さようなら。プーアル
ヤムチャが重い病にかかってもう長い。今年でもう75歳。腕も脚もやせほそり
髪も歯も抜け落ち,自慢であった甘いマスクは見る影もない。足腰も弱くなり,ほとんど寝たきりだ。
悟空たちやブルマも見舞いにこなくなって久しい。
砂漠のアジトからは今日も同じ風景が見えている。若い頃に住み始めたときと同じ風景だ。
あの頃から何もかも変わってしまった。変わらないものといえば…この風景と…そして傍らにいるプーアルだけだった。
プーアルの種族は地球人というよりも妖怪の類に近く,寿命が著しく長いのだ。
「おはようございます。ヤムチャさま」
「今日もすまないな…。プーアル。」
口癖となったセリフから一日が始まる。
(いよいよお迎えがくるかな…。)珍しく砂漠に嵐がやってきた日の夜だった
今日は一段と体調が悪い。大好きなプーアルとお別れも近い…ヤムチャはそう悟っていた。
(言わなくてはいけないな。あの時のことを。)
ヤムチャにはこれまでプーアルにずっと隠し続けてきたことがあった。プーアルの価値観が逆転しまうほどの重要なことだ。
しかし,言わなくてはいけない。最後までついてきてくれたプーアルだ。知らない方が幸せだろうが,それではプーアルを裏切ってしまうことになるのではないか…。
「何でしょうか?ヤムチャさま」
「……オレはもう長くない。金も女も名誉も何もなくなった。鍛え上げた身体でさえこの通り,骨と皮だらけになっちまった。
しかしな,プーアル…。オレは幸せだ。なぜなら,いつもオレについてきてくれた
お前がオレの最後を看取ってくれる。一番信頼できる奴の傍らで死んでいけるからだ」
「ヤムチャ様…」
プーアルの消え入りそうな声が聞こえる。
「だが死ぬ前にお前に言っておくことがある…。お前には辛い話になるだろうがよく聞いてほしい…」
「その前にボクからも言っておくことがあるんです,ヤムチャさま」
ヤムチャが意を決して告白しようと思った途端,プーアルがそれを遮った。
「ボクもヤムチャさまに仕えてきてホントに幸せでした…」
それを聞いてヤムチャはこらえきれず涙を流した。
「いろいろ盗みをやりましたね…。一緒に遺跡荒らしに行ったときに,
ボクは一生遊んで暮らせるだけの財宝を見つけたんです。」
「え…?」
「でも言わなかったんです。自分でも盗りませんでしたけどね。他の人が盗んでいちゃったらしくて次行ったときにはなくなってましたが。」
ヤムチャは『なんだ,そんなイタズラか,今更言われてもなぁ』とクスリと笑った。
「ブルマさんと仲良くなって都で過ごしだしましたよね。
でもヤムチャさまとブルマさんは本当に別れてしまうまで喧嘩が絶えませんでしたよね」
プーアルは続ける。
「実はほとんどの喧嘩の原因はボクにあったんです。時にはヤムチャさまにばけ,時にはブルマさんに化け…お互いの仲を裂いてきたんです…
もっとも二人の愛は深くて,別れさせるには随分時間がかかりましたけどね…」
ヤムチャは言葉が出ない。
「ヤムチャさま,戦いではなかなか白星をあげられなくなって悩んでましたよね。」
そうだ…特に天下一武道会ではさんざんだった。クリリンや天津飯とそう大差なかったはずなのに……いつの間にかオレはヘタレのイメージを植え付けられていた…。
「さすがに意図的にヤムチャさまを弱くなんてできません…。そして,あなたは思った以上に努力家だった…。勇気があった…。
ただ,単純な貴方をおだてて,修行を怠けさせるのはそう難しくなかったですがね…。
ボクの思惑通りあなたは天狗になり,怠け癖がついた…。悟空さんたちがどんどん
強くなっていったおかげで,あなたは追いつこうとする向上心すらなくしてくれた…」
プーアルはニヤリと笑った。
「ボクは毎日,毎日ヤムチャさまに言い聞かせましたよね。ヤムチャさまを気遣うフリをして『やばかったらすぐに逃げて下さい。無理に戦わないで下さい』って。
ヤムチャさまを戦いで死なせるワケにはいかなかったんですよ」
プーアルは静かに言った。そして,目をカッと見開いて言った。
「ヤムチャさま…あなたは…あなたは絶望のどん底で死ななければならない!!」
(プーアル…? お前はさっきから何を言ってるんだ…?)ヤムチャは混乱していた。
「…そして今,こうしてボクの願った通りのあなたがいる…。
あなたがここまでヘタレに成り下がったことをボクは神様に感謝しています!」
「プーアル…どういうことなんだ…一体…。どうしてしまったんだ…?」
ヤムチャはかすれた声で言った。
「復讐ですよ」
窓の向こうで稲妻が光った。
「復讐だと…? まさか…まさか…知っていたのか…プーアル」
ヤムチャの声が震えていた。
「そう。思い出したようですね。ヤムチャさま。
ボクの復讐は今まさに完了します。
唯一残された大切なものに裏切られるということで!!」
声が出ない。
「絶望ついでに言っておきましょうか。
気がつきませんでしたか?ここで過ごしだしてから体が急に悪くなったこと,いろんな病気にかかりはじめたこと…」
ヤムチャの顔が青ざめた。
「ふふふ。そうですよ。ボクが作った料理にいろんなモノを混ぜてさしあげたんです。
もっとも『すぐよくなりますよ』ってアドバイスしてたのもボクですけどね。
そして…ここ何年もブルマさんたちが見舞いに来ないのも…」
「や,やめてくれ!もう聞きたくない!」
「何がやめてくれだ!盗賊風情がッ…!!」
プーアルの口調が変わった。
プーアルは未だかつて見たこともない鬼のような形相で睨んでいた。
「やめてくれと言っていたボクの家族をお前はどうした!!」
プーアルは激しい口調でヤムチャをののしった。
「あれはボクがまだ南部変身幼稚園にいた頃だった…。
思えばあの頃が一番幸せだった…。まさか,あの生活が一瞬で崩れてしまうなんて…」
ヤムチャがまだ駆け出しの盗賊だったときだ。彼はへんぴな山里を夜更けに襲った。
それがプーアルの家のある集落だったのだ。脅して金品を奪うつもりだったが,変身能力で思いの外てこずってしまった。
殺気だった彼は集落の者のほとんどを惨殺してしまった。戦いが終わったときはもう夜明けだった。半壊した家や倒れている人が目に付いた。
…やりすぎたか…。そういいつつも金目のものがないか,家に入り込む。
ある家に子供(とはいっても猫型だが)が無傷で倒れていた。どうやら気絶しているだけのようだ。
「拾ってやるか…。どのみち独りでは生きていけまい。
それに………変身能力は何かと役に立つかもな…。」
おそらく昨日は夜で何が襲ってきたか覚えていまい。ガキには化け物が群を襲い,
たまたま通りがかったオレが助けたとでも言っておこう…。
子供を抱きかかえながら,ヤムチャは思った。
結局,生き残っていたのは一匹だけだった。
こいつは,オレが助けたと思いこんでいる……。恩を感じてるに違いない。
まぁオレにとって悪いことではないはずだ………。
ヤムチャは昔を思い返していた。最初は何気なく,連れて帰ってきたプーアルだったが,
最初は道具のつもりで使っていたプーアルだったが,
今は,友人…いや,恋人よりも大事な存在になっていたのだ。
プーアルとの出会いから今日に至るまでのたくさんの思い出が頭をよぎった。
そのプーアルが…プーアルが……オレを裏切っていたって???
視界がぼんやりとしてきた。
混乱と驚愕と絶望で思考が定まらない。
しかしこれだけはわかった。
あぁ…お迎えがきたな…。
「ヤムチャさま…。ボクはこれまでヤムチャさまに仕えてこれたことを……本当に感謝しています…」
プーアルが優しい顔と口調に戻った。
「だって…家族のカタキがこうして…こうして…何もかも失っておちぶれていくのを見てこれたのですから」
大好きなプーアルが何かを言っている…。もう聞き取れない…。
「そして…最後に最愛の者に裏切られて,悲しみのうちに朽ちていくのを眺めることができるのですから…!」
ヤムチャは薄れゆく意識のなかでプーアルの恍惚とした表情をはっきりと見ていた。
ヤムチャが幸せだったのか,それとも不幸だったのかは彼しかわからない…。
<<終わり>>
02/10/02 15:53