駆け巡る青春〜クリリンと18号〜




第六話



「た…ただいま……」
クリリン(ヤムチャ)がよろよろとカメハウスに到着したのは日が海に沈むか沈まぬかくらいの頃だった。さすがにまだ18号に殴られた頬がジンジンする。
「ムヒヒヒ……ぬぉ〜。これはまた……ヌヒヒヒ……」
亀仙人のいやらしい声が奥からしている。まだ、エロ本を読んでいるようだ。
「まだあいつ帰ってないかな……。ん?」
人の気配がしたので二階へあがる。
換気のためかドアも窓も開けっ放しのまま、ヤムチャ(クリリン)が部屋で柔軟体操している。
うーん、自分の姿を鏡以外で見るのは不気味なものだ、と思いつつ
「お前、もう帰ってきたのかよ。もっと遊んでいればいいのに」
と声をかける。
「ぅわっ!びっくりした!!ヤムチャさんか……。自分の姿だから……ハハ…お帰りなさい」
「ずいぶん元気になったな!」
自分が落ち込ませたくせに、何か気分がよくなるヤムチャ。
「…はい!ヤムチャさんのおかげですよ」
「ははは…そりゃあよかった……」
「あれ?……どうしたんです?そのほっぺ……腫れているような……」
ぎくっ!慌てるヤムチャだが、すぐさま、落ち着き払って嘘を並べ立てる。
「いやいや…すまん。せっかくお前の体になってんだからよ、お前の技でも研究しようかと思ってさ、ちょっと修行をな…!それでちょっと失敗して……
いや!すまん!!お前の体を傷つけてしまって!」
「はぁ、別にいいッスよ。そのくらい」
あっけらかんと答えるヤムチャ(クリリン)。
「じゃ……じゃあ戻ろうか」
「そうッスね」
頬がヒリヒリ痛いのでさっさと元に戻っておきたかったのだ。
クリリン(ヤムチャ)が再び銃を取り出し、元の自分の体へと発射する。
ビッ!
次の瞬間には二人は本来の体に戻っていた。
「ふぅ……やれやれだぜ」
「え!?」
「い……いや、な…なんでもない」
「おぉ……結構痛いッスねぇ」
と自分の頬をさすりながら言う。
「ん?……それに何か変な匂いしませんか……?」
ぺたぺたと頭をさわりながらクリリンは首をかしげた。
「え…いやぁ気のせいだろぉ。そ、それよりさ、ど、どうだった。楽しかったか?」
慌てて話を変えるヤムチャ。しかしクリリンはうつむいて答えた。
「いえ……ヤムチャさんの気持ちはありがたかったんスけど……」
「……え?」
何かいやな予感がする。
「オレ……あれから考えていて……まだ18号のことをふっきれてなかったんスよ…」
「お……おい……」
「忘れようと思っても……忘れられないんです。そんなときに他の女の子となんて…」
「いや…だからな…忘れるために他の子とだな……」
「オレにはできないんですよ……。だから……まだ18号のこと……諦めてないんです!」
なにぃーーーーっ!!!???
あたふたして取り乱しているヤムチャ。――まずい。マジでまずい。
「だから、今日はヤムチャさんと同じように、ヤムチャさんの体でちょっと修行してたんです。リフレッシュするために。おかげで元気になったし、何だかもう一度ぶつかれる勇気が湧いてきたんです!ありがとうございます!本当に」
(ぐぅ……最近、ゲームにはまっててトレーニングさぼっていたから、明日は筋肉痛になりそうだぜ……ってそんなことはどうでもいい!いや、よかないけど……)
何としてでもクリリンを引き止めないと大変なことになりそうだ、と思いヤムチャはクリリンの意志をくじこうと必死だ。
「まぁ落ち着けよ。な!恋愛に焦りは禁物だって口をすっぱく言ってきたじゃないか。あ、これ恋愛の甘酸っぱさとひっかけているんだ。うまいだろ?な!?とにかく…落ち着けってば」
「大丈夫です!」
何が大丈夫だーーーーっ!オレは大丈夫じゃねーーーっ、心の中で叫ぶヤムチャ。
「もうフられようとも落ち込んだりしませんよ。あ、いや少しは落ち込むかな……。でも……きっと現実を受け入れられます…。
本当に18号を好きだから……だからあいつが選んだ答えなら……きっと……」
水平線の彼方のわずかな残照を見つめながらクリリンは言った。
(だ……だめだ……。スワップガンはあと一回しか使えない……!ブルマんとこはもう真夜中だし……作ってもらうわけにはいかない。無理に行ったら、ベジータに殺されかねないし……!
こいつなら明日、朝すぐにでも18号に行くに違いない!そ……そうだ…!18号探査装置を壊せば……って…あぁ!それは今、クリリンのポケットに入っているんだ!!
ス…スキを見て、いや……もっと怪しまれる!それにあれは2,3時間でできてしまう……。な……なんてことだ。
クリリンと18号がまた出会ってしまったら、話がかみ合わず、誰かの陰謀だとバレる!!ど…どうしよ…どうしよ!!)

「どうしたんスか…?ヤムチャさん、大丈夫ですか?」
ガクガクブルブルと震えているヤムチャをクリリンが心配する。
「な……なぁに……大丈夫だよ……」
「もしかしてオレ、ヤムチャさんの体で修行したから……」
「な…なに言ってんだよ。オレも戦士だぜ!」
「そうッスよね。あ、オレ、そろそろ夕飯つくるんで一緒にどうッスか?ホタテやアワビもありますよ」
うっ、食いたい……と生唾を飲み込むヤムチャだったが、そんな暢気なことをしているわけにはいかない。
「あ、オレ用事あるから帰るわ!またな!」
と言って階下に下りた。クリリンも一緒に降りてくる。
リビングにはエロ本読んですっきりした顔の亀仙人がテレビを見ていた。
「何じゃ?帰るのか?」
「はい…長居させていただきましたから」
ハッと後ろのクリリンの表情に気づく亀仙人。
「……すまんのう。ヤムチャ。元気づけてやったみたいじゃな……。やはりおぬしらは親友じゃ」
亀仙人にっこりと微笑む。
「はぁ……ど…どうってことないですよ………」
(その親友に殺されかもしれないんだよ――ッ)
ひきつった笑顔のヤムチャ。泣き叫びたい気持ちでいっぱいだった。


「さて…と」
鏡の前に立って服装を確認するクリリン。Tシャツにジーパン、いつもながらの飾り気のない格好だ。頬に貼られた湿布が痛々しい。
部屋の汚れた服を一回の洗濯機に持っていこうと、部屋に脱ぎ散らかされた服を拾い集める。
ふと、昨日、はいていたズボンにホルスターに入った銃を発見した。
「あー…この銃、ヤムチャさんのだ。オレの体でつけてたから忘れてたんだな。ま、いっか、行くついでに返しておこう」
そういって、自分のズボンにホルスターごと装着する。
「へへへ。西部劇っぽくてカッコいいかな!」
と嬉しそうに鏡の前でくるくるとまわるクリリン。
「さて……んじゃあ……行ってくるか!」
自分の頬をパンっとたたき、気合を入れた。

その頃ヤムチャは………
「ごめんくださ〜い」
「ヤムチャさんじゃねぇだか。珍しいだなぁ」
お腹が大きくなったチチがヤムチャを迎える。後に悟天と名付けられる子を身ごもっているのだ。
「お久しぶりです。順調そうですね」
「んだ。もうすぐ七ヶ月だ」
(死ぬ前に種を植え付けるなんてさすが悟空だぜ!ぬぅぅぅ。ちくしょう!オレも結婚してぇなぁ……)
などとブツブツいいながら、家に招かれる。
「悟飯ちゃ〜〜ん!ヤムチャさんがお話だってよぉ」
大声で悟飯を呼ぶチチ。
(強くてもまだ子どもだ……。何とか言いくるめられるだろう…。人造人間が暴れだしたと言えば、オレを守ってくれるにちがいない!)
「何ですか。あ、ヤムチャさん、こんにちは」
トタトタ…とノートを持ったまま悟飯がやってくる。
「ちょっと頼みごと…というか……何というか……相談……」
「え?ヤムチャさんがボクにですか?え…と時間かかります?」
「そ……そうだな……」
「えっと、それじゃあ、一緒に天界に行きませんか?ボク、ちょっとピッコロさんやデンデに会う約束しているんで」
「そーか……んじゃ……えっ!?」
「……どうしたんですか?何か……?」
慌てふためきだすヤムチャに怪訝な顔をして問う悟飯。
(奴ら、心を読むなんて造作もないことだよな…!ま……まずいオレの考えなどすぐにバレそうだ!)
どうしよう、と考えているうちに、よく知る気が自分に近づいていることに気づく。
(げっ!クリリンだ!!…こっちへむかってきている!!……もしや…もうバレたのかぁ!?)
真っ青になり、オドオドと落ち着きがなくなるヤムチャ。
「あの……どうしたんですか?ヤムチャさん」
「いや!!なんでもない!…いやぁ、やっぱこの話はなかったことにな!じゃ…じゃあ」
とヤムチャは出されたお茶にも手をつけず、イスにつまずきながら、さっさと家から飛び出した。
「な……何だったんでしょう……」
「さぁな。あんまりヤムチャさんにかかわらねぇ方がいいだ……」
二人はヤムチャの挙動不審さに呆れてモノも言えなかった。

一方…ヤムチャに銃を返そうとヤムチャを追うクリリンは……
「あれ……何だ?…どんどん離れていくなぁ……ヤムチャさん。しかも猛スピードで…。何かあったのかなぁ。
あぁ。携帯も忘れちまったよ……18号探査装置はしっかりもってきているのに。ハハハ……
まぁあとでいいか。いつでも返せるしな……」
そういうとクリリンはヤムチャを追うのをやめ、まっすぐ18号のもとへと向かうことにした。

「はぁはぁっ……。諦めたか……。助かったぜ……」
汗だくで死ぬほど息を切らしているヤムチャ。
「しかし……どうしたらいいものか……グスン……」
何か知らないけど、無性に泣きたくなってくる。何でこんなに運が悪いのか…。鼻の奥からジンとしたものがこみあげてきた。
クリリンのために力になってあげたというのに奴に殺されることになるとは…何の因果だ、この世には神も仏もない、デンデはいるけどさ、ナメック星人だろあんなもん……ぶつぶつ……彼の中にはあまり反省というものがないらしい。
「こうなったら宇宙に逃げるしかない……。ブルマに何とか頭さげて…宇宙船をもらうしか……」

ひゅぅううぅぅぅ………
よくある広大な荒野に乾いた風が吹き抜け、わずかに生えた雑草が揺れている。
巨大な岩山が迫るようにそびえたち、まるで生物をよせぬつけぬ秘境の様相を呈していた…。
……こんな寂しいところに18号がいるのか……なぜ……
クリリンは疑問に思いながら18号を探す。

「…いた!」

18号は大きな岩の上に座り、何を考えているのか遠くを見つめていた。
そんな18号に声をかけるのは少し不安だったが、18号の背後にゆっくりと降りると、クリリンは恐る恐る話しかけた。

「や……やあ」
「………」
無言のまま18号は振り向きもしなかった。
(やっぱり機嫌悪そうだもんなぁ……何かあったんかな……)
今日来たことをちょっと後悔するクリリン。
「……え……えと今日は買い物とかに行かないのか……」
「……」
(やっぱりもうダメなのかな……)
そう思い、潔く諦めるか…と思ったとき18号が口を開いた。
「フン……普通の女の方がよかったんじゃないのか?」
「へ!?」
クリリンにとってはまったく意味不明なことを口走りながら18号は立ち上がるとゆっくりクリリンの方を振り返った。
「今さら何の用なんだよ!」
「……ハハ……ずいぶん嫌われちゃったな……」
「……何しに来たんだよ……人間じゃないあたしをわざわざ笑いに来たのかい?」
クリリンをキッとにらみ付ける18号。それだけで空気が震え、ビリビリと18号の殺気があたりに漂う。
「な……何を言っているんだよ…。そんなわけないじゃないか……」
18号の強烈な殺気を感じて少しびびるクリリン。
「…はぁ…そこまで嫌われているんじゃ……ハハ……もうダメだよな……」
苦笑いでもして余裕を見せないと今にも涙があふれそうだ。
「オレさ……お前に言われて……ちょっとショックだったけどさ…。何だか、また…今お前に会ってさ…。
す……惚れた奴になら……あんなふうに言われても……すべてを受け入れられるっつーか……ハハ……
好きな人の決めたことなら……あ、何言ってんだかわからねーよな……」
18号をまともに見れずに目を逸らしつつクリリンは話す。
(……何言ってんだ?こいつ……。頬の傷といい、昨日、あたしに会ったのはあいつに間違いないのに……なんか話がよくわからん……)
クリリンの話が意味がわからず、緊張と怒りと混乱で何だかイライラしてくる18号。
「何が言いたいんだい!」
「えっ……いや……だから……」
「昨日といい、今日といい……あた…」
(あたしの心を乱しやがって……!)
18号は言い出した言葉を飲み込んだ。本当は自分でも気づいているのだ。この目の前のダサい男に何らかの魅力を感じていることを……。
でも、それを口に出してしまうと、認めてしまう気がした。認めると負ける気がしたのだ。
何に負けるか自分でもわかってない。しかし、いつも一人で物事を解決してきた孤独な18号にはそれがどうしても許せなかったのだ。

「昨日……?」
一方、クリリンは昨日は別に会ってないのに、昨日って?と問い返そうとしたが、その前に18号が口を開く。
「フンっ。なんだい?その銃は。それであたしを撃ちに来たのかい?」
18号はクリリンの腰につけた銃に気づいた。イライラした気持ちをぶつけるように、自分でも「そんなことあるわけない」と思っているくせに悪態をつく。
「いや……これは……」
「図星ってわけかい」
「違うって!これは人を殺すための銃じゃないんだ……」
「へぇ……」
ニヤリと笑う18号。その瞬間、ふっと姿が消える。既に常人どころか戦闘民族サイヤ人の平均戦闘力レベルすらはるか越えるクリリンだったが、18号の動きはまるで読めなかった。
「え…?」
「こっちだよ」
背後から声がかかる。クリリンが振り向くと銃をクリリンに向けた18号がいた。
「死なないってんならお前に撃ってやるよ!」
「いや!ダメだって…」
止めるクリリンだが、18号はくすっと笑って引き金をひいた。
「ダメだってば!!」

ビッ!!

激しい光が荒野を照らす。
太陽拳を浴びせられた時のように軽く呻き、思わず目を閉じる二人。軽い眩暈のような感覚に襲われる。
目が感覚を取り戻した頃、クリリンが驚いた様子で口を開いた。
「な……なんだ……今のは……」
「あ……あ〜あ……やっぱり……」
18号のほうは、自分の体を見下ろし、顔にかかる髪をさわるとそうつぶやいた。

「な……なんであたしがそこにいるんだ……」
クリリンが震える声でそう尋ねる。目の前の元の自分の姿を見て。
そんなクリリンに18号は複雑そうな顔で答えた。
「入れ替わっちまったんだよ……さっきの銃で……」





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