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鬼と愛と狼と


西の都の超高級会員制ジムに今日もまた巨大な炸裂音が響き渡る。
熱気にあふれるジム内。その熱気は、たった一人の男から発せられていた。
男の周りには、見るも無残に破壊されたトレーニングマシンの数々。
男が全て素手で破壊した物だ。
 「ヤ・・・ヤムチャ様・・今日はこの辺で終りに・・・」
 「なんだ?お忘れか?このジムの運営金は、ほとんど俺が払っているということを」
男の圧倒的な権力、そして腕力を含めた身体能力の前に、ジムのオーナーは成すすべがない。

3年後現れるという人造人間に対抗する体を作るため、ヤムチャはトレーニングをしていた。
修行ではない。あくまで「トレーニング」である。
バーベルを素手で握り潰し、ベンチブレスを破壊する。
常人から見たら、化け物の仕業としか思えないような所業だが、彼にとっては
ただのトレーニングだった。
この3年間は、違う。俺の・・・武道に対する熱い思い。
天下一武道会に向けての3年間、どんな3年後、自分と対する敵はどんな強敵なのか・・・
それを考えるだけでワクワクし、そして勝利のために身体を鍛えていた。
1年後、サイヤ人が地球にやってくる・・・。あの時は「地球の運命」を自分が背負っている
というプレッシャーを感じながらも、未知の強敵の存在にワクワクしていた。
だが、今は違う。
ヤムチャは考える。このなんとも言えない脱力感・・。これはなんだ・・・。
答えはすぐに見つかる。これは・・「諦めの気持ち」
自分が今、どんな手を使ってでも勝てないであろうピッコロ。そしてその上を行くベジータ。
そしてそんな二人の、はるか遠くの次元に存在する、超サイヤ人。
そして人造人間・・・。俺の出番が無いことは明らかじゃないか・・・。


無意識のうちに、「諦めの気持ち」が増長していったのだ。その結果がこれだ。
巨大な山をも吹き飛ばせる力を持っている自分が、こんな辺鄙なジムで毎日汗を流している。
きっと自分に言い聞かせているんだ。オレはこれでも身体を鍛えているって・・・。
無駄だけど・・・もう本格的な修行をする気にはなれない。だから・・・。
ヤムチャは立ち上がった。
 「カプセルコーポレーションまで頼む」

ハイヤーに乗ってついた先はカプセルコーポレーション。ブルマの家だ。
インターホンを押すと、あの明るい声と共に彼女が出てくる。もっとも、もうヤムチャの女ではない。
 「あらヤムチャ。どうしたのいきなり」
一体何年この女と付き合ったのだろうか。ヤムチャは思う。いつの間にか、自分にとって
かけがえのない存在になっていた。それが・・・もう自分の物ではない。
このかつてない脱力感。もしかしたら、彼女がいなくなった分、抜け落ちてしまった自分の心の
中が腹を鳴らして訴えているのかもしれない。満腹にしてくれ・・・と。
 「ああ、ドラゴンレーダーを貸してくれ。今すぐだ」
 「え?いいけど、何に使うの・・?まさか新しい彼女(ry」
 「俺が強くなるための・・・答えを神龍に教えてもらうんだ」

ドラゴンボールは一週間程で集まった。ヤムチャは一人神龍を呼び出す。
現れた巨大な龍は、ヤムチャに問いかける。願いはなんだ・・・?と。
 「単刀直入に言う。オレは今かつてない程に腑抜けてしまっている。ヘタレだ。
 俺がこれからさらに強くなるため、どうしたらいいかを教えてくれ。わからないんだ・・・」
神龍は答える。
 「たやすいことだ・・・」
龍の瞳が赤く輝きだすと同じに、ヤムチャの身体も光に包まれた。


ー東京、横田基地。
史上かつて無い、猛烈な親子喧嘩がここで行われていた。
 「キャオラァッッ!」
 「強え男には匂いがある・・・俺の好きな香りだ・・・」
仁王立ちする長身の男に、容赦なく殴りかかる少年。そして周りには20人程のギャラリー。
長身の男の名は範馬勇次郎。またの名をオーガ。地上最強の生物。
そしてその息子、刃牙。二人は戦う運命にあった。
勇次郎の女、そして刃牙の母、江珠。彼女は二人の戦いを見守る。
 「なあ江珠、今日喰っちまおうぜ・・」
不気味な笑みを浮かべる勇次郎。その顔を見て、江珠は心の底から喜ぶ。江珠は
勇次郎を喜ばせるために、刃牙を育て、そして刃牙は母に愛してもらうために強く・・・。
 「刃牙・・・お父さんを喜ばせなさいッッ!」
 「喰うぜ」
勝負は一瞬。息子は父の一撃を受け、地面へひれ伏した。
意識を失った息子に、父は容赦なく攻撃を続ける。刃牙は死ぬ・・。自分が育てた息子の死・・・。
 「バッカみたい・・・」
江珠がふらふらと勇次郎へと近づいていく。江珠の心には、遅すぎた母性本能の目覚めが始まっていた。
と、同じに勇次郎も動きを止める。
 「いい匂いだ・・・。なんでかな・・・今日は最高の夜になりそうだ・・・」
勇次郎はくるっと後ろを向いた。周りのギャラリーも一斉にその方向を向く。
 「ここは・・・どこだ・・?神龍の奴、こんなところに答えがあるってのかよ・・・」
 「よう優男さんよ、散歩の途中なら悪いが、ちょいと俺と遊んでくれないか・・?ちょっとでいいんだ」
 「む・・・・。ほう、荒削りではあるがなかなか心地よい気だ・・。神龍め、これが答えだとでも
 いうのか・・。まぁいい。眠っていた俺の心の狼を起こすには丁度良さそうな相手だ・・」

範馬勇次郎 対 ヤムチャ !!!開始!!!


ヤムチャは相手の・・勇次郎の戦闘力をおおよそ見抜いていた。
サイヤ人達の言う戦闘力でいったら、5〜6000ぐらいの力は持っているか・・・。
あの時、俺の大事な命を奪ったサイバイマンとかいう化け物を出したハゲ頭。
あいつぐらいの力は持っている・・・。しかし、界王の元で修行した今の俺なら楽勝・・・・。
 「サーチは終ったかい?」
 「!?」
勇次郎がヤムチャに問いかける。
 「インテリにはわからんかもしれんが、そんな戦いはつまらないものだ。
 本能が戦いを欲しているのだよ。本能が戦い方をおしえてくれるのだ。あんたも
 無駄な考えは捨てて、全力で俺にぶつかってきてくれや。最高の夜になると確信している・・。
 ふん、いつになく多弁になっちまったな・・」
この男・・・戦いが生活の一部・・・。いや、それ以上のウエイトをしめている。
こんな男に出会えるとは・・。恐らく俺より戦闘力に関して言えばかなり低いだろう。
だが、それなのに俺はこの男に惚れかけている。いや、この男だけにではない。
俺もかつてはこんな輝きを持っていたはずだ・・。昔の俺を惚れ直すッッ。
ヤムチャは額から流れる冷や汗をペロリとなめ、フッっと笑った。勇次郎もそれに呼応するように笑う。
 「行くぞ」
 「いつでもいいぜ」
ドンッッッ!!
勇次郎の身体が、遥か遠くへと吹き飛ばされる。何が起きた・・・?あたりにいるギャラリーは
花山薫をはじめ、それなりの格闘家としての力を持っている。そんな彼らがまったく反応出来ない速さ。
狼牙風風拳であった。長年封印、いや・・恥ずかしくて使っていなかったこの技。
この男には、この技で勝負する。ヤムチャはそう決めていた。
500M程先に倒れこんでいる勇次郎を、ヤムチャは追撃する。これで決まりッッとは思えない・・。
ヤムチャの拳が、倒れている勇次郎の顔に触れるその瞬間・・。
「邪ッッ」


音速のジャブ。かろうじてかわすヤムチャ。勇次郎はノーダメージ。
 「い〜い一撃だった〜 一番風呂に入った気分だ・・・気持ちよかったぜ」
鬼・・・オーガッッ。ヤムチャは勇次郎を見てその二つの言葉を思い浮かべる。
当然、ヤムチャは彼の名前も俗称も知らない。しかし、ヤムチャの目の前に立つ範馬勇次郎という
男を言葉で表現するには、鬼という言葉以外思い浮かばなかった。
先ほど計測した大体の戦闘力。それ自体は変わっていない。だが、何か得体のしれない強さ・・・。
ヤムチャは勇次郎からそんなものを感じ取っていた。強い・・・ッッ。
 「はああぁぁぁぁ!!狼牙風風拳ッッ!!」 
 「フンアッッ」
拳と拳の攻防。両者共、クリーンヒットのないままその状態は数分続いた。
楽しい・・・。戦いが、こんなに楽しいとは・・・。
ヤムチャは勇次郎の顔を見る。笑っている・・・。ああ、そうか。お前も楽しいか。
そうだな。楽しいな・・。このまま二人でこうやって・・・
 ドンッ
突然、地面がさかさまに見える。な・・何が起こった・・?あっけにとられるヤムチャ。
 「足元がお留守だったぜ」
足払いッッ・・。一瞬の油断がヤムチャの反応を鈍らせた。
屈辱的な言葉と共に、勇次郎の蹴りがヤムチャの右足を襲う。クリーンヒット。よろけるヤムチャ。
 「屈ッッ」
左足で地面を蹴り、勇次郎との間を取るヤムチャ。間髪入れずに向かってくる勇次郎。
その姿を見たヤムチャは、とっさにあの技の構えをとる。
 かめはめ波・・・・。
しかし・・・これを使ってしまうと、さすがの彼の身体もコナゴナに・・。今の俺では
手加減も出来そうにない・・・。どうする・・・
 「どうした・・・?使いなよ・・・。手加減は許さないぜ・・・」


勇次郎の言葉に、ヤムチャは吹っ切れる。
 「波ァァァァァー!!!!!」
手から発せられる閃光、そして直後の大爆発。これは夢だ・・。周りのギャラリーはそう思い始める。
爆炎に包まれた勇次郎。その姿をうかがうヤムチャ。
勝った・・・。結果的に、俺の反則勝ちのようなものだが・・・。
偉大な戦士だった。絶対に忘れない・・。忘れな・・・ッッッッッ・・・
 「さすがに効いたぜ・・・・・」
勇次郎は存在していた。かめはめ波に耐えた。両腕はほぼ骨のみの状態。
髪の毛は焼け落ち、恐らく身体全体が重度のやけどを負っているはず。しかし、勇次郎は耐えた。
 「どうした・・?攻めてこないのか?・・・」
ヤムチャを挑発する勇次郎。
尊敬するよ・・・。そして、だからこそ・・・全力でとどめを刺させてもらうッッ!
 「アビジョォオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!」
ヤムチャ、突撃。狙うは勇次郎の頭のみ。狼牙風風拳、発動! にやりと笑う勇次郎。
そう・・・それでいいんだ・・・。
 「モラッタッッ!」
グシャッ!

 「勇次郎・・・・・」
ヤムチャの渾身の一撃・・。それを全身で受けたのは勇次郎でなく、江珠であった。
一度は母になりかけた江珠。しかし、死を目前にした愛する男を前にし、狂気と化した愛情は
自己犠牲の精神へと変貌。ヤムチャの拳から、勇次郎を身を挺してかばった。
 「なんて・・・いい女なんだ・・・」
すでに息のない江珠を抱きしめ、そして握り潰していく勇次郎。
愛・・・。愛か・・・。そうか・・やはり愛だったんだ・・。ヤムチャは悟る。


この男、範馬勇次郎の強さを作り出しているもの、それは愛ではない。だが、俺の強さの源。
それは愛だった。それを気づかせてくれた。この戦い、勇次郎、江珠・・・。感謝する・・・。
俺は・・・ブルマとヨリを戻すッッッ

その時、ヤムチャの身体が再び光に包まれ、そして消えていった。

数日後・・・

 「あら、ヤムチャ。どうしたのよ、そんな傷だらけになって・・」
 「ああ、ちょっと本格的に修行を初めてな・・。それより今から映画でも見に行かないか?」
 「え・・・ええ。でも・・・ベジータと約束が・・」
奥からベジータが現れる。じっとにらみつけるヤムチャ。
 「なんだ?貴様ごときが修行をしたからといって、3年後勝てる見込みはゼロだ。
 大人しくしていたほうが身のためだぞ」
 「ヘッ やってみなきゃわからんだろう。とりあえず、オレは第一目標をあんたに決めた。
 この場で手合わせ願おう」
 「ほう・・・いい度胸だ。無謀だがな・・」
ブルマ・・横で俺の戦いをよく見ていてくれ。そして何か感じるものがあったら・・・。
その時はまた、俺の元へ帰ってきてくれないかな・・・?

おしまい