読みきり ヤムチャ屋本舗2
246 名前:読みきり ヤムチャ屋本舗2[sage] 投稿日:04/01/24 20:21 ID:P43OUDXw
場末のしがない宴会場。社会の落伍者――所謂”負け組”――が毎夜この周辺で日頃の鬱憤を晴らしているのだ。
いや、晴れない。きっと、それは宴会なんかでは晴れない――――。
「茂野さぁん!! ほれえ、とんと呑みんしゃりぃや!!」
もう完全に出来上がっている中年。それに煽られてもイマイチ乗り切れないこれまた中年。
「いや、私は……この前、会社の健康診断で、キツく言われたんですわ。一日アルコール度数6,5%以上の酒を
二杯以上は呑むな、ってね」
「あんだえー、めでたい場所だべえ。今ときくらい呑んでもバチは当たらんちゃん!」
この時、茂野という名の中年の胸ポケットが震えた。携帯電話である。
「ああ…では、松山さん私はこれで……」
「あんだえー」
茂野は、自分と松山の分の勘定を済ませ、店を出た。ほの暗い店の外に、一人の男が何やらかを待ち構えていた。
「茂野浩二さん、ですか……?」
「あなたが……」
「ヤムチャ屋本舗です」
頬に十字の傷を持つ、へタレオーラをこれ見よがしに発散させている男は、ご存知ヤムチャ――。
「最初は、ただの願望だったんです」
一転して場は大人の雰囲気漂わす高級バーへ。
「私は最初から理解していました。いや、理解せざるを得なかった、というところですか…」
257 名前:読みきり ヤムチャ屋本舗2[sage] 投稿日:04/01/24 23:34 ID:P43OUDXw
「私はそれなりに名の通った一部上場企業に就職し、そこそこマジメに働いてきました。大きなミスもしていないので、
四十代で課長くらいにはなれると思ってやってきたのです。しかし、四十代はいつの間にやら過ぎ、私はまだ係長…。
どうやら、同期がたまたまコネで入った人間の集まりだったらしくてね……私より成績を残していない人間もいるはず
なのに、そいつらは全員俺より上のポスト……やってられねぇ」
「まあまあ…口調が変わってきていますよ……バッチグーでYou Copy? I Copy! なノリで行きましょう」
「いけねえよ!! 日本は腐っている…再生にはまず破壊が必要だ。壊す、日本を、壊す……」
「それが依頼の理由、ですか…?」
「新聞の広告欄に載ってただろ。”力を手に入れたい方にオススメ!!”って…嘘じゃねーんだろう? おう」
いつの間にか、茂野は出されたカクテルをあおりまくっていた。既に医者の警告した限度量を遥かに超えている。
「勿論です。勿論ですが…覚悟はしていただかなくてはなりません」
「覚悟だあ?」
「はい、覚悟を。巨大な力を手に入れる代わりに失うものもまた大きいということです。とりあえず、今の肩書きをかなぐり捨てる
お覚悟がないのなら薦められませんね」
「それが覚悟? はっ! そんなモンとうに越えている!!」
「もう、戻ることは出来ないのですよ? 死ぬまであなたはずっとへタレのままに……人望も、信頼も、尊敬も、永遠に得ることはない」
決して簡単なことではないと、ヤムチャ屋本舗社長は呟いた。
「人望も、信頼も、尊敬も……俺は全てリセットしてみせる!! そして、俺中心の価値観を1から作り出す!!!
俺を慕い、敬い、持ち上げる人間を作り上げるのさ!! その為には一度全てをぶち壊す必要があるんだ! だから、力をよこせ!!」
ヤムチャ屋は、哀れみを湛えた眼で茂野を見た。まるで、結果を見透かしているかのように。
258 名前:読みきり ヤムチャ屋本舗2[sage] 投稿日:04/01/24 23:35 ID:P43OUDXw
「俺は…何故、こんなへタレになっちまったんだ? 何を好き好んでこんな姿に? 分からない、思い出せない……」
三日後まで、茂野だった男はヤムチャになったことを深く後悔していた。
「分からない、思い出せない。分からない…………助けて、誰か…お恵みを………!!」
ヤムチャになるということは、人間の生活を捨てるということだ。ヤムチャには収入を得る方法がない。
西日本における部落差別をより酷くしたようなもので、より厳しい就職阻止プロテクトがかかっている。
しかも、ヤムチャは皆見た目が同じゆえ、判別もしやすい。整形をする者などもいるが、独特のヤムチャスメルなど他多数の特徴
も存在し、全て隠し通すことは不可能といわれている。
「お恵みを、お恵みを………」
「ヤムチャとは、忘れることだ」
いかなる目的を持っていようとも、脳内の”へタレ思考”に全てかき消される。残るは、一般人より上、という程度の力のみ。
「こっちも、こうでもしないと生きていけないのさ……」
ヤムチャ屋本舗社長は、またも雑踏の奥に消えた――。