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漆黒の魔狼 YAMUCHA -The Dark Side-

これは荒野で育った一人の青年の記録である 「ヤムチャ様、今日も大量でしたね。」 「いつもこれくらいだといいんだがな、それにしても今日、襲った村はずいぶんと蓄えていたな。」 ヤムチャと呼ばれた男、年は17、8といったところだろうか、が答えた。 傍らにいるのはお供のプーアル。 昔、どこだかの幼稚園で覚えたという変身が得意ないわば付き人のような存在だ。 ここで時は一時間ほど過去に遡る。 場所はとある村、特に豊かでもなく村人たちは平和に暮らしていた。 そう、この時までは・・・ 「さぁ、食料をよこしな」 声の主はもちろんヤムチャ、彼が話しかけているのはこの村の村長と思しき人物だ。 「何じゃ?お前らは」 老人は怪訝そうに訪ねる。こんなことは彼の長い人生において初めての経験だった。 「盗賊といえば話は早いかな、おっと、これは強盗か?」 「盗賊なんぞに渡すものはない。さっさと消えてもらおうか。」 言うやいなや、ヤムチャに攻撃を仕掛ける老人、年をとってはいるが腕に覚えはある。 ・・・はずだった。 老人の拳が男の顔にめり込む。周りを囲む村人たちの誰もがそう思った瞬間、 信じられないほどの速さでそれをよけ、悠々と反撃に転じるヤムチャ。 「こっちも生活がかかってるんでね、ありったけとは言わない、今、ある分全て持ってこい」 さすがにこのヤムチャの言葉に切れた一人の村人がヤムチャに襲い掛かった。 軽く一蹴される村人。だが、堰を切ったように今度は村中の男たちがヤムチャに襲い掛かった。 「みんなでかかれば、何とかなるぞ!」 「おー!俺たちの村は俺たちで守るんだ。」 一斉にヤムチャに襲い掛かる村人、しかし・・・ 「ふん、狼牙風風拳。」 おそらく、数人が何が起こったのかも理解できないまま気を失っていた。 恐るべきヤムチャのスピードである。 「さぁ、じいさん。これ以上、怪我人を増やしたくなかったらおとなしく 食料を渡しな。」 「くっ、仕方ないか・・・」 歯がゆさに唇を噛み締める老人であったが、これ以上の抵抗は男の言う通り 怪我人を増やすだけでしかないと判断し、男を食料庫へと案内した。 ヤムチャたちはこうして略奪を繰り返しながら生計を立てているのであった。 しかし今度ばかりは入った村が悪かった。この後すぐに彼は人生の岐路に立たされることになるのだ。 ヤムチャたちが浮かれながらアジトへ戻ろうとしていた頃、先刻ヤムチャたちが襲った村では 「隣村へ言ってくる。留守は頼んだぞ。」 ヤムチャと拳を交えた老人がある目的のために隣町へと向かおうとしていた。 「しかし、大丈夫なんですか?その用心棒というのは?」 「分からん、じゃがその用心棒とやらのおかげでこの村は今まで平和に暮らせてきたんじゃ。 そのために隣町へも、毎月高い税金を納めておる。」 「道中ご無事で。」 若者の言葉を背に老人は隣町へと旅立った。自分たちの村から略奪を行った男への復讐を果たすために。 数ヶ月後、食料の尽きたヤムチャたちは再び、略奪を行うためにその村を襲うのである。 そこに待ち受ける罠と彼がこれから歩むことになる非情な運命をも知らずに・・・ 「さぁ、また来てやったぜ、爺さん。食料は用意できるかな?」 再び、老人と向き合うヤムチャであったが、何かがおかしい。 前回は彼に対して痛いほどに緊張感を張り詰めていた村人たちが笑顔で彼を出迎えたのである。 「待っておったよ、全く。もう来ないものかと少々不安になっていたところじゃ。」 顔に余裕の笑みを浮かべながら話す老人。怪訝に思いながらもヤムチャはこう聞くことを禁じえなかった。 「あは、前回ので懲りて素直に渡してくれます?」 (まさか、銃でイキナリ蜂の巣とかはないよな・・・) 不安でいっぱいのヤムチャであった。 「ついてくるがいい、今回は君に合わせたい人物がおる。」 言うやいなや、老人は食料庫へと歩き始めた。 「もう少し早く来れんかったのか?」 苛立たしげにヤムチャに言葉をかける老人、さすがに不安に感じたヤムチャは 「プーアル!逃げるぞ。」 さけびながら村を後にしようとした。その時、 「先生、盗賊が着ました!先生のお力で奴らを追い払って下さい。」 老人が叫ぶと食料庫から辮髪を伸ばした一人の男が現れた。もちろん逃げることに必死なヤムチャたちは そんなことは露も知らない。逃げるヤムチャたち、しかし、男は微動だにしない。 「先生、奴らが、逃げますぞ。早く追ってください。」 「ふん、逃げ切れるとでも思っているのか」 男の顔に不敵な笑い声が浮かぶ、その頃ヤムチャたちは用意していた車に乗り込もうとしていた。 (よし、逃げ切れる、もうこんな村には来ないぞ) そう胸に誓うヤムチャであった。 アクセル全開で村を後にするヤムチャたちであった。 「ふー、どんなにあがいてもここまでは追ってこれないだろう」 「ヤムチャ様ー、何も逃げ出さなくても、きっと勝てましたよ、ヤムチャ様なら・・・」 「八八は、まぁ、俺の狼牙風風拳にかかればどんな奴でもイチコロさ、だがな、プーアル もしも、もしもだ奴らの雇った用心棒がものすごく強い奴だったらどうする?もしも女だったら?」 そう彼は女性恐怖症だったのだ。 「用心棒が女の人なわけ・・・」 ズゴォォォーーーーん プーアルの言葉をさえぎるかのようにヤムチャたちの前で砂塵が上がった。何が起こったのかわからないまま 車を急停止させる。 「何だ?爆弾か?」 怪訝そうに砂塵の舞う方向を見るヤムチャとプーアル。そこには先ほどまではなかったはずの杭が刺さっていた。 「プーアル、あんなものさっきまでなかったよな?」 「はい、一体なんでしょうね?」 訝しげに杭を見つめる二人、よく見ると砂塵の中に人影が見える。 「プーアル!誰かいるぞ、しめしめ、さっきの村ほどじゃないがもしかしたら金を持ってるかも知れない、ツイてるぞ。」 「ヤムチャ様ー、頼みますよー、もう食料はないんですからねー。」 「任しとけって、俺が負けるはずないだろ。」 砂塵の中から辮髪を垂らした男が現れた、無論先ほどの村が雇った用心棒だ牙、逃げることに必死だったヤムチャたちは そんなことは露ほども知らない。 「よーし、よし。有り金全部おいていってもらおうか。運が悪かったな俺は今、機嫌が悪いんだ 抵抗すると痛い目にあうぞ。」 (何だコイツ、ピンク色の道着だって趣味が悪いにもほどがあるだろそれに弱そうだ) これが彼の運命の始まりであった。 「痛い目とはどういうことかな?」 辮髪を揺らしながら無表情に男は答えた。 「こういうことさ。」 言うやいなや、男に拳を叩き込むヤムチャ。なす術もなくヤムチャに殴られる辮髪の男。 さすがにやりすぎたかなと思い、間合いを開けるヤムチャであったが、信じられない光景を目の当たりにするのであった。 なんとあれだけ殴ったにもかかわらず男は平然と立っているではないか。 「痛い目とはこういうことか?」 平然と言い放つ男にヤムチャは我を忘れた、半ば怯えながら。 「ふん今までのはお遊びさ、食らえ、狼牙風風拳!」 言うやいなや、先ほどまでとは比べ物にならないスピードで攻撃をかけるヤムチャ その様はまさに狼の牙であった。しかし、ヤムチャの攻撃が再び相手に当たることはなかった。 男はヤムチャが想像も出来ないようなスピードで後ろに回りこんでいたのだ。 「ふん、さっきは逃げ出したかと思えば、今度はかかってくるのか一体何を考えているのか理解できんな。」 「逃げ出した?ふん、俺がいつ逃げ出したよ?」 (バカヤローーー、逃げ出したいのは今だよ、今!) ヤムチャはこの場をどうやって切り抜けるかで頭がいっぱいだった 「先ほどの村を襲った盗賊だろう?お前に恨みはないが、このあたりでお前みたいな奴がいれば 殺す、そういう約束になっているんでな」 「ははーん、さっきの用心棒とやらのお仲間ってわけか?」 「仲間?何を言っているんだ?」 (おいおい、人違いか?カンベンしてくれよ全く・・・) 「じゃぁ、人違いですね、俺はあっちの村から来たんですよ。」 「知っている、俺もあの村から来たところだ。」 (まさか、あの村にいた用心棒とやらがここまで追いつけるはずは・・・) その時ヤムチャの視界に先刻、轟音と共に突如として現れた杭が入った。 (まさか、そんなわけないよな・・・) 「悪いが、死んでもらおう。」 「殺すって?はは、冗談ですよねー?」 「悪いが、私は冗談は嫌いだ。」 男が構えををとろうとしたその時、ヤムチャの脳裏に名案が浮かんだ。 (こうなったら、これしかない。勝負は相手より早く行動を起こせるかどうかで決まる。) ヤムチャのとった行動それは・・・ 相手が構えを取った、その時、ヤムチャは素早く後方に跳んだ。そして着地するやいなや 彼のとった行動は・・・ 「俺を弟子にしてください。」 なんとそう言うと深々と土下座をしたのである。 「悪いが弟子をとる気はない、死んでもらおう。」 あっさりと拒否されたヤムチャであったがなおも食い下がる。 「お願いします。弟子じゃなくてもいい、掃除でも洗濯でもなんでもやります。 (プーアルが)、だから殺さないで。」 「ふん、何でもするといったな、いいだろう、そこまで言うのなら命くらいは助けてやらんこともない。」 「本当ですか?ありがとうございます。」 その光景を冷ややかに見つめるプーアル。こうしてヤムチャは男の弟子(雑用係)となった。 男の名は桃白白、そして、これからの数年間ヤムチャにとって地獄のような日々が続くのであった。 桃白白に弟子入りした(勘違い)したヤムチャは東の都に住むこととなった。 ヤムチャにとりその後の2年間はまさに地獄のような日々であった。 桃白白は言葉通りヤムチャを決して弟子としては扱わなかった。 ただし、修行という名目で時折憂さ晴らしに彼をいたぶるのではあったが・・・ 掃除や洗濯は全てプーアルがこなしていた。といううよりも押し付けていたのだが。 肝心のヤムチャはというと完全に桃白白のパシリであった。 桃白白が腹が減ったといえば30秒以内にアンパンを買ってくることを のどが渇いたといえば青汁を買ってくることを強要されていたのだ。 そして、仕事の依頼が無いとなると憂さ晴らしに半殺しにされる生活 プーアルは小遣いすらもらっているのに、ヤムチャはというと桃白白が仕事で留守の間に きっとプーアルがかわいいからだ、ひいきだと思いながら。カツアゲをして小銭を稼ぐ生活。 (理由はプーアルが家事をこなしていることを桃白白が不憫に思ったため) ヤムチャは半殺しにされるたびに恨みをつのらせながらも桃白白に頭が上がらなくなるのであった。 桃白白の元を訪れるのは世界の用心や裏社会のボスたちばかりであった。一緒に生活しているうちに ヤムチャはもしかすると桃白白は凄腕の殺し屋だったりするのかなと思うのであった。 一向に桃白白に頭が上がらないヤムチャであったが、そんな桃白白にも頭の上がらない相手がいた。 兄、鶴仙人である。鶴仙人はこの二年間の間に二度ほど桃白白の元を訪れていた。 鶴仙人は桃白白と違いヤムチャをやさしく扱ってくれるのでヤムチャは鶴仙人に好意を抱いていた。 (実際には桃白白のピンクの道着を着たヤムチャを女だと思い込んでいたのが原因) 鶴仙人には二人の弟子がいた天津飯というハゲ三つ目の背の高い奴と 餃子という名のチビで白い奴だ。どちらにも負ける気はしなかった。 (もう少し仲良くなったら鶴仙人様に弟子入りしてこの生活から抜け出そう。) ひそかにそう決意するヤムチャであった。 地獄のような生活を抜け出すチャンスは意外にも早くやってきた。 ヤムチャが桃白白の元に弟子入り(勘違い)してちょうど2年程が経った頃、 ある仕事で桃白白が重傷を負ったのだ。 依頼主はレッドリボン軍とかいう組織。仕事内容は何かのボールを集めることという内容だった。 たかだかボール集めに重傷なんてざまぁねぇな、さらにはざまぁみろなどと思うヤムチャであった。 しかし、これは千載一遇のチャンスである。 問題はこの状況をどうやって利用するかだった。 桃白白の看病が弟子(勘違い)としては最優先事項だろう。 それを放棄して、鶴仙人様に弟子入りすることを果たして桃白白がどう思うだろうか? 下手をすれば半殺しどころではない。素で殺される。今度はどんな言い逃れも通じないだろう。 どうすればよいか考えあぐねている間に桃白白から電話が入った。 「俺だ。不覚を取った。プーアルはいるか?」 「え?あ、はい変わりましょうか?」 「頼む」 その後の会話についてヤムチャは詳しくは知らない。 ただ一つ確かなことはプーアルが桃白白の看病をし、桃白白が完治するまでの間は 鶴仙人の元で修行をしているようにという桃白白からの指示だけである。 (本当はヤムチャはどこへ行ってもいいが、プーアルにはどうしても残って欲しい という内容だったがプーアルの配慮によって真実はねじまげられたのだった。) こうしてヤムチャは鶴仙流の門をくぐることとなった。 桃白白の元を離れ、晴れて自由の身になったかに見えたヤムチャであったが・・・ 「・・・というわけで桃白白師匠が完治されるまでの間、鶴仙人様の下で修行させていただきたいと思います。」 口ではそういいながらも心の中では、 (はーっ、本当は桃白白からだけじゃなくて、誰かの下で暮らす生活から抜け出したいんだけどなー。) と思うヤムチャであった。 「うむ、別に修行なんぞせんでもいいんでないか?」 (ラッキー!) 「いや、しかし、桃白白様から鶴仙人様の下で修行するようにと言い付かっていますので。」 (さぁ、来い、「別に修行しなくても言い」も一回来い) 「うーん、桃白白もなんでこんなかわいいギャルに修行をつけさせたがるのか分からんな。」 (???何を言ってるんだこのジジイ、ギャルって、もしかして俺のことか?) 「いやー、何か勘違いしてません?俺男なんですけどー、ハハハ・・・」 「何!お、男?」 ふとおどけるように話すヤムチャであったがその時彼は知らなかった。 鶴仙人のサングラスの奥に宿った凶暴な光を・・・ 鶴仙人の下での修行はヤムチャの想像を超える厳しいものだった。 あの優しかった鶴仙人が弟子入りしたとたんに鬼のようなシゴキを始めたのだ。 まさにイジメとしか思えないシゴキを。 何よりも弱そうだと思っていた二人の兄弟弟子、天心飯と餃子は驚くほどに強く 二人との組み手でヤムチャは常に生傷が耐えることはなかった。 だが、そんな厳しい修行の中でヤムチャは次第に楽しさを覚えることとなる。 桃白白の元では弟子入り(勘違い)したにもかかわらず、修行らしい修行をつけてもらえなかった。 これではあのピンク(桃白白)を倒すという野望はいつまでも果たせないというジレンマを抱えていたのだ。 そう、虐げられていた二年間の間にヤムチャの恨みは積もりに積もっていた。 (強くなって、いつかピンクを倒す。そして今度はあいつを俺のパシリにしてやる。) この強い気持ちがヤムチャの修行に対する真剣さを与えていた。 幸いにも桃白白と過ごした二年間でヤムチャの武道家としての素質は開花しようとしていたのだった。 パシリとして磨き上げたスピード、そして、何度も半殺しにされるうちに身についたタフネス。 どちらも武道家として欠かせない要素だった。少なくともその二つにおいてはヤムチャは 二人の兄弟弟子にも劣らない、いやそれ以上のものを知らぬ間に身につけていたのではあった。 スピード、そしてタフネスでは二人をもしのごうかというヤムチャではあったが、 なぜか二人には歯が立たない。いや、理由は明白だった。この二人、空を飛べたのだ。 (はっきり言って反則だろう。あれは、大体こいつらは本当に人間なのか?) この頃からヤムチャは心の中で二人をこう呼ぶようになっていた「三つ目」、そして「(真っ白)王子」と。 しかし、桃白白を倒すという目的が彼を支え続けた。 天津飯でさえ一年かかったという空の飛び方、(『舞空術』というらしい)を 一ヶ月でマスターしその二週間後には既に兄弟弟子とほぼ互角程度には戦えるようになっていた。 だが、さらに立ちはだかるもう一つの課題、それは鶴仙流の必殺技ともいえるドドン波の習得であった。 しかし、これも修行を始めて二ヶ月足らずで習得するにいたる。 それもこれも全ては『ピンクを倒して、俺のパシリにする。』という野望が彼を支えたためであった。 しかし、そんな彼にも一つだけ頭痛の種があった。師である鶴仙人からの執拗な要求である。 時には口紅を買ってきてはヤムチャにこれを試してみろと言ってみたり、 また、ある時には病院のパンフレットを持ってきては性転換を薦めてくる。 そんな彼は師匠・鶴仙人を心の中でこう呼ぶのであった『変態親父』と。 鶴仙人の要求を断るごとに修行のメニューがキツくなっていたのは言うまでもない。 鶴仙人の下でヤムチャが修行を始めて、はや三ヶ月もの月日が流れていた。 修行の成果は自分でも分かるほどに出ている。 既に舞空術もドドン波も何とか使えるようになった。 しかし、二人の兄弟弟子たちにはいまだ一度も勝つことができなかった。 既に実力ではヤムチャたち三人の間に差はなかった。 むしろ、ヤムチャ、天津飯と餃子の間の差は広がるばかりであった。 それでもヤムチャには兄弟弟子たちにに勝てない理由があった。 それは、二人の兄弟弟子たちが持つ特殊能力であった。 天津飯は三つの目を用いて、ヤムチャのどんなスピードも見切ってしまう。 餃子はというと、こちらは超能力の使い手でヤムチャは幾度となく金縛りにあっては負かされていた。 この二人に勝つためにはその特殊能力を上回る能力を身につけるしかない。 しかし、ヤムチャにはそれがどのようなものか全くイメージすることすら出来なかった。 (俺には三つ目のような眼力も、王子のような超能力もない。 クソッ、一体、あの二人に勝つためにはどうすればいいんだ?) この時、ヤムチャは気付いていなかった。二人を超えるための自分の武器は何かということに。 それを気付かせてくれたのは他でもない天津飯だった。 ヤムチャは自問自答を繰り返していた。だが、それは決して修行をはかどらせるものではなく、むしろ、妨げとなっていた。 最初にヤムチャの変化に気付いたのは師・鶴仙人であった。 しかし、鶴仙人はヤムチャに何も言わなかった。 ヤムチャが決して自分を受け入れなかったためだ。 そして、天津飯が組み手の最中にヤムチャの異変に気付く。 鶴仙流の門を叩いてからというもの、ヤムチャの成長は目を見張るばかりであった。 しかし、このところはこれまで急激な成長を遂げたあのヤムチャとは到底、思えなかった。 組み手が終わると天津飯はヤムチャを散歩に誘った。 「ヤムチャ、どうしたんだ一体?今のお前の拳には迷いがある。」 (何を言ってるんだ、くそっ、コケにしやがって。どうせ俺にはお前らみたいに恵まれた特殊能力なんてないんだ。) 「別に、これが俺の限界なんじゃないか。」 ぶっきらぼうなヤムチャの答えだったが、天津飯は構わずに話を続けた。 「俺も餃子もお前のスピードには一目、置いている。」 さすがにこの言葉に、ヤムチャは我を失った。 「ふざけるなっ、どんなに早く動いてもお前の目にかかれば動きは見切られる。 餃子の超能力にかかれば動きを止められる。どんなにがんばっても、恵まれたお前らには勝てないんだよ」 このとき、初めて、天津飯はヤムチャの成長を妨げるものの正体を知った。コンプレックスである。 これまで自分が恵まれているなどと考えたこともなかった。 しかし、ヤムチャにとり自分の第三の目や餃子の超能力は羨望の対象だったのだ。 しかし、自分にないものをヤムチャもまた持っている。それに気付かせてやらねば。 そう思う天津飯であった。そしてこの後の会話でヤムチャは己の迷いを断ち切ることが出来たのだった。 天津飯と散歩に言ったあの夜から数日後、とうとうヤムチャは餃子に初勝利することとなる。 あの夜、天津飯がヤムチャに語った言葉、それは 「ヤムチャ、確かに俺たちはお前には無いものを持っているかも知れない。だがな、 お前も俺たちにはないものを持っているじゃないか。お前の武器はそのスピードだ。 確かに俺は第三の目を用いて常人よりもはるかに速いスピードを見切ることは出来る。 餃子もどんなに早く動ける相手でも動きを止めてしまえる超能力を持っている。 だが、それにだって限界はある。いくら俺でもどんな動きでも見切るようなマネは出来ない。 餃子の超能力だってそうだ。どんなものでも動きを止めてしまえるというわけではない。 餃子は相手が動きを止めた一周の隙を突いて俺たちを金縛りに合わせる。 つまり、俺の目でも見切れないスピードでしかも動きを止めることなく攻撃を仕掛けることが出来る、 もしもそんな奴が現れたら・・・」 「天津飯。お前、何でそんなことを俺に。ふん、もしかしたら俺がお前の言うような スピードを身につけるかも知れないんだぜ。」 ヤムチャの目には盗賊時代に見せた獲物を見つけた狼のような光が蘇りつつあった。 「構わんさ、そうなれば俺はそのお前を捕らえてみせる、そうやって切磋琢磨することで俺自身を磨くことも出来る。 お前だって例外じゃない。お前はさらにその俺を超えるスピードを身につける。そして俺は・・・ いつか、俺たちでお師匠様や。無天老子様のような武道界を支える双璧になってやろう。」 「ふん、お師匠様や無天老子様みたいなか。それもいいかもしれないな。」 こうして、二人はお互いに技を磨く間柄となっていくのである。 鶴仙人の下で修行を始めて一年が経とうとする頃 もうヤムチャと兄弟弟子、天津飯、餃子の間に垣根はなくなっていた。 既に餃子では二人の相手をすることは困難になっていた。 ヤムチャはスピードにおいては、天津飯はパワーにおいて餃子を圧倒していた。 ヤムチャも天津飯も餃子と組み手をする際には加減する必要があるほどだった。 それでも餃子は修行に対してそれほど熱を持たなかった。 ただ、天津飯と共にいることが出来れば餃子は安心できるのだった。 実は餃子はどこだかの王家の人間で、天津飯は元々は餃子の護衛だったらしい。 その王家の人間がなぜこんな修行をしているのか餃子も天津飯も そのことについては一切、口をつぐんでいた。 この頃にはヤムチャ、天津飯の星はほぼ五分と五分であった。 当然、修行を始めた頃の連敗記録をないものとしてだが。勝敗を決定付けるのは常に技術と戦略であった。 ヤムチャが新しい技を考えれば、天津版も負けじと新しい技を編み出す。 相手の戦略に不覚を取っても、次の日には対策を練ってくる。互いに良い意味で相手の刺激となっていた。 そんな生活の中でヤムチャはすでに桃白白を倒すという目的を忘れてしまっていた。 仮にこの頃のヤムチャが相手であれば桃白白では手も足も出ないことは明らかではあったのだが、 今の彼と対等に拳を交えることが出来る人間は地球上には天津飯とあの桃白白を破った 孫悟空しかいなかった。だが、この頃のヤムチャは孫悟空の存在を知らない。 希代の武道家、ヤムチャと孫悟空があいまみえるのはそれから更に二年後の天下一武道会である。 ヤムチャには一つだけ気になっていることがあった。鶴仙流門下の食費である。 天津飯と餃子のの食欲は驚異的であった。ヤムチャもプーアルといる頃には自分の食欲が異常なのではないかと思ってはいたが、 この二人の食欲はヤムチャの想像も出来ないほどだった。問題はその食費がどこから出てくるのかということだ。 時折、天津飯と餃子がふらりといなくなることはあったが、そのことに触れることもなく過ごしてきた。 今、考えればその間に二人が金を稼いでいることは明らかであった。 思い切ってヤムチャは天津飯に彼らがどこへ行って何をしているのかを訪ねてみた。 しかし、天津飯は話をはぐらかしてしまう。餃子も同じだった。かといって、鶴仙人に聞く気にはならなかった。 そこで夜眠るときも神経を研ぎ澄まし、天津飯がどこかへ出かけようとするのを待った。 一週間ほどが過ぎた頃、夜中に天津飯が出かけようとする気配を感じた。 問題は鋭い天津飯にいかにして気付かれず尾行するかだ。 離れすぎては見失う危険がある。かといって近寄りすぎてはそれだけ気付かれる可能性が増すのだ。 ヤムチャは天津版の気配が感じられなくなるぎりぎりまで待つことにした。 見失ってしまう可能性はあっても、それくらい距離を開けなければ天津飯には気付かれてしまう。 尾行のスタートでいきなり失敗に終わる可能性もあった。 幸いにも天津飯が舞空術を使わなかったおかげで、なんとか尾行を開始することが出来た。 森林に差し掛かったあたりで天津飯が急に舞空術を使い出した。 だが、ヤムチャにとっては好都合だった。スピードには自信がある。 たとえ、舞空術のほうが移動能力が高いにしろ、天津飯も全力ではなかった。 木立の間を縫うようにして天津飯を追うヤムチャ。幾度となく枝に顔や体が切り裂かれる。 だが、そんなことは気にも留めずに森を走り抜けるヤムチャ。 その時、天津飯の気配が急に止まった。森を向けたのだ。音を立てないように天津飯飲みえる位置まで移動するヤムチャ。 天津飯は森の方をじっと見ている。 (まさか、気付かれたか?) ここまで来てヤムチャの尾行は失敗に終わろうというのだろうか? 鶴仙流の食費が気にかかり、仕事に出かけると思われる天津飯を追うヤムチャであった。 天津飯はじっと森を見据えている。それはほんの数秒だったのかもしれないが、ヤムチャには果てしなく長く感じられた。 幾度か場所を変えながら蟻一匹見逃さないかのように天津飯は森を見回す。 (尾行がばれた。ヤムチャにはそう思えて仕方がなかった。) しかし、しばらくすると天津飯は何事もなかったかのように森を後にした。 それまでの緊張から解放されて安堵の息をつくヤムチャ。しかし、尾行の目的はまだ達成されてはいない。 天津飯の目的が何であるかを確かめなければ、そう思い再び尾行を開始する。 それからは天津飯の目的地まで全く危なげなくたどり着くことが出来た。 天津飯の目的地は南の都だった。まだ。夜も明けきらないため住宅地だというのに人の通行はない。 ヤムチャは物陰に隠れながら天津飯の尾行を続けた。 (天津飯の奴、こんな夜中に一体何をしようってんだ?まさか、盗み?) 天津飯の行動は不可解そのものであった。夜中に急に起きてどこへ行くのかと思えば、 まるで尾行者がいることを知っているかのような警戒。やっとたどり着いた目的地は深夜の南の都だ。 一体、何をしようというのかまるで想像も出来なかった。しかし、天津飯の奇行の目的はすぐに明らかになった。 天津飯は一軒の豪邸の前で立ち止まった。そしてあたりを見渡すと、素早く庭へと入った。 (やっぱり盗みか?天津飯の奴、だから黙っていたのか、くそっおれだって元盗賊だぜ。これくらい) ヤムチャの考えをよそに、天津飯が豪邸の中に入っていった。 それから、しばらくすると思うと、豪邸の中から「ドスッ」と鈍い物音がした。まるで何かが倒れたかのような物音だ。 そして何食わぬ顔で豪邸を後にする天津飯。ヤムチャは天津飯に一体、何がおきたのか問いただしたい気持ちを我慢して、 その場に残った。何かあったとすれば警察が来るに違いない。 ヤムチャは天津飯が去った後も豪邸のそばに残り、何か変化がないかを見守ることにした。 天津飯を尾行していたヤムチャ。そして天津飯はある豪邸に入ったかと思うと何事もなく立ち去った。一体、中で何が・・・ 何事もなかったかのように夜が明けた。まばらだが、少しずつ町に人影も見えるようになってきた。 まだ、豪邸には何の変化もない。 (何だ、まさか何もしなかったのか?そういえば手には何も持っていなかったな。) そう思い、もう少しだけ待って帰るかと思った矢先に豪邸から悲鳴が上がった。 (何だ?やっぱり天津飯の奴、何かしでかしたのか?) そう思い、息を押し殺して豪邸の様子を見守るヤムチャ。 そしてヤムチャの予想に反してやってきたのは、パトカーではなく救急車だった。 そして、救急車から少し遅れてパトカーがやってきた。 パトカーから降りた警察官がものものしい雰囲気で豪邸の中に入っていく。 そして入れ替わるようにして、担架に担がれて誰か運ばれてきた。 その顔には布がかぶせられ、横で女性が泣いている。 (まさか、そんな、天津飯がやったのか??) もうヤムチャには何が起こったのか全く想像もつかなかった。いや、つかなかったのではない。 自分の考えを否定したかったのだ。 そう、天津飯の目的はあの担架に運ばれてきた人間を殺すことにあったのだという考えを。 しかし、よくよく考えてみれば合点はいく。なにしろ、鶴仙人はあの桃白白の兄だ。 天津飯や餃子に殺しをさせたとしてもなんら不思議はない。 だが・・・それでもヤムチャには納得がいかなかった。 そして彼は全力で家路を急いだ。今度は天津飯に気付かれる心配はない。 舞空術を使っての復路は一時間とかからなかった。 南の都で見たことを天津飯に問いただすヤムチャ。それに対して、天津飯は、そして鶴仙人は・・・ 南の都からの帰り道、ヤムチャは祈り続けていた。自分の想像が間違っていることを・・・ ヤムチャは乱暴に扉を開くと天津飯の名を呼んだ。そこでは鶴仙人と餃子の二人が食事をとっていた。 「何だ、朝っぱらから騒々しい。天津飯なら出かけとる。」 不機嫌そうに鶴仙人が答える。 「みな・・・いや、ど、どこへ行ったんですか?一体、何をしに。」 ヤムチャはあやうく南の都でのことを話しそうになる自分を抑えた。 これは直接、天津飯に聞こう、そう決意していたのだ。 「さぁな、いつものことだ、何を気にしている?とっとと飯を食え、修行を始めるぞ。」 ヤムチャは鶴仙人に勧められるままに食事を取った。だが、やはり、心の中は朝の一件でいっぱいだった。 (天津飯の奴、一体どこへ・・・) そして、肝心の修行でも餃子に実に三ヶ月ぶりの敗北を喫してしまう。 「わーい、ヤムチャに勝った。三ヶ月ぶりだ。わーい。」 何も知らない餃子は無邪気なものだ。 そして、天津飯が帰宅したのは日も暮れかける頃だった。 しかし、朝の勢いを失ったヤムチャは天津飯に話をするタイミングをつかめなかった。 「天さん、お帰り。今日、僕、ヤムチャに勝ったよ。」 餃子が天津飯の周りではしゃぎまわっているのを見て余計に聞きづらくなってしまった。 「天津飯・・・」 「どうした、ヤムチャ、怖い顔をして。」 「いや、どこへ行ってたのかなってさ。」 「何だそんなことか、大したとこじゃない。」 「そう・・・か、まぁ、お前がふらっといなくなるのはいつものことだしな、ははっ。」 「変な奴だな、それより、たるんでるんじゃないか?餃子に負けたって。」 その後も取り留めのない話ばかりで結局、ヤムチャは朝の一件を聞きだすことが出来なかった。」 天津飯の奇行の目的を聞き出せなかったヤムチャ。しかし、その真相をヤムチャは意外な形で知ることになる。 天津飯の一件から二ヶ月が経とうとしていた・・・ その間も三度ほど天津飯と餃子が抜け出して行くことはあったが、これ以上の詮索はしないことにした。 ヤムチャは天津飯の一件を胸に秘め、修行に専念することを心に決めていた。 ある日、天津飯との修行の途中で怪我をしたヤムチャは出血が止まらないため一人、先に帰ることになった。 家に帰ると話し声が聞こえる。 (そういえばお師匠様が今日はなんか用があるから家にいるって言ってたっけ。) 誰か来ているのかと思い、師・鶴仙人の部屋のほうを伺うヤムチャ。しかし、扉は閉ざされているため中はうかがい知れない。 「はっはははは」 鶴仙人の楽しそうな笑い声に興味を覚えたヤムチャはちょっとだけ盗み聞きしてみることにした。 どうやら来客ではなく電話をかけているようだった。 「・・・ふははは、馬鹿な連中だ自分たちがだまされているとも知らずに仕事をこなしてくれるんだからな。」 (!?、まさか・・・) ヤムチャは二ヶ月前のことを思い出していた。あの時、天津飯が何をしていたのか胸に秘めると心に決めてはいたが、、 それを知りたくないといえばウソになる。ましてや、こんなチャンスはめったにない。 「その点なら大丈夫だ。あいつらには祖国を滅ぼした連中の情報が入ったってことにしているからな。あの二人にとっては 殺しても飽きたらん相手だ。喜んで殺しに言ってくれる。自分たちがだまされてるとも知らずにな まぁ、おかげでワシも金に困ることはないがな、はっははは。」 ヤムチャは怒りに震えた。自分も悪事に身を染めてはいたが、盗賊時代にも殺しだけはすまいと決めていたのだ。 我を失ったヤムチャは乱暴に扉を開けていた。 「!!、や、ヤムチャ、なぜここに?」 鶴仙人は明らかに狼狽していた。まさか、ヤムチャが怪我をして引き返してくるとは思ってもいなっかたのだ。 天津飯たちが鶴仙人にだまされ人殺しをさせられていることを知ったヤムチャであった。 「今の話は、どういうことですか?」 「ふん、お前には関係のない話だ。」 さらにヤムチャの怒りはエスカレートする。 「関係ないだと、ふざけるなっ、人の弱みに付け込みやがって。」 「ではどうして欲しいんだ。天津飯たちが仕事をしなくなればお前たちの食費もまかなえんのだぞー。 大体、お前も元盗賊なら、他人をだますことくらいでがたがた言うな。」 「それなら・・・」 ヤムチャは怒りにすっかり冷静さを失っていた。 「それなら?どうするというんだ?」 「俺が・・・俺があいつらの代わりにやります。だから、もう、これ以上あいつらに人殺しをさせないでください。」 本当であればここで鶴仙人を殴りたいところだった。だが、そんなことして天津飯たちが真相を知ってしまっては元も子もない。 たとえ本意ではなくとも、ヤムチャにはこうする以外方法がなかったのだ。 「いいだろう、それなら天津飯たちの分もしっかりと働いてもらうことにしよう。あいつらには情報が入らなくなったとでも言えばいい。 仕事をするのが誰かは問題ではないからな。」 確かに鶴仙人の言うとおりだった。だが、それでも何も知らない天津飯たちにはこれ以上悪事に身を染めて欲しくはなかった。 こうして、ヤムチャは修行のかたわら暗殺の仕事を数週間に一度くらいの割合でこなすようになった。 ヤムチャが留守にしている間は桃白白のところへ出かけているということになっていた。 そうこうするうちに二年の年月がたった。 ヤムチャたちはパパイヤ島へと向かっていた。三年ぶりに開かれる天下一武道会に出場するためだ。 YAMUCHA -The Dark Side- 第一部 完 YAMUCHA -The Dark Side- 閑話休題 その壱 これはヤムチャたちがパパイヤ島へと旅立つ三ヶ月前のお話 ヤムチャは修行の途中、鶴仙人に呼ばれた。話の内容は大方、想像がつく。 どうせ、仕事の話だ。 すでに十数人を暗殺してきたヤムチャではあったが、鶴仙人に呼ばれる この瞬間にはいつまでたってもなれることは出来なかった。 だが、そんなヤムチャの気持ちとは裏腹に仕事の依頼は日増しに増えていった。 桃白白の元を訪れていた。依頼人たちがこちらへ鞍替えしてきているからだ。 カリン塔での一件以来、桃白白は消息を絶っている。もちろんプーアルも一緒だ。 そのため、本来であれば桃白白の元を訪れるはずだった者たちが鶴仙人に 仕事の依頼を持ちかけてきていたのだ。 ヤムチャが依頼人に会うことは稀だった。相手も自分の顔を見られたくないからである。 だが、ある時ヤムチャは一人の依頼人と顔をあわせることになる。 ヤムチャはその依頼人の顔に見覚えがあった。それが誰かは思い出せなかったが。 実はこの依頼人、桃白白の元を訪れていた男であった。 そしてその男から人づてに『桃白白の後継者』としてヤムチャの名が広まることとなる。 YAMUCHA -The Dark Side- 閑話休題 その壱 完 第二部開始はもうちょっと先になるんじゃよ