ある村があった。世界のどこにでもあるような平凡な村であるが。
「ヤムチャ、この世界で一番偉い人間は誰か?」
ヤムチャとは村の若者であり、本編の主人公のことである。
心の中で、いきなり来て何を言う、とは思ったものの、意気地のないヤムチャは、
「大統領じゃないですかね」
と、割と平凡な答えで茶を濁そうと試みた。しかし、当然ながら、謎掛けたご老人は
そんな答えを求めていたわけではないのであった。
「お前はつまらんな」
そう言い捨てて、ご老人は去っていった。
ヤムチャは一人で暮らしていた。もう何年になろうか、長い永い時間、である。
村は豊かではない。飢え死ぬこともないが、満ち足りることもまたない。そんな村で
彼は、ただ生きてきた。少なくとも、彼以外の人間にはそう映っていたはずである。
彼は彼なりに野望をもって生きている。その内容とは、
強くなりたい。
金持ちになりたい。
偉くなりたい。
あのじじいの鼻を明かしたい
…彼の望みとは、極々平凡な田舎の若者のそれである。
彼は何も特別ではない、はずだった。
ある日、また御老人が飲茶に問いかけた。
「飲茶よ、人が死を迎えるときとは、いつか?」
いい加減、辟易していた。
「…おい、じいさん。何故俺にそんな訳の分からん事ばかり問いかける?」
御老人は、表情を変える事無く言った。
「つまらん男に、もっと素晴らしい人生というもんを教えてやるためさ」
飲茶は御老人の胸倉を掴もうとした。しかし、御老人はとても高齢とは思えぬ
動きでそれを避ける。逆上している飲茶は粘着に御老人を追うが、追いつく事は
なかった。先の話だが、飲茶はこの後幾度もそれを繰り返すことになるのだが、
ついぞ追いつく事はないのである。
「……っ、なん、だよ、すばら、しい、人生、って……」
どれ程の時間が経っただろう。自分の心の柔らかい部分を足蹴にされた思いがした飲茶が、
一心不乱に御老人を追い続け始めたあの時から。
今、飲茶は全ての力を使い果たし、地面に溶け込んでいた。
「今のお前のことではないのォ」
御老人は、汗一つ掻いてはいないのに。飲茶は自分が芥のように思えた。
俺は所詮大願を成すことは出来ぬ
ならば生きていてどうする
そうだ 俺が生きていてなんの役に立つというのだ
「お前に欠けている物、それは絶対的な己への自信じゃ」
ぐさりと刺さった。