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こんな一日




「……ああ、空って奴はどうしてあんなに青いんだろうな」

誰に言うとも無く、呟く。
独り言を呟く癖は随分前に矯正したつもりではあったが。

公園のベンチに――ちょうど仰向けになる体勢で――寝転びながら、空を見上げる。
自由気ままな雲をうらやましくも感じながら、ゆっくりと身体の力を抜いた。
流れる雲を目で追うようにして、視線を泳がせる。
「はぁ……」
自分でも気付かないうちに、ため息が口をついた。
「まったく……空はこんなにも青いってのに……」
どうしてオレは無職なんだろう。と、声には出さずに呟く。

黒髪黒目、革のジャケットに身を包み、青いGパンを穿いた男。
格別に何かあるといった風貌でもないが、頬についた十字傷はこの男がどこか平凡ではないと思わせるのに十分でもあった。

「春先に公園のベンチでぬくぬくと……平和だなぁ……」
またも独り言を呟きながら、頭だけを横に向け、公園を見渡す。
普段ならば子供たちの姿が見えるこの公園も、平日の昼前ともなると誰かが来るということは滅多にない。
浮浪者や暇な奴らが時間を潰しには来るかもしれないが――胸中で付け足しながら、自分もその「暇な奴ら」なんだなと笑う。

……まぁ、こんな天気のいい日に汗水流して働くなんて、オレの性にはあってないか……

暖かい春の日差しが降り注ぐのを感じながら、ヤムチャはゆっくりと目を閉じた。

どのくらい、そうしていただろうか。

不意に、腹の辺りから何か音が鳴っているのを感じ、ヤムチャは身を起こした。
公園にはいつの間に来たのだろう、何人かの子供が備え付けの遊具を占領しようと躍起になっている。
まだぼんやりとした頭を覚ますのも面倒に感じてはいたが、とりあえず時間を知ろうと腕時計を見る。
買ってからそう日にちのたっていない真新しい時計の針は、午後2時過ぎを指していた。
別になんということのない時間でもあるが、ちょうどお腹のすく時間ではあった。
(なるほど、さっきのはオレの腹の虫が鳴いてる音だったのか……)
胸中で呟きながら、それまで身をゆだねていたベンチから立ち上がる。
そのまま公園を立ち去り、とりあえずは繁華街の方へと移動することにした。

――もっとも、繁華街に来たところで何が出来るというわけでもないんだが――
毒づきながら、この時間は一番人通りの多いであろう大通りの真ん中を歩く。
すれ違う人々の中にいくつか見知った顔を見つけた気もしたが、ヤムチャは話しかける気にはなれなかった。
この連中は本当に何らかの目的を持って行動してるんだろうか?
そんなどうでもいいことを考えながら、賑やかな繁華街を歩く。
美味しそうなにおいがどこからともなく流れてくるが、だからといってそれを食べることが出来るわけでもない。
ヤムチャは道の端っこへと寄りながら、懐から古ぼけた財布を取り出した。
とんでもなく軽い財布を、それでも少しは重さを感じようとしながら、財布の口を空ける。

いまどき珍しいガマ口の財布の中には、どれだけ凝視してみても13ゼニーしか入ってはいなかった。

「人生って、どうしてこうも上手くいかないんだろうなぁ……」
道端で財布を覗きながら、涙を流しつつヤムチャはブツブツと呟いた。
道行く人が奇異の目で自分を見ているのがわかるが、だからどうということでもない。

……だが、さすがに人々の視線が痛くなってきたので、とりあえず裏路地に入ることにした。

路地裏は、昼間でも暗い。
……もっとも、夜になればもっと暗くなるのではあったが。
どだい街の灯りが消えないとしても、その灯りが届かない場所ではある。
そんな暗い路地裏を、ヤムチャはのんびりと歩いていた。
春先のうららかな日差しは降り注がなくとも、春風の匂いはこんな路地裏にさえも届いてくる。
だからこそであろう。普段ならば浮浪者やちんぴらがたむろしているはずのその場所には、今では誰の姿を見ることも出来なかった。
「……まあ、春先にはみんな働き者になるって言うしな」
言いながら、足元の小さな石を蹴る。
きれいな放物線を描いて跳んでいったその石は、路地裏のさらに向こう――つまり、大通り――の方へと消えていった。
あれだけ人通りの多かった道である。恐らく誰かに当たっているだろう。
いくら小さな石とはいえ、かなりの高さから勢いをつけて落ちてくることになる。命中すればただでは済むまい。
……当たった人、ごめんなさい。
頭の中で、不運な被害者に謝りながら、ヤムチャは口笛を吹いた。

と、先ほど石が跳んでいった辺りからであろう。救急車が鳴らすようなサイレンの音が聞こえてくる。
それと共に、人々の罵声や悲鳴などが聞こえてきたりもした。

「ああっ! 空から隕石が降ってきた!」
「大丈夫か、傷は浅いぞ!」
「悪魔だッ! 悪魔が降臨したんだッ!」

……とめどなく、それはもう無責任に増え続ける果てしない悲鳴やら罵声やらに
「何も聞こえない、オレは何もやってないぞ!」
耳を両手でふさぎながら――それでも口笛を吹くことはやめず――ヤムチャは、大通りとは反対の方向へと駆け出した。

……200メートルほど走っただろうか? ヤムチャはふと足を止めた。
路地裏の、更に暗くなっている辺りから、何か言い争うような怒鳴り声が聞こえてくる。
「ケンカか? ったく、こんな春先の穏やかな日に何をやってるんだか……」
呟きながら、声が聞こえたほうへと歩を向ける。

そこでは、ヤムチャが思っていたのとは少し違う光景が展開されていた。
路地の行き止まりになっている場所に少女が一人、それを取り囲むように三人の男が立っている。
先ほど怒鳴っていたのは男のほうだろう。顔を真っ赤にして、少女へと手を伸ばす。
手を伸ばされた少女は、それを軽くあしらいながら、掴みかかってきた男を引き倒した。
(なるほどな……男共があの女の子に絡んだが、実は女の子は結構強かったってオチか)
その光景を離れたところで見ながら、ヤムチャはある程度の憶測をつけた。
どうやら自分が手を出す必要も無いだろう。傍観者にまわっておくか。
――なんて、なかなかに薄情なことを考える。
あの女の子は結構かわいいよなー。あとでナンパでもするか、うん。

……と、ヤムチャが自分勝手にトリップしている間に情勢は決まっていた。
少女が、三人の男をあっさりと打ち倒したのである。

「ほぉ、やるじゃないか」
先ほどから傍観しているだけのヤムチャが、感嘆の声を上げる。
恐らく、あの少女は格闘技でもかじっていたのだろう。そう当たりを付けておいた。
(さて、ナンパでもするか……)
少女の方へと、歩き出そうとした、ヤムチャの目に……
ふと、視界に倒れた男が写る。その男は、懐からナイフを取り出そうとしていた。
(やれやれ……)
胸中で毒づきながら、ヤムチャは男達がいる方へと一歩踏み出した。

「そんなもん使うのは反則だぜ」

突然現れたヤムチャに、少女並びに男達は驚愕の表情を見せる。
「何だ、てめぇは!」
倒れていたはずの男が、ピンっと立ち上がって……それこそピンピンした様子で、引きつった声を上げる。
同じように、残り二人の男もいつのまにか立ち上がっていた。
三人揃いも揃って、手になにやら光る物を持っている。
「ナイフ、か……別に構わねぇが、そんなもんを持ってるってんなら手加減は出来ないぜ?」
言いながらも、構えを取る。
一応とはいえZ戦士であるヤムチャが、一般人相手に大仰な構えを必要としたりはしない。
それでも、威嚇するように――それこそ、まるで芝居がかったかのような大仰な構えで――ヤムチャは、男達と対峙した。
刹那、一番手前の男が切りかかってくる。それを紙一重でかわし、すれ違いざまに顔面目掛けて軽く肘打ちを食らわせた。
もんどりうって倒れる男と同時にしゃがみ込み、突っ込んできた二人目の男に対し足払いをかける。
ただまっすぐ突っ込んできただけの男は、あっさりと地面に倒れ付した。
「このっ、野郎ッ!」
叫びながらも起き上がろうとする男に、ヤムチャは踵落しをお見舞いしてやった。

数秒の間に――いや、実際には数秒も無かっただろうが――仲間を倒された男の顔には、驚愕の色が浮かんでいる。
奥で見ている少女の顔にも同様の驚きが表れてはいたが……
「さて、どうする? 仲間をやられて、後はおまえ一人だ。まだやるか?」
からかうような口調で、ヤムチャは問いかけた。
男は顔に汗を垂らしながら、ヤムチャを凝視する。その視線を軽く受け流し、ヤムチャはあさっての方向を向く。……と、
「キョエアエアウー!」
奇声を発しながらナイフを付きたてようと走りこんでくる男に、ヤムチャは容赦の無い蹴りをぶちかました。

「さて、大丈夫だったかい? お嬢ちゃん」

倒れている男達を尻目に、ヤムチャは少女へと声をかけた。
少女はまだ驚いているのだろう。その目には羨望の色と共に驚愕の色が浮かんでいる。
もっとも、目の前であれだけの強さを見せ付けられたのなら、それも当然のことではあったが。
「とりあえず、ここを離れようか」
コクリと頷く少女を引き連れて、ヤムチャ路地裏から姿を消した。

その後、二人で喫茶店に入り(お金は少女持ち)
実はあの男達は父の部下で、私の父はお金持ちなんですー、なんていうありがちな話を聞いて……

もうすっかり日も落ちたころ、ヤムチャはねぐらにしているアパートへと帰ってきていた。
「ただいまー」
古ぼけたアパートのドアを勢いよく開けて、ヤムチャは陽気な声を上げた。
出迎えてくれるものは誰もいない。プーアルはこの時間はアルバイトに出掛けている。もちろんヤムチャの生活費を稼ぐためだ。
だから、そんな寂しさを紛らわすために「おかえりー」なんて自分で言う。それはそれで寂しくはあったが。
棚からカップラーメンを取り出し、そのままバリバリと食べる。
ガスや電気、果ては水道までもが既に止められているため、ラーメンを調理することは出来ない。
プーアルの給料日はまだ一週間以上も先である。それまではこの食生活でなんとか凌がなければならない。
「ああ、カップラーメンって美味しいなぁ」
バリバリと、やかましい音を立てて硬い麺をかじりながら……

ヤムチャは、人知れず涙を流した。

まぁ、これはそんなどこにでもある日常の一端である。

    こんな一日、終わり