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押収のヤムチャ



1話


「ゲロの研究所に行ってきたんだ。
あの未来の少年から19号と20号の話を聞いた時、今のうちにゲロを倒しちまおうって話が出たろう。
まだ何もしていない奴を攻撃するのはどうかって話になって、
いざとなれば神龍に頼めばいいかとも思ったんだが、
考えたらそれじゃ過去にピッコロに殺されたことがある人とかは救われないんだよな。
それに、あとで生き返れるからと言っても、死ぬのはやっぱり苦しいもんだ。
俺も経験があるからわかる。プーアルも死ぬなら一度きりにしろよ。

話がそれたが、まあそういうわけで俺はゲロの研究所に行くことにした。
最初は神龍に場所を尋ねるつもりだったが、意外にもブリーフ博士が、
ゲロが北の都近くの岩場に住んでいるらしいという噂を知っていたんだ。
それでボールを使うのはやめた。
俺が行動を起こそうとしていることを、みんなに知られたくなかった。
何故かというと、一人で行動したかったからだ。
何故一人かというと、今度の仕事には俺が一番向いているからだ。
仕事というのは、盗むことだ。盗みは俺の(お前もだが)本職だった。

ブリーフ博士が教えてくれたのは、ゲロの噂だけじゃない。
ロボットを開発するとして、弱点になりそうなことは何か、というのを俺は質問した。
博士は長々と話してくれた。大雑把に言うとこういうことだ。
まずは燃料切れ。そしてサビとかの、メンテナンスの問題。長期間動かす場合はどっちも致命傷になりうる。
だが俺は8号の話を知っていた。彼は長時間整備なしで問題なく暮らしている。こっちの線は薄い。
他に考えられることは何か。
機械で最も怖いこと、それは暴走だ。
燃料が切れても動作が止まるだけだが、暴走したら下手すると味方側に被害が出る。
いざという時のために、外部から停止命令が出せるようになっているはずだ。
そして命令すら受け付けないような最悪の事態のために、爆破装置を取り付けている可能性もある。
人造人間のパワーは、あの少年の言うとおりならとんでもないものだ。ゲロ自身にとっても怖いはずだ。
だから停止装置も爆破装置も、両方取り付けられていると思った。
装置があるなら、そいつを作動させることもできるはずだ。
資料があれば。できるなら設計図があれば。
そいつを俺が盗んでくればいいわけだ。

月の無い夜を選んだ。生き物のほとんどいない岩場は程よく不気味で、血が騒ぐようだった。
研究所を見つけるまでしばらく山ごもりする覚悟をしていたが、
生物がほとんど居ないことが上手く働いた。1週間ほど前のものらしい足跡が、消えずにはっきり残っていたんだ。
それは数10メートルほどで途絶えていたが、進む方向さえわかれば後は楽だ。すぐに研究所らしい場所の見当がついた。
気を読んでみると、気配は3,40人分あった。
人造人間が19体いるとしてもまだ多いから、レッドリボン軍の残党が集まっているのだろう。
軍隊が警備する中へ盗みに入った経験は、さすがにない。気を引き締める必要がありそうだった。

研究所はこれといって特徴の無い岩山だった。気配が発せられていなければ見過ごしていただろう。
しかし山の中腹にあいた洞穴の中には、場違いに人工的な金属製の扉が取り付けられている。
叩いてみた。材質の見当はつかないが、どうも相当頑丈なつくりだ。かめはめ波でも破れるかどうか。
俺はしめたと思った。
この物々しい扉は、ゲロが警戒を怠っていないことを示している。
研究所内もリボン軍の兵士がそこらじゅうで目を光らせているのだろう。
しかしここは、この出入り口の警備はどうか。扉が頑丈であるがゆえに、それ以上に注意を払おうとはしないんじゃないか。
研究所にいるのは3,40人。さほど多くない。絶対に破れない扉がある地点に人を割く余裕はないはずだ。
つまりこの扉さえ何とかなれば、この出入り口を抜けるのはたやすいことになる。
盗みで一番緊張する出入りの瞬間、警備が薄いのはありがたいことだ。
この扉さえ何とかすればいい。
しかしプーアル、実のところ俺はこの扉も何とかする必要はなかったんだ。
扉は頑丈な金属製だが、その周囲の壁はただの岩だ。俺なら素手でも掘っていける。
実際掘っていけたんだ。センサーが仕掛けられていることも考えて、横から回りこむようにトンネルを作った。
俺は研究所に入り込んだ。オイルの匂いがして、大きなカプセルが転がっていた。

カプセルに人造人間はいなかった。ちょうどいいサイズだと思ったんだが、中は空だった。
とはいえ将来こいつが使われないとも限らない。カプセルに繋がったパイプが、壁の電源にのびている。
人造人間の充電用と考えられる。壊してやろうかと思った。
しかしそのとき足音が聞こえてきて、俺はカプセルの裏に隠れざるを得なくなった。
レッドリボンの兵士だった。だるそうな顔をした冴えない中年だったが、足音は軍人らしくよどみが無い。
どうやら見回りにきたらしい。トランシーバーを左手に、ライトを右に持っている。
早速のピンチだ。ちょっとライトの向きを変えればトンネルは見つかる。そうなればすぐにゲロに異常が伝わる。
俺は身体をこわばらせた。気配を抑えながら、いざとなれば岩山ごと吹っ飛ばせるぐらいの気を溜める。
しかしライトは扉を軽く照らしただけで、その横のトンネルまでは見出さなかった。
兵士はそれだけで満足したらしく、首を振りながら踵を返した。
やはり出入り口の警戒はゆるかったのだ。俺はほっと胸をなでおろした。

と、そのとき、今度は話し声が聞こえてきた。
下の方からだ。上ってくる。会話してるんだから当然だが、複数人だ。
「街は久しぶりだ」とか「せっかくだから楽しもう」といった言葉が耳に入った。
どうやら別の兵士たちが、街に買出しに出ようとしているらしい。
外出するとなると、さすがにトンネルに気づかないでくれるとは期待できない。
ついていない時間帯に侵入してしまったようだ。もっとも俺の人生でツキがあったことなんて思い出せない。
見回りの兵士が声を上げた。「買出しならついでに……」とそこまで言ったところで俺は肘打ちを腹にブチこんだ。
見回りは気絶し、俺は制服を頂戴した上でカプセルに彼を放り込んだ。
ズボンを重ね履きして上着を羽織ったところで買出し部隊が到着した。
「何か言ったか?」目ざとそうな顔つきのノッポの男が俺に聞く。
「あ、ええ、ついでにプーアル茶を買ってきてくださらないかと」身体でトンネルを隠しながら答える。
「わかったよ。ところでお前、ズボン後ろ前だ」
ノッポの男の洞察力は間違った方向に向けられた。俺は着替えに走るフリをしてその場を離れた。
「あんな奴いたかな……。新入りか?」別の男がつぶやいた。



2話


「軍服も着慣れていないみたいだからな」さらに別の男が言った。「足元がお留守だな」
俺は小さく舌打ちをした。買出しの連中には聞かれなかったと、思う。
出入り口のフロアももう少し見ていたかったものだが、事情が許さない。
俺は買出し部隊の目を避けるように奥へと進み、ハシゴを見つけて降りた。
騒ぎが起きる様子は無い。買出しはトンネルを見つけなかったらしい。少しツキが向いてきた。
ハシゴを降りると土臭い小部屋についた。机の上には乱雑に書類が広げられ、水槽のようなものが置いてある。
俺は書類にさっと目を通した。"精密世界地図・東エリア版"、新聞、"人造人間10号の動作および手入れの方法"。
10号とは少し古いが、いただいておく。めぼしいものはそれぐらいのようだ。

次に水槽を覗いてみた。一見黄色っぽい液体で満たされているだけだったが、
よく見ると泡の塊のようなものが浮かんでいた。
別におかしなことでもない。そう思って目を離しかけたとき、その泡が脈動するように動いた。
俺は慌てて注目しなおした。注意してよくみると、一つ一つの泡の中にさらに小さな塊があるのが分かる。
細胞という奴のような気がする。つまりこれは、生き物だ。
どういう生き物なのかは判断がつかない。人造人間に関係するのかどうかも。
しかしゲロが何か生き物を育てて…いや作っているのなら、そいつがマトモなものだとは思えない。
しかししかし、この水槽をぶち壊すのは得策だろうか?
それなりに大きな音がするだろうし、何か監視装置がついているかもしれない。まだ騒ぎは起こしたくない。
それに生き物は生き物なわけで、殺すのは忍びない気もする。
俺はしばらく考えた挙句、結論を保留することにした。
小部屋の奥にさらに道が見える。まずはそちらに向かって、人造人間の設計図を手に入れよう。

道はいきなり二手に分かれていた。岩山分の広さしかない研究所だから、曲がり角が多くなるのかもしれない。
しかしいきなりの分かれ道には面食らった。どちらの道も同じに見える。
直感で右を選ぼうとしたとき、自分が気配を読めることを思い出した。
右には数十の気が感じられるのに比べ、左は1つ2つあるかないかだ。
潜入に気づかれる前になるべく多く探索しておきたい。気配が少ない左を選んだ。

道は下へと傾いていた。つまり研究所は地下にも広がっているらしい。
そういえば実験施設というのは大きなものだ。
それも人造人間を作ろうというならそれなりの広さがいるのかもしれない。
何にしろ俺にはあまり嬉しくない事態だ。
部屋も何もないまま、道は螺旋を描くように下へと続いている。まるで隔離されているようだ。
隔離。人造人間に似合う言葉のような気がする。
この道が当たりかもしれない。しかし大きな気は感じない。
そんなことを考えながら進んでいると、突然両側の壁にドアが現れた。
片面に5ずつ、計10のドア。そして道の突き当りにもドアが見える。どれから入るべきだろう。
特に考えも浮かばず、ひとまず右手前のドアを開けた。鍵は外されていた。
中は殺風景で、牢屋を思わせた。そういえばドアについた窓にも鉄格子がはまっていた。
そして部屋の中央には、上階で見たようなカプセルが置かれていた。
牢屋の中のカプセル。この上なく人造人間っぽい状況じゃないか。
もし人造人間が休眠状態なら、今がチャンスだ。
気配を感じないのも眠っているからかもしれない。
俺はそろそろとカプセルに近づき、中を覗き込んだ。

中には壮年の男性が仰向けに眠っていた。
寝顔は安らかではない。眉間に心労の皺が刻まれている。
顔色は悪い。ロウソクみたいな白だ。首の後ろには紫の斑点が見える。俺は息を止めた。
胸の上で組まれた手は、プーアル、皮膚が剥がれ落ちて骨が見えていた。
死んでいた。死体だった。人造人間でも生きた人間でもなかった。
俺は飛ぶように後ずさった。頭が殴られたようにぐらついた。
そういえばこのカプセルは最初に見た奴と少し形が違っていて、
ピッコロとの戦いで使われたあの棺桶に近い。しかし、いったい。
そのとき俺の耳に、かすかな足音が聞こえた。同時にさっき感じたあの気配を、背後に捉えた。
俺は気を爆発させながら振り返った。
その衝撃で気配が吹っ飛んだ。つまり、体重が軽い。
2人の子供だった。1人は黒髪の少年、1人は金髪の少女だ。年は14,5ほどか。切りそろえた髪形も、顔も似ていた。
双子のように見えた。




3話


2人の子供は壁に背中を打ち付けたらしく、顔を痛そうにしかめていた。
しかし目はまっすぐ俺に向いていた。おびえたような目だった。当然だけど。
その目が申し合わせたように俺から離れ、背後のカプセルへと向かった。
2人の目が同時に丸くなった。
「カプセルに見覚えがあるのか」
俺は聞いた。2人は人の声に驚いたように身体を震わせた後、小さくうなずいた。
「それは人を葬るためのものらしい。
 といっても、周りに匂いとかをもらさない目的のほうが大きいみたいだけど」
少年の方がぶっきらぼうな口調で言った。
「そうだ。棺桶だ。中には50歳ぐらいの男が入って……眠っている」
「エヌさんだ……」
少女がつぶやいた。
「N? あだ名か?」
「というか、コードネームと言うか。ここに入ったとき、兵士の人につけられた」
"兵士の人"という物言いから察するに、俺がレッドリボンでないことは気づいているらしい。
このとき気づいたんだが、少年のシャツにはQ、少女のシャツにはRのプリントがしてあった。
見ている余裕はなかったが、棺桶の男の服にもNのプリントがあったのかもしれない。
「エヌさんはどういう人間なんだ? 本名は?」
「俺たちの母方の叔父さんだよ。だけど、本名は知らないな」
奇妙な答えだった。しかし俺たちの置かれた状況自体けっこう奇妙だ。
俺は小さくため息をつき、もっと基本的な会話から始めることにした。

「俺はヤムチャってものだ。
 感づいてるだろうが、レッドリボンの兵士じゃない。どっちかというとその敵だ」
2人はうなずいた。
「だからたぶん、お前らの味方になれると思う。
 お前らがレッドリボンの連中に捕まって監禁されてるって言うんならだが。
 お前ら、名前は?」
「キュー」
「アール」
「本名は?」と尋ねようと思ったが、やめた。
クスリか催眠術か知らないが、記憶を操作されているらしい。
「お前らの関係は? ここで何をしてる?」
「姉さんは、……アールは俺の双子の姉だよ。
 何をしてるかと言うと、ヤムチャさんが言ったように、つかまって監禁されてるんだ」
「どういう理由でつかまったんだ?」
「実験台」
アールがさらっと言ってのけた一言は、なかなか強烈だった。とはいえ想像していなくもなかった。
「人造人間関係の実験だな?」
「そうだ。ゲロは人間に機械を埋め込んで戦闘用の人造人間に改造するつもりらしい」
そういうことか。完全な機械だと何か問題があったのかもしれない。
そういえば8号は完全な機械だと思うが、ゲロの立場からすれば成功したとは言いがたい。
しかし改造に民間人を使うのはひどい。
「叔父さんと一緒にさらわれたのか?」
「村ごとひっくるめて、な。俺ら一家も、叔父さん一家も、村長一家も、他にも、全部」
キューはそういうと、少し声のトーンを落とした。
「俺たちの家族以外は、みんな死んだ。人体実験とか、他の理由で」
「家族ってのは……」
「父さんと母さん。それに私とキュー」アールが言った。
「父さんと母さんは、まだ生きてる。
 生きてるはずだ。半日ぐらい前に手術のために連れて行かれた」
「手術、ってのは、病気や怪我のか? それとも―」
「改造手術に決まってるだろ」
キューが何を馬鹿な、といった顔をつくる。

「あの連中は病気なんか気にもしないよ。
 エヌさんも、1月ぐらい前からずっと咳き込んでた。たぶんそれで病死したんだ」
アールが冷静に付け足した。
「それで俺たちは部屋のカギをぶっ壊した」キューが背後のドアを指差した。
さっきは気がつかなかったが、確かにその部屋にはカギがついており、壊れている。
「ここを出る。親父もお袋も連れてだ」
キューの言葉に、今まで無気力そうな表情をしていたアールも深くうなずいた。
「なるほど、そういうことか」
俺は少し考えた。しかし答えは決まっている。
最強の軍隊の残党がうようよする中、ただのガキ2人を放って置くわけには行かない。
「俺の目的は、人造人間の設計図だ。お前らの親御さんの、たぶん近くにある。
 それに人造人間の候補を連れて逃げられるなら、それも俺の目的に合う。
 ゲロの計画を止めることができるわけだ。俺はお前らに協力するよ」プーアル、お茶」

プーアルが差し出した茶を、ヤムチャは一気に飲み干した。すぐに次が注がれた。
「……ふう。それで俺たちは一緒に行動することになったわけだ。
 人造人間の資料の押収に加えて、
 キューとアールと2人の両親を無事に連れ出すのが俺の仕事になった」
「でも、よく信用しましたね」
「それだけ2人が切羽詰ってたってことかな。俺の第一印象は、よくはなかっただろうから」
「いや、そっちもですけど、
 ヤムチャさんがそのキューとアールを信用したっていうことを言ったんです。
 人造人間がいるかもしれない場所だったんでしょう?」
「……そういえばそうだな。人造人間にしてはてんでたいしたことない気の大きさだったってのもあるが……」
ヤムチャは少し黙った。会話が途切れ、夜の砂漠の静けさが際立つ。
窓の外から砂の舞い落ちる音が聞こえはじめたころ、ヤムチャは口を開いた。
「……人造人間ってのは、冷たい目をしてると思ったんだよな。あくまでイメージの問題だけど。
 最初に見たとき、彼らの目はそうじゃなかった。怯えてはいたが、まっとうな人間の目をしていたんだ。
 その程度で信用してしまうってのも今考えると問題だが、俺は、彼らを信用した」
強い風が砂をガラスに叩きつけた。ヤムチャは窓枠を指で拭うと、窓を閉めて話の続きをはじめた。



4話

「もう一度研究所の探索を始める前に、俺たちは色んな情報を交換した。
残念なことに、キューとアールはほとんど研究所のことを知らなかった。
分かるのは、この場所つまり村人たちの収容所のことと、
時たま連れて行かれるスポーツジムのようなところ(体力のデータを取るらしい)、
そしてその中間の通路だけだ。
ただし、通路を通るときは兵士が周りを固めているし、よそ見も許されない。
「ようするに、ほとんどわからないってことだな……」
俺がそういうと、
2人は落ち込んだような、でも仕方ないじゃないかと言うような、複雑な表情を見せた。
「まあいいさ。とにかく行くべき場所は分かった。
 俺はここに来て最初の分かれ道を左に曲がったんだが、
 こっちには収容所以外のものはなにもないことが分かった。
 目指すは右だ。ここから見てどっちの方角に当たるのか分からないが―」
俺はエネルギー波を頭上に放った。爆音とともに天井の一部が吹っ飛ぶ。
一瞬遅れてキューが飛ぶように後ずさった。本棚にぶつかり落ちてきた文庫本が頭に当たった。
「近道だ」
俺は天井に開いた穴に向かって飛び上がりながら言った。
道は螺旋を描くように上下に伸びているから、天井を破壊すれば上の階層に出られるわけだ。
「いきなり驚かすなんて、あんた人が悪いな」
キューが一瞬怯えたことをごまかすように毒づいた。
「今まで言ってなかったが、俺は荒野の悪党なんだ」
俺は冗談をいいながら下にいるキューに向かって手を差し出した。
そして気づいた。アールがいない。あたりを見回すとアールはすでに俺の隣に立っていた。
「あれ? お前、どうやってそこに」
「普通に、跳んでだけど」
話している間にキューもジャンプして上の階層まで昇ってきた。
普通、子供が天井の高さまで跳躍できるだろうか?
そんなことをちらっと考えたが、ときにはできるやつもいるだろうということで気にしなかった。
今思えばそんな子供はいない。俺の知り合い連中のような、人を超えた奴らを除いては。

天井を突き破って進む移動法のおかげで、あっという間に分かれ道まで戻ってこれた。
当然直進する(つまり入り口から見て右の道だ)。
収容所側の道は地肌が丸出しだったが、
こっちはしばらくするとリノリウムで舗装された道に変わった。
2分ほどでドアに突き当たる。
ドアの上には、非常事態発生と書かれた標識が赤々と派手に輝いていた。
当然カギは閉められている。電子ロック式だ。
「ヤムチャさんがどんどん天井ぶち破るせいで、バレちまったよ」
キューがドアを一つ蹴飛ばしてから、言った。ドアに軽いへこみが出来た。
「いや、俺が上の階で気絶させた兵士が目を覚ましたんだと思う」
「どっちにしてもあんたのミスじゃないか」
キューはまだエネルギー波で驚かされたことを根に持っているらしく、態度がとげとげしい。
もう一度ドアを蹴飛ばしたが、
今度はへこみもつかなかった。足の痛みをごまかすためだろう、舌打ちをする。
俺もドアを軽く殴ってみた。強度が低かったらしく簡単に破壊できた。
「でも、俺がいなきゃ進めない、だろ?」
イヤミたらしくそう言って中に入った途端、警報音が派手に鳴り響いた。
さらに周囲から刺激臭のする白い煙が噴出してきた。
さらにさらに、俺が破壊したドアのあった部分と、
はるか50mほど先に見える同じようなドアの前に、
玄関の扉と同じ金属と思われるシャッターが、するすると下りてき始めた。
「閉じ込める気か!」
「閉じ込めて薬でいぶす気みたいだ」
「こいつもあんたのミスだな。本当にプロの盗賊かよ」
俺たちは走り出した。目標は当然、はるか先の扉の方だ。誰も引き返す道は選ばなかった。
しかし俺は思った。シャッターは見たところあと3,4秒で閉じる。
50メートルを4秒で走ることのできる子供がいるだろうか?
さすがに無理だ。キューとアールは引き返すべきだ。
あるいは俺が彼らを抱えて走るしかない。俺ならそれでも間に合うだろう。

俺は急ブレーキをかけた。そしてキューとアールを見つけるべく後ろを振り返った。
俺が立っている位置はシャッターのすぐ手前だった。
そして本来ならキューとアールは30メートルは後ろにいるはずだった。
しかし実際には、2人との距離は10メートルほどしか離れていなかった。
俺が驚いている間にも、2人は快調にストライドを伸ばし、見事シャッターの下を潜り抜けた。
50メートルを4秒で走ったのだ。ということは、100メートルだと単純に考えて8秒だ。
一般のスポーツには疎かったが、それでも世界記録ものの速さだとは分かる。
呆然としている間にシャッターが閉まった。
俺は例によって壁を崩して脱出し、煙が漏れ出てこないように注意してふさいだ。
「なあ」
シャッターの前で荒い息をついている2人に、俺は尋ねた。
「お前ら、まさかすでに何かの改造を受けてるのか? えらく足が速いが……」
「速いのは……、ヤムチャさんのほうだろ? 何だよあれ、人間離れしてやがる」
キューが言った。
日ごろから本物の超人たちを間近で見続けている俺にとっては新鮮な意見だ。
「あたしたちはまだ何もされてないよ。少なくとも覚えている限りは。
 足の速さは昔からあんなもんだった。村では一番だったような記憶がある」
アールが俺の質問に答える。
「そうか」と俺は生返事をして、このことの意味を考えた。
キューとアールは、少なくとも身体能力という点については、天才だ。
かつての悟空やヤジロベーのように、生まれながらに破格の力を持っていたのだろう。
気の大きさはまだまだだが、逆に気のコントロールを覚えだしたらとんでもないことになる。
気になるのは、これが偶然かどうかだ。
偶然ではないと思えた。たまたまレッドリボンが目をつけた村に天才がいる確率などゼロに近い。
天才がいる村だから目をつけられたのだ。
意地悪く言えば、……彼らがリボン軍をおびき寄せた。
ゲロはこの双子を使って人造人間を完成させようとしている。
彼らの家族が最後に残された理由もおそらくそれだ。
人体実験されたエヌ氏や他の村人、
そして今改造されようとしている両親も、すべて本番にいたるまでの練習台だ。
俺はぞくりと身を震わせた。
そして、考えたことは双子には言わず、「行こう」と言って歩き出した。




5話

とにかく俺たちは研究所の本丸にたどり着いた。
リノリウムの床、薄い灰色のコンクリの壁、扉に掛かる"資料室"といった表札。
病院と学校を足して割ったような、いかにも研究所らしい内装だ。
とりあえずその資料室に入ってみると、
外国語のとても読めたものじゃない論文が山のように積みあがっていた。
俺に分かる言葉で書かれたものもあるにはあったが、
読めたものじゃないという点では外国語と同じだ。
設計図の類がないことを確認し、俺は部屋を出ることにした。
声をかけようとして、キューとアールが何か読んでいるのに気づいた。
「図鑑か」
生物図鑑だった。ページにはツグミの絵と説明文が載っている。例によって文は読めない。
「悪いかよ」
「いや、こんなところにずっといたんじゃ、そういうのが面白くなるのは分かる。
 ……どれぐらいいるんだ、ここに」
「2年……?」
キューがアールに向かって首をかしげた。
「3年近いような気がする」
アールが気の無い調子で答える。
俺は出てきた数字の単位にまず驚いた。2年、3年。何度目かの怒りがこみ上げてくる。
「行こうぜ」
俺はそういうと、派手に音を立ててドアを蹴り開けた。
「すぐに本物を見せてやる」

「ストップ」
廊下の交差点に差し掛かったところ。
俺が言うと、キューとアールはダルマさんが転んだみたいに動きを止めた。
「なんだよ、行こうって言ったりストップって言ったり」
「曲がり角の先に見張りがいる」
俺は人差し指で右側の通路をさした。双子の表情が緊張したものに変わる。
ドアの音は幸い誰にも聞き取られなかったみたいだが、
周囲はあわただしく動く兵士の気配に満ちていた。
倒しながら行くのはたやすいし、ひと暴れしたい気分でもあったが、
まだ設計図を手に入れていない今は、戦いは避けるべきだった。
双子が巻き添えになる恐れもある。
「俺が合図をしたら全力で直進しろ。全速力で、かつ音を立てずにだ」
「本当に見張り? 何で分かるんだよ」アールが聞く。
「気配を探ってだ」
「気配?」キューが胡散臭そうな顔をする。「いくらあんたが人間離れしてるからって……」
「この程度じゃ全然人間離れできてないってことは、じきお前らにもわかる。
 俺の言うことをよく聞いて、
 ここから上手く逃げ出したあとの話だがな。合図をしたら全力で直進しろ」
「誰かいるのか?」
突然聞き覚えのない太い声が響いた。右側の通路にいた見張りが発したものだ。
「ほら、いただろ。読めるんだよ空気の流れとかで。つかまれ」
俺は怪訝そうな顔のキューとアールを小脇に抱え、一気に加速して交差点を直進した。
移動を終えて後ろを振り返ると、
兵士が空中にナイフで切りかかって、派手に空振りしているところだった。
「残像拳。その名の通り残像を残す技だ」
解説になってない解説をする。兵士はマシンガンを掃射し始めたが、当然残像には当たらない。
「あんた……。本当は人造人間なんじゃないだろうな」
「お前らもできるさ。あのスピードなら、1月鍛えりゃ充分だろう」
目の前には次の分かれ道。見張りのいない方角に向かって、俺は軽くスピードを上げた。

また交差点が見えてきた。
正面と左の道には、少し遠いが兵士の気を感じる。
俺は走りながら後ろの2人に右折を指示した。双子も今度はすぐに従う。
長い直線の通路だった。しばらく分かれ道もないようだ。
人造人間がいるのは隔離された場所だと思う。ということはこの道は他より期待できそうだ。
快調に100メートルほど直進した。
気配が一つ、同じ道に入ってくる。しかしこのスピードなら追いつかれまい。
……と、思っていたら、追いかけてくる気配が4つに増えた。
そして道のはるか先にはドアが見えてくる。
「おいおい……ひょっとして」
俺たちが行き止まりのドアに行き着いたときには、気配は10に達していた。
いや、もう気配を読む必要はない。武器を携えた兵士たちが肉眼で確認できる。
「悪い、罠だった」
敵のいない道、いない道へと進むと行き止まり。
こんな古典的な罠にはまるとは、俺の盗賊の腕も落ちたもんだ。
「ドアをブチ破ればいいんじゃない?」
アールが平然と物騒なことを言う。
「残念だがこのドアは、
 何で出来てるのか知らんが相当硬いんだ。入り口に同じのがあった。
 壁にトンネルを掘りたいが、間に合うかな……」
しかしそう言ったときにはすでにライフルの一弾が飛んできていた。指先で掴み取る。
戦いは避けようと考えたのはほんの数分前のことだったが、方針を変更すべきかもしれない。
俺は腕を組んで少しの間考えた。双子が横でじりじりしているのが伝わってくる。

「……うん、俺たちをわざわざここに追い込むってことは、
 もし先に進んでも重要なものは何も無いってことだ。この道は外れ。引き返すぞ」
「引き返すって……」
キューの声が銃声にかき消された。
俺は正眼に構えた手で弾を掴む。銃の狙いは正確。射程距離に入ったようだ。
「当然、あいつらを倒していく」

俺は掴んだ銃弾を投げ返し、兵士の一人のライフルを弾き飛ばした。
もう一個の銃弾を別の兵士のマシンガンめがけ投擲しながら、
地面を蹴って兵士の一団に襲い掛かる。
兵士たちの銃口がこちらを向いた。双子の心配をする必要がなくなったわけだ。
俺は跳躍し、先頭の兵士の頭を軽く蹴った。
彼は気を失い、後続の兵士2人がドミノ倒しのように倒れていった。
ドミノの1人がライフルの引き金を引く。
1度に複数の弾が出る方式。そいつをそのまま兵士2人に投げ返して、気絶させた。
これで3人。残りは7人だ。
跳躍していた俺は今度は天井を蹴って、7人の集団にタックルをかました。
何人かが衝突されて倒れた。
俺はそいつのライフルを奪い取って振り回した。何人かがばらばらと吹っ飛んだ。
見てみると、残っているのはすでに2人。武器は弾き飛ばされ丸腰だ。
俺と目が合うと慌てて手を上げて、降参のポーズをとった。

あっけなく戦いは終わった。俺はキューとアールを手招きする。
2人は口をぽかんと開けた表情でこちらを見ていた。愉快だった。
「ヤムチャさん……。あんた本当に……」
「人造人間に見えるってんなら見込み違いだ。もっとも、俺は8号よりは強いはずだけどな。
 でも俺たちが相手にするのはもっと新しいやつだ。兵士さん、そいつらはどこだ?」
兵士2人は怯えた表情で首を振った。
「言わない」一人が消え入りそうな声で言った。「殺されても」
「そうか、言わないか。じゃあいいよ」
俺は兵士たちを放置してもと来た道を戻り始めた。このときの兵士2人の顔ときたら。
俺は得意の絶頂だった。プーアル、お前ならどんな具合か想像がつくと思うが。
栽培マン以降、いやシェン以降、いや……、いつからだったか忘れたが、
とにかく最近は俺が多少実力を発揮しても気にしないやつばかりだったから、
キューとアールのような反応が新鮮だったってのもある。
俺は大張り切りで2人を率いて行った。
プーアル、お前なら想像がつくと思うが、俺が調子にのるとロクなことがないんだ。
調子に乗らなくてもロクなことがなかった気がするが、
ともかく、今度もやばい事態に陥ってしまった。
レッドリボンにも気配が消せる奴がいることを考えておくべきだった。
とにかくそいつからは気を感じなかった。だから接近に気づかなかった。
俺は曲がり角を曲がろうとして、誰かと正面から衝突した。
ガタイのいい相手だったので、俺のほうが弾かれて転んだ。
ビビらせてやろうと上目遣いに睨みつけると、予想外に強そうな大柄の男がそこに立っていた。
俺は思わず目をそらした。
「16……号」
アールが驚いたようにつぶやいた。



6話


俺は慌てて起き上がると、16号に向かって丁寧にお辞儀した。
「ど、どうも! 人造人間の16号さんですか?
 ヤムチャと言うもんです。 初対面ですよね?
 いやー、俺新入りなもんで、これでも3ヶ月ぐらいいるんですけど、
 16号さんとは会う機会がなかったみたいで……。これからよろしくお願いします〜」
頭を下げ、ついでに揉み手までやってみた。
キューとアールの呆然とした目が痛かったが、子供のあこがれより優先すべきものはある。
「確かに、初対面だ……」
16号はそういうと言葉を切った。
恥ずかしがりやか、あるいは寡黙な性格らしい。前者だとちょっと怖い。
さっきもいったようにガタイはいい。というかごつい。
モヒカンのようなそうでないような微妙な髪形をしている。
常に物思いにふけっているような表情で、考えが読めない。
気配も消したまま。総じてとらえどころがない人物だ。
16号の視線がキューとアールに向いた。俺は慌てて事情を説明した(嘘っぱちだが)。
「い、今ちょうどこの2人を研究室に連れて行くところでしてね。
 俺、あの村の連中の管理係なんスよ。
 だから今まで顔を合わせなかったわけですね。職場が違うから。
 えーと、それで、今日は何かいつもと違ったデータを取るってことで
 研究室に連れて行くことになったんですけど、
 迷っちゃいまして。こんなところに来ちゃったわけです。
 ここって結構複雑な建物でしょう? 覚えられなくて。
 これでも3ヶ月住んでるんですけどね。あは、あははは」
16号が俺の方を向いた。俺は身構えたが、30秒経っても何も言ってこない。
「あの……?」

「今サーチシステムにお前の外見データを記録したところだ。初対面だからな」
「……?」
「お前のデータは研究所のコンピュータに記憶され、
 今後レーダーはお前を96%の確率でお前だと判断できる」
「……?」
16号はそれだけ言うとまた何も喋らなくなった。
不気味といえば不気味だが、話が長くなるよりはいい。
「じゃ、じゃあ、キューとアールを連れて行きますんで」
といってその場を離れようとしたが、16号の声がして足を止めた。
「キューとアール?」
「な、何か?」
「発音が違うな。クーとエルだ」
本人たちがキューとアールって言ってるんだからいいじゃないか。とは言えず、
そうですかそれはどうもと言って歩き出そうとした。
「それと」
「な、何でしょう」
「迷いこんだとか言っていたが、お前たちの行く道はこちらで正解だ。
 ドクター・ゲロの研究室はこの先にある」
16号が、今まで自身が歩いてきた方の道を指差した。
俺は一瞬面食らった。
しかし次の瞬間には、大急ぎで方向を転換していた。最終目標、ついに発見。
「ただし」
「ま、まだ何か」
「自分の実力に自信があって、命が惜しくない場合でなければ行かないことだ」

16号は意味深なことをいうと、大きな歩幅で歩き去っていった。
俺たちの正体に気づいていたのだろうか。それじゃ俺は馬鹿みたいじゃないか。
しかし気づいているのならなんで俺たちをほうっておくんだろう。
ゲロの味方をしていないのか? 何から何までよく分からない男だ。
俺は小さくため息をつくと、双子を促して歩き出した。
命が惜しい者はいないようだった。
「何とか助かったな。クー、エル」
「キューとアールのほうがいいな」
キューが機嫌の悪そうな顔で答えた。
俺が16号にへりくだったのが気に入らなかったのかもしれない。どうしろと。
「あれで正解だよ、たぶん」
アールは俺の判断を肯定した。
「16号は今一番新しい人造人間のはずだ。父さんたちが改造されてなければだけど。
 まともに働いてる人造人間はあいつだけだから、一番成功している人造人間でもある。
 つまり、一番強い人造人間ってことにもなるはず」
「そうか。……調子にのって戦おうとしないでよかった」
俺は胸をなでおろした。キューが肩をすくめて見せる。
待てよ、と俺は足を止めた。

16号が今一番新しい人造人間だということは、
キューとアールの両親は17と18の番号が付けられるはずだ。
タイムマシンの少年の住む未来の世界を滅ぼしたのは、
19号と20号。17,18の直後の数字だ。
そして17号と18号になる双子の両親のあと、人造人間に改造されるはずの人物は、
……当然、キューとアールだ。
この2人が、ゲロを殺し、未来の世界を崩壊させる19号と20号に変わることになる。
俺は、将来自分を殺す相手を助けようとしているのか。

思わず双子を凝視した。
キューはうつむき加減で、アールは顔を上げて、少し速い歩調で研究室へと向かっている。
耳をすませた。呼吸が少し荒くなっているのが分かった。
気配を読んだ。気は少し乱れていた。
外見上はなんでもなさそうだが、両親救出を目前にして緊張しているのがわかる。
違うなと俺は思った。
未来の少年の言う人造人間、ピッコロからのまた聞きで聞いた人造人間の像とは違う。
今はまだ、というだけなのかもしれない。だが今俺は彼らに出会った。
未来は、変えられるはずだ。俺がドジを踏まなければ。
俺がドジを踏まないとは、ちょっと条件が厳しいなと、俺は笑った。
結論は出た。俺は小さく息を吸い込むと、体重を乗せて大きく足を踏み出した。

曲がり角が見えてきた。俺は手前で立ち止まって気配のあるなしを探る。
キューとアールは俺の後ろについて、
素早く行動できるよう腰を落とした構えを取る。わりと板についてきた。
気配は問題なし。俺は指で出発進行を指示しながら、自分も歩き出した。
背後でガシャン、という高い音がした。
あわてて振り返ると、
今の今まで俺たちがいた通路が、例の金属のシャッターでふさがれている。

「な、なんだと!」
またガシャンという音。今度は俺たちが進むべき方向がふさがれた。
俺たちは道の曲がり角の部分で立ち往生した格好になる。
通路が広い分小さな部屋ぐらいの面積はあるが、閉じ込められたことに変わりは無い。
学生のころ、通学中に交差点の真ん中で信号が変わって、
車の波の中に残されたことを思い出した。
あのときはジャンプして脱出した。今度は空は無い。
「待ってろ! すぐに壁をブチ抜く」
双子にそう叫ぶと、俺はコンクリの壁に向かって突進した。
突き出した拳が壁に触れるよりも前に、何かが手に触れた感触がした。
反射的に手を引っ込める。
恐ろしく鋭利に磨かれた槍のようなものが、地面からモリのように発射されていた。
小指を掠めた。少しの出血。
手を引っ込めたのは無意識の行動だった。本当なら右手を持っていかれていた。
「狙いすましたように罠を仕掛けてきやがるな……。
 どこかから見張られているのか? 気配は感じないが……」
突然、動物のような声がした。俺は跳ねるようにふりかえる。
背後ではキューが、
警備用らしい骸骨のようなロボットに殴り飛ばされ、シャッターに叩きつけられていた。
俺からみてちょうど床の対角線の位置だ。俺は部屋を横切るように駆け寄った。
ロボットも、追撃をかけようとキューを追う。
そちらをうかがった俺の目の端に、金髪がちらりと映った。
「アール!」俺は叫んでいた。
「手出しするな! やつより俺のほうが速い!」
アールは一瞬躊躇する様子を見せた。
が、次の瞬間には俺の言葉を無視し、ロボットに向かって飛び掛っていた。
俺は小さく舌を打った。




7話


位置関係をみれば、
俺はキューからもっとも遠い対角線上にいたし、ロボットは部屋の中央近くにいた。
キューが倒れているシャッターの位置へは、ロボットの方がずいぶん近い。
救出に向かう俺より、
追撃に向かうロボットが早くついてしまうように、傍目には見える。
アールが攻撃を選択したのは、そういう判断からだろう。
彼女は俺の本気のスピードを見たことがなかった。

アールは跳躍して浮き上がった身体を大きくひねり、
カカト落としと回し蹴りの合いの子のような蹴りを放った。
素人としてはこれ以上ないほど見事な攻撃だ。
だが相手が悪い。デビュー戦向きの相手じゃない。
ロボットはアールの右足を左足で弾いた。
そして同じ足で、突き放すようにして強烈なキックをアールに浴びせた。

命中の直前、
アールがわずかに防御の構えを取るのを俺は見た。
やはり筋がいい。痛みは確実に和らいだはずだ。
とはいえ蹴りの痛みは減らせても、
吹き飛ばされて壁に激突すればやはり大ダメージだ。
そっちは俺が何とかしなければならない。

俺はすでにキューの身体を掴んでいた。
そのまま方向を変えて飛ぶように走り、
アールの身体が壁に激突する寸前で追いついて、引き止めた。
ロボットが踊りかかってきた。しかし悪いが、敵じゃない。
俺はキューを床に下ろすと、空いた左手でカウンターを浴びせようとした。

と、そこへ、またしても槍が打ち出されてきた。
今度は手首を掠めた。俺は拳を引っ込め、苦し紛れに蹴りを繰り出した。
蹴りは上手く命中してくれた。
ロボットは、胴体にヒビが入って停止した。

「キュー!」俺は周囲を警戒しながら声をかけた。「立てるか?」
「なんとか」
キューは起き上がった。攻撃を受けた右肩を、絞るように握り締めている。
アールは気絶しているようだ。
「この部屋はどこから槍が出てくるかわからん」
俺はそういうと、アールを抱えたまま壁へと向かった。
「治療は後回しだ」

今度は問題なく壁を破れた。
トンネルを掘って、シャッターの向こうの道に合流する。
「さあ傷をみせ……」
と言いながら足を踏み出したところへ、また例の槍が飛んだ。
あの部屋限定の罠かと思っていたが、違ったらしい。
俺は後ろにのけぞってそれを避けると、キューを促して走り出した。
「治療はまだ後回しだ。先にこの槍をなんとかしよう」
「なんとかするって?」
「この槍とか、」
と話している間にもまた一つ飛んできた。身体をずらして回避する。
「……あのロボットとか、シャッター。
 どれも今までの罠よりずいぶん正確な動きだ」
キューはうなずいた。
「人が近くで操ってるのか、それともカメラか何かか」
そう言ってきょろきょろと周りを見回す。槍が飛び交う中で、たいした余裕だった。

「まあ、そうだろう」俺は一つうなずいていった。
「だが少し違う。
 いいか、この一連の高性能な罠が動き出したのは、
 あの曲がり角を曲がってからだ。
 それまではなんともなかった。
 つまり何か備え付けの装置が仕掛けられてるってのは正しい。
 でもここはレッドリボン軍の居住空間でもある。
 カメラを仕掛けて他人がそれを見るなんてことはやらないだろう。
 それにこの罠の発動タイミングのよさは、並の人間の能力じゃ無理だ」
「じゃあ、何なんだよ」
「カメラで俺たちを見張ってるのは、人間じゃなくて機械だ。
 この近くのフロアすべてを、
 センサーで一気に見張ってるんだ。人間以上の能力を持った凄い機械でな。
 機械に見られるなら、プライバシーの問題もないだろ」
俺は天井を見上げながら、言った。
「敵はドクター・ゲロのコンピューターだ。
 16号がコンピューターがどうとか言っていたが、たぶんそれだろう」

その言葉を発した瞬間、天井の明かりが幾度か明滅した。
コンピューターが送ってきた、拍手か、挨拶か、挑発だろう。

「ゲロのコンピューターか……。
 そういえばすごいのを導入して研究してるとは聞いたことがあるな」
「本業は研究なのか?
 この槍攻撃が副業だとしたら、研究はもっととんでもないんだろうな」
喋っている間に、また槍が頬を掠めた。なかなか気が抜けない。
「でも機械は機械だ。見つけ出して破壊しちまえば、動きは止まる。
 高性能ならそれなりに大きさもあるだろうから、見つけることは簡単……」

そのとき、例のシャッターが閉じるガシャンという音がした。
通路のはるか先に広間のような部屋があり、その入り口に次々シャッターが下りていく。
大きな機械らしきものが一瞬だけ見えたが、すぐに視界がふさがれた。
「どっちみち見つかるなら、先に防御を固めとこうって判断か! 急ぐぞ!」

全速力で広間へ向かった。
だが、俺たちを曲がり角に閉じ込めるほどの速い動きのシャッターに、
遠くから駆けつけて間に合うはずもなかった。
広間まであと5メートルというところで、最後のシャッターが閉じてしまった。
「ちっ」
キューが閉じたシャッターを蹴飛ばした。返事の代わりに槍が1本飛び出す。
「うかつに攻撃するなよ。
 攻撃の瞬間に槍を飛ばすのがこいつの得意技だ。
 少し長期戦になるかもしれないな。
 でも槍ならもう避けられる。ひとまず……」

避けられる、と言ったのがコンピューターの気に障ったらしい。
突然、壁・床・天井の各所から例の槍が数十本ばかり姿を現し、先端を俺に向けた。

完全にまわりを囲まれている。逃げ場は見当たらない。
俺は一瞬呆然とし、次にどうしようか考え、最後にダメージを覚悟した。
「キュー、俺のそばに寄れ! 気を全開にして防御する」
キューが不安げな顔で俺の隣に立った。
俺も不安だったが、やるしかない。
ところが、俺が気を練り始めたその瞬間に、アールが俺の背中から転げ落ちた。

「アール!」「姉さん!」
俺とキューが同時に叫んだ。
アールはいつの間にか目覚めていた。
驚愕している俺たちを尻目に、
床に転がっていた槍を引っつかんで、倒れこむような体勢で投擲する。
槍はカツンと乾いた音を立ててコンクリの壁に突き刺さった。

突然ふっと照明が消えた。
数秒経って、前よりやや暗い明かりがついた。
あたりは沈黙している。槍は飛んでこない。

「予備電源に切り替わったみたいだ」
アールがなんでもないような口調で言った。
「機械なんだから、必ず電源は必要なはずだと思ったんだ。
 むかしこれに似たコードを触って痺れたことがある」
壁を見ると、槍は確かに太いコードを切断していた。
電源が切られたことで、研究所全体の機械の動きに影響が出たらしい。
ゲロのコンピューターは停止した。
ダメージを負ってはいないにしろ、敗北したことになる。

「美味しいところを持っていったな」
俺はそういうと安堵のため息をついた。
「その分だと、怪我の方は大丈夫そうか? 手当てしよう」

手当てといっても、カリン様に貰ってきた薬草を傷に押し付けるだけだ。
山篭りに備えて買ってきた衣類のカプセルの中から、
何枚か手ごろな大きさのスカーフをみつけて包帯代わりにした。
手抜きに近いほど簡単な手当てしかできなかったが、
薬草の出来がいいせいか、痛みはそれなりに和らいだようだ。

2人とも右腕に打撲傷を受けている。
俺が同程度のダメージを受けても我慢できるだろうし、
ピッコロなら瞬時に治してしまうはずだ。
しかし、戦いの素人には傷を負った状態で動くことは厳しいだろう。
こういうのは慣れの問題で、才能とか精神力でカバーするのは難しい。
この先は、双子を戦闘に参加させないようにする必要があるようだ。

「……そろそろ行くか」
俺は重い足取りで歩き出した。気が重かった。
いよいよゲロの研究室に向かおうと言うときに、戦闘不能者が2人だ。
研究室に押し入って、双子の両親と人造人間の設計図を探し、みんなで脱出。
戦闘なしでこなせるとことだとは思えなかった。

「さっきは悪かったよ」
アールがつぶやくように言った。俺は怪訝そうな顔をしたと思う。
「……ロボットに戦いを仕掛けたことか?」
「あんたはどうだかしらないけど、」
といってアールは弟をちらりと見た。そして俺のほうに向き直った。

「私はヤムチャさんを完全に信用してはいなかった。
 だからあのとっさのときに、
 キューをあんたに任せるってことが出来なかったんだと思う。
 それで判断をミスったんだ。でも、」
アールは髪をかきあげる仕草をした。それが右手だったので、俺は驚いた。
「あんたは私もキューも助けて見せた。
 それで、今更だけど、私はあんたを信用することにした」
彼女は微笑して、言った。
「これからは言うことを聞いてやるよ」

俺は話の間、じっと双子の様子を見ていた。
ついさっきまでの緊張や息の乱れは見られない。
彼らはもうそれを乗り越えていた。傷の影響もそれほどでもないようだ。
俺は気づいた。
相手を信用できず見くびっていたのは、アールだけじゃない。
「俺の言うことを聞かなくてもいい」
俺は言った。
「さっきもお前の勝手な行動のおかげでゲロのコンピューターを止められたわけだしな。
 自信があるなら、一人の判断で動いてくれてかまわない。
 俺もこの先、自分自身の面倒で精一杯になることがあるかもしれない。
 戦力は、多いほうがいい」
2人は黙ってうなずいた。戦力と認められたことで、さらに自信を深めたようだ。

2分ほど歩いて研究室の前についた。
インターホンがあるが、押すわけにもいかない。
中の様子を窺おうとして壁に耳を引っ付けた瞬間、声が耳に飛び込んできた。
「来たか。貴様はヤムチャだな。
 うん? ウーロンだったかな? プーアル? 忘れたが。
 貴様ごときに興味はないが、一応ようこそといっておこう。ソン・ゴクウの取り巻き君よ」



8話

声はインターホンから聞こえてくる。学者らしく、冷静で感情の入らない口調だ。
間違いなくドクター・ゲロだった。
声質は老人のものだ。気も一般的な老人とそう変わらない。
とりあえず腕っ節で負けそうにはないことに、俺は安堵した。

「キューとアールの両親がそこにいるだろう」
俺は言った。インターホンから、ややノイズの混じった返答があった。
「オーとペーか。いるとも。いるにはな」
「出せ」
「出してどうするつもりだ?」
「村に戻るに決まってるだろ」
キューが静かに答えた。
意外に冷静だと思ったが、表情を見て嵐の前の静けさでしかないことが分かった。

「村に戻る? どうやって戻る気だ」
「バカなことを聞くな」
アールが苛立った口調で答えた。
「歩いてでも車でもなんでもいい。お前を道中引きずって帰ったっていいんだ」
「そういう問題ではない」
ゲロは抑揚のない口調で言った。
「お前たちは村に帰ろうにも、
 村の位置も分からず名前も覚えていないだろうということを言っているのだ。
 その場に立っても分からないのではないのか?
 少なくとも以前に写真を見せたときは分からなかったな。
 催眠状態で尋ねたのだから、嘘だとは思わなかったが」

キューとアールが虚を突かれた表情になった。
そして思いを凝らすように首をひねったが、
ゲロのいうことが嘘でないらしいことは、見て取れた。

「し、調べればすむことだろうが」
「調べるか!
 確か警察は名前を入力することで個人情報を検索できる機械を装備していたな。
 家の番地をうっかり忘れてしまったとしても、名前が分かれば帰れるわけだ。
 さあ、お前たちの本名はなんと言う? 両親の名前でもいいが」
「本名……?」
キューとアールが再び考える表情になった。
今度はあせっていた。答えは、出てこないようだった。

「どうした? クーとかエルなんてアルファベットを名前につける親はあるまい?
 本当の名前があるんだろう?」
「うるせえな! お前が自分で忘れさせたくせにグダグダと……」
キューが怒鳴った。苦し紛れの表情だった。
ゲロの洗脳は、すでにかなり深いところまで進んでいたらしい。

「村の場所なんてどうでもいい。さがせばいつか見つかるはずだ。
 話をそらすんじゃない! 親父はどこだ?」
「しかし、重要な話だろう」
ゲロは低い笑い声を上げた。

「さがせば見つかる、はたしてそうかな?
 敗北したとはいえ、我がレッドリボン軍の勢力範囲は広い。
 お前たちはこの近辺をたまたまうろついていてたまたま拾われたわけではないぞ。
 捜索範囲は世界中だ。
 世界にいくつ滅びた小村があると思うね?
 そのうち世間が把握しているのはいくつだ?
 お前たちが故郷を見つけたころには、
 お前たちの両親は年老いて動けなくなっていることだろう。
 その前に、自分の名前も分からない体たらくでまともに捜索できるのか?
 お前たちは世界の首都がどこかわかるか?」

ゲロは早口でまくし立てた。キューとアールはひるんだように口をつぐんだ。
「分からないだろう。お前たちには普通に生活するだけの知識すらないのだ。
 身の程に余る夢は捨てて牢に戻るがいい。
 必要な知識と名前は、私がのちのち与えてやる。
 人造人間19号と20号、これがお前たちに与えられる名前だ。
 ソン・ゴクウを殺すこと。これがお前たちに必要な知識のすべてだ」

「キングキャッスル、だ」
俺は口を挟んでいた。これ以上双子とゲロを会話させたくなかった。
「世界の首都はキングキャッスルだ。
 お前が老人ボケで忘れてるなら言っておくが、俺の名前はヤムチャだ。
 俺は幸い、世界を回るなんてたやすいし、暇なんでね。
 お前が老衰で死ぬより先にこいつらの故郷を探し出す自信はある」

「興味がないといったろう。貴様の名前を覚える気は無い。
 この先貴様がクリリンや天津飯程度にでも活躍できたなら考えてやろうじゃないか。
 ところで、何とか君」
ゲロはまだ口調を変えなかった。感情の読み取れない相手だ。
「貴様は何故私に敵対するのだ?」
「何故、だと? この状況でそれを言うのか?
 自分が何をしてるのかも分からないほどボケたのか?」
「貴様が自分が何をしているのか分からないほどボケていないのなら、
 質問に答えてほしいものだ。
 私が代わりに言ってやるが、
 貴様は何かで私のことを知り、
 将来私によって加えられるかもしれない危害を避けるために、
 先手を打ってここに攻めてきたわけだろう。
 ところで私は、
 ソン・ゴクウによって滅ぼされたレッドリボンの敵討ちのために行動している。
 そもそもの原因はソン側、そちら側にあるのではないのか?」

俺は少し面食らった。
レッドリボンと悟空の争いのそもそもの最初はどっちが仕掛けたんだったか。
シルバー大佐の部下と、悟空。どっちだったか。
だが俺は言った。
「滅ぼされるだけの理由があったとは考えないわけか?
 慈善事業をしてて滅ぼされたわけじゃまさかないだろう?」
「結果的に慈善事業もしていた、残した、とはいえるだろうな」
俺は少し驚いてインターホンを凝視した。ゲロは変わらない口調で、

「私は昔から人造人間の研究をしていた。
 その過程で人体に関する膨大な知識を手に入れた。
 そいつを医療関係の会社や研究所に提供して
 研究を後押ししてやったことはあるぞ。医学の発展に協力したわけだ。
 当然ロイヤリティはもらう予定だったが、
 レッドリボンがつぶれたせいでうやむやになった。
 ただ働きだな。慈善事業とは呼べないかね?」

ゲロは自分の業績を淡々と語った。
「今も私のつかんだノウハウは医療関係の業界では重要な役割を果たしている。
 あと5年ほどで、現在不治の病と言われている
 とあるウィルス性の心臓病に対する特効薬が開発される予定だが、
 それなどほとんど私のアイデアのみで出来ているようなものだ。
 何人かの命が、それで救われるだろう。
 私のおかげでな。製薬会社は明らかにはしないだろうが」

そして突然、ゲロの口調がガラッと変わって荒々しくなった。
声がしわがれて高くなり、インターホンの音が割れた。
「あのソン・ゴクウがどれだけ立派だというのだ!
 あいつは地球を幾度か救ったが、地球を窮地に陥れたのはそもそも誰だ?
 ピッコロを、ラディッツを、ベジータを呼び込んだのは?
 あまつさえそいつを見逃したのは誰だったか?
 レッドリボンの業績は褒められたものではないが、
 ソン・ゴクウも貴様らが褒めそやすほどのものではないぞ。
 われわれは所詮、身に降る火の粉を払いあっているだけの同じ穴のムジナだ。
 私は貴様もうち払う。
 貴様がわれわれにとって子供の花火にも劣る小さな火の粉でしかなかったとしても、
 全力で払って踏み消してやる。
 ソン・ゴクウの仲間に、触れられるのはごめんだからだ」

その言葉を合図に、突然周囲の壁が忍者屋敷みたいに割れて開いた。
中からは小さなロボットがたくさん、えーと、20匹ぐらい出てきた。
人造人間ではなかったと思う。
人型じゃなかった。ペンギンみたいな。

そのペンギンは俺たちを取り囲み、
口を大きく開けると、赤く燃える炎を勢いよく吐き出した。
さらにペンギンのトサカの部分が、ノコギリのような刃を回転させながら飛んできた。
口で説明すると笑えるが、そのときは脅威だった。

「私は貴様らの能力を全て知り尽くしている。
 貴様らソン・ゴクウと取り巻きどもは打撃にはすこぶる強いが、
 切る攻撃や温度変化、酸などへの耐性は高くは無い。体力はあるがな。
 そのゴキブリのような生命力が尽きるまでせいぜい苦しむがいい」
ゲロは捨てゼリフを吐いて通信を切った。俺はそれどころではなかった。

とりあえずペンギンを蹴飛ばしてみる。
壊れない。どうやらこいつも打撃にはかなり強いらしい。
続けざまにエネルギー波を放った。
今度は効いた。ペンギンの一匹が音を立てて爆発する。

俺はそれを確認すると、急いで後ろを振り返った。
キューとアールが、
そのスピードを最大限に振り絞ってノコギリをよけ続けている。
だがそろそろ限界だ。炎の第二弾が放たれる。

俺は地面を蹴ると、
タックルするようにしてキューとアールを地面に倒し、かばった。
背中が焼ける。火傷は今でも少し痛い。
このときは痛みよりとにかく熱かった。

アールの右腕に巻かれたスカーフが焼け落ち、
傷を負った皮膚に炎の舌が触れるのを、俺は煙に曇った眼で見た。
俺は思った。
ゲロは自分は降りかかる火の粉を払っているだけだと言うが、ではこの双子は何だ?
人造人間の素材に向いていたというだけで、
故郷と、自由と、両親と、そして命も奪われようとしている。
どんな言い訳も通用しない。お前は悪だ。
お前がこいつらに降りかかる火の粉だとするなら、俺が代わりに払ってやる。
たとえお前が、ちょっと俺の手にはあまるぐらい、大きな炎だとしてもだ。



9話

とはいえすぐにゲロを倒すわけにもいかない。
まずはペンギン型のロボットからだ。
炎を放ち終わったペンギンたちは、今度はトサカのノコギリを装填し始めたらしい。
このとき、一瞬だが攻撃がやんだ。少なくともやんだ気がした。
その一瞬に気を爆発させた。

俺は繰気弾を放つと、自分をとりまくように全速力で回転させた。
西の都にいたとき、サーカスか何かで
球状の金網の中をバイクがぐるぐる回る出し物を見たことがあるが、
はたから見れば多分あんな感じだ。
繰気弾はあたりのものをなぎ払いながら、徐々に回転の半径を広げていった。
ノコギリが弾かれたらしい金属音と、ペンギンが壊れたらしい爆発音と、
繰気弾が空気を切り裂く音がごちゃまぜになって聞こえてきた。
地面に突っ伏しているから目で見ることは出来ないが、
感覚では繰気弾は全員に命中していた。

起き上がってみると、確かにペンギンは全滅していた。
会心の繰気弾だったわけだ。
俺は研究室のドアの方に向き直り、
繰気弾を呼び寄せると、思い切り振りかぶって投げつけた。

ドアは壊れた。
俺たちは素早く研究室に突入し、あたりを見回した。
普通の半分ほどの大きさの、やや狭い部屋だ。
他とは違った白い壁、白い床が清潔そうだった。
だが机の上は大量の実験器具であふれていた。
ゲロの姿はない。
あのインターホンは無線でも作動させられるのかもしれない。逃げられたのだ。
ゲロの奴に一泡吹かせてやりたい気持ちは強かったが、
まあいい、それは3年後のお楽しみだ。

部屋を歩き回る。
何に使うのか分からないもの、
そもそも何なのかよく分からないもの、
分かるような気がするけど想像したくないものなどがたくさん置いてある。

アールが一つ咳をした。
それで気づいたが、この部屋は少し息苦しい。
何か臭うような気もする。
空気に何か混ざっている。霧か、ガスのような……。

そこで、ものすごくいやな予感がしたことを覚えている。
その予感が考えとしてまとまる前に、身体が動いた。
エネルギー波で床に大穴を開けた。
そして部屋に散らばっていたキューとアールをひっつかみ、穴の中に放り込んだ。
最後に俺が穴に飛び込んだ。そして穴にフタをする。
その直前、部屋の片隅で花火のような炎が閃くのが、かすかに見えた。
少しの間があって部屋の中で大爆発が起こった。
というより、部屋が爆発した。

地面ごと身体が大きく揺れた。
穴のフタがわりに置いておいた机が、一瞬のうちにどこかに飛んで消えた。
開いた出口に、何かの実験器具の残骸らしき物体が、すぐに倒れてきた。
おかげで爆風にさらされることはなくて済んだ。
様子が落ち着いたころを見計らって、俺はエネルギー波で出口を開いた。

穴から這い出すと、研究室は火の海と化していた。
俺は水道管を探し出して切断し、あたりに水をばらまいた。
あの時間違えて隣のガス管を切っていたら、おそらく今ここに俺はいない。

「部屋中にガスを充満させて火をつけやがった……。
 さっきの会話はこれを仕掛けるための時間稼ぎか」
今になって思えば、
確かにゲロは話をそらすような言動が多かった気がする。
いいように操られていたわけだ。

アールがまた咳をした。
爆発で何かの薬品が漏れ出したんじゃないかと不安になる。
そして、もっと不安に思うべきことがあったのに気づいた。
「……空気!」

部屋の空気は急激に悪くなっていった。
空気とガスを混ぜて爆発させたんだから当然といえば当然だ。
俺は急いでドアへと向かった。
しかしドアの向こうは一面土に埋まっていた。
爆発の影響で落盤があったのだ。
閉じ込められると同時に、空気が限られた。

「まずいな……。この土砂をどけなきゃ出られないぞ。
 ちょっとばかり時間を食いそうだ」
爆発音がした。音の響きから見て、土の向こうだ。
「爆発か、それともペンギンの炎のせいか?
 とにかくここの外にも火が広がってるみたいだな。
 なおさら早く出ないと空気がやばい」
「どこかの壁をブチ破ればいいんじゃない?」
アールが平然と物騒なことを言う。俺はにやりと笑ってうなずいた。
「俺もちょうどそう思っていたところだ。
 狼牙! 風風拳!」

俺はいつものように拳で壁をやぶろうとした。
が、手にいつもと違った衝撃を受けて身を引いた。
突き指していた。つまり、壁が硬い。
見ると壁の白い塗装の下に、
入り口の扉に使ってあった例の頑丈な金属が隠れていた。
壁は壊れていない。
そのくせ衝撃だけは伝わったらしく、天井がミシっといやな音を立てた。

「こいつは……、本格的にやばくなってきたな。
 下手に暴れたら天井が崩れかねん。上手いこと閉じ込められたわけだ。
 ゲロの奴、力じゃ俺たちにかなわないと判断して、即座にこの作戦を思いついたのか。
 慎重な戦い方のできる奴だ。
 自分の研究を犠牲にするっていう決断も早い。
 ん? 研究?」
俺はきょろきょろとあたりを見回した。
「そういえば、人造人間の研究関係のものが見当たらないな。
 お前らの親御さんも」
「どこか別の場所だったとか」
「いや、わざわざ壁を金属で補強したのは、
 人造人間のパワーにそなえるためのはずだ。
 この場所にあるはずなんだが……。あるいは」

俺は精神を気配を読むことに集中した。
ゲロの気を、遠く10時の方角に捉える。
その方向の壁を探ると、
テレビのリモコンみたいなものが貼り付けてあるのが分かった。
……隠し扉のスイッチだ。
思ったとおり、ここにはもう一つ部屋がある。
ゲロもそこを使って逃げたわけだ。

俺は小さくバックステップすると、
思い切り体重をかけて肩から壁にぶつかった。
壁の塗装部分が砕け、
埋まっていた金属製の板が、きしむような音を立てて倒れた。道が開けた。

俺たちはなだれ込むように新たな部屋に押し入った。
白い床、白い壁の小さな部屋だった。
机の隣に、それほど大きくはないベッドが置いてあった。
その上に、それほど大きくはない体格の男女が寝かされていた。
キューとアールが何か叫んだ。

ゲロは見えない。気配も遠くだ。
あたりを見回すと、壁のダストシュートが開いているのが見えた。
ゲロはこれで脱出したようだ。
覗き込んでみると、強烈な刺激臭がした。
俺たちがここを通ることを防ぐために、何か薬品を撒いておいたらしい。
別の場所から脱出しなければならないわけだ。

机の上を見てみた。
今まで見た机ほど乱雑ではなく、
置いてあるのは20ページほどをクリップでまとめた書類が二束だ。
俺はタイトルを読んで驚喜した。
そのものずばり、"人造人間17号設計"と"人造人間18号設計"だった。

慌てて中身も確認する。
終わりごろのページに、"緊急停止装置"についての記述が見つかった。
詳しい内容は分かるはずもないが、
図面を見た限りでは、17号と18号には同じ停止装置が取り付けられるようだ。
ということは、19号と20号にも同じものが搭載される可能性は高い。
こいつをブルマに見せれば、きっと何か対策を見つけてくれる。
「やったぞ!」と俺は双子に向かって叫んだ。

が、双子の反応は鈍く、表情もややうつろだった。
俺はハッとしてベッドに駆け寄った。
寝かされているのが双子の両親だというのは、顔で分かった。
身体に触れてみる。両親は呼吸をしていなかった。脈もすでになかった。

まさに手術が行われる直前だったらしい。
手術中よりはましだが、突入のタイミングが悪かった。
何か改造を施すために、肉体を死んだ状態におく必要があったのだろう。
麻酔か何かか。
本来は一時的な仮死状態だったはずだが、
ゲロによる蘇生が望めない今の状況では、本当に死んでしまったのと何も変わらない。

「やっぱり、死んでるんだろう? 悪かったな、ここまでついてきて」
キューが暗い声で言った。
「死んでるのは確かだが、まだ大丈夫だ。
 ドラゴンボールのことは話したよな? あれで生き返らせることが出来る」
しかし双子の反応はなかった。むしろ表情が暗くなったかもしれない。
「どうした?」
「ドラゴンボールのことは聞いたよ」
アールが言った。
「生き返るのは、肉体がある場所でなんだろ?」
「そりゃそうだが―」
遺体を運べばすむじゃないか、と言おうとして、
事態がそう簡単じゃないことに気づいた。

遺体を運ぶ方法はどうするか?
順当にいけば、俺が運ぶことになる。俺なら2人ぶんの体重は軽い。
ただ、軽いというのはあくまで重さの話で、
2人の人間を担げばどうしても動作は不自由になるだろう。
俺たちはこれからここを脱出しなければならない。
レッドリボンの残党はまだまだいる。銃弾だって飛んでくる。
しかし遺体を抱えた俺は、双子のカバーまで手が回らないだろう。

怪我をしているとはいえ双子の戦闘能力は高い。
その点は信頼してはいるが、それでも兵士たちと正面から戦ったら分が悪いはずだ。
兵士と戦って勝てるのなら、
双子は俺と会う前にでも研究所を脱出できているはずだからだ。

じゃあ、遺体を双子が運ぶとしたら。いや、そいつも無理だ。
この空気の足りない状況、
俺たちはこれからここを急いで脱出しなければならない。
キューとアールには大人の体重は重すぎる。
高い身体能力があるとはいえ、とても脱出は間に合わないだろう。

結局、双子を危険にさらすか、
両親をおいていかない限り、脱出は不可能だということになる。

2人はこのことに気づいている。
そして俺が、死んでしまった両親の生き返る可能性より、
双子が安全にここを出られる可能性を取ると言うことも、2人はすでに気づいている。
自分たちがついてきていなければ、両親は助かったのだということにも。

双子がおらず、俺が2人ぶんの遺体を抱えて逃げるというだけなら、
俺は撃たれても平気だし、遺体の傷はあとで治るんだから、丸く収まった。
そのはずだった。
双子は両親のためを思ってここまで来た。
しかしここまで来たまさにそのことのために、両親を置いて帰る必要に迫られている。

唇をかみ締めた。
時間が迫っている。
俺はせめて、両親を置いていく決断を、
双子の口からは言い出させないようにしなければならない。
「行こう」
暗い声で言った。
「俺たちは急がなきゃいけない。さっきの廊下の土を掘るんだ」
口では急ぐと言いながらも、俺の足取りは重かった。
双子の足はそれよりもさらに遅かった。

研究室に戻り、土砂に埋まった廊下に出るために土を掻き分ける作業をはじめた。
双子はそれを手伝いながら、両親を残した小部屋の方角を、じっと見つめていた。



10話

廊下に出て、積もった土砂を半分ほど掘り進んだときだった。
何かが折れるような音が聞こえたかと思うと、
物凄い轟音を立てて研究室が崩れた。
部屋は全て土に埋もれた。中で眠る双子の両親も。

「これでもう父さんたちは助からないな」
暗闇の中でアールが言った。
「今までは、ゲロが戻ってきて手術再開って可能性もなくはなかったんだけど」
「そうだな……」
俺はうなずいた。
改造される前に死ねたのはむしろ幸運だったが、それは言わなかった。
幸運と言っても地獄に仏程度のことだ。
そもそも彼ら家族には、地獄に落ちる理由など何一つなかった。

「俺たちみたいな名前をつける親はいないって、
 ゲロが言ってたけど、」
キューがつぶやくように言った。
「結局俺たち、家族らしいことが何もできなかったかもしれないな。
 部屋は別だったから、会えるのは体力測定の時だけだったし。
 これと言った思い出もありゃしない。
 いや、以前はあったんだろうけど、思い出せない。
 無いのと同じだ。名前だってそうだ。無いのと同じ」

「家族らしいこと、か」
少し迷った。
他人の家族の話に口出しすべきかどうか。だが言った。
「お前らをキュー、アールと名づけたのは、
 ひょっとしてお前らの両親じゃないか?」
驚いたらしく、キューの動きが一瞬止まった。
「レッドリボン軍じゃ?」
「レッドリボンがつけた名前はクーとエルだろ。発音が違う。
 誰かが自分たちに分かりやすいように読み替えたわけだ。
 でもお前らは普段お互いを"姉さん"とか"あんた"と呼び合ってるだろう?
 言いやすい呼び名を作り出す必要があったのは…」
「あ、ああ〜」
キューが頭から抜けるような声を上げた。
「そういえば。
 最初に体力を測ったときに、俺たちの服のプリントを見て、親父が……」
「名前をつけたわけだ。そういってかまわないだろう」
想像は当たっていた。俺はにやりと笑った。
「ゲロには気に入らない名前かもしれないが、
 俺はそうは思わないね。もっと変な名前の知り合いもいるしな」
双子がうなずいた気配がした。

しばらく黙々と土を掻き分け続けた。キューが再び口を開いた。
「ヤムチャさん、さっきの、変わった名前を付けられたって人だけど」
「ん? ああ」
俺は答えた。
「親子関係も良好だし、元気にやってるよ。最近彼氏と別れたけどな」

最後に大きなコンクリの塊をエネルギー波で壊し、
ようやく土砂に埋まった地帯を抜け出せた。
俺たちは何度か深呼吸をして、よろめくように歩き出した。

土の中よりはましだとはいえ、ここの空気もあまりよくなかった。
煙の味がする。火はあたりに広がり始めているようだ。

急がなければならなかった。
考えるとここに来るまでにも薬のガスを使われたり、銃撃戦があったりしている。
きれいな空気がどれほど残っているか、予想がつかない。
一番悪い想像が当たっていそうな予感がする。

だが急ぐ必要よりもっと大きいのは、正確な道を行く必要だった。
俺は立ち止まってコンパスを取り出した。
「方向は覚えてる?」
「研究所に入ってからは覚えてないが、それ以前は分かる。
 俺は北の都から南下してきたんだ。
 んで、研究所に入って、玄関から見て右の道を来たんだから……。
 えーと、西に向かってきたはずだ。つまり東に向かえばそっちが出口だ」

俺たちは針路を東にとって、ゆったりとしたスピードで走り始めた。
ところどころに例のシャッターが下りているのに気づく。
防火壁としても機能するのだろう。そっちが本来の使い道かもしれない。
そのシャッターに何度か道を阻まれたが、
基本的には何も問題はなく、どんどん進んでいくことができた。

兵士の姿は見えなかった。
俺たちにはありがたいことだったから、そのことはしばらく気に留めなかった。
だが、進んでも進んでも見覚えのある場所や
出口の手がかりに出会わないことで、不安がだんだん増大してきた。

「行き止まりだ!」
目の前にコンクリの壁が立ちふさがる。
俺たちは急ブレーキをかけた。
知らない間にかなり速いスピードを出していた。
あせっていたのだ。

酸欠や炎の恐怖からは、ひとまず逃れられた。
しかしもっと居心地の悪い恐怖があらたに襲い掛かってきていた。
道に迷った。

「どこかで針路が東からそれたのか、
 それとも来るときにどこかで大きく曲がっていたのか……」
キューが頭をひねりながら言った。
しかし俺はもっと悪い予感がしていた。カプセルを一つ投げた。
「何だ、そいつは」
出てきた、とがった金属製の物体を見ながらキューが言った。
「ハーケン」
登山用だった。
キャンプ用品を適当に見繕ってくれと言われたカプセルショップが
気を効かせて入れてくれたものだ。
空を飛べる俺には必要ない。
が、今は別の使い道だ。

俺はハーケンを指の上に乗せ、ヤジロベーのようにバランスを取った。
そいつはゆらゆらと揺れながら向きを変え、
やがてある方向を向いて静止した。
コンパスが北を示した方角と同じだった。

「くそっ、やられた!」
俺はハーケンを床に叩きつけた。

「何か磁力がこの辺にかかってるってこと?」
アールが聞いた。
「それでコンパスが狂ったと」
「ああ。俺たちが進んでいた方角は東じゃなかった。
 大掛かりなのかちゃちなのか分からないトリックだ」
「わざわざ磁石を持ってきたり、作ったりしたわけ?」
「いや、こういう研究施設なんだから、磁石ぐらい転がってたんじゃないか」
「そういうことじゃなくてさ」
キューが頭をかきながら言った。
「わざわざ磁石を用意したのは、誰なのか? ってことさ」

俺は驚いてその言葉の意味を考えた。
「そうか……。復活してやがるな。ドクター・ゲロのコンピューター。
 人間たちはもうみんな避難しているみたいだしな。
 それにあのコンピューターは研究用だって話だから、
 実験器具にも詳しい」
「俺たちはあの槍に注意したほうがいいな」
キューがうなずきながら言った。

カツン、という音がした。
今話に出たあの槍が、発射されてどこかに刺さった音らしかった。
距離はわりと離れていそうだ。
少し経ってまた同じ音。
やがて音は断続的に、一定のリズムで聞こえ出した。

「ここは槍が仕込まれたエリアじゃないみたいだ」
キューが安心した表情で言った。
「そうらしいが、」
俺は釈然としない気持ちだった。
「それじゃ何で槍を撃つんだ?」

ぐらり、と地面が揺れた。思わず壁に手をつく。
すぐにまた揺れが来た。そして断続的になる。
槍が発射される音と、タイミングが似ている気がした。

「地震……?」
「このタイミングで偶然に、か? いや……」
喋っている間にも揺れは加速度的に激しくなる。
天井からいやな音が聞こえた。
さっき研究室が崩れたときにも聞こえた、何かが折れる音だ。

「共鳴だ」
俺は判断を下した。
「奴はこの研究所の空間と
 共鳴するようなタイミングで音を出している。
 爆発やなんかで弱っている今のここなら、
 そういう小さなきっかけでも崩れちまう。
 奴は俺たちと一緒に生き埋めになるつもりだ!」
いや、ゲロのコンピューターのある広間は、がっちりと防御が固まっていた。
埋まるのは俺たちだけかもしれない。

「どうする? ここはもうすぐ崩れそうだ」
天井を見上げ、目にかかる髪をかきあげながらアールが言った。
「今度崩れたら、空気がヤバい」
「どうしようもない、ってわけにはいかないよな」

俺は気を高め、急激に大きくしたり小さくしたりを繰り返した。
気の影響で大地が不規則に鳴動する。それぐらいの力は一応俺にもあった。
「気のコントロールを使って、
 こっちから地面を色んな強さで揺らしてやれば、
 とりあえずあの槍のタイミングを狂わすことは出来る」

そのとき壁にヒビが入って、俺のセリフの邪魔をした。
「……とはいえ、地面が揺れることには変わりないな。
 ここが崩れないうちに、急がなきゃいけない。走れるか?」
「走れるけど、方向が分からないのも変わりないぜ」
「とりあえずコンパスの針とハーケンが向いてる方角にいく」
俺は今後の行動を説明した。
「磁力でコンパスを狂わしているなら、
 その磁力をたどれば磁石のある場所に行き着けるわけだ。
 そんで磁石を壊して、コンパスを直す。
 正しい方角の東へ行く。出口を探す」
「間に合うのかよ、そんな色々やってて」
「さあ。お前らのスピード次第だ」
話しながら俺は走り出した。

磁石はすぐに見つかった。
本来は何に使うのか、巨大なコイルだ。
そいつを壊すと、コンパスの針がくるりと180度回転した。

俺たちは短距離走のペースで走った。
交差点をいくつもくぐり抜け、資料室を通り過ぎた。

とうとう最初の分かれ道までたどり着いた。
出口側に曲がろうとする双子を、慌てて手で制する。
「待て、待て! そっちには敵の気がある」
双子は土ぼこりが立つようなブレーキをかけた。
「だからってどうするんだよ! ここまで来て」
キューが怒鳴るように言った。地響きに負けない大声だ。
「ここまでくればもういいんだよ。出口はすぐそこだ」

俺はそういうと、
高めていた気を手に集中して、壁に向けて放った。かめはめ波だ。
思ったとおりもう岩壁は薄かった。
北・東・西の三方向に割れた分かれ道の、残る南側に大きな穴が開いた。

前に俺がエネルギー波を撃って
おどかしたときと同じように、キューは驚いて後ずさった。
しかしその後の行動は違った。
暗闇に星の光が異様に目立つ南の小さな出口に向かって、俺たちは全速力で走り出した。
そして、外に出た。
双子にとっては3年ぶりの天然の世界だ。

キューは呆然として外の大地に突っ立っていた。
その髪が風でわずかに揺れた。
地下には風が無いことを俺は思い出した。

「こいつが、外か……」
キューが独り言のように言った。
「そうだ。お前たちは外に出た」
「父さんやみんなを置いて、だけど」
アールがつぶやいた。
そのとき、地面がひときわ激しく揺れた。
かめはめ波であけた穴から熱い空気が飛び出してくる。
どうやらコンピューターが俺たちの脱出に気づかず、研究所を崩してしまったらしい。

「埋まっちまった……な」
キューがつぶやいた。そして俺たちは沈黙した。

「あんたは覚えてないみたいだけど」
アールが静かに言った。
「私にはまだ一つだけ思い出が残っている。
 村祭り……の日だった。
 夏だったと思う。入道雲が見えたから。
 何か催し物の一環だろうけど、みんなと競争になった。
 私とキューの足が一番速かった。
 そのあと家族で、墓……参りに行った。
 "地面の下で眠っている人たちに、お祈りをするんだ"
 って父さんが言った。こうやって、」

アールは右と左の手のひらを合わせ、合掌の形を作った。
「死んだ人たちに向かって手を合わせた。手のひらに汗がにじんだ」
そして手のひらと額をぶつけるようにお辞儀をし、祈りを始めた。
キューも姉をまね、ぎこちない調子で手を合わせる。
地面の下の仲間たちに向かって、双子は祈った。

俺たちはしばらくそこで風を受けていた。
本当ならのんびりしている場合じゃなかった。
さっきまで玄関で待ち伏せていたレッドリボンの兵士たちが、
大慌てで俺たちを追ってきているのが気配で分かる。

しかし俺は、双子が自分から行こうと言い出すのを待った。
俺は収容所で何があったのかを知らない。
誰がいたのかも知らない。
エヌ氏がどんな人物だったのか、村長一家は何人いたのか、
エス氏とかゼット氏は存在していたのか、何も知らない。
だから、ここにいることと先に行くことを天秤にかけるのは、俺にできる仕事じゃない。
2人の時間の重みは、俺には測れない。




11話

「いいぞ、少しだけど気が集まってきた」
俺は半ば呆れたような口調で言った。
キューの手からは、
普段より2割から3割ほど高い密度の気が感じられた。
「自分では分からないけどな」
キューはそういうと力を抜いた。
「これでその集まった気をぶっ放せば、エネルギー波って奴になるわけか」

俺たちはすでに研究所を離れ、
岩場にへばりつくように生えた林の中を歩いていた。
歩きながらの簡単なアドバイスだけで、
キューは気のコントロールを覚えてしまった。
アールはまだ出来ていなかった。戦闘の才能は弟の方が上らしい。

「こいつを練習すれば強くなれるんだろ?」
「ああ。少なくとも俺を超えるところまでは行くんじゃないかな」
「じゃあ、こいつを完璧にマスターすれば、」
キューは唇を一度なめた。
「……レッドリボンをつぶせるな」

「お、おいおい……」
俺は驚いて言葉を詰まらせた。
「復讐する気か?」
「当然だろ?」
キューは上目遣いに俺をにらんだ。
「それだけのことをあいつらはしたんだ」

「馬鹿な……」
俺は首を振りながら言った。
「いや、気持ちは分かる。
 分かるがその気持ちは、抑えなきゃいけないもんだ。
 抑えなきゃ、命がない」
俺はもう一人の姉弟に目をやった。
「アールもやる気なのか?」

アールは下を向きながら歩いていた。
手を気巧砲を撃つときのような形にしている。
その手のひらのまわりに、通常より高い気が集まっているのが分かった。
気のコントロールに成功したのだ。
アールはそこで顔を上げた。

「私はどっちでもいい。でも、」
アールは再び顔を落として、気を練る練習を始めた。
そして言った。
「私たちが本当に強くなれるというんなら、
 その力を復讐に使わない理由は無いんじゃない」
「強くなれると言っても、俺を超えた程度でとどまるはずだ」
「充分だろ?」
キューが挑むような口調で言った。
「ヤムチャさんは強い。
 古い人造人間よりは強いって自分で言ってたじゃないか。
 それに、ヤムチャさんは結局16号とまともに戦ってない。
 本当にあいつより弱いかどうか分からない。
 姉さんは弱いと見たみたいだけど。
 どっちにしても、たいして差は無いんじゃないか?」

俺は頭を抱えたい気分だった。
キューは突然高いレベルの力に触れたせいで、
その大きさを判断できていない。

遠いところにいるものからすれば、太陽も月も大きさは同じだ。
でも月は壊れやすいか弱い星だ。
太陽はでかい。素材から月とは違う。
エネルギーも元気玉に影響するほどだ。手を出せば、火傷する。
そしてもっとでかい星もありふれている。

俺がこの中のどれにあたるかは、プーアル、お前には言わなくても分かる。
だがこの時点のキューには、言葉を尽くしても理解させるのは難しいだろう。

「……失敗することを考えるべきだ。
 そして俺が失敗すると忠告していることも、な。
 もし成功する見込みがあるんなら、俺は無理に止めたりしない。
 慎重になれ。お前らがどれだけ多くの命を背負っているかは、
 俺よりお前らの方が知っている」
「だから復讐するんじゃないか。
 ヤムチャさんが知らないたくさんの人の恨みが、晴らされずに残ってるんだ」
「俺は一度殺されたことがある」
俺は話の切り口を変えた。キューの表情が少し動いた。

「殺したのは昔の敵の一味だ。下っ端だったがな。
 その戦いの間に、俺の仲間のほとんども一度死んだ。
 一味は敗れたが、一人生き残った。
 そいつは……、
 色々あって、俺と同じ場所に暮らしていたことがある」

「過去形だな」
アールが指摘した。
「ヤムチャさんがそいつを消したわけ?」

「いや、俺が引っ越しただけだ。
 引っ越した理由もそいつには関係ない(帰れない理由には関係してるけどな)。
 近くで過ごしていた当時、
 俺も復讐を考えなかったわけじゃない。
 それだけの理由はたぶんあったと思う。
 だが俺はやらなかった。
 実力の差ってのももちろんある。
 でも、もっとそれ以前の話で、
 俺とそいつの関係は、それほど悪いもんではなかったんだ。意外とな。
 思うに、恨みから解放されるのには、復讐は必須じゃないんじゃないか?
 それしかないように思える状況でも、
 時間が過ぎれば違ってくるもんだ。違うと思うか?」

「そうかもしれない」
キューは一歩譲った。
「でも、レッドリボンを潰せるだけのパワーを手に入れても、
 何もしないで時間を過ごすってのはいやだね」
「それだけの力が手に入らないから言ってる。
 俺は今まで十年以上修行して、やっとここまでだ。
 お前たちがいくら才能があっても、3年後に間に合うと思うか?」

キューが何か言おうとした矢先、まったく違う方向から声がした。
気配は感じなかった。
「ヤムチャの言うほうが正しい」
人造人間16号が、木陰からゆっくり歩み出てきた。
「お前たちの復讐が完遂されることは無い」

真っ先に動いたのは俺だった。
今まで隠していた気を解放し、
サッカーボールにでもするように、16号の頭部に思い切り蹴りを浴びせた。

16号は避けようとしなかった。蹴りを受けながらニッと笑った。
何かが動いたような気がしたときには、俺は吹っ飛ばされていた。
16号の左ジャブだと分かったときには、
俺は受身も取れずに近くの岩壁に打ち付けられていた。
すべてがワンテンポ遅れていた。16号の速さは桁違いだった。

一呼吸あって、キューとアールが同時に飛び出した。
「よせ、やめろ! 今度は命が無い!
 俺の言うことは聞くって言ってただろうが!」

双子は俺の言葉を無視した。
計ったように正確な平行の軌道を取って、16号に向かって突進する。

アールは飛び上がって
16号の視界をふさぐようにしながら顔面に蹴りを放った。
キューはアールの身体をくぐるようにして
下段から急所目掛け足を振り上げた。
いい連携だった。
だが16号はわずかにバックステップしただけでそれをかわした。

振り下ろすアールの足と、蹴り上げるキューの足が絡まり、隙が出来た。
その足を16号に横からはたかれ、
双子は地面を転がるようにして吹っ飛ばされていった。

「手加減かよ。どういうつもりだ? これから命がけで戦おうって時に」
俺は言った。
双子の気は消えていない。
それに16号はこの状況でも気配を消したままだった。
「命がけで戦う?」
16号は眉を少し上げた。
「俺の方には、そのつもりはない」
「ああ……」
頭に血が上った。俺は乱暴に起き上がった。
「そうかい!」
前傾姿勢で16号に向かって突っ走った。
新狼牙風風拳。狙いは再び頭部だ。
だが次の瞬間、俺の手刀は空を切っていた。

反応する暇もなく、16号に後ろから突き飛ばされた。
俺は地面に突っ伏した。動きは、見えなかった。

「俺は戦うつもりはない」
16号の声が背後から聞こえてきた。
「俺がお前たちと戦おうとするなら、それはもう戦いにはならない。
 一方的な、そう、狩りというやつになるだろう。俺にはそれは好ましくない」
「だからって、どうする……?」
俺は起き上がりながら聞いた。
「戦う以外に無いんじゃないのか、この状況」
「ここで死ぬか、それとも違う道か、選ぶのだ」
16号は淡々とした口調で言った。
「17、18号の設計図を出せ。10号の資料もな」

俺は舌を打つと、懐から3つの紙束を取り出した。
こんなことなら内容をもっと読んでおくべきだった。
いや、同じか。読んでも理解できないし、
理解してもどうせこれから俺はゲロに囚われる。
それか、殺される。

俺は名残を惜しむように、設計図を開いてみた。
紙を止めてあるクリップに手が触れた。
クリップはかすかに熱を持っている。何故熱を?
一瞬考えてから、俺は声を上げた。
「……まさか」
「そのクリップは発信機だ。ドクター・ゲロが事前に仕掛けていた。
 俺はその反応を追ってここまできたのだ」

ゲロの異常な周到さに、俺は舌を巻いた。
ペンギン型のロボット、ガス爆発、その後の密室、
隠し扉、そのすべてをクリアされたときにそなえて、
まだ罠を仕掛けておくとは。

レッドリボン軍が滅びてから10数年。
彼はその間ずっと復讐のために動いていたのだ。
そして計画を練っていた。
俺のような者が計画を邪魔しに来ることにも、
当然備えはしていたわけだ。わずかな憂いも残さないように。

16号が大きな手を差し出してきた。
その手に資料を乗せようとすると、何故か直前で引っ込めた。
「いいか、俺が
 この資料を受け取った瞬間に生まれた隙を、お前たちは突くんだ。
 渾身の技を浴びせられ、俺は一瞬体勢が崩れる。
 その間にお前たちは逃げ出す。上手く隠れろ。俺はお前たちを見失う」
俺はぽかんと口をあけた。
「俺たちを逃がそうって言うのか?」
「俺が受けた命令は、設計図を取り返してこいということだけだった。
 それに俺はソン・ゴクウ以外を狩ることに興味はない」

「興味がないからってお前……」
言いかけたが、深く追求するのはこちらの得にならないと思ってやめた。
「……いいんだな?
 知らないぞ、失敗作扱いされてスクラップになっても」
「失敗作、か。
 ……可能性はあるが、廃棄されることはないだろう。
 せいぜい配置転換と俺は見ている。
 おそらく、とある生物が暴走したときに止める役だ。
 戦いよりも気楽だ。かえっていい話だとも言えば言える。」
「お前の言うことはよく分からないな」
俺は笑いながら言った。
3年後にこの男と戦わずに済みそうなことが、何故か嬉しかった。
「……じゃあ、資料を渡すぞ」
「待て。双子が起きてきていない」

キューとアールは起き上がり、俺のそばまで歩いてきた。
俺は手短にこれからの行動を指示した。

「お前たちの復讐が完遂されることはない」
16号が双子に向かって言った。
「なぜなら、
 復讐の相手であるレッドリボン軍が、3年後に完全に滅びるからだ。その予定だ」
「滅びる?」
キューが聞きとがめるような口調で言った。
「ヤムチャさんたちに負けるってことか?」
「いや、人造人間は残る。そしてソン・ゴクウを殺すだろう。
 しかしレッドリボン軍の残党42名は全員自ら身を滅ぼす。
 狂信のために。
 自分の生命を、新しい人造人間のエネルギーの足しにするためにな」
「何かの実験台になるってことか?」
「それは少し違うが、本当のことを教える気は無い。
 教えるのは、お前たち双子の復讐は無意味になると言うことだ。
 放っておいてもレッドリボンは消滅する」

16号はそこで言葉を切った。
どうやら話はこれまでということらしい。
俺は16号に資料を渡した。
16号はそれをざっと確かめると、小さくうなずいた。

それを合図に、俺は渾身のかめはめ波を16号に浴びせた。
16号はワンテンポ遅れて地面に寝転がった。
わざとらしくて、少し笑えた。そして俺たちは走り出した。

「今の衝撃で、枝のツグミが飛び立ってしまった」
小走りに10メートルほど進んだとき、背後の16号がつぶやくのが聞こえた。
「昔命令で東の都に調査に行ったことがある。
 そこでもあの鳥が鳴いていた。
 こことは比べ物にならない数だった。そのせいで空気さえ違って思えた。
 鳥を好きになった。その鳥を育む外の世界もな。
 俺はこれから研究所に戻るが、
 お前たちはあそこに戻る必要は無い。たとえ復讐のためにだとしても。
 お前たちはこれから世界をめぐり、鳥の声を聞くのだ」




12話

「ヤムチャさん」
16号との対峙から5分ほどが過ぎていた。キューが口を開いた。
「さっきのさ、16号に撃ったでかいエネルギー波。あれは、フルパワーでやった?」
「ああ……」
俺は半分上の空で答えた。
「フルパワーだ。死にはしないと思ってやった。
 実際死ななかったな。ダメージもあるかどうか」

「じゃあ……」
キューは言いづらそうに視線を宙にさまよわせた。
「……俺の方が間違ってたみたいだ。
 16号は、残念だけどヤムチャさんよりずっと強い。
 俺たちが3年修行しても、追いつけそうにないみたいだ」
そういうと少し目を伏せた。
「レッドリボンを潰すのはやめるよ。
 でも恨みまで忘れるわけじゃない」
「ああ、それでいい。簡単に忘れられても困るしな」

「それと、強くなるのもやめる気は無い。
 これからも武術とか、教えてくれよ」
「ああ、……いや、」
俺は顔を上げて答えた。
「知り合いに、武術の神様と呼ばれる凄い師匠がいるんだ。
 教わるなら俺よりあの人の方がいいだろう。
 あとで紹介してやるよ」

そして俺は再び上の空に戻った。
16号の話したことを考えていた。

16号は妙に俺たちに好意的な言動を取っていた。
たとえば最初に会ったときも、
彼は命が惜しければ研究室に近づくなという意味のことをいった。
そのあとすぐゲロのコンピューターの勢力範囲に入り、
キューとアールが負傷した。
あれは忠告だったと考えるべきだ。

彼は話の節々にヒントを織り交ぜている。
そしてそのヒントは、基本的に双子を助ける内容を取る。
俺を助ける気はあまりないようだ。
ゲロのコンピューターに俺の情報を登録するのに、
特に躊躇はなかったようだから。

16号との最後の会話を振り返ってみる。
そもそも無口な16号が、
俺たちの去り際にあえて声をかけるのも少しおかしなことだ。
何かヒントが隠されているはずだ。

彼は昔命令で、東の都に調査に行ったことがあるらしい。
たぶんこれがそのヒントだろう。

さて、何の調査か?
この一連の出来事の中で、調査が必要そうなことは一つしかない。
……人造人間の実験台を探したんだ。

たしか彼はサーチシステムとかいう、
調査活動に向いていそうな能力を持っていたはずだ。それも自分から明かしている。

さらに彼は別のところで、レッドリボンの残党がたったの42名だと話している。
つまりゲロが言った、
レッドリボンの手が世界中に広がっているというのはハッタリだ。
実際はレッドリボンの勢力範囲は広くない。
人造人間の素材探しは、人造人間のみに任されていた可能性が、わりと高い。
まともに働いている人造人間は、16号一人のはずだ。

そうなるとおそらく――
おそらく彼は、天才児キューとアールの存在を、ゲロに報告した張本人だ。

村の襲撃にまで加わっていたのかは分からない。
村を一つ潰すくらいのことなら、
人造人間の力まで必要としなかったとは思うが、分からない。
とにかく彼は村人たちが3年近くも囚われることになるきっかけを作った。
だからできる範囲で双子に味方することにしたんだ。

研究所内での立場が危うくなることを分かっていて。
配置転換とやらのリスクを省みず。

彼は許されるのだろうか。

「ヤムチャさん」
アールが俺の服を引っ張って、俺は我に帰った。
「道がある。それと、人がいる。
 あれ、警察って奴じゃないの」

少し先で岩場が途切れ、北の都と他の町をつなぐ山道が通っている。
その道の端には一台の車が止まり、
横にメガネをかけた中年の男性が立っていた。
制服は確かに警官のものだ。
車の中には、もう一人の警官と顔に傷のある男が座っている。

「ええ、確保しました。
 はい、さっきです。5分ほど前。
 観念したみたいで、自供を始めてます。同僚が話を聞いてます」
メガネの警官がトランシーバーに向かって喋っている。
つまりこの近くにたまたま何かの犯人が逃げ込んでいて、
追いかけてきた警察に捕まったという状況らしい。

「どうする?」
アールが小声で聞いてきた。
「そうだな……」
一般人の警察を巻き込むのには少し抵抗がある。
しかし車の機動力は魅力だ。
それにレッドリボンが銃器を使ってくる限り、俺が弾を止めれば済む。
「よし、俺が少し話をしてくる。
 運がよければ車で街まで送ってもらえるぞ。少し狭いだろうけどな」

これでようやく事件にカタがつくわけだ。安心して少し饒舌になる。
「街についたら、飛行機を買ってカメハウスって場所に向かう。
 お前たちはしばらくそこで暮らすことになるんじゃないかな。
 さっき話した俺の師匠と、カメと、俺の兄弟弟子がいる。
 面倒見のいい奴だから、お前らを任せても安心だ」
「任せる? ヤムチャさんは別の場所?」
「ああ。俺はちょっと東の都に行く」
16号は東の都の調査に出て、双子がいた村を発見したわけだ。
徹底的にさがせば何か手がかりが残っているかもしれない。

……いや、違う。それだけが理由じゃない。
村を探すだけなら、双子と一緒に行ってもいい。
このとき俺は、双子と別れなきゃいけないと考えている自分を自覚していた。

16号が双子に肩入れする理由を考えているうちに、気づいたんだ。
俺も双子に肩入れしている。たぶん普通の範囲を超えて。
16号の場合は罪の意識が原因だった。では俺は?
俺は、おそらくあの双子に、
自分が失ってしまったものを見出していたんだ。

理由を話そう。
俺がブルマと別れたときのことだ。お前には当然話しておくべきだった。
こんな砂漠までついてこさせてしまってな。
酒……はやめておくか。

俺は昔から結婚という奴にあこがれていた。
おそらく家族がいない時期が長かったからだろう。
お前に会って少し治まった。そもそもたいして強い気持ちでもなかった。
だが憧れは依然として俺の中にあった。

にも関わらず、
俺とブルマとの関係は10年以上の間恋人から先に進むことがなかった。
時々喧嘩して、しばらくして仲直りする。
この二つのことを繰り返すたびに自動的に調整されるのか、
俺たちの間の距離はずっと一定に保たれていた。

長く続いた関係を変えるのには少々力が要る。
俺の憧れはそれほど強くはなかったのだろうし、
ブルマは関係を変えないほうに力を働かせていた気がする。
彼女は堅苦しさのない、形にとらわれないつきあいを望んでいた。
俺もそれでいいような気がしていた。

だが悟空の例のセリフ……例のといっても、お前は覚えているかどうか、
「丈夫な赤んぼ産めよ」という、
たぶん何気なくいったあの言葉が、俺の気持ちを少し乱した。
ブルマの気持ちも、たぶん動いた。
結婚という奴に対する、お互いの意識のずれが、
少しずつ溝を広げ始めた。

俺たちは、どちらからともなく賭けに出ることを決めた。
悟空が言ったように、子供を作ることを一度だけ試してみようじゃないか。
俺たちの未来は、それで決めよう。

数ヵ月後、賭けの結果が出た。
勝敗は、これに勝敗があったならだが、俺の負けだ。

あとは簡単だった。
くっついていた氷が解けて離れるように、ゆっくりと静かに俺たちは別れた。
表向きに浮気性と言う理由を一応用意したんだが、
お前も誰も深くは尋ねてこなかったから、結局そいつは使われなかった。

そしてブルマは形にとらわれずに付き合える男と付き合い、
子供が出来たら産むつもりでいる。
ブルマは、言いたくないが少し年齢が高い。
本当に丈夫な赤ん坊になるか少し心配だが、
俺がどうこういうまでもなく丈夫だろうな。あの両親なら。

……そうだ。俺はたぶん、双子を自分の子供のように思っていたんだ。
結局出来なかった子供のように。

それだけなら問題はない。
だが状況を見れば、双子は両親をすでに失い、この先行くところも特にない。
このまま話が自然に進めば、俺が双子を引き取ることになるだろう。
俺は子供を手に入れられるわけだ。望みどおりにな。

だが俺が本当に望んでいたのは子供じゃなくて結婚だ。
今の俺が今の双子を引き取ることは、双子を、
手に入れられなかった望みの代用品にすることじゃないか?
そしてそれは双子の人生を軽視した、
そう、あのゲロがやったのと同じ、自分勝手な行いじゃないだろうか。

双子はカメハウスで預かってもらい、俺は時々訪ねる程度がいい。
クリリンは誰とでも隔てなく付き合える男だ。
武天老師様は……
アールに言い寄ったりしそうでなんとなく不安だが、なんとかなるだろう。

大体以上が、そのときの俺の心境だった。
話を戻そう。

俺は今後の計画を語り終えると、双子に待っているように指示してから歩き出した。
岩場から飛び降りて、警官に声をかける。
「すまない。この近くで誘拐事件があったんだが……」
「誘拐? あなたのご家族ですか? 犯人から連絡は?」
「いや、そういうのじゃなくて、監禁されていたところを偶然見つけたんだ。
 でも犯人が追いかけてくるかもしれない。
 保護してやって欲しいんだ。14,5歳の子供2人だ」

少しぼかした説明をした。
メガネの警官は目を丸くしてうなずいた。
「はいはい、ちょっと待ってくださいよ」
いったんしまったトランシーバーをまた懐から取り出して、口に当てる。

そして突然胴間声を上げた。
「出てこい、お前ら! 網にかかった! 侵入者を見つけたぞ!」
ざっと音がして、
周囲の草むらからガードレールの向こうから、大量のレッドリボン兵が走り出てきた。

俺は目を丸くした。驚きで意識が軽く飛んだ。
警官のトランシーバーと、研究所の見回りが持っていた
トランシーバーの機種が同じだとか、そんなことを考えていた。

「ほらよ、ヤムチャさん」
横から何か袋が投げつけられた。
"プーアルティー"と書かれたお茶のパックだ。
「リクエストのプーアル茶だ。代金はいらないよ。冥土の土産にくれてやる」
買出し部隊のノッポの男が、にやついた顔で立っていた。
他にも見た顔がいくつかある。

どうやらレッドリボン軍は、残る勢力の大半をここに仕掛けて待っていたらしい。
そしてその罠に俺ははまった。

「パンツァー・ファスト。
 本来は戦車にぶっ放す武器だ。そいつが20ほどあんたを狙っている。
 肉片も残らない、な」
そういえば俺は昔そいつをウーロンの車にぶっ放したことがあった。
今考えるととんでもないことだ。

「あ、あまく見るべきじゃないぜ」
ノッポの隣にいる男が口を挟んだ。
俺に人造人間の居場所を聞かれて答えなかった男だ。
「その男はものすごい運動能力を持っている。ジャンプして避けるかも……」
「20発全部をか?」
別の男があざけるような口調で言った。
「それならこうしよう。
 5発ほどはあの男の頭上に打ち込み、逃げ場をふさいだ上で残りを……」
さらに別の男が言った。

俺はすっと人差し指を立てた。
議論に夢中になっていたリボン軍の連中が慌ててこちらに銃を向ける。
「な、なんだ?」
「計算してるところだ。お前らを片付けるのにどれくらいかかるかってな」
俺は適当に指を折ったり伸ばしたりした。
「1分……?」
「1分だと? 冗談も休み休みいいやがれ!」
「いや、その男なら本当にやるかもしれない。慎重に戦うべきだ」

実際は冗談ではないが嘘ではあった。
指で上を指すことで、背後の双子に"岩場を登って逃げろ"と伝えたつもりだった。

俺は本当に1分で兵たちを始末できるかもしれないが、
残念ながらそいつは、一人で戦った場合の話だ。

他の戦いなら、双子は少なくとも戦場に立っていることは出来る。
だがさすがに対戦車用ロケットランチャーを食らったら死ぬだろう。
銃弾なら止めて終わりだが、ロケットランチャーは止めた後に爆発がある。
双子をかばうのは難しい。

どうやらここで別れるしかないようだった。
何かもう少し、方法があった気もするけれど。

しばらくして、双子の気がゆっくり上へと登りだした。
そして岩場の頂上に達したとき、
双子の気が突然大きくなったり小さくなったりを繰り返した。
気のコントロールを利用して、信号を送ろうとしたらしい。

だが彼らの未熟なコントロール技術では、
意味をなす信号を発することはできなかった。
最後の言葉が「さようなら」なのか
「また会おう」なのかそれとも他の何かか、俺にはわからない。
いつか尋ねる機会があるかもしれないが。
だが信号を送ってきたと言うだけで、そのときの俺には充分だった。

「じゃあいいか、
 5発があの男の頭上の空間、5発が足元、
 5発が脳天、残り5発は状況に応じて適当に、だ。行くぞ。発射!」
話がまとまったらしく、兵士たちがいっせいにミサイルを放ってきた。

そのミサイルが銃口から飛び出す前に、
俺はノッポの兵士の後ろに回りこんだ。そして頭を殴って気絶させた。
兵士たちが慌てて弾をこめなおしている間に、さらに何人かを倒した。

それを数回繰り返して戦いは終わった。1分よりはもう少しかかった。
さて、今別れたばかりだが、双子を追いかけるべきだろうか。

考えているうちに、俺は戦いがまだ終わっていなかったことを発見した。
たちこめるミサイルの白煙をすかして、
あらたな人影がこちらに向かってくるのが見える。
人ではなかった。
全身ツギハギだらけの、あのフリーザのような姿をした痩身のロボットだ。
「10号か」と兵士の誰かがつぶやくのが聞こえた。

10号の手入れについての資料の存在を俺は思い出した。
10号が動作していないなら手入れの必要もない。
現役バリバリではないにしても、
動作可能な人造人間は、16号の他にもう一人いたわけだ。
つまり目の前の俺の敵は、16号より6つほど古い人造人間10号。

人造人間6体分の開発力の差と、俺と16号の圧倒的な力の差。どっちが大きいだろう?
あいにくのんきに様子を見ている暇はなさそうだ。
戦いの中で確かめるしかない。

俺は体勢を低くして地面を蹴った。
狼牙風風拳の構えを取り、10号目掛けて突進する。
10号はヘルメットをかぶっていて顔は見えない。その下から機械的な声がした。
「対象のデータを確認……96パーセントの確率でヤムチャと判断。
 戦闘開始」



13話


激しい衝撃とともに、俺の右手と10号の左手がぶつかりあった。
力はまったくの互角だった。
10号が左利きであることを俺は祈った。

俺はいったん距離をとると、エネルギー弾を放った。
10号は左手でそれを弾いた。
弾かれた光弾はふらふらとあぶなっかしい軌道を描き、
さっきまで双子の潜んでいた岩場を直撃する。

あわてて俺は気を探った。
双子の気はすでに遠くかすかになっていた。

「あぶないところだ。お前の仲間も巻き込まれるところだったんだぜ」
俺は提案してみた。
「場所を変えようじゃないか」
しかし10号の反応はない。
「おい、場所を……」
話の途中に、10号が勢いをつけてこちらに突っ込んできた。
不意を打たれた俺は、かわせずに頬に打撃を受けた。

「……会話、できないのか? お前」
反応はなかった。
どうやらゲロは10号に戦闘以外の能力を備えさせてやらなかったらしい。
10号といえば、
たぶん悟空がレッドリボンを倒した直後あたりで作られているはずだ。
このころのゲロには戦闘能力の開発が最優先だったのだろう。

そんなことを考えているうちに、またも10号が突進してきた。
俺は空を飛んで逃れる。
10号もジャンプして追ってくる。
俺が撃ったエネルギー波を拳で弾き、カウンター気味に右の拳を突き出してきた。
スウェーバックでそれをかわす。

と、そのとき、10号の拳だけがロケットパンチのように飛んできた。
俺はなまじかわしたあとだっただけに反応できず、
地面にまで叩き落された。10号も着地して追ってくる。

10号は、俺が倒れた体勢のまま放ったエネルギー波をジャンプしてかわし、
そのまま宙返りしてカカトを振り下ろしてきた。
避けられず、右の肩に打撃を受けた。

骨が外れたことが感覚というより経験でわかった。
痛覚はほとんど麻痺していた。痛がっている場合でもない。

俺は10号が仕掛けてきたストンピングを転がるようにしてかわし、
左手をついて起き上がった。10号はさらに追いかけてきた。
目標を追いつづけるように設定されていたのかもしれない。機械的な動きだった。

俺は左手で迎え撃つしかない。
最初とは逆に、俺の左手と10号の右手がぶつかり合った。
左手が弾き飛ばされた。
空いたみぞおちに10号の蹴りが飛ぶ。
野球のバッターがデッドボールを避けるように、腰を引いてそれをかわした。
勢いで体勢が崩れた。俺は地面に膝をつき、手もついた。

左手は痺れている。
俺は感覚として感じ取った。一気に勝負をかけないと負ける。

俺は崩れていた体勢から、立ち上がる勢いを上乗せして左のアッパーカットを放った。
今まで後手後手に回っていた俺が突如攻撃に転じたことで、
10号の反応が遅れたらしい。
拳は見事10号の腹に食い込み、彼を宙に打ち上げた。

これまでの短い戦いの中で、
俺は10号が空を飛べないのではないかという疑問を抱いていた。
悟空がレッドリボンと戦ってから、
初めて舞空術を目にするのに3年、自分で使うまでに3年。
10号と言う比較的古い人造人間が、
舞空術のたぐいを身につけていないことは考えられた。

勝つには、そいつを利用するしかない。空を使って戦うんだ。
もちろん仮説が間違いならそれで終わりだが。

俺は外れていた肩を強引にくっつけ、落ちてくる10号に向かって体当たりした。
頭に当たり、10号の上半身が大きくのけぞる。
その隙に彼の足をぐいと掴んだ。
そして10号の身体を
ジャイアントスイングのように振り回し、大きく天空に向かって投げ飛ばした。
「敗北の危険」と10号が言った。こういう場合は喋れるらしい。

俺はかめはめ波で追い討ちした。
今まで放った技と同様に、これは弾かれたのが遠目に分かった。
エネルギー波の類は通じないらしい。

だがすでに高度は充分。
俺は全速力で飛翔して、10号の背後に回りこんだ。

最後の瞬間、10号と視線がかち合った。
ヘルメットにはいつの間にか亀裂が入り、
その下から人間の目がかすかにのぞいていた。

10号は戦闘しかできないただの機械なのか?
それとも戦闘以外の能力を奪われてしまった哀れな人間なのか?

そんな問いが頭を掠めた。
だが俺の肉体は予定した動きを止めはしなかった。
ぐっと両の拳を握り合い、
ハンマーを振り下ろすように10号のヘルメットをぶん殴った。
高高度から勢いよく叩き落された10号は、そのまま何もできずに地面に衝突した。
やはり空は飛べなかったようだ。

炎が上がった。
一瞬、あたりが明るく照らされて10号のむくろを浮かび上がらせた。
鳥の群れが驚いて飛び立った。

俺はほうっと息をついた。
そしてやや高度を落とすと、ゆっくりとした速度で東に向かった。
まだ仕事は終わっていない。
もう俺には双子の気をみつけることはできない。
合流は絶望的だ。
こうなった以上、20名ほど残っているはずのレッドリボン軍の兵士を
できるだけ俺にひきつけて、双子から目をそらさせる必要がある。
そのためにはゆっくりと、兵士の追いつける速度で移動しなければ。

かすかな眠気を感じた。東の空はわずかに青みがかってきていた。
地平線の下の太陽に向かって進路を取った。速度を更に緩めた。

朝とも午前ともつかない中途半端な時間に、東の都に到着した。
役所に行ってみると窓口が開く20分前だった。
今日は最後までタイミングが悪い。

扉の近くで座って待つことにした。
その姿がよほど同情を誘ったのか、メガネをかけた白髪の職員が俺に声をかけてきた。
急ぎなら入ってもかまわないという。
俺は礼を言い、「この近くにある小村の資料を見たいんですが」と言った。
もはや村を探すことの意味は薄い。
だがやめる気にはどうもなれなかった。
「案内しましょう」
職員は人のよさそうな笑顔で言った。

長い廊下を進んだ。研究所の内装と似ているが、雰囲気はまるで違う。
職員は慣れた調子で資料室まで俺を先導し、
資料の詰まったボール箱を出してきて机に置いた。
重みでテーブルがきしむ音がした。

「多いでしょう。整理されていませんのでね。
 その代わり東の都周辺の市町村なら
 どんなに人里はなれた土地でも、ここに記録があるはずです。
 例の事件以降、この手の情報の必要が増しましたのでね。
 手当たり次第かき集められました」
「例の事件?」
「あれ、知りませんか?」
職員は眉を少し上げた。
「あの、
 宇宙船に乗った何者かに都が壊滅させられた、と思われる事件のことですよ。
 多くのものが死にました。東の都に住む者なら忘れることはできません」

さらに10時間後には、
俺は東の都の少し北にある森の中をさまよっていた。

資料で見つけた条件の合う小村のうち、9ヵ所にはなんの手がかりも無かった。
あのナッパの爆発波によって、
村が存在した痕跡すら見つからないこともある有様だった。

俺はナッパと戦う前に死んでいたので、正直彼の印象は薄かった。
天津飯はかなり評価していたようだ。
こうして彼が地球に振りまいた影響を見ると、天津飯の言い分も分かる。

16号は、結果的にこの大災害から村人たちを助けたことになるのかもしれない。
だがそんなことでは誰も納得はしないだろう。
16号自身も納得していなかったから双子に味方したのだ。

10ヵ所めの村があるはずの場所に着いた。
建物は、残骸も含めて見当たらなかったが、
何か電柱のようなものが数本立っているのが目に付いた。

調べてみる。
破れた網らしきものが落ちているのを見て、俺は了解した。
野鳥を取るための罠……の残骸だろう。
空中に張られたカスミ網という網に引っかかると、
鳥は飛び立とうにも飛び立てず、もがき続けることになる。

16号がこの辺に来ていたとすれば、
この罠が現役で働いているのを見る機会があったかもしれない。
鳥が好きだといっていた彼には、面白い眺めじゃなかっただろう。
その光景と、直後に自分が原因で捕らえられた村の人たちの姿が、
彼の中で重なったかもしれない。
これはただの想像だ。そして俺が本当のことを知ることはおそらくない。

考えているうちに日が傾き始めてきた。
あたりは静かで、空気も冷たい。死んだようなという言葉がよく似合う雰囲気だ。
この上夜になったら、滅びた村の調査なんてするのは少し不気味だ。

俺はすぐにその場を離れ、次の村へ向かうことにした。
資料にあった中では最後の村だ。
こちらは猟は盛んではなく、農業で生計を立てていたらしい。

空が夕焼けに染まったころ、村があるはずの場所についた。
今は一面砂地だった。
乾いた砂の上は歩きにくく、疲労した身体にはつらかった。

畑が作られていたのだろう、段々がある。手ごろな大きさの原っぱもある。
見つかるのはそれくらいだった。手がかりは残っていないようだ。
ここもダメか、もう帰ろうと踵を返したとき、
何か違和感を覚えて俺は足を止めた。

空気が変わった気がした。
思わずあたりを見回した。森に囲まれた一面の砂地だ。
気を探った。人間や大きな動物はいないようだ。
最後に耳を済ましてみた。今まで意識していなかった音に気づいた。
数え切れないほどのツグミの鳴き声が、その空間を満たしていた」

ヤムチャは冷めた茶を一気に飲み干すと、ふっと息をついた。
「これで俺の話は終わりだ」
プーアルも茶に手を伸ばした。
そして一口ずつゆっくりと飲みはじめた。

「結局のところ、俺は何の成果も持ち帰ることは出来なかったわけだ。
 10号は破壊したが、肝心の19,20号は設計図も入手できなかった。
 ゲロのコンピューターはどうなったか知らないが……、たぶん壊れてはいないと思う。
 それにゲロ本人は全然無事だ。研究は問題なく進むんだろう。
 17,18号になるはずの人が死んだ影響はあるかもしれない。
 でも彼らを救出するのも俺の目標で、そっちは失敗だ」
「キューとアールは助かったじゃないですか」
「そう、そいつが唯一の希望だよな。
 でも、助かったかどうかはまだ分からない」

ヤムチャはそういうと窓の外に視線を移した。
砂漠は砂嵐になりそうだった。
見通しが悪い。ヤムチャは目を細める。
砂に混じって、避難し損ねた鳥が数羽、風に翻弄されているのが見えた。
「無事でいるといいが……」

実際には双子はゲロの張る網から逃れられなかった。
ヤムチャが進んで軍をひきつけていることに気づいた兵士たちは、
不審に思われない程度に人員を割き、キューとアールの捜索に当てた。
双子と兵士たちの戦いは苛烈なものだったが、
最後には戦いなれした軍隊が勝利を収めた。

そしてゲロは双子を改造した。
双子は死んだ両親が付けられるはずだった名前、17,18号と名付けられた。
記憶は消された。成長にともない容姿も変わった。
性格も攻撃的になった。ようするに別人に変わった。
出会っても、分からないくらいに。

双子は激しく反発したが、
本来の歴史の双子に比べ、ゲロやレッドリボンへの復讐心は薄かった。
そのため、言うことを聞かせるための
パワーを抑える改造の必要も本来の歴史に比べ少なかった。
改造が軽くすんだ分、17,18号は、本来の歴史より強い力を持つようになった。

ヤムチャの潜入は人造人間をパワーアップさせるだけの結果に終わったように見える。
だが真の効果はその先にあった。

悪であったころも、17号と18号は、少なくとも楽しんで人を殺すことはしなかった。
そして18号はクリリンと結婚し、家庭を築いた。
17号は世界を村から村へと渡り歩き、鳥の声を聞いた。
本来の歴史とは全く違う。彼らは人とともに生活することができた。

彼らには残っていたのだ。
心の奥底にほんのわずか、全ての人間が敵に見えていたあのころに、
最後まで自分たちのことを考え、味方してくれた男の記憶のなごり。
「人間は信頼できる」というきわめて当たり前な感覚、
そして外の世界への、かすかな羨望の混じった愛が、彼らの中にはいまだある。
ヤムチャが教えたものだった。



終わりー。