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カリン南北戦争





280 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/28 00:18 ID:TCaTwWmU
 どことも知れぬ、見渡す限りの大海原。ここに、一つの大陸が存在する。名前はカリン。
このちっぽけな大陸を舞台にして、二頭の恐竜による決闘は繰り広げられていた。北のド
ドン王国、南のカメハ王国、共に優秀な国家であった。
 この戦争は、二年前に起こったドドン軍の侵攻から始まった。ドドン王国の鶴仙王は、
元々野心深い君主であった。この侵攻も、鶴仙王の野心から発生したものと思われている。
一方のカメハ王国とて、全く警戒していなかった訳ではない。両国は、瞬く間に戦争状態
へと突入したのである。
 当初、ドドン軍の勢いは凄まじく、猛然とカメハ王国の首都まで駆け上がっていった。
名将ウミガメ率いる“甲羅武装兵団”も善戦したが、それが打ち破られるのも時間の問題
であった。もはや、勝敗は決したと思われた。しかし、亀仙王は最後の賭けに出る。盗賊
としてカメハ王国で悪名を馳せていたヤムチャに、国中の運命を託したのだ。
 大金を条件に、軍人となったヤムチャ。腕に覚えのある者を集め、“ウルフファング”
を結成する。青竜刀を主装備としたこの部隊は、期待以上の戦功を上げた。白兵戦、特に
近距離での戦闘では無敵を誇り、次々とドドン軍を打ち負かしていったのである。予想外
の被害を被ったドドン王国は、首都攻略を中断せざるを得なくなった。
 現在、ドドン王国軍は国境付近に駐留している。いつ進軍してきてもおかしくはない状
況だ。緊迫した空気の中、静かに物語は幕を開けるのであった…。

 カメハ王国の中心に位置する、首都ハメハ。ここに一人の男が凱旋していた。そう、ウ
ルフファング隊長ヤムチャである。数々の勝利を収め、一時的にではあるが国を守ったヤ
ムチャは、城の食事会に招待されていたのだ。
 城門へ入るヤムチャを、十数名の兵士が出迎える。
「ようこそ、ヤムチャ殿。お待ちしておりました」
「おお、わざわざお出迎えかよ。いやぁ、こういうのも悪くないぜ」
「…では、こちらへどうぞ」

281 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/28 00:18 ID:TCaTwWmU
 招かれるがまま、ヤムチャは城内を進んでいく。豪華な芸術品が並んでいるかと思いき
や、蓋を開けてみれば大した事はなかった。現国王の「城をあれこれ飾る余裕があるなら
ば、それを国民のために費やした方が良い」との意志が尊重されているからだそうだ。
「ヤムチャ殿、こちらの部屋です」
「おう」
 巨大な扉が開かれる。中には着飾った国政や軍事の主要人物が勢揃いしていた。彼らの
視線は、一気にこちらへ向けられる。だが、決して歓迎の眼差しばかりではない。大臣や
将軍の中には、未だヤムチャを煙たがっている者もいるのだ。所詮ヤムチャは盗賊上がり、
それも当然と言えるかもしれない。
「お偉いさん大集合! ってな感じだなぁ。ハッハッハ…」
 厳粛なムードを断ち切るが如く、一人で笑うヤムチャ。
「で、ではヤムチャ殿。そこへお座り下さい」
「良い椅子じゃねぇか。俺なんか、岩や切り株くらいしか座った事なくてよ…」
 そう言って、用意された席に乱暴に座る。およそ教養が感じられない行動や言動の数々、
殆どの人間が顔をしかめた。当のヤムチャは全く気にする様子はない。
「ふぉふぉふぉ、全員揃ったようじゃな。では、始めようかのう」
「そうですね」
 亀仙王の合図で、次々に料理が運ばれてくる。いずれも一流シェフによる、一流の料理
ばかりだ。ヤムチャにとっては雲上の楽園世界。
「すげぇな。あまり上品なのは好かねぇんだがよ、一生のうち一度は食ってみたいと思っ
てたもんよ。爺さん、呼んでくれてアリガトよ」
 この発言が良くなかった。将軍の一人であるクリリンが激昂する。
「おい! キミがどれだけ強いかは知らないがな…こういう場に来たんだったら、それな
りの礼を通すべきなんじゃないか!? 悪いが、キミからは品性の欠片も感じられない。
はっきり言って不愉快だ!!」

282 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/28 00:19 ID:TCaTwWmU
「お、落ち着いて下さいよ、クリリンさん…」
 果敢にして慎重な防衛戦を繰り広げた名将ウミガメが、すぐさま割って入る。だが、今
度はヤムチャから反論が飛んで来た。
「盗賊に品性なんてあるかよ。それにクリリン…だっけ? アンタの部隊なんか、俺や亀
の部隊に隠れて震えてたじゃねぇか。それで俺に説教なんて、十年早いんじゃねぇか?」
「な、何だと…!」
 いがみ合う二人。ちょっとした小戦争が勃発してしまった。音速で、敵に精神的打撃を
与える兵器。つまり“罵声”が、部屋の中を飛び交う。
「…あんな野蛮な闘い方、いずれ通用しなくなるさ!」
「へっ、だったら隅っこでビクビクしてるのが、正しい戦法だって事か?」
「せいぜい吼えてるがいいさ。どうせ戦争が終われば、キミの居場所はなくなるんだ」
「そしたら、盗賊家業に戻るまでだぜ。真っ先にお前の家を襲撃してやるよ」
 二人の言い争いはエスカレートしていく。売り言葉に買い言葉、お互いに油を注ぎ合っ
ている。外野には、口を挟む隙間すらない。先程までは仲裁に尽力していたウミガメも諦
めたのか、特注のワカメ入り塩水をチビチビと飲んでいる。
「水なんか飲んでないで、何とかしろよウミガメ将軍」
「そ、そんな事言われましても…大臣」
 話しかけた男の名は、ウーロン。達者な口と、数々の貢ぎ物で大臣にまで成り上がった。
カメハ王国が危機に陥った際に、敵側に寝返ろうとしたという噂も流れている。はっきり
言って小物だが、何故か国王とは気が合う模様。
「じゃあ………ランチ将軍、奴らを止めてくれ」
「えぇっ!? 私なんかが殿方の間に入るなど、とてもとても…!」
 ランチ将軍、カメハ王国唯一の女将軍。普段は清楚で、およそ戦場の血生臭さとは無縁
な雰囲気を持つ。しかし、一度クシャミをすると、途端に一騎当千の鬼将軍へと変貌する。
どちらが本性かは未だ解明されていない。
「う〜ん、今クシャミさせたら、状況が悪化しかねないな……」

287 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/29 01:16 ID:7fnHjVCM
>>282
 部外者達が手をこまねいている間にも、両者の罵倒合戦はヒートアップしていく。その
代わり、内容自体はどんどん低質化している。下品な単語の連呼、身体的特徴への言及、
もはや五十歩百歩。子供の喧嘩と比べても、全く遜色ない。
 聞いている方とて、たまったものではない。これから、より激しくなるであろうドドン
との戦争。その合間に、より結束を強めようという目的で開催された今回の食事会。それ
が、のっけから台無しになってしまったのだから。
「あーだこーだ、うるせぇハゲだ。いいぜ、いっそ勝負するか?」
「フン、所詮は盗賊。行き着く所は暴力ってワケかい」
「逃げるのかよ」
「おいおい、僕はこれでも多林寺で拳法を習っていた男だよ? 多少腕に覚えがあるとし
ても、盗賊如きに負ける気はしないねぇ」
 ヤムチャとクリリン、同時に席を立つ。共に殺気は丸出し。ナイフにフォーク、更には
火の灯ったロウソク。凶器になりそうな物は無数にある。今この部屋は、ガスが充満した
密室より危険である。誰もが、心の中でカウントダウンをしていた。数秒後起こるであろ
う大爆発へ向け…。
 その時、派手な金属音。
「うっ!?」
「な、何があった!」
「あ………国王陛下!!」
 金属音の正体は、亀仙王が落としたフォークとナイフであった。
「おぉっ! すまん、すまん。年取ったせいか、腕が震えてのう……」
 一瞬で空気は入れ代わった。プロパンガスの代わりに、爽やかな高原の空気が入ってく
る。闘志が萎えてしまったヤムチャとクリリンも、黙って席へと座る。
 誰もが止められなかった争いを、ピタリと鎮めてしまった。これが亀仙王なのだ。カメ
ハ王国の頂点に立つ者なのだ。

288 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/29 01:17 ID:7fnHjVCM
「責任ある立場にありながら、軽率な行動に出てしまい申し訳ありません…」
「せっかくのメシ時に、野暮な真似して悪かったよ」
 喧嘩も収まり、互いに己の非を詫びる。しかし、内面に出来てしまった決定的な溝が埋
まる事はない。これには、流石の亀仙王も処置のしようがないのだ。多くの問題を抱えつ
つ、食事会は再開された。

 ハメハより、東に十キロ地点。この荒れ地にヤムチャ率いるウルフファングの拠点は存
在する。点々と存在する小高い岩山、そこへ掘られた多くの洞穴。これがウルフファング
の棲み家であり、基地でもあるのだ。
 メンバーの一員であるパンプットが、街の方向を見ながら話しかける。
「ヤムチャさん、遅いですねぇ」
「政府の高官や軍の上層部には、ヤムチャ様を煙たがっている者も多いからね。何も起こ
らなければいいんだけど…」
 答えたのは、空飛ぶ猫のプーアル。ヤムチャの副官であり、最も頼れる相棒だ。戦闘能
力は乏しいが、冷静な判断能力で幾度も仲間達の窮地を救ってきた。もしプーアルがいな
ければ、今日のウルフファングの栄光もなかっただろう。
「まさか、食事会はヤムチャさんへの罠とか………!?」
「いや、それは無いよ。少なくとも、ドドンと決着をつけるまでは…」
「それもそうか、今や我々がこの国の主力ですからね」
「まぁ、終戦後はどうなるか分からないけど」
「そうなったら、カメハ軍とも戦いますよ! ここにいる連中は馬鹿ばかりだが、ヤムチャ
さんに一生ついて行くって誓っているんだ!!」
「分かってるよ」
 プーアルがダーツを投げる。ダーツは、岩壁に刻んである的へ見事に命中。パンプット
も、ヒュウと軽く口笛を鳴らした。

289 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/29 01:17 ID:7fnHjVCM
「盛り上がってるじゃねぇか。プーアルさん、パンプット」
 巨大な身体を揺らしながらやって来たのは、怪獣ギラン。ウルフファングの中でもダン
トツの体格と怪力を誇る。
「お前はあまり動くなって言っただろ。この岩山が崩れたらどうするんだ、ここにいる全
員生き埋めだぞ」
「ガハハ、すまねぇな。つい興奮しちまってよ」
 プーアルのジョークを、豪快な笑いで返すギラン。
「で、プーアルさん。次の戦いは一体いつになるんだ?」
「詳しい話は、ヤムチャ様が帰ってきてからだけど…。恐らく三日後くらいに、パパイヤ
砦に攻め込むはずだ」
 数多くのカメハ軍施設の中でも、最北に位置するパパイヤ砦。かつては将軍ナムによっ
て難攻不落を誇っていたカメハの重要拠点であったが、天津飯率いるドドン軍に僅か一週
間で落とされてしまった。現在では、ドドン侵攻軍の最前線基地として利用されている。
ここを攻略せねば、カメハ王国に未来は無い。
「三日後か。へっへっへ…腕が鳴るぜ!」
「焦るなよ、まだ決まった訳じゃないんだから」
 そんな忠告も聞かず、ギランは地面を踏み鳴らしながら外へ出て行った。水でも飲みに
行ったのだろう。ため息をつくプーアル。
「ふぅ……僕じゃ、とてもお前らをまとめ切れないよ」
「自信持って下さいよ。プーアルさんは、僕達のブレーンなんですから」
 パンプットの励ましに、プーアルは苦笑いする。プーアルは優秀な指揮官であり、軍師
であるが、真の意味で部下達を統率する事は出来ない。ウルフファングを仕切られるのは、
ヤムチャだけなのだ。プーアルはそんな彼に、多大なる尊敬と、ほんの僅かな嫉妬を抱い
ていた。
「うん………そうだね」


299 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/30 00:30 ID:U1//sNz.
>>289
 夜が更け、見張り以外のメンバーは殆どが就寝に入っている。そんな中、プーアルはヤ
ムチャの帰りを待つために起きていた。
「遅いな…。まさか、本当に何かあったんじゃ……」
 そこへ、見張り番の一人が飛び込んで来る。すぐさま頭を切り替えるプーアル。
「プーアルさん!」
「どうした、ドドンの襲撃か!?」
「いえ、ヤムチャさんが帰って来ました」
 部下に続き、ヤムチャも入って来た。よほど楽しかったのか、いつもの狼のような眼光
が見る影もない。顔色から察すると、少し酔っているらしい。
「ちょっと遅れちまったぜ、すまんすまん」
「で、どうだったんです? 肝心の食事会は………」
「クリリンの野郎が絡んできやがったが、まぁ無事に終わったよ。飯も美味かったしな、
ハッハッハ…」
「ではパパイヤ襲撃は、いつに?」
 途端に、ヤムチャの瞳に闘志がこもる。少年時代から、幾多の修羅場を潜り抜けてきた
戦士。日常生活でも、こと戦闘に関する話題となると身構えてしまうのだ。
「あぁ…三日後、クリリンとランチの部隊と共に攻撃する」
「作戦などは?」
「俺達が先頭に立って、砦へ強行突入する。ランチはその援護だ。ちなみにクリリンの部
隊は、逃亡兵の駆逐だとよ。笑わせるぜ」
「相変わらずですね、クリリン将軍は…」
「もういい、奴の事は思い出したくなくてな。明日、部下を全員集めて決起会を開こう」
「はい、分かりました」
 二人は簡素な布団に入り、眠りに就いた。普段は野蛮で獰猛な狼達も、こうなるとただ
の人間。彼らとて、各々の正義を信じて戦っているのである。

300 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/30 00:30 ID:U1//sNz.
 そして翌日。早朝からウルフファングの全軍を集め、決起会が開かれる。勇猛な戦士達
を前に、演説さながらに吼えるヤムチャ。次の戦闘は二日後、目標はパパイヤ砦の奪還、
各自用意を怠らぬようにせよ。
 ボスの意気に応えるように、狼達も沸き立つ。武器であり、シンボルでもある青竜刀を
掲げ、口々に主を称える。決起会は大成功で幕を閉じた。
「大成功でしたね、ヤムチャ様」
「まぁな、プーアル。お前が即興で作った、このカンペのおかげだよ」
「いえいえ、ヤムチャ様だから成功したのです。他のカメハの将軍でも、あれ程活気に満
ちた決起会には出来なかったでしょう」
 初めは、ヤムチャがカメハ軍から手に入れた大金を目当てに集まったならず者達。だが、
今は違う。最大で最強、群れを率いる狼“ヤムチャ”に魅せられ従っているのだ。

 一方、ドドン陣営。パパイヤ砦の天津飯とて、何もせず沈黙していた訳ではない。ウル
フファングの登場により被った被害を計算し、今度こそハメハを攻略するため準備を整え
ていたのだ。しかし、ここに来て計算外の事態が生じていた。
「…援軍はまだ来ないのか?」
「はっ! 何度も本国へ援軍要請の使者を送っているのですが…」
「音沙汰無し、というワケか」
「察しの通りです……」
「止むを得ん。当面は、我々だけでこの砦を守らなければならないな」
「覚悟しております」
「頼むぞ。餃子のE・S・P部隊や、兵器工場で開発しているという新兵器が到着すれば、
ウルフファングとて恐れる事はない。いわば、今が正念場なのだ!」
「はっ!」
 敬礼した後、部下は鼻息荒く司令室を後にした。

301 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/30 00:31 ID:U1//sNz.
 一人になった天津飯は苦悩する。一向に援軍が来ない事への苛立ち、いつ砦を奪還せん
とやって来るかもしれぬ敵への恐怖。部下の前では気丈に振舞っているが、やはり問題要
素は尽きない。
「遅くとも、一週間後にはカメハ軍は攻めて来るだろう。間に合えば良いのだが………」
 窓の側に立ち、じっと風景を見つめる天津飯。その瞳に映っている物は、果たして何な
のであろうか。

 舞台は戻って、再びウルフファングの根城。広々とした荒野に、青竜刀がぶつかり合う
音が響き渡る。今は訓練時間の真っ最中なのだ。その様子を、プーアルと共に真剣な眼差
しで見定めるヤムチャ。
「へぇ、なかなか上達してるじゃないか。最初のうちは、力任せに振り回すだけだったも
んなぁ…こいつら」
「短期間でここまでの軍団に仕上げたのは、やはりヤムチャ様の手腕によるものですよ」
「ハハハ、よせよプーアル」
 訓練中、特に頭角を現しているのはパンプット、ギラン、男狼、バクテリアンの四名で
ある。連戦連勝、並みの兵士では相手にもならない。技巧派で天才肌のパンプット、怪力
のギラン、拳法も使いこなす男狼、凄まじい体臭のバクテリアン。各々が、他人には真似
できない色を持っている。
「う〜ん、見てたら腕がうずうずしてきた。ちょっと遊んでもらってくるぜ」
「あっ、ヤムチャ様!」
 青竜刀を片手に、戦士達の所へ駆け寄るヤムチャ。突然の隊長登場に、場の空気が一気
に引き締まる。
「どうにも抑えられなくてな。誰か、相手してくれないか?」
「…じゃあ、僕がやりましょう」
 名乗り出たのはパンプット。その表情には、幾許かの自信が漂っている。

306 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/31 22:21 ID:GhSvOJyY
>>301
 皆が円を描いて見守る中、二人の戦士が対峙する。刀を構えながら、じりじりと間合い
を詰めるパンプット。対するヤムチャは全く動かない。
「………はァッ!!」
 パンプットが渾身の力で刀を振り下ろす。だが、ヤムチャはその軌道を完全に読んでい
た。切っ先の寸前で刀をかわし、逆にパンプットの喉元へと青竜刀を突き付けたのだ。勝
負あり、である。
「うぐ…僕の負けです……」
 冷や汗をかきながらの、パンプットによる敗北宣言。先程までの自信に満ち溢れた表情
は、既に失せていた。やはり、ヤムチャは桁外れに強い。
「さて、次は誰が来るんだ?」
 周囲に刀を向け、挑戦者を乞うヤムチャ。しかし、パンプットの惨敗振りを見た直後に
出て行ける者はなかなかいない。空しく時間だけが過ぎていく。
「…よぉし、やってやるぜ!」
「いや俺だ! 拳法と剣術の融合を見せてやる!!」
「げへへへ、ここは任せてもらおうか…」
 群集を押し退け、円の中心に現れたのは三人の男。ギラン、男狼、そしてバクテリアン。
相手はパンプットを軽々と退かせた実力者、だからこそ勝負したい。自分の腕を試したい。
そんな想いが彼らを動かしたのだろう。
「お前らか…。よ〜し、出血大サービスだ! 一気に三人がかりで構わねぇぜ」
 ウルフファングの中でもトップクラスの実力を誇る彼らを前にして、余裕の笑みを浮か
べるヤムチャ。ここまで言われては、三人も黙っていられない。ギランが特注の巨大な青
竜刀を振りかざし、ヤムチャに言い放つ。
「流石はヤムチャさん…。訓練とて真剣勝負だからな、手加減はしねぇぜ?」
「当たり前だ。手加減なんかしたら、容赦なく斬り捨てるぞ」
 戦闘開始。三人が同時に、弾かれたようにヤムチャへと突っ込んで行く。

307 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/31 22:21 ID:GhSvOJyY
 高速で飛び交う三つの剣閃。だが、ヤムチャはそれ以上の速度で全てを捌いていく。見
ている方が、惚れ惚れする程である。
「どうした? こんなんじゃ、俺に傷一つ付けられんぜ!」
 業を煮やした男狼は、敢えて刀を捨てた。独特のフットワークで、ヤムチャ目掛け正拳
突きを打ち込む。思い切った選択だったが、最強の狼には通用しなかった。突きより速く、
ヤムチャの蹴りが男狼の腹部に入っていたのだ。
「うっ! ……うげぇぇぇ………」
 倒れ込み、その場で嘔吐する男狼。当分立てそうもない。一人倒された事で、ギランと
バクテリアンはヤムチャとの距離を取る。何か作戦があるようだ。
「あのバカ、やられやがって! こうなったら、グルグルガムだ!!」
「ヒッヒッヒ……喰らえ!!」
 ギランは体内から大量のガムを、バクテリアンは強烈なタンを吐き出す。それを待って
たとばかりに、ヤムチャは瞬時に身を屈めた。二つの攻撃はすれ違い、一直線に飛んでい
く─────衝突。
「うおおぉぉぉ! く、臭せぇ!!」
「ぎゃあッ!」
 タンを喰らったギランは、余りの悪臭に悶絶。バクテリアンもグルグルガムによって拘
束され、身動きが取れなくなってしまった。こうなれば誰が見ても明らか、ヤムチャの圧
勝である。
「ハッハッハ、こんなもんかな」
 拳法を得意とする男狼を体術で退け、残る二人も攻撃を利用して自滅させた。周囲から
は歓声が沸き起こる。この男は最強だ、この男にならば全てを捧げても良い、彼らは改め
て認識したのだ。
 祭り上げられ天狗になっているヤムチャを見て、ただ一人プーアルに不安がよぎる。
「やっぱりヤムチャ様は強いな。でも…」

308 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/01/31 22:21 ID:GhSvOJyY
 もし一度でも負けたら、もし一度でも醜態を晒したら、彼のカリスマ性はどこへ行くの
だろう。これまではドドン軍相手に無敗を誇っているウルフファングだが、熾烈を極める
戦争に“絶対”など存在し得ない。
「…いや、こんな事を考えるのはよそう!」
 プーアルは、己に根付いた濁った思考を瞬時に断ち切る。そして、汗を拭きながら戻っ
て来る隊長を迎えるため、ドリンク片手に飛んで行った。

 そしてハメハ城では、将軍クリリンが数人の部下を集めて密会を開いていた。クリリン
の部隊を構成する多くは、拳法の名門“多林寺”から召集された僧兵である。今回集めら
れた者達も、例外なく寺の出身者ばかりだ。
「将軍、今日はパパイヤ砦の事で…?」
「そうじゃない。あの男………ヤムチャの処遇だ!!」
「あの野蛮人、食事会の時も一騒動起こしたそうですな? 全く困ったものです」
「その通りだよ。奴はこれ以上、生かしておけない!」
 机を叩きながら、クリリンが激昂する。すると、一人の部下がなだめるように意見を述
べ始めた。
「いいんじゃないですか? 好きにやらせておけば…」
「そ、それはどういう意味だ!?」
「ヤムチャの部隊……ウルフファングはやはり強力です。当分泳がせて、ドドン軍を倒さ
せましょう。彼もうっとうしいが、ドドン王国を何とかしなければならないのは事実です
からね。でも、快進撃は長くは続かないでしょう。彼らにも窮地は必ずやって来る。その
時、我々でチョチョイと片付ければいいんですよ。ゴミ掃除みたいなモンです」
「…そうだな。何も、急いで利用価値を失くす事もないか」
 悪意の微笑を浮かべるクリリン。確実に深まりつつある、食事会で誕生した遺恨。これ
が表面化するのは、時間の問題なのかもしれない。

313 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/03 23:48 ID:fRm0sfDo
>>308
 時は満ちた。パパイヤ砦攻略作戦、決行日。ウルフファングの根城にも、普段とは比べ
物にならない緊張感が漂っている。およそ三週間振りの戦い、狼達に繋がれた鎖が外され
る時が来たのだ。
 青竜刀を持った仲間に、“樂”の文字が入った胴着を身に付けたヤムチャが咆哮する。
「久しぶりの戦だ! てめぇら、思う存分暴れてやれッ!!!」
 その途端、地響きが起こったと錯覚するような轟音が鳴り響いた。無論、男達の叫び声。
五百程度の少数ではあるが、彼らの戦闘能力はカメハ正規軍をも上回るのだ。
「気合も入れたし、行くかプーアル」
「そうですね。ちなみにランチ・クリリンの部隊とは、砦近辺で合流する模様です」
「奴らの協力なんぞ、必要ねぇ! 俺達だけで十分だぜ!!」
 ヤムチャを先頭に、隊列など気にせず進軍するウルフファングの面々。その様子からは
確かな自信が感じ取れる。
 また、途中で目に入る一般人、つまりカメハ国民の反応も信じられないものだった。皆、
口々にヤムチャを「英雄」や「救世主」と呼ぶ。以前は国内での落伍者に過ぎなかった彼
らが、国中の希望を背負う存在へと変貌を遂げていたのである。
「俺は盗賊だった男だぜ? 悪い気はしないが、不思議な気分だな」
「それだけ僕らが期待されてるって事ですよ」
「ふぅん」
「あれ? 意外に反応が薄いですね。もっと驚くかと思っていたんですが」
「所詮、俺達はアウトローだからな。だがなプーアル、俺は誰かに期待されたのに、それ
を裏切るような事は絶対したくねぇんだ。俺は奴らの分も戦うつもりだ」
「流石ヤムチャ様!」
「そう持ち上げるなよ、照れるじゃねぇか」
 頭をかきながら、赤面するヤムチャ。荒くれ者を統べる狼も、煽てには弱いらしい。何
はともあれ、パパイヤ砦はもう目と鼻の先である。

314 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/03 23:48 ID:fRm0sfDo
 砦付近の森には、既に二つの部隊が待機していた。クリリンは歩き回りながら、時計を
何度も見ている。相当イライラしている様子だ。
「…遅い! ウルフファングは一体何をしているんだ!!」
 その隣にいる青い髪の女将軍、ランチ。こちらも不機嫌な同僚への対応に、苦労させら
れている。クシャミをしていない状態では、単なる大人しい女性に過ぎないのだ。
「作戦開始時刻は九時です。まだ十分に時間はありますから…」
「これは友人同士の待ち合わせじゃないんだ! 砦を奪還するという重要な任務、ギリギ
リで来られても困るんだよ!」
「は、はい…」
「全く、これだから盗賊の起用には反対だったんだ!」
「しかし、彼らに国を救われたのは事実ですし……クシュッ!」
「そうやって甘やかすから、あのバカ共がつけあがるんだよ。キミもね、もうちょっと軍
の規律というヤツを勉強した方が………うっ!?」
 クリリンの喉元には、鋭く光るナイフの先端。目の前にいるのは、先程までの奥ゆかし
い女性ではなかった。荒々しく猛々しい、ブロンドの女軍人。
「てめぇ、誰にクチ聞いてんだ? あぁ!?」
「ひっ!」
「さぁて、何か言う事があるよなァ?」
「え?」
「“ゴメンなさい”だろ…? 両手付いて、膝付いて、謝るんだよォ!!」
 自分の喉に、冷たい感触を感じたクリリン。危険を察知する本能から、即座に土下座を
敢行する。彼の部下である僧兵達も、ランチの迫力に手出しが出来ない。
「ごめんなさい! 僕が間違っておりましたァ!!」
「ふん、それで良いんだよ」
「う…うぅ……! くっ……!」

315 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/03 23:49 ID:fRm0sfDo
 坊主頭の兵士が、クリリンの震えている背中をそっと叩く。
「…相手が悪かったんですよ、将軍」
 クリリンも無言で頷く。そして気を取り直し、自らの率いる部隊のもとへ向かった。ラ
ンチには気迫の差で敗北したが、戦争は敗れる訳にはいかないのだ。
「我々の任務は逃亡兵の処理だ。大した仕事ではないが、油断は禁物だぞ」
「はっ!」
「砦の出入り口は、八つある。ドドンへの国境に最も近い北口には、特に重点的に兵を配
置し─────」
「クリリン将軍!!」
 作戦の確認を行っていた所に、伝令の兵隊がやって来た。やや息を切らしている。
「どうしたのだね?」
「ウルフファングが到着いたしました!」
 今回の作戦、最も危険で重要な役目を進んで引き受けた猛者達。現時点でカメハ王国が
誇る最強部隊“ウルフファング”、遅ればせながら登場。

 役者は揃った。間もなくヤムチャ達も交え、最終確認が始まった。
 午後九時きっかりに、ウルフファングが砦へ強行突入を開始する。それと同時に、クリ
リンの部隊が逃亡兵に備え砦を全て包囲。そして乱戦状態となったところで、援軍として
ランチの部隊が投入される。
 狙うは敵の総大将、天津飯の首。有能な男ではあるのだが、斥候からの情報によるとド
ドンからの援軍が砦に入ったとの情報はない。兵力的には、こちらが圧倒的に有利なはず
なのである。
「そろそろ時間だな…。俺に続け、プーアル!」
「はい!」
 パパイヤ砦奪還作戦、開始。

327 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/08 23:26 ID:hXTMgV5U
>>315
 石煉瓦で築かれた頑強な城壁、周囲を見張る番兵達、砦の周囲には不気味な静寂が漂っ
ていた。嵐の前の静けさ。この平和な一時は、脆くも崩れ去る事になる。
 遠くで猛獣の唸り声が聞こえる。徐々に、徐々に、近付く軍団。ドドン軍も異変に気付
くも、時既に遅し。久しぶりに戦場に駆り出された野獣が、けたたましい足音と共に襲来
したのだ。
 最上階に位置する司令室。得物を携えた天津飯に、火急の報せが舞い込む。
「司令官、敵です! カメハ軍がやって来ました!!」
「分かっている」
「お逃げ下さい、司令官。貴方は舞空術を使える、まだ間に合うはずです!」
「まだ負けたワケではない! 夜襲を仕掛けてきた敵を返り討ちにするというチャンスに、
俺がいなくてどうするんだ?」
「し、司令官…!」
 兵士は無言で部屋を出て行った。それを見送り、寂しげに笑いながら天津飯が呟く。
「これが、最後の戦いか…」

 正面入口はもはや惨状。次々とドドン軍の兵が、青竜刀の餌食となっていた。首が飛び、
腕が飛び、胴体までも飛んだ。狼達は、血の池と化した足場をビチャビチャと音を立てな
がら猛然と行進してゆく。
「うおりゃあぁぁぁぁ!!」
 ギランが巨大な腕で刀を振るう。標的となった人間は、その圧倒的な破壊力により無残
にも四散した。刃物と言うより、もはや鈍器である。
 バクテリアンはその悪臭を生かし、先頭に立ちドドン陣営へと突っ込んでいく。
 一方、パンプットと男狼の技巧派コンビは、迅速かつ確実に兵士達を始末していた。
「へっ…弱っちい奴らだぜ!」
「油断するなよ、男狼」

328 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/08 23:27 ID:hXTMgV5U
 そして、ボス狼ヤムチャ。プーアルをお供に、最上階にいる天津飯目指す。いつもなが
らの鬼神の如き強さで、順調に砦を駆け上がっていた。
「ヤムチャ、覚悟ォォォ!」
 槍を構えた兵隊が三人。猪突猛進に突っ込んでくる。全く問題はない、青竜刀の三撃で
片はついてしまった。
「えぇと、そこの角を左だっけか?」
「いいえ、右です」
「そうだった、悪いなプーアル。あの見取り図、どうも分かりにくくてなぁ」
 この砦は、元々カメハ軍の施設。見取り図もきちんと用意されていたのだが、ヤムチャ
は戦闘優先の性格のため殆ど覚えていなかった。改めて、プーアルの女房振りに感謝する
ヤムチャであった。
 角に差し掛かると、またも敵の集団。今度は五人、ヤムチャは恐れず果敢に挑む。
「一人で我々の相手だと!?」
 最前列の兵を瞬殺し、その死体を盾にしながら二人目と三人目の首を斬り飛ばす。だが、
残り二人が怖気づいてしまった。間合いを空け、掛かって来ない。厄介な事になった。同
じ場所で、同じ相手に長時間手こずるのは極めて危険だ。応援が来ないとも限らない。
「ちっ、ここは俺がやる! お前は向こうから何人か呼んで来い!」
「わ、分かった!」
 そうはさせまいと、素早くヤムチャは青竜刀を投げ付けた。刀は回転しつつ、応援を呼
びに行こうした兵士に突き刺さる。残るはあと一人。だが、敵は笑っている。
「失敗したな、武器を捨てちまったのはよっ!」
 丸腰のヤムチャに、兵士の槍が襲い掛かる。
「舐めるなよ、狼牙風風拳ッ!!」
 身を屈め、持ち前の瞬発力で驚異的な初速を得たヤムチャ。槍を巧みに掻い潜ってから
の、凄まじい打撃の嵐。兵士は反応する事すら出来ず、その場に倒れた。

329 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/08 23:27 ID:hXTMgV5U
 鮮やかに五人を仕留めてみせたヤムチャ。近くにいるプーアルも、拍手をしながら喜ん
でいる。
「もう司令室は目の前ですよ、ヤムチャ様!」
「…プーアル、お前は刀を拾って来い。俺はもう一人を相手する」
「えっ!?」
 背後の殺気。ヤムチャ達が先程来たルートから、一人の兵士が追って来ていた。その自
信満々の様子から、実力もかなりのレベルだろう。
「天津飯様の所へは行かせんぞ!」
「やってみやがれ!」
 鉄槍の連続突き。フェイントも交わらせ、丸腰では懐に入り込むのは厳しい。プーアル
が刀を拾ってくるのには、まだ時間が掛かる。
「仕方ねぇ……これを使うか!」
 槍の先端に、弾けるような衝撃が走った。兵士は突然の出来事に槍を地面に落下させて
しまう。
「しまっ───!」
「ダッリャアアァ!!」
 若き兵士の人生は幕を降ろした。槍を叩き落したヤムチャのサブウェポン、ヌンチャク
によって頭蓋骨を叩き割られたのだ。血の滴り落ちる真紅のヌンチャクを手に、ヤムチャ
が、軽く一瞥する。
「すまねぇな。だが、これも戦場なんだ…」
 相棒から青竜刀を受け取り、先を急いだ。

 一方、パパイヤ砦周辺。戦場と化していたのは、砦内部だけではない。
「うわっ! 頼む………見逃してくれぇ!!」
 十秒後、兵士の泣き叫ぶ声が途絶える。クリリンの部隊も着実に任務を遂行していた。

342 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/11 23:33 ID:jIJijzuY
>>329
 襲撃から一時間が経過した。敵味方入り乱れる戦場に、ランチの部隊が突入を開始する。
ウルフファングの猛攻により、敵軍の大半は撃破されている。戦局は完全にカメハの物と
なった。
「うっしゃあ! 片っ端からぶっ殺せ、おめぇら!!」
 金髪状態のランチの強さは並ではない。いや、単独の駒としての強さならばヤムチャや
クリリンの方が上だ。だが彼女の狂気とも思える殺戮劇には、味方を鼓舞し、敵を萎縮さ
せる効果があるのだ。
 あらゆる武器を担ぎ、問答無用で敵を嬲り殺すランチ。もはや誰も止められない。カメ
ハが最大の危機に陥った時も、命を捨てて特攻を掛けようとしたくらいだ。
「すげぇな、ランチ将軍は…」
「鬼将軍と言われるだけはあるよな…。こうなると、敵が可哀相になってくるよ」
 部下達の私語に、ランチがナイフを投げ付けながら威嚇する。
「ゴチャゴチャうるせぇぞ、そこ!」
「す、すみません…!」
「ったく、ガキの遊びじゃねぇんだ……はっ………クシュッ!」
 瞬時にランチの髪色が、金から青へ変化した。同時に、それは性格も変わった事を意味
する。自らの手にある血染めのナイフや斧を、つい目にしてしまう。
「何で私がこんな物を…?」
 変身前の記憶は持ち越せない。後方で部下を支持する役目である自分が、何故最前線に
いるのか。ランチの脳内を訳の分からない物が駆け巡る。
「森にクリリン将軍と一緒に居て………それで……え………あら……?」
「や、やばいぞ! 将軍を保護するんだ!!」
「いきなり元に戻るんだもんなぁ…」
 鬼将軍は諸刃の剣。青髪の時は癒してくれ、金髪の時は頼りになる上司だ。しかし、一
歩間違えると最悪の事態にもなりかねない。

343 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/11 23:33 ID:jIJijzuY
 襲撃から一時間半。司令室付近の猛攻を凌ぎ、ヤムチャと数人の部下が天津飯の待つ最
上階へと到達した。
「司令室は、そこです!」
「よし!」
 プーアルの指差す方角には、ひときわ頑丈そうな扉が築かれていた。これに違いない。
内部の気配を慎重に探りつつ、一気にドアを蹴り破った。

 部屋にあったのは、飾られている豪勢な絵画、ツヤが入った木製の高級机、巨大な窓と
それを引き立てるカーテン、派手な彩色の成された絨毯などであった。そして、ドドン軍
最高司令官・天津飯。
「よう…。アンタなかなか優秀らしいが、今回はチト兵隊の数が足らなかったな」
「ふん。俺も軍人、そして武道家の端くれだ……降伏する気はない」
 ヤムチャは、天津飯の眼をチラリと覗いた。そこにあったのは、覚悟を決めた男の瞳。
恐怖と孤独に支配された目でも、困惑と虚勢とで彩色された目でもなかった。最後の武器
であろう長槍を構え、生涯最後の戦いに挑もうとしている。
 その天津飯に、部下の一人が斬り掛かった。
「待て!!」
 攻撃を止めたのはヤムチャだった。直接対峙した事こそなかったが、今なら分かる。一
対一の真剣勝負、この男とはそれを行う義務がある。
「タイマンで決着つけようぜ、天津飯」
「ほう? かつて我が軍に大敗を喫させた集団の長が、そんなに甘いとは思わなかったぞ」
「俺もな、盗賊時代に守ってきた掟くらいある。戦わない奴には手は出さねぇ、そんで心
底戦いたいと思った奴とは、正面からケリを付ける………ってな」
「勝敗は決しているのにな。もし、ここで貴様が死ねば完全な犬死にだぞ」
「かまわねぇ! 一度心に灯った火は、もう消す事は出来ないぜ」

344 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/11 23:35 ID:jIJijzuY
「ヤムチャ様!」
 余りに無意味なヤムチャの提案、プーアルが慌てて止めに入る。万が一ヤムチャが殺さ
れれば、天津飯の言った通り“犬死に”である。砦の大部分は制圧したのだから、こんな
博打めいた戦いをする意味は全くない。
「ダメです、もしもの事があったら…!」
「心配するな! でも、もし殺されちまったら、後はよろしくな」
 冗談なのか本気なのか分からぬ言葉を吐き、改心の笑顔を見せるヤムチャ。この人は止
められない、そうプーアルも諦めるしかなかった。
「では、行くぞヤムチャ!」
「来い!!」
 天津飯の動きは速かった。長槍を持っているにもかかわらず、全く殺されていない。間
合いに入れば即、突きの応酬である。下の階で倒してきた者達とは比べ物にならない。
「くっ! 俺より速いぜ…てめぇ!」
「まだまだ行くぞ!!」
 風を切る音を立て、槍が前後に往復する。串刺しにされたら一たまりもない。強引に掻
い潜ろうとしても、柄での打撃や強烈な前蹴りが待っている。少しずつ、確実にヤムチャ
が押されていく。
「ヤムチャさん!」
「ヤムチャ様!」
 今度は突きを避けたところを横に払われ、脇腹にクリーンヒットを許す。自分の戦い方
が出来ず、翻弄されゆく狼。
「どうした、この程度なのか!?」
 パワー、スピード、リーチ、テクニック、全て相手が有利。真っ当な戦法では勝ち目は
薄い。切り札を使うしかない。刀を持ったまま、狼牙風風拳という奇策。これに賭けるし
かない。窮地に立たされたヤムチャが、全身を屈伸させる。


360 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/13 23:04 ID:wPD1tmY2
>>344
 標的は天津飯。かつて出会った男の中で、紛れも無く最強の相手。殺気を剥き出しに、
ヤムチャが高らかに宣言する。
「狼牙風風拳、見せてやるぜ!!」
 地面を蹴ると、両者の距離が一瞬にして縮んだ。戦闘開始以来、ようやくヤムチャが敵
の懐に入る事が出来た。後は狼牙風風拳の要領で、無数の斬撃を浴びせれば良い。そうす
れば天津飯は血液を撒き散らせながら、司令官としての最期を迎える事になる。だが、そ
れは実現しなかった。
 ヤムチャが青竜刀による一撃目を入れようとした瞬間、その刀は宙を舞った。何が起き
たか、一体何をされたのか。ヤムチャには判断し切れなかった。
「え、俺の刀が─────!?」
「はぁッ!」
 一瞬、視界がグラリと揺れた。脳天にハンマーで殴られたような衝撃が走る。
「ぐおッ…!」
 この感触は踵だ。ヤムチャは一連の出来事を全て理解した。
 ヤムチャが速攻を掛ける、天津飯は刀身を蹴り飛ばす、青竜刀を弾かれたヤムチャが呆
然とする、すかさず天津飯が蹴り上げた足で踵落としを決める。二秒と経たぬ間に、これ
だけの攻防が繰り広げられたのだ。しかも、ヤムチャは完全に圧倒されている。
「せあッ!」
「…くばァ……!」
 攻防の解析に思考を費やした刹那、中段蹴りがヤムチャの鳩尾に炸裂した。真剣勝負に
待ったなし。やや転倒気味のヤムチャ、槍の先端を定める天津飯。そして躊躇なく、槍が
一直線に心臓へと放たれる。
 ヤムチャも少しでも直撃を避けようと、必死になって身をよじった。
 間一髪、長槍は脇腹をかすめただけであった。無論、当たった箇所の肉は削り取られて
いる。

361 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/13 23:04 ID:wPD1tmY2
 九死に一生を得た。額から冷やかな汗が滴り落ちたのが分かる。
「ハァ……ハァ………強いな」
 天津飯からの返答はない。弱った獲物を仕留めんと、冷徹に一歩ずつ距離を詰める。ヤ
ムチャは槍の攻撃範囲に入らぬよう計算し、ギリギリのところで間合いを外す。何とも消
極的な作戦だ。
 確実に死が近付いている隊長の姿に、ギャラリーは言葉も出ない。しかし、邪魔しては
ならない。もし止めれば、それはヤムチャにとって最大の汚点となる事を知っているから
だ。それは副官プーアルとて例外ではない。恐らく誰よりも隊長の身を案じているだろう
彼ですら、この勝負に入り込む資格は所持していない。
 そして突如、状況が一変する。
「悪いが…決めさせてもらうぞ!」
 長い槍の先端に付いた鋼鉄の矛。それを突く、突く、突く、突く。遂に天津飯が勝負を
決めに出た。
 ヤムチャも巧みに避ける。だが、長くは続かない。狭い部屋の中、しかも敵の武器は特
注品であろう長槍。追い詰められない方がおかしい。
「くっ…!」
「勝負ありだな、ヤムチャ」
「まだ分からんぜ? 俺に起死回生の手があるかも…」
「あったとしても、俺の攻撃が速い!」
 狼に最後の一撃が下される。その時ヤムチャが取った行動は、刀を捨てる事だった。空
いた両手で槍を─────捕えた。
「捕ったぜ…!」
 素早く槍を掴み直し、そのまま槍ごと天津飯を投げた。床に叩き付けるつもりだったが、
相手も激突寸前で受身を取った。
「ちいっ!」

362 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/13 23:05 ID:wPD1tmY2
 起き上がろうとする天津飯。すると脳の中心に、聞き覚えのある声が聞こえた。念力だ
けでコミュニケーションを行う手段、テレパシー。
「天、聞こえるか」
「…餃子! 一体どうしたのだ!?」
「お前はまだ死んではならん。天、今は退け」
「それは出来ん! 国のために戦った部下達を、裏切る事になる!!」
「命令だ。お前は鶴仙王様の意思に逆らうのか?」
「いや、そんな事は…」
「ならば退け、天。言いたい事も多々あろうが、それは後回しだ」
「分かった…」
 通信は終了した。強い念力を受けた事により、軽く頭痛がする。突然動きの止まった天
津飯を、周囲のカメハ軍は怪訝そうな表情で見つめていた。
「悪いな、ヤムチャ…」
「何だよ」
「不本意ながら、今回は勝負を預ける。さらばだ…!」
 天津飯は窓を叩き割り、司令室から逃走した。ドドン王国に伝わる天を駆ける秘技“舞
空術”によって。誰よりも驚いたのはヤムチャだった。
「マジかよ…!」
 急いで窓の外を眺める。どこにもいない。逃亡兵を見張っているクリリンの部隊も、空
中の敵には気がつかなかったようだ。あっけなく逃げられてしまった。
「くっそぉぉぉ!!」
 苛立ちの余り、ヤムチャが壁を殴った。軽く振動が起き、殴られた箇所は見事に砕けて
いた。逃げられた事に苛立っているのではない、まるで歯が立たなかった自分自身に憤慨
しているのだ。後味の悪い結末となってしまった。
 この一時間後、パパイヤ砦は完全に制圧される─────作戦完了。


474 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/29 00:09 ID:6ZCD8zdY
>>434
「俺は……俺達は、最初から捨て駒だったという事ですか」
 驚嘆と、若干の怒りを込めながら天津飯が言い放った。やり切れない思い。つい先日ま
で生きていた部下達の笑い声が、心の奥に染み渡る。
「天、戦争には犠牲がつきものだ。だが、お前だけは違う」
「どういう事だ」
「お前は優秀な男だ。だから、これからも国のために働いて欲しい」
 自分の部隊が捨て駒扱いされた事、それは理解出来る。戦争とは、まず勝たねば話にな
らない。先を見越し、幾らかの犠牲を出す事態も十分あり得る。だが、自分だけは生き延
びてしまったのだ。決闘を捨て、部下達を見捨て、逃げ出してしまったのだ。
「断る! 俺には、これ以上戦う資格など………」
「天、お前は大きな勘違いをしている」
「勘違いだと?」
「砦を落とされ、部下を失い、今お前はここにいる。お前には生きるしかないのだ。いや、
生きる義務と言うべきか。天よ、お前は死ぬまで働くしかないのだ」
 傷口を抉り、塩を塗り込むような言葉だった。天津飯は敗北しているのだ。援軍が来な
かったからなど、言い訳にすらならない。彼に残された道はただ一つ、ドドン王国に身も
心も捧げる事のみ。お上に逆らう権利など持たないのだ。
「そういうワケじゃ、天津飯」
「はい…分かりました……」
「だが、当分は休んでくれてかまわん。カメハ軍の始末は、“E・S・P部隊”と“フラ
イングピラー”に任せようと思うのじゃ」
「あの連中にですか!?」
 E・S・P部隊とは、ドドン最強の超能力者である餃子が指揮する軍団。超能力に目覚
める素質がある者達を集め、徹底的に英才教育を施したエスパー集団である。訓練に多大
な費用が掛かったため、これまで実戦投入するに到らなかったのだ。

475 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/29 00:10 ID:6ZCD8zdY
 もう一つ、フライングピラー。直訳すると“飛んでいる柱”、全てが謎に包まれた殺人
集団。正規の軍隊でない点は、ウルフファングと共通している。しかし、その残虐性、無
節操性は、彼らを遥かに凌ぐものだという。
 どちらの部隊も人数こそ少ないが、一つの道を極めたという専門性にかけては、右に出
る者はいない。
「では、私は失礼します…」
 この二つの部隊の介入で、恐らく戦局は激変する。しかも、それはドドン側に好転する
方向で進むだろう。だが天津飯には、何か嫌な予感がしてならなかった。

 大きく流れが変わろうとしている。カメハ王国でも、その予兆とも言うべき異変が発生
していた。砦の外でキャンプを張って過ごす、ウルフファングの面々。殆ど野宿に近い生
活形態だったが、不満は特に出なかった。
 砦攻略から一週間経った。犠牲者の埋葬も終え、再び場には緊迫した空気が流れ始めて
いた。だが、ヤムチャだけは違った。天津飯との対決以来、ずっと抱えていた欲求不満。
それが心の奥底へ積もり、噴出寸前の段階まで到達していたのだ。
「さぁ、次だ!」
 何時にも増して、積極的に訓練へと参加するヤムチャ。次々に戦士が掛かっていくが、
まるで歯が立たない。それは、パンプットら四人も例外ではなかった。天津飯に比べ余り
に弱すぎる部下達、あの決闘を忘れさせてはくれない。
「ヤムチャさん、更に腕を上げたな。僕では、もう相手にすらならない」
「俺なんか、グルグルガムを真正面からぶった斬られたぜ。敵わねぇよ…」
「げっへっへ、何かあったんじゃねぇのか?」
「そうは思うんだがな。知ってそうな奴に聞いても、何も教えてくれねぇんだ」
 話している間にも、隊長の怒号が飛んでくる。天津飯に一矢報いたいという、戦士らし
い一途な目標。だが、その強すぎる思いは確実にヤムチャの心を蝕んでいた。

476 名前:カリン南北戦争[sage] 投稿日:04/02/29 00:10 ID:6ZCD8zdY
 日が暮れた。近くの村で仕入れた食料や、狩った獣を利用した荒々しい料理が、各人に
行き渡る。それを美味そうに口に入れる戦士達。だがここでも、ヤムチャは一人虚ろな表
情をしていた。
「この肉、美味しいですね」
「あぁ…」
「スープも結構いけますよ。ただ、ジャガイモに火が通ってない気がしますけど」
「そうだな…」
 プーアルの問い掛けにも、半ば死人のような受け答えをするヤムチャ。今はそっとして
おくのが最善と、プーアルは食事を取る事に専念し始める。その時だった。
「みんな、聞いてくれ!!」
 ほぼ全員の視線が、ヤムチャへ注がれた。その様子を満足そうに見回した後、ヤムチャ
はとんでもない一言を放ったのである。
「俺達だけで………ドドンに攻め込もう!!」
 場が凍り付いた。突拍子がなく、しかも無謀だ。確かにウルフファングはこれまで負け
を経験していない。しかし、それはカメハ軍の援護による恩恵も受けているし、ドドンが
彼らの存在を知らなかったという強みもあった。決して彼ら一部隊だけの力によるもので
はないのだ。
 ヤムチャには現実が見えていなかった。天津飯との決闘以来、彼は空虚の世界へ旅立っ
ていた。そのため、現実的な状況把握能力が欠如している状態なのだ。当然、本来このよ
うな場面でヤムチャを諌める立場にあるプーアルが、すぐさま反論する。
「落ち着いて下さい、ヤムチャ様! それは余りにも無謀すぎます!!」
「何が無謀だ! クリリンの野郎は、もう俺達に用はないって言っていた。それはつまり、
“お前らは勝手にやれ”って意味なんじゃねぇのか?」
「しかし、我々だけでのドドン攻略は現実的に不可能です!!」
「それを可能にするのが俺達だろうが! 今度こそ、天津飯に勝たなきゃならねぇ!!」