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ヤムチャ屋本舗 

 

687 名前:読みきり・ヤムチャ屋本舗 [sage] 投稿日:03/08/09 23:28 ID:???
大都市の夜―闇に蠢く男達は、そこで生きていた。

光の無い部屋。ドアの開く音がして、足音が無音部屋に響く。
「すいません、わざわざご足労願って…今、電気つけますね」
闇の奥から声が聞こえた次の瞬間、光に包まれる部屋。
「あなたが?」
「ええ、こんばんわ、ヤムチャ屋本舗です」

「自分で言うのもなんですが、僕は世間では『完璧』と言われる人間です」
ベットに腰を掛けた依頼者。年の頃22,3といったところか。
端整な顔立ち。一度も色を抜いたこともないであろう美しい黒髪。
そして何より、黒く深い瞳。一度眼が合うと、もう目線を外すことも出来ない程の―
一目見ただけで、そこらに転がっている男ではないと分かる。
「あなたの経歴を調べさせていただきました。成る程、完璧だ。」
「ヤムチャ屋さん、どうぞ、そこのソファーに」

「コーヒーも出さないですいません」
依頼者は、ベッドの上から言った。
「いえ。まずは依頼内容を…」
「あなた方にお願いすることは、一つしかないでしょう?」
依頼者は、何の感情も示さずに言った。その声は、何故か鋭利な刃物のように感じられた。
「仰るとおり…」
「僕を、ヤムチャにしていただきたい」

ヤムチャ屋には、様々な理由の依頼が来る。
だが、このタイプの依頼は、極めて珍しい。
これ程他人の羨む人生を送っているのに、それを捨てようとする。未練無さげに…
「失礼ですが、あなたは何故ヤムチャに?」
社長は尋ねる。依頼者は、相変わらず表情を少しも崩すことは無い。
「なんだか、面倒になってしまったのですよ」
「面倒?」


688 名前:読みきり・ヤムチャ屋本舗 [sage] 投稿日:03/08/09 23:29 ID:???
「ええ、面倒なんです、何もかも。今こうして話すことも、ね」
「その理由では、何故ヤムチャになりたいのか、私には理解しかねるのですが…」
「それはあなたが知る必要はありません。あなたはただ黙って依頼を完遂すれば宜しいのです」
依頼者は、にこりと笑って言った。辛辣なその言葉は、不気味な鋭利さを一層増していた。
理解するのはあきらめよう―社長は、そう思った。

「説明させて頂きます。今からあなたの体にあるものを入れます」
「あるもの、とは?」
「私の心臓にある、へタレの心―ある法を用いて夜は発動しないようになっているのですが―
 これの一部をあなたに入れます。痛みはありません。ご安心を…」
「成る程…」
依頼者は、少し考えるようにして言った。
「社長。あなたは、ヤムチャなのですね?」
「気付かれましたか…あなたが初めてです、見破ったのは」
「夜はヤムチャではないのですか?」
「ええ、ですが、それは私だけです。特殊な修行を受けねばならないので」
「それを聞いて安心しました」
依頼者は、心底安心した、という風に笑った。何故、彼はそこまで今の自分を嫌うのか?
だが、その事は考えないことにした。
「すいません、話を逸らしてしまった。続きを」

「…以上で、説明を終わります。あ、あとお代ですが…」
依頼者は、ポケットから通帳を取り出した。
「この通帳でお願いします。暗証番号は中に挟んでありますので」
「失礼ですが中身を拝見…はい、了解しました。では、始めさせていただきます」
「お願いします」
依頼者は、目蓋を閉じて、言った。黒き瞳はもう見納めだ―


689 名前:読みきり・ヤムチャ屋本舗 [sage] 投稿日:03/08/09 23:30 ID:???
「ありがとう!感謝するぜ!!」
第一印象、へタレ。依頼者は、そうとしか言いようの無い姿になっていた。
また、ヤムチャが一人、この世へと生を受けた。
「もう遅いですが…後悔は無いのですか?」
エリートからヤムチャに転生した男は
「そんな物、ないさ!すっきりしたぜ!!」
輝くその表情を見れば、その言葉を疑う気も失せる。
「では、私はこれで…いい人生を」
「ありがとうな!本当!!」
社長は、部屋を

「また、増やしてしまった…」
俺のやってることは、罪なのか?
見破られたが、俺は最初のヤムチャだ。
俺は、この仕事をせねば、生きていけない。
ヤムチャには仕事は与えられない。
彼らは、分かっていないのだ。その、つらさを…
人々から向けられる、侮蔑に満ちた視線の毒々しさを…
彼らは、分かっていないのだ。
「いや、何も気に病むことは無いのだ…俺は、求められているのだから」
そう言いながら、ヤムチャ屋本舗社長は、また闇の中に消えた―