身体を一斉に揺らした。
その光景にヤムチャとクリリンが見惚れていると、天津飯がトンネルを見上げて言った。

 
「やっぱり、そうだ。テーマパークの残骸だよ、これ。」
見上げてみると、今通ってきたトンネルは大きな時計塔のようでその大きさもさることながら、その威圧感はヤムチャたちに大きな印象を与えた。
「20年ほど前のカプセル産業の発達で起こったバブル経済の中、様々なところで、こういうテーマパークの開発が着手されたんだけど、
大抵の施設が失敗して潰れてしまったんだ。ここもそのときの名残だよ。」
「へえ〜」
何度も頷く二人を見て、天津飯がふふんと鼻を鳴らす。
「もっと奥に行ってみよう。案外まだやってるかもしれないぞ?」
先に行く事を天津飯が顎で促す。それに頷くクリリンと首を横に振るヤムチャ。
「まだ行くのかよ〜!いい加減、帰ろうぜ!?」
相変わらずヤムチャを無視して草原を進んでいってしまう二人。
ふと、先ほどの通ってきたトンネルを見上げるヤムチャ。
風の反響か定かではないが、時計塔は太いうなり声を上げ、まるで生きているかのように見えた。その威圧感と不気味さを感じたヤムチャは振り返り、クリリンたちの後を追うことにした…。

着いた先は古びた歓楽街。
遠くから見たから解らなかったが、いざ近づいてみると妖しげな雰囲気が漂っていた。と、いっても人の気配はまったくせず、艶かしい女性が描かれた木造の看板や、派手な色で彩色を施された看板が辺りに並んでいるだけだったが。
天津飯は辺りを見回す二人を置いて、早足でどんどん先に進んで行った。
「うわ〜。こりゃまたなんとも…」
「呆れた。これ全部エッチなお店ですよ。」
二人が辺りを見回しながら歩を進める。ヤムチャは心のどこかで店が営業してないことを多少残念に思っていた。

 
ところで、ヤムチャはふと思ったことがある。何者かに見られているような気がするのだ。
確かに辺りに人の気配はしない。しかし、何者かの視線がヤムチャたちに降り注いでるのをヤムチャは肌で感じていた。最初は気のせいだとも思ったのだが、一人や二人ではなくもっと多い、とにかく複数の者に見られている気がヤムチャの頭から離れなかった。

「おーい、ちょっと来てみろよ!!」
突然の天津飯の声に現実に引き戻されるヤムチャ。
前を見ると天津飯がニヤニヤしながら手を振っている。
「何かあったんですか〜?」
「いいからさ!早く来てみろよ!!」
天津飯がひょいと脇にある店内に入る。他の店とは違う本屋のようだった。
ヤムチャたちが駆けつけると、天津飯は先ほどと同じ、にやついた顔で二人を出迎えた。

「うはっ!エッチな本じゃないですか!」
クリリンが目を輝かせながら喜色満面で声を上げた。
棚には数え切れないほどのいやらしい本が陳列されており、黒髪、金髪、様々な髪と肌をした美女たちがヤムチャたちを出迎えた。
「お店の人はいないみたいだし…立ち読みでもしようぜ。」
「はい!それがいいですね!!」
天津飯とクリリンがにやつきながら本に手を伸ばす。
「あっ、おい!やめとけよ、こんなところで!」
「平気だって。いいからおまえも読めよ?」
ヤムチャの制止を聞かず天津飯はページをめくっていく。
「ヤムチャさんも読んでみればどうですか?本当に色っぽい人たちばかりですよ?」
「おい、ヤムチャ!見ろよ、これ!いいカラダしてるよな〜!」

二人の馬鹿さ加減に呆れたヤムチャは二人を置いて本屋を後にした。仮にも『男女の営み』の経験者であるヤムチャにとってエッチな本に興味が沸かないのだ。
ヤムチャは二人が本に飽きるまで適当に辺りをぶらつくことにした。退屈だったということもあるが、先ほど感じた多くの視線について気になっていたからだ。
ヤムチャは辺りを少し見回すと、ゆっくりと街の奥へ奥へと歩を進めていった。




第四話『城』

ヤムチャはぶらぶらと辺りを見回しながら街の奥へと進んでいた。
この歓楽街の入口に立ったときから見えていた『巨大な建物』が気になっていたからだ。
しばらく歩いていたヤムチャは突然、足を止めた。

―まだ視線を感じる…しかも、さっきよりも多くなっている…!

そうなのだ。
例の視線は相変わらずヤムチャを見つめていて、その上時間が経つにつれ次第に数を増やしていっているのだ。
視線は道の両脇、建物の中、物陰、屋根の上、そして上空からもヤムチャへと降り注いでいる。

ごくりと唾を飲み込むヤムチャの頬を一筋の汗が伝う。

相手は何人?
武器は持っているのか?
俺に敵意を持っているのか?
何故俺を監視しているのか?

様々な疑問や思考が次々と頭の中を駆け巡る。しかし、結論は出ない。
どうやら今は襲ってくる気配は無いみたいだが、いくらヤムチャとはいえ多勢に無勢。その上、相手の正体もつかめていない。
ここで下手な行動を起こすよりはしばらく様子を見ていることにした方が得策のようだ。
ヤムチャは何事もなかったかのように歩き出すと、視線に気付いていないフリをしながら街の奥へ奥へと歩を進めていった。

そうこうしているうちに、ヤムチャは例の建物が見える場所へと辿り着き、そしてその光景に息を呑んだ。

「…なんだ…この建物は…?」

大きくつばを飲み込むヤムチャ。

ヤムチャが見たものとは、目が眩むようなくらい美しい装飾を施し、太陽の光を反射させて真っ白に輝くレンガを使って建てられた、中世ヨーロッパ風の巨大な『城』だったのだ。

歓楽街の外れに佇むその『城』は周囲のピンク色の雰囲気とはまったく正反対の荘厳な雰囲気をかもし出し、見るもの全てを圧倒した。

「すっげぇえ…」

呟きながら『城』に少し近寄ってみるヤムチャ。

『城』はおかしなことに、古い建造物のはずなのに苔や破損が見当たらない。
普通ならば、年月の経過と共に、ところどころ風化してしまったり腐食してしまったりするものなのだが、それが見当たらないのだ。
誰かが修理したり手入れしたりするにしても、例のヤムチャを見つめている者たちを除けば、見たところここは無人のはずなのだが…。

『城』の周りは深い堀で囲まれており、唯一、向こうにある城門付近に掛けられた巨大な跳ね橋だけがその出入り口のようだった。
跳ね橋…。
ふとヤムチャはその少し向こうにある跳ね橋の上に誰かが立っていることに気が付いた。
ここからじゃ遠すぎてよく見えない。とりあえず、例のヤムチャを監視している奴ではなさそうだが、一体誰が何故こんなところに?
抑えきれない疑問と好奇心を抱いたヤムチャは、その橋の上に立つ者の下へと急いだ。




第五話『謎の少女』


―少女だ。
ヤムチャはその人物をはっきりと確認できる位置まで来ると、思わず足を止めた。
位置的にヤムチャは跳ね橋の正面にいるわけではないので、顔は横顔しか見えないのだが、姿を確認するにはそこで十分だった。

そこには澄んだ青色の髪を肩まで垂らし、透き通るくらいに美しい白い肌をした少女が静かに佇んでいた。
洗い立てのシーツのように白いワンピースを身にまとい、オレンジ色の夕日を浴びて水辺に立つその姿は
この世のものとは思えないほど神秘的だった。
よく見ると、少女はその掌に小さな首輪を握り締めていた。昔飼っていたペットの物だろうか?
愛おしそうに、それでいて懐かしそうに、その首輪を見つめている少女の姿を見て、
ヤムチャは一瞬で目を奪われた。

しばらく呆然と少女に見とれていたヤムチャだったが、ハッと我に帰ると突然衣服を正し、コホンと小さな咳払いをするとゆっくりと少女へと近づいていった。

「あー、君。ちょっといいかい?」
ヤムチャが少女に声をかける。ヤムチャとしては紳士的に言ったつもりだったのだが、傍から見たらナンパ以外の何物でもないわけだが。
少女がヤムチャの方へ振り向く。やはりヤムチャの思ったとおり、目鼻立ちは整い、金色に輝く猫のような瞳が印象的な美しい少女だった。
と、いっても年は二十歳過ぎのヤムチャより下のようで多少幼く感じ、『美しい』というよりは『かわいい』という感じの娘だったが。

無駄に友好的な態度をしているヤムチャとは正反対に、少女はヤムチャを見るなり幽霊でも見たかのような驚愕の表情を浮かべた。
ヤムチャは突然話しかけたので驚かせてしまったのかと思い、軽く微笑みかけると
「ああ、驚かしてしまったのならごめん。」
と優しく告げた。少女の顔は変わらない。相変わらず、ヤムチャを見つめ凍りついている。仕方がないので、そのまま話を続けるヤムチャ。

「俺はちょっとこの街の近くを通りかかった者なんだけど、もし良かったら少しこの街について教えて…」
「ここに居てはいけません!!」
ヤムチャの言葉を少女の高く透き通るような声が遮った。突然のことに、思わず身をこわばらせ、口から出掛かった言葉をごくりと飲み込むヤムチャ。

「なっ・・・え・・・?」
「ここにいてはいけません!じきに夜になる・・・すぐに戻りなさい!!」
驚いて目を大きく見開いているヤムチャをキッとにらみつける少女。
一体どうしたんだろうか?
俺は何かまずいことでも言ったのか?それとも、実は工事か何かで本当は立ち入り禁止の場所だったのか?
足りない頭をそのことについてフル回転させているせいで他のことにまで頭が回らず、返す言葉を見つけられずに口を魚のようにパクパクとさせているヤムチャ。

そうこうしているうちに、不意に『城』から何かがきしむような音がしたかと思い、二人が振り返ると、ぴたりと閉められていた大きくて頑丈そうな門の扉が
ゆっくりと開き始めているところだった。
不思議なことに扉は誰かが押したり、滑車などの仕掛けや機械を使っている様子もなく、ひとりでに開いていっている。
身長180cmのヤムチャの2倍はあろうかというような大きな扉がだ。
ゆっくりと開いていく扉の隙間から、夏の暑さとは正反対のひんやりとした冷たい空気が漏れてきて、暑さで火照ったヤムチャの身体を冷やしていった。

しばらくすると扉が腹に響くような低い大きな音を立てて、完全に開き終わった。
やはり、扉を押していたと思われる人影は見えず、何故か電気や灯りも灯っていないので、扉の先には暗闇だけが広がっている。

ヤムチャが不思議そうに城の中を見つめていると、次第に中から楽しげで、それでいてムーディなクラシック音楽が聴こえてきた。
それは、あたかもお店にいらっしゃったお客様を招き入れようとしているようだった。

「ああ。なんだ、まだやってるんじゃないか、この店。」
ヤムチャが明るくのんきそうな声で言う。
しかし、ヤムチャとは逆に、開いた扉の先を見つめる少女の横顔は先ほどよりも更にこわばっていた。
「もう城門が開いた・・・!」
少女がぼそりと呟く。
「え?何?」
ヤムチャが聞き返すよりも早く、少女が振り返る。そして、突然ヤムチャの左肩をつかんだかと思うと、
流れるようにヤムチャの身体をくるりと回して反対方向を向かせると、軽く背中を突き放した。
バランスを崩し、思わず前のめりになる。
「私が時間を稼ぎます!それまでにこの町から逃げてください!!」
「はぁ!?ちょっ、ちょっと・・・!?」

一瞬の出来事に戸惑うヤムチャ。
今思わず口からこぼれたセリフは少女に言っていたのか、それとも自分自身に言っていたのか。
油断していたとはいえ、武道の修行を重ね、たくましい身体を持ったヤムチャが、女に、それも明らかにか弱そうな少女に軽く突き飛ばされただけで、
そのたくましい身体はいつすっ転んでもおかしくないくらい不安定な体勢になりながら必死になって走り始めていたのだ。
何が起こったのかもわからず、猛スピードで『城』から遠ざかっていくヤムチャを尻目に、
少女は両手で印を結び、何かを念じたかと思うと、光と共に小さな砂時計を出現させた。
手品ともトリックとも思えぬ光景を目の当たりにしながら、本人の意思とは裏腹に、ヤムチャの足は走るのをやめない。
気がつけば夕日はもう沈んでいた。ヤムチャは、まったくの無人だったはずの、そして今はいつの間にか不気味な人影がちらつくようになった歓楽街へ全速力で駆けていった。