超飲茶誕生
飲茶は驚愕した。 空間に穴が開き姿を現したのは、先刻まで精神と時の部屋で戦っていたはずの魔人ブウである。 魔人は下品な笑い声を上げ、その尾から不気味な光を放った。 たちまちのうちに仲間達は消え去り、代わりにいくつかの菓子が舞い落ちた。 偶然飲茶のみが魔人の死角に位置していたため、その悲劇の主役になる事は無かった。 飲茶は安堵した。 だが凶悪な魔人はすぐに背後の怯えた狼の存在に気付いた。 魔人はその男の恐怖に歪んだ顔を嘲笑し、ゆっくりと歩を進める。 飲茶は接近する魔人の威圧感に震え、これまでの記憶が走馬灯となって駆け巡るのを感じた。 飲茶は回想した。 思えば自分はずっと噛ませ犬であった。そして女に恵まれなかった。理由は明白であった。 全ては己の心の弱さゆえ―――心さえ強ければ――― ―――せめて―――最後だけでも―――華麗に―――――― 飲茶は決意した。 狼は牙をむき、魔人に襲い掛かった。魔人は当然それをかわす。 だが狼の手足は魔人の想像を越え加速度を増していった。 余裕を持っていたはずの魔人の一瞬の動揺を狼は逃さなかった。 牙は魔人を捕らえ、更に深く鋭く食い込んでいく。 飲茶は歓喜した。 これほどの強敵が、あの悟空に勝てないと言わしめた怪物が、今俺の拳で倒れようとしている。 死の恐怖を乗り越え、今俺は真の力を手にしたのだ。 もしこれが以前の飲茶であれば、ここで油断が生まれ攻撃を中断していたことだろう。 だがかつて栽培マンという名の鬼神と戦い命を落とした彼にそんな考えは生まれなかった。 飲茶は進歩した。 殴られ続ける魔人にとっては永遠とも思えるだろう時が流れ、宇宙最強と呼ばれた肉体の崩壊が始まった。 魔人はまさに狼の前の子羊であった。 その表情から読み取れる心理とは、恐怖、苦痛、そして絶望に他ならなかった。 「ゆ・・・ゆるして・・・。」魔人はついに懇願した。 飲茶は狂喜した。 許しを請うている。あの魔人がこの俺に許しを請うている。 飲茶敗北の人生に積み重ねられた鬱積が、この瞬間消滅した。 なおも飲茶は攻撃の手を緩めず、圧倒的力を誇示し続けた。 そして飢えた狼はついに最後の牙を剥き出した。 暴虐の限りを尽くした魔人に終幕の時が訪れた。 魔狼は全身の力を振り絞り、伝説の武道家武天老師より受け継いだ技を放った。 飲茶は祈願した。 あの世の神々よ。どうかこの悪の化身にも、せめて安らかな死後を与えたまえ――― 飲茶のかめはめ波は魔人を貫き、天を激動せしめた。 飲茶は人生最大の勝利の美酒に酔いしれ、あの世の仲間達に祈りを捧げた。 しかしどういうわけか、これは目の錯覚なのか、死を迎えたはずの魔人の肉体は突如再生を始めた。 それは活き活きとうごめき、瞬く間に原形を蘇えらせた。 飲茶は困惑した。 こんなはずは無い。確かにとどめを刺した。再生など有り得ない・・・。 そうかこれは催眠術だ。死ぬ前にせめて俺を驚かそうと、最期の力を振り絞り幻覚を見せる。 成る程理に叶っている。だがこれが宇宙を震わせた魔人の最期の技なのか・・・。 飲茶は同情した。 轟音が響いた。飲茶の右腕が悲鳴をあげたのだ。 飲茶は何が起こったのか理解できず、目を凝らすと、そこには血肉の塊となった彼の腕があった。 魔人はただ笑っていた。 なんという写実的な催眠術か。 飲茶は感心した。 だが一瞬の後彼は知ることになる。それが現実であるという事を。 想像を絶する痛みの連続。 恐怖、苦痛、そして絶望が彼の心を支配した。 魔人は彼の人生を楽に終わらせる気はなかった。 飲茶は達観した。 思えば自分の人生は全て過ちの連続であった。 通常同じ過ちを二度繰り返せば阿呆と言われるが、この男は実に 天下一武道会初戦敗退三度を数え、浮気をして振られること三十度に上り、 休養と称して修行をサボる事三百日に及んだ。 しかし、である。 この瞬間男の人生を支配していた“何か”は臨界点に達し、堰を切ったように溢れ出した。 過ちを繰り返し続け、それでもなお過ちを辞めなかった男は、ついに自らの手で過ちを断ち切った。 何も考えず、ただ無心に、あの欲にまみれた生き様に別れを告げ、目の前の敵を倒す―――。 その思考に到った時、眠り続けていた真の狼は重きまぶたを開き、蒼き天を見上げ、猛き咆哮を挙げた。 飲茶は進化した。 今ここに、この宇宙において過去にも未来にも生まれ得ない究極の戦士が出現した。 超 飲 茶 誕 生 。 そして飲茶は菓子になった。 完