「何か言いたそうだな」
ベジータが天津飯に問い掛けた。
「もちろんだ。言いたいことは腐るほどある。なにしろ俺は貴様らに殺されたんでな。
一緒に住んでるヤムチャの気が知れんぜ」
「ま、まあ待てよ。今はそれどころじゃないはずだ」
険悪な雰囲気になった二人をとりなしつつも、ヤムチャは心の中で毒づいていた。
(もちろん、お前に俺の気持ちは分からないだろうな、天津飯。
大きなことを言うくせに復讐に来ようとさえしない腰抜けめ。
俺は……、俺はたったひとりで頑張ってきたんだ。
この俺のすぐ横にいる若ハゲのチビに復讐するためにな。
たったひとりで……。本当に、本当に怖かったんだからな!)
ピッコロの到着とともに、ヤムチャたちは気配を消した。
宇宙からやってこようとしている、
復活したフリーザとその一味が持つスカウターに捕捉されないためだ。
まだ来ないクリリンと悟飯を待ちながら、
ヤムチャは今までの1年半の出来事を思い出していた。
ナメック星人達のドラゴンボールで生き返ったヤムチャがまず考えたのは、
自分を殺したサイヤ人たちへの復讐だった。
しかし地球を滅ぼすためにやってきて、ピッコロの命を奪い、天津飯とチャオズを犬死にさせ、
美形の天才ヒーローヤムチャを卑劣なる不意打ち自爆攻撃で惨死させたにっくきサイヤ人一行は、
すでに孫悟空(栽培マンはクリリンとピッコロと天津飯)の手によってあらかた滅ぼされていた。
残っているのはいけしゃあしゃあとカプセルコーポレーションで居候している、
あの若ハゲ――ベジータ王子のみである。
よりにもよって最大の敵を打ち漏らしてしまった悟空に文句をいいたくもなったが、
体力の限界まで戦い抜いたあいつをそこまで責めるのも酷だ。
わざと逃がしたわけでなし。それに復讐は自分の手でやってこそ価値がある。
ヤムチャはそう考え、復讐の手段を練った。
まずは正攻法。「カイオウ! 何故拳に殺気を込める!」作戦で行く事にした。
カプセルコーポレーションの一室で修行しているベジータに組み手を申し入れ、
勢い余って殺してしまった事にする作戦だ。
ヤムチャは、丸二日間手足に重りをつけての修行を行い
疲れて仙豆を取りに行こうとするベジータの眼前に立ち塞がった。
「よ、よおベジータ。ちょうど俺も修行しようと思っていたところなんだ。
せっかくだから組み手でもやらないか?
ほ、ほら一人でやるよりは、実戦で鍛えた方が、効果も高いだろ?」
ベジータの誇り高い性格、実戦練習の効果が高い事実、
そんなことを考え合わせれば、ベジータがこの話を断らない自信があった。
「いいだろう。
まあ貴様ごときと遊んだところで、実戦並みの効果があるとは到底思えんがな」
ベジータはそういうと、再び部屋の中央に戻った。
仙豆は食べていない、重りもつけたままだ。
いける! ヤムチャはそう考えると不敵に笑った。
「さあ、来いよ。足を使わずに戦ってやるぜ」
ベジータは余裕を見せる。
(ベジータ)。ヤムチャは心の中で話しかけた。
(お前の敗因は、俺の事をヘタレのイメージだけで判断してしまった事だ!
そのせいで中身や微妙な動きを捉える事を怠ってしまった。
それでは真の武道家にはなれやしないぜ!)
「ではお望みどおり……」
ヤムチャは気を解放した。
西の都中央区3丁目、カプセルコーポレーション付近の地面が鳴動するほどの恐ろしい気だ。
「行かせてもらうぜッ!」
ヤムチャは素早くベジータの後ろに回りこむと、一ヶ月ほど前に生えてきていたベジータの尻尾を掴んだ。
「勝った!」
しかしベジータは平然としている。
心なしか呆れたようにも見える複雑な表情で、ヤムチャを見つめているだけだ。
(ど、どういうことだ? サイヤ人は尻尾が弱点なはずだろ?
これは俺自身が発見した事だから間違いない。
それに悟空の兄貴のラディッツってやつにも効いたらしいじゃないか。
ははーん、こいつやせがまんをしているな。
しかしもっと強く、それも根っこの方を握られたら耐えられまい。
俺はこの作戦のために毎日握力アップを目指しゴムまりをにぎにぎしてきたんだ。
修行の成果を見せてやるぜ!)
ヤムチャはさらにその手に力を込めた。ベジータの表情は変わらない。
が、その時ひたいに一粒の汗が浮かんでいるのを、ヤムチャは見落とさなかった。
(あ、あと一息だ! ここで禁断の必殺技を出してやる!
ベジータ! お前の尻尾を、モミモミさせてもらうぜ!
……ふははどうだ! 一歩も動けないだろう。
ここでプーアルを呼んで刀に化けてもらい、プスッと一刺しすれば復讐完了だ!
天津飯! チャオズ! お前らの仇はこのヤムチャさまが取っあべし!)
どうしたことか、尻尾をモミモミされて動けないはずのベジータが、なんとその尻尾で攻撃してきたのだ。
ヤムチャは情けない叫びとともに壁に激突し、
前歯が一本欠けるという大ダメージを負った。
「お、俺の美しい顔が……!」
「どうした? もう終わりか?」
(いや、まだだ)ヤムチャは立ち上がった。
(俺は前歯を失ったが、あいつも俺を突き飛ばした拍子に尻尾を切ってしまったようだ。
つまりこの戦いの結果は引き分け! 俺はやれる! あのサイヤ人の王子と互角の戦いをしているぞ!)
ヤムチャは神経を集中させ、独特の構えを取った。
「……界王拳! 限界ギリギリの2.2360679倍だッ!」
ヤムチャの身体が赤いオーラに包まれ、戦闘力が高まっていく。
これを見てベジータも気を取り直し、戦闘態勢に入った。
「ほう……、戦闘力20000ってとこだな。フリーザ軍に入ればザーボン、ドドリアに次ぐナンバー3だ」
「フフ……、この程度で驚いてもらっちゃ困るぜ!」
ヤムチャが両手を不気味な形に動かし始めた。
「亀仙流の真髄! とくと見よ!」
大技を警戒し、ベジータは静かに気を溜め始めた。
ヤムチャの放つ気による大地の振動は、すでに西の都中央区全土に広がっている。
ヤムチャは手の動きを止め、キッとベジータを睨みつけた。思わず身構えるベジータ。
「……ねーんねーん、ころぉーりーよー、おこぉろぉりぃーよぉーーー」
ベジータは身を固めている。
「ぼぉーやーは、よいーこーだぁー、ねぇんねーしーなー……」
しんと静まり返る部屋の中。ベジータはあたりを警戒していたが、やがてゆっくりとあくびをした。
「……ふぅ。バカを相手にすると眠気が来るぜ」
「バ、バカって言うほうが……」
バカ、という音とともに、ベジータのショートレンジからのジャブ一発でヤムチャは沈んだ。
そしてベジータは眠たげに目をこすると、
ブルマの母が用意してくれる夜食を食べに向かったのだった。
(ここまでの話は>>417-420)
それからも復讐に燃える飢えた狼、ヤムチャの作戦は続いた。
しかし、天津飯の太陽拳で目がくらんだ隙にチャオズに自爆させ狼牙風風拳でとどめをさす
「一瞬……!! だけど……、閃光のように……!!!」作戦は、
130日後に生き返った天津飯が、ランチに追いかけられてどこかに行ってしまい失敗。
バーベキューの際ベジータの皿にピーピーキャンディの水あめを混ぜたタレをかける
「いくらでもやっつける方法はあるぜ 暗殺だッ!」作戦も、
もう少しというところでフリーザ一味がやってきてしまい食事どころではなくなったため失敗。
今までのところやったのはベジータの尻尾を切ったことだけ。骨折り損のくたびれもうけといった状態だ。
そしてヤムチャが過去の失敗を思い出してあまりの悔しさに足元をお留守にしている間に、
クリリンと悟飯が到着し、フリーザの宇宙船が地球に降り立った。
しかしベジータでさえ恐怖した帝王フリーザとその一味は、
超サイヤ人になれるという謎の少年によって一瞬のうちに倒されてしまう。
このことはベジータにとってもショックだったが、我らがヒーローヤムチャにとっても衝撃的であった。
(なんだ、ベジータもたいしたことないじゃん)。そう彼は悟ったのだ。
この悟りによってヤムチャは勇気を取り戻し、復讐の決意をさらに固くした。
3時間ほどたって、孫悟空が地球に帰ってきた。
そして謎の少年は彼とピッコロに衝撃の事実を伝えたのである。
1.自分は未来からやってきた者だ
2.3年後に人造人間たちが現れる
3.孫悟空はそのころ病気でいない
これらはどれも驚くべきものだったが、
ヤムチャが注目したのは孫悟空の病死という予言だった。
(そう、サイヤ人と地球人はそもそも違った環境で生きてきた生物だ。
ましてやベジータは悟空と違い、まだ地球に来たばかり。
俺たちにとって平気な細菌でも、あの若ハゲにとっては致命的なものもあるかもしれない。
そうしたものをカプセルコーポレーションに放し、じわじわと増殖させていけば……、
皿に毒(ピーピーキャンディ)を盛るようなリスクも無く、完全犯罪として復讐を完遂できる!)
ヤムチャはその日から、憑かれたように顕微鏡を覗き込みつづけた。
「ベジータ、ひとつ組み手でもやろうじゃないか」
半年ほど経ったある日のこと。
ヤムチャの提案に、ベジータはしぶしぶといった調子でうなずいた。
が、それも見かけだけのこと。ベジータは内心、この組み手を楽しみにしていた。
新築された300倍の重力室で修行をはじめてしばらく経ったころから、
ヤムチャは時々組み手を申し入れてくるようになった。
もちろん初めは相手にもならなかったのだが、
一月たち、また一月たつごとに、ヤムチャは見違えるように成長していった。
まるで自分の動きが悪くなったんじゃないかと錯覚するほどに。
ベジータは戦闘民族サイヤ人の王子だ。
戦いを好み、実力が伯仲するライバルが現れるとワクワクする。
ベジータはヤムチャに、将来ライバルとなる可能性を感じ始めていた。
そのため時々ある組み手の誘いを楽しみにしていたのだ。
「さっさとかかって来い、ヤムチャ」
ベジータは微笑を浮かべて言った。
「行くぜ、ベジータ」ヤムチャも微笑を浮かべていた。
ただしベジータのものとは少し違った、狂気の笑みを。
「界王拳! 限界の3.141592倍でお前を倒すッ!」
ヤムチャの気は、西の都の2/3を揺るがすほど強大になっていた。
ベジータも気を解放し、ヤムチャを迎え撃つ。二人の身体がすれ違った瞬間、
――ベジータは、胸部を抑えて膝をついた。
「ベジータ!(心臓病ウィルスを用いた、
新「カイオウ! 何故拳に殺気を込める!」作戦の)効果があったようだな!」
「貴様……!(俺の気付かぬ間にこれほどのダメージを!
よくぞ)こんな(に成長したな!)……!」
「はっはっは! これで終わりにしてやるぜベジータ! 狼牙風風拳ッ!」
ベジータめがけて突進したが、そこは足元がお留守のヤムチャ。
床の割れ目につまずいて思い切りずっこけてしまう。
ちょうどその瞬間、ベジータに再び襲いくる激痛。
「ヤムチャ……! (転んだふりをして再び打撃を……?
またもや何も見えなかった。見事だ。俺はうれ)しい……、ぞ……」
ついに床へと伏せるベジータ。その表情はどこかおだやかですらあった。
そんなベジータの気持ちにも気付かず、勝ち誇った様子で高笑いするヤムチャ。
「やった! 勝ったぞ! ついに復讐を完成させた!
まだ死んではいないようだが、この分ならあと2時間もすれば命が尽きる。
せいぜい束の間の人生を楽しんでおくんだな! だははははは!」
ヤムチャは大笑いしながら部屋を出て行った。
あまりに笑いすぎて足元がお留守になり、
さっき狼牙風風拳のときつまずいた床の割れ目でまた転んでしまったが、
気にならないほど愉快だった。
それからの各人の行動
ブルマ:誰かが大笑いしているのを聞きつけて重力室の様子を見に行ったところ、
瀕死のベジータを発見。ここで手当てしたことがきっかけで二人の仲は進み始める。
ちなみに、このときベジータを襲ったウィルスに対抗して作ったワクチンこそが、
トランクスが未来から持ってきた薬の原形である。
ベジータ:ヤムチャにやられた瞬間にめばえた「おだやかな心」と、
病気で10日間修行を中断させてしまったイライラで、超サイヤ人に覚醒。
ヤムチャの事などすっかり忘れて修行に励む。
孫悟空:ベジータを見舞いに来たついでに、
カプセルコーポレーション全体に繁殖した心臓病ウィルスを除去するのに、
気功波で草を焼き払うなど協力。その際、うっかり感染して3年後に発病。
ヤムチャ:今度はベジータから復讐されるに違いないと思い込み(((((;゚д゚)))))ガクガクブルブル。
せっかく3(略)倍まで極めた界王拳も忘れて、プーアルと砂漠に避難してしまう。
なお、その時の別れが直接のきっかけとなりブルマにフラれる。
3年後もまだ(((((;゚д゚)))))ガクガクブルブルしており、
ベジータがやってきたとみるやすぐ悟空の看病を名目にその場から逃走。
せめてもの嫌がらせにと、トランクスにセル戦でのベジータの失敗を報告するも、
「そ……、そうですか……。お父さんが……」と妙に感動されてしまい失敗。
結局一連の復讐の間に、ベジータの尻尾を切る、ベジータを超サイヤ人にする、
ブルマとベジータを結びつける、孫悟空を心臓病に感染させる、
ブルマにその特効薬を作らせる、トランクスとベジータの仲を微妙に良化させる、など、
結果的にいい事を結構やってたりする。復讐して人の役に立つなんて、さっすがヤムチャ!
「復讐のヤムチャ」終わり。