強くなりたい!
385 名前:強くなりたい![sage] 投稿日:03/11/09 22:44 ID:YetgcmyY
全部が全部楽勝ではないものの、数多の武術大会で連戦連勝の連続優勝。短時間決着の新記録も
次々と樹立。浴びせられるのは言葉を尽くした賞賛の嵐。これで全く天狗にならない、
全然思い上がらない、であればとてつもない人格者と言えよう。
だが。今ここにいるこの男は、悪人ではないが、そう大した人格者でもない。だから今、マスコミに
囲まれて天狗になっている。思い上がっている。
「ま、俺にとっちゃ軽い大会だったってことですよ。はっはっはっ!」
……だが本人は、この状況を心から喜んではいない。
仲間たちから外れ、はぐれ、仲間たちと同じ土俵で競い合うことから逃げた男。
そんな自分でも賞賛される舞台を求め、そこで輝くことで満足しようとした男。
そのくせ、何かがくすぶり続け、何かを求め続け、心から満足できずにいる男。
男の名は、ヤムチャ。
いつものジムで一汗流したヤムチャは、ねぐらにしているホテルの部屋に戻ってきた。昔に比べたら、
毎日のトレーニングがバカみたいに楽だ。それでもジムメイトたちは、誰もついてこられない。
「さすがはチャンプ!」と驚くばかりだ。
「……ふん」
少し前までは、ここから毎日のように夜の街に繰り出していたが。今は、どうもそんな気分にならない。
ベッドに腰掛けて、ふう、と息をつく。この満たされない気分は、一体何なのか。
「やっぱり俺……いやいや、違うっ!」
ヤムチャは、浮かびかけた思いを、ぶんぶんと首を振って払い落とした。
「俺は、今、充分『頂点に君臨』しているんだ! 何も思い煩うことなんかないっ!
そうとも、極々一部の特殊な連中のことなんか、考える必要はない!」
カラ元気、ならぬカラ盛り上がりで、ヤムチャはすっくと立ち上がる。
「俺は強い! 充分強い! これ以上強くなる必要なんか、ないっ!」
「そうか? 私はお前よりずっと強い奴を知っているが」
「だから、特殊な連中のことは例外として無視するっ! そう決めた!」
「いや、その者たちではない。街で普通に学生として生活している、いたってカタギの女の子だぞ」
386 名前:強くなりたい![sage] 投稿日:03/11/09 22:45 ID:YetgcmyY
「何ぃ? ……って、さっきから誰だっ?」
とヤムチャが振り向くと、いつの間にやらベッドの上に正座している人物が一人。
白い服を着て杖を携え、しわしわの顔で、頭には触覚が二本。
「か、神様? 何でここに」
「お前に一つ、忠告しておこうと思ってな。いやいや、『戻って来い』などと言うつもりはないから
安心するが良い。人それぞれ、生き様というものがあるからな。しかし、」
と言って神様はベッドから降り、ヤムチャに顔を寄せた。
「先程言ったことは、本当だぞ。その女の子は、今はまだ修行中だが、いずれ華々しくデビューする。
そして、お前が今座っている玉座を奪うことだろう」
「何だとっ?」
「そこでだ。今の内、まだ未熟な内に叩いておかんか? その子は今遠い場所におるのだが、
神殿からなら空間を縮めて、すぐに会わせてやれるぞ」
「……その話が全部本当なら、有難い話だが。けど、なんであんたが、そこまでしてくれるんだ」
神様は、ぽんとヤムチャの肩を叩いた。
「なに、これでも一応神様なのでな」
神殿の奥深く。越界の部屋、と書かれた扉をくぐって、ヤムチャは暗い通路を歩いていく。
久々に、大会用の派手なコスチュームではなく、亀仙流の道着に袖を通した。
「……まあ、女の子相手に負けたら恥ずかし過ぎるから、だから念の為に、仕方なく」
何だかんだで、この格好が一番気合が入るというのは、今となっては何だか悔しい。というか、
そもそもどうしてこの道着、捨ててなかったのか? 我ながら不思議だ。
ブツブツ言いながら歩き続けて、やがてヤムチャは、明るい場所に出た。
見渡す限り真っ白で、今自分が出てきた「暗い通路の出口」以外、何も見えない。
だがよく目を凝らしてみると、前方に黒い点が見える。そしてそこから、誰かが歩いてくる。
387 名前:強くなりたい![sage] 投稿日:03/11/09 22:46 ID:YetgcmyY
……女の子だ。向こうも同じように、暗い通路を抜けてここに来たのだろう。
「あいつか」
ヤムチャは焦らず、ゆっくりと歩いていく。ここは大物振りを見せつけてやらねば。
距離が縮まって見えてきたのは、どう見ても武道着とは思えない、何だか可愛らしい服を着た少女。
体格はいたって小柄で、ショートカットがよく似合う、あどけない顔立ちをしている。青く短い
スカートの裾から伸びた脚も細くて、どう見ても強いとは思えない。
『何だこりゃ? 本気かよ神様』
ヤムチャが首を捻っていると、少女の方から声をかけてきた。
「早速だけど、戦ってもらえるかな?」
「え? いや、そりゃ、俺は構わないけれど」
と答えた次の瞬間、
「たああああぁぁぁぁっ!」
白いハチマキをなびかせて跳躍した少女の跳び蹴りが、ヤムチャの顔面に突き刺さった。
不意を突かれた上に予想外に強力な蹴りだった為、ヤムチャは軽く倒されてしまう。
鼻血を出しながら起き上がると、少女は腰を低く落として、両掌を縦に連ねて脇に構えていた。
この構えは、まさか……
「波ああぁぁっ!」
少女の掌から光の塊……「気」の塊が飛び出して、驚愕するヤムチャの胸板に命中した。
またまた予想外なその威力に、ヤムチャは再度、吹っ飛ばされて倒れる。
『な、何なんだ、一体何なんだ、この子は?』
すぐには肉体・精神の両ダメージですぐには起き上がれないヤムチャ。すると、
「何を考えてるの、お兄さん」
少女の、妙に冷静な声が聞こえた。
「あたしが見たところ、お兄さんはもっと強いはずだよ。ちゃんと本気を出して、あたしと戦って。
でないと、勝っても嬉しくない」
それを聞いて。ヤムチャの頭に、かっと血が上った。
『か、勝っても嬉しくない、だと……こ、この、この俺、このヤムチャ様に向かって!』
418 名前:387の続き[sage] 投稿日:03/11/12 23:25 ID:cc17f61o
がばっ! と立ち上がってヤムチャは、
「ナメるなああぁぁっ!」
本気で、少女に打ちかかっていった。するとあっけないほど戦況は一転、少女が防戦一方となる。
ヤムチャの猛攻の前に、全く全然、手も足も出せなくなった。
「ほらほら、どうした! 少しは反撃してみろ!」
とヤムチャが挑発しても、少女は息をするのも辛そうなほど、ヤムチャの攻撃を捌くのに必死になって
いる。汗を浮かべて、歯を食いしばって……この程度で、「勝っても嬉しくない」などとは片腹痛い。
そうこうする内に、だんだん少女の動きが鈍くなってきた。一発、二発と、脇腹や側頭部を
ヤムチャの攻撃が掠めていく。その度に少女の顔が苦痛で歪むが、それでもその細い小さな体は、
決して倒れようとはしない。
『何なんだ、この子は……どうして、ここまで……』
ヤムチャの攻撃の間隙を縫って、何とか反撃しようとしている、少女の目。その目は、自分より遥かに
格上の相手とぶつかり、そしてそれを突き破り乗り越えようとする厳しさ、凛々しさに輝いている。
かつて、ヤムチャの仲間たちが、いやヤムチャ自身も、宿していた覚えがある光。
この世のどんな宝石よりも美しく、尊い眩しさ。
『む、昔のことだ。昔、まだ未熟だった頃の……今とは違う、未熟だった頃の話だ!』
また、浮かびかけた思いをヤムチャは振り払った。
その時、隙ができた。少女は数歩下がって間合いを取り、構えを取り直した。腰を低く落として、
両掌を縦に連ねて、そこに「気」を溜めていく。
「はん! やっぱり未熟だな、お嬢ちゃん! 気の溜めが遅過ぎるぜ!」
射出体勢に入る前に叩き潰すべく、ヤムチャは大きく踏み込んだ。と、その時少女の両掌に
溜められていた気が大きく膨れ上がり、瞬間、閃光を発した!
「何っ?」
太陽拳もかくやと思わせるその強烈な光に目をやられ、ヤムチャは視力を奪われる。そこにすかさず、
「波ああああぁぁぁぁっ!」
少女の放った巨大な気弾が、ヤムチャの胸板に叩き込まれた。出会い頭に受けたものとは比べ物に
ならないその威力に、ヤムチャは呼吸を潰されて前のめりになる。そこへ少女の追撃が来た!
「せーーのっ!」
421 名前:すみません。では……[sage] 投稿日:03/11/12 23:30 ID:cc17f61o
ヤムチャの顎を、逆さに流れ上がる大瀑布の如き破壊力が襲った。全身のバネをフルに使った、斜め上に
跳躍しながらの拳の突き上げ、その連撃である。その様はまるで、雲を貫き天に昇る竜のような……
そう、まさしく昇竜の如き拳であった。
そんな少女の拳の威力に、脳髄を貫かれながらヤムチャは、
『こ……この感じ……』
久しく忘れていた何かを、思い出しつつあった。強い敵にぶつかり、弱いだの未熟だのと罵られ、
それでも挫けることなく修練に励んだ、あの頃。
あの頃の自分なら、こうして叩きのめされながら、それでも反撃を……
「……っ、と」
少女の攻撃が止んだ。高く高く上空まで突き上げられたヤムチャは、何とか体勢を整えて着地する。
すると目の前に、驚きのあまり目を見張っている少女の姿があった。
「ま、まだ立てるの? まともに全部食らったはずなのに……」
ヤムチャは、決して小さくはないダメージを受けているのだが、それでもニヤリと笑って答える。
「まあ、結構効いたけどな。俺を倒すにゃあちょっと足りないぜ。とはいえ、お嬢ちゃんが
ここまで強いとは思わなかったな」
「へえ。それじゃ、さっき言った未熟って言葉、取り消してくれる?」
「……いや。残念だが、それはできないな」
ヤムチャは、見えない糸を引っ張るようなポーズを取った。と同時に、
どぐぅおっっ!
少女の後頭部に、重い一撃。少女の真後ろから飛んできた小さな気弾が、命中したのだ。
先程突き上げられながら放ったヤムチャの必殺技、操気弾。小さめとはいえ、無防備な
後頭部を直撃である。少女は悲鳴も喘ぎもうめき声もなく、ぐらりと崩れ落ちていく。
「この俺相手に、よくやったぜお嬢ちゃん。手当てはしてやるから安心してお寝んねしな」
422 名前:強くなりたい![sage] 投稿日:03/11/12 23:31 ID:cc17f61o
と言いながらヤムチャは、倒れていく少女を抱きとめようとした。
が、少女の体の倒れるスピードが、突然加速してヤムチャの腕をすり抜けた。そして、
その極端に低い体勢から、
「まだ、終わってないっ! ……いくよっっ!」
少女は、体をコマのように速く鋭く回転させ、しなやかな脚をムチのように振るって、
目にも止まらぬ速さで連続下段蹴りを繰り出した。ヤムチャは慌てて下がろうとしたが、先の攻撃の
ダメージと、蹴られることによる体勢の崩れと、少女自身が蹴りを出しながら滑るように前進
してくる為、攻撃をかわすことができない。というより身動きがとれない。
十発蹴られたか二十発蹴られたか、ヤムチャが充分に脚を痛めたところで、少女はバネ仕掛けで
跳ねたかのように立ち上がり、短いスカートが完全に捲くれ上がるのも意に介さず、
脚を思い切り振り上げて、とどめの上段足刀蹴りを一発、ヤムチャの顔面に!
「がふっっ!」
まともに食らったヤムチャは、今度は不意討ちだからでも何でもなく、正真正銘本当にーー倒された。
それを見下ろす少女も、ダメージと疲労でもうふらふらで、
「へ、へへっ……こ、こ〜んな、トコ……だ、ね……っとと……」
ばたん、とぶっ倒れた。
二人は、しばらく、倒れたまま、欲も得もなくただ、ぜ〜は〜ぜ〜は〜と、酸素のみを求める。
やがて、倒れたままのヤムチャが声を出した。
「君は、強いな。本当に強い。どうしてそんなに強いんだ? いや、どうしてそこまで
強くなろうとしてるんだ?」
少女も、倒れたまま、答える。
「……『あのひと』に会いたいから」
452 名前:422の続き[sage] 投稿日:03/11/15 23:15 ID:NQc5vC4g
「あのひと?」
「うん。『あのひと』に近づきたいから……だから、強くなりたくて。あは、ちょっと
恥ずかしいから、詳しくは言えないけどね」
あっけらかん、と言ってのける。あまりにも無邪気な声、無邪気な言葉。
その無邪気さで、この子はここまで、強くなったのだ。
「強くなりたくて、か。ふふっ」
ヤムチャは、上体を起こして言った。
「ありがとう」
「え? 何が?」
「恥ずかしいから、詳しくは言えない」
「あ、ずるーい」
二人は、顔を見合わせて、笑いあった。ヤムチャにとっては久しぶりの、本当の笑い声だった。
「……さぁて、と。お母さんが心配するだろうから、そろそろ帰らなきゃ」
少女は立ち上がった。そして、ヤムチャに右手を差し出す。
ヤムチャも立ち上が……ろうとして、脚に痛みが走って、ふらついた。
何とか体を支えて、どうにか立ち上がる。
「お兄さん、大丈夫?」
「あ、ああ。君のあの、連続下段蹴りはかなり効いたぜ」
「ありがとっ。でも、あたし思ったんだけど、お兄さんって」
少女は、その無邪気な瞳でヤムチャの顔を見つめて、言った。
「ちょっと、足元がお留守だね」
453 名前:強くなりたい![sage] 投稿日:03/11/15 23:16 ID:NQc5vC4g
少女と別れ、暗い通路を通って、ヤムチャは神殿に戻ってきた。
神様が、出迎える。
「どうであった?」
「……どうもこうも。多分、あんたの思惑通りだよ」
神様は、にっこり笑った。
「そうかそうか。それは何より」
「ったく、あんたもヒマだな。何でこんな、手の込んだことを」
「最初に言ったであろう? これでも一応神様なのでな、と」
ふんっ、と顔を背けてヤムチャは、
「……なあ。この『越界の部屋』、また使わせてくれるんだろうな?」
「ああ。お前が、この部屋を使うにふさわしい程の、修行の成果を上げて来たらな」
「そんなのは解ってる。でなきゃ、今度は負けそうだからな」
あの子も、次に会う時にはもっともっと強くなっているだろうし。他にもまだまだ、
自分の知らないライバルたちがいそうだし。怠けては、いられない。
「これでホテル生活とはおさらばか……じゃあな、神様。一応、礼は言っとくぜ」
こうしてヤムチャは下界に降りたが、表の格闘技大会に出ることはなくなった。
ある時は氷山で、ある時は荒野で、己を極限まで鍛え上げる日々に入ったのである。
そんな中で思い出すのは、あの少女との別れ際のこと。
……そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はヤムチャってんだ
……あたしは、さくら。春日野さくらだよ。また戦ってね、お兄さん!
手を振って駆け出した、あの白いハチマキが瞼に焼き付いている。
「また戦ってね、か。へっ、今度は勝たせてもらうからな、さくらちゃんっっ!」
気合いの入ったヤムチャの拳が、巨大な岩塊を打ち砕いた。