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  ゲロ




今日も研究がうまく行かなかった。研究に失敗はつきものだというが、 

これ程までに失敗を繰り返していると、自分の考えが正しいのか自信がなくなってくる。 

しかし、止めるわけにはいかない。私の研究は、まさに人類の夢と言っても良い。 

これができれば、あの娘だけでなく、どれだけたくさんの人が助かることか・・・ 



私の名はゲロ。レッドリボン軍所属の研究者だ。 

世界最悪の軍隊に所属していると言うこともあって、私のことを、いや、レッドリボン軍所属 

の研究者全員のことをマッドサイエンティストと呼ぶ人間が多いが、実際はそうではない。 

我々科学者はどこにいても、人間としての道徳や倫理、そして良心を忘れていないのだ。 



私の研究も、冒頭に上げたように失敗ばかりしているが、成功すれば人類が皆、諸手をあげて喜ぶような、 

ノーベル賞を100年分まとめてもらっても釣り合わないような、そんな名誉ある研究なのである。 



私の研究内容は、そうだな。。。素人にも分かるように説明するなら、 

人工組織を使って人体を改造し、病気にかからない人間を作ると言うことだ。 



人体を改造する。と言っても、実に様々な方法がある。 

私が取る手法は、人の体の一組織を人工組織に入れ替えるという手法だ。 

入れ替えるのは血液だ。正確に言うと血液中の糖鎖だ。 

知っていると思うが、血液中には赤血球が存在し、その表面には糖鎖と呼ばれる物がある。 

人々はこの型を分類することで血液型を分けている。この糖鎖は有機物でできているため、 

無限の組み合わせが考えられる。今でも時々、人間達の中から新しい血液型が発見されるのは、 

このためだろう。私はそれを変化させることにより、病気に対して無敵な人類を人工的に作ることを目的としている。 



この糖鎖は、抗体を構成する物質であり、抗体は病原菌への対抗組織である。 

従って、糖鎖を人工組織に置き換えることにより、理論的には病気に対して、 

現人類よりも、強い新しい人類を作ることが可能なのだ。 



私は、この研究を成就させ、あの娘を救ってみたい。 

レッドリボン軍には、これを使って、Virus兵器と併用するつもりらしいが、そんな事は知らない。 

私にとって重要なのは、これを使えば、私の愛する人が助かると言うことなのだ。 



私には今、15になる娘がいる。かわいい娘だ。親馬鹿などと言ってはいけない。 

確かに、他の人から見れば普通の娘だろう。だが、妻を亡くした私にとって唯一の家族なのだ。 



ある日のことだ。この娘が、不幸なことに、風邪にかかってしまった。 

ただの風邪だ。どこにでもある、ありふれた風邪だ。町中に出れば、時々見かけるだろう。 

マスクをした人たちを。あの人達がかかっている病気だ。諸君らも経験したことがあるだろう。 

熱が出たり、咳が出たり、鼻水が止まらなくなったり、症状は様々だが、人間である以上、 

いつでも罹る可能性のある病気だ。経験したことがないとは言わせない。 



そして、私の娘は、"不幸にも"、この病気にかかってしまったのだ。 

普通の人間であれば、命の危険などなかったかもしれない。だが、娘は免疫機能をやられていたため、 

普段ならなんて事はない、ただの風邪でも重大な病気になってしまったのだ。 



前述したが、人の免疫機能は血液によって行われている。従って、娘の免疫能力低下は血液の異常と言ってよい。 

生まれつき、正常だったはずの娘の血液は、数ヶ月前に行った輸血手術により、異常な物に変化し、 

最終的にはその機能を失ってしまった。 



半年程前のことだ。娘が怪我をした。スキーに行っていたときだった。 

やっと、覚えたばかりのボーゲンで、ゆっくりとだが楽しそうに滑る娘。 

「お父さん。ほらみて、こんな急な斜面も滑れるよ」 

娘が言う"急な斜面"とは、中級者でも直滑降で滑れるほど、なだらかである。 

だが、初めて滑る娘にはそれでもうれしい。 

雪の上を滑る感触。走るだけでは味わえない速度感。いつ転ぶか分からないスリルとそれを制御したときの達成感。 

どれをとっても、日常では味わえない感覚だ。娘はそれを楽しんでいた。 

私は、そんな娘を見て幸せを感じている。 



だが、そんな幸せも長くは続かなかった。怪我をしたのだ。転んだのだ。 

ただの転倒なら問題なかった。だが初心者の娘は、あろうことか、自分のストックで腕を刺してしまった。 

大出血である。 

私はすぐさま、スキー場の係員を呼び、娘を病院に運んだ。 

幸い、娘の怪我は命に関わるほどのものではなく、200cc程度の輸血で十分に回復できるとのことだった。 



だが、 

その血液に信じられない罠が仕掛けられていたことなど、当時の私は知るよしもなかったのだ。 



血液を提供してくれたのは、一風変わった男の子だったそうだ。亀の甲羅を背負い、 

牛乳を配達していた子だ。なんでも、師匠の言いつけにより、世のため人のために働かなくてはいけないそうだ。 

だから、献血を申し出てくれたらしい。 

まぁ、亀の甲羅を背負っている人というのは、この辺りではさほど珍しくない。 

私も坊主頭の少年と、じいさんの二人を見たことがある。だから、この地方の流行りなんだろうと思った。 

しかし、その少年は甲羅の他に、尻尾までつけていたそうだ。私も長いこと生きているが、 

そのような少年は見たことがない。確かに変わった少年だ。だが、そのこの子の事を悪く言うわけにはいかない。 

娘は一時とは言え、その少年のおかげで助かったのだから。 



輸血を受けた娘は、順調に回復した。私は少年と医師に感謝した。 



だが、輸血を受けて数週間経った頃だ。娘に異変が現れ始めた。風邪を引いたのだ。 

最初は大したことないと思っていた。 

症状は咳、熱、腹痛といった風邪としてはごくありふれたもので、娘もすぐ回復するはずだった。 

だが、一日経ち、二日経ち。。。十日経っても、娘はいっこうに回復しない。 

それどころか、悪くなる一方だ。私は、医者に抗議し、精密検査の依頼をした。 

娘はきっと、とんでもない難病にかかっているに違いない。そう判断したからだ。 



精密検査の結果は意外なものだった。娘が罹っていたのは"ただの風邪"だった。だが、免疫機能が異常なまでに低下していた。 

なぜ低下したのか。医師の出した答えは、輸血が原因だというものだった。 

輸血。あの少年の血液が娘に災いしたというのか。むろん、少年に罪はない。 

だが、私の娘は・・・ 



私は運命を呪った。 

なぜ、普通に暮らしていただけの娘がこんな目に遭わされるのか。 

どうして、私に残された最後の家族まで、神は奪い去ろうとするのか。 



許し難いことだ。決して認めてはならないことだ。 

私は、自らの娘を救うため、研究者として、できる限りのことを為す決意を固めた。 



元々、血液学の研究者として人工血液の研究をしていた私は、こんな時こそ自分の 

能力を生かすべきだと考えた。幸い、所属していたレッドリボン軍、生物兵器関連技術開発部門は 

私が人工血液研究から、人工抗体研究に切り替えることを快く承知してくれた。 



そして現在、娘の事故から、数ヶ月が経った。未だに娘の"風邪"は治らない。 

だが、私は諦めない。病気に対して強い体を持つことは、人類の夢でもあるからだ。決して負けない。 

何があってもやり遂げてみせる。 



研究は失敗続きだった。むろん、誰でも成功するのなら研究者など、皆廃業になっている。 

だが、それでも上手く行かないときは、やはり辛いものだ。 

レッドリボン軍は余るほどの金と、武力で手に入れた多数のパトロンがいるため、 

私の研究に対していくらでも金は出してくれる。だが、世界最悪の軍隊という異名のため、 

私の研究室には助手が三人しかいない。 

色白で少し太り気味の中年男。 

大学を出たばかりの若い双子の兄弟。 

たったこれだけだ。研究がはかどらないのも無理ないだろう。 



しかし、それでも諦めないのだ。地道に続けてこそ、成功がある。私はそう信じている。 

私は、そんな事を考えながら、今日の実験をノートにまとめ、家路につくことにした。 

家には病気に苦しむ娘が待っている。早く治してやらないと。 



昨日の失敗を振り返り、新しい気持ちで研究室に入る。 

が、 

周りが慌ただしい。一体どうしたと言うんだ。 



「例の小僧が攻めてきたぞ!」 



小僧。レッドリボン軍に攻め入る小僧がいるとは命知らずというものだ。しかし、それにしては騒ぎが大きい。 

私は研究室を出て、騒ぎの大元を確認した。少年がいた。尻尾の生えた少年だ。 



「まさか、あの少年か」 



私の頭に、数ヶ月前の事件がよみがえる。血液をくれた少年。 

間違いない、尻尾の生えた少年など、そう多くいるものではないからだ。 



少年は信じられない勢いでレッドリボンの基地を進んでいく。 

もし、地球上で一番早い生き物がチーターだという人がいたら、私は訂正したい。 

それは尻尾の生えた少年だと。 

少年は勢いに乗ったまま、バタバタと兵士達を倒していく。 

まるで、スズメバチに襲われたミツバチのように、兵士達は次々と死んでいく。 



まさか、レッドリボンがあんな少年に、そんなハズはない。 



数時間後、レッドリボンは少年の手によって壊滅した。 

信じられなかった。世界最強と言われ、国王軍とも互角以上に戦える我が軍がたった一人の少年によって滅ぼされたのだ。 



だが、私にとってレッドリボン壊滅以上に大きな問題が存在した。 

それは研究室を失ったことである。 

通常、優れた研究者であるならば、その業績を学会などで発表し、同じ分野の研究者の間では 

非常に有名な人間になる。私も自分は優秀だと思っている。 

だが、レッドリボンにとって学会発表というのは禁止されていた。軍の機密事項を漏らすことになるからだ。 

そのため、私は同じ分野の人たちから見ても、全く無名名人間だったのだ。 



故に、今回のような事件があったとき、私には全く逃げ場がなかったのである。 





私は少年を恨んだ。 

娘に害ある血液を渡しただけでなく、さらに研究の邪魔までするというのか。 

偶然なのは分かる。少年に悪意が存在しないことは理解できる。 

が、頭では理解できても、心が納得しない。 



   許さない。 

    絶対に復讐してやる。 



私はその後、何とか数千万の金を手にし、独自に研究所を開くことができた。 

皮肉にも、娘が死んでしまったため、その保険金で研究所を開くことができたのだ。 

もう、病気にかからない人間を作るなど、そんな研究をやる必要はない。 

私は恨みを晴らすための研究を行えばよいのだ。 

私の恨み、それは娘を失った悲しみ。あの少年によって味わった不幸。 



少年の名前は覚えた。 

      ソンゴクウだ。 



(おわり)