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操気弾は飛んでゆく


486 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 00:06 ID:nWE.RK3I
>>479
 以前は主人に逆らい、今度は主人を乗っ取った。手足がある、肉体がある、自由に動か
せる。
「俺なんだ! 俺が操るんだ!!」
 何度も言わないと、これが夢で終わってしまうような気さえした。だが、夢では無かっ
た。誰が何と言おうと、主人の肉体は私の物になったのだ。
 乗っ取ろうと意識した訳では無い。気がついたら、私は主人になっていたのだ。大気を
皮膚で感じられた。触覚が存在しなかったエネルギー体では、味わえなかった気持ち良さ。
少し痛みも感じた。私が主人に与えた攻撃のためであろう。だがそれでさえ、私には心地
良かった。
「見たり聞いたりするだけだった………。でも、今は違う」
 私は歯をカチカチ鳴らしながら、涙を流した。視界がぼやける。これも、エネルギー体
では絶対に味わえなかった光景。
「あ、目の細さを変えるとぼやけ具合も変わる…」
 しばらく濡れた瞳で周囲を見ていた。
「おい、お前は何者だ!?」
 遮ったのは突然の怒号。まだ乾ききっていない視界には、こちらを睨みつける天津飯の
姿があった。構えこそ無いが、戦闘態勢に入っている。
「あぁ、俺は操気弾だ。操る方だからな、間違えるなよ」
「ふざけるな! さっさとヤムチャの体から出て行ってもらおうか!!」
「え、何で…?」
 この問いに天津飯は言葉を詰まらせた。更に私は続ける。
「お前らはエネルギー弾を操るくせに、何で俺は操っちゃいけないんだよ」
「ふん、お前がエネルギー弾だと? お前のような悪知恵の働く奴は、エネルギー弾とは
呼ばん!」
 この瞬間、私の思考が飛んだ。



487 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 00:06 ID:nWE.RK3I
 そして、気づくと私の拳は血に塗れていた。見ると、天津飯は遥か彼方へおり、ピクリ
とも動かない。近くにいた孫悟空は、私を一度睨み付けた後、すぐさま彼の元へ飛んだ。
シェンと匿名希望の女性も一緒に行く。
「じゃあ、俺は何なんだ…。まさか、本当に悪魔だったりするのか?」
 独り言を念仏のように唱えていると、今度は背後からピッコロが話しかけてきた。
「おい、これはどういう事だ」
「ピッコロ…」
「貴様と、貴様が乗り移った男の関係などには興味は無い。問題は、せっかくの復讐の舞
台をメチャクチャにしたという事だ」
 確かにもう、天下一武道会などと言っている状況では無い。客の半数以上は逃げ、残っ
た連中も呆然としているだけだ。そして、ピッコロの眼光には明らかに殺気が宿っている。
「どうしてくれる…。このまま孫悟空を殺すのは容易いが、人間共に恐怖を植え付けると
いう、もう一つの楽しみは台無しだ!!」
「わ、悪かった…」
 頭を下げつつ、私は疑問を感じていた。何故、自分より弱いピッコロに謝るのか。これ
までの私にとって、彼はカリスマであった。しかし、もう違う。ピッコロ大魔王の魅力は、
悪と強さ。“強さ”が意味を成さなくなった今、彼の魅力は半減した。もう一つの“悪”
とて、私の実力があれば手に入れられない物では無い。悪と強さは比例するのである。
「そうだよな、うん!」
 閃きと拳は同時に出た。私はピッコロからの自立を決意すると共に、目の前の彼を殴り
飛ばしていた。
「ピッコロ…すまないな。俺、頑張るよ」
 この謝罪は正真正銘、本心から出たものだった。もっとも、遠くで気絶しているピッコ
ロには聞こえなかっただろうが。
「とは言え、やる事が思いつかないな……」



488 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 00:07 ID:nWE.RK3I
 見渡すと、観客はほぼゼロに近くなっていた。広い会場にはタイルがびっちり敷き詰め
られており、ゴミも散らばっていた。本来は大会終了まで見る事が出来ぬはずの光景、私
がいたからこうなったのだ。いわば、私の力によるものだ。
「こういうのも、悪くないかもしれないな」
 私の中に、何かが芽生え始めた。
「ちょっと私が指示するだけで、人間全てが動かせたら面白いだろうな」
 茎が伸び、葉が現れ、そして……。
「世界………世界だ!」
 花が咲いた。
「世界を操ってみせる!」
 全てが価値の無いものに思えた。のびているピッコロ、逃げ去った観客、群れるだけの
孫悟空達、主人と私の前には無意味だ。
「操気弾は全てを操る! 人間も、歴史も、地球も全て操ってやるとも!!」

 私が咆哮していると、近くに人の気配がした。孫悟空と、謎の中年シェンである。
「おめぇ、とんでもねぇ事考えてやがるな……」
「その野望、ここで食い止めさせてもらうぞ」
 二人は本気のようだ。だが、私は鼻であしらってやった。
「俺を倒すつもりか? 見ろ、ピッコロですらあのザマだ」
 私が親指で倒れているピッコロを指すと、二人の表情は一変した。
「な、なに…!?」
「まさか、ピッコロが…。お前の力はそこまでだと言うのか……!」
「まぁな、主人と俺は最強なんだ。クックッ…お前らを見ても、全く負ける気がしない。
でも、せっかくだし………やりますか」
 私は主人と世界を制す。そんな愚かな夢を賭けた一戦が始まった。



492 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 23:55 ID:bOFAAQck
>>488
 まず飛び掛ってきたのは孫悟空。実力の差を弁えず、のろいラッシュを仕掛けてくる。
素早く右腕を取り、ねじり曲げて、そのまま投げ飛ばしてやった。
「孫! くっ、ゆくぞ!!」
 今度はシェン、孫悟空より更に遅い。タイミングを計って回し蹴りを浴びせる。無様に
転がっていく中年、地面に落ちて割れた眼鏡が哀れを誘う。
「これ以上、この体を傷つける訳にはいかんな…」
 すると、シェンの体から気体のようなものが飛び出してきた。そして、その気体は瞬く
間に実体となった。その姿は、正に老いたピッコロであった。
「ピッコロ!? いや、どことなく違うな…」
「もはや隠す必要もあるまい。私はこの地球の神だ」
「神だと……?」
「お前に意志を与えたのも、間接的にはこの私。だからこそ、過ちは止めねばなるまい…」
「ふん。俺が正しいか正しくないかなど、どうでもいい。俺が正しければ、お前には神の
資格は無いし、俺が間違っていれば、俺をここまでのさばさらせたアンタには、やっぱり
神の資格は無い。どっちにしろ、お前は無能なんだよ」
「そうかもしれん…。どちらにせよ、神の座はここで下りるつもりでいた」
 諦めとも取れる神の言葉。私はこれ以上の問答は不必要と断じ、一呼吸置いた。主人の
得意技、狼牙風風拳の構えを取る。昔、何度も見た技。不思議と、私なら使えるような気
がした。主人の肉体だから、記憶が残っていたのだろうか。
「まずは、主人の技で神殺しだ!!」
 両脚に全神経を集中させ、神を見定める。私が技を発動した瞬間、神は肉塊と化すだろ
う。だが、またしても声によって遮られた。
「ちょっとタンマ! そいつと闘うのはオラだぜ、神様」
 声の方向を横目で見ると、孫悟空が立っていた。私は舌打ちした。場にそぐわない孫悟
空の声、台詞、存在感、全てにカチンときたのだ。



493 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 23:56 ID:bOFAAQck
「孫、バカを言うな。この男は強い!」
「だからオラもさ、重い道着とか脱いできたんだ。これで少しはマシになるよ」
「無理だ! 奴はピッコロをも…」
「神様、オラ闘いてぇんだ。ヤムチャの体を奪って、あのピッコロを倒した奴とよ」
 神は孫悟空を止めるのは無理と判断したのか、そのまま下を向いてしまった。だが、そ
んな事はどうでも良かった。私は許せなかった。異端の者として、毎日毎秒を真剣に生き
てきた私。それが、こんな闘いしか能が無いような男に舐められたのだ。
「気楽なもんだな、孫悟空」
「いや、オラは本気だぞ」
「それが気楽だと言うのだァ!!」
 猪突猛進、猛スピードで孫悟空向け拳を振り抜いた。だが、手応えが無い。
「残…像……!?」
 その直後、右脇腹に衝撃が奔った。孫悟空の蹴りがもろにヒットしたのだ。
「ぐおッ! ちっ…見くびりすぎたか」
 落ち着いて体勢を整えると、周囲を孫悟空で取り囲まれていた。その数、およそ十人。
勿論、その殆どが残像のはず。私は冷静に観察した。パワーアップした状態での動体視力
ならば、残像を見抜くなど動作もないはず。そして、得た結論。
「本物が…いない!?」
 頭が整理された途端、飛び蹴りが襲い掛かってきた。私はたまらず転倒した。
「地上の残像はフェイクか…! くそっ、なかなか頭の切れる野郎だ」
 私は慌てて起き上がった。すると、目の前には孫悟空が立っていたのだ。今度は小細工
は無しのようだ。
「どうだ、オラが本気だって分かったか?」
「ぐ…!」
 序盤戦、まずは孫悟空にペースを握られてしまった。



494 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/22 23:56 ID:bOFAAQck
 戦闘能力はピッコロと大差無いはずの孫悟空ではあるが、彼の戦闘センスは計り知れな
い。長引くと不利になるのはこちらだろう。そう判断した私は、一気に気を開放した。
「はあぁぁぁ………!」
 唸り声のような音と共に、莫大な気の嵐が誕生した。私と主人との気がミックスされた、
恐らく地球上で最強の陽炎。だが、孫悟空の表情に変化は無い。多少強張ってはいるもの
の、むしろこれを待っていたという眼差しだった。
「これが真の力だ。戦闘経験の差を補うには、十分すぎる程のパワーだろう?」
「こりゃあ、まずいかもな…。でも、オラだって負ける気はしねぇ!」

 同時に動いた。間合いは一瞬で、数十センチにまで縮んだ。そして、突き比べ。だが、
孫悟空の拳が私に届くことは無かった。彼が一撃入れる前に、私は二十の拳を叩き込める。
スピードの差は歴然だった。
 更に、それは破壊力にも言えた。私の入れた二十の打撃は、全て彼にとっては致命的な
威力だったのだ。筋肉を潰し、骨を砕き、綺麗に入れば内臓ですらアウトだ。苦悶の表情
で、孫悟空はその場に崩れ落ちた。十秒も立たぬ間の、あっけない決着だった。瞬殺と言
うヤツである。
「ぐはっ! ぐああっ………!」
 血と唾液を吐き散らしながら、地面をのたうち回る孫悟空。しかし、この場合は生きて
いるだけでも評価に値する。
「ふっ、胸や腹にあんだけ喰らってまだ生きてるとは…。主人が友と認め、ピッコロが敵
視しただけの事はあるな。まぁ、俺の敵じゃなかった訳だが」
 最も尊敬する主人は傀儡と化し、かつて世界を震え上がらせた大魔王の息子は失神、幾
度も世界を救ったという英雄も目の前でイモ虫となった。たかが、エネルギー弾によって。
「壮大なサクセスストーリーは、まだ始まったばかりだ………」
 こうして操気弾は、世界で最も高い山となった。



503 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/24 00:53 ID:Fx9saNf.
>>494
 孫悟空の姿を見て、神も観念したらしい。後悔と絶望を含んだ表情で、跪いてしまった。
もはや、全ての気力を失ってしまったかのようだ。
「元気ないねぇ、神様」
「すまん、孫…。全て私の責任じゃ………!」
「じゃあ、責任を取らないとな。孫悟空はもう少し転がせておくが、アンタは一瞬で楽に
してやるぜ。一応、生みの親ではあるからな」
 枯れ木のような老いぼれに、手刀を振り下ろす。だが、それは思わぬ男に邪魔された。
緑色の手が、私の右腕を掴んでいるのだ。
「……ほう。ピッコロ、もう意識が戻ったのか」
「操気弾、貴様はこの手で殺さねば気がすまん!!」
「そう怒るなよ。孫悟空と神は殺すが、お前は生かしてやろうと思ってたんだぞ?」
 すると、ピッコロの腕に力がこもった。右腕に少しだけ痛みを覚えた。
「生憎だが、俺と神は一心同体でな。奴に死なれると、色々と困るんだよ」
 腕には、更に力が加わった。私はその腕を振り払い、ピッコロとの距離を取った。
「一心同体…? 神が死ねば、お前も死ぬってワケか」
「死ぬのは貴様だがな!」
 ピッコロは着ていたマントを、私の顔面に被せてきた。私にはピッコロのように、気で
周囲を感知する能力は無い。一時的にではあるが、完全に無防備となってしまうのだ。
「セコイ真似を…!」
 強引にマントを振り払うと、既にピッコロの姿は無かった。あるのは、先程までと変わ
らず苦しんでいる孫悟空のみ。いや、何かが違う。近くに居たはずの神が消えていたのだ。
嫌な空気が私を包んだ。
「あの野郎………まさか!」
 上空に気配を感じ、はっと振り向く。そこにはピッコロの姿があった。左手に神を抱え、
右手にエネルギーを集中させている。奴の狙いは、ここら一帯の消滅。



504 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/24 00:53 ID:Fx9saNf.
「裏切り者の貴様も、孫悟空も、まとめて始末してやる! 死ねェ!!」
 間もなく、巨大なエネルギー波が地上に放たれた。私と孫悟空を殺すためだけに、何の
躊躇も無く、遠慮も無く。巻き添えに何が壊れようが、何人死のうが知った事ではない。
ピッコロは世界中と自分を天秤にかけられる男だ。かつて私も、そこに惚れたのだから。
 だが、ピッコロには最大の誤算があった。私に比べ、余りにも弱すぎた。
「この程度かい、ピッコロ…」
 私も右手から軽くエネルギー波を出した。私のエネルギー波は、ピッコロのそれを軽々
と呑み込み、上空の二人へと飛んでいった。
「う、うわあぁぁぁぁ………─────!」
 情けない断末魔が聞こえた。そのまま光は、星となって消えた。

 一応、私は目的を「世界を操ること」と定めたが、何も急いで開始する事も無い。ひと
まず、この場でやるべき事は終わった。
 周囲を見回した。まだ苦しんでいる孫悟空、気絶している天津飯とクリリン、頭を押さ
え震えている“シェン”だった中年。特別なものは何も無かった。とりあえず、その辺に
落ちていた小石を蹴ってみた。数メートル不規則に転がり、そのまま止まった。
「まずは、あそこで苦しんでる孫悟空を楽にしてやるか…」
 一歩一歩、彼に近付いていく。孫悟空も、私の接近に気づいたためか必死に起き上がろ
うともがくが、それもかなわぬらしい。
「諦めろ、孫悟空! ………ぬッ!?」
 突然、側の茂みから刀が飛んできた。
「くっ!」
 頬をかすめたものの、間一髪避ける事が出来た。薄汚い不意打ち、しかも主人の顔に傷
を負わされてしまったのだ
「おい、出て来いッ! 絶対に許さんぞ!!」



505 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/24 00:54 ID:Fx9saNf.
 現れたのは、背の低い太った覆面男。とても鋭い刀の持ち主とは思えない、愚鈍そうな
男であった。
「お前か…!」
「あ、いや、その…ハハハ。刀を磨いてたらすっぽ抜けちゃって………」
 事故だったと言いたいらしいが、問答無用。覆面男にエネルギー弾を放とうとした時、
今度は匿名希望の女が蹴りを放ってきた。無論、軽く振り払う。
「あの約束を確かめるまで、悟空さは死なせねぇだ!」
 土壇場で、新たな敵が二人も増えてしまった。だが強さという点では、まるで脅威には
値しない。終業時刻に、簡単な仕事を頼まれた程度の事だ。などと思っていると、覆面男
が不審な行動を取っている。倒れている孫悟空に、何か施しているのだ。全く、油断も隙
も無い男である。
「おい、何してるんだ!?」
「え!? あの、ちょっとトドメを刺そうと思いまして…」
「ふざけるなッ!!」
 一瞬で覆面に近付き、顔面に蹴りを入れる。覆面男はボールのように跳ね転がっていっ
た。尻を丸出しにして、ピクピクと痙攣している。惨めだ。
「ああいう奴が、一番恐ろしいのかもな……予想がつかねぇ」
 愚痴を言いながら、孫悟空を見下ろす。すると、何かを飲み込んだのだ。小さく、飲み
込みやすく、怪我人に効果のある物。私は、それが何であるか知っていた。
「仙豆か…!」
 予想、そして不安は的中した。孫悟空のダメージは一瞬で回復してしまったのである。
猿のような身軽な動きで、孫悟空は飛び起きた。
「助かったぜ、ヤジロベー。あと、おめぇもありがとな!」
 女と覆面に礼を言うと、孫悟空はこちらに目をやった。



530 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/26 23:43 ID:EjGIexkc
>>505
「二度手間になっちまったな…。まぁいい、次はすぐ殺す!」
「おっと、そう簡単にはいかねぇぞ!」
 何となくだが、孫悟空が復活前より強くなっているような気がした。だが、所詮それも
微々たるもの。まだ戦闘技術で補える程、実力差は縮まってはいない。このように私が分
析をしていると、孫悟空がとある疑問を投げ掛けてきた。
「…おい、神様はどこやった?」
 込み上げる笑いを押し殺しながら、私は答えた。
「ああ、神は大魔王と同時に葬ってやったよ」
「何だと!?」
「おいおい、そう怒るなよ。ピッコロの奴は、神を連れてこの会場を破壊しようとしたん
だぜ? 俺は命の恩人なんだ、むしろ感謝してもらわないとな。ハッハッハ………」
「くっ…。すまねぇ、神様……!」
 顔をしかめ、後悔の念を浮かべる孫悟空。私は思った。後悔とは、この世で最も愚かな
行為の一つであると。過ぎ去った時間はもはや元には戻らない。そんな物についてあれこ
れと悩むなど、馬鹿のやる事だと。私には後悔しても、し足りない想いが山ほどある。ポー
ルを巻き込んだ事、砂漠で旅人を自殺させた事、街の守護神と良い気になった事、ピッコ
ロの悪に魅入られた事、主人と二度と話せなくなった事、そしてこの世に生まれた事…。
 だから、もう後悔はしない………。

 ふと見ると、孫悟空が恐ろしい形相で私を睨んでいた。それは単に私への憎悪だけで構
成されていた訳では無く、これから開始される闘争への期待も混じった面だったのだ。こ
の男、本当に闘いが好きなようだ。
「俺は元々エネルギー弾だったから、その扱いには長けてる。殴り合いに強いだけじゃな
いところも見せなくちゃあな……」
「来いッ!」



531 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/26 23:44 ID:EjGIexkc
「楽しむつもりは無い、確実に仕留める! 速気弾!!」
 私は両の掌から、小粒ではあるが超高速のエネルギー弾を発射した。一撃一撃の威力は
低いが、この技の最も恐ろしい特性はその連射性能。秒間何十発もの弾丸を発射する事が
出来る。孫悟空には、ガードを固めるしか術は無い。
「エネルギー弾の頃は、こういう技は俺自ら変形したりしなきゃならなかったが……主人
の肉体を奪った今なら、思う存分頭の中で温めてた新技を試せるぞォ!」
「くそっ……はえぇ!」
 速気弾で強制的に防戦一方にさせ、体力の減った孫悟空を一気に叩く。私はこれが一番
安全な方法だと考えたのだ。
「お前と私の実力差がもう少し近ければ、ダメージ覚悟で突っ込むってのもアリだったろ
うが…そうもいくまい!」
「あぁ、それをやったら、オラ死んじまうだろうな」
 早くも再び死の淵に立たされたと言うのに、孫悟空の言葉には妙な余裕が感じられた。
「ククク、この程度か? 簡単にはいかないんじゃなかったのか?」
 挑発で、孫悟空の心理を探ろうと試みた。だが、彼の反応はいたって間の抜けたもので
あった。
「へ、へへ…どうだろな」
 この状況下で笑っているのだ。何も策が無い事を隠すためか、はたまた何か秘策がある
のか、それとも何も考えていないのか。このうち一つを疑えば、他の二つが更に怪しく思
えてくる。迷えば迷うほど、分からなくなってきた。
「か……め……は……め……」
 私が迷宮を彷徨っていると、孫悟空は聞き覚えのある言葉を発し始めた。言うまでも無
く、かめはめ波を撃つためのものだ。だが、孫悟空は両腕をクロスさせ、完全に防御に回っ
ている。かめはめ波を撃つのは不可能なはずだ。私はこいつは狂っているのだと確信した。
「ハハハ、撃てるもんなら撃ってみろ!」



532 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/26 23:44 ID:EjGIexkc
 その直後、孫悟空は仰向けに転倒した。速気弾に耐えられなくなったのであろうか。見
ると、孫悟空の両足がこちらを向いている。そして、信じられない事が起こった。
「波ァ─────────!!!」
 両の足裏から、かめはめ波が撃ち出されたのだ。光線は私の両手からの小粒を次々に打
ち消し、私の腹部へと到達した。戦略的転倒、とでも言うべきだろうか。
「ごはァ!!」
 爆発が起こった。この爆発は、私にとっては見た目以上に危険だ。ダメージは勿論ある
が、舞い上がる煙によって視界を奪われてしまうのだ。孫悟空もピッコロと肉迫する実力
の持ち主、恐らく視覚を用いず敵を察知する能力を持っているだろう。
「かめはめ波は、足でだって撃てんだぞ!」
 声と共に、煙に踊らされる私に鋭い打撃が舞い込んできた。無防備状態での攻撃は、想
像以上に重かった。まして、私は痛みに慣れていない。激痛に不安感を煽られ、すぐさま
パニックに陥ってしまった。
「くそっ! 出て来い、殺してやる! ウオォォォ!!」
 闇雲に拳を振るうが、全て空を切るばかり。安全策は、全くの下策に終わった。私は孫
悟空を見くびっていたのだ。だが、後悔はしない。前進あるのみ。
「ここから離れなくては…! このままでは、奴のペースになってしまう!!」
 私はジャンプして、煙地獄からの脱出を図った。だが、そこは経験は上をゆく孫悟空。
この動きは完全に読まれていた。煙から出た途端、孫悟空の蹴りが私の顔面に炸裂したの
である。飛んだ途端、地面に落とされる羽目になった。
「ちくしょう、たった一手で…!」
 何とか着地した場所、そこは武舞台の中央だった。そして、私を追うように孫悟空も着
地する。
「どうだ、けっこう効いたろ?」
「この野郎………わざとここに俺を落としやがったな!」



544 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/29 00:02 ID:AnVe5sK2
>>532
 天下を決める小さな世界、武舞台。場面は整えられた。
 会場中が戦場と化した今、こんなリングの上で勝負を決めるのはナンセンスである。舌
打ちしながら、私は舞台から降りようとした。しかし、その時放った孫悟空の一言が私の
足を止めた。
「おい、逃げんのか?」
 足からのかめはめ波という奇策にしてやられたとは言え、まだ私の方が強い。その私が、
何故逃げねばならないのだ。
「いいぜ、天下一をここで決めるのも悪くない!!」
 気の大きさでは、私が完全に勝っているはず。なおかつ、こんなリング上では戦闘手段
も限られてくる。接近戦でも、飛び道具でも、私には自信があった。

 私は右の掌からエネルギーの塊を出した。無論、速気弾のように一癖ある代物だ。
「これは追気弾、どこまでもお前を追っていくぞ………!」
 エネルギーを整え、私はそれを発射した。血に飢えた肉食獣のように、追気弾は狙った
獲物は逃さない。孫悟空がどう動こうとも、それに合わせて追跡していくのだ。
 孫悟空は地上と空を行き来し、紙一重の連続で追跡をかわしている。必死に撒こうとす
るが、この舞台上ではそれは不可能。私はそのやり取りを、高みの見物してればいいのだ。
孫悟空が逃げ疲れたところに、特大のエネルギー波をぶち当てれば勝利である。
「逃げろ、逃げろ、逃げろォ! ハッハッハッハッハッハァ!!」
 フェイント、舞空術、残像拳、様々な手段を用いて追気弾をやり過ごそうとする孫悟空。
しかし、敵の気を感知してそこへ向かう仕組みの追気弾の前には、そのような小細工は無
意味である。
「こんなんじゃ、追いかけっこにもならねぇよ。もっと増やせねぇの?」
 いきなり孫悟空が呟いた。余裕の挑発である。
「くっ…! 出血大サービスだ、九個増やして十発にしてやる!!」



545 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/29 00:03 ID:AnVe5sK2
 私は、一気に追気弾の群れを放出した。十の追気弾が、巣を攻撃された蜂のように襲い
掛かっていく。
「ストーカーが多いと大変だねぇ。よっ、人気者!」
 すると突然、孫悟空はこちら目掛けて猛突進してきた。やはり逃げ切れないと見て、私
に狙いを定めたのだろう。間合いに入ったら即、右拳を捻り込んでやろうと私も構えた。
そして、間合いに入る寸前。孫悟空は私を飛び越え、背中側に回った。
「そう簡単に背後を取らせるか!」
 振り向こうとした瞬間、私は目の前の光景に驚愕した。十個の追気弾が、次々と飛んで
きたのだ。孫悟空を倒すために、私を目掛けて─────
「ゲェッ! く、来るなァ!!」
 慌てて防御するが、半分以上をまともに喰らってしまった。お粗末な結果である。
「この…ふざけやがって………!」
「まだ終わってねぇぞ!!」
 鳩尾に、孫悟空の打撃が炸裂した。蹴りなのか、拳なのかも良く分からなかった。生ま
れて約二年、痛みを知らなかった者には辛すぎる痛み。孫悟空との最大の差、それは経験
でも、技術でも、心構えでも無かった。私は痛みを知らな過ぎた。
「吐き気がする……ちくしょう………痛い………ちくしょう………くそぉ……」
 主人や他の武道家なら、痛みを無視して戦い続けられただろう。しかし、私にはそれが
出来なかった。
「ぐっ…ぐぐっ! うおおぉぉ………」
 全身を汗に濡らしつつ、孫悟空を睨んだ。すると、既に彼は構えを解いていた。
「ヤムチャの体から出て行け、これ以上は意味がねぇ」
「何だと…!」
「さっきから気になってたんだ。オラが一撃当てるごとに、おめぇやたら痛がってただろ?
おめぇの方が気がでかいから、大して効いてねぇはずなのに」



546 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/29 00:03 ID:AnVe5sK2
 見透かされていた。顔には出さずにいたつもりだが、ずっと出ていたのだ。
「ふ、ふん…。俺の方が気は大きいって認めてるじゃねぇか」
「でも、いちいち痛がってたら勝負になんねぇぞ?」
「もう一撃も喰らわん! エネルギーの扱いなら、俺が上だァ─────!!!」
 私は手の中に、長い棒状のエネルギーを作り出した。
「槍気弾…気で出来たヤリだ。受けてみやがれェ!!」
 振り被ってから、思い切り投げた。次の瞬間、槍は見事に孫悟空の右太ももを貫通した。
本当は心臓を狙ったが、コントロールの悪さは仕方が無い。
「ハッハッハ、読みが俺と同じなだけあって、大した威力だろう!」
「やるなぁ…!」
「まだまだあるぜ、円気弾! 転気弾! 爆気弾!」
 円気弾。フリスビー状のエネルギー弾。あらゆる物体を真っ二つにする特性を持つ。当
たれば、まず即死なはずだ。
 転気弾。高速回転しながら、敵目掛け飛ぶエネルギー弾。当たれば大打撃は必至、触れ
ただけでも、回転に巻き込まれ皮膚は削り取られてしまう。
 爆気弾。とにかく派手に、大きく爆発するよう作った。威力自体は平凡だが、敵を欺い
たり驚かせるのには絶好の技である。
 対する孫悟空、円気弾は惜しくも避けられ、転気弾は左腕でガードされたものの、その
部分の肉を削ぎ落とした。爆気弾はその爆発で孫悟空を吹き飛ばし、期待通りの働きを見
せてくれた。
「くぅ〜器用なヤツだな…」
「器用なだけじゃないぜ、上を見な」
 空には、直径十メートルの気弾が待機していた。言うまでも無く、私の作品だ。
「う、うへぇ………で、でけぇ!」
「あんなチマチマした技達で、殺そうとは思わん。これで押し潰してやる………孫悟空!」



561 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/30 01:32 ID:Ir/.DXtI
>>546
 私が合図をすると、巨大な気の塊が動いた。ゆっくりと、そして確実に、孫悟空へと落
ちて行く。武舞台上には、避難出来るようなスペースは無い。
「場外に出るしか無いな、孫悟空…。まずは、武道会ルールでの勝ちを頂いておくぞ!」
「場外? 冗談じゃねぇ、オラ逃げねぇよ」
「じゃあ、どうするんだ? まさか、あれを受け止めようとでも言うのか」
「あぁ!」
「ほ、本気か!?」
 なんと孫悟空は、両手を上げバンザイのような格好になった。そのすぐ上には、巨大な
エネルギー弾が落下してきている。いくら負けたくないとは言っても、これは自殺行為と
いうもの。私の理解を完全に上回っていた。
「さぁ、来い! 根比べだ!!」
 間もなく、孫悟空の両手に巨大な球体がのしかかった。その衝撃は凄まじく、彼の足元
のタイルは壊れ、ズブズブと沈んでいる。

 両手には夥しい血管が浮き出て、歯を食い縛りながら必死にエネルギー弾を支えている。
その間も、徐々に彼の足元は地面に埋まってゆく。
「ぐっ! ぐぐっ…!」
 巨大なエネルギー弾、仮に名前を巨気弾としよう。巨気弾は、私もかなりのエネルギー
を込めた作品であった。実力から考え、孫悟空には支える事すら出来ないはず。それなの
に、ギリギリとは言え、彼は支え続けていた。
「うぐぐ…! ぎぎぎッ………!!」
 十秒が経ち、一分が過ぎ、気づけば三分を超えていた。そして、間もなく五分に達しよ
うとしているのだ。
「まだ支えるのか…!」
 とうとう、五分の壁までも破られた。



562 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/30 01:32 ID:Ir/.DXtI
 孫悟空の行動は、余りにも不合理だ。こんな底力があれば、私ともある程度の勝負は出
来たはず。だが、彼はそれにせずに敢えて茨の道を選んだ。茨の道とは言っても、見返り
など何も無い。ハイリスク・ノーリターン、真っ当な人間ならば選ぶわけが無い。
 武道家としての誇り、それはそんなに重いものなのか。生死を賭けた場面でも、枷を背
負わせるような………。
「もうすぐ七分…! まだ…まだ、持つと言うのか!?」
 攻撃しているはずの、敵対しているはずの私も、この男がどこまで支えられるのか見た
くなっていた。一時間でも、一分でも、一秒でも多く。目の前で、何か前代未聞の大記録
への挑戦が行われているような、そんな錯覚さえした。
「単なる馬鹿じゃない…。主人、ピッコロ………こいつはデカすぎる」
 私とは格が違う。孫悟空は、誰よりも真剣に、誰よりも楽しく人生を過ごしてきたのだ。
いつも自分や他人のせいにして、生を楽しもうとしなかった私に勝ち目は無い。
 やがて、声援が聞こえた。見回すと、観客席のところに何人かが集まっている。
「孫く〜ん! そんな玉に負けるんじゃないわよ!!」
「悟空、勝ってくれ!!」
「ヤムチャ様を取り戻してください!」
「悟空さ、根性だべ! ガッツだべ!!」
「おらおら、負けやがったら承知しねぇぞ!」
 女性にブタ、更には猫や老人など、バラエティ豊かな観客達が勢揃いだ。恐らく、孫悟
空の仲間だろう。この死闘の最中、まだ会場内に残っていたようだ。これらの応援もあっ
てか、孫悟空にも力が入ってくる。少し巨気弾を押し返しているようにも見えた。
「まだあんなに残ってたのか…。危険も顧みず……!」
 少し嫉妬した。私には、心を許せる友など存在しない。私をこの世に生んだ主人は、既
に私に取り込まれている。そして部下という関係ではあったが、腹を割って話せたピッコ
ロも、もはやこの世にいない。



563 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/11/30 01:33 ID:Ir/.DXtI
 しかも、声援は孫悟空にばかり向いている。私への声援など一つも無い。冷静に考えれ
ば当たり前の事である。しかし、武舞台にいるのは私と孫悟空の二人のみ。二分の一は、
私の名前があってもいいはずなのに。そう考えてしまうと、何故だか無性に悔しさが込み
上げてきた。
「いいなぁ、お前ばかり!」
 私は巨気弾を支えている孫悟空に飛び掛り、思い切り腹を殴りつけた。
「ぐあァ!!」
「どこまで記録を伸ばすか見たかったが………気が変わった! 長引かせると、ろくな事
が無いしなァ〜!!」
 膝を蹴り、顔面を殴打し、更に唾を引っ掛ける。それでも、孫悟空は揺るがなかった。
「うぜぇ! さっさと潰されちまえってんだよ!!」
「あぁ…そうしよっかな」
 そう言うと、孫悟空はバンザイを止めた。柱が折れた事を意味する。
「えっ!?」
「オラ、もう限界だ。自分の丈夫さに賭けるしかねぇ」
「まさか………」
 頭上に巨気弾が迫っていた。もう反応する時間は無い。私と孫悟空は、巨大なエネルギー
の下敷きとなった─────同時に。

 余りの圧迫に、全身の骨がきしむ。光は手加減する事無く、私を押し潰していく。孫悟
空がどうなったのか知る余裕など、存在しなかった。これは死ぬ、確実に死ぬ。主人の肉
体が死ぬか、私が精神的に死ぬか、それは分からない。とにかく、死へのひんやりとした
実感を垣間見たのだ。
「いよいよ、俺も死ぬのか………」
 その時、声が聞こえた。頼もしく、情けなく、どこか気障な、聞き覚えのある声が。



587 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/04 01:00 ID:TUt2wZMA
>>563
 主人だ。主人が語りかけてくるのが分かった。だが、肝心の主人の姿は無い。
「よう、操気弾。元気か?」
「元気じゃないですよ。それより、ここはどこです?」
 一体ここはどこなのだろう。真っ黒でもあり、真っ白でもある。
「まぁまぁ、そんな事気にせず楽しくやろうぜ」
「ですが…」
 天国なのか、それとも精神世界というやつなのか、はたまた“無”に来てしまったのか。
主人が答えない以上、私に知る術は無かった。
「お前は少しマジメ過ぎたんだよ、何事にもな」
「ど、どういう意味です?」
「お前に意識を乗っ取られた時、記憶がどっと流れ込んできた。そう、お前が俺と別れた
後の記憶が…」
「そうでしたか………」
 私は恥ずかしかった。本音で綴った、嘘偽りの無い日記を見られたようなものだ。何よ
り、主人の反応が怖かった。人に誇れる半生など、歩んで来なかったのだから。
「悪かったな、操気弾」
「…何がです?」
「あんだけの目に遭ってたのに…外道だの何だの言って、すまなかったな」
 私はこの時ほど、“報われた”と思った事は無かった。生きてきて、良かった。
「いえ、こちらこそ…」
「でも、ピッコロの仲間になってたってのには驚いたけどな」
「実はマジュニアがピッコロだったんですよ、似てたでしょう?」
 どことも分からぬ場所で、見えぬ主人との会話は続いた。たわいも無い内容だったが、
私にとっては貴重な時間であった。



588 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/04 01:01 ID:TUt2wZMA
 やがて、終わりの時は来た。何となくだが、周囲が不安定になっているのが分かる。全
てを知っているかのように、主人が言った。
「操気弾、どうやら時間だ」
「そのようですね」
「大丈夫か?」
「えぇ、覚悟は出来てます」
「じゃあ行くぞ! 手を貸せ、操気弾!!」
「俺に手は無いですよ」
 その直後、目映いばかりの光が私を包んだ。

 目の前には青空が広がっていた。すぐさま視界を辺りに広げると、ここは武道会場の一
角だった。どうやら、私は死んだ訳では無かったようだ。
「今のは、夢だったのか…?」
 すると、またもや主人の声が。
「いいや、夢じゃないぜ」
「あ…!」
 あの巨気弾のショックからか、私は主人と分離していたのだ。あの全てを掌握するよう
なパワーは、既にこの身には無い。落胆か、それとも安堵か、何かが私の心に浮かんだ。
「主人、結局どうなったのですか。教えて下さい」
「あぁ、まず悟空はあのエネルギー弾を耐え切ったらしい。更に、その衝撃で俺とお前の
意識は引き離された。この時点で、この体は俺に戻ったんだ」
「そうだったんですか…」
「後は分かるだろ? そして今、俺とお前が完全に分かれたワケだ」
「他の人達は?」
「出払ってもらってるよ、メシでも食ってるんじゃないかな」



589 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/04 01:01 ID:TUt2wZMA
 生きていたとは言え、これから私はどうすれば良いのだ。あれだけ好き勝手やった私に、
もはや居場所など皆無。ある訳が無い。
「俺は……これからどうすれば良いのでしょう?」
「それは、お前が決める事だな」
 厳しい一言。この期に及んで主人にすがろうなどという私の期待は、あえなく粉砕され
た。甘い、甘すぎた。
「また俺とつるむのも、旅に出るのも、どっかに落ち着くのも、自由なんだ。俺なんかに
決めさせたら後悔するぜ」
「………」
 私には余りにも過ぎた言葉だった。体中が、温かくなってくる。私には触覚が無い、だ
から温度を感じる事も出来ないはずなのに。
「ありがとうございます…。私は主人の手で生まれた事を、誇りに思っています!」
「よせよ、恥ずかしいじゃないか」
「そして………決めました!」
「え、もう!?」
「主人とはここでお別れします。名残惜しいですが…」
「そうか…寂しくなるな。プーアルにも紹介したかったんだがな」
「彼こそ、貴方の最高のパートナーですよ」

 互いに黙った。血の繋がりは無いが、私達は親子だ。誰が何と言おうと、絶対に。
「さようなら!」
「ああ、体に気をつけろよ!」
 手を振る主人を背に、私は飛び立った。前後、上下、左右、360°の自由がそこには
あるのだ。何をすべきかは分からないが、何かが出来るような気がした。少なくとも、も
う私は流されない。



620 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/05 22:34 ID:9LoPKJ7E
>>589
 私が目指すは、ずばり宇宙。この愛しき地球を脱出し、新天地を宇宙に求めようという
のである。単なる逃避だと言う人もあるかもしれない、私は否定しない。しかし、半永久
の生命を持つ私と、無限大とも言われる広大な宇宙は、相性が良いと思ったのだ。
 一定の速度で、確実に地表は遠ざかっていく。未練はある、後悔しない訳が無い。それ
で良いのだ。心ある限り、どれだけ力を尽くしても、悔いとは残るものなのだから。
 ふと下を見ると、雲に隠れておぼろげながらも大地が一望出来た。あのどこかに主人が
いると思うと、柄にも無く切なくなってしまった。そのせいか、どこからか風で布がなび
くような音も聞こえる。
「おい、操気弾…」
 あり得ない声だった。この世の絶対無二な法則を無視した声、死人は声を出せないはず。
この声は、大魔王のそれだったのだ。マントをなびかせながら、ピッコロが待ち受けるか
のように腕を組み、こちらを見据えているのである。
「ピ、ピッコロ!」
「どうした、死んだとでも思っていたか?」
「………思ってた」
「クックック、舐められたもんだな。もっとも、死に掛けたのは事実だが…」
 私を見据え、不敵に笑う大魔王。今や、私とピッコロの実力差は元の木阿弥状態。そし
て私は、殺されてもおかしくない程の事をしてしまっている。
「や、やれよ…。どうせなら、一撃で葬ってくれ」
「どこへ行く気だ」
 覚悟を決めた私を無視し、ピッコロは更に続けた。
「てっきり、あのまま孫悟空も殺して何かをやらかすと思ったんだが…。まさか、エネル
ギー弾の形態に戻った上に、こんな所をうろついてやがるとはな…とんだ平和主義者だな。
いや、ただの臆病者か」
 ピッコロは、私が孫悟空に敗れ、主人に救われた事を知らない。



621 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/05 22:34 ID:9LoPKJ7E
「負けたのさ………孫悟空と主人に」
「ふん、あれ程の強さでか? おおかた油断でもしたんだろうが、情けない野郎だ」
 ピッコロの言葉は、鋭利で的確だった。この時の私には、何の効力も持たなかったが。
「…まぁ、貴様の失態などどうでも良い。操気弾、どこへ行く気だったんだ?」
「宇宙」
「なに……?」
 目を見開いたまま、ピッコロは絶句した。驚いたのか、呆れたのか、この男が初めて見
せる表情だった。してやったり、私は少しだけそう思った。
「最初会った時から狂っているとは思っていたが、まさか宇宙とはな…」
「そういうお前はどうするんだよ?」
「俺は修行のやり直しだ」
「やり直し?」
「貴様如きに負けたとあっては、世界征服などおぼつかない。もう一度、仕切り直しだ!」
「ふぅん、お前らしくないな」
「言ってろ、俺は宇宙へ逃げる貴様とは違う。必ずや孫悟空を殺し、忌々しい神を封印し
てやる。眼下に広がる地球の全てを手に入れてやるぜ」
 絶えずに燃え続けるピッコロの野望。きっと、この男は更に強くなるだろう。私がいつ
か地球に戻ってきた時には、比べ物にならない程に。
「行け、今更貴様なんぞ殺しても意味は無い」
「そうかい、じゃあ行くよ」
 どうやら、ピッコロは私を見逃すらしい。気の変わらない内に、と私は上へと飛ぼうと
した。そして、直後のピッコロの一言で、私の彼に対する印象はがらりと変わる事になる。
「じゃあな」
 小さくだが、確かに呟いていた。ピッコロも、やはり悲しく寂しい男なのだ。いつの日
か、この大魔王の枯れた心を癒す者が現れる事を祈るばかりだ。さらば、ピッコロ。



622 名前:操気弾は飛んでゆく[sage] 投稿日:03/12/05 22:35 ID:9LoPKJ7E
 ピッコロと別れ、後は地球からの脱出のみ。急激に飛行速度を上げ、一気に星々が舞い
乱れる無音の永久領域へと駆け上ってゆく。
「待ってろよ、宇宙!!」

 こうして私は地球を発ち、暗黒空間への挑戦が始まった………。以上で、私の話す事は
終わりである。今現在も、私は宇宙の真っ只中にいる。宇宙というのは予想以上に何も無
く、実際のところ退屈だ。だから、たまに地球での思い出を振り返るのだが、それだって
限度がある。
 ただ漠然と飛行を続けるよりは、目的意識を持った方が良い。今はとりあえず、無数の
中でひときわ輝くとある星を目指している。けっこう近付いているとは思うのだが、一向
に到着する気配が無い。まぁ、いずれ着くだろう。
 もはや時間の感覚も無い。地球はどうなったかな。主人は更に腕を上げたのかな。ピッ
コロは世界征服を達成したのかな。既に、主人は亡くなっている可能性もあるのだ。まぁ
暗い場所で暗い事を考えるのは止めよう。宇宙人はいるのかな。案外、私を本気で必要と
してくれる惑星があるかもしれない。仮に私が宇宙人で、単に主人によって地球に呼び出
されただけだったとすると、どこかで私の故郷に巡り合えるかもしれない。遊びの域は出
ないが、こんな妄想が湯水のように沸いて来る。
 私を、果たして皆はどう見るだろうか。羨む者、哀れむ者、怒れる者、無関心な者、様々
だろう。だが、主人やピッコロ、そして私との間にそれ程の違いはあるのだろうか。私は
無いと思う。主人は武、ピッコロは悪、私は宇宙へと、各々の道を築いていってるだけだ。
宇宙の孤独に頭をやられた奴の考え、と捉えられればそれまでだが。
 永遠に、星々の大渦を彷徨う事になるのかもしれない。想像するとなかなか笑える。だ
が、私の命はアクシデントでも起こらぬ限り、決して尽きない。今日がダメでも明日、明
日がダメでも明後日、希望もまた尽きる事が無いのだ。どこまでも飛んでみよう。飛んで
みせよう。

                              < 完 >