ヤムチャ式七夕物語
「うわっ!どうしたの、それ?」
もう7時だというのにほのかに明るい夏の日の夜。
サークルから帰ってきたブルマは、家の門の前で変わった葉の形をした、長く細い植物を持ったヤムチャを見つけた。
「よう、おかえり。遅かったな。」
「それよりどうしたのよ、この竹。何に使うの?」
ブルマはそう言いながら、ヤムチャの持つ竹を珍しそうにしげしげと眺める。
つやつやとした濃い緑色の幹が、沈んでいく夕日を反射させてきらきらと光る。
「おいおい。これは竹じゃなくて笹だぞ、ブルマ。」
「ササ?」
視線を笹からヤムチャの顔へと移すブルマ。頷くヤムチャだったが、当のブルマは
イマイチ何か分かってない様子。
「まさか、知らないのか?笹。」
ヤムチャの問いにブルマは少しむっとすると、ヤムチャに背を向けて、あごに
手を当てうんうんと唸り始めたかと思うと、突然手を叩き、くるりと振り向いた。
「思い出した、思い出した!孫くんやあなたの住んでた地方に生えてる植物で
パンダが食べるヤツでしょ!」
得意げにヤムチャを見つめるブルマ。
「あ、ああ、それそれ。今日、山で修行してたら偶然見つけてな。ちょうどいいから
一本持って帰ってきたんだ」
ヤムチャが軽く笹の木を揺らす。葉と葉がこすれあい、シャン、というさわやかな音が聞こえた。
「で、それ何に使うの?まさかあんた食べる気?」
「何言ってるんだ、今日は七夕じゃないか」
「タナバタ?」
先ほどと同じように語尾の上がった口調で呟くブルマ。
「何だよ、七夕も知らないのか?」
少しあきれているヤムチャに『あんた馬鹿にしてんの!?それくらい知ってるわよ!!』と
言い返そうかと思ったが、こればっかりはどうしても思い出せない。ブルマが
いかに天才とはいえ、植物学や民俗学は畑違いだからだ。西の都には笹の
ような天然の植物は生えてないし、7月7日に笹を使った遊びや儀式
をするような風習はないので、ブルマは『タナバタ』が何かまったく分からな
いでいた。
「なんだよ、本当に知らないのか。しょうがないなあ、俺が七夕ってものを教
えてやるよ」
天才のブルマが馬鹿なヤムチャに教えを請わなければならないということと、
何よりヤムチャの言葉に腹が立ち、思わず握りこぶしを作ったブルマだったが
『タナバタ』を知らないのは事実なのでここは大人しくしておいた。
ヤムチャ「七夕ってのは元々、天の神様の娘の『織姫』と牽牛(※牛飼いのこと)の
青年の『彦星』っていう天の国の人間の物語でな。
織姫はその名の通り棚機(たなはた)っていう機械を使って服を織るのが仕事で、
毎日毎日、来る日も来る日も神様の着る服を織っていたんだ。」
ブルマ「えー。そんなことしてたら疲れて倒れちゃうわ」
ヤムチャ「だよな。だから、それを心配した織姫のお父さん、つまり天の神様は、
織姫を結婚させることにしたんだ。」
ブルマ「なるほど。仕事以外の楽しみを見つけさせるってわけね」
ヤムチャ「そういうこと。それであるとき、天の川を挟んで東側に牛飼いをしている
彦星という青年を見つけたんだ。彼はとても働き者で評判も良かったので、
神様は彼と織姫を会わせてみたんだ」
ブルマ「今で言うお見合いね」
ヤムチャ「まあ、そんなもんかな。それで、真面目で働き者の二人はとても気が合ったので、
めでたく結婚したんだ。二人はハッピー、パパもハッピー、みんなハッピーで
天の国はハッピーに包まれたんだ」
ブルマ「へ〜え、良かったじゃない。それで終わり?」
ヤムチャ「いやいや、まだ続きがあるんだ。確かに二人は結婚し、織姫も
仕事以外の楽しみができた。
ところが、織姫と彦星はそれからというもの、二人で遊びまわって
仕事をしなくなってしまったんだ」
ブルマ「一度色事を知ると病みつきになるっていうしね。」
ヤムチャ「他に言い方ってもんがあるだろ。それで、織姫が服を織らないんで
神様の着る服はなくなっちまうし、彦星が牛の世話をしないんで牛は病気になっちまうしで
えらいことになっちまったんだ」
ブルマ「本末転倒じゃない。不様だわ。」
ヤムチャ「そこまで言わんでも・・・。そんで、神様が何度注意しても二人は
仕事をしないで遊びまわってたんだ。遂に、怒った神様は二人を引き離し、
二人は元居た天の川の西側と東側に戻されて二度と会えなくなってしまったんだ」
ブルマ「泳いで行けばいいじゃない。愛してるなら根性出しなさいよ」
ヤムチャ「無茶言うなよ、何光年あると思ってんだ。けど、やっぱり二人は
お互いを忘れられずに泣き続けて、結局仕事ができなかったんだな。
そんで、二人を哀れんだ神様は二人に『ちゃんと仕事をするならば、
一年に一度、七月七日の夜にだけ会うことを許してやろう』と言ったんだ」
ブルマ「一年に一度!?そんなの会えないのと同じじゃないの!!
そんなんでやる気が出るわけないじゃない!」
ヤムチャ「でも、二人は七月七日のために再び仕事をするようになったんだ」
ブルマ「マジで!?」
ヤムチャ「そして、七月七日の夜、天の川の水かさが少なくなると二人は川の
岸に立ち、会うことができたんだ」
ブルマ「『会う』って本当に『会う』だけなの!?いくらなんでも厳しすぎよ!!」
ヤムチャ「落ち着けよ。まあ、それで二人がちゃんと会えるように短冊に書いて、
そのついでに自分の願い事を書いて笹に吊るし、二人が会った時にその願い事を
叶えてもらうってわけさ。
・・・と、まあこんな感じかな。どうだい?面白かっただろ?」
ヤムチャが大きく息を吐き、にこりと笑う。
「ふーん。そんなお話だったの。でも、やっぱり願い事は叶わないんでしょ?
そんなのドラゴンボールの方がずっと便利だわ」
「まあ・・・そういう行事だからな。けど、願い事を星に祈ってみるってのも
悪くないんじゃないか?」
つまんなそうにふてくされるブルマをヤムチャが優しく諭す。先ほどより少しだけ冷たい風がゆるやかに吹き、サラサラと笹の葉が揺れる。
辺りはすっかり暗くなり、星が輝いていた。
「さて、そろそろ中に入ろうぜ。風邪ひくぞ?」
ヤムチャがブルマの肩を軽く叩く。力強く、暖かい掌だ。
「ねえ、ヤムチャ」
ブルマがぽつりと呟く。
「ヤムチャは何て願い事するの?」
ブルマの問いに、照れくさそうに頬をかくヤムチャ。
「秘密〜」
「え〜、何よ〜!教えてよ、ヤムチャ〜!」
「へへ〜!や〜だよっ!」
踵を返し、家の玄関へと消えていく二人。
巨大なドーム状の家が立ち並ぶ西の都の上空では、数え切れない星々と共に、あの美しい天の川が静かに輝いていた。
願い事
ブルマ・・・みんなとずっと一緒にいられますように→成就
プーアル・・・ヤムチャさまとずっと一緒にいられますように→成就
ヤムチャ・・・ヘタレが治りますように→神の力を超える願いは叶えられません
→(゚Д゚)ウボァー